カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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17 アテナの戦い

「……ふむ。ここだな」

 

 フクロウに化身して夜の闇を飛んでいたアテナは、七雄神社の境内に辿り着いたところで、身体を元の少女の姿に戻して着地した。

 町全体を包みこむ夜の闇が、彼女に無限の力を与える。

 降り立ったばかりのアテナは、視線を巡らせ、拝殿に向けたところで動きを止めた。

 

 時刻は二時を回った頃。夜中も真夜中。

 しかし、だというのに、アテナの見据える先には、四人もの少年少女が立っていた。

 日本人の実直そうな顔つきの少年。鮮やかな金髪に不思議な威厳を持つ赤の少女。妖精のような雰囲気の硬質の美貌の青の少女。巫女装束を纏った亜麻色の髪の日本人の巫女。

 

 すなわち、八人目のカンピオーネ・草薙護堂と、イタリアより来訪した騎士、エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール。武蔵野を守護する媛巫女の一人、万里谷裕理だ。

 

 はあ、と僅かにアテナは嘆息した。

 己の霊感でこの展開は見えていたが、さすがに気が滅入る。

 

「アテナさん、でいいんですよね?」

「うむ。いかにも。妾こそまつろわぬアテナである」

 

 先に口火を切ったのは、護堂の方であった。

 元から硬い表情であったのが、アテナの返事を受けてさらに硬くなる。

 

「一応、目的を聞いてもいいですか」

「簡単なことだ。ここにある筈の神具、妾の半身たるゴルゴネイオン。それを、元の持ち主として返却を望む」

「……っ、嫌だと、言ったら?」

「無論、力ずくで」

 

 苦渋の表情を浮かべる護堂。しかしアテナは容赦しなかった。

 

「若き神殺しよ。あなたが妾の邪魔をするのであれば、妾はあなたとも矛を交えねばならぬ。妾はそれを望まぬのだが」

「……万里谷が、霊視しました。あなたがあの神具を取り戻せば、この街にかつてない災厄が顕現する、っていう」

「ふむ……」

 

 その言葉で、アテナは護堂の背後に居た巫女、万里谷裕理に視線を向けた。今日そうなる女神の視線に射竦められた裕理は、ビクリと肩を震わせる。

 

 なるほど確かに。どうやらあの巫女は、自分と、そして『裔』たる青の騎士、リリアナ・クラニチャールと同じく霊視・霊感の力を持っているらしい。

 それも、リリアナのものよりも数段強力な。それに彼女の血が関係しているのかは定かではないが。

 

 その青の大騎士と赤の大騎士は、『王』の顔を立てているのか、影のごとく彼の両脇に控えている。まるで、同じ主を守護する二人の騎士のように。

 

「あなたは、その巫女の言を信じるか。信じるのであれば、どうするつもりだ?」

「俺は、万里谷の言うことを信じます。そして、あなたが手を引いてくれないんだったら、俺も覚悟を決めますよ」

 

 そう言って、護堂はアテナを強く見つめた。

 今の護堂の体内では、強敵と戦うためのあらゆる力が漲っているだろう。

 

 アテナもアテナで、自分の中の戦女神としての血が騒ぐのを感じていた。

 手の中に、自身の身長よりも大きな黒い鎌を顕現する。彼女が好んで使う武具だ。

 これでアテナの戦闘準備は終了。

 

「なれば、もはや言葉は要らぬ。あなたにも貫くべきものがあるのなら、妾を見事止めてみせよ!」

「……くっ!」

 

 悪態を吐きながらも、護堂(カンピオーネ)は一瞬で戦闘態勢に入ってみせた。全身に呪力を充満させ、腰を低く落として獣のような構えをする。

 

 両手に大鎌を構えて走り出したアテナを実際に迎え撃ったのは、ずっと控えていたエリカとリリアナだった。

 それぞれ細身の剣、クオレ・ディ・レオーネと、イル・マエストロを抜き放ち、アテナの振り上げる大鎌と打ち合わせた。

 

