カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
ついにやってきました、護堂バーサス幸雅。
お楽しみいただけると幸いです。
汐留川を越えたあたり、都心の真っ只中のくせに緑あふれる森。
浜離宮恩賜庭園。
幸雅は今、背の高い木々が欝蒼と生い茂る森の中で、後輩である草薙護堂と対峙していた。
場所は護堂に事前に伝えておいた。
既に正史編纂委員会にもこのことは伝えてあり、人払いも完了している。
ここで幸雅たちがどれだけ暴れても、基本的に影響はない。
アテナは今、この場にはいない。ここに来る途中で別れた。
きっと今頃、ゴルゴネイオンの本当の在処に向かっているだろう。
「さて護堂。君の返事を聞かせてもらってもいいかな?」
「俺の意思は変わりませんよ。あれをあの人に渡すわけにはいきません」
「ふゥん」
幸雅には分かった。護堂からは《蛇》の気配がしない。彼の両隣りに侍る、赤と青の騎士からも。
「君が持ってなくて、その二人がここに居るってことは、ゴルゴネイオンを持っているのは万里谷か」
「なら、どうだって言うんですか?」
「いや、いいのかな、と。こんな所で僕の相手なんてしてたら、向こうに行ったアテナが万里谷を傷つけるかもしれないのに」
「いないと思ったら……やっぱり、あっちに行ってたのか!」
呻く護堂。しかしここから去ろうとはしなかった。
代わりに口を開いたのは、右隣で鮮やかな金髪を翻らせたエリカ・ブランデッリだ。
「お言葉ですが、御神さま。御心配には及びませんわ」
「対策してる、ってことかな? でもまあ、そういうことなら僕が向こうに行く必要も出てきたかな」
「……行かせませんよ、幸雅先輩。俺が、先輩を止めます。そして、アテナさんもどうにかしてみせます」
海水を湛える池のほとり。見通しのいい広場で、強い瞳で自分を睨み、決意を込めた宣言をする後輩に、幸雅は微笑した。
もともと、こうなることは分かっていた。
この後輩の気性であれば、必ずこういう行動に出るだろうと。最初から予想していた。
「君に、それができるって?」
「やってみせます。俺と、こいつらで」
「『太陽王』よ。御身に剣を向ける非礼をお許しください。しかしこのリリアナ・クラニチャール、騎士として無辜の民が苦しめられようとしているというのに、立ち上がらぬような恥知らずではありません」
「同じく、ですわ。『太陽王』。御身もまた、我ら魔術師が最上の敬意を払うべき、魔王たる御方。ですが今の私は、同じく日本国の王、草薙護堂の騎士。主が御身と矛を交える決断をしたのであれば、それに付き従うことこそ騎士の本懐ですわ」
闘志を漲らせる護堂。各々の魔剣を構えるエリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール。
一瞥し、幸雅は、戦いの喜悦にひび割れるような微笑を浮かべた。
「それが君たちの、『王』としての、そして『王』に付き従う者としての決意なら、そうするといい。けれど忘れるなよ。僕もまた『王』だ。君と同格以上の存在だ」
言って、幸雅は右腕をゆっくりと振り上げる。
「そして、相手の意思が己の意思にそぐわぬというのなら、決して譲れないというのなら、僕たちがすべきなのはただ一つ」
結局、自分たちにはそれしかないのだ。
どれだけ強くても、勝つとは限らない。
どれだけ強くても、正しいとは限らない。
正しいから、強くて勝つのではない。
勝ったヤツが強くて正しいのだ。
だから、
「戦って、勝つことだ。――さあ護堂、君にも譲れないものがあるのなら、それを貫き通してみろ!」
そう、七人目の地上最強の戦士、カンピオーネは、後輩のカンピオーネに宣言した。
§
