この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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吸血鬼が住まう紅魔館という場所に、診察の為に赴く事になった。
そこで主であるレミリア・スカーレットさんにからかわれたり勧誘されそうになったりしていると、突如として僕は彼女の妹であるフランドール・スカーレットさんの部屋へと何者かに連れて行かれてしまう。

困惑する僕に、フランドールさんは瞳に狂気の色を宿しながら、弾幕ごっこという幻想郷における勝負を仕掛けてきた……。


1月20日② ~片鱗~

『――――』

 

 全員の視線と意識が、先程まで彼が居た場所へと向けられる。

 しかし居る筈の彼――ナナシの姿は消え去っており、全員が何者かに彼が連れ去られたと理解すると同時に。

 

「っ、フラン……!」

 

 レミリアだけが、その異常に気がついた。

 

 ――フランの部屋に、誰かが入った。

 地下にある妹の部屋には常に監視の目が行き届いている、だからこそすぐに侵入者に気づく事ができた、が。

 

「……なんで、アイツが」

「お嬢様……?」

 

 ギリ、という音が聞こえてくるほどに歯を噛み締める主の姿に、咲夜は怪訝な表情を見せた。

 焦りと驚愕、その2つの感情を隠そうともしないレミリアはすぐに地を蹴り部屋を飛び出した。

 

 どういうわけかはわからない、だが今この瞬間にナナシはここから一瞬でフランの部屋へと移動してしまった。

 それが何を意味するかなど考えるまでもない、間違いなくフランは()()()()使()()()遊ぶだろう。

 あの子はまだ手加減を知らないし、ナナシがあの巫女や魔法使いとは違って戦える力を持っていない事も理解していない。

 

「……間に合うか」

 

 既に弾丸のような速度で駆け抜けるレミリアでも、到着する前に終わっている可能性は否定できない。

 ……何をこんなにも必死になっているのか。

 一刻も速く辿り着かねばと思うと同時に、冷静な自分がそんな考えを巡らせる。

 

 確かにこの事態を無視すれば色々と面倒にはなる、身内がしでかそうとしている事を止めようとしているのは間違いない。

 けれど、それ以上にレミリア自身がナナシの身を心から案じていた。

 それが解せない、如何に客人であり気に入っているとはいえ……。

 

「気に入っている、か……」

 

 そう、レミリアはナナシを気に入っている。

 会ったばかりの、記憶喪失という多少珍しい立場だがそれだけの少年を、自らの懐に置いている咲夜と同じように気に入っている。

 

「フン……」

 

 自分の心を鼻で笑いながら、レミリアは更にスピードを速めた。

 もうすぐ地下にあるフランの部屋へと到着する、色々と考えるのは面倒事を解決してからだ。

 そして、レミリアは重厚な造りの扉の前に辿り着き、両手を用いて躊躇いなくその扉を――フランの部屋の入口である扉を開いた。

 

 ■

 

 静寂が訪れたレミリアの自室にて、永琳は1人ソファーに座っていた。

 既にルーミアと咲夜は飛び出したレミリアを追って部屋にはいない、永琳もナナシの身を案じすぐさまそれに続こうと思ったのだが。

 それができない理由ができたので、未だに彼女は部屋に留まっていた。

 

「――何が目的なのかしら?」

 

 誰も居ない部屋の中で、上記の問いかけが静かに響く。

 当然、彼女の問いに答える者など居るわけがない、筈であったが。

 

「おお恐い恐い、そんなに殺気立たないでくださいませ」

 

 部屋の中の空間に、歪みが生じる。

 やがてその歪みは空間そのものを裂き、大量の巨大な目玉がひしめく不気味な世界が顔を出した。

 その常軌を逸した世界から、1人の女性が現れ永琳の前に降り立つ。

 

 足元まで届きそうな金の髪を持つその美女の名は、八雲紫。

 大妖怪、幻想郷の賢者と称される存在ではある彼女の登場に、永琳は嫌悪感を隠そうともせずに相手を睨みつける。

 

