彼女から最近無縁塚の様子がおかしいという話を聞いていた矢先、突然現れた男の人がナズーリンさん達に襲い掛かって……。
振り下ろされる光の刃。
それは迷う事なく、躊躇いなど見せず、突然の事態に思考が追いつかないナズーリンの身体を二つに分けようとして。
「っ、ぐ、ぅ……っ」
間に割って入った霖之助の刀が、その進行を妨害した。
しかし受け止めた彼の表情は苦悶に満ち、刀を握る手は大きく震えている。
(な、なんて重い一撃なんだ……!)
片手で、それも無造作に振り下ろされた一撃だというのに、その衝撃はまるで巨人の拳を受け止めたかのようだ。
……正直、反応できたのも受け止められたのも偶然に過ぎなかった。
多少の心得は持つものの霖之助は剣士ではない、すぐに斬り伏せられるのは明らかであった。
「…………」
「えっ……?」
しかし、男の刃は霖之助を襲わず、何故か一歩下がって攻撃を中断してしまった。
霖之助にとっては九死に一生を得る行為ではあるが、何故このまま攻め続けないのか……。
「――貴様、半妖だな?」
先程以上の冷たい声で、男は霖之助を睨みながら呟く。
「薄汚い妖怪の血を混じらせた、人ならざる化物め……ここに存在しているという事実に虫唾が走る!!」
「…………」
その言葉に、霖之助は怒りを抱くよりも、ただ驚愕した。
これほどまでに妖怪を憎む存在を、彼は見た事がなかったからだ。
半妖である彼は、大結界が形成され今の幻想郷ができあがる以前から生きている。
だからそこらの人妖よりも人と妖怪の関係性は知っていたつもりだったが……男の態度を見て、その認識を改めざるをえなかった。
「…………」
一方で、ナズーリンは上記の言葉を吐き捨てた男の言葉に、過去の記憶を呼び覚ましていた。
……知っている、男の態度と言動を彼女はよく知っていた。
かつての時代、外の世界で当たり前のように全ての人間が妖怪を認識していた時、多くの人が妖怪に向けていた態度と似通っている。
似通っているというよりもまったく同じだ、ただ妖怪という理由だけで憎しみを際限なく増大させていた時の人間と、目の前の男は同じだった。
「――いい加減にしてください!!」
霖之助と男の間に割って入りながら、ナナシは相手を睨みつけながら叫んだ。
突然の事に思考が停止してしまったが、我に返った以上このような奇行は見過ごせない。
そう考えたナナシはすぐに止めに入り……男は、そんな彼の態度に目を見開いて驚愕していた。
「…………何故、庇うんだい?」
「当たり前です、ナズーリンさんも霖之助さんも僕の大切な友人なんですから。それ以前にいきなり殺そうとするのを黙って見ていられると思っているんですか!?」
「“コレ”は妖怪だよ? それもそっちの男は半妖だ、そんなものを庇う意味などないじゃないか」
「なっ……」
その発言に、3人は何度目になるかわからぬ驚愕に襲われる。
目の前の男が、なにか得体の知れない生物に見えて3人はぶるりと悪寒から身体を震わせた。
妖怪であるナズーリンと半妖の霖之助を、まるで部屋の隅に積もった塵のような無意味で無価値なものとしか見ていない。
妖怪だから殺す、妖怪の血を宿した半妖だから殺す。
シンプルで、ナナシにとっては常軌を逸した思考回路。
妖怪に対しても友としての認識を抱く彼にとって、男の発言は到底許容できない。
「……そうか。君は騙されているんだね、もしくは脅迫されているのかな」
「何を……」
「だからソレらを友だと言ったんだ、そうだね……そうでなければそんな狂った発言は出ないものさ」
男の冷たい瞳が、ナナシを捉える。
先程見せた暖かさなど微塵も感じられず、同時に目の前の相手が自分を滅する存在だという認識を抱かせる。
――コイツは敵だと、ナナシは明確に理解すると同時に力を解放した。
「……この力は」
「僕の友達を殺すというのなら、容赦はできません!!」