「くっ――!」

「ぐっ――!」

 

 真逆の美貌を持つ二人が、同時にその可憐な容貌を歪めた。

 彼女たち二人でかかっても、女神の一撃は重かったのだ。

いくらゴルゴネイオンがなく弱体化しているとはいえ、アテナは女神である。その一撃を神殺しでもない人間が受けようとすれば、そうなる。

 

 しかもアテナは、決して力任せの戦いをしたりはしない。

 ギリギリとはいえ、攻撃を受け止められたと見るや、すぐさま手の中で大鎌を旋回。右からエリカ、リリアナの順で並ぶ二人を一気に薙ぎ払いにかかる。

 その恐るべき攻撃を、若いながらも卓越した才能を持つ二人は一歩飛ぶ退ってかわす。

 

「っ、エリカ!」

「分かってるわ!」

 

 軽い分アテナの鎌の風圧でさらに飛ばされたリリアナは、何とか耐え切ったエリカの名を叫ぶ。

 エリカもリリアナの要請の意味を理解し、今度は一人でアテナに斬りかかった。

 顔面、側等部、左肩、腿、脇腹、心臓、頸動脈、右手首。

 それらの部位を狙って続けざまに切り込むが、女神は煩わしげに体を揺らすのみであった。

 ただそれだけで、疾風迅雷の斬撃をかわしてしまう。

 

 リリアナはエリカが稼いだ時間を無駄にはしなかった。

 すぐさま崩れた態勢を立て直し、右手に握る魔剣イル・マエストロの形状を、反りの強いサーベルから、弓へと変える。

 同時に魔術で矢筒を喚び出し、ほとんどの遅延なしに矢をつがえ、放つ。

 

「ふむ。人間にしてはなかなかよな」

 

 風を切って迫る矢を、アテナは何と素手で弾いてしまった。

 虫でも払うように、無造作に腕を振るって弾き落としてしまう。しかも、その美しい繊手には傷一つない。

 

 神の肉体は地上の武器で傷つくことはない。刀槍はおろか、銃弾、爆薬、化学兵器などでさえ、神々を傷つけるには至らない。

 

「やはり一筋縄ではいかないな、エリカ、どうする!?」

「心配ないわ! わたしたちの王様に任せなさい!」

 

 愚痴めいた言葉を叫びつつ、彼女たちは早々に後方へ下がる。

 

 替わりに飛び出してきたのは、誰あろうカンピオーネ・草薙護堂であった。

 

「来たか、草薙護堂!」

 

 アテナ斟酌なく、人を超えた剛力で大鎌を振り下ろす。

 

 しかし護堂は、なんとその一撃を、掲げた両手で掴み取ってしまった。

 

「むっ!?」

「だああああああああっ!」

 

 我武者羅に叫び、掴んだ鎌の柄を振り回そうとする護堂。

 そうはさせじと、アテナは慌てて鎌を引き戻した。

 後ろに跳んで護堂と距離を取るアテナ。

 瞳に己の神力を宿らせ、今しがた敵が見せた剛力の秘密を探る。

 

 角を持つ獣。大地と深き縁を持つ者。荒ぶる猛威。天下無双の豪力。ヘラクレス。天を支える怪力。

 

 それらのイメージがアテナの脳裏に浮かぶ。

 これはウルスラグナ第二の化身、『雄牛』の力によるものだ。

 自分を遙かに超す膂力を持つ敵にのみ使用できる力。

 

 真正面からぶつかっては、今のアテナでは分が悪い。まずはゴルゴネイオンを探さなければ。

 気を抜かないように留意しつつ、周囲を静かに探る。

 

 ……見つけた。ゴルゴネイオン。蛇の叡智。古き魔導書。あの媛巫女、万里谷裕理の腕の中。その風呂敷の中に、ゴルゴネイオンはある。

 アテナが気付いたことに護堂も気付いたのか、立つ位置を変え裕理を背後に置くようにする。

 

