カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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 イチャイチャです。


15 二人の子

『一八三○、私立城楠学院裏口前にて例のブツを引き渡します』

「…………」

 

 その翌日の放課後、幸雅は今しがた届いたメールを読んで、無機質な画面に何とも言えない視線を送っていた。

 ちなみに、発信者は正史編纂委員会のエージェント、甘粕冬馬である。

 

 彼がサブカルチャーに造詣が深いことは知っていたが、あれか。秘密の取引でも演出する気なのか。

 とはいえ、今日の呼び出しは、幸雅から頼んだことなので、一応乗ってあげることにした。

 

『了解。アシは付いてないだろうね?』

『お任せあれ』

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「どうも、お久しぶりです、御神さん」

「うん、久しぶり、甘粕さん」

 

 数十分後、高校の裏口にて幸雅は、くたびれた背広を着て眼鏡をかけた青年、甘粕冬馬と向き合っていた。

 もはや見慣れたやる気なさげな、昼行燈が見て分かる緩慢な動作で、甘粕は幸雅に一通の封筒を差し出してきた。

 

「では御神さん。ご依頼のものです。ちゃんとパスポートまで入ってるんで、お確かめください」

「うん。ありがとう、苦労をかけたね」

「いえいえ、魔王陛下の勅命には逆らえませんので」

 

 封筒を受け取った幸雅は、早速封を開け中身を確認する。

 中に入っていたのは、簡潔に言うと戸籍謄本とパスポート。言っておくと幸雅のものではない。

 では誰のものか? 戸籍とパスポートが必要な幸雅の身近な人物と言えば。

 一人しかおるまい。幸雅の嫁であるアテナだ。

 

 今のこの国に、アテナという人間は存在しない。

 まつろわぬ神を人間として扱うのかとかそういう意見はまあ差し置いて、公的な身分が保障されていないのは、幸雅としては少し不満なのである。

 それでは、幸雅とアテナの関係を証明するものが何もない。アテナはそれでもいいかもしれないが、幸雅にとっては大事なことだ。

 独占欲か、顕示欲か。判然としないが、とにかく嫌だ。

 

 受け取った封筒の中にはその二つと、ついでにA4サイズの紙が一枚。

 それが何なのか、上に書いてある文字を見てすぐに分かった。

 目を見開く幸雅を見て、甘粕が意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「うちの上司、馨さんからのアドバイスでしてね。一応、それも入れておけと」

 

 それは、市役所に行って貰うべき重要な書類、いわゆる結婚届だった。

 

 結婚したことを示すならばもちろんこれも提出しなければならない。そのためには、これを市役所に貰いに行く必要がある。

 そこら辺を甘粕の上司だという沙耶宮馨(さやみやかおる)は承知しているのだろう。的確な判断だと言えた。

 

「どうします? もう戸籍は用意してますから、あとは書き込むだけでいつでも提出できますけど」

「……やめておくよ。僕はまだ17歳だからね。結婚できる年じゃないし」

 

 はぁ、と息を吐きつつ、封筒の中にそれらを押し込む。

 それに、と幸雅は付け足した。

 

「僕だけで行くつもりはないしね。行くときは、アテナと一緒にだ」

 

 さいですか、と甘粕は視線を逸らして頷いた。

 

「ま、私どももそれ以上何か言う気はありませんがね。……あ、そうだ、御神さん。出生届を出すときはご一報くださいね。うちの委員会の方で処理させていただくので」

 

 苦笑いしつつ、甘粕は笑いを含んでそう言った。

 半ば以上冗談で言ったのだが、それは思ったよりも重く、というか真剣に受け止められてしまった。

 

「……子供、子供か。僕とアテナの。そっか、そういうことも考えないといけないのか。いや待て、そもそも女神とカンピオーネの間で子供って出来るのかな?」

「あの、御神さん?」

「ん、でも、もし出来たとしたらその子の国籍はどこになるのかな。日本で生まれたら日本国籍か、アテナはギリシャ出身だから……や、戸籍の方では日本国籍だったね。なら日本出身ってことにしてもいいか」

「もしもーし」

「カンピオーネの才能は継承されないというけれど、女神の神力の方はどうなのか。あ、でもそれは人間とカンピオーネの間だったっけ。まつろわぬ神と神殺しの魔王の間にできた子とか、何ソレ最強かな?」