右手を男に翳し、黄金の光を放つ。
高熱を帯びたそれは真っ直ぐ男に向かっていくが、こともなげに光の刃にて霧散させられる。
「ん……?」
「この……っ」
けれどそんな事は想定内、そもそも今の一撃はフェイントの為のものだ。
先の攻撃を弾いている隙に、ナナシは男との間合いを詰めていた。
霖之助から預かっている刀を握り締め、相手を両断するつもりで一気に抜刀して。
「――――」
浮遊感に襲われる。
自分の身体が吹き飛ばされている、それを自覚すると同時にナナシの背中に鈍痛が走った。
大きな破裂音、次に理解したのは地面を滑っていく自分自身。
まるでボールのように弾み、転がり、気がつくと……ナナシは小屋の壁の一部を破壊しながら外へと放り出されていた。
「ぁ……が、ご、ぉ……」
声が出ない。
全身がバラバラになってしまったかのような衝撃と痛みが襲い掛かってきているのに、悲鳴すら出せない。
思考が断裂する、激痛で視界が火花を走らせている。
呼吸ができず、けれど身体は空気を求めて肺を動かし続けるから、余計に痛みが走った。
「う、ぶ……ぇぇ……っ」
赤い塊が、ナナシの口から吐き出された。
それが吐血だと理解するのに数瞬、大地が彼の血によって真っ赤に染まっていく。
「……殺しはしないよ。君は人間だ、妖怪に毒された人々を救うのが私の役目の1つだからね」
「ふ、ふざけるなぁっ!!」
逃げ出したい恐怖に駆られながらも、ナズーリンは男を睨みながら怒声を飛ばす。
「あんな……あんな事をしておいて、何が救うだ!! ボクを殺したいのならボクだけを狙えばいいだろう!?」
「目を醒まさせてあげようと思ったんだ。彼は貴様等のような存在を友だと言った、それが間違いだと理解するには言葉だけでは足りなかったようだからね」
「っ、貴様ぁぁぁぁ……っ!!」
この男は、やはり狂っている。
行動に一貫性が無く、それでいて放つ言葉は心から思った事をそのまま口にしていた。
それが狂っていないと何故思えるのか、得体の知れないなどという生易しい言葉でこの男は図れない。
「……君は、一体何者なんだ?」
「半妖風情に名乗る名前などない。――消えろ」
金剛杵を振り上げる男、展開されている光の刃は先程以上の出力を放っている。
……次の一撃は防ぎきれない、かといって逃げる事もできないだろう。
ナズーリンは相手を睨むことしかできない無力な自分を怨み、霖之助は刀を構え最後まで抵抗しようと試みる。
「っ」
後ろに振り向き、背後に向かって振り上げていた金剛杵を振り下ろす男。
刹那、彼の眼前にまで迫っていた黄金の光が光の刃によって霧散する。
「…………」
「はー……はー……はー……」
自分に向かって右手を翳したまま、荒い息を繰り返すナナシを見て、男は驚く。
殺しはしなかった、だがそれでもすぐに立ち上がれる程の加減はしていない。
現にナナシはやや虚ろな目で此方を睨み、荒い息を放ち時折口から血を吐き出している。
おそらく先程の激痛はまだ彼の身体を蝕んでいるだろう、だというのに彼はナズーリン達を守るために立ち上がった。
「……どうして、そこまでするんだい?」
「言った、筈です……僕の友達を、傷つけるのは……絶対に……」
そこまで言って、赤い塊を口から吐き出すナナシ。
ぐらりと身体が揺れて倒れそうになるのを必死に堪えるその姿を見て、男は悟った。
「君は、操られているわけでも騙されているわけでもないんだね。本気で……心の底から、コレらを守ろうとしている」
「当たり前、です……!」
「……理解できない。でもこれだけはわかる……君は、まるで仏のような慈悲深い人間なんだ」
なにか尊いものを見るような目で、男はナナシを見据える。
「くっ、は……」
〈……これは、逃げた方がいいな。お前じゃ勝てねえぞ〉
(うるさい、こんな状況で逃げられるわけがないだろう! いいから力を貸せ八咫烏!!)
