IS -インフィニット・ストラトス- if 作:人食いムンゴ
──夕方──剣道場─────
「はぁ……はぁ……はぁ……」
仰向けの大の字になって倒れる一夏。もう、全身がびくとも動かない。
「……ここまでとはな」
日頃の練習もあって余裕綽々の箒は一夏の弱さに呆れていた。
手合わせを開始してから三十分程度。結果は見事に一夏の一本負け。その後何度も何度もやっても変わらない結末。
面具を外した箒の目尻はつり上がっている。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「三年間ずっと帰宅部だったからな。バイトしてそんな時間無かったからな。」
一応、三年連続皆勤賞だった。卒業式のときにその賞状をもらったことは自分の中でもちょっとした自慢だ。
「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
「いや、それはそれで嬉しいけど――ていうかISのことをだな」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
激しい怒りのオーラを身に纏う箒。この状態の箒はなにを言っても聞かない状態だと幼なじみの経験が知らせていた。
「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」
「そりゃ、まあ……格好悪いとは思うけど」
先程、セシリアに喧嘩を吹っ掛けた威勢のいい一夏はどこへやら。
圧倒的に箒の剣幕に押されていた。
「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」
「そりゃあ、た…じゃなくて、なんでそんな結論になるんだよ」
「……ふん、軟弱者め」
やっとこさ構えをとくと、箒は軽蔑の眼差しで一瞥して更衣室に行ってしまった。
「……おう、ならとことんやってやるよ!」
一夏は剣道をやっていた頃の、覇気の満ちた顔付きで弱った体に鞭を入れて練習を再開した。
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(言い過ぎただろうか……)
剣道場の更衣室で着替えをしながら、箒はさっきからずっと同じことを考えていた。
六年ぶりに再会した幼なじみ。その変わってない子供の部分と変わった大人の部分、その両方をかいま見て、いつしか胸は早鐘を打っていた。
(い、いや、あれくらいでいいのだ。大体、たるんでいる。明らかに一年近くは剣を握っていない。)
でなければ、あんなボロボロにやられることはない。連戦連敗。昔の強かった一夏の面影は完全に記憶だけの物と化している。
(それにしても――)
頭に巻いた手ぬぐいをほどき、髪に触れる。
長く伸びたそれは、後ろでくくってもまだ腰近くまで届くほどだ。
(よく私だとわかったものだ……)
六年。それも九歳からの六年である。
顔は当然、体も全く別物に成長しているというのに、かつての幼なじみは自分から話し掛ける前にこちらから出向いてくれた。
「ふふっ」
それが、妙に嬉しい。 箒が一夏だとわかったのは、単純に一夏の名前がニュースで流れたときに写真を見たからだった。そうでなければ、わからないほどかつての幼なじみは男らしい顔立ちになっていた。
――正直に言えば、『格好いい』とさえ思った。名前を見て、手にした湯飲みを落としかけたほどである。
昨年の剣道全国大会優勝のことも話してくれたが、おそらく写真もない端っぱの記事だろう。
それなのに、一夏は『すごいな』と言ってくれた。褒めてくれた。嬉しかった。
(髪型を変えなかった甲斐があったというものだ)
些細な偶然にすがるような、あるいは願掛けに期待をするような、そんな甘い考えが多少なりともあった。
箒も十五歳の春を迎えた少女である。恋に懸想をするのはなんら不自然ではない。
そして、今、一夏は自分を頼りにしてくれている。
気持ちは舞い上がるばかりだ。
「……………はっ!?」
ふと、姿見に映った自分の顔を見て我に返る。
「ほぅっ……」
と恋のため息をつく、乙女そのものの顔に、軽く引く。
「…………」
恥ずかしさをごまかすため、箒は鏡を睨み平静さを取り戻す。
先刻までの吊り上がった目尻に戻る。
(と、とにかく、明日から放課後は特訓だ。せめて人並み程度に使えるようになってもらわなくては困る)
箒は腕組みをして自分で納得するようにうんうんと頷いた。
(それに――)
それに、放課後に一夏と二人きりになる口実が出来た。
「いや! そ、そのようなことは考えてはいないぞ!」
そう、そうだとも。何も不埒なことはない。
下心などあるはずもない。
私は純粋に、同門の不出来を嘆いているだけだ。
そして同門ゆえに面倒を見てやる。
何もおかしなところはない!
「故に正当だ!」