カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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 お久しぶりです、侍従長です。

 もう一個の作品のほうでも言いましたが、昨日、台風で避難してました。

 ともあれ二十五話、どうぞよろしくです。


第三章 老王襲来
25 次なる戦い


 大いなる地母の末裔。

 死と闇を従える暗黒の支配者。

 天と地と闇を統べた落魄せし女王。

 

 今、幸雅がその胸に抱き留めた女神は、そのような素性を持っていた。

 

「取り戻したんだね。君は、君を」

「うむ。世話を掛けたな、旦那さま」

「いいさ。君の為に力を振るうことに、忌避も嫌悪もない」

 

 ほとんど原形が残っていない公園の砕けた地面に立ち、二人は睦み合う。

 幸雅は成長したアテナの、ほっそりとしているくせに活力に溢れた腰と、月の光を浴びて尚輝きを増した銀髪に手をやって、きつく抱き締める。

 アテナもまた、幸雅の温もりを求めるように、幸雅の背中に伸びた腕を回して抱きつく。

 

 ……実のところ、たわわに実ったアテナの胸がモロに当たって、更にカンピオーネの本能でアテナほどの強力な女神と超至近距離で接触しているせいで、本気でアテナを襲いそうになっている幸雅だったが、流石に空気とムードを読んで何とか我慢していた。

 

「けど、本当に成長したものだね……」

「元はと言えば、こちらの方が妾の本来の姿ぞ? ……それとも、気にくわぬか?」

 

 闇色の瞳を不安そうに揺らすアテナの姿に、幸雅は慌てると共に安堵していた。

 幸雅の言葉を、反応を、いちいち窺って気を揉む彼女は、幸雅の良く知る彼女だ。

 そんなアテナの姿に、彼女は何も変わっていないことを実感して、そのことが幸雅にとって、何より嬉しかった。

 

 だから幸雅は、彼女の不安を取り除いてやるために、剥き出しの背筋を優しく撫でて柔らかな耳を弄り、最後にその額に口付けする。

 アテナと出会う以前は、テレビなどでそんなことをしている人物を目にしたら露骨に眉を顰めていた幸雅だったが、何故かアテナに対してなら幾らでも出来た。

 

 ひたすらに優しい、ひたすらに愛情の籠もった幸雅の行動に、恍惚と身を委ねるアテナの姿に身悶えしながら、幸雅は耳元で囁いた。

 

「……大丈夫。僕は君がどんな姿でも、変わらず愛せる。僕が好きなのは、アテナって言う女の子なんだからさ」

 

 アテナを、かつて神話世界に君臨した女王たる女神を、『女の子』と評した幸雅は、それに、と付け加えて、

 

「今の君の姿も、僕はとても好きだよ。どこもかしこも扇情的で、魅惑的で、理性を保つのにも苦労する。いつもの可愛い君も好きだけれど、今のとても美しくて綺麗な君も、僕は大好きだ」

 

 歯が浮き過ぎて、どこかに飛んで行ってしまいそうな台詞を、幸雅は臆面もなく口にした。

 ……やはりカンピオーネの体質で、まつろわぬ神と密着しているせいで高ぶって、色々おかしくなっているらしい。

 

 そんな甘ったるいやりとりを、『鳳』の副作用の心臓の痛みと合わせて見せつけられている護堂は堪ったものではない。

 キリキリと締め付ける痛みと、硬直する全身。ついでに幸雅と同じくまつろわぬ神との遭遇で昂る心。だがその表情には、苦悶よりもむしろ辟易したような色が宿っていた。

 

 足元でピクピクしている護堂に、幸雅もようやく気付き、

 

「……そう言えば、君も居たねえ」

 

 割と酷いことを呟き、幸雅はふとあらぬ方向に視線を向けた。

 すぐにアテナの方へ視線を戻す。

 

「ねえアテナ。これ、どうにかしてあげられないかな?」

「してやれぬことはないが……そのためには、術をかける必要g」

「悪いね護堂。やっぱり駄目だ」

 

 あらゆる魔術に対して絶対的な耐性を持つカンピオーネに術をかける唯一の方法。経口摂取。

 要するにキスなのだが、幸雅がそんなことを許容する筈もなかった。

 

 アテナの唇も、体も、心も、全て僕のものだ。

 そう言わんばかりの幸雅の態度に、護堂は非難するのも忘れて呆れた視線を送る。

 未だ倒れ伏したままの護堂の元にエリカが近寄り、そっと抱え上げる。

 

「……いつかは、あなたにも御神さまみたいなことを、囁いて欲しいものね?」

「……い、いや……あれは、無理……だろ。羞恥心で……死ぬ……」

「もうっ。どうしてそこで『もちろんだ』とか言えないのかしらね」

 

 こっちでもイチャイチャが始まった。随分と混沌とした空間である。

 それはともかく、幸雅は嘆息した。

 

