カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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26 作戦会議

「あ、いらっしゃ~い」

 

 老魔王襲来の翌日の放課後。幸雅の妹、花南はドアを開けて来客を出迎えた。

 来客自体は兄から聞いていたが、改めて見ると壮観だ。

 平凡な男子高校生一人に、明らかに普通以上の水準の美少女三人。

 ただ花南は、いつもアテナと言う超絶美少女と言うか、美の化身(幸雅談)を見慣れている為、呆然と見惚れるとかそういうことはない。

 

「え~っと、護堂くんと、万里谷さんと、エリカさんと、リリアナさんだよね? どうぞどうぞ上がって上がって~。お兄ちゃん待ってるよ~」

 

 客人を一人一人確認しつつ、朗らかな笑顔で入室を勧める。

 これからのことを考えて惨憺たる気分だった彼らだったが、花南の笑みを見て思わず肩の力が抜けてしまった。

 

「あー、お邪魔します」

「お邪魔いたします」

「ご丁寧にどうも。花南さま」

「感謝します、花南さま」

 

 ちなみに、エリカとリリアナの対応が丁寧だったのは、花南が幸雅の――『太陽王』の実の妹、正真正銘の王妹殿下であるからだ。

 だがエリカは内心不思議に思っていた。

 王妹と言えば、護堂の妹である静香もなのだが、彼女相手には特に敬語や畏まった態度が必要だとは思えなかったが、何故か花南にはいつもの態度が取れなかった。

 リリアナは――まあいつも通りか。

 

 ともあれ、幸雅に招かれた四人は、御神家に足を踏み入れた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 御神家に足を踏み入れた四人は、早速後悔しそうになっていた。

 リビングに招かれた四人だったが、そのリビングにあったのは、

 

「あ~~~~。極楽だなぁ~~~~~~」

「ふふっ。甘えん坊め」

「いや~。何って言うかさ~。甘やかしてもらうって言うのもいいな~って。……アテナ~」

「あっ。こら。まったく、仕様のない……んっ」

 

 広い絨毯の上で、成長した姿の女神さまに膝枕してもらって、花南に匹敵するレベルののんびりした雰囲気を醸し出す魔王様の姿だった。

 

 即座に回れ右したくなった四人だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「いやー、面目ない。正直言って、まだ辛くてね」

「お兄ちゃん、今日学校休んでたからね~」

「使っただけじゃなく、護堂にぶった切られちゃったからね。そのフィードバックと言うか、そう言うのもあってもう体がだるいのなんのって」

「……何かすいません」

「気にするなって」

 

 数分後。ようやく膝枕から復帰した幸雅は、リビングのソファーにアテナと並んで座って、自分が呼んだ四人と向き合っていた。

 それでもなお、寄り添う、と言うよりひっつく、と言った方がいいレベルで密着していたのだが、まあ御愛嬌。

 

 招かれた四人はさりげなく視線を逸らしながら、早速本題に入った。

 

「あの、申し訳ありません、御神王。今日お招きいただいたのは、ヴォバン公爵への対応に関する話し合い、と言う理解で相違ありませんでしょうか?」

「うん、そうだね。けど、いい加減にそんな堅苦しいしゃべり方はよしてくれないかな」

「で、ですが、羅刹の君、王であらせられるお方に対して礼を失するような……」

「巫女よ。これはそなたの言う『王』の命であるぞ? それを断るというのも、十分に不敬だ」

「……わ、分かりました。仰る通り、態度を改めます。よろしくお願いします、御神……さん」

「うん、宜しく万里谷。……さて、じゃあ万理谷の言った通り、今回の集まりはあの爺様についてなんだけど……」

 

 幸雅が口を開いたところで、不意に来客を知らせるチャイムが鳴った。

 同席していた花南がパタパタと玄関へ向かう。姿を現したのは、

 

「やー、お待たせしました皆さん。上司から資料をもらって来るのに手間取ってしまって……」

「いらっしゃい、甘粕さん」

 

 よれた背広に眼鏡の青年。正史編纂委員会のエージェントにして忍びの権威、甘粕冬馬である。

 

