幽霊島
現代科学では遠く及ばない程の科学力を持っていた超古代文明が創り出した、人知を超える力を宿した遺産「オーパーツ」と、それが眠る遺跡。近年ではオーパーツをそのまま「遺跡」と呼ぶ者もいる。
たった一つで世界のパワーバランスを崩壊させかねない力を秘めたそれを狙う者は後を絶たず、組織の枠を超えて国家レベルで奪い合う事態にまで発展する。
さながら水面下の世界大戦とも形容すべきこの争奪戦が世界を滅ぼしかねないことを予見していたのか、オーパーツが注目され始めてから程なくして遺跡を誰よりも早く発掘・確保・封印する者達が現れた。
その名は通称「第二のロックフェラー」とも呼ばれる、世界最大の財団として名を馳せる「アーカム財団」。アーカム財団は表向きは世界中に考古学研究所を設立し、遺跡の保護を目的としている。
しかし、裏では故・アーカム氏の遺言通り彼の莫大な遺産を使って、前述通り世界中の誰よりも先に遺跡を手に入れているのだ。その中でも各分野の選りすぐりのエリートが集まって結成された組織、それが通称「スプリガン」と呼ばれる組織である。
遺跡を狙う者達は基本的にほぼ確実にスプリガンに邪魔されるため、他の組織とは敵対しない事があるどころか手を組んで遺跡の確保を急ぐ又はスプリガンを迎撃する事も珍しくない。
もっとも、手を組むとは言っても所詮は遺跡を独占しようと考えている者同士。手を組んだ相手を出し抜いて先行しようとする事や、ある程度事が運べばスプリガンごとまとめて相手を始末しようとする事もまた珍しい事ではない。つまりたった一回でも封印が遅れれば一つの遺跡を巡って三つ巴・四つ巴、或いはそれを超える凄惨な混戦が起こる事も決して珍しい事ではないのだ。
17歳という若きにしてスプリガンの
戦いの舞台は太平洋上で消失・出現を繰り返し、出現の度に体積を増やす謎の島「幽霊島」。
それを狙うのはスプリガン最大の難敵にして世界の兵器産業を牛耳る軍産複合体「
この島はいつの日か来るべき大異変に備えて異空間を自由に往来する避難島として製造された人工島である。
ここには中央に位置する巨大ピラミッドがあり、地脈のエネルギーを吸収することで起動する動力装置となっていた。しかし大異変が予想より早く訪れ、それによりシステムが不完全なままやむなく起動させた為にシステムが暴走。暴走で島の民が全滅し無人と化したこの島は長きに渡り暴走を続け、集めたエネルギーと地球各地で飛行機や船舶・建造物や土地等をこの島へ空間移動させる事で体積を増やしてきたのだ。
当然空間移動も完全ではなく、一本道を走行中のトラックの荷台に固定もせずに載せた荷物が予期せぬ段差で跳ねて荷台を飛び出して落ちてしまうかの如く、切り取った空間の一部又は全部が移動中に通常空間へ放り出されてしまうものであった。
更には通常空間にいる間にピラミッドはエネルギーを際限なく集め続けており、現在では許容量の限界を突破して弾け飛ぶ寸前までになっていた。このエネルギーは周囲へ放出されれば日本や周辺国を含む太平洋一帯を飲み込み異空間へ飛ばしてしまう程に膨大なもので、止めるには動力装置であるピラミッドを破壊してエネルギーを異空間に逃がすしかなかった。
しかし超古代文明の技術で造られたピラミッドの破壊は容易ではなく、優は不本意ながらも第二次世界大戦末期に行方不明となっていた原子爆弾搭載戦闘機を使い、一時休戦していたボーマンと共に破壊を敢行した。
「よし、セット完了だ。あとはこいつがうまく爆発してくれるかだな…」
ボーマンが原子爆弾に時限信管をセットしてあとは島を脱出するのみとなり、問題は解決したものと思われた。ところが勝利の余韻にも似た安堵の時間を引き裂くかのようにボーマンがアタッシュケースを持った芳乃を捕らえ、優に取り引きを持ちかける。
「そのケースの中にはこの島の動力の秘密が書かれているデータプレートがあるはずだ。私の任務はそのプレートを島から持ち出し、トライデントに献上する事でな。
なに、素直にケースを渡せば手荒な事はしない…。だが、渡さなければお嬢ちゃんを殺し…お前も殺す!!」
ボーマンは本気だった。その目には微塵の迷いもなく、「徹底した非情さ」を覗かせている。その目にはかつての自分の師の面影は残っていない。優は芳乃を助ける為にケースを渡すよう芳乃に促し、なんとか彼女を取り戻した。
「教官とは戦いたくなかったが…オレもスプリガンだ。スプリガンとして、トライデントに遺跡が悪用されるのを見逃すわけにはいかねえ…!」
「ちょ、ちょっとやめなよあんた達!そんな事やってる場合じゃ……」
「うるせーな!てめーはとっとと消えろ!!」
「もー!!バカちん!!じゃあとっとと消えるわよ!!あんたなんか幽霊島と一緒に幽霊にでもなっちゃえばいいのよ!!」
一時間半後に島が消えるという運命を前にしてスプリガンの使命を全うしようとする優を止めようとする芳乃。しかし優はそれを跳ね除け、暗に先に脱出するよう促すのだった。
「教官…教えてください……」
長年培った戦闘経験とナイフ捌き、そしてアーカムの知る限り世界中でも彼しか使えない特殊能力を駆使して敵を欺き屠るボーマンの老獪な戦術で徐々に追い詰められていく優だったが、窮地における天性の見切りによってボーマンのナイフと特殊能力を破り、ボーマンの胸にナイフを突き立てる事で辛くも勝利を収めた。
