この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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前回は大変だった……まさか、いきなり殺されかけるとは。
でもメディスンと風見さんという妖怪の知り合いができたから、良しとしようそうしよう。


1月20日① ~紅き館へ~

「永琳、お前に客だ」

 

 永遠亭の中には、八意先生の許可が無ければ入れない薬の材料を保管する貯蔵庫がある。

 手伝いとして八意先生と共に今日の実験で使う材料を探していると、ルーミアが上記の言葉を放ちながら部屋へと入ってきた。

 

「誰かしら?」

「【紅魔館】のメイド長だ、客間には案内してある」

 

 お客様ならお茶を用意しないとな、そう思い一足先に部屋を出ようとした僕を八意先生が呼び止める。

 

「ナナシ、お茶はいいからあなたも来て頂戴」

「えっ、でも……」

「いいから」

 

 少々強引な物言い、八意先生にしては珍しい態度であった。

 怪訝に思いつつも頷きを返し、僕は2人と共に客間へと赴く。

 

「待たせたわね」

「いいえ、お気になさらず」

 

 客間の椅子に座っていたのは、ルーミアの言っていた通りメイドさんであった。

 僕達が部屋に入ってきた事を確認し、椅子から立ち上がり恭しくお辞儀をするその姿はその美しさも相まって一枚の絵を思わせる。

 

 ……メイド服が珍しいというのもあるが、銀の髪を持つメイドさんの幻想的な美しさに思わず魅入ってしまう。

 と、視線に気づいたのかメイドさんと目が合った。

 

「……こちらの方は?」

「あっ……は、はじめまして。僕はナナシという者でして、永遠亭に居候させてもらっている身で、えっと……」

 

 魅入ってしまった事を誤魔化そうとして、上手く言葉が出てこずしどろもどろになってしまった。

 

 ……八意先生、苦笑いしないでください。

 ルーミア、呆れたような表情をでこっちを見ないで。

 僕だって自分が醜態を晒しているのを理解しているんだ、追い討ちを掛けるような真似はしないでいただきたい。

 

 2人はひどい態度を僕に見せてくるものの、メイドさんは優しいのかそれとも空気を読んだのか、僕の間抜けな反応を見ても態度を変えず自らの名を明かしてくれた。

 

「はじめましてナナシ様。私は紅魔館という館にてメイド長を勤めさせていただいております、十六夜咲夜(いざよい さくや)と申します」

 

 自己紹介をしてから、先程のように綺麗な一礼をする十六夜さん。

 

「よろしく、十六夜さん」

「咲夜、で結構ですよ。ナナシ様」

「じゃあ、咲夜さんで」

 

 お互いに笑みを浮かべ合う、優しそうな人でよかった。

 

「仲睦まじいのは結構だけど、ここに来た目的は話してくれるかしら?」

 

 このまま雑談する流れになりかかったが、八意先生の言葉で場の空気が変わった。

 おもわずビクッと身体を震わせてしまうほどに強い口調だった、八意先生……機嫌が悪いのかな?

 

「実は……お嬢様が体調を崩してしまわれまして、おそらく風邪かと思うのですが正確な症状がわからないので、診察に来ていただきたいのです」

「あら、それは珍しいわね。吸血鬼なんて殺しても死なないぐらいの頑丈さだけが取り柄なのに」

「……吸血鬼?」

 

 その単語に、反応を見せてしまう。

 吸血鬼といえば人の血を啜る西洋の妖怪の代表的存在だ、強大な力と凄まじい寿命を持つ夜の王。

 物語の中ではよく見かける存在までいるとは……さすが幻想郷、ちょっと会ってみたいと思ってしまった。

 

「いいわよ、そういう事ならすぐに行きましょうか。ナナシも吸血鬼を見たがっているみたいだから」

「うっ……」

 

 あっさりと看破されてしまった、そんなに顔に出ていたのか?

