「こんにちはー」
魔法の森のすぐ傍に、とある古道具屋がある。
名前は“香霖堂”、ここには外の世界から流れ着いた様々な道具が置いてあるそうだ。
今回、輝夜さんから前もって頼んでいたというレトロゲームを取りに来たんだけど……店の外観を見て、驚いた。
別に建物そのものがおかしいわけじゃないんだけど、外にバス停の標識やら車のタイヤやらフェンスやらが無造作に置かれているのはどういう事なのか。
ちょっとだけ不安になりながら、挨拶をしつつ店の中へと入ると……これまた足の踏み場もない程に物に溢れた店内が姿を現した。
マトリョーシカに日本人形、よくわからない毒々しい色をしたキノコに中身の入っていないティッシュ箱。
埃の被ったレコードに車のハンドル……もうジャンルとか時代とかそういったものを超越している散乱具合である。
〈こりゃあひでえな、ゴミ屋敷か?〉
八咫烏の失礼極まる発言にも否定できないほどに、店内は酷い有様であった。
というかここは本当に店なのかと思ってしまう、僕がげんなりしていると……奥から長身の男性がやってきた。
「いらっしゃい。おや……見た事のない顔だね」
「こんにちは、永遠亭の者ですが輝夜さんの注文していたものを買い取りに来ました」
メガネを掛けた銀が混じった白髪の男性に用件を伝える。
この人は香霖堂の店主である
……美形である、長身も相まって身なりをきちんと整えるだけで周囲の女性は黙ってはいない程に顔が整っている。
本当に幻想郷には美男美女が多い、それとも半妖だからという理由もあるのだろうか?
「……何か?」
「あ、いえ、それで注文の品は……」
「ああ、きちんと用意できているよ」
そう言って森近さんはカウンターの近くにある棚から、1つの箱を取り出し中身を見せてくれた。
黄色の手の平サイズのカセット、タイトルも輝夜さんに言われたものと同じだ。
「ありがとうございます、森近さん。代金はこれで足りますか?」
「ちょっと待ってくれ。……うん、問題ないね。毎度どうも」
箱を受け取る、これで目的は果たしたけど……。
「あの……少し店内を見ても構いませんか?」
「ああ、勿論いいとも。何か入用があったら遠慮なく声を掛けてくれ……と言いたいが、生憎と私用があってね」
「そうなんですか、ではまたの機会に覗かせてください」
「本当にすまない。せっかくの貴重で真っ当な客に対してする態度ではないな……」
本当に申し訳なさそうに眉を潜め、森近さんは言う。
……貴重で真っ当な客って、それじゃあ僕以外は全然真っ当じゃないみたいな言い方だな。
そんな僕の心中が表情に出ていたのか、森近さんは少しだけ渇いた笑みを見せつつ言葉を返してきた。
「他の連中は、黙って持っていくか「ツケ」という名のこれまた勝手な持ち出しをするヤツしかいなくてね……」
「……それは、お客ではないのでは?」
「ああ……君は真っ当な考え方ができるんだね、よかったよ」
森近さん、その発言はおかしい。
あれーおかしいな、それとも僕の考えが変なのかなー?
ダメだ、これ以上この話題を引っ張ったら森近さんに申し訳なく思える。
「と、ところで森近さんはこれからどちらに?」
「霖之助でいいよ、それに君が良ければ堅苦しい敬語もいらないさ。それで質問の答えだが……今から“無縁塚”に行こうと思ってね」
「えっ、無縁塚って……」
その地名は僕だって知っている、この幻想郷の中でも屈指の危険地帯だった筈だ。
なんでも結界の綻びが特に強くて、様々な世界の物が流れるという話だ。
当然単なる物だけではなく、危険な生物も該当するらしく……幻想郷生まれの住人でもおいそれとは足を運ばない場所だと聞く。
「あそこには珍しいものが流れ着くからね、それにとある取引相手も居るんだ」
「……大丈夫なんですか?」
「心配してくれてありがとう。でもあそこにはよく立ち寄るし一応これでも自分の身ぐらいは守れるさ」
そう言いながら、霖之助さんは背中に巨大なリュックサックを背負い、壁に掛けられていた一本の刀を左手で掴み上げる。
……やっぱり護身用の武器が必要なくらいには、危険な場所なんだな。
〈首を突っ込むと、またあのエロ兎ちゃんが涙目になって心配するぞー〉
判ってるよ、あと鈴仙をそう呼ぶなって前に言ったぞエロ鴉。
だけど、いくらよく立ち寄るといっても万が一の事があれば……そう思ってしまった以上、はいさようならとはいかない。
八咫烏が呆れるのもわかるしバレたら鈴仙達に色々と言われるのもわかるけど、やっぱり無理だ。
「霖之助さん」
「なんだい?」
「――僕も連れて行ってください、護衛役として」
■