「………………」

 

 だめだこりゃ。甘粕は肩をすくめた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「ふむ。何人欲しい?」

 

 と、幸雅の膝の上に小さなお尻を乗せるアテナ様はおっしゃられた。

 

「……え?」

 

『太陽王』と呼ばれる、七人目の魔王カンピオーネ様は素っ頓狂な声を上げられた。

 

 アテナの戸籍謄本とパスポートを甘粕から受け取って帰宅し、夕飯と風呂を済ませた夫婦は夫の部屋で寛いでいたのだが。

 ふと幸雅が甘粕とのやりとりを思い出し、アテナに「そういえばさ、神殺しとまつろわぬ神の間に子供って出来るのかな」と尋ねたところ、さっきの返事が。

 もう何か、色々と段階をすっ飛ばした返事が返ってきた。

 

「……え?」

「む、違ったか? 妾とあなたの間で子を生そう、という話ではなかったのか?」

「いや、単に気になっただけなのだけれど……え、できるの?」

「おそらくな」

 

 アテナは頷いた。

 

「我が父、ゼウスも人間の女との間に、多くの子を生してきた。すなわち、神と人の間でも子を作ることは可能という訳だ。さすがに妾も女神が人の子を生したという話は聞いたことはないが……まあどうにかなるだろう」

 

 そんな気がする、とアテナは締め括った。

 アテナですら聞いたことがないということは、本当に前例のないことなのだろう。けれど彼女は出来ると言った。

 智慧の女神であり、霊視の権能を持つ彼女の言葉だ。信じるに値する。

 

「しかしそもそも、旦那さまたち神殺しは人とは言えぬしな」

「……………………」

 

 そこ? 幸雅は思わず慨嘆した。

 胡坐をかく幸雅の膝の上に座り、細いおみ足を伸ばしてプラプラさせながらアテナは続ける。

 

「旦那さまとの子。そのこと自体は、妾も以前から考えていた」

「ぅえ?」

 

 何か変な声が出た。

 

「当然であろう。あなたは処女神であった妾の純潔を奪ったのだから」

「…………そういう風に言われると、なんだか悪いことをしたように思えてくるよ」

 

 悪いことも何も、御神幸雅は魔王、諸悪の根源である。

 今更だった。

 

「とはいえ、そうだな。ようやく旦那さまがその気になったのは喜ばしいことだ。では早速……」

 

 頭を抱える幸雅を置いて、アテナは立ち上がり幸雅に向き直る。

 そして、不思議がる幸雅の唇に己のそれを寄せ、

 

「んっ」

「んむっ……?」

 

 いきなりのことに目を見開く幸雅。硬直して閉じられたままの幸雅の唇に、アテナは小さな舌をなぞるように這わせた。

 するとすぐに硬さが取れて、幸雅もアテナの唇と舌を受け入れる。

 幸雅が右に、アテナが左に顔を傾け、二人の唇は一部の隙もなく、ぴったりと重なった。まるで貝殻が閉じるように。

 

「……ん、えぅっ……ちゅる、くちゅる……はぁっ……」

 

 いつしか幸雅はベッドに背中を預けて体育座りになり、その足の間にアテナが膝を着いていた。

 アテナの右腕はしっかりと幸雅の首筋に回され、左手は愛おしげに幸雅の頬を撫でている。

 彼女の神性を象徴するかのような闇色の瞳は、陶酔に蕩けながらも強い芯のある色を宿したまま、幸雅の瞳を見据えて離さない。

 幸雅の口腔の中で、縦横無尽に舌を動かし己のそれと幸雅のそれを絡め、唾液を啜る。

 

「……あ、アテナ……。……っ」

 

 最初は困惑していた幸雅も、次第にアテナの攻めを受けるだけでなく、自分からも舌を動かしていく。

 口腔内を這いまわる小さな舌を自分のそれで捕まえ、たっぷりと吸う。さらに歯茎を左上から右下まで順に舐め上げる。

 両腕はすでにアテナの細い背中に回されている。線が細い、しかし弱々しさを微塵も感じさせない小さな背中。

 

