カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
神殺し草薙護堂は八人目のカンピオーネです。
2 女神との日常
七人目のカンピオーネ、御神幸雅の自宅は東京都文京区の根津の下町にある、とある二階建ての一軒家だ。
父母は出張が多く今は家におらず、
その妹の花南の作った朝食を食べながら、神殺しの魔王カンピオーネとなった一年前に、幸雅は思いを馳せるのだった。
一年前までは幸雅は普通の高校生だった。とある夏の日、あの神々しいまでの輝きを放つ女神と出会うまでは。
まあ紆余曲折の果てにその女神――天照大御神を殺し、その権能を簒奪して神殺し、欧州で言うカンピオーネとなったのだが。
その後の日本の呪術組織、正史編纂委員会のエージェントと名乗る甘粕冬馬に訪ねられ、やたらと慇懃に挨拶をされたり。
さらに東京分室の室長・沙耶宮馨とやらからも同様の言葉を受けて恭順を示され。
正史編纂委員会からの要請を受けて、出現したまつろわぬ神と戦った末に、二つ目の権能を手に入れて。
そして極めつけは――と、隣の椅子に座って味噌汁を啜る自分の〝嫁〟を見る。
(この娘のことだよねえ。まさか、女神様に惚れるとか、自分でも思ってなかったし)
心の中で独白していると、妹の花南がいつもののんびりとした調子でアテナに話しかけているのが見えた。
「お味はどう~? 美味しいといいんだけど~」
「いえ。とても美味しいですよ、花南さん。毎日でも食べたいくらいに」
つい三ヶ月前に娶ったアテナだが、幸雅の妹である花南には敬語を使う。
夫である幸雅の顔を立てているらしい。健気な女神様である。
とはいえ、今のアテナの姿は十三、十四歳ぐらいのローティーンで、今十四歳の花南よりも外見的には同程度なのだが。
実年齢の方は、もはや比べるのも馬鹿らしいほどである。
「そっか~。女神さまのお口に合ってよかったよ~」
そう、なんとこの妹さま、アテナの正体、ギリシャ神話の智慧と闘争を司る、聖なる戦女神であることを知っているのだ。
初対面でアテナがいきなり暴露したのだが、見ての通りほんわかした性格なため気にした様子はない。大物である。
なので、兄の唐突な結婚宣言にも慌てふためくことなく、すっかりアテナと打ち解けている。
アテナの方も、見る者を和ませるフワフワした笑みを浮かべた花南に、すっかり絆されたクチだ。
今では毎食、一緒にテーブルを囲んでいるほどだ。
「あ、お兄ちゃん~。そろそろ時間だよ~」
「うわ、ホントだ。もう、そんな時間か。……アテナ、花南。行ってくるね」
「ちょっと待って、お兄ちゃん~。わたしも一緒に行くよ~」
「はい。お気を付けて」
「ありがとう。できるだけ早く帰ってくるようにするよ」
花南の指摘に慌てて鞄を持って立ち上がる光雅。一緒に立ち上がった花南と弁当を手に取って玄関へ急ぐ。
神話の神々を殺戮した魔王カンピオーネと言えど、その身分はあくまで学生である。
アテナも立ち上がって、玄関まで見送りに来てくれた。
「それじゃ、アテナ。寂しくても何か壊したりしちゃ駄目だよ?」
「……言われるまでもない。妾を何だと思っておる?」
「もちろん可愛いお嫁さんだよ? 行ってきます、アテナ――ちゅっ」
「ん、ぁ……むぅ、誤魔化しおって。まあよい。……それよりも、何やら不穏な気配がしおる。くれぐれも気を付けよ」
「それは、霊視の方でかい? ……分かった、気を付けるよ」
この世とは別の世界であるアストラル界より、啓示を授かる力、霊視。日本でも媛巫女が持つ力だが、アテナも智慧の女神としてその権能を持っている。
故に、彼女の言う気配は無視できない。
幸雅としては平穏にアテナとイチャイチャして暮らせればそれで満足なのだが、どうも毎回、トラブルの方から全力疾走してくるのであった。
もしかしたら、また権能を振るう時が来るかもしれない。
(とはいっても、すぐに来る、という訳ではないだろうしね)
そう、楽観視しておくことにした。
「行ってらっしゃい、幸雅さん、花南さん」
「行ってきます」
「いってきま~す」
兄妹並んでドアを開け、家から出た。
そのまま他愛もない話をしながら学校を目指す。
二人とも近隣の私立城楠学院の、それぞれ高等部と中等部に通っている。
そのため、登校時と下校時は一緒になることが多いのだ。
「あ、護堂く~ん」
不意に花南が、前を歩いていた男子生徒に声をかけた。
黒髪黒眼、身長180センチ程度でやや大柄。ガタイのいい、幸雅の後輩で兄妹にとっての幼馴染、草薙護堂だ。
「おはようございます、幸雅先輩、花南ちゃん」
「おはよう、護堂」
「オハヨ~」
ぴしっと背筋を正しての礼は、体育会系の礼儀正しさを彷彿とさせる。
実際に彼は元野球選手であり、シニア世界大会に向けた日本代表候補だったのだ。中学時代は関東屈指の四番打者だったのだが、肩を壊してそのまま引退してしまった。
この後輩、朴訥な性格で根はいい奴なのだが、如何せん女難の相が過ぎる。
中学時代に護堂に惚れていた女子を数え上げると、実に十四人にも上る。
問題なのが、護堂自身にその自覚がないこと。彼の祖父である一朗が極度の人誑しだったため、護堂にもその才能が遺伝した、というのが彼に近しい者の推測である。
とはいえ、素行に特に問題はなく、真面目な生徒であるためにそこまで目立つような存在ではない。
女誑しの才能も高等部に上がってからは鳴りを潜めているし。
という訳で、学校までの道のりをこの後輩と歩くことに相成った幸雅だった。