この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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記憶喪失になった僕が気がついた時には、幻想郷という世界へと迷い込んでしまった。
とりあえず永遠亭という場所で傷を癒してもらったけど……これからどうしよう?


1月15日 ~洗礼~

 朝が、来た。

 最初に感じたのは、頬から伝わる冬の寒さ。

 布団から出たくない衝動に駆られながらも、勢いで抜け出して布団を畳む。

 

「寒っ……」

 

 時刻は現在六時半を過ぎた所だった。

 他のみんなはもう起きているだろう、着替えを済ませ部屋を出る。

 竹林の隙間から零れる陽の光。

 

 僕が永遠亭に来て、5日目の朝がやってきた。

 

「あ、おはようございます。ナナシさん」

「おはようございます、鈴仙さん」

 

「今日も寒いですねー」

「まだ冬ですからね、ナナシさんはちゃんと寝れました?」

「はい、鈴仙さんはどうでした?」

「あはは……実は私、あまり寒いのは苦手で」

 

 そんな会話を交わしながら、台所へと向かった。

 今日は白米にジャガイモのお味噌汁、それと出し巻き玉子と焼き鮭の和風メニューにしよう。

 

「助かります。前までは私1人でごはんの支度をしていましたから」

「大変だったんですね……」

 

 慣れた手つきで下拵えをしつつ渇いた笑みを浮かべる鈴仙さんを見ると、大変だったのだろうというのが否が応でも理解できた。

 まあここに住まうのは鈴仙さん達だけでなく、数十もの妖怪兎さん達も居るらしく、毎日ではないにしろ彼女達にも食事を作っているという話なのだから相当に大変である。

 

「でもナナシさんが料理できるとは思いませんでした」

「記憶を失っても、こういう事は身体が覚えているものなんですね」

 

 八意先生曰く、記憶喪失になる前も常日頃から料理をしていたからこその恩恵らしい。

 ちょっとした事とはいえ力になれるのはいいのだが、常日頃から料理をしていたであろう僕は1人暮らしだったのだろうか。

 

「ナナシさん、永遠亭での生活は慣れました?」

「はい、皆さんとても優しいですから。鈴仙さんには特に色々と教えてもらっていますから、感謝してます」

「あ、あはは……いいんですよ。師匠からも言われていますし、困った時はお互い様です」

 

 少しだけ気恥ずかしそうに、鈴仙さんはそう言った。

 雑用程度しかできないものの、それでもよくしてくれる永遠亭の皆さんには頭が上がらない。

 だからせめて、というわけではないがこういった些細な事でも役に立てるのならば嬉しいものである。

 

「でもナナシさん、これからどうするんですか? こちらは別にいつまで居てくださってもいいですけど……ずっとこのままというわけにはいきませんよね?」

「そう、ですね……とりあえずは、ここでの仕事を覚えながら幻想郷を見て回りつつ生活しようと思っています」

 

 記憶を戻す明確な方法がない以上、まずはこの幻想郷での生活に慣れる事が最優先だ。

 それには住まわせてくれているこの永遠亭での仕事を覚え、それから人里などの人間が居る場所に行って……万が一、つまりこの地に永住する可能性を考えて基盤を作る。

 今の僕にできる事はそれくらいだ、それからの事はその時に考えよう。

 

「おはよう、2人とも」

「おはようございます、師匠」

「おはようございます、八意先生」

 

 台所にやってきた八意先生と挨拶を交わす僕と鈴仙さん。

 と、焼き鮭がもうすぐできるからそろそろごはんと味噌汁をよそい始めないと。

 

「そういえば師匠、姫様はまだ戻られないんですか?」

「ええ。放っておいても大丈夫よ、それにあの子が前以上に活動的になった事は喜ばしい事だもの」

「……あの、今更ですけど挨拶とかしなくていいんですかね?」

 

 この永遠亭には、本物の“かぐや姫”が居る。

 とはいえ所用で出掛けているらしく会った事はない、八意先生曰くふらっと出掛けてはふらっと帰ってくる事が稀によくあるらしい。どっちだ?