 ともあれ診察に行くという事はれっきとした仕事なのだ、手伝い程度ではあるけどやるべき事はやらないと。

 そう自分に言い聞かせミーハーな気持ちを抑えつつ、僕は八意先生の指示の元、準備を進めるのだった。

 

 ■

 

 永遠亭を出て、竹林を抜け、僕は咲夜さんの案内で【霧の湖】へと赴いた。

 数メートル先もまともに見えない濃い霧が、湖全体とその周囲を包み込んでいる。

 日の光は完全に遮られており、防寒具を身につけていても肌寒さを感じるほどに気温は低くなっていた。

 

 湖を半周し、中央に繋がる橋を渡っていくと、中央に浮かぶ孤島に建てられた紅い館が見えてきた。

 紅い、赤いじゃなく紅い。

 否が応でも血の色を連想させるその外観は、正直見ていて気分の良いものではなかった。

 

 入口であろう巨大な門が見え、その門の前に仁王立ちをしている中華風の服で身を包んだ赤髪の女性が僕達を、正確には咲夜さんを見て人懐っこい友好的な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「お疲れ様です、咲夜さん」

「お疲れ様、美鈴(めいりん)

「竹林のお医者さんもわざわざ来てくださってありがとうございます」

 

 八意先生にお辞儀をする女性、咲夜さんから自分以外の紅魔館の住人は全員妖怪だと聞いていたからこの人も妖怪なのだろうけど、腰の低さからかそうは見えない。

 

「咲夜さん、こちらの方は?」

「この方は永琳女史の弟子であるナナシ様よ。

 ナナシ様、彼女は紅美鈴(ほん めいりん)と申しまして、この館の門番と庭師の役割を果たしている妖怪です」

「ご紹介に(あずか)りました、紅美鈴と申します。気軽に美鈴と呼んでください、ナナシさん」

 

 先程と同じにこやかで友好的な笑みを向けながら、右手による握手を求めてくる美鈴さん。

 当然それに応じ握手を交わす、この妖怪さんとも友達になれそうで嬉しい。

 ここに来る道中にてルーミアからこの紅魔館は危険だと警告を受けていたけど……なんだ、大袈裟に言っただけか。

 

――美鈴さんに見送られ、門を通り美しい中庭を経由してから、館の内部へと入る。

 

「…………」

 

 内部は外以上に紅く、それも床や壁だけでなく天井までそれ一色だから目に悪い。

 おもわず顔をしかめると、僕の心中を察したのか咲夜さんが苦笑を浮かべる。

 

「吸血鬼の館ですので。我慢してくださると助かるのですが……もし無理そうなら遠慮なく仰ってくださいね?」

「あ、はい……」

 

 気を遣わせてしまった……八意先生と共に吸血鬼さんの診察に来たのだからしっかりしないと。

 自分にできる事など限られるが、恩に報いるためにもできる限りの手伝いはこなさなくては。

 

「咲夜ー、おかえりー!」

 

 エントランスホールに居る僕達の元に、1人の小さな少女が走り寄ってきた。

 濃い黄の髪、赤い瞳、真紅を基調にした服。

 そして何より目に付くのは、少女の背中から生えている枯れ枝に七色の結晶がぶら下がったような形の翼……だろうか?

 十にも満たない幼い少女にしか見えないが、その翼で彼女が人間ではない存在だと認識できた。

 

「……妹様」

「?」

 

 若干の違和感を、咲夜さんから感じられた。

 何故だろう、なんだか咲夜さんが目の前の少女を……恐がっている?

 

「あなた達、誰? 見ない顔ね。私はフランドール・スカーレット、この館の主のレミリア・スカーレットお姉様の妹よ」

「八意永琳、竹林の医者よ」

「ルーミアだ、名前くらいは聞いているだろう?」

「僕はナナシといいます。はじめましてスカーレットさん」

 

 フランでいいよー、僕の言葉を聞いてスカーレットさん……もとい、フランさんはそう言ってにかっと笑みを浮かべる。

 見た目相応の、可憐で無邪気な笑みを見て思わず頬が綻んだ。

 

 館の主の妹という事は彼女も吸血鬼だろうが、恐ろしさはまるで感じられない。

 吸血鬼のイメージとはかけ離れたフランさんに別の意味で驚き、けれど友好的で良かったと安堵する。

 