 女神と神殺しが睨みあう中、不意に、朗々と二人の少女の声が響いた。

 

「エリ、エリ、レマ・サバクタニ! 主よ、何故、我を見捨て給う!」

「ダヴィデの哀悼を聞け、民よ! ああ勇士らは倒れたる哉、戦いの器は砕けたる哉!」

 

 孤独と絶望、困窮と呪詛。

 亡霊の悲嘆、武人の詠嘆。

『ゴルゴタの言霊』と『ダヴィデの言霊』。

 

 彼女たちはその強壮無比にして凄絶なる言霊を、それぞれの手に持つ武器に宿らせ、アテナに向けた。

 

「鋼の獅子よ、汝に嘆きと怒りの言霊を託す。神の子と聖霊の慟哭を宿し、聖なる末後の血を浴びて、ロンギヌスの聖槍を顕しめよ――!」

「ヨナタンの弓よ、鷲よりも速く獅子よりも強き勇士の器よ。疾く駆け汝の敵を撃て!」

 

 エリカの右手に握られたクオレ・ディ・レオーネに絶望の言霊が宿り、リリアナの手にある長弓は青く輝き、同じ青さで輝く四本の矢が左手に現れる。

 

 エリカがそれを構えて飛び出し、真っ直ぐ突き出す。

 アテナはそれの危険性を一目で見抜き、護堂への対処を一度棚上げして大鎌で弾き上げた。

 直後、リリアナがアテナへ四筋の彗星を放つ。

 

(確かに妾を打ち倒すだけの力は込められている。しかし、そのうち三本は幻影か)

 

 放つと同時に幻影の魔術を使って、増やしたように見せたのだろう。智慧の女神であるアテナには、それが分かった。

 なので、本命の一本以外は無視。本命である一本を上から下に叩き潰すようにして撃ち落とす。

 

 しかし――

 

「うおおおおおっ!」

「くはっ……!?」

 

 隙を突いて襲い掛かってきた護堂の拳を受け、大きく吹き飛ばされてしまった。

 服部の鈍痛を堪え、顔を上げたアテナは、仇敵が絶望の言霊を宿した一本の長槍を、まるで槍投げのような格好で構えているのを見た。

 ブオン、と勢いよく神殺しの手から、槍が投げだされる。と同時に、さらに四本の青い彗星。

 

 まずい。アテナは瞬間的に悟った。

 それは、決して自分の身が危ないという意味ではなく、自分の体が傷つけられてしまう、という意味であった。

 同じようで、それは違う。

 もし、草薙護堂の陣営に属する者がアテナを傷つけたとすれば、彼女の愛する男は、どうするだろう。

 

 脳裏に浮かんだ光景。すなわち、友であった幸雅と護堂が殺し合う光景。それを防ぐため、アテナは地面に手を触れて、権能を使って《蛇》を喚び出そうとした。が。

 

 その一瞬前、天より降り落ちた眩いほどの閃光が、長槍を宿っていた絶望の言霊ごと消し飛ばした。

 

「……えっ!?」

「……なっ!?」

 

 驚愕の声を上げる護堂とエリカ。

 

 次にその場に現れたのは、青白い稲妻。

 アテナと護堂たちの中間地点に降り立った、稲妻を纏った人影は、右手に持った剣で『ヨナタンの矢』を斬って落とす。

 放った本人であるリリアナが瞠目した。

 

 一様に警戒を引き上げる。しかし、その中でただ一人、アテナだけは違った。

 彼女だけは、もはや戦いは終わったとばかりに脱力し、バツが悪そうに視線を合わせないようにする。

 

 女神と神殺しの戦場に乱入してきた彼――七人目のカンピオーネ・『太陽王』御神幸雅は、そんなアテナの様子を見て深く嘆息し、怒りを孕んだ視線を向けた。




 ちょっと護堂が活躍しすぎですね。大人しくしてもらいたいところです。

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