 

「帰ってこないあの子が悪いのだからナナシが気にする事ではないわ。まあ戻ってきたら軽い自己紹介でもすれば充分よ、あの子もきっとあなたを気に入るでしょうから」

「それならいいんですけど……」

 

 それにしても、噂のかぐや姫ってどんな人なんだろう。

 鈴仙さんはこの世の者とは思えぬ美しさを持っているが、時折平然と魅力的な笑顔で無茶振りをするという、聞くだけではよくわからない人物らしいが……。

 どうやらまだ会えないようだ、残念ではあるが次の機会を待つ事にしよう。

 

 ■

 

 朝食を食べ終わったら、時刻は九時を回っていた。

 鈴仙さんは薬の販売業務の為に人里へ、てゐさんは竹林の警邏という名のサボり。

 そして僕はというと……。

 

「気分が悪くなったら、すぐに言いなさいね?」

「はい、わかりました」

 

 竹林を抜け、人が近づかぬ土地の大地を踏みしめていた。

 八意先生に連れられ、僕は『無名の丘』と呼ばれる土地へと向かっている。

 

 幻想郷でも危険地帯だと呼ばれるその場所に僕を連れて行くことを、当初鈴仙さんは反対した。

 けれど八意先生はその言葉を無視し、けれど僕に行くか行かないかの選択肢を選ばせる権利を与え……世話になった人達の役に立ちたかった僕は、同行を願い出た。

 きっと僕の答えは思慮の浅い考えなのだろう、でも幻想郷の事を知りたいのならば色々な場所を見て回るのが一番手っ取り早い。

 

「そういえば、あなたのナイト様は何処へ行ったのかしら?」

「ナイト…………もしかして、ルーミアの事ですか?」

「だってそうじゃない、あんなにも甲斐甲斐しくあなたを守ろうとするんだもの。ナイト様と呼ぶべきじゃない?」

 

 少しばかりの皮肉を込めたその言葉に、僕は苦笑を浮かべることしかできなかった。

 ルーミアは今、僕の傍には居ない。

 なんでも封印されていた時の『友人』に今の自分を説明する云々と言っていたが……まだ戻ってきていなかった。

 

「あなたを守ると誓ったくせに、職務放棄なんて駄目なナイト様だと思わない?」

「ルーミアにはルーミアの都合がありますから、僕の都合で振り回すわけにはいきませんよ」

 

 ただまあ、少々不安ではあるのは否めない。

 

「先に言っておくけど、勝手な行動だけは謹んでね」

「……そんなに、危険な場所なんですね」

 

「ええ、だってそこは昔『間引き』があった鈴蘭畑だもの。普通の人間はもちろん妖怪だって安易には近づかない忘れられた土地の1つ」

「…………」

 

 間引き、という単語におもわず背中が冷たくなった。

 その言葉の意味を理解できないわけではない、こういう話を聞くと幻想郷という世界が決して人間に優しい世界ではないというのを思い知らされる。

 そして同時に、こういう考えに至るという事は記憶を失う前の僕は如何に平穏無事な世界で生きてきたのかを理解した。

 

「でも、どうしてそんな危険な場所に?」

「毒を採取する為よ。様々な薬の材料になるから、時折採取しに出掛ける事があるの。――見えてきたわ」

 

 丘を上がり、その先に広がる光景に……おもわず足を止め魅入ってしまった。

 草原に広がる一面の鈴蘭、白い世界はそれだけで芸術品の粋に達している。

 だが、この景色全てが人にとって害であり、八意先生の言った通り危険な場所であると思考よりも本能が訴えていた。

 

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫です……ちょっと肌寒くなっただけですから」

 

 大丈夫だ、情けない話ではあるけど何かあっても八意先生が傍に居るのだから。

 そう思うと幾分気が楽になり、少しだけ軽くなった足取りで『無名の丘』へと足を踏み入れようとして。

 

 