 幸雅が舌を絡め、歯茎を舐め、唾液を混ぜ合わせるごとに、アテナの体がビクビクと震える。しかしアテナは、自分からも攻め続けていた。

 窓から差し込む月光を反射してキラキラと光る銀色の美しい髪。部屋の電気はいつの間にか消されていた。アテナの権能によるものだろう。

 

 くちゅくちゅと舌を絡め合い、二人の口の間で唾液を交換しているうちに、完全に混ざり合ってしまった。

 幸雅はそれをアテナの口に押し込んだ。アテナも二人の淫靡なカクテルを受け止め、こくこくと喉を鳴らして呑みこんでいく。

 

「……ぁ、う……こく、……こく、こく……ぷはぁ……」

 

 その余りにも淫靡な様子をじっと見つめていた幸雅の口にも、アテナの唾液が流し込まれた。どこか甘やかにすら感じられるそれをたっぷりと味わい、呑みこんだ。

 もう何度も繰り返してきたはずの行為。なのに、一向に慣れる気がしない。いや、慣れたくない。

 ずっと重ねていたため呼吸が苦しくなり、一度幸雅の方から唇を離し――間髪入れず、アテナの鎖骨の辺りにむしゃぶりついた。

 

「ふあぁっ! ……ふふ……愛い子、愛い子」

 

 まるで愛しい我が子にかけるような、優しい優しい、愛情の限りが詰め込まれた、声。

 さすがは古代の地母神。母性たっぷりだ。

 宥めるように頭をポンポンと撫でられてしまった。少々気恥ずかしくなり、すぐに唇を離しアテナと見つめ合う。

 

「アテナ。僕の子供、君は生んでくれるのかい?」

「うむ、あなたが望むのであれば、今からでも。もし孕めなくとも、その時はヘラの奴めに言ってエイレイテュイアを遣わしてでもな」

 

 ヘラ、エイレイテュイア。前者は結婚を、後者は多産、出産を司る神だ。

 彼女が言うからには本気だろう。本気で幸雅との子を生すために、二柱もの女神を呼びつける気だ。

 

 けれど幸雅は、少し考えただけで、首を横に振った。

 

「んー……。今はいいかな。君と出会って、まだ三ヶ月しか経ってないんだ。もう少しぐらい、君と二人きりでいたいから」

「……そうか」

 

 アテナもそれ以上何も言わず、ただそっと幸雅の胸元に身を擦り寄せた。

 少しの間、先程までの激しい口付けが嘘のように和やかな雰囲気に浸っていた神殺しと女神。

 

 ふと、幸雅は口を開いた。

 

「ねえ、アテナ。もし、僕たちに子供ができたとしたら。一体、どんな子になるかな?」

「そうだな……」

 

 幸雅の疑問を受け、アテナは少しだけ考え、幸せそうに頬を緩めて口を開いた。まるで未来の幸せな光景を瞼の裏に思い浮かべるかのように、目を閉じて。

 

「男子であれば、きっと壮健な強い子になるであろう。それこそ、神をも殺すような。きっとあなたに似てやんちゃだろうな。悪戯ばかりして、妾とあなたをそこはかとなく困らせるのが分かる」

「ああ、確かに、そんな感じがするなぁ。って、ちょっと棘がない?」

「気のせいだ」

「そっか」

 

 幸雅も目を閉じ、その光景を思い浮かべてみた。

 ――それは、とても幸せな光景だった。

 

「女の子だったら、とても賢くて利発な子になりそうだよね。君に似て美人で、多くの男を虜にしそうだ。周りへの気配りができて迷惑をかけずに、けれど自分の意見をはっきりと言える強い子」

「ああ、そうなるやもしれぬ」

「けど、どっちにしても、あるいは両方になっても。とても、幸せだよ」

「……うむ」

 

 すでに街を包む光のほとんどが消え、夜の帳が下りて、闇が姿を現そうとしていた。

 それはつまり、闇の女王であるアテナの領域だ。

 昼間の彼女よりもさらに気高く美しく、まさに女王と呼ぶのが相応しい姿。その美貌はさらに冴え渡っている。

 かつて幸雅が初めて目にして、好きになったその姿、そのままだった。

 

 二人は同じような、柔らかく暖かい微笑みを浮かべて、再び唇を重ねた。




 あれ、おかしいな。
 イチャイチャを書いたはずなのに、気が付いたらしんみりになってる……。

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