「草薙さんには昨日お会いしましたね。お久し振りです、御神さん、アテナさ……ま?」

 

 瓢げた様子で挨拶をする甘粕だったが、アテナに視線を向けたところで、カクンと顎を下げた。

 無理もない。彼の知るアテナと、今のアテナは違い過ぎる。

 

「甘粕さん。このアテナもアテナだよ。と言うか、こっちが本来の姿」

「はぁー、いや、申し訳ありません。お久し振りですアテナさま。随分とお綺麗になられて……」

 

 前置きもここら辺に。役者も揃ったところで、今度こそ本題である。

 ……と言うか、先程の幸雅は甘粕を完全に無視していたわけだが、誰もそこにはツッコまなかった。

 

「まずはこれをご覧ください。あの公爵様に関する、委員会(ウチ)が仕入れたレポートです。と言っても、その大半がグリニッジの賢人議会の情報をまとめただけのものですがね」

「ああ、ありがとう。さってと、えーなになに?」

 

 人数分コピーされている紙の束をそれぞれ手に取り、目を通す。

 ヴォバンが住まいとする欧州出身のエリカとリリアナの二人、そしてアテナはほとんど流しただけだ。

 

「『貪る軍狼(Legion of Hungry-wolves)』『ソドムの瞳(Curse of Sodom)』『死せる従僕の檻(Death Ring)』『疾風怒濤(Sturm und Drang)』……」

「厄介そうな権能のオンパレードじゃないか……」

 

 裕理が読み上げた侯爵の権能に、同じ内容に目を通していた護堂が呻き声を上げた。

 

「侯爵が好んで使うのは、『貪る軍狼』と『疾風怒濤』、『死せる従僕の檻』だと言われているわね」

「無数の狼を呼び出す権能と、嵐の権能、『死せる従僕の檻』は、ゾンビを操るものだとお考えください。その一体一体が並の強さではありませんが」

「何でも、あの方が以前に命を奪った名のある戦士たちを、ゾンビにして使役しているそうよ」

「なるほど、趣味が悪いね……」

 

 エリカとリリアナからもたらされた追加情報に、幸雅も頭痛を強めた。

 以前幸雅が戦ったことのあるまつろわぬ神や神殺したちも十分厄介だと思ったが、これは輪をかけて酷い。と言うより胸糞悪い。

 

「さすが、羅濠教主のライバルだけはあるねぇ……。教主も教主で酷かったけど」

「え? 御神さん、中国の教主様とお会いしたことが?」

「あるよ。それどころか殺し合った」

「え!?」

「それより、今はこの爺さんのことを話そうじゃないか」

 

 二ヶ月前の、あの麗しき神殺しとの泥沼の戦いは、もう思い出したくもないので話を進めることにする。

 

「ヴォバン公爵がカンピオーネとなられたのは、グリニッジの賢人議会が発足より前ですから、あまり詳しい情報はないようですが、『貪る軍狼』は、北欧神話の魔狼、ガルムに由来する権能だと言われています」

「ガルム……フェンリル、だったか? 顎を開いたら天につく、って言うアレか。確かオーディーンを喰ったんだろ?」

「はい。そして、『ソドムの瞳』は、ケルト神話の魔眼の王バロールのものだ、と言うのが通説ですね。それ以外のものは、分かりかねますが……」

「ふぅん……アテナ。君からは何かある?」

「ふむ……」

 

 幸雅が水を向けると、アテナは少し考えてから、

 

「まず、この『ソドムの瞳』とやらは考えなくともよい」

「ん? ああ……生き物を塩に変えるってやつか」

「うむ。どうやら(メドゥサ)の邪眼とは違い、命ある者にしか効かぬようだ。何より、あなた方神殺しをも塩漬けにするほどの威力はない」

「へえ」

「ついでに言えば、そこの娘らが言った神は、どちらも全く違う神だ。狼の権能と言われてかの魔狼を思い浮かべるのも分かるが、ちと安直よな」

「そうなのか……って、アテナ? 君、もしかしてあの爺さんの権能、分かってるの?」

 