――全身が、思考が、一瞬で沸騰した。

 

 

「あ、え……?」

「ナナシ……?」

 

 八意先生の声が、どこか遠くから聞こえたような気がした。

 反応を返す事もできず、前のめりに倒れ込む自身の身体を他人事のように認識する。

 勢いよく地面に倒れ、衝撃と痛みに襲われるが茹だった思考ではそんなものを気にする余裕などなかった。

 

「なん、で……?」

 

 息をするのも困難になってきた。

 ヒューヒューという僅かな呼吸音が、嫌に頭の中へと響く。

 何が起きたのか理解できない、そして自分がどうなるかも判らない。

 

「――ふふん、どうよ人間。そんな隙だらけだからやられるのよ」

 

 近くから、幼い少女の声が聞こえる。

 だが顔を上げる気力すら湧かず、相手の顔を見る事ができない。

 

「は、ぁ……」

 

 とうとう呼吸すらできなくなり、視界が霞んでいく。

 五感は機能を停止し、意識の欠片も無くなった。

 

 ……僕は、死ぬのだろうか。

 こんな事なら、鈴仙さんの意見を聞いて永遠亭に居れば良かったのかもしれない。

 でも自分の命が尽きる事よりも、そのせいで皆に迷惑を掛けてしまう方が嫌だなあと思うと同時に。

 プツリと、テレビの電源が切れるように意識が断裂した。

 

 

 ■

 

 

 …………闇の底から少しずつ浮かび上がるように、断裂した意識が戻っていく。

 最初に感じたのは額を覆うひんやりとした冷たさ、それが心地良くてこのまま身を委ねたまま眠りに就きたくなる。

 

 けれど起きなくては、だって八意先生がいきなり倒れた僕を心配しているだろうから。

 迷惑を掛けている事を謝る方が先決だ、まだ朦朧としたままの意識で考えながら、僕は目蓋を開けた。

 

「あら、起きたのね」

「…………えっ?」

 

 見知らぬ緑髪の女性が、僕を見つめている。

 額には濡れタオルが置かれており、それが先程のひんやりとした感触の正体だと認識しながら上半身だけを起き上がらせる。

 

 花の香りに包まれた部屋、丸い木造のテーブルにイス、床に敷かれた花柄のカーペット。

 部屋の至る所に飾られた可愛らしく美しい花々が、この部屋全体に明るい空気を与えつつ輝きを見せていた。

 

 ……見知らぬ部屋、というよりも見知らぬ家のベッドで僕は眠っていた。

 ここは一体何処なのだろうか、もしかして僕はまだ夢の中でこの光景は幻なのか……。

 

「身体の方はどうかしら? 生きているのも驚いたけど……だるかったり、重かったりしてる?」

「…………えっと」

 

 優しく問われ、とりあえず自らの身体をチェックする。

 

「っ」

 

 身体が、少し重く感じられた。

 軽い貧血になった気分だ、油断して気を抜くとまた意識が落ちそうになる。

 

「起きたわよ、思っていたよりも早い目覚めだったみたい」

 

 女性が、台所であろう場所に向かって声を上げる。

 その声を聞いて奥からこちらへとやってきたのは……八意先生と、見知らぬ小さな金の髪を持つ少女。

 

 人形のような可愛らしさを持つその少女は、何故か僕をばつの悪そうな、けれど敵対心を乗せた視線を向けてくる。

 この少女とは初対面の筈だが、明らかに好かれていないのは目に見えて明らかだ。

 何かしてしまった覚えもなく困惑していると、八意先生が僕を見て安堵の表情を零した。

 

「具合はどう?」

「あ、大丈夫です……まだ少し身体が重いですけど、意識もはっきりしてきましたし。

 それで、その……ご心配をお掛けして、すみませんでした」

 

 頭を下げる、すると八意先生はそんな僕に呆れを含んだ溜め息を吐き出した。

 

「あなたには何の非もないのに謝る必要などありません、謝るのはあなたの事を守れなかった私の方よ」

「そんな、別に八意先生が謝る事なんて」

「ええそうね、だって一番悪いのは……この子なんですもの」

 

