カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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9 神殺し、参戦

「ふはははははははははははは。愉快愉快、そうは思わぬか、メルカルト王!」

「フン! 貴様の娯楽につきあってやる趣味はわしにはない! だが、確かに闘争こそ我が本懐! 捻り潰してくれるわ!」

「やってみよ、神王! 不敗の軍神たる我に、敗北を与えてみよォ!」

 

 曙光が射す森の中、不敗の軍神と神王メルカルトは矛を交えていた。

 強大な神力と神力がぶつかり合い、空気は震え、地は揺らぐ。

 メルカルトの権能によって、森の中だけに嵐が起き、激しい雷雨が渦巻く。

 

 十五歳の『少年』の姿は、彼の十ある化身の内の一つ。

 ただの人間ではなく、輝く十五歳の少年。

 後世になってゾロアスター教の守護者(ヤザタ)となった彼だが、それによれば十五歳の少年とは《英雄》を示す象徴なのだ。

 

 対するは二本の棍棒を構えた蓬髪と下顎を覆う見事な髭、巌のような筋骨隆々の肉体。

 神王メルカルト。天空神にして嵐や雷すらも司る神の王だ。

 しかし、今のメルカルトは巨大だった。ゆうに15メートル以上はあるだろう。

 そんな彼が、小さき少年とぶつかりあう様は、いっそ滑稽だ。

 

「むうウゥン!」

「ぬおおっ、おのれメルカルト王、さすがの剛力か!」

 

 戦いが加速する中、メルカルトの右の棍棒、ヤグルシが少年を吹き飛ばした。

 しかし少年はむしろ、楽しくて仕方がないというように呵々大笑しながら、猫のように俊敏な動作で着地する。

 即座に体勢を立て直し、戦いに戻ろうとした彼の前に、赤き大騎士が立ちはだかる。

 

「おぬしも来ておったか。邪魔立てすれば、相応の罰を下すことになるが?」

「わたしは騎士。御身を放置しては世のためにならず、それを知っておきながら無為を決めこめるほど、わたしは厚顔ではありませんわ」

「ハハッ! 何と、邪魔どころか我を斬ると申すか、娘よ! うむ、善き哉! その意気、汲んで進ぜようではないか!」

 

 立ちはだかるちっぽけな人間風情に、むしろ痛快そう笑う軍神。

 その後ろでは、縛り付けられる男の姿が描かれた石板を掲げた日本人の少年が、固唾を呑んで見守っている。

 軍神がそころに転がった枝を拾い上げ、金髪の少女に向けた――その瞬間だった。

 

 戦場の真ん中、軍神と少女が向きあう中心に、突如として一条の稲妻が降ってきた。

 

 その稲妻は、やがて一人の少女を腕に抱いた青年の姿へと変わる。

 青年は黒髪黒眼の日本人、その手には稲妻でできた霊剣が握られ、全身を稲妻がくまなく覆っている。

 少女は、銀髪に夜を凝縮したかのような闇色の瞳をした、ローティーンほどの美しい美少女。どこからか現れた《蛇》が彼女を守護するように取り巻いている。

 

 その場の全員の注目を集めて、青年は不敵に言い放った。

 

「さてと。飛び入り参加で悪いけれど、この戦い、僕たちも参加させてもらうよ」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 雷の権能を使って神速で飛び込んできた幸雅は、すぐに戦場を見渡した。

 

 向こう側に見える筋骨隆々の巨人と、対峙する金髪の大騎士、十五歳ほどの輝ける少年に、石板を構えた黒髪の日本人。

 堂々と言い放ちながら、幸雅は日本人の少年を見て、嘆息を抑え込んでいた。

 

(まったく。何でまだこんなところに居るのかな、護堂?)

