カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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 この話と次の話から、小説三巻が始まります!

 ついでにカンピオーネ草薙護堂が誕生しますので、どうぞよろしくです。


4 魔王と女神、イタリアへ発つ

「ことが起こったのは、昨日のことでしてねぇ」

 

 学校が終わった後、幸雅はそのまま家に帰らず、途中で智慧と闘争の女神を呼び寄せて裕理の実家、七雄神社の本殿に居た。

 ことの仔細を聞き出すためだ。

 最初に口火を切ったのは、正史編纂委員会のエージェントにして忍びの権威、甘粕冬馬だ。

 

「イタリアのサルデーニャで、突然、何の前触れもなく物凄い嵐が起こったそうです。それはもう、すさまじい勢いの。で、コレはさすがにヤバいんじゃないかってイタリアの同業者さんたちが調べた結果、予想通りと言うべきかなんと言うべきか、まつろわぬ神の手によるものだと判明した次第で。馨さんから、至急御神さんにお伝えしろと」

「同業者、というと、テンプル騎士や魔女とかの魔術結社の人たちかい?」

「ええ。今回、最も迅速に動いたのは《青銅黒十字》の方々です」

 

《青銅黒十字》とは、イタリアに古くから存在するテンプル騎士、または魔術師の起こした結社、いわゆる騎士団である。

 ミラノの魔術師を代表する二大魔術結社の一つ、青き狂戦士たちの集う《青銅黒十字》。

 今回それほどまで素早く動いたのは、おそらくライバルであるもう一つの魔術結社、赤き悪魔たちの集う《赤銅黒十字》に対する対抗心の為だろう。

 

 かつてイタリアに赴いた際に聞かされた知識を思い返しながら、幸雅は思索を始めた。

 胡坐をかく幸雅の膝の上には、猫が身を寄せるように丸まるアテナの姿が。幸雅の足の上に小さなお尻を乗せ、首に腕を回してぴったりと密着している。

 いつもは戦女神らしく凛としただずまいだが、幸雅の前ではこれが一変する。そんなところも、幸雅には愛おしかった。

 それを見て顔を赤くする裕理と、目に毒とばかりにさりげなく視線を逸らす甘粕。

 バカップルの醸し出すピンク色の空気に毒されては堪らない。

 

「それで? 《青銅黒十字》が調べた結果、どういうことが起こってるんだい?」

「戦闘らしいです。それも、まつろわぬ神とまつろわぬ神の」

「やっぱりか……」

 

 額を押さえて幸雅は呻いた。

 まったくこれだから、傲慢な神様っていうヤツは。

 

「ドニはどうしてる? あのバカが首を突っ込んでこないとか、あり得ないと思うんだけど」

「サルバトーレ卿なら、アンドレア卿のご指示で南の島でバカンス中らしいですよ」

「あ、そう」

 

 アンドレア。稀代の愚か者にしてイタリア最強の剣士『剣の王』サルバトーレ・ドニの執事を務める謹厳実直な男性。

 知る限りで一番の苦労人の顔を思い浮かべて、幸雅は苦笑した。

 彼のファインプレーのお陰で、とりあえずあの愚か者の介入、すなわち新たな火種の投入は防げた。それだけが今回の唯一の救いだろう。

 

 しかし頭が痛いことに変わりはない……。

 と思っていたところに、不意に頬に優しい感触を覚えて幸雅は顔を上げた。

 あまり見ない優しい微笑みを浮かべたアテナが、愛おしげに幸雅の頬を撫でていたのだ。

 その表情にドキッとすると同時に、胸の内に広がる安心感と目の前の女神への愛おしさ。それらが渾然一体となって幸雅の口元を歪めさせた。

 つい幸雅の方からも己の膝に座るアテナの腰に腕を回し、強く抱き締める。アテナの方からも首筋に額を擦り付けるようにしてくれた。

 

 目の前でいちゃつくバカップルに完全に置いてけぼりをくらった甘粕は、苦笑しながら己の所属する組織が戴く王への依頼を口にした。

 

「……何にしても、御神さん。王であらせられる御身に、正式にご依頼いたします。どうか、遠き地によって繰り広げられる災厄を止めてください」

「私からもご奏上いたします。もしかしたら、御身も新たな権能を得られるかもしれません」

「別に新しい権能が欲しいなんてこれまで思ったことはないけれど……《青銅黒十字》の面々には以前お世話になったからね。引き受けさせてもらうよ」

 

 迷う素振りも見せず幸雅は頷いた。もとより断るつもりもなし。

 基本的に神々との戦いに興味は湧かない幸雅だが、無辜の民が巻き込まれそうな時ぐらいは、陣頭に立つボランティア精神ぐらいは持ち合わせている。

 

「ついでに、連休を使ってアテナとイタリア旅行でもしてくるよ。アテナ、それでいいかい?」

「妾はあなたが居ればどこであろうと構わぬ。もっとも、彼の地はすでに赴いたことがある気がするがな」

 