 緑の髪の女性が、冷たい視線で小さき少女を睨みつける。

 その視線を受けて八意先生の後ろに隠れる少女、その態度や表情は見た目相応の少女のものだった。

 

「メディ、彼に謝りなさい」

「だ、だけど……こいつは人間で、侵入者で……」

 

「彼は私達永遠亭の住人であり、私の弟子でもあるの。だというのにあなたは手を出してしまった、それが許されない事だというのが理解できないほど……幼稚なわけではないでしょう?」

「う、うぅ……」

 

 八意先生と女性に睨まれ、小さき少女は逃げ場を完全に失っていた。

 流石に可哀想だ、どうやら先程の異常は彼女によって引き起こされたというのは話の流れからして理解できたけど……このまま責められている光景を見るのは、忍びない。

 

「あの……とりあえずそうやって睨むのはやめませんか? その、可哀想ですし……」

 

 2人の迫力が凄くてどもってしまいながらも、どうにかその言葉を口に出す。

 すると2人の視線がこちらに向かれ、八意先生が先程と同じような溜め息をわざとらしく大袈裟な動作で吐き出した。

 

「……あなた、この子に殺されかけたのよ? それなのに助けようとするの?」

「えっ、殺されかけた?」

 

「この子の名は“メディスン・メランコリー”、あらゆる毒を操る事のできる見た目も中身もまだまだ子供の妖怪なの。さっきの異常だってこの子が自らの能力を用いて人間なんか簡単に死に絶える量の毒をあなたの体内にぶちまけたのよ」

「…………」

 

 おもわず、少女――メディスンに視線を向ける。

 視線を逸らされた、けれど否定しないという事は八意先生の話は本当だという事か……。

 途端に恐怖心が身体に震えを起こさせる、見た目はまだ五歳程度の少女に見えないこの子が人の命を奪おうとしたという事実が恐ろしくて堪らない。

 

「その様子だと理解したようね、それで……どうするの?」

「えっ?」

 

 間の抜けた声を出してしまう、どうするって……何をだ?

 

「この子はあなたの命を簡単に奪おうとした、ただ自分に近づいてきたという短絡的な理由で。

 だからこそしかるべき罰を与えるのは当然ではあるし、あなたが望むのなら……同じ目に遭わせてしまう事も赦される」

「…………」

 

 その言葉は、まるで悪魔の囁きのように聞こえた。

 それってつまり……殺す事を容認するって事なのか?

 

「じょ、冗談だよね永琳……?」

「……他者の命を奪うという事は、逆に奪われるかもしれないという事なのよメディ。まさかあなた、そんな覚悟も抱かずに生物の命を奪おうとしたのかしら?」

「あ、ぅ……」

 

 八意先生の声には、聞いているだけでも身体が震え上がる冷たさが込められていた。

 それを直接向けられているメディスンはすっかり怯え、縋るような視線を緑髪の女性に向けるが。

 

「諦めなさいメディ、彼女の言っている事は正しいわ」

 

 返ってきた言葉は、あまりにも残酷で覆しようのない正論だけであった。

 

「さあナナシ、どうするのかしら?」

「えっと……」

 

 どうするか、なんて急に言われても返答に困る。

 なんだか八意先生は僕に報復をしろと言っているような気がして、少し気分が悪い。

 

 確かに僕はこの小さな妖怪に命を奪われかけた、それも何の意味もなく道端の小石を蹴るかのような軽々しさでだ。

 それは確かに許されないし、僕だってその事実には怒りを覚えている。

 

――だけど、それとこれとは話は別だ。

 

「……メディスン、だったよね?」

「ひっ!?」

 

 声を掛けたら、怯えたような声を上げられてしまった。

 なんだか自分が悪い事をしているような気がしたが、構わず言葉を続ける。

 

