カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~ 作:マハニャー
「いやー皆。昨日はアテナがすまなかったねー」
「……あ、いえ、別に」
「で、今日の夜までにね」
「……え?」
翌日の学校。昼休みの屋上で。
万里谷裕理、エリカ・ブランデッリと昼食を囲んでいた草薙護堂を見つけた幸雅は、謝罪もそこそこにそう言い放った。ハーレムか、この後輩は。
しかし、さすがに端的すぎた。護堂と裕理はキョトンとしている。対してエリカは見当が付いたのか、表情を強張らせた。やはり聡明な少女だ。
「君の所にあるゴルゴネイオン。あれを僕たちに引き渡すか、それとも拒否して君が保持するか。今日の夜までに決断しておけ、って言ってるのさ」
「っ、それは」
「そうだね……今夜の9時までには決めてもらおうかな。その時間になったら、僕はアテナを連れて君たちの所へ行くよ」
何か言おうとした護堂を遮り、幸雅は一方的に告げた。
探し求めていたゴルゴネイオンの在処が分かった以上、もはや手を拱いている理由はない。早急に事を起こす必要がある。
と言うよりも、このままだとアテナが辛抱堪らなくなってしまうだろう。
昨日だって一人で突撃していった彼女である。同じことが起こってほしくはない。
未だにまつろわぬ神のそういう所はよく分からない幸雅だったが、アテナのことなら漠然と分かるようになってきた。
そして、昨日の内に何故護堂が敵に回っているのかは聞いておいた。
裕理の霊視で、アテナがゴルゴネイオンを手にすると災いが降りかかるとあったらしいが、実際の所はどうなのやら。
とはいえ、裕理の霊視の成功率が相当なものなのも、また事実。
彼がそれを信じて行動するのも無理からぬ話ではあるかもしれない。
「ひとつよろしいでしょうか、『太陽王』」
次に口を開いたのは、エリカだった。
「構わないよ。後、『太陽王』なんて呼ぶのはやめて欲しいな。御神、か、幸雅で」
「では御神さまと。もし、我らが王、草薙護堂が御身の申し出を拒否すれば、いかがなさるおつもりで?」
「決まってる。昨日のアテナみたいに、力尽くでだ」
容赦なく、言った。
エリカが表情をさらに険しくし、裕理が息を吞んで顔を青くし、護堂が唇を噛み締める。
三者三様の反応を視界に収めながら、幸雅は何食わぬ顔でアテナの作った弁当を広げ、卵焼きを口に運ぶ。美味しい。
「先輩は、なんで、そんな……」
全員沈黙したままの中で幸雅が食べ終わったところで、護堂がポツリと声を漏らした。
幸雅は、僅かに苦笑を浮かべて、
「ただ彼女のためだけに、ってやつさ」
それだけ言って、幸雅は三人を残して屋上から降りて行った。
§
「……クソッ。やっぱり僕には、ああいうのは似合わないなぁ……」
§
「あ、アテナさん~。それ取って~」
「はい。どうぞ、花南さん」
「ありがと~。それ終わったら、この鍋に入れて~」
「はい。分量はこれでよろしかったですよね?」
「うん、ばっちしおっけ~。アテナさんも慣れてきたね~」
「花南さんの教え方が上手だからです。ありがとうございます」
「いいよいいよ~。お兄ちゃんも喜んでるみたいだしね~」
そろいのエプロンを付けて肩を寄せ合い、一つの鍋を覗き込む姿は、嫁と姑と言うよりはむしろ、仲のいい姉妹のようだった。
夜7時頃。御神家のリビングにて。
幸雅はキッチンに並んで夕食を作る嫁と妹を微笑ましく眺めながら、自分のケータイを弄っていた。
先程旧知の人物より珍しくメールが来たので、それを確認している最中だった。
届いたメールは二通。片方はイタリアの王、サルバトーレ・ドニの執事、アンドレア・リベラから。
もう片方は、《赤銅黒十字》所属の、エリカ・ブランデッリの叔父、パオロ・ブランデッリから。
「…………」
それぞれの所属や登場する固有名詞などは違えど、内容はほぼ同じだった。
しかしその内容は、幸雅の脳裏に最悪の想像を浮かばせ、頭痛を起こさせるに十分なものであった。
深い溜め息を漏らし、ケータイをポケットへしまう。
「万里谷が霊視した災いって、こっちのことじゃないだろうね……?」
「なんのこと~?」
「ん、いや、何でもないよ」
意図せず漏れた独り言を拾った花南に、幸雅は首を振って何でもないと言った。
自分たち魔王の事情に、無関係の妹を巻き込むわけにはいくまい。
と言うか、同族たちの中の誰にも、花南を会わせたくない。
これまで幸雅が出会った同族は、護堂を入れて三人。
しかし護堂以外の二人が、あまりにも濃すぎた。どちらも人格破綻者の代表である。