〈逃げられるぞ? どういうわけか相手はお前さんを殺したくないらしい、だったら後ろに居るヤツ等を見捨てれば……〉
(――それ以上言ったら、絶対に許さないからな!!)
怒りの声で八咫烏を黙らせながら、ナナシは内側にある力を引き出していく。
……今までの力では足りない、この男には敵わない。
(もっと力を……八咫烏の力を、引き出すんだ……!)
〈お、おい無茶すんな。お空と違ってお前には制御棒も第三の足も分解の足もねえんだ。もっとお前が成長してからじゃねえと〉
(それじゃあ遅い、今すぐに次の段階に進むんだ!!)
内側の光に手を伸ばす。
それがナナシ自身を蝕み、破滅の道へと向かわせる行為だとしても、関係なかった。
確かに八咫烏の言う通り、この男は何故か自分を殺すつもりはない。
逃げようと思えば逃げられる、きっとこの男は自分を追ってこないと確信できた。
だが、そんな事をすればナズーリンと霖之助は助からない。
そんな事は認めない、ナナシにとって2人はもう失いたくない大切な友人なのだ。
だから逃げない、そして無茶だろうが危険だろうが今自分が宿している八咫烏の力を引き出す事に躊躇いはなかった。
「ぐ、ああああ……!」
周囲の温度が、少しずつ上がっていく。
それは空気を熱し、地面を熱し、ナナシを中心とした地面に亀裂を走らせていった。
「……それ以上はやめなさい。君の宿している力は強大過ぎる、このままそれを使えば君自身の身体が」
「知らない、この力で守りたいと思った人達を守れるのならそれでいい!!」
「他者の、それも妖怪風情の為に何故そこまでできるんだ? 自分の身を削ってまで何故……」
「友達、だから……そして、この力を自分の思う正しいものの為に使いたいからです!!」
地面の亀裂が大きくなり、周囲の大地を揺らしていった。
熱は更に上昇し、視認できる程の青白い炎がナナシの身体を包み込む。
蒼き炎、先程とは比較にならない強大な力が彼の身体を覆っている。
「ぐ、熱っ……」
吹き荒れる蒼い炎は制御できない証なのか、明確な熱を以てナナシの身体に襲い掛かっていた。
まだ身体には激痛が走っている、その上で炎による熱となれば苦しみは倍加する。
それでも、彼は力の放出を止めずに逃さぬとばかりに男への視線を一瞬たりとも逸らしたりはしない。
一方の男は、ナナシに対し同情するような……憐れむような視線を向けていた。
他者の為に自身を省みない行為は、確かに素晴らしいものであり中々できる事ではない。
けれど自己犠牲の果てに残るものは決して良い結果ではないという事を知っているから、男のナナシに向ける瞳には憐れみが宿るのは必然であった。
しかし、男が彼に対し抱く感情はそれだけではない。
……遠い昔の記憶、男にとっては大切で忘れてはならない“ある者”の姿が、彼と重なる。
その者はただ優しかった、自分だけではなく他人に対しても惜しみない慈愛を向けていた。
それは男にとって誇りであり、いつか自分が目指そうとしていた姿でもあった。
既にその者とは会えぬ関係になってしまったが、その誓いだけは今でも男の中に宿っている。
「似ているね、君は……私の大切な人と」
「……?」
「私にはね、姉が居たんだ。優しくて、少しお茶目な所はあったけど何にでも一生懸命で……君のように、誰かの為になにかしようとする人だった」
言いながら、男は光の刃の切っ先をナナシに向ける。
「私は君を傷つけたくはない、けれど君が言葉だけで引き下がらないのは理解できた。だから……申し訳ないが、力ずくで君を黙らせる」
「…………」
ナナシは何も答えず、纏う炎を更に大きくさせた。
真っ向から相手をするというその意思表示に、男は感謝するように微笑みながら。
「――はああっ!!」
「がああっ!!」
一気に踏み込み、光の刃をナナシに向かって振り下ろし。
ナナシも同時に動き、蒼き炎を纏った自身の身体をぶつける勢いで、男に向かって吶喊した……。
