カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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6 神の化身

「我が忌み名のいかずちを以て、我は恩敵を弑殺せん!」

 

 戦場に到着した幸雅は、まず真っ先に建御雷之男神の聖句を詠い、神速を持って天を舞う『猪』に急接近、右手に握った霊剣で横っ腹を切り裂いてみせた。

 

 ――キュアアァァァァンッッ!?

 

 情けない絶叫を上げる『猪』。されどさすがは神獣。カンピオーネの一撃を受けておきながらすぐに対処を始めた。

 瞬時に全方位に向かって衝撃波を放ち始めたのだ。

 欲張らず、素直に後退し近くの家の屋上に降り立つ。

 そこで一度、アテナを降ろした。

 

「それじゃ、アテナ。君にはあっちの『山羊』を任せてもいいかな?」

「無論のこと。あの程度敵にもならぬ」

 

 戦女神らしい傲慢さを見せつけながら、アテナは『山羊』に向かって右手を振った。

 

「妾の愛しき眷族たちよ。不遜なる獣に鉄槌を下したもれ……」

 

 唱えられるはアテナの聖句。ギリシャの戦女神にして蛇を司る古代の地母神の勅命。

 振られた右手の先に闇が顕現し、その中から無数の《蛇》が出現した。

《蛇》の奔流ともいうべきそれは、ズルズルズルズルズルズルズル……と身の毛もよだつような異音を立てながら、『山羊』へと突き進む。

 

 しかし『山羊』の方も《蛇》に気付き、《蛇》に向けて角から電撃を放った。

 電撃は《蛇》の一部を焼き払うが、《蛇》は物量に任せて『山羊』の土手っ腹に喰らいつく。

『山羊』の上げる苦悶の声にも構わず、《蛇》は『山羊』の血肉を食い千切る。

『山羊』が身を捩ろうと、電撃を放とうと、決して《蛇》は動きを止めず、そして数秒後。

 

 ズズゥゥゥン、と。『山羊』は倒れ伏し、ピクピクと痙攣するばかりになった。

 

「……いくら神獣とはいえ、弱すぎやしないかい?」

「あの獣どもには見た目ほどの力はない。無論、死すべき人の子にとっては最悪の脅威であろうがな。しかし所詮は一つの神格の権能を切り分けた、不完全なもの――少し、強大な神力で揺さぶってやればこの通りよ」

 

 ふむ。と幸雅はひとりごちた。

 図体の割に脆いと。であれば、『猪』の方も先程の斬撃で倒せたのではないか? と思いそちらの方向を向くと、

 

「……ん? あの神力は何だ?」

 

 怒り狂う『猪』を、雷雲より幾筋もの黒い稲妻が襲いかかった。この雷光に打たれる度、空飛ぶ怪獣は絶叫し、打ちのめされ、苦しんでいた。

 そして、散々稲妻を浴びた『猪』は地上に落ちた。

 そのまま街の外に広がる岩場へ激突し、ビクビクと巨体を震わせている。

 

 雷光が放たれた、もっと言えばあの雷光の神力が放たれた場所を探し、下を見ると、

 

「……んなっ」

 

 それを見た幸雅は思わずずっこけそうになった。

 何やら長方形の石板を掲げ、隣に身目麗しい、不思議なほどの魅力を放つ少年を置いているのは――

 

「……護堂?」

 

 思わず呟いてしまった。

 そう。そこに居たのは、幸雅の後輩であり御神兄妹の幼馴染である、自覚のない女誑しこと、草薙護堂だったのだ。

 何故に日本に居るはずの彼がこんなところに居るのか。何故、彼があんな攻撃ができたのか、など、色々言いたいことはあるが、まずはこの場から離れてもらいたい。

 とはいえ、すでに二体の神獣は倒され、脅威は去っている。

 そういや僕、結局最初の一撃以外何もしなかったなあ、とか思う。

 これなら心配はいらないか、と思い権能を解き、顕現させていた霊剣を消し去ると、すっかり忘れていた金髪の少女がすぐ近くまで来て、幸雅の前で膝を着いた。

 呆気に取られる幸雅を置いて、少女は滑らかな口上で礼を述べてきた。

 

「わたしたちとこの街の危機を救っていただいたこと、心から感謝いたします。カンピオーネの君よ」

「え、あ、ああ。いや、気にしなくていいから。それより、僕がカンピオーネだってよく分かったね?」

「お戯れを。その身に猛き雷光を纏われて参上し、彼の神獣に目にも留まらぬ一撃を入れられた御身を他の誰かと見間違うほど、このエリカ・ブランデッリ、落ちぶれてはいないつもりですわ」

「ブランデッリ? ああ、パオロさんの?」

「パオロ・ブランデッリはわたしの叔父です」

 

 依然跪いたままの金髪の少女。

 華麗な覇気に満ちた麗しい顔に、彼女の所属を示す赤と黒(ロッソネロ)のケープを身に纏った、素晴らしいプロポーションの美少女。

 なぜかその金髪が王冠のように見えてしまう。

 そして、幸雅はその赤と黒(ロッソネロ)の意味と、ブランデッリの名が指し示す彼女の所属を知っていた。

 先程まで一緒に居たリリアナ・クラニチャールが所属するミラノの魔術結社《青銅黒十字》と双璧をなす、赤き悪魔の集う《赤銅黒十字》。

 

 ん? そこで幸雅は、忘れていたことを思い出した。

 そういえば、自分たちより先に出発したリリアナはどうなったのだろう?