「と、言うことはだ。……僕だけで対応するしかないってことか」

 

 溜め息。そして幸雅は、アテナから身を離し、先程チラッと視線をやった方向に再度目をやり、

 

「――すまないね。あまり派手な歓待は出来ないけれど許してくれよ、爺様(・・)

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 幸雅の言葉の直後、視線の先の木陰から、一人の老人が歩み出て来た。

 

 広い額と、深く窪んだ眼窩を持ち、顔色はひどく青白い。どこかの大学で教鞭を執っていると言われれ、誰しも納得するだろう。

 銀色の髪は綺麗に撫でつけられ、ひげも丁寧に剃られている。

 だがそんな第一印象を、黒く染まった白眼の部分とエメラルド色の瞳――虎の瞳が、真っ向から打ち消していた。

 痩せてはいるが、ひ弱そうな印象は皆無。背筋がすっきりと伸びており、むしろ若々しいとすら形容できる。

 

 老人の名は、

 

「なっ、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵!? バルカン半島に居らっしゃるあの御方が、何故!?」

 

 驚愕の声を上げたのは、護堂を抱き上げたエリカだ。聡明な彼女らしくもなく、目を見開いて呆然としている。

 その腕の中に居る護堂も、目を見開いて無言で老人を睨みつけている。硬直が本格的に始まって喋ることすらままならないらしい。

 

 無理もない。

 この老人は、二世紀以上前からこの世界に君臨する、最古参の魔王カンピオーネの一人なのだから。

 

「……今宵はよき夜だ。月の光を遮る無粋なものも存在せず、何よりよき闘争の気配がした」

 

 彼は、知的とすら言える声で語り出した。

 

「その気配に誘われて来てみれば――何とも見所のある若者たちが居たものだ。そして……」

 

 一度言葉を切り、ヴォバンはエメラルド色の邪眼を細めてアテナを見やった。

 

「何とも狩り甲斐のありそうな獲物が居たものだ。その必要はなかろうが、女王に対する礼儀として訊ねよう。貴女が、女神アテナだな?」

「如何にも。妾こそがアテナである。そなたも神殺しだな?」

「ふっ、やはりか。我が長きに亘る無聊。それを慰めるにはお誂えの相手だ。わざわざ極東の島国まで出向いた甲斐があったと言うものだ!」

 

 護堂たちを置き去りにして、老人は一人で哄笑を上げた。

 やはり、この魔王が日本まで出向いた理由は、アテナの存在を知ったからのようだ。

 ならば幸雅も黙ってはいられない。老魔王の視線からアテナを守るように立ち、傲然と胸を張って相対する。

 

「困るなあ、爺様。表敬訪問には、ちゃんと僕を通してくれないと。アポイントメントを取って置くのは基本だよ?」

「貴様は……」

「初めまして、ヴォバン公爵。御神幸雅だ。一応、あなたの後輩だよ」

「ふん、若造が。この私に歯向かうと?」

「あなたがアテナに手を出すと言うのであれば、そうだね」

 

 幸雅の方も、先程の護堂との一戦での疲れが色濃く残っている。

 だがその心は、湧き上がる闘争心と反骨心に猛々しく荒ぶっていた。

 

 こうして相対しているだけで分かる。この老人は、本当に強い。

 権能の数だけでなく、圧倒的な経験(キャリア)の差が存在する。二世紀に及ぶ戦歴は伊達ではない。

 

 だがそれがどうした? 権能の数? 経験の差? そんなもの、幸雅が膝を折る理由にはなりえない。

 その程度で諦めるような心の持ち主であれば、そもそも魔王になどなっていない。

 何より。アテナ(愛する女性)に手を出そうとする輩に、そう易々と負けてやる気はない!

 

「随分とアテナを庇い立てするな。貴様、その女神とどういった関係だ?」

「知らないのかい? アテナは僕の愛する妻だよ」

 

 断言する幸雅にアテナが頬を染めたが、生憎と幸雅はそれを見ることは出来なかった。

 ヴォバンは幸雅の言葉に一瞬だけ面食らったようだが、すぐに嘲笑を浮かべた。

 

「ククッ、フハハハハハハハ! 妻だと!? 我が同胞ともあろう者が、女神に籠絡されでもしたか!? まったく、随分と軟弱になったものだな!」

「籠絡された、って部分は否定しないけどね。軟弱って言うのには文句があるな」

 

 ヴォバンの嘲弄にも揺るがず、幸雅はアテナを抱き寄せた。まるでそれを誇るかのように。

 

「アテナの存在は、僕の力の源さ。――あなたこそ僕を舐めるなよ。時代遅れのクソジジイめ。山奥の別荘にでも隠居したらどうだい? 体に障るよ」

「不遜だな、小僧め。仕方あるまい。本命(アテナ)の前の肩慣らしに、貴様に魔王の何たるかを教えてやろう。精々退屈させてくれるなよ!」

 

