カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
「さて、イタリア到着、だね」
「うむ」
翌日、日曜日の午後二時。幸雅とアテナはイタリアの首都ローマにある国際空港フィウミチーノ空港に降り立った。
目の前に視線を転じれば、国籍、人種ともに様々な人々が行きかっている。
日本ではあまりお目にかかれない光景だが、やはり一番目立っているのは幸雅とアテナだろう。
片や、黒髪黒眼のこの時期珍しい日本人。修学旅行でもないので、ここにいる日本人は幸雅だけだろう。
片や、艶やかな銀髪に闇色の瞳、不自然なほどに整った顔立ちの少女。100人いれば100人が美少女ということ間違いなしだ。
そんな二人が、仲睦まじく腕を組んで見せつけるようにしながら、ターミナルにやってきた。
もちろん、大勢の視線が殺到するが、アテナにとってはそもそも眼中にないし、幸雅もアテナを連れて歩くと大体こうなるため、慣れ切っている。
「それで、どうするのだ旦那さま? このまま件の島へ行くのか?」
「いや、《青銅黒十字》から案内役が来てるらしいのだけれど……おっ、あれかな?」
きょろきょろとせわしなく人が行きかうターミナルを見渡していると、不意に感じ慣れた超常の力、呪力を感じ取った。
アテナと一緒にその呪力の方向を見ると、多種多様な外見の人々の中でも一際目立つ、アテナと同じような銀髪の少女が立っていた。
銀褐色のポニーテールに、西洋人形じみた硬質の美貌。美しい妖精のような細身の体付き。
その少女が身にまとうのは、青地に黒い縦縞の入ったケープだ。《青銅黒十字》に所属する魔術師の正装、
こちらがじっと見ていると少女の方も幸雅たちに気付いたようで、ひしめき合う人垣をするするとすり抜けて、二人の前に立った。
少女が口を開くよりも早く、幸雅からイタリア語で話しかけた。
「やあ。君かな? 《青銅黒十字》からの案内人というのは」
「御明察の通り、《青銅黒十字》より遣わされたリリアナ・クラニチャールと申します。日本国のカンピオーネ、御神幸雅さま。その伴侶たる智慧と闘争の女神よ。御身こうしてお目通り叶ったこと、まことに喜ばしく」
「ふーん。クラニチャール? ……ああ、彼の孫娘かな。君のお爺さんが僕に自慢していたよ」
「祖父が見苦しい真似を。申し訳ありません」
「いやいや、いいのいいの。実際に強いんだろう?」
「一応、《青銅黒十字》では大騎士の位を授かっております」
裕理と同じようにどこまでも謙った態度に苦笑を禁じ得ない。
幸雅は、別にイタリア語を勉強したわけではない。しかし今では流暢にしゃべることができる。
これはカンピオーネになってからできるようになったことだ。
『千の言語』
本来ならば長年魔術を学び、言霊の奥義を悟った達人のみが会得する秘術らしいが、カンピオーネたる幸雅は三日もすれば言語の一つぐらいは習得できる。
やっぱり滅茶苦茶だけれど便利だな……と考えていると、リリアナは次にアテナに語りかけた。
「女神よ。御身の御名を口にする不遜をお許し頂けるでしょうか?」
「許そう。面を上げよ、我らの遠き裔なる魔女の娘よ」
「ん? アテナ、その娘が君たちの裔ってどういうことだい?」
「知れたこと。この娘は魔女なのだ」
欧州における魔女の原型は、アテナたち古代の地母神に仕える巫女なのだ。
一般に言う魔術師とは原点を異にする魔女。彼女たちは魔術だけでなく、日本の媛巫女のような霊視・霊感の素質も持つ。
故に、目の前の魔女・リリアナ・クラニチャールは古き地母神たるアテナにとっての『裔』となる。
「へー。やっぱり色々ややこしいね」
「何を言う。妾の旦那さまなのだから、妾のことぐらいは全て知っておいてもらわねば困る」
「……それもそうだ」
冗談めかして言うアテナに、幸雅は思わず苦笑した。
しかしすぐに不敵な笑みを浮かべて、
「……まあでも、どこが弱点とかは全部知っているのだけれどね?」
そっと、自分の腕に抱きつくアテナの首筋を撫でた。
反応は一目瞭然。
「――ふにゃっ!?」
「ふふふっ。ほら。知ってるだろう?」
「む、むうぅぅぅ!」
恨めしげに頬を膨らませるアテナだが、その姿は幸雅からしたら可愛い以外の感想が出てこない表情だった。
なので、とりあえず謝罪も兼ねて頭を撫でてやることにした。
「ごめんねーアテナ。ちょっとやり過ぎちゃった。許してね?」
「……ん、ぬ、むう。……今回だけだぞ」
「うんうん。もうしないよー」
絶対するが。
それを口に出すことはせず、仲良くじゃれ合う二人を見て、何やら顔を赤くしていたリリアナと一緒に空港から出るのであった。
§
「それで、御身らはこれからどうするおつもりなのでしょうか?」