 

 抱えていたアテナを降ろし、霊剣の切っ先を輝ける少年――いや、ペルシアで生まれた不敗の軍神、『障碍を打ち破る者』を意味する名を持つ軍神に向けた。

 

「改めて名乗る必要はあるかな、神様たち?」

「……ふ、くくっ、くはははは。いいや、その必要はあるまい。よくぞ来た神殺し。歓迎しようではないか!」

「ぬううぅ、忌々しきエピメテウスの後継者め! そこな軍神もろとも踏み潰してくれるわ!」

「意気込むのはいいけれど、ちゃんと僕の隣の娘にも目を向けて欲しいものだね」

 

 大口を開けて大笑する少年と、ギリギリと歯を鳴らすメルカルト。実に対照的な反応だったが、その二柱の視線が一斉にアテナへ向いた。

 

「むう? おぬしは女神か? それも、かなり高位の戦女神と見た。何ゆえ、神殺しなどとともに居る?」

「ふん。浅はかだな、神殺しの神よ。決まっておろう、この神殺し、御神幸雅は妾の伴侶であるからにほかならぬ」

「なんだと!? 名も知らぬ女神よ、貴様、神としての矜持を捨てたか!? よりにもよって愚者の子たる神殺しどもを己が伴侶にするなど、気でも狂ったか!」

「ふはははははははははははははははははは!! まさか、己が天敵たる女神すら侍らすような神殺しが居ったとはな! まったく、これだからおぬしらは! さすがは力によって天に無法を為す豪傑達よ! 愉快愉快!」

 

 怒り狂うメルカルトに体を反らせて爆笑する軍神。またも対照的だった。

 

 三柱の神々が話す間に、幸雅は後ろの人間二人に目を向けていた。

 

「さて、エリカ・ブランデッリ。僕たちが来たからには、ここは君たちがいるべき戦場ではなくなってしまった。即刻、ここから離れてくれ」

「……は、はい。仰せのままに。ですが『太陽王』、何故御身が?」

「ルクレチアに霊視が下ってね。ここに再びまつろわぬ神が出現すると」

「ルクレチアが!? ……そう、ですか。では、この場はお任せいたします。……護堂! カンピオーネの御方が来てくださったわ! わたしたちはすぐ――護堂?」

 

 振り返ったエリカが目に入れるは、呆然とした様子で幸雅を見つめる草薙護堂。

 面倒くさそうに息を吐いた幸雅は、淡々と言い放った。

 

「護堂。言いたいことはいろいろあるだろうけれど、それは後回しにして。今は早くここから離れて。焼き尽くされても知らないよ」

「え、あ……やっぱり、幸雅先輩、なんですよね……?」

「そうだよ。まあ、いろいろあってカンピオーネになったんだけど」

「そう、ですか……」

 

 護堂は、何事か考えるような素振りを見せ、やがて決意したように、

 

「すいません、先輩。俺、逃げません」

「ちょっと何を言ってるの、護堂!」

「俺は、アイツに約束したんです。もう一度、真剣に戦って、今度こそ勝つって」

 

 アイツ、のところで軍神を見ながらの言葉。

 エリカは絶句し、幸雅も真剣な顔になって護堂を見つめ返す。

 まるで、護堂の覚悟を問うように。

 護堂も引かず、しばし睨み合って、

 

「……はあ。分かった。けど、一つだけお節介を焼かせてもらうよ。君には静花ちゃんも居るんだから、ここで死なれたら困る」

「は、はい!」

「いい返事。……さて、アテナ。ありがとう、もういいよ」

 

 視線を戻した幸雅はアテナの肩に手を置き、感謝を告げる。

 そして、これから立ち向かう二柱の神々に向き直った。

 

「ハハハ、では、始めるとしようか?」

「その前に、だ。一つ、確認をしたい」

「む? 何だ?」

「あなたは、ペルシアの不敗の軍神、ウルスラグナだろう?」

 

 幸雅は、唐突に少年に言い放った。

 少年は面食らったようにポカンとしていたが、やがて獰猛な笑みを浮かべた。

 

