カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
ウィキやらなにやらで独自解釈でまとめたものです。間違っていてもどうか温かい目で見守りください。
「行け!」
両手を掲げ、幸雅は顕現させた光球に指示を下した。
光の尾を引きながら、それらは護堂へと真っ直ぐ迫る。
対する護堂は、向かってくる光球に何をするわけでもなく、気ままに口を開いた。
「天照大御神。それが、先輩が最初に殺した女神の名。そうですね?」
「そうだよ」
「天照大御神は日本神話における最高神。高天原を統治する八百万の神の総氏神にして、太陽を神格化した女神!」
煌く。護堂の周囲で、黄金の小さな輝きは天の星々のように燦然と輝き出す。
これは、『剣』だ。
敵対する神を切り裂くための、叡智の詰め込まれた智慧の剣。
護堂を取り巻く黄金の光が、幸雅の放った光球と真っ向からぶつかり合い、――光球を、完全に切り裂いた。
その光景が幾度となく続く。
最初は数十あった光球も、無限に生み出される黄金の光に、そのことごとくが切り裂かれていく。
「つまりは太陽神。日本書紀、及び古事記には勇ましく武装するシーンや、豊穣を司る地母神的な性質も描かれているが、あくまでそれは後付けされた要素。時代を経るにつれ、シルクロードを渡って日本に伝わる中で付け足されただけのもの。アマテラスという女神を語る上で最も重要になるのは、この太陽神という要素だ!」
遂に、護堂が完全に『剣』を抜いた。
抜き様の一閃で、幸雅が続けて送り込んだ光球の全てを両断してみせる。
自分の力が無効化された事実に、幸雅は微笑を浮かべた。
「なるほど――それが『戦士』か! 神を切り裂く言霊の剣!」
護堂が唱えているのはただの神話ではない。その一言一言に力の籠められた言霊だ。
『剣』は、言霊によって研がれ、その威力を増すのだ。
「太陽神が一つの神話群の最高神に据えられるのは、世界中であったことだ。たとえばエジプト神話のラーや、古代インカの人々が崇めた神のように。だがこれは、一年中太陽と接し続ける砂漠地帯などで栄えた文明に限られる。自分たちの生活と密接に関わる太陽を神格化するのは、ごく当然の流れだ。――しかし、天照大御神はそうじゃない!」
今や無数の輝きを率いる護堂はさらに囁いた。
それによって黄金の光が、今度こそ無防備な幸雅を襲う。幸雅は残った光球をぶつけて応戦するが、到底間に合わない。
新たに光球を生み出して抗戦するも、『剣』の速度の方が圧倒的に速い。
抵抗の全てが、ひとつ残らず切り裂かれていく。
このままではジリ貧どころか、本当に絶体絶命だ。
幸雅の言霊の光と同じく、神の神力のみを切り裂く剣。もしこのまま『剣』に斬られれば、少なくともこの戦いの間は天照の権能は使えないだろう。
だから、幸雅も己の切り札を切ることにした。
「ふふっ、護堂。君の権能、随分と行き渡っているようだけれど、君はその源泉たる存在、ウルスラグナのことをどれだけ知っている?」
「……ッ!?」
「僕は知っている。ウルスラグナ。
幸雅が言霊を吐き出すと同時、夜空に落ちていた黒の帳が切り裂かれ、眩い輝きを持つ第二の太陽が顕現する。
アテナから授かった知識を用いて幸雅が呼んだ太陽は、護堂の振るう『剣』と同じ、相手の神格を直接傷つける光を、この公園全体に向けて放ち始めた。
太陽ではなく光を操る幸雅の権能、その応用技。
「ウルスラグナの名は勝利を意味し、『障碍を打ち破る者』を意味する。以前、ウルスラグナ本人に語った通りこの名はインドの雷帝、インドラも保持する名だ。だが彼はそれ以前は、古代ペルシアにおける光明と契約の神ミスラに仕える従属神だった。ウルスラグナ第五の化身、『猪』こそがその証拠だ。ミスラは契約破りの罪人を罰する際、黒き猪に化身して打ち砕いた!」
言霊を唱えるたびに、光は強くなっていく。
最初はぼんやりと地表を照らすだけだったのが、少しずつ光度を増していた。
「くっ……」
護堂が呻き、周囲に浮かべた『剣』を幸雅へと撃ち出した。
既に幸雅の光球は全て消え去った。であれば、攻撃を躊躇する理由はない。
先手必勝で、今の内に天照の権能を斬る!
