カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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 和数稼ぎの雑談回です。
 幸雅と護堂と花南が、とあるイタリアの馬鹿者について語り合うお話です。
 アテナは出てきません。
 なので、見たくない方は見なくてもどうぞ。


第二章 神殺し、相打つ
14 ある日の昼休み


 サルデーニャでの騒動から数週間が経ったとある平日。

 実力テスト当日の昼休み、幸雅はいつも通り花南と、学校の屋上で弁当を広げていた。

 天気は雲一つない快晴。今は四月下旬で、まだ気温は過ごしやすく屋上で日光を浴びていてもそこまで暑いと感じない。

 

 今日の幸雅の弁当、つまりアテナの手作り弁当のメニューは、卵焼き、唐揚げ、ポテトサラダに、でっかいハンバーグが二個も詰められている。

 肉が多めのがっつりとした内容で、育ち盛りの幸雅としてはありがたい。

 最近はアテナの料理のレパートリーも増えてきて、毎日微妙にラインナップが異なっている。

 味付けもほぼ完璧に近い。たまに調味料を間違えていることはあるが、それでも美味しいものは美味しい。

 

 プチトマトを口に運び、ヘタを摘まみつつ、幸雅は春の陽気に侵されたかのような気の抜けた声で呟いた。

 

「平和だねえ」

「だね~」

 

 答える花南の声もフワフワ。こっちはいつも通りだった。

 

 ウルスラグナ、メルカルトとの戦闘、八人目のカンピオーネ・草薙護堂の誕生などの一連の騒動が終わり、もう何日も経っている。

 あの時の激闘が嘘のように、幸雅の周囲はおおむね平和だった。もちろん、喜ばしいことではあるのだが。

 

 もっとも、どうやら護堂の方は再びイタリアで、メルカルトと戦ったり、どっかの剣を振り回してる馬鹿者に決闘を挑まれたりと大変だったらしいが。南無三。

 順調にカンピオーネとしてのステップを踏み出しているようで、何よりである。

 

 と、そんな風にして、自分の二つの意味での後輩のことを思い浮かべていると、不意に幸雅のポケットから軽やかな電子音が響いた。

 ポケットから携帯電話を取り出し、画面を見た幸雅は、思わず頬を緩めた。

 

「お兄ちゃん、アテナさんから~?」

「うん。今はテレビ見てるってさ。退屈すぎて死にそうって。いじけてるみたい」

「あはは~。相変わらずだね~」

 

 御神家のリビングのソファーで、膝を抱えてテレビを退屈そうにテレビを眺める闇女神さまの姿を思い浮かべ、兄妹は笑った。

 

 これはごく最近のことだが、アテナは携帯電話を持つようになった。

 別に幸雅や花南が言い出したわけではないのだが、幸雅がそれを使っている姿を見て興味を抱いたらしく。

 その翌日に、デートついでに買いに行ったという訳だった。

 最初のころは扱いに難儀していた彼女も、少しすれば電話とメール、メッセージを送ることぐらいはマスターしていた。

 その時は、アテナの学習能力の高さに思わず感嘆の言葉を漏らした幸雅だったが、今となっては少しばかり微妙な気持ちである。

 戦女神アテナは、太古の地母神、闇の女王だ。女王としての威厳溢れる彼女を堕落させてしまったのではないか。

 そう思い悩むこともあったが、本人が特に気にしていないので、まあ良しとしよう。

 

 それはさておき、幸雅が弁当を摘まんでいると、屋上に通じるドアがキイイィと音を立てて開いた。

 新たに屋上に上がってきたのは、だれあろう兄妹の幼馴染である、草薙護堂だった。

 手には購買で買ってきたと思しきパンが下げられ、何やらくたびれた顔をしている。

 

「やあ護堂、お久しぶりだね」

「こんにちは、護堂くん~。どうしたの~そんなに疲れたような顔して~」

「あー、どうも。幸雅先輩、花南ちゃん。いやちょっと、購買がすごい混んでて……」

「ん、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 幸雅が自分の隣を勧めると、護堂も礼を言いそこに胡坐をかいて座る。

 昼休みはまだ半分ほど残っている。今から食べるとなっても、まあ間に合うだろう。

 

 しばし他愛もない話をして、そういえば、と思い幸雅は訊ねた。

 

「ねえ護堂。君さ、ドニの馬鹿と戦ったらしいけど、あれ結局どうなったの?」

「ちょ、先輩!? いいんですか、それ言って。花南ちゃんもいますけど!?」

「ん~、かんぴおーねってやつのこと~? 私、知ってるよ~」

「え!?」

「あー、僕が言ったんだ。ちなみに花南はアテナのことも知ってるよ」

「……そ、そうですか」

 

 にこやかに笑う兄妹に頬を引き攣らせた護堂は、仕方なくと言ったように話し始めた。

 

「どうなった、って言われてもって感じですけどね。どっちが勝ったとは言えないです。やられっ放しでした」

「いやいや、あの馬鹿を相手できただけ大したものだよ。彼、馬鹿だけど強いからね。馬鹿だけど」

 

 一つのセリフだけで馬鹿を三回も言う幸雅だった。

 

「あの剣の権能もそうだし、体を鋼にするアレもね。面倒だもの」

 

 イタリアの誇る『剣の王』、サルバトーレ・ドニ。

 彼が持つ権能で特に有名なのが、今幸雅の言った二つだ。

 

 ケルト神話の神、ヌアダより簒奪した権能、『切り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)

 錆びついた剣でも、ペーパーナイフでも玩具の剣でも、右手で持った全てを古今無双の魔剣とする権能。

 彼の魔剣の権能の前では、あらゆる防御や抵抗が無意味だ。全て等しく切り裂かれるのみ。

 