■
「? 美鈴?」
紅魔館の門の前にて、咲夜は美鈴への差し入れを持ってきたのだが……彼女の様子がおかしい事に気づき、首を傾げつつ声を掛けた。
しかし美鈴からの反応はなく、ただ黙ってじっとある方向を睨みつけていた。
「美鈴」
「…………ふぇ? あ、咲夜さん」
「どうかしたの? 寝てないのは評価するけど、ボーっとしてるみたいだけど」
「人がいつも寝てるみたいな言い方しないでくださいよ……ちょっと、大きな“気”のぶつかり合いを感じたものですから」
そう言って、美鈴は見ていた方向へと指差す。
……あそこは確か魔法の森方面だったか、だとするとどこぞの白黒魔法使いが弾幕ごっこに励んでいるのだろう。
別にたいした事でもなかったようだ、なので咲夜はここに来た用件を済まそうと手に持っていたお菓子入りのバスケットを美鈴に渡そうとして。
「…………」
「美鈴?」
またしても、彼女が厳しい表情を浮かべている事に気がついた。
今度は先程の場所ではなく、門の前方へと視線を向ける彼女に、咲夜も視線をそちらに向けると。
「……誰かしら」
こちらに向かって歩いてくる、見慣れない少女が視界の中に入ってきた。
色素の薄い水色の髪、光の無い琥珀色の瞳。
病的なまでに青白い肌と小柄な身体、質素な服装など全体的に人形を思わせる風貌だ。
どこに焦点をあてているのか、その少女は咲夜達には一瞥すらせずそのまま紅魔館の門へと近づいていき。
「ちょっと待ってください、お嬢様のお客様ですか?」
当然のように、美鈴によって止められた。
進行方向へと割って入られ少女は立ち止まるが、何も言わずにただじっと美鈴を見据える。
その無機質な瞳は吸い込まれそうで、不気味さも相まって美鈴は僅かに表情を引き攣らせた。
「すみませんが、お嬢様のお客様で無いのでしたらお引き取りください」
「…………」
「……もしこのまま通ろうとするのでしたら、こちらもそれ相応の対応をとらせていだだきます」
あくまで穏便に、しかし侵入しようとするのなら決して容赦はしないと告げつつ、美鈴は少女に帰るよう促す。
それでも少女は何も答えず何も反応せず、美鈴を見つめ続けていた。
(……なんでしょうこの子は、喋れないようには見えないしこちらの言葉が理解できないとも思えませんが……本当に人形みたいですね)
こちら側の忠告を無視しているのだから、力ずくで追い返しても良い筈なのに、妖怪とはおもえぬ温和な美鈴はあくまで平和的解決を望んでいた。
しかし傍らに居た咲夜はそうは思わず、少女の首筋に銀のナイフを突き付け出した。
「ちょ、咲夜さん……」
「ここは悪魔の館よ。忠告も満足に聞き入れない愚か者には死しか待っていないわ」
「…………」
「これが最後の忠告よ、二度とこの館に近づかないというのなら命だけは助けてあげる」
脅しではない、そう告げるようにナイフを持つ手に力を込める咲夜。
すると、少女は視線を咲夜に向け――よくわからない呟きを、放った。
「……種族、人間」
「えっ……」
「能力……時を止める力、これは……コピーできない」
「あなた、何を……」
突然の発言に動揺を見せる咲夜を無視し、少女は美鈴に視線を向け新たな呟きを零す。
「種族、妖怪……能力、気を扱う力……これは、コピー可能」
「……何を」
言っているんですか、美鈴がそう口にする前に……少女は徐に彼女の左手を握り締めた。
理解できない、理解できないが……この少女は危険だ。
本能とも呼べるものが美鈴にそう訴えかけ、彼女は一瞬で右手に自身の生命エネルギーである“気”で生成した気弾を生み出した。
「星脈弾!!」
小柄な少女なら容易く呑み込める程の大きさまで膨れ上がった白い気弾を、美鈴は躊躇い無く少女に向かって放つ。
至近距離、それも不意打ちに近い一撃を前にして、少女は握っていた美鈴の手を放し。
「――星脈弾」
美鈴と
迫る彼女の気弾に、己の気弾をぶつけ周囲に白い光が広がり爆発音が響き渡った。