「無駄な会話をするつもりはないの、私がここに残った理由はナナシにしでかした奇行の説明をしてもらう為よ。それ以外の戯言を聞く耳なんか持たないわ」

 

 放つ声に極限まで冷たさを孕ませ、怒気を隠そうともしない永琳。

 その有無を言わさぬ物言いと迫力を受け、八雲紫は内心冷や汗を掻きながらも平静を装いつつ答えを返す。

 

「あの子を成長させる為ですわ、それが後々彼の為になるもの」

「ナナシの為ではなく、あなたの為じゃなくて?」

「…………」

「自身の能力を用いて彼をここから地下にあるフランドールの部屋へと移動させた。戦う力なんて持たない彼を加減を知らない吸血鬼の元に送り込んだ意図は何?」

 

 フランドール・スカーレットは、姉であるレミリア以上に子供である。

 吸血鬼としての強大な能力を持ちながら、それに対する加減の仕方をまるで学んでいない。

 そんな彼女の元にナナシを送ればどうなるかなど……容易に想像できる。

 紫の行動は獰猛な肉食の獣に餌を与えるに等しい行為だ、それがわからぬ彼女ではあるまい……だからこそ、永琳には解せなかった。

 

「ですから、成長させる為ですわ」

「っ、命の危険に晒す事がどうしてあの子の成長に繋がるというの!!」

 

 勢いよく立ち上がり、普段の彼女からは想像もできない激昂を見せる永琳。

 空気が奮えビリビリと音を鳴らし、けれど自分のペースを取り戻した紫は冷静に問いに答えた。

 

「――それも、あの子の力の副産物」

「えっ?」

「永琳、今のあなたはあの子を……ナナシと呼ばれるあの人間を、永遠亭の住人として認め大切に想っている。

 この短い期間でそこまでの信頼を寄せるのは、あの子の内に眠る力によるものなの」

「……あの子の力とは、一体何なの?」

 

 人間とは思えぬ自然治癒力、ルーミアに施された封印を一部とはいえ解いたあの力。

 それだけでは彼の力の全容は見えない、けれど紫の口振りからして彼女は彼の中にある力の正体を知っている。

 だが紫は意味深な笑みを浮かべるだけで、永琳の問いかけに答える様子を見せない。

 

「あの子は外の世界で生きてきた、神秘を忘れた世界に生きてきたからこそ……内に眠る力にも多くの枷が取り付けられている。

 だからこそ力の解放には並大抵の手段では叶わない、あの子には自らの“死”を理解しそれを乗り越えてくれなくては……自らの力を解放する事はできないのです」

「……だからフランドールの元へ?」

「ええ。あの吸血鬼が持つ狂気の境界も操りましたから……ふふっ、きっと明確な死を体験してくれるでしょうね」

「…………」

 

 成る程、とりあえず奇行の意味はある意味理解できた。

 だが、納得などできるわけがない。

 荒療治、などという言葉では片付けられない乱暴すぎるその手段は、永琳に溢れ出しそうな怒りを抱かせるのに充分過ぎる。

 

「それで彼が死んだら、どうするのかしら?」

「その時は、その時ですわ」

「……なんですって?」

「彼の内にある力は決して消えたりはしない、たとえあの人間が死んだ所でその力は別の人間に宿るだけ」

 

 だから、ここで死んだ所で面倒事は増えるものの困る事はないと紫は冷徹に笑う。

 あまりに非情で傲慢な、妖怪らしい人間を軽視する考え方。

 その発言は、彼を自分達の一員だと認めている永琳には許容できない言葉であった。

 

「私に怒りを抱くのは結構ですが、助けに行かなくて宜しいのですか?」

「っ……」

 

 滅してやりたい、という衝動がその言葉で霧散する。

 もう訊く事などない、そもそもこれ以上目の前の存在と話などしたくない。

 