「妹様、申し訳ありませんがお嬢様の所に行かねばなりませんので……」

「あ、そっか。ごめんなさい、呼び止めたりして」

「いえ……それでは、私達はこれで」

 

 少しだけ早口で言いながら、咲夜さんは僕達に移動を促す。

 またも違和感、確かに急いで診察してほしいと思う気持ちはわかるけれど……。

 

「――――ぁ」

「?」

 

 背後から、小さな呻き声のようなものが聞こえ振り返る。

 そこに居るのはフランさんだけ、こちらに向きながらも顔を下に向けている彼女にどうしたのかと歩み寄ろうとして。

 

「――後でね、お兄ちゃん」

 

 そんな呟きを放ってから、フランさんはその場から去っていってしまった。

 ……お兄ちゃんって、僕に言ったのか?

 だとしたら少し気恥ずかしい、あの子の兄でもないのに……。

 

「ナナシ、早くいらっしゃい」

「あ、はい!!」

 

 八意先生に呼ばれ、慌ててみんなの後を追いかける。

 すぐさま追いつき、会話もなく歩く事暫し……大きな扉の前で咲夜さんが立ち止まった。

 

「お嬢様、お連れ致しました」

 

 扉をノックしつつ声を掛ける咲夜さん、すぐさま「入りなさい」という返事が返ってきた。

 咲夜さんが扉を開け、僕達が中へと入ると。

 

「――わざわざ来てもらったというのに、こんな恰好で申し訳ないな」

 

 キングサイズのベットに座る、青みがかった銀髪の吸血鬼が僕達を出迎えてくれた。

 十にも満たぬ愛らしい容姿を持つ少女の見た目ではあるが、背中に生えた悪魔を連想させる漆黒の翼が彼女を吸血鬼だと誇示していた。

 

「……っ」

 

 息が詰まる、呼吸が上手くできない。

 少女の姿を視界から外せず、見れば見るほど生命の灯火が消えていくような感覚に襲われた。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 強引に、首を捻らせる勢いで無理矢理視界を少女から逸らす。

 すると息苦しさはすっかり消え去ってくれた、な、何だったんだ今のは……?

 困惑する僕の耳に、くすくすといった小さな笑い声が聞こえてきた。

 顔を上げると、吸血鬼の少女が僕を見てからかうような笑みを浮かべている。

 

「ああ、すまない。人間が混じっていたものだから少し“魔眼”を使ってしまった」

「……彼は私の弟子であり家族の一員よ、無礼を働くのならこのまま帰ってしまうけどいいかしら?」

「吸血鬼、次にナナシへ何かしてみろ。その首……斬り飛ばすぞ?」

「ほぅ……」

 

 空気が冷たく、重くなっていく。

 いまいち状況が掴めないが、一触即発の雰囲気になっている事だけは理解し、慌てて両者の間に割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! どうして喧嘩する空気になっているんですか!?」

 

 さすがにこの纏わり付くような重圧感漂う空気に触れれば、危機を覚えるというものだ。

 ここへはレミリア・スカーレットさんの診察に来たというのに、どうして喧嘩する流れになるのか。

 

「ナナシ、コイツはお前に“重圧”の魔眼を向けた。あのままお前がコイツの瞳を見続ければ意識を失っていたんだぞ」

「…………」

 

 じゃあ、さっきの息苦しさは彼女の瞳を見てしまったからなのか。

 魔眼というのは生まれつき、もしくは魔術を用いて生み出される瞳だとルーミアから聞いている。

 相手を見るだけで瞳に込められた魔術を施す事ができ、そしてそれが並大抵の実力者では使えないものだという事も聞いていたけど……それを易々と使用できるのだから、流石吸血鬼と言うべきかと暢気に感心してしまった。

 

「お嬢様」

「わかっている。――そこの人間、からかいが過ぎた。許せ」

「え、あ、はい……お気になさらず」

 

 謝る気など毛頭ない、尊大で高圧的な言葉。

 明らかに自分が悪いと思っていない態度だが、僕が返せたのは間の抜けた返答だけ。

 

 魔眼の効果がまだ身体に残っているのか、身体も思考も上手く働かない。

 そんな僕の様子を心配してか、咲夜さんが近くのソファーへと案内してくれたので、それに甘えてふかふかの高級感漂うソファーへと座り込んだ。

 

「診察に来たのだろう? なら早くやってくれ」

「相変わらず、態度だけは大きなお子様ねあなたは」

「随分と機嫌が悪いな竹林の医者、そんなにあの人間にちょっかいを出したのが気に入らないのか?

