カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
「ふはははははははははははは。愉快愉快、そうは思わぬか、メルカルト王!」
「フン! 貴様の娯楽につきあってやる趣味はわしにはない! だが、確かに闘争こそ我が本懐! 捻り潰してくれるわ!」
「やってみよ、神王! 不敗の軍神たる我に、敗北を与えてみよォ!」
曙光が射す森の中、不敗の軍神と神王メルカルトは矛を交えていた。
強大な神力と神力がぶつかり合い、空気は震え、地は揺らぐ。
メルカルトの権能によって、森の中だけに嵐が起き、激しい雷雨が渦巻く。
十五歳の『少年』の姿は、彼の十ある化身の内の一つ。
ただの人間ではなく、輝く十五歳の少年。
後世になってゾロアスター教の
対するは二本の棍棒を構えた蓬髪と下顎を覆う見事な髭、巌のような筋骨隆々の肉体。
神王メルカルト。天空神にして嵐や雷すらも司る神の王だ。
しかし、今のメルカルトは巨大だった。ゆうに15メートル以上はあるだろう。
そんな彼が、小さき少年とぶつかりあう様は、いっそ滑稽だ。
「むうウゥン!」
「ぬおおっ、おのれメルカルト王、さすがの剛力か!」
戦いが加速する中、メルカルトの右の棍棒、ヤグルシが少年を吹き飛ばした。
しかし少年はむしろ、楽しくて仕方がないというように呵々大笑しながら、猫のように俊敏な動作で着地する。
即座に体勢を立て直し、戦いに戻ろうとした彼の前に、赤き大騎士が立ちはだかる。
「おぬしも来ておったか。邪魔立てすれば、相応の罰を下すことになるが?」
「わたしは騎士。御身を放置しては世のためにならず、それを知っておきながら無為を決めこめるほど、わたしは厚顔ではありませんわ」
「ハハッ! 何と、邪魔どころか我を斬ると申すか、娘よ! うむ、善き哉! その意気、汲んで進ぜようではないか!」
立ちはだかるちっぽけな人間風情に、むしろ痛快そう笑う軍神。
その後ろでは、縛り付けられる男の姿が描かれた石板を掲げた日本人の少年が、固唾を呑んで見守っている。
軍神がそころに転がった枝を拾い上げ、金髪の少女に向けた――その瞬間だった。
戦場の真ん中、軍神と少女が向きあう中心に、突如として一条の稲妻が降ってきた。
その稲妻は、やがて一人の少女を腕に抱いた青年の姿へと変わる。
青年は黒髪黒眼の日本人、その手には稲妻でできた霊剣が握られ、全身を稲妻がくまなく覆っている。
少女は、銀髪に夜を凝縮したかのような闇色の瞳をした、ローティーンほどの美しい美少女。どこからか現れた《蛇》が彼女を守護するように取り巻いている。
その場の全員の注目を集めて、青年は不敵に言い放った。
「さてと。飛び入り参加で悪いけれど、この戦い、僕たちも参加させてもらうよ」
§
雷の権能を使って神速で飛び込んできた幸雅は、すぐに戦場を見渡した。
向こう側に見える筋骨隆々の巨人と、対峙する金髪の大騎士、十五歳ほどの輝ける少年に、石板を構えた黒髪の日本人。
堂々と言い放ちながら、幸雅は日本人の少年を見て、嘆息を抑え込んでいた。
(まったく。何でまだこんなところに居るのかな、護堂?)
抱えていたアテナを降ろし、霊剣の切っ先を輝ける少年――いや、ペルシアで生まれた不敗の軍神、『障碍を打ち破る者』を意味する名を持つ軍神に向けた。
「改めて名乗る必要はあるかな、神様たち?」
「……ふ、くくっ、くはははは。いいや、その必要はあるまい。よくぞ来た神殺し。歓迎しようではないか!」
「ぬううぅ、忌々しきエピメテウスの後継者め! そこな軍神もろとも踏み潰してくれるわ!」
「意気込むのはいいけれど、ちゃんと僕の隣の娘にも目を向けて欲しいものだね」
大口を開けて大笑する少年と、ギリギリと歯を鳴らすメルカルト。実に対照的な反応だったが、その二柱の視線が一斉にアテナへ向いた。
「むう? おぬしは女神か? それも、かなり高位の戦女神と見た。何ゆえ、神殺しなどとともに居る?」
「ふん。浅はかだな、神殺しの神よ。決まっておろう、この神殺し、御神幸雅は妾の伴侶であるからにほかならぬ」
「なんだと!? 名も知らぬ女神よ、貴様、神としての矜持を捨てたか!? よりにもよって愚者の子たる神殺しどもを己が伴侶にするなど、気でも狂ったか!」
「ふはははははははははははははははははは!! まさか、己が天敵たる女神すら侍らすような神殺しが居ったとはな! まったく、これだからおぬしらは! さすがは力によって天に無法を為す豪傑達よ! 愉快愉快!」
怒り狂うメルカルトに体を反らせて爆笑する軍神。またも対照的だった。
三柱の神々が話す間に、幸雅は後ろの人間二人に目を向けていた。
「さて、エリカ・ブランデッリ。僕たちが来たからには、ここは君たちがいるべき戦場ではなくなってしまった。即刻、ここから離れてくれ」
「……は、はい。仰せのままに。ですが『太陽王』、何故御身が?」
「ルクレチアに霊視が下ってね。ここに再びまつろわぬ神が出現すると」