 そして第二の権能、『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』。

 北欧神話の竜殺しの英雄にして、戯曲〝ニーベルングの指環〟の主人公、ジークフリートから簒奪した権能と言われている。

 己の肉体に鋼の硬さと重さを付与するという、一見シンプルな権能だが、これが実に厄介なのである。

 重くなってもドニ自身の動きに影響は出ないし、基本的に攻撃が通らず、さらにはこの権能を使っている際のドニはほぼ不死身だ。

 

 ドニは他にも二つほどの権能を持っていると言われているが、好んで使うのは上記の二つであるからして、残りの二つは戦闘向きのものではないとされている。

 

 と、それらの説明を兄から聞いた妹は、目をバッテンにして言った。

 

「ひゃ~、その人すごいね~。ほとんど無敵っていうか~」

「ま、そうだよね。だから気になるのさ。君がアレにどんな風にして戦ったのか」

「って言われても、俺は最終的に、アイツを湖の底に沈めただけですし」

「へえ? なるほど、あの不死性と重さを利用したわけか。よく考え付くものだね」

「はあ、まあ。そこまで詳しいってことは、幸雅先輩もアイツと戦ったことがあるんですか?」

「あるよ」

 

 何でもないことのように、幸雅は肯定した。

 幸雅がドニと決闘をしたのは、もうかれこれ数か月も前のことだ。

 確か第三の権能を手に入れた直後だったはずだ。そのころはまだ、アテナとも出会っていなかった。

 

「あの時は確か、神速でひたすら逃げ回って、不意打ちで光球を爆発させて吹き飛ばしたんだった気がするな」

「吹き飛ばしたの~? そのドニさんを~」

「あの馬鹿にさんを付ける必要はないよ。いや、吹き飛ばしたのはドニじゃないさ」

「え? じゃあ、何を吹き飛ばしたんですか?」

 

 頭の上に疑問符を乱舞させながら、護堂と花南は素知らぬ顔の幸雅に視線を送った。

 幸雅も幸雅で、何食わぬ顔で、

 

「地面を」

「え?」

「いやだから、地面を」

「え?」

「あそこ、バチカン市国の、サン・ピエトロ大聖堂で戦ってね。あんまりしつこいもんだから、地面にめり込ませてから、光球をしこたま叩きこんで放置して、雷の神速でさっさと帰った」

「…………そ、そうですか」

 

 この発言には、護堂だけでなく、花南までもが頬を引き攣らせた。

 

 サン・ピエトロ大聖堂と言えば、れっきとした世界遺産である。そして世界最小の国家バチカン市国を構成する、唯一の国土。

 そんな歴史ある場所で戦い、あまつさえ一部を破壊してみせたという。その行為がどれだけの損失を生んだか、考えたくもない。

 幸雅に微塵も反省した様子は見られない。いや、一応「やり過ぎた」程度には思ってそうだが、それだけだろう。

 

 しかし護堂もまた、ドニと争ってミラノのスフェルツェスコ城を半壊、違った、全壊させている。それから何日も経たないうちにシエナのカンポ広場の地面に、深い断層を刻んだり。

 護堂に、幸雅の所業をとやかく言う資格はないのだった。

 

「もお~、だめでしょ、お兄ちゃん~! あそこで働いてる人たちが困っちゃうじゃない~」

「ごめんごめん。つい、ね」

 

 やはりこの妹さま、大物である。怒るポイントがズレている。ついでに、幸雅の謝罪の誠意の欠けること甚だしい。

 

「ま、ま、それはともかくだ」

 

 しれっと話を流す幸雅。絶対に流してはいけない話題だろう。

 

「ドニの鋼の権能を無効化したやり方は分かったけどさ、もう片方の剣の権能の方は? あの馬鹿なら湖をぶった斬ってでも戻ってきそうだけど」

 

 冗談で言ったわけではない。

 

 幸雅の疑問を受けた護堂は、なぜか頬を赤くして視線を逸らし、何事か言い淀んだ。

 まるで、ひどく恥かしいことのように。

 そんな護堂の反応に首を傾げる幸雅と花南だったが、いささか慌てたように護堂が話を切り替えた。

 

「そ、そういえば、幸雅先輩の彼女さんって、女神なんですよね。あの、銀髪の、アテナさん……でしたっけ」

「うん。そうだよ。というか嫁ね、嫁」

 

 一転して誇らしげな表情をする幸雅。アテナの話題となると、途端に単純になってしまう。

 まったく疚しいことなどなさそうな幸雅の態度に、護堂は困惑したような表情になって、

 

「でも、アテナさんって、神様なんですよね? なのに、俺たち《神殺しの魔王》と一緒に居るって……」

「それの何が問題なんだい?」

 

 すっと、幸雅が目を細めた。

 

 この後輩ならばないと思うが、もし護堂がアテナをまつろわぬ神であるからと滅ぼそうとするのであれば、幸雅もそれ相応の対応をしなければならない。

 最悪、護堂と戦うことになったとしても。

 

 そんな決意を固めかけていた幸雅だったが、護堂は純粋に気になっただけらしかった。

 

「え、いや、別にだからどうってわけじゃなくて。ただ、何でなのかなーって」

「……一目惚れ、さ。彼女を一目見て、心を鷲掴みにされた。彼女のことが忘れられなくなった。一緒に居たいって思ってしまった」

 

 ただ、それだけだよ。

 幸雅はそれだけ言って、もうなにも口にしなかった。

 

 花南(魔王陛下の妹君)は、そんな兄の姿を見て、まるでこの季節のように暖かな笑みを浮かべてみせた。




『ワールドブレイク・ザ・ブラッド』、第一話、序章投稿しました。

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