 何を考えているかわからないヤツだと思っていたが、お前も意外に女だったらしい」

 

 くつくつと笑う吸血鬼の少女、対する八意先生はあからさまな挑発を受けても眉1つ動かさなかった。

 

「そういうのはいいわレミリア・スカーレット、見る限りそこまで重くはないようだけれど妖怪風邪のようだしちゃんと診察しないと悪化する危険性があるわ」

「……ふん、つまらんな」

 

 つまらなげに吐き捨て、それから静かになる吸血鬼の少女――レミリア・スカーレットさん。

 すぐさま持ってきた鞄から道具を取り出し診察を始める八意先生、おっと……僕も手伝わないと。

 

「ルーミア、ナナシを見ていてあげて」

「言われなくてもそうするさ。――お前は休んでいろ、魔眼の抵抗力がないお前にはコイツの瞳は強力過ぎる」

「あ……れ?」

 

 ルーミアに軽く肩を押さえつけられただけで、立ち上がる事ができなくなる。

 彼女の言う通り、魔眼の力にすっかり参ってしまっているようだ。

 

「随分と大事にしているんだな。一体何を企んでいるんだ?」

「彼は身寄りがないのよ。外来人の上に記憶も失っているから」

「ほぅ……記憶喪失か。話には聞くが実際に見るのは初めてだな」

 

 スカーレットさんの視線がこちらに向けられる。

 まるで此方を品定めするかのような目を向けられ、居心地が悪くなって視線を逸らした。

 

「おい、ナナシといったか?」

「は、はい」

 

 呼ばれたので気まずさはあるが視線を戻すと、スカーレットさんは僕の顔を見て愉しげな笑みを浮かべながら。

 

「お前、ここで働く気はないか?」

 

 よくわからない事を、言ってきた。

 

「……えっ?」

「最近ホフゴブリンという働き手を確保できたが、まだまだそこに居る咲夜の負担は大きいんだ」

 

 だから男手がほしいと思っていたの、そう言いながらスカーレットさんは一瞬で僕の眼前へと移動した。

 

「っ」

 

 鼓動が早まる、緊張からかそれともスカーレットさんの端整な顔立ちが近くにあるからか。

 そんな僕の反応を楽しむように、スカーレットさんはますます笑みを深めながら言葉を続ける。

 

永遠亭(そっち)に居るよりは良い待遇を約束しよう、どうだ?」

「ど、どうだと言われても……」

 

 あまりにもいきなり過ぎる提案に、思考が追いつかない。

 だというのに返答を迫られれば、まともな返事など返せる筈がなかった。

 

「悪い話ではないと思うけどね。わたしが人間を雇おうと思うなんて珍しいんだから」

 

 答えを急かすように更に詰め寄ってくるスカーレットさん、近い近い……!

 赤い瞳は「はい」か「YES」以外の返答は許さんと告げており、その迫力に圧され頷いてしまいそうになったその時。

 

「えいっ」

「いにゃあっ!?」

 

 突然、スカーレットさんが素っ頓狂な声を上げて文字通り跳び上がった。

 そのまま後方宙返りをして顔面から地面に激突、更にお尻を押さえながらゴロゴロと転がり回り出す。

 

 ……なんだこれ、僕だけでなく咲夜さんやルーミアもスカーレットさんの奇行にポカンとしてしまう。

 ただ1人、注射器を持ってにっこりと微笑みを浮かべている八意先生を除いて。

 

「はい、後は栄養のあるものを摂って1日程度休めば大丈夫よ」

「う、うぐぐ……い、いきなり人の尻に注射をするヤツがあるか! わたしはな、注射は嫌いなんだぞ!?」

「500年以上生きているくせに、見た目に相応しい幼さね」

「う、う……うー!!」

 