「……今回だけは見逃してあげるわ。けれど覚えておきなさい紫、これ以上あの子の平穏を脅かすというのなら」

 

――それ相応の報いを覚悟していなさい。

 

 怒りに満ちた瞳でそう訴え、永琳はそのまま紫に背を向け部屋を後にする。

 その後姿を眺め、再び静寂に包まれた部屋の中で紫は暫しその場から動かず佇みながら。

 

「そうよ、もっともっと幻想郷の者達と信頼関係を結びながら力を解放していきなさい、“無名の癒し手”さん。

 それがこの世界の安寧に繋がるの、“贄”であるあなたには……まだまだ頑張ってもらわないとね」

 

 命の灯火が尽きようとしているナナシに向けてそう呟き。

 紫は能力を用いて空間を裂き、レミリアの部屋から音もなく消え去った。

 

 ■

 

「うっ……!?」

 

 左肩に鈍痛を感じ、顔をしかめる。

 ズキズキと痛む肩を右手で庇いながら、意識はあくまで正面に向けた。

 

「っ、うぁ……!」

 

 迫る光弾、様々な色を宿す大玉はキラキラと輝きおもわず見惚れる美しさがあった。

 だがそれは僕にとって命を刈り取る死神の鎌と同意、見惚れれば容易くこの身を砕き意識どころかこの生命を奪い去る。

 

「逃げてばっかりじゃつまんないよナナシ、反撃しないの!?」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、甲高い声でフランドールさんは僕にそう言い放つ。

 冗談じゃない、こっちは死にたくない一心でさっきから逃げ惑っているというのに、相手はあくまで戯れているだけなのは正直腹が立つ。

 

 弾幕ごっこ、この幻想郷で人妖が勝負をする際に用いる遊び(ゲーム)

 けれどそれはあくまで戦える者にとっての遊び(ゲーム)でしかない、僕のように空も飛べず弾幕なんて勿論使えない人間は、挑まれれば玩具にされるだけ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 どう足掻こうとも、ナナシは目の前のフランドール・スカーレットに殺される未来しか残されていない。

 弾幕ごっこでも、放たれる攻撃に殺傷能力が全く込められていないわけではない。

 ましてや僕に防御なんて器用な事はできない、刻一刻と肉体は壊され衣服には既に多量の血が付着している。

 

 自分の身体が今どうなっているかなど確認したくない、どうせ酷い事になっているだろうしそもそも確認している余裕など存在していなかった。

 フランドールさんはあくまで僕を使って遊んでいる、だから迫る弾幕にも避けるスペースはあるしその速度も目で追えないわけではない。

 それでも数は多く、当然死角から迫る攻撃に対処しきれず光弾が身体に叩き込まれその度に意識を奪われそうになる。

 

「くっ、そ……!」

 

 どうしようもない。

 背後には出入り口であろう重厚な扉があるものの、既に開かない事は確認済みである。

 今の僕にできる事など、必死に逃げて逃げて逃げ続けて……無様な姿を相手に見せる事しかできない。

 

 ……部屋の隅に転がっている、原型を留めていないぬいぐるみが目に映った。

 いずれ自分もあのぬいぐるみのようになってしまうのか、無慈悲に容赦なくこの身を滅ぼされてしまうのかと思い心が震える。

 あまりにも理不尽だ、一体僕が何をしたのかとできる事なら喚き散らしたかった。

 

「はっ、は、あ……はぁっ」

 

 自暴自棄になりそうな心に喝を入れ、両足に力を込める。

 死にたくない、こんなわけのわからない状況で死ぬことなんてできないと己に言い聞かせた。

 たとえすぐ傍まで迫っている死を回避できないと理解させられても、生きる事を諦めるなんてことだけはしたくなかった。

 

「――もう、いいや」

「え――」

 

 退屈と僕に対する失望を宿しながら、フランドールさんは呟きを零す。

 それが何を意味するかなど、彼女の周りに展開される今まで以上の密度を誇る弾幕を見て、瞬時に理解した。

 