「ルクレチアが!? ……そう、ですか。では、この場はお任せいたします。……護堂! カンピオーネの御方が来てくださったわ! わたしたちはすぐ――護堂?」
振り返ったエリカが目に入れるは、呆然とした様子で幸雅を見つめる草薙護堂。
面倒くさそうに息を吐いた幸雅は、淡々と言い放った。
「護堂。言いたいことはいろいろあるだろうけれど、それは後回しにして。今は早くここから離れて。焼き尽くされても知らないよ」
「え、あ……やっぱり、幸雅先輩、なんですよね……?」
「そうだよ。まあ、いろいろあってカンピオーネになったんだけど」
「そう、ですか……」
護堂は、何事か考えるような素振りを見せ、やがて決意したように、
「すいません、先輩。俺、逃げません」
「ちょっと何を言ってるの、護堂!」
「俺は、アイツに約束したんです。もう一度、真剣に戦って、今度こそ勝つって」
アイツ、のところで軍神を見ながらの言葉。
エリカは絶句し、幸雅も真剣な顔になって護堂を見つめ返す。
まるで、護堂の覚悟を問うように。
護堂も引かず、しばし睨み合って、
「……はあ。分かった。けど、一つだけお節介を焼かせてもらうよ。君には静花ちゃんも居るんだから、ここで死なれたら困る」
「は、はい!」
「いい返事。……さて、アテナ。ありがとう、もういいよ」
視線を戻した幸雅はアテナの肩に手を置き、感謝を告げる。
そして、これから立ち向かう二柱の神々に向き直った。
「ハハハ、では、始めるとしようか?」
「その前に、だ。一つ、確認をしたい」
「む? 何だ?」
「あなたは、ペルシアの不敗の軍神、ウルスラグナだろう?」
幸雅は、唐突に少年に言い放った。
少年は面食らったようにポカンとしていたが、やがて獰猛な笑みを浮かべた。
「……ほう? 我が名を語るか?」
「古代ペルシアの軍神にして、光の神ミスラに仕える守護者。『障碍を打ち破る者』の名を冠せし西アジアにおける光の守護者」
挑発するように笑う軍神――ウルスラグナに構わず、幸雅は高らかに軍神を語る。
ウルスラグナは何が起こるのかと愉快そうにしていたが、すぐに異変に気づき、眉をひそめた。
「太陽が、現れた……?」
「日本においては執金剛。オリエント世界においては西方文明と結びつき、ギリシア神話の大英雄ヘラクレスとも同体を為す英雄」
言葉に応じて、暗き天蓋に遮られていた太陽が徐々に姿を現し、戦場を照らし出す。
その場にいる護堂以外の全員には、すぐに分かった。
この太陽が、自然なものではないということが。
「ウルスラグナ神。あなたは、世界中の様々な神話に影響を及ぼしている。例えば、先程挙げたヘラクレスや、インドの雷帝、インドラ。彼の名の意味もまた、『障碍を打ち破る者』。あなたとインドラは源を同じくする神だ」
「これは、本質を照らし出す真なる光か……!」
やがて無差別に放たれていた光は収束し、ウルスラグナの頭上だけに降り注ぐ。
「あなたは十の化身となって戦場を駆けた。『強風』『雄牛』『白馬』『駱駝』『猪』『少年』『鳳』『雄羊』『山羊』、そして黄金の剣を持つ『戦士』。そうしてあらゆる戦いで勝利し続けた。故にあなたは、勝利を擬人化した神格となった」
「ちぃ……! 我の真似ごとのようなことを……」
天から降り注ぐ光に当てられるごとに、ウルスラグナの全身から、まるで溶けだすように神力が漏れ出ていく。
幸雅が唱えているのは、ただの神々の来歴ではない。
言霊である。神々の真価を詳らかにし、本質を照らし出す、『真実の太陽』を呼び覚ますための。
「やがてゾロアスター教の
「やめよ! それ以上、その言霊を唱えるでない!」
「ミスラは、かつての契約の神ミスラ。このミスラは、己の課した契約を破った者に対して、必ず黒い猪の姿に化身して、自ら罪科を打ち砕いた」
「ええい、仕方あるまい! 稲妻よ!」
焦ったようにウルスラグナが左手を掲げ、幸雅に向けて電撃を放った。
アテナから知識を貰った幸雅には、それが第八の化身『山羊』の霊力によるものだと分かった。
分かったが、何もしなかった。
なぜなら、
「ふん。旦那さまの言霊に大部分を封じられた、その程度の稲妻で妾の闇を打ち破れるとでも?」
まっすぐに突き進む稲妻の前に、突如として闇の障壁が出現。残滓すら残さず呑みこんだ。
言わずとも分かってくれた愛しい嫁に微笑みをこぼしながら、幸雅は最後の言霊を綴った。
「あなたこそが、洋の東西を問わず闘神として駆け抜け、降臨した稀なる軍神だ! ――言霊によって顕現せし真なる太陽よ! 汝の霊験あらたかなる光を以て真実を照らし出せ!」
もはや言葉もなかった。
幸雅の放った言霊と共に、生み出された太陽が一際強い光を、まるでレーザーの如く照射し――
常勝不敗の輝ける軍神ウルスラグナを、焼き尽くした。
なんとか、なんとか『戦士』っぽいものを出せないかと迷った挙句、こうなりました……。
ウルスラグナについてググっても、あんま出てこないんで、短くなりました。
ちなみに『太陽王』っていうのは、幸雅の異名的なものです。