「……ほう? 我が名を語るか?」

「古代ペルシアの軍神にして、光の神ミスラに仕える守護者。『障碍を打ち破る者』の名を冠せし西アジアにおける光の守護者」

 

 挑発するように笑う軍神――ウルスラグナに構わず、幸雅は高らかに軍神を語る。

 ウルスラグナは何が起こるのかと愉快そうにしていたが、すぐに異変に気づき、眉をひそめた。

 

「太陽が、現れた……?」

「日本においては執金剛。オリエント世界においては西方文明と結びつき、ギリシア神話の大英雄ヘラクレスとも同体を為す英雄」

 

 言葉に応じて、暗き天蓋に遮られていた太陽が徐々に姿を現し、戦場を照らし出す。

 その場にいる護堂以外の全員には、すぐに分かった。

 この太陽が、自然なものではないということが。

 

「ウルスラグナ神。あなたは、世界中の様々な神話に影響を及ぼしている。例えば、先程挙げたヘラクレスや、インドの雷帝、インドラ。彼の名の意味もまた、『障碍を打ち破る者』。あなたとインドラは源を同じくする神だ」

「これは、本質を照らし出す真なる光か……!」

 

 やがて無差別に放たれていた光は収束し、ウルスラグナの頭上だけに降り注ぐ。

 

「あなたは十の化身となって戦場を駆けた。『強風』『雄牛』『白馬』『駱駝』『猪』『少年』『鳳』『雄羊』『山羊』、そして黄金の剣を持つ『戦士』。そうしてあらゆる戦いで勝利し続けた。故にあなたは、勝利を擬人化した神格となった」

「ちぃ……! 我の真似ごとのようなことを……」

 

 天から降り注ぐ光に当てられるごとに、ウルスラグナの全身から、まるで溶けだすように神力が漏れ出ていく。

 

 幸雅が唱えているのは、ただの神々の来歴ではない。

 言霊である。神々の真価を詳らかにし、本質を照らし出す、『真実の太陽』を呼び覚ますための。

 

「やがてゾロアスター教の守護者(ヤザタ)となるあなたには、仕えることになる光明の神ミスラとの、ある共通点があった。それは『猪』」

「やめよ! それ以上、その言霊を唱えるでない!」

「ミスラは、かつての契約の神ミスラ。このミスラは、己の課した契約を破った者に対して、必ず黒い猪の姿に化身して、自ら罪科を打ち砕いた」

「ええい、仕方あるまい! 稲妻よ!」

 

 焦ったようにウルスラグナが左手を掲げ、幸雅に向けて電撃を放った。

 アテナから知識を貰った幸雅には、それが第八の化身『山羊』の霊力によるものだと分かった。

 分かったが、何もしなかった。

 なぜなら、

 

「ふん。旦那さまの言霊に大部分を封じられた、その程度の稲妻で妾の闇を打ち破れるとでも?」

 

 まっすぐに突き進む稲妻の前に、突如として闇の障壁が出現。残滓すら残さず呑みこんだ。

 言わずとも分かってくれた愛しい嫁に微笑みをこぼしながら、幸雅は最後の言霊を綴った。

 

「あなたこそが、洋の東西を問わず闘神として駆け抜け、降臨した稀なる軍神だ! ――言霊によって顕現せし真なる太陽よ! 汝の霊験あらたかなる光を以て真実を照らし出せ!」

 

 もはや言葉もなかった。

 幸雅の放った言霊と共に、生み出された太陽が一際強い光を、まるでレーザーの如く照射し――

 

 常勝不敗の輝ける軍神ウルスラグナを、焼き尽くした。




 なんとか、なんとか『戦士』っぽいものを出せないかと迷った挙句、こうなりました……。

 ウルスラグナについてググっても、あんま出てこないんで、短くなりました。

 ちなみに『太陽王』っていうのは、幸雅の異名的なものです。黒王子(ブラックプリンス)的な。

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