カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
最初らへんは主人公が馬鹿になってます。
「それじゃアテナ! キスしよう!」
護堂たちを見送り、家の中に戻ってきた幸雅はリビングで寛いでいたアテナを見るなり、満面の笑顔でそうのたまった。
「………………」
アテナはこれ以上なく冷たい視線を夫たる男に向けて、すぐにテレビに視線を戻す。
無視の構えだった。
「あ、私宿題してこようっと~」
白々しい言葉を残して、花南が二階に消えていった。逃げた。
残された二人だったが、幸雅は両手を広げて笑顔を張り付けたまま固まり、アテナはソファーでクッションを抱えてテレビに見入っていた。
そのまま数分が経つ。聞こえてくるのは、テレビの音と、時たまアテナが身を捩る衣擦れだけ。
ようやく再起動した幸雅が、慌てたようにアテナに詰め寄った。
「いや、いやいやいやいや、何で無視するのさ、酷いじゃないか!」
自分の正面、つまりテレビとの間に入ってきた幸雅を鬱陶しげに見やった彼女は、いかにも気が乗らないといった様子で口を開く。
「……何だ、旦那さま? 妾は忙しいのだが?」
「忙しいって、テレビ見てだらけてるだけじゃないか」
大人の姿に成長したアテナに冷たい目で見下されるのは、何だかゾクゾクする……いや何でもない。
「今から僕は戦いに行くんだよ? それならもちろん、言霊の光が必要になるし、その知識を得るためには君に教えてもらわなくちゃならない」
「だから?」
「キスしよう、アテナ!」
もはやジトッ、どころか、ギロッという眼光になった。本当に石になりそう。
アテナは深々と溜め息を吐くと、
「……そもそも、妾はあまり気乗りしない」
「何が?」
「あの神殺しは、強大だ。かつて中華の地で出会ったかの女帝に匹敵するほどの」
「君がそこまで言うほどか……」
彼女の淡々とした声での見通しに、幸雅は思わず唸る。
そんな幸雅を見ても、アテナはますます表情を曇らせた。
「それを聞いても、あなたは戦いに赴くのであろう?」
「もちろん。あの爺さんともそういう約束だったからね」
というか、その約束を取り付けたのはアテナの筈だ。
すでに動けなかった幸雅に代わって、まず幸雅と戦い、幸雅が勝てなければアテナが代わりに彼と戦う。
その妥協案を打ち出したのは他ならぬアテナ。だというのに、今更何を。
「……あの時は、あなたの意を汲んでああ言ったがな。今では、あれは間違いだったのではないか、と思っている」
「間違いって……僕が、あの爺さんに負けるって?」
「………………」
アテナは答えなかった。ただ、その秀麗な美貌を憂いに曇らせて眼を逸らすのみ。
それは肯定に等しい。無言の肯定だ。
何となく不愉快になる幸雅だったが、黙って続きを待った。
「ここで妾が何と言おうが、あなたは止まらないのは分かっている。たとえ妾があなたに知恵を授けなかったとしても、あなたはそれでも行く。あなたに寄り添ってきた妾だからこそ、それが分かる」
「そうだね。彼が狙っているのは君なのだから、僕は行く。僕は君を守りたい。君を失いたくない」
失いたくない。幸雅が放った言葉で、あたかも自らが傷を負ったように、アテナは表情をくしゃりと歪めた。
有体に言って、泣きそうな顔、と表現するのが正しい。
まったく予想外の表情を見せたアテナに、幸雅は動揺して咄嗟に動けない。
膝立ちになって彼女の顔を窺うが、それより先に、アテナの方から幸雅の背中に手を回し、胸に額を押し付けてきた。
「アテナ……?」
「……失いたくない、とあなたは言うがな。それが、あなただけだと、思っている、のか……?」
弱々しい、嗚咽すら混じった声に、幸雅は虚を衝かれると同時、心臓に杭が刺さったような痛みを覚えた。
「妾だってそうだ。失うのはいやだ、絶対にいやだ。あなたを、あなたから得た愛情を、あなたから教えてもらった、この身を焦がす熱を、妾はなくしたくない、手放したくない。あなたから離れたくはない、あなたとずっと一緒にいたい……!」
彼女は幸雅の胸に顔を埋めているため、どんな表情をしているのかは分からない。
それでも、きっと泣き崩れているであろうことは、分かる。胸元が徐々に湿ってきているのを考えれば、明白だ。
だからこそ、彼女の言葉が、紛れもない彼女の本心であることが、分かる。
「どうすればいいというのだ? あなたを失って、あなたが妾の前から居なくなってしまえば、妾は、妾の胸にあるこの想いは、一体どうすればいいというのだ……っ?」
幸雅には、何も言えない。アテナに、これだけのものを溜め込ませてしまった幸雅には、何も言えない。
「覚えているか? 一か月前、中華の地であなたが妾のいない所で、武の神殺しと相対したときのことを」
「……ああ。覚えてる。君が慌てて駆けつけてくれたおかげで、僕はギリギリ生き残れた」
「そうだ。妾が来た時にはもう、あなたは瀕死だった。死に体だった。そんなあなたを見て、妾がどんな思いだったか、あなたは考えたことはあるか……っ」
ぽかぽかと小さな拳で胸板を叩かれる度に、鋭い痛みが走る。痛い。心が、痛い。
けれど受け入れなければならない。この痛みがなければ、幸雅は彼女の想いを知ることが出来ない。