 当たり前のように並べられて思わず流していた幸雅だったが、流石に気付いた。

 全方位から向けられる驚愕の眼差しに、アテナは澄まし顔で頷いて、

 

「無論だ。視た(・・)からな」

「ああ……昨日会ったか」

 

 アテナの持つ霊視の権能に、世界中の神々の智慧。

 考えてみれば、接触しただけで霊視を受け取れる彼女が、気付いていないはずがなかった。

 もしかしたら、甘粕を呼んだのは、完全に意味がなかったかもしれない。

 

「他の権能のことも分かってるの?」

「うむ。あの神殺しの持つ六つの権能、全てな」

「さすがだねぇ……」

「そうであろう。よく労え」

「うんうん。凄いなあ、偉いなあ」

 

 僅かながら胸を張って得意げにするアテナの髪を、そっと撫でてやる。

 すると、もっともっとと言う風に髪を擦りつけて来たので、もっと撫でてやる。ついに命令してきた。

 もちろんこの可愛らしい命令に従わない理由などありはしない。

 無上の愛情をこめて撫でる。

 猫のように目を細める姿がとても愛らしい。

 

 甘粕は心得たもので、いつの間にか視線を外していた。

 リリアナと裕理は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして顔を逸らし、だが興味はあるようでチラチラと窺って。

 護堂はエリカから向けられる物言いたげな視線に気まずそうにして、と。

 なかなかに渾沌としてきた御神家のリビングであった。

 

 花南は春風駘蕩にニコニコ。ニコニコ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「まあとりあえず、クラニチャール。あの爺さんには、今日の夜って言っといて。場所はそちらに任せるって」

「承りました」

 

 そろそろ日が暮れる、となったところで、幸雅は玄関口にて、伝言役として来ていたリリアナにヴォバンへの言伝を頼んで帰らせた。

 一まず息を吐いた幸雅に、護堂が訊ねて来た。

 

「あの、先輩。今日の夜でいいんですか?」

「ん、ああ。それね。できるだけ早い方がいいんだ」

「え?」

「まあ、今回君に担当してもらう仕事にも関係してくるんだけど……」

 

 言って、幸雅は携帯を取り出して、昨日受信したメールを表示して護堂に手渡す。

 隣に居たエリカと裕理と一緒に覗き込んだ護堂は、その二人と合わせて驚きの声を上げた。

 

「なっ、マジかよ!?」

「そんなっ、侯爵のみならず、あの方まで……!?」

「ねえ、もしかして、裕理が霊視した災いってこのことではなくて?」

「そ、そうかもしれません……」

 

 以前にも幸雅が発した疑問を口にするエリカ。裕理も否定することも出来ずに、気まずげに眼を逸らすだけだった。

 幸雅も溜め息を堪えて、

 

「分かるだろう? 僕と爺さん、カンピオーネ同士の対決に、あの馬鹿が絡んでこないはずがない」

「「…………」」

 

 沈黙する、あの馬鹿の人となりを知るエリカと護堂。まだ会ったことのない裕理は戸惑うばかり。

 三者それぞれの反応を見て、幸雅は改めて護堂に要請した。

 

「と言う訳でさ、護堂はアイツが絡んできた時に、そっちをお願いしたいんだ。頼めるかい?」

「……分かりました。でも、それならおれ、今集められた意味ってなかったんじゃ?」

「そんなことはないさ。考えてもみなよ、あの馬鹿のことだから、『せっかく四人も揃ってるんだから、乱戦と行こうじゃないか!』とか言いそうじゃない?」

「…………です、ね」

 

 護堂は、頷かざるを得なかった。

 

 ともあれ、これで作戦会議(ちゃんと成り立っていたか甚だ疑問)は終了。

 去っていく三人を見送った幸雅は、ふと曇天の空を見上げた。

 

「……嵐が来そうだね」

 

 苦笑気味に幸雅の呟く声には、確信がこもっていた。

 

 ――数時間後に始まる、地上最強の戦士・カンピオーネ同士の闘争。

 それは、世界中に猛威を撒き散らす超特大のハリケーンと、相違あるまい。

 今日で東京が終わらないことを、祈るのみであった。


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