「天照大御神が生まれたのは言うまでもなく日本。日本は古代エジプトなどとは違い、はっきりと四季のある珍しい国だ。確かに農耕民族であるため太陽はかつての日本人に大きな影響を齎す。だがこの国は、太陽だけでなく、雨もあれば風もあり、雷もあれば海もある。なのに、なぜ一太陽神に過ぎない天照が最高神となっているのか。この答えは簡単だ、天照大御神は、もともとはただの太陽神だったからだ!」
黄金の『剣』の光が飛翔し、幸雅へと迫る。
しかし幸雅は慌てて避けるでもなく、続けて言霊を綴った。
「鋼の神とはつまり戦いの象徴。剣の神、神剣を神格化した神だ。ウルスラグナがただの武神や勝利の神でなく、鋼の属性すらも手にしているのは、彼の主であったミスラに『石から生まれた』という伝承が残っているためだ。またウルスラグナの兄弟ともいえるアルメニアの民族的英雄神にして鋼の軍神ヴァハグンは、真紅の海に生える葦より生まれた炎の髪と髯を持ち、蛇の怪物ヴィシャップを殺した。石、すなわち鉄の素となる鉱石、それを溶かす火、風、水などとの共存関係、そして蛇を殺す英雄。これらは、多くの剣神たちが所持する要素だ」
上空に浮かぶ言霊の光が一瞬だけ光量を増し、幸雅に迫っていた『剣』を焼き尽くす。
結果、護堂の攻撃は幸雅に何のダメージも与えることは叶わなかった。
護堂が表情を険しくし、幸雅は微笑んだ。
「彼女は伊勢の国で祀られていた神だ。この伊勢には古くから日神崇拝があり、伊勢に居た頃の彼女は天照大御神ではなく、その別名と言われるオオヒルメノムチだった! そしてオオヒルメノムチではないアマテラスは孫に当たる皇孫・ニニギノミコトに剣・勾玉・鏡の三種の神器を持たせ葦原中つ国を治めさせた。現代に伝わる、伊勢の地で祀られる太陽神にして皇祖神である天照大御神とは、この二柱の神が習合して生まれた神なんだ!」
「この戦いの神としての性質は、同じくミスラが時代を経るにつれて薄まって行った戦闘神としての性格を受け継いだ故に得たもの。後世においてゾロアスター教の
堂々巡り。護堂が攻勢を仕掛ければ、幸雅が言霊の光によってそれを潰す。
未だどちらも、相手に有効打を与えられていない。
しかし護堂は気付いた。幸雅が
光を浴びることそのものが、危険なのだということに。
「くそっ、俺のヤツより数段便利じゃないか!」
撃つだけでダメージを与えられる攻撃など、羨ましい限りだ。
悪態をつきつつ、護堂は『剣』の一部を操って、防御態勢を取った。
護堂の『剣』は幸雅の光に阻まれ、幸雅の光は、護堂が頭上に傘のように配置した『剣』によって遮られる。
しかし、双方言霊の力は決して無限ではない。
『戦士』の化身が振るう神を切り裂く言霊の『剣』。これは、使えば使うほど切れ味が落ちていく。
分かりやすい指標として、護堂の周囲に浮かぶ光が尽きれば、『剣』は消滅するのだ。
そして、幸雅の光もまた無限ではない。
そもそもこの真実の光とは、幸雅一人の力で放つものではないのだ。
全てを焼き尽くす天照らす光に、アテナの智慧の権能でアレンジを加えて、どうにかこうにか仕立て上げただけのもの。
必要なのは神の知識だけではなく、アテナという女神の力も必要になってくるのだ。
知識伝達の際にアテナから分けてもらった神力が尽きれば、言霊の太陽も消え去る。
お互い、この膠着状態が良くないことは分かっている。
戦いが加速する。
「ウルスラグナは戦いの神であり勝利の神であり、また己を崇拝する者に勝利を授ける神でもあった。彼は
「黄泉の国に行ったイザナギノミコトから産まれた天照には、二柱の兄弟が居た。ツクヨミノミコトと、スサノオノミコトだ。特に末弟であるスサノオノミコトには、天照大御神も振り回されている!