きっと、ずっとだったのだろう。幸雅が彼女のいない所で強敵と相対する度に、彼女はその不安を抱えてしまっていたのだろう。
幸雅を、失ってしまうという、不安を。
幸雅がアテナを失う、そう考える度に抱いてきた、言いようのない恐怖を。
幸雅がその喪失に怯えているのと同様に、アテナもまた怯えていたのだ。
始めて誰かの愛を受けて、自分もまた誰かへの愛を知った彼女は、その愛を失うことを、酷く恐れた。
(僕の、責任だ……っ)
悪いのは、紛れもなく幸雅だ。
アテナを守ると散々口にしておきながら、アテナの気持ちまで考えてやることをしなかった、幸雅だ。
今ようやくそのことを自覚した幸雅は、忸怩たる思いに唇を噛み締めた。
幸雅は、少しだけ広くなって、けれど今は前よりずっと小さく見える肩を、ギュッと掻き抱いた。
いつものように壊れものを扱うようにではなく、グッと思いっ切り力をこめて、胸の中に抱きすくめる。
「ごめんよ、アテナ。ごめんよ、ごめんよ……!」
もう幸雅には、謝ることしかできない。ひたすらに謝罪して、許しを乞うしかない。
そして、誓うしかない。
ようやく顔を上げてくれたアテナに、その頬を伝う涙と、泣き腫らして赤くなった瞳を見据えて、胸の痛みを堪えながら、
「僕は、君を守る。これからも、君のために僕は戦って……そして、必ず生き残って、君の許へ帰ってみせる。必ず、君を再び抱き締めてみせるから……、だから……っ」
アテナは、幸雅の言葉を遮るように、その唇に、己のそれを重ねた。
目を見開く幸雅の胸元に、もう一度顔を埋めて、ポソリと呟いた。
「……約束だぞ」
「……うん、約束だ」
顔を上げたアテナと見つめ合い、微笑み合って、唇を重ねる。
最初は軽く、唇を触れ合わせるだけ。戯れのように、触れては離れて触れては離れてを繰り返す。
次第と激しさを増し、互いの舌が触れ合い始めた。
「……ん、ふぅ、……ぁ、くちゅ、はぁっ……」
成長した姿のアテナとキスをするのはこれが初めてで、今更のように動悸が激しくなってきた。
そんな幸雅の緊張ともつかない興奮に気付いたのか、アテナは一度唇を離してから、妖艶に笑って舌なめずりをした。
見慣れた、幼げな美貌ではなく、大人の色気を醸し出したこの美貌でやられると、背筋がぞくっとする。
一瞬、呆然と見蕩れていると、
「んむっ!? ちょ……アテ……ぐぅ」
いきなり、再度唇を奪われた。
目を白黒させている内に、幸雅の口内にアテナの舌が侵入してきて、幸雅の舌を絡め取った。
二人の合わさった口腔内で、唾液と唾液が混ざり合い、くちゅくちゅという淫靡な水音が反響する。
「れる、ぅむ、ぁふ……くちゅ、れちゅ……ちゅぴっ……くちゅるっ……ん、ぺろ、れろれろ……」
やがて幸雅の舌は解放されたが、アテナの舌は未だに幸雅の口内を貪り尽くすように舐め回していた。
それでも脳裏に数柱の神々の知識が蓄積していっている辺り、本題を見失ってはいないらしい。
流石と言おうか、寂しいと言おうか。
歯と歯茎を順に舐められる快感に陶酔するしかなかった幸雅だったが、それを続けるアテナも負けず劣らず表情が蕩けていた。
今やアテナはソファーから身を投げ出すようにして幸雅に覆い被さり、二人の間を遮るものは、お互いの服以外には何もない。
幸雅の胸板で押し潰されて卑猥に形を変える豊満な乳房、擦り付けられる肢体から漂う芳しき香り、徐々に熱く火照っていく体温。
その全てが、幸雅の意識を目の前の女神一色に塗り潰していく。
だが、やがて幸雅はある疑問に直面した。
(舌が……長い……?)
そう、幸雅の口内を蹂躙するアテナの舌が、明らかに長いように思える。
成長したのだし、ある程度は長くもなっているのだろう。だが、それでは説明できないほどに長い。
まるで、彼女が司る蛇のように。
その長い舌が、幸雅とのキスに夢中になって動き回っている――
瞬間、幸雅は異常な興奮を覚えた。
押し倒されて陶然と受け入れるばかりだったのを、アテナの細い肩を掴んでお互いの上下を交換し、今度は幸雅が上から覆い被さる。
いきなりのことに驚くアテナに何も言わず、幸雅は半開きになったその唇を強引に奪った。
「んぁっ……ふっ、ぅんむ、んんん? ……ん、にゅぅ、ぁ、ぁ、ぁ……っ」
「じゅうっ、じゅるる……ちゅるっちゅ、じゅるるる……」
舌を舌で絡め取り、唾液と一緒に思いっ切り吸い上げる。
アテナが幸雅の下でがくがくと痙攣するが、幸雅は上から押さえつけて取り合わない。
身を捩るのを腕力で無理矢理制して、行為を続ける。
高ぶってきたアテナは、こうすると喜ぶと知っているからだ。
――ちなみにだが。
本番の行為の最中は、基本的に幸雅が徹底的に責める。攻める、ではなく責める。
彼女の羞恥を煽ったり、自分からさせたりなどするとそれはもう悦ぶのだ。喜ぶ、ではなく悦ぶ。
割とMなのだ。蛇の女神だからだろうか、ねちっこいのがお好きなようだ。
本人の前では絶対に言わないが。
というわけで、今回も幸雅は遠慮なく責めた。
さっきまで強気だったアテナをねじ伏せて、完全に蕩けてしまうまで。
幸雅も幸雅で割とSの気があるので、毎度お楽しみなのである。
そうして二人は、十分な知識を得てもなお、長々と睦み合いを続けたのだった。
この
「え、ちょ、お兄ちゃんたちまだやってたの!?」