 言って、二人の魔王は獰猛な微笑を浮かべ合った。

 正に一触即発と言う雰囲気。だがその雰囲気に、水を差す者があった。

 

「お待ちください、侯よ!」

 

 必死な声音で割り込んできたのは、青き大騎士、リリアナ・クラニチャールだった。

 ヴォバンは白けたようにじろりと睨みつけて、

 

「クラニチャールか。私の供の職務を放り出してどこに行ったかと思えば、ここで何をしている? ……まあよい。それよりも、王と王の戦いに水を差したのだ。覚悟はできているか」

 

 可哀想に、勇気ある少女は老魔王の凄みに、あえなく気圧されてしまったようだ。

 しかしそれでも勇気と声を振り絞り、彼女は暴虐の魔王への嘆願を続けた。

 

「重々承知の上で御座います。このような場所で御身らが戦えば、この程度の被害では済みません。無辜の民のためにもどうか、矛をお納めください!」

「そんなことは私が気にすることではないな。巻き込まれたくなければ勝手に逃げればよい。そのような些事に気を割く義務など我らにあるまい」

 

 少女の懇願も、魔王は一顧だにしない。

 彼を引き留める手立てを失ったリリアナは顔を蒼白にするが、意外なことに、それに助け船を出したのはアテナだった。

 先程から黙りこくったままの幸雅を抱き寄せ、凛と澄んだ声で言う。

 

「ふむ。邪眼の神殺しよ。今の旦那さまは先程の戦いで疲れ切っておる。この状態で矛を交えても、あなたが期待するような戦いは出来ぬと思うが?」

「ならば、本来の予定通り、貴女と戦うまでだアテナよ」

「妾があなたと戦う義務はないな。あなたとの間には、何の逆縁もありはしない」

「む……」

 

 彼女の語る言葉に、ヴォバンは口を噤んだ。アテナの言うことにも一理あると踏んだのだろう。

 だが納得できるものでもない。

 仕方なく、アテナはさらに条件を追加した。

 

「妾と戦いたくば、万全の状態の旦那さまを討ってからにせよ。もし旦那さまがあなたに敗れるようなことがあれば、その仇討ちのためにも、妾はあなたと戦おう」

「……よかろう。アテナよ。貴女の言葉に免じて、ここは一度引こう。――御神幸雅よ! 我らの戦い、お膳立ては若輩者がやれ、いいな?」

「全く……横暴な、魔王様だ……」

 

 幸雅が承諾の意思を示すと、ヴォバン公爵は踵を返した。どうやら本当に引く気らしい。

 その背中を幸雅たちが何も言わずに見送っていると、ふとヴォバンが背を向けたまま口を開いた。

 

「待っていろ、小僧。次に会った時が、貴様の最期だ」

 

 その言葉を最後に、彼の姿は闇の中に呑まれて消えていった。

 後に残されたのは、抱き合う幸雅とアテナ、呆然と立ち尽くすリリアナ。無言のエリカと護堂だけだった。

 

 アテナは他の全てを気にすることなく、腕の中の幸雅に労わるような声をかけた。

 

「もうよい。頑張ったな、旦那さま」

「……う、ん」

 

 途端、幸雅の全身から力が抜け、アテナにもたれかかった。

 アテナも慌てることなく、優しく抱き留める。

 

 実のところ、幸雅も既に限界だったのだ。

 護堂との戦いで用いた言霊の光。あれは元々幸雅の権能だけで行使できるものではないため、使用後に幸雅の脳髄に甚大な負担をもたらす。

 ウルスラグナ戦の時は隣にアテナが居たため、負担も小さかったが、今の幸雅は気合いだけで立っているようなものだった。

 

「ははっ……やっぱり、一人で、戦うのは……キツイ、なぁ……」

「よしよし。お疲れ様、だ。旦那さま」

「………………うん」

 

 今のアテナの外見年齢は、十七歳の幸雅とほぼ同じか少し上ぐらいだ。

 朦朧としてきた頭で、この姿で頭を撫でられるのは、なんかハマるなあ……、と。

 そんな益体もないことを考える幸雅だった。

 

 アテナもアテナで、何だか包容力のようなものが増したように思える。

 元が地母神なのでそこまで違和感はないが、母性たっぷりの様子で幸雅を抱き締めて日本人特有の黒髪を撫でつける。

 

 これから先、彼らの先には新たな闘争が待ち受けている。

 だが差し当たっては。心行くまでイチャイチャを堪能しよう。

 そう思う夫婦であった。




 さて、アテナさんはオトナの姿を取り戻しました。
 これからのストーリー、あのままの姿で行くか、こっちで行くか、どっちがいいですか?

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