「君は反省しているの? 反省しているのなら、もう次からは無闇に人や妖怪を襲わないって約束できる?」

「えっ……」

「約束できる? もしできるのなら……今回の事は忘れる」

「…………えっ?」

 

 心底理解できない、そう言いたげな表情で僕を見るメディスン。

 八意先生も緑髪の女性も眉を潜め、僕の言葉の意図を探ろうとしている。

 だが、僕が今放った言葉に特別な意味などあるわけがなかった。

 

 許すと言ったら許す、もちろん彼女が反省して今回のような事を起こさないと確約してくれるならの話だが。

 殺されかけた相手に向ける言葉と態度ではないと僕自身も理解しているが、かといって彼女に僕が味わった苦しみを与えてやりたいとは思わない。

 報復が間違いだなんて見当違いな考えを抱いているわけではないけれど、単純にそんな気が起きないし起こしたくなかった。

 

「…………どうやら、本気で言っているのね」

 

 驚きと、ほんの少しの呆れと、あとは……賞賛、だろうか。

 緑髪の女性は上記の呟きを零しながら、その端正な顔を僕の眼前へと近づける。

 

「っ……」

 

 緊張が走る、輝夜さんや八意先生達とは違う美しさを持つ女の人の顔が目の前にあれば、緊張するなという方が無理な話だ。

 

「本当にそれでいいの?」

「え、ええ……」

「……そう。あなたがそれでいいのなら別に構わないけど」

 

 そう言って僕から離れ、女性は僕の右手に自身の右手を重ねた。

 暖かく柔らかい感触が右手全体を包み込み、少しだけ気恥ずかしい。

 

「いい加減名前を名乗ろうかしら。わたしは“風見幽香(かざみ ゆうか)”、花が大好きな妖怪よ」

「あ、えっと……はい、ありがとうございます……風見さん?」

「幽香でいいわ。――メディ、あなたからも彼にお礼を言いなさい」

「…………」

 

 しかしメディスンは何も言わず、謝るつもりは無いようだ。

 その後も幽香さんが注意しても意味は無く、そればかりか逃げるように家を飛び出していってしまった。

 

「まったく、あの子は……」

「あの、そこまで怒らなくても……」

「謝って済む問題ではないとしても、それすらできないというのはまた話が違ってくる。それは判るわよね?」

「それは、まあ……」

 

 悪い事をしたなら反省して、償わなければならない。

 ……僕の態度は、やっぱり甘いんだろうか?

 

 

 ■

 

 

 結局、メディスンは帰ってこなかったので僕達もそのまま幽香さんの家を後にした。

 八意先生は今すぐに彼女が生成する毒が必要ではないと言ってくれたけど、手に入らなかった原因は……僕だよね、やっぱり。

 

「あ、そういえば八意先生。僕を助けてくれてありがとうございました」

「えっ、何のこと?」

「とぼけないでくださいよ。メディスンの毒を僕の身体から摘出してくれたのは八意先生ですよね?」

 

 命の恩人への礼を遅らせるなど、抜けている。

 勿論言葉だけで済ませるつもりは毛頭ない、僕のできる範囲で今回の恩を返していかなければ。

 

「…………」

「? 八意先生?」

 

 急に立ち止まり、僕に向かって少しばかり呆けた表情を見せる八意先生。

 かと思いきや急に思案顔になったと思ったら。

 

「……成る程、そういう事」

 

 よくわからない呟きを零し、再び僕の前を歩き始めてしまった。

 

「…………」

 

 今の呟きは、どういう意味だったのだろうか。

 問い返してみたかったものの、正直あまりよく聞き取れなかったので一先ず追いつこうと足を動かす事にした。

 

「ナナシ、今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえ、というよりご迷惑ばかりお掛けしてしまって……」

「いいのよ別に。私はそんな風に思っていないし、それに……」

「それに?」

「……いいえ、なんでもないわ」

 

 またしてもよく聞き取れない呟きの後、なんとなく会話が途切れてしまい。

 結局、永遠亭に帰るまで無言のまま歩を進める事になってしまった……。

 

 

 

 

 


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