 がーっ、と両手を上に挙げて全力で怒ってますといった反応を見せるスカーレットさん。

 うーうー鳴きながら……もとい、唸りながら八意先生を怒る彼女の姿は、正直その……たいへん可愛らしい姿だった。

 先程のような威厳に満ちた口調と態度を間近で見ていたから尚更そう感じる。

 

「…………」

「……咲夜さん、何故スカーレットさんをビデオカメラで撮っているんですか?」

 

 というかいつの間に構えていたのだろう、無言で今のスカーレットさんを撮る咲夜さんは少し恐かった。

 あと心なしか息が荒いような気がするけど、気のせいだろう……うん、気のせいだ。

 

「お嬢様、可愛らしいですね……」

 

 うへへ、なんて笑い声なんか聞こえないぞ、うん。

 ただなんとなーく、咲夜さんと距離を離した方が良いと思ったのでさりげなく横に移動する。

 ……まだ、この珍妙な光景に終わりは迎えないようだ。

 

「帰るか?」

「う、うーん……」

 

 正直、ルーミアの提案に二つ返事でOKしてしまいたくなった。

 けれど八意先生の手伝いに来た以上、そんな勝手は許されない。

 かといって止める事など僕に出来る筈もなく、ただただ早く終わってくれないかなあと思う事しかできないまま。

 

 

――そんなに退屈なら、楽しいゲームを開始しましょうか。

 

 

「え――――」

 

 知らない女性の声が聞こえた、それを頭で理解した時には。

 高所から落ちていくような浮遊感を味わいながら、僕は()()()()()()()()()()()

 

「な、え……っ!?」

 

 何が起きたのか理解できない、ただわかるのは自分の身体が今も下に向かって落ち続けているという事だけ。

 先程まで確かにあった地面の感触は既になく、漆黒の闇が広がる光景を視界に収めながら奈落へと落下していく。

 明らかに普通ではないこの状況に上手く頭が働かず、けれどすぐにそれは終わりを迎えてくれた。

 

「いっ!? っつー……」

 

 唐突に景色が変わり、同時に感じる鈍痛に顔をしかめる。

 見事にお尻を強打してしまった、涙目になりながらも再び現れた地面の感触に安堵しながら。

 

「――いらっしゃい、お兄ちゃん。

 ようこそ、フランのお部屋へ」

 

 歌うような幼い声で僕を歓迎する、金の髪を持つ吸血鬼。

 フランドール・スカーレットが、無邪気な微笑みを僕に向けている姿を目にした。

 

「…………」

 

 見た目相応の、人形のような可憐で美しい微笑みは、見る者を魅了する力があった。

 だが、どうしてか僕にはその微笑みが死への宣告に思えてならなかった。

 見るだけで背筋は凍りつき、やがて意識そのものすら停止してしまう恐ろしさが垣間見えている。

 

 逃げろ、と。

 生物としての本能が、けたたましく全力で警鐘を鳴らし続けていた。

 まるで首筋に鋭利なナイフを押し当てられているかのようだ、逃げたくても少しでも動けばその瞬間に死んでいる。

 そう思わせるフランドールさんの微笑みは、真っ直ぐ逃がす事なく僕に注がれていた。

 

「呆けちゃってどうしたの? もしかして……殺されるって思っちゃった?」

「っ」

 

 その声で、どうにか凍り付いていた意識だけは現実へと戻ってきてくれた。

 とはいえ状況は変わらない、いや最悪なんてとうの昔に振り切っている。

 

「そんなのつまんないよ、だってまだ遊んでもいないんだよ?」

「何、を……」

 

 掠れた声で問いかける、するとフランドールさんは嬉しそうに笑みを零して。

 

「――弾幕ごっこ、はじめよっか?」

 

 こちらの事情とか、心境とか、そんなものなどまるでお構い無しにそう告げて。

 瞬間、僕と彼女の周囲におびただしい数の光弾が出現した……。

 

 

 

 

 


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