 ……ここまでだ、もう逃げられない。

 先程のような避けられるスペースはなく、一斉に放たれれば逃げる事などできない弾幕がフランドールさんの周りに浮かび上がっている。

 

「結構楽しかったよ、お兄ちゃん。けど……逃げるだけで反撃しないから飽きちゃった」

「待っ――」

「もういらないよ、お兄ちゃんは」

 

 にっこりと微笑みながら、フランドールさんは冷たくそう言い放つ。

 その言葉は、僕を生物と認めていない冷徹で狂気に満ちた言葉だった。

 彼女にとって僕は玩具であり、そしてもう遊ぶ価値もないモノという認識だからこその発言に、愕然とする。

 

 多くの妖怪は人間を見下し餌としか見ないと、八意先生から聞かされていた。

 けれど改めてその認識の差を目の当たりにすると、頭が真っ白になった。

 

 道端に落ちている小石を蹴るような感覚で、他者の命を簡単に奪う。

 お前は羽虫程度の存在だと、そんな程度の価値でしかないと、言われているような気がして悔しくなった。

 だが、それ以上に……他者に対してそんな認識を抱いてしまうフランドールさんを見ていると、悲しくなった。

 簡単に命を奪う事に躊躇いなど持たず、それが当たり前だと思っているのが、悲しいと思ったのだ。

 

「……ナナシ、どうして私を憐れむの?」

「えっ?」

「私を見るその目、私の事を憐れんでいる目よ。殺そうとしている相手にどうしてそんな目を向けるの?」

 

 そんなの、僕だってわからない。

 自分の命を奪おうとしている相手に、憎しみや怒りを抱かずに悲しいと思ってしまう自分の心が、理解できる筈がなかった。

 死ぬのは嫌だし痛いのだって嫌に決まっている、けど僕はフランドールさんに対して憎しみなんて抱けなかった。

 

「変なの。450年くらい前に見た人間達は、皆お姉様や私に対して憎しみと殺意しか抱いていない目を向けてきたのに」

「…………」

「まあ、いいや。――それじゃあね? お兄ちゃん」

 

 右手を掲げ、そのままその手を振り下ろした。

 瞬間、浮かんでいた光弾の雨が僕という存在を滅しようと一斉に降り注ぎ。

 

「――そこまでだ。フラン」

 

 背後の扉が開いたと思った瞬間、赤い槍が僕の横を通り過ぎて。

 迫る光弾の雨を、全て粉砕し無力化した。

 

「っ、お姉様……」

「客人に対する礼儀がなってないぞフラン、遊びたい気持ちは判るがやり過ぎだな」

 

 そう言って僕を守るようにフランドールさんの前に出たのは、青みがかった銀の髪を持つ吸血鬼。

 

「……スカーレット、さん」

「存外にしぶといなナナシ、まだ原形を留めているとは思わなかったよ」

 

 そう言って僕に向かって笑みを見せるスカーレットさんは、どことなく安堵しているようにも見えた。

 そしてすぐさまフランドールさんへと向き直った彼女は、ビリビリと空気を震わせながら怒気を孕んだ口調で自身の妹を戒めようとする。

 

「何故こんな事をした?」

「お兄ちゃんが遊びに来てくれたんだもの、だから遊んであげただけよ」

「ナナシ“で”遊んだの間違いだろう? コイツは人間だが大切な客人でもあるんだ、それなのに玩具にするなど……」

「変なお姉様、いつもは人間を見下しているくせに……どうしてお兄ちゃんにはそんなに優しくするのかしら?」

「…………さてな」

 

 空気の震えが、強くなっていく。

 これはスカーレットさんの怒り、自らの妹の行動に対する怒りの表れであった。

 ……拙い、悪寒が走り僕はスカーレットさんとフランドールさんの間に割って入ろうとするが。

 

「っ、ぎっ……!?」

 