「何故アーカムから急に姿を消したんですか!?」
優は吠えた。
かつての師に。
今は敵である老兵に。
優は信じているのだ。自分の素質を認め、己の全てを自分に託してくれた師を。そして…
「アーカムの中でもあれほど使命感が強かったあなたが…何故…」
誰よりも仲間を愛し、平和を愛していた男の正義を。
「ふふ…お前にも…いつかわかる…」
ボーマンは答えない。しかしその目は我が子の成長を喜ぶ親そのものだった。
「しかし…本当に強くなったなあ、優…。こんなに逞しくなった教え子と…最後に戦えて…私は幸せだったよ…」
優はボーマンと目が会うと、やりきれない思いから目を逸らす。だが…
「だが…アーカムが必ずしも…正しい事をしている………とは…限らな…い…」
「!?」
聞き覚えのあるボーマンの言葉に思わず振り返る。
以前、優は怨霊と死者の蠢く「帰らずの森」で、止むを得ずトライデント行動部隊長の「
“アーカムが必ず正義だとは言えまい。集めた遺産を使い、突然明日には世界の支配者になるかもしれないんだぜ”
優自身もその可能性を全く考えていないわけではなかった。むしろ世界の支配すら可能な力を幾つも目撃・接触すれば、早かれ遅かれ良からぬ欲望に目覚める者が現れるのは必然とさえ言える。
帰らずの森へ赴く前に上司の山本にも「今回のアーカムのやり方には賛同しかねている」と言われ、一抹の不安が過ぎったのもまた事実。だが「そんな事はありえない」と自分に言い聞かせて心の隅に追いやっていたのだ。
それを暁によって掘り起こされた時、優は反論の言葉一つすら出せずにただ肯定するしかなかった。何故ならば一個人や一つの組織が大きすぎる力を手に入れた場合、高確率で力の乱用・悪用・暴走が付き纏うのは世の必然だからだ。これは力を手に入れた者が善悪どちらでも関係なく起こりうる。
強大で制御困難な力を持つという事は、無邪気な子供に拳銃を持たせて遊ばせる事にも似た危険性があるのだ。
例えば、人類史上最大の罪が形を成した兵器である核兵器を、社会人にもなればこの世で知らぬ者はいないだろう。小国ならばたった1発で滅ぼしてしまう威力を持つその禁忌の爆弾を、現在人類は世界中で製造・保持している。
しかしながらそれが実際に使われたのはたったの2発のみ。日本国内に落とされた2発の厄災は、それを使った者達でさえ目を覆いたくなるような悲劇を生み出した。その悲劇に恐怖した各国は、同じ悲劇に見舞われる恐怖から逃れるべく最善とも最悪とも言い難い方策を実行した。
それが「核兵器の大量保有」だ。
何故そのような危険な発想に至ったのか?
答えは単純明快。仮に核兵器を持つ国が世界で1ヶ国だけだった場合、世界中の国は死の炎に怯えながらその国に従うしかなくなってしまうだろう。
だがそれを複数の国が持っていれば話が違う。「撃てば撃ち返される」と相手に思わせれば対等の立場になれる。つまり「相手と同等の力を持てば相手を抑え込める」と考えたからだ。これは現代に限らず、人類有史以来から現在まで繰り返されてきた自然な流れである。
今や世界の平和は核兵器保有国の睨み合いという危険な均衡により保たれている。
このように人類は常に強大すぎる力が一点に集まる事を恐れ、均衡を保つ為に同等かそれを上回る力を生み出し続けた結果が現代の軍の姿である。
しかしその均衡も近年では、核兵器以外の軍事力によって崩れつつある。
だが軍事力すら持たない小国や、より高い軍事力を欲する国々が目を付けたのが、物によっては核兵器すらも上回る脅威となるオーパーツという訳だ。
そんな物を一組織が独占するなど本来は許されるはずもなく、アーカムはむしろ現在まで邪な人間が現れなかったのが奇跡と言えるだろう。
暁にそれを指摘された優は肯定するしかなかったが、それと同時に「その時は自分の手でアーカムを叩き潰す」と宣言してみせた。
それは口に出す事により自分に言い聞かせるための宣言であり、同時に「自分がいる限り、そんな事はさせない」という決意の表れでもあった。
ところがそれもボーマンの裏切りという信じ難い事実によって揺らいでしまった。
疑惑が確信に変わってしまったのだ。
「お前は……お前は己の正しいと思った事を………全う………し………」
「…!!!」
絶句。声にならない叫び。恩師は今、静かに瞳を閉じた。
だが悲しんでいる時間は無い。
爆発までの残り時間も数分となり、優は急ぎ海岸へ向かうが、そこに仲間の船の姿は無かった。
途方に暮れた優がこの島で最期を迎える覚悟を決めようとしたところ、岸壁の陰から聞こえる人の声。その声の正体はなんと、優に脱出を促されて先に島を出たはずの芳乃であった。
芳乃は優を信じて小型ボートで待っていたのだ。優は希望に打ち震える間もなくボートに乗って脱出を図るが、遂にタイムリミットが訪れ、原子爆弾が爆発。
原子爆弾によるものか、それとも幽霊島の起動によるものか…どちらとも判別できない謎の光に2人は飲み込まれ、幽霊島は再び世界から
元スプリガンの老兵の名は原作ではただのボーマンでしたが、この小説ではボーマン繋がりでアニメ「マクロスプラス」に登場するキャラの名を借りさせていただきました。
個人的にマクロスプラスのボーマンの声がスプリガンのボーマンのイメージにぴったりだったもんで…。