 と思っていると、噂をすればなんとやら。

 

「――王よ! ご無事ですか!?」

 

 タンッと、青き光に包まれた銀髪の妖精のような少女が、金髪の少女の横に降り立った。

《青銅黒十字》に所属する大騎士、リリアナ・クラニチャールだ。

 飛翔術を使って現場に急行していたが、やはり幸雅の神速より遅く、今頃到着したらしい。

 リリアナはすでに戦闘が終わったことを察して愕然とし、次に隣で跪くエリカを見て驚愕の表情を浮かべた。

 

「え、エリカ!? 何故、あなたがこんなところに居る!?」

「それはこっちのセリフだわ、リリィ。あなたもしかして、王の案内人?」

「ああ、その通りだ、……って、リリィと呼ぶな」

 

 どうやらこの二人は面識があるようだ。

 古い友人同士の気安さを感じる。すごい偶然もあったものだ。ひとりごちていると、腰の辺りに軽い衝撃を感じた。

 見下ろすと、そこには頬を膨らませ、顔全体と態度で不満を表明するアテナの姿が。

 ……思わず、冷や汗が垂れた。

 

「ええーっと、怒ってます?」

「……」

「いや、本当にごめん。別に君を蔑ろにした訳じゃなくて」

「…………」

「ち、違うんだって。君のことも褒めようと思ったんだけど、先にあの娘が」

「……………………」

「…………ごめんなさい。許してください」

「うむ」

 

 平身低頭して腰を屈め、アテナの華奢な肢体を抱き寄せて頭を撫でてやる。

 すると途端に相好を崩し、尊大に頷くアテナ。もっともっとというように、手の平に頭を擦り寄せてくる。

 そんな嫁の様子に、そっと安堵の息を吐く幸雅。

 

 しかしすぐに幸雅の表情は引き締まった。

 先程までの神獣とは異なる、新たな呪力の高まりを察したからだ。

 

 幸雅が睨みつける場所、突如虚空に飛来する、金色の『鳳』。

 翼長5、60メートルはありそうな長大な翼を広げて暗天を滑空する、金色の羽毛を持つ猛禽。

 鷲ではなく、鷹に似た鳥種に見えた。

 何度も勇壮に旋回している巨大な『鳳』の羽風は、次第に渦を巻き、遂には巨大な竜巻となって町中を吹き荒れていた。

 大小さまざまな物体が、風に巻き上げられて空に上っていく。

 さらに運の悪いことに、この『鳳』が舞っているのはドルガリの中心部、このままいけばどれだけの被害を生むことか。

 

「……アテナ。あの『鳳』の正体、分かるかい?」

「あれも、先の『猪』や『山羊』と同じよ。一つの神格の権能を切り分けた存在、その一端。恐らくは、いずれかの軍神の化身だろうな。これは……光、勝利、風、裁き?」

 

 霊視を始めたアテナ。それで何かが視えれば重畳、視えなくても倒せばいい。

 そう決意してもう一度、雷の権能を使おうとした、その時だった。

 

 下に居た護堂と一緒に居た、十五歳ほどの少年が、何を思ってか竜巻に向かって走り出したのだ。

 その速さはまるで風。

 石板を腕に抱いた護堂が呆然とした顔で少年を見送っている。

 どうやら護堂は、あの少年の正体を知らないらしい。

 

「カリアリに顕れた第二の神! 風の化身を持つ軍神よ!」

 

 エリカが焦燥に塗れた声で叫んだ。それを聞いたリリアナも表情を引き締め、エリカと一緒にそれぞれの武器を構える。

 この直後に再び風が渦巻き、第二の竜巻が出現した。ドルガリの街の外で烈風が渦を作る。

 

「あれもまた、彼の軍神の化身の一つ。『強風』の化身だ」

 

 アテナの静かな言葉と同時に『鳳』が旋回をやめ、その羽風によって起きていた竜巻が雲散霧消する。

 竜巻に向けて『鳳』は飛翔し、竜巻の向きとは逆方向に旋回をはじめた。いかなる理屈に基づいてか、竜巻は勢いを弱めていく。

 直後に一瞬にして竜巻は消え失せ、その代わりと言わんばかりに『鳳』のすぐそばに顕現したのは、黄金の剣。

 巨大な黄金色の鋼。『鳳』の翼長に負けぬほどの長大な刀身を持つ、両刃《もろは》の剣だった。

 

「まさか、あの剣も化身なのか……」

「左様。それも、相当に強力な剣だ。神を切り裂く力を有した、な」


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