 身体はもう限界だったのか、息が詰るほどの激痛が走りその場に座り込んでしまった。

 歯を食いしばって痛みに耐えるが、呼吸をする度に痛みが走り何もできない。

 

「見ろフラン、コイツは“霊夢”や“魔理沙”とは違う。それなのに一方的な弾幕ごっこでお前は彼をここまで痛めつけたんだ」

「だから?」

「…………お前がここまで子供だとは思わなかったわ、キツイ仕置きが必要のようね!!」

 

 スカーレットさんの身体から、赤いオーラが吹き荒れる。

 僕でも明確に認識できる力の塊は、部屋全体に突風を巻き起こした。

 戦うつもりなのか、それもこんなに凄まじい力を用いてなんて、喧嘩で済むレベルの話じゃない。

 

「待ってくださいスカーレットさん、そんな力を使ったらフランドールさんが」

「あの子も吸血鬼だからちょっとやそっとじゃ死なないわよ」

「そういう問題じゃありません、妹に対して向ける力じゃないですよ!!」

「……黙ってて。大体これだけ痛めつけられてあの子を心配するなんてどういう神経をしているの? いいからここから消えなさい」

 

 これ以上話すつもりはないと背中で語りながら、同じく力を解放したフランドールさんに意識を向けるスカーレットさん。

 ……駄目だ、このまま2人を戦わせるわけにはいかない。

 

 スカーレットさんの言う通り、吸血鬼の肉体は僕が想像している以上に頑強なのは間違いないだろうし、フランドールさんの命を奪う事まではしない筈だ。

 けれど普通の生物なら死に絶える程のダメージを与えるつもりなのは想像に難くない、そしてそれがどれ程の痛みを伴うのかもきっと僕には理解できないだろう。

 

 そんな痛みをフランドールさんに与える事など、認められない。

 確かに彼女によって痛めつけられたこの身体は今だって泣きそうなぐらい痛い。

 でもそれとこれとは話は別だ、死なないからといって2人が傷つけあうのも戦い合うのも黙ってみている事なんかできない。

 

「ナナシ!!」

「ナナシ様!!」

「えっ――――うわっ!?」

 

 突然背後から身体を引っ張られ、部屋の外へと出されてしまった。

 視線を後ろに向けると、ルーミアと咲夜さんが僕を見て安堵と悲痛を織り交ぜた表情を向けているのが見えた。

 

「よかった……無事、というわけではないが生きていたか……」

「ルーミア、咲夜さん……」

「ナナシ様、すぐに手当てを。一刻も早くここから離れましょう」

 

 咲夜さんがそう言った瞬間、館全体が大きく揺れた。

 ……戦いが始まってしまったのだ、部屋の中からは絶えず爆撃めいた音が聞こえてくる。

 

「くっ……」

「おい、何をしようとしているんだ!?」

 

 すぐに部屋に戻ろうとする僕を、ルーミアが身体を掴んで引き止めた。

 

「止めないと……」

「何を言ってる、死にたいのか!?」

「……ナナシ様、お嬢様と妹様ならば大丈夫です。お互いにお互いの命を奪う事態にはなりません」

「そうじゃないんです。たとえ死ななくても……無意味に傷つくのを、黙って見ているわけにはいかない」

 

 たとえ強大な力を持つ妖怪でも、誰かが傷つくのは嫌だ。

 痛みや苦しみがどんなものか判るからこそ、誰かが傷つくのは認められない。

 ましてやその原因の一端が僕にあるのならば、止めなくてはいけない責任がある筈だ。

 

「お前にできる事なんか何もないんだ、今は避難して永琳にこの傷を」

「わかってます。戦う力の無い僕が2人の間に入った所で殺されるだけだ」

「なら――」

「それでも、僕のせいで2人が互いを傷つけ合うなんて絶対に認められない!!」

 

 叫び、ルーミアの手を振り解いて再びフランドールさんの部屋へと飛び込むように入った。

 ……そこで繰り広げられている戦いは、ただただ僕の目を圧倒させる。

 