(とくに教主の方とかさぁ、あの人何様なのかねぇ)
約二ヶ月ほど前に出会った絶世の佳人を思い出して、深々と嘆息。妹どころか、全人類に悪影響しかない。
「旦那さま。皿を取ってくれぬか?」
「ん、了解」
アテナに呼びつけられて、幸雅も立ち上がった。
キッチンから少し離れた、冷蔵庫の横に設置された食器棚から皿を数枚手にとって、キッチンの中へ入る。
仲良く並ぶ二人に皿を渡し、彼女たちがさらに食事をよそうさまを、なんともなしに眺める。
今日のメニューはハンバーグにシチュー、海鮮サラダと、シンプルながらもボリューム満点のものだ。
最近は本当にアテナも料理の腕が上がってきている。彼女が担当したというハンバーグも形がきれいに整えられていて、とても美味しそうな香りが漂ってくる。
涎が止まらない。見ているだけでお腹が鳴りそうだ。
と。
「ふふっ、この卑しん坊め。ほれ」
「んむっ? ……もぐもぐ」
よほど物欲しそうな目で見ていたのか、微笑ましそうにしたアテナが、ハンバーグの一部を指で摘まんで、口元まで運んできてくれた。
口の中に押し込められた一切れのハンバーグをゆっくりと咀嚼する。やっぱり美味しい。
「もぐもぐ……ぺろっ、はむっ」
「んっ、……戯れが過ぎるぞ、悪童」
「ふぉめんふぁふぁい(ごめんなさい)」
摘まんでいた指ごと口の中に押し込んできたので、ついでにそっちも舐めて甘噛みした。
怒られてしまったが、頬を膨らませて、こちらの頬をつねる仕草がとても可愛かったので後悔はない。むしろもう一回やってもらいたい。
「むふふふ~。やっぱり二人は仲いいね~」
花南はいつも通りニコニコ、ニコニコ。
何故か妙に気恥ずかしくなった幸雅は、そそくさと皿をテーブルに運ぶ。
続いてアテナと花南も席に着き、合掌。声を揃えて、
「「「いただきます」」」
大した労もなく日々の糧を得られる幸福に感謝し、目の前に並ぶ、かつては命あった大地の恵みに祈りを捧げる。
そして、一家三人(言うのは少し恥ずかしいが)での食事が始まった。
仲のいい家族で囲む食卓は楽しく、さらに美味しく思えるものだ。
愛する嫁と妹との会話も楽しみつつ、幸雅はそれ以上に食べることにも集中していた。
大口を開けてハンバーグに齧りつき、咀嚼も満足にせずに腹に流し込む。シチューは、もはや飲み物だと言わんばかりにごくごくと喉を鳴らして平らげる。
それを何度も、何度も繰り返す。おかわりを何回もして、用意されていたもののほとんどを一人で食べ切った。
まるで、これからの戦いに備えて、十分なエネルギーを蓄えんとするかのように。
決して行儀がいいとは言えない幸雅の行動を、アテナも花南も咎めなかった。
アテナには分かっていたから。幸雅がそのようにする理由が。これから起こる戦いが。
だからアテナは何も言わずに、憂慮と罪悪感を闇色の瞳に湛え、幸雅に対して一言も発さずに夢中でかっ食らう幸雅を見つめるだけだった。
そしてもう一人、彼の実の妹である花南は、兄の食いっぷりを見ながら、僅かに目を細める。
一瞬だけ、彼女の細められた瞳に、鮮やかに咲き誇る桜のような色の輝きが迸った。
しかし、それは本当に一瞬だけ。幸雅だけでなくアテナですら気付かないような刹那のみだ。
桜色の瞳を消した花南は、一度息を吐くと再び会話を再開させた。
心の中で、こんなことを呟きながら。
(……うーん。やっぱり視えないな。お兄ちゃんが神殺しだからなのか、それとも私の力が弱まってるのか)
「花南さん? どうかなさいましたか?」
「え? ん~ん、なんにも~」
アテナに訊ねられて、花南は曖昧に首を振った。
§
「それじゃ、行こうか」
「……うむ」
それから一時間ほど経ち、二人は出発の準備をしていた。
無論、ゴルゴネイオンを取り戻しに行くための、だ。
といっても、やることなどそうない。
せいぜい、これから幸雅が戦うことになるだろう護堂が持つ権能、軍神ウルスラグナのことをアテナに教えて貰ったり。
幸雅とっておきの、あるモノをアテナに渡したり。
その程度のことだ。やったのは。
しかし、これから悲願を果たしに行くというのに、アテナの表情は暗かった。
俯くアテナの銀色の髪を、幸雅は優しく撫でる。
「……大丈夫だよ」
「……ん」
多くの言葉は必要ない。これだけで十分だ。
かくして魔王と女神は、戦場へと赴くのだった。
すいません、いろいろやりたいことがありまして、バトルは次になります……。
一応、天照大御神の来歴とか自分なりにまとめてみるつもりですので、暇があればご覧ください。