「嗚呼、主は仰せられた。新たなる御子を創り給えと。故に我は、一にして全なる御身を称える賛美歌を詠おう! 聖なるかな聖なるかな!」
最初に動いたのは幸雅の方だった。
己の中に眠る第三の権能、グリニッジの賢人議会が『
言下に幸雅の左右に金色の光が発生し、粒となり、さらに集結、二人の人の形となった。
ただし今回は、メルカルトとの戦いのときに創造した天使とは違い、剣や盾、鎧で武装してはいなかった。
頭上に浮かぶ金色のリングや、背中の大きな二対の翼、全身から放たれる金色の光は同じ。
だが、男なのか女なのかすら分からない細い肢体を粗末な布の服で覆い、まったく同じ中性的な美貌を、薄い笑みが彩っている。手には剣と喇叭が。
もともと天使には性別が存在しない。神の創り給うた被造物で男と女という性別を得たのは、天使ではなく人間だ。リリスとアダムのように。
例外としてイエスの受胎告知を行ったガブリエルだけは、当時の価値観から女性であったと言われているが、基本的には両性具有か無性。
鎧と盾がないのは、そもそもこの権能で創り出した天使はそれらを身に着けていないからだ。
前回彼らが武装していたのは、あくまで幸雅が権能の応用で創り出したというだけ。
「んー、まあ大体このぐらいかな」
自分の両脇を固める天使たちに満足げな表情を浮かべた幸雅は、掲げた右手を振って、天使たちを護堂たちに突貫させた。
幸雅の予想通り、天使たちを迎え撃ったのは、飛び出してきたエリカとリリアナだった。
「はあぁっ!」
「やあぁっ!」
キィィィン、という剣と剣とがぶつかり合う金属音が鳴り響く。
しかし鍔迫り合いをしようとはせず、ぶつかり合った瞬間、エリカたちは飛び退った。
赤と青の騎士たちは、まず二体の天使を引き離すことを選んだ。
「フッ!」
短く呼気を漏らしたエリカが、
片手一本で剣を振るっていた天使は堪え切れず、もつれ合うようにして吹き飛んで行った。
リリアナもまた、片割れを追おうとした天使に跳びかかり、果敢に攻める。
結局、もう片方の天使も
そんな騎士たちの奮闘を心配そうに見守っていた護堂に、幸雅は諭すような声をかけた。
「安心していいよ。あの天使たちは大体あの二人と同じぐらいの実力に設定しておいたから。ケガぐらいはあっても死ぬことはない」
この権能は、創り出す天使の実力、数、サイズを自由に変更できる。
だから、例えば普通の人間サイズの天使を50体ほど一気に創り出したりもできる訳だ。
ただその場合、一体一体の実力は、控えめに言っても、雑兵程度の実力しかなくなる。
数を取るか質を取るか。その見極めが重要なのだ。
そして、
「自分の心配もした方がいいと思うよ、護堂! ――聖なるかな!」
「……ッ、来たか!」
一瞬でもう一体の天使を、今度は剣だけではなく鎧、盾も付けた完全武装の天使を創り出し、護堂に向かって一直線にけしかける。
彼を守っていた騎士たちは他の二体と戦っていて、護堂を援護する余裕などない。
「君のために特に膂力を上げたとっておきさ! どう凌ぐ!?」
もし、この天使がその剣を公園の地面に振り下ろせば、半径数メートルに渡って亀裂が走り、砕け散るだろう。それぐらいの実力に設定した。
果たして護堂は、
「我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり! 人と悪魔――全ての敵と、全ての敵意を挫く者なり!」
言霊を発し、目の前で振り下ろされた天使の剛剣を、
続けて白刃取りの要領で受け止めた剣の腹をぶん殴り、天使の腹にタックルをぶち込んで吹き飛ばす。
そのタックルをモロに受けた天使は、ダンプカーに撥ねられたかのような勢いで後方に吹っ飛んだ。
明らかに、人間の膂力でなせることではない。護堂にそこまでの力はない。
ならば、答えは一つ。