誓約によって自らの心の清明であることを証明したことで得意になったスサノオは、大神の田を壊し溝を埋め、神殿に糞のようなモノをばら撒くなどという狼藉を尽くした。それに留まらず、彼は天照が
「勝利の神であると同時に王権の守護者であった彼の第八の化身、『雄羊』は特に王権に深く関わる。牧畜がそのまま財力に直結した時代であったからだ! 『山羊』の角は人々を信仰によって導く祭祀の力を象徴し、『駱駝』は砂漠という過酷な環境を生き残るその強壮さによって彼の化身となった。『少年』とはつまり、十五歳の輝かしい若者のことを指し、それはゾロアスターの教理において《英雄》を示す符号だ!」
「闇に閉ざされた世界には多くの災いが降り注いだ。こういう太陽が隠れる・失われるというエピソードは、世界各地で見られる神話体系の一つだ! そこで神々は協議し、アメノウズメノミコトに岩戸の前で服を脱ぎながら舞いを舞わせ、その前でお祭り騒ぎをすることで、天照の興味を引いて外に連れ出した。この神話は、冬至の頃の弱くなった太陽の霊魂を招き返し活力を与えようとする鎮魂祭の儀式を描いたものだ!」
幸雅は、途中からウルスラグナという存在を焼き尽くすのではなく、彼を構成する化身を一つずつ潰していく方向へと戦術を転換した。
ウルスラグナ十の化身、『強風』『雄牛』『白馬』『駱駝』『猪』『少年』『鳳』『雄羊』『山羊』『戦士』。
すでにこの内、『強風』『雄牛』『少年』の化身は焼き滅ぼされた。
対する護堂も、遅まきながらその思惑を見て取り、対策を施した。
頭上で傘のように展開する『剣』の数を増やしたのだ。そして『剣』に注ぎ込む言霊を強め、切れ味を上げる。
それによって、幸雅の光のほぼ全てはシャットアウトされるようになった。
委細構わず、幸雅もまた光の出力を上げる。
護堂からの攻撃がなくなった分、向かってくる『剣』を迎え撃つための力を残しておく必要がなくなったのは、逆にありがたい。
遠慮なく狙いを絞って、護堂の立つその一点のみを集中攻撃する。
少しずつ焼かれて灰となっていく『剣』。
さらに防御力を上げて対応しようとするも、もはや焼け石に水。
護堂が言霊を注ぐごとに、光の出力も上がって行く。
防戦一方の状況では、敗北は確実。そう悟った護堂は唇を噛み締め、一つの賭けに出る覚悟を決めた。
防御のための呪力を使うことをやめ、今ある『剣』に賭ける。
「ぐっ……!」
たちまちのうちに傘の数か所が破られ、木漏れ日のように降り注いだ言霊の光が、護堂の中に眠るウルスラグナの神力を焼いて行く。
それでも、護堂の瞳は虎視眈々とその機会を窺っていた。
「ふふっ、まさか諦めたわけでもないだろうし、何か企んでいるのかな?」
企んでいるのなら、それでいい。むしろ自分たち神殺しにはその方が自然だ。
圧倒的な実力差の前にも、決して心をおらず、勝利するための方法を模索し続ける。
それができなければ、自分たちはカンピオーネなどと呼ばれない。
「――言霊によって顕現せし真なる太陽よ! 汝の霊験あらたかなる光を以て真実を照らし出せ!」
だから、幸雅は斟酌しなかった。
残り少なくなってきた言霊の光を上空に浮かぶ太陽に集中させ、十分にタメを作って――次の瞬間、一気に解き放った。
放たれたそれは、今までの光の比ではなかった。
まさに神焰。万物を焼き滅ぼし、神の身すら消し去る太陽の一撃。
もう言霊は使い切った。正真正銘、これが最後の一撃だった。
この光を喰らえば、ウルスラグナの力など跡形も残さず消え去ってしまう――護堂は即座にそう悟った。
一刻の猶予もない。護堂もまた、今の今まで溜めていた力の全てを解き放った。
残った『剣』を、一部を残して飛翔させ、護堂の頭上でまるで巨大な長方形のような形へと組み合わせる。
護堂を避けるように、僅かに斜めに傾いた状態で。
「……ッ! 護堂、君は!?」
「これが、俺の意地です、先輩!」
直後、幸雅の言霊の光と、護堂の言霊の剣が真正面から激突――
『剣』は、その傾斜に沿うようにして、言霊の光を横に
正面から防ごうとすれば、受け止めきれずに押し切られる。
なら、受け止めようとしなければいい。
強肩で名を売っている打者に、わざわざ打たせてやる義理はない。とっとと進塁させてやる。
それが、格上の相手に対して護堂の出した、結論だった。
そして護堂は、驚愕している幸雅の姿に僅かな優越感を覚えつつ、残しておいた『剣』の全てを送り込んだ。
「いくら最高神になろうが皇室の祖先になろうが、天照大御神という女神の本質は太陽神だ! ――我は言霊の技を以て、世に義を顕す! これらの呪言は強力にして雄弁なり、勝利を呼ぶ智慧の剣なり!」
護堂の放った最後の一太刀は、薄い笑みを浮かべた幸雅の痩身に直撃し――その身に封じられた天照大御神の神力を、深々と切り裂いた。