 悪戯っぽく微笑みながらも承諾の意思を伝える戦女神。

 微笑み返しながら、幸雅は心の中でそれに、と付け加えた。

 

(イタリアならば、かつてアテナと戦ったあの地なら。アテナが失った力、ゴルゴンを見つけ出せるかもしれないしね)

 

 表情を緩ませる《蛇》を司る大地母神を見据えて、決意を新たにする幸雅だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 幸雅とアテナは、翌日に日本を発った。

 正史編纂委員会が用意してくれた、アテナの分のパスポートとチケットでイタリア行きの飛行機に乗り込む。

 準備やら何やらをしている内に時間はもはや深夜。空港のターミナルで飛行機を待っている内にとっくに日付は変わり、すでに二時を回っている。

 しかし夜の女王であるアテナにとっては、むしろ闇に閉ざされた深夜こそが本領。故に。

 

「……ん、ふ……ちゅっ、旦那さま……ふぁ……む」

「……むぁ……ぅ、アテ、ナ……ちゅ、ん……」

 

 人目も憚らず愛しい旦那さまの膝の上に乗って、濃厚極まる口付けを楽しんでいた。

 その黒曜石のような闇色の瞳はトロンと恍惚に蕩け、誰が見ても他のことは眼中にないことが分かるほどだった。

 もともと、家ではひたすら旦那さまとの睦み合いを楽しんでいた処女神である。

 しかし今日は正史編纂委員会からの依頼や説明、その他諸々のせいで、そんな時間はほとんど取れなかった。

 ……いや昨日、神社に居た時に散々甘えてたじゃないか、とかいうツッコミは御法度である。

 ともあれ、人目があることもあって我慢に我慢を積み重ねてきたアテナだったが、飛行機に乗り込んで二人きりになった途端、それが決壊した。

 

 幸雅が席に座ってアテナの方を見た――瞬間、アテナは幸雅に反応も許さず、その唇を奪った。

 目を白黒させる幸雅にも構わず、夢中でその唇を貪る。

 小さな胸の内に湧き出る無限の情熱を分け与えるかのように、唇を唇で吸い、舌を絡め、唾液を交換する。

 先程までの寂しさを埋めるように、夢中で彼を求める。

 最初は戸惑っていた幸雅も、次第にアテナの熱が移ったかのようにアテナを求めはじめて――

 

 そして、冒頭に戻る。

 耐性のない者なら、目に入れるだけで当てられてしまいそうなほどに、彼らの醸し出す空気は淫美で、濃厚だった。

 

 それを息継ぎを交えつつ、小一時間ほど(!)続け、ようやく二人の睦み合いは一応の終息を見た。

 互いに息は荒く顔は火照り、唇の周りはお互いの唾液でべっとりと汚れている。それを拭うこともせず、二人は固く抱き合っていた。

 

「……ごめんね。寂しい思いをさせてしまって」

 

 弛緩したアテナの背中を擦りながら、幸雅は耳元で囁いた。

 アテナが豹変した理由を悟っての謝罪だった。最愛の嫁と言っておきながらこの体たらく。情けない。

 しかしアテナは優しく微笑んで、

 

「気にするな。これはただ、妾が堪えきれなかっただけのこと。――……もう、しないであろう?」

「もちろんだよ。二度と君に寂しい思いをさせたりしない」

 

 幸雅は、改めてそう誓った。

 かつて死力を尽くして戦い、初めて愛した女性。そんな人を、悲しませたりなんてするものか。

 

「……愛してるよ、アテナ」

 

 万感の想いをこめて、そう囁く。

 するとアテナは一瞬ポカンとした表情を見せて、すぐに照れ臭そうに目を背けた。

 

「い、いきなり何を言うか」

「仕方ないだろう。抑えきれなかった。……何度でも言うよ。僕は君を愛してる」

「――……わら、私も」

「ん?」

 

 耳まで真っ赤にしたアテナが、顔を隠すように幸雅の胸元に埋めて、

 

「私も、愛してます。幸雅、さん」

「――――ッ!」

 

 恥ずかしそうにポツリと告げられたその言葉に、幸雅の意識は瞬時に沸騰した。

 これは、ヤバい。マズイ。

 言い切った後も、いつものズバズバとした態度が嘘の様に、こちらの胸元に額をぐりぐりと押しつける様は、一言で言って、

 

(め、メッチャ可愛い……!)

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 時は少し遡り、昨日、二人が甘粕の報告を聞いていたころ。東京都文京区、根津の下町にある閉店した古書店では。

 

「それくらい何とかしてみせるよ。じいちゃんは根津で留守番をしていてくれ」

「承知した。じゃあ全てお前にまかせるから、上手くやってみせてくれよ」

 

 とある少年が、祖父からとある石板を受け取り、イタリア行きを決意していた。


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