「ウルスラグナ第二の化身『雄牛』か。人間を凌駕するパワーの持ち主と戦うとき、無双の剛力を与える権能。なるほど、大したものだ」
冷静に批評しながら、幸雅はさらに天使に呪力を注ぎ込んだ。
瞬間、吹き飛ばされた先で転がっていた天使がばね仕掛けのような勢いで立ち上がり、再び護堂に向かって行った。
「なっ!?」
もう完全に終わったと思って油断していた護堂は面食らい、勢いよく倒れ込むようにして天使の横薙ぎの斬撃をかわす。
地面に倒れ伏した護堂を、天使はさらに追撃。断頭台のような勢いで地面に振り下ろすが、護堂は地面を転がるようにしてさらに回避。
無様ではあるが、最善の選択ではあった。
「所詮、神獣と同程度だと思って油断したかな? 残念だったね。ただの神獣と、神様や僕たちカンピオーネが直接呪力を注ぎこんで扱う存在とでは、決定的に性能が異なる」
「くそっ!」
「そして、僕の権能がこれだけじゃないのは、知ってるだろう?」
講義を挟みながら、幸雅はようやく立ち上がった護堂に右の人差し指を向けた。
「光よ。何より尊く輝く者よ。我が下す詔を聞き、広き地上を照らせ」
言下に、幸雅の指先から、まるでビームのような光が護堂に向かって放たれた。
「なっ!?」
護堂は驚愕しながらも、獣のような身のこなしで飛び退いてかわした。
委細構わず、幸雅は続けてそれを放ち続ける。何とかかわし続ける護堂。
護堂の背後では、光線に穿たれ続けた公園の松の木が、ズズゥン、と音を立てて前のめりに倒れ伏した。
その威力を見て、護堂は頬を引き攣らせる。
それだけでなく、まだ最初の天使も残っている。
これはマズイ。本能的に護堂が察したとき、天使の背中に数本の青い矢が突き立った。
「ヨナタンの弓よ、鷲よりも速く獅子よりも強き勇士の器よ。疾く駆け汝の敵を撃て!」
いつの間にか天使の片割れを打倒したリリアナが、こちらに『ダヴィデの言霊』を宿した弓を向けていた。
さらに、
「鋼の獅子よ、汝に嘆きと怒りの言霊を託す。神の子と聖霊の慟哭を宿し、聖なる末後の血を浴びて、ロンギヌスの聖槍を顕しめよ――!」
金髪を翻らせたエリカが、獅子の魔剣クオレ・ディ・レオーネに『ゴルゴタの言霊』を宿し、護堂に襲いかかろうとしていた天使の横っ腹に突きこんだ。
天使は左手の盾を引き戻して迎え撃ち、交錯。
「護堂! この天使はわたしたちに任せなさい! あなたは『太陽王』御本人を!」
「すまん、任せる!」
短い言葉の応酬を終えた護堂は、『雄牛』の筋力を全開にして、幸雅本人にタックルを仕掛けてきた。
「また天使を創り出すのは、ちょっと芸がない、か。特に困らないけどね。――烈しき稲妻よ! 疾く在れ!」
「うあぁぁっ!?」
あと数歩というところまで接近してきた護堂に、幸雅は全身から放電して迎え撃った。
さすがにカンピオーネを昏倒させるだけの威力はないが、迎撃手段としては威力も申し分ない。
吹き飛びながらも鋭い眼光で自分を睨む護堂に、幸雅は同じような視線を向けて、獰猛に微笑した。
「ここまではまだ前哨戦だよ。さあ、本番と行こうか! ――我は光にして太陽。尊き光は、
言霊を唱え、光を請い招く。
幸雅の周囲に眩い光が発生し、それらは集結して数十の白い光球となった。
まるで恒星のように幸雅の体の周りをぐるりと囲む。
これらはその一つ一つが、天空に輝く太陽の熱量を封じ込めた、いわば太陽の欠片そのものだ。
その顕現を見た護堂は表情を硬くした。しかし、悲観的な色はない。
あるのだ。護堂には。幸雅が呼んだ、太陽の欠片をどうにかする方法が。
それを証明するかのように、護堂もまた、ひび割れるような亀裂を口元に浮かべた。
神殺しと神殺し、その熾烈極まる戦いは、まだまだ終わらない。
あっれれー。おっかしいぞー?
言霊のところまで行けんかった……。次は絶対行きます。