「そうだね。まずはサルデーニャに行こうと思う。あそこが戦場だと聞いたし、ルクレチアさんもいるからね。彼女の話も聞いておきたい」
「ルクレチア・ゾラさまですか……わたしたち魔女の先達に当たる方ですね」
「ふむ、あの魔女めか」
ローマ市街地の湾岸部を談笑しながら、三人は歩いていた。
相変わらずアテナと幸雅は腕を組んだままだが、それは気を抜いていることを示していない。
幸雅は歩きながら海の方に臨む島――サルデーニャ島の方を見据えながら歩いているし、アテナも己の霊感を研ぎ澄ませている。
そのまま歩くこと数十分。
ついに、
「……ッ、来たか!」
「旦那さま!」
「え? あの、お二人とも?」
いぶかしむリリアナを気にせず幸雅とアテナが見据える先、サルデーニャ島の市街地からは、青白い雷が見え隠れしていた。
無論、自然現象などではない。しかも、サルデーニャ島の上空、もっと言えばドルガリの上空にだけ雷雲が発生し、豪雨と暴風と雷電が渦巻いている。
明らかに何者かの手によるもの。だが感じ取れる呪力からして人間の魔術師によるものだとも思えない。
すなわち、まつろわぬ神。もしくは神殺しの仕業。
さらに、その横に顕現しているのが体長20メートルほどの、黒く巨大な『猪』。
「あれは、神獣かい? それにしては呪力の量が半端ないのだけれど」
「……いや、あれは神獣というより化身と言った方がよいな。一箇の神がその姿を獣に変えた存在だ」
「ふむ。あの雷は……呪力はまったく同じだけれど、違う化身か。何かの事情で分裂でもしてるのかな」
「かもしれぬ。それで、どうする。神殺し?」
闇色の瞳に猛禽類――梟のそれと同じ呪力をまとわせたアテナが、隣に立つカンピオーネに尋ねた。
果たして魔王・御神幸雅は、
「もちろん、行くに決まってる!」
迷う素振りもなく頷いた。
アテナも破顔一笑、両手を広げて幸雅に抱きつき、幸雅も優しく受け止める。
その次の瞬間、幸雅の全身からパチパチと放電が始まった。
「君はどうする、クラニチャール? 必要なら送っていくけれど?」
「い、いえ! 御身の手を煩わせるわけにはいきません! それでは戦場でお会いしましょう、ご武運を!」
それだけ言って銀髪の大騎士はおもむろに呪文を唱え始めた。
「――アルテミスの翼よ、夜を渡り、天の道を往く飛翔の特権を我に授け給え!」
言下にリリアナの体が青い光に覆われ、まるで砲弾のようにサルデーニャに向かってかっ飛んで行った。
それを見送って性急な動きに苦笑しつつ、幸雅も幸雅でアテナをその腕に抱いて言霊を唱える。
己の中に眠る、日本神話最強の武神の権能を呼び覚ますための。
「御雷の名を持つ我が請い招くは疾き稲妻! 高倉下を打ちし稲妻よ、雷神たる我が掲げし霊剣を以て、ここに顕現せよ!」
バチイイッッ、と目も眩むような閃光が空より降り落ちた。それは稲妻。何より疾き稲妻。
降り落ちた稲妻は地面に叩きつけられるより前に幸雅の右手に集結し、一本の剣を形作った。
御神幸雅が斃した二柱目の神は、日本神話最強の武神にして雷神・
何者にも勝る剛力と降り落つ雷を司り、神剣を神格化した軍神ともされる《鋼》の神だ。
彼がこの神から簒奪した権能は、『猛々しきは雷神哉』(Sword Of Thunderbolt)。
幸雅の右手に顕現した剣は、名を霊剣・
その雷光はすぐに全身に波及し、サルデーニャ島に向けて幸雅が地面を蹴った――瞬間、幸雅とアテナの姿が掻き消えた。
いや違う。目視できないほどの速度でサルデーニャ島まで向かっているだけである。
顕現した雷神の稲妻を身にまとい、雷光の速度で――すなわち、『神速』で海の上を駆け抜ける。
移動速度を速くするのではなく、移動までにかかる時間を短縮する『神速』は、二人をものの数十秒で戦場へと運んだ。
戦場となっていたサルデーニャの都市、ドルガリの街中に到着した彼らの目にまず飛び込んできたのは、全身から不可視の衝撃波を放つ『猪』とそれに対抗する剣を構えた金髪の少女。
少し視線をずらせば、その角から電撃を放つ『山羊』の姿。
それらを確認した瞬間、カンピオーネ御神幸雅の全身に呪力がみなぎり、思考が冴え心が燃え上がり筋肉と骨が張り詰め、自動で臨戦態勢に入った。
来て早々に冷たい雨を全身に浴びることになった幸雅だったが、体の芯はまるで白熱したかのように熱く滾っている。
強敵であるまつろわぬ神々との遭遇に、カンピオーネの肉体が勝手にコンディションを最高の状態にしてくれるのだ。
いつしか、幸雅の唇は獰猛に歪んでいた。
それは、溢れ出る闘争の喜悦を抑えきれないが故に漏れる、王者の微笑であった。
頑張って五話め行きました。よろしくです。