 縦横無尽に室内を飛び回りながら、接近戦や弾幕による攻撃を繰り出していくスカーレットさんとフランドールさん。

 2人の姿は目で追える筈もなく、けれど爆心地の中に居るかのようなこの状況が戦いの激しさを物語る。

 

 ここに居ればすぐに死ぬ、一秒後には簡単に両者の戦いの余波に巻き込まれ死んでしまう。

 それを理解したが、そんなこと今の僕には関係ない。

 

 止めなくてはならない、この無意味な戦いを。

 姉妹でこのような殺し合いにしか見えない戦いをするなんてあってはならない、妖怪だろうが何だろうが家族で戦うなんてそんなの。

 

「――やめろおおおおおおおおっ!!」

 

 そんなの、絶対にあっちゃいけない事なんだから……!

 

「っ、ナナシ……!?」

「アハッ、わざわざ殺されに来たの? お兄ちゃん」

 

 2人の視線が僕に向けられ、動きを止めたスカーレットさんとは違い、フランドールさんが嬉々とした表情で僕に向かってくる。

 左手を振り上げ、僕の身体を引き裂こうとしている姿を見ても、僕は自ら彼女に向かって走っていった。

 止める策なんてないし考えてもいない、ただ一心にこの戦いを止めたいという感情だけで動く。

 

「っ」

 

 身体が、熱い。

 痛みから来る熱とは違う、内側から溢れ出しそうになる熱が全身に浸透していく。

 ……知っている、この感覚を僕は知っている。

 記憶にはなく、けれどこの身体が覚えていると訴えていた。

 

「あ……」

 

 景色が、まるでスローモーションのようにゆっくりと動いている。

 視界に映るのは、僕に向かってその鋭い爪を振り下ろそうとしているフランドールさんの姿のみ。

 

「――――えっ」

 

 今はただ、この戦いを止めたいという事しか考えていないからか。

 僕の目はフランドールさんの姿だけでなく、その内側に巣くう()()を映していた。

 彼女の根底を支配するような、紫色の霧状の何かが見える。

 

 それが何なのかは判らない、けれど漠然とソレがフランドールさんを蝕んでいるモノだと認識でき、取り除かなくてはという強迫観念に突き動かされると同時に。

 自身の内側から、溢れ出しそうになる“光”を認識して、僕は自分のすべき事を真に理解した。

 

「っっっ」

 

 その光を、外へと取り出そうとする。

 僕の意志を受け入れ、その光は力となって僕の身体へと一瞬で刻まれた。

 

「うおおおっ!!」

 

 叫びながら、無我夢中で右手を伸ばす。

 目指す場所はフランドールさんの内から見える異端の霧、それを消し去ろうと必死に手を伸ばした。

 

「えっ!?」

 

 フランドールさんの目には、僕の行動が奇行に見えたのか。

 彼女の動きが僅かに鈍り、その恩恵もあって一瞬早く僕の右手が彼女の身体に触れてくれた。

 

「――消えろっ!!」

 

 彼女の身体に巣くうモノにそう告げながら、自らの力を流し込む。

 流し込む、といってもこの力は決して他者の身体を傷つけるものではない。

 

 この力は、“癒し”の力。

 単純に傷を癒すだけではない、理を正しきものに戻す再生の力だ。

 ――霧状の何かが、フランドールさんの身体から霧散していく。

 その間僅か数秒、けれどその数秒が過ぎ去った時には。

 

「――――」

 

 ぐらりと、視界が揺れる。

 四肢に力は入らず、けれどフランドールさんに巣くっていた霧が消えてくれた事に安堵しながら。

 

「ナナシ!!」

「お兄ちゃん!!」

 

 心配そうに僕の名を呼びながら、駆け寄ってくる姉妹の姿を見て。

 安堵のため息を吐き出して、抗う事なく沈むように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 


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