魔法の森を抜け、再思の道という道を通り抜けた先に、無縁塚は存在する。
足元には両手で持てる程度の小さな石が乱雑に埋められており、霖之助さん曰く「無縁の仏に対する墓標のようなもの」らしい。
その多くが外の世界から紛れ込んだ人間だというのだから、もしかしたら僕もちょっと運命が違っていたらここに埋まっていたのかもしれない。
……自分で考えて、恐くなってきた。
警戒はしておかないと、外から紛れ込んできた人間を狙って妖怪達も待ち構えている可能性があるかもしれないのだ。
「しかし、君は本当に人が良いね。魔理沙の言っていた通りだ」
「……自惚れているだけですよ。僕だって彼女達に比べたら全然弱いんですから」
「だが魔理沙は褒めていたよ、人間の男にしては根性がある。僕とは大違いだってね」
そんな談笑を繰り返していたおかげか、ピリピリとした緊張感は幾分か和らいでくれた。
これも霖之助さんが色々と話しかけてくれたおかげだ、大人な対応に感謝しかない。
それに僕がついていく事を許可してくれただけではなく、わざわざ僕用に護身用の刀を貸してくれた。
正直剣なんてまともに扱えないけど、その心遣いは素直に嬉しい。
「しかし……無縁塚も広くなったものだ」
「そうなんですか?」
「ああ、元々は広い土地ではなかったんだが……結界の範囲が広がったのか、それとも交点する部分が増えたのか原因はわからないけどね」
元々はせいぜい2~3キロ平方キロメートル程度の土地しかなかったのだが、今ではその五倍近くまで広がっているらしく危険な植物や猛毒の池も存在しているらしい。
既にここには幻想郷はもちろん外の世界にも存在しないような、それこそ御伽噺に出てくるような化物も生息しているので、幻想郷縁起に記載された時よりも危険度が増しているそうだ。
それがわかっていながら蒐集するのをやめない辺り、霖之助さんも相当なコレクターのようで。
そんな会話をしていると、僕達の視界に木製の掘っ立て小屋が見えてきた。
とりあえず雨風を凌げればいいやといわんばかりの適当さで建てられたそこには、霖之助さんの取引相手が住んでいるらしい。
「入るよ」
ノックをするが、相手の返事を待たずに扉を開く霖之助さん。
その後に続いて中に入ると、そこに居たのは……意外な人物であった。
「あれ? ナナシじゃないか」
「ナズーリンさん? じゃあ霖之助さんの取引相手って……」
「知り合いだったのかい? 君の言う通り彼女は僕の取引相手さ、ダウザーとしての能力を生かしてこの無縁塚で色々な宝物を捜しているんだ」
「かなりふっかけてくるがね、あの時といい本当にキミは商売人とは思えないよ」
ジト目で霖之助さんを睨みつつ皮肉を放つナズーリンさんだが、当の本人はその視線と言葉を軽く受け流した。
「まあそう怒らないでくれよ。それで取引の話に移りたいのだけれど……」
「すまないが、取引できるような物を拾っていないんだ。……最近の無縁塚は、どうも物騒でね」
肩を竦めつつ、口調に若干の緊張を込めてナズーリンさんは言った。
「元々ここは物騒だと認識していたつもりだったんだけどね」
「そういう意味じゃない事ぐらい判るだろうに。
三ヶ月程前からここの空気が変わってきているんだ、人間の死体はもちろん妖怪の死体もよく見かけるようになった」
前々からそういった光景は、この無縁塚では見えてきたが、その数は確実に増えているとナズーリンさんは言う。
だからここ最近はまともに蒐集できなくて困ると愚痴を零すナズーリンさんだが、明らかに異常なこの状況に疲れているようにも見えた。
「より危険な場所になったと、そういう事かい?」
「だろうね。部下達にも無闇に外に出ないように言い聞かせているけど……」
「……ナズーリンさん、そんなに危険な状態になっているのならどうして命蓮寺に行くなりして無縁塚から離れないんですか?」
当たり前といえば当たり前の問いを訊くと、ナズーリンさんはこちらに決まっているじゃないかと言わんばかりの表情で。
「宝があるからさ。それ以外に一体何があるんだい?」
ちょっとカッコいいかもしれないけど、普通に考えたらツッコミをしたくなるような答えを返してきた。
……いいや、本人が気にしていないのなら僕がとやかく言う必要も筋合いもない。
「ふむ……となると、ここはおとなしく帰った方が賢明のようだ」
「ああ、キミのような戦闘能力のない半妖はすぐに餌になるだろうからね」
「失礼だな君は。――そういうわけだからナナシ、せっかくついてきてくれたのに悪いね」
「いえ、僕が勝手についてきただけですから」
本音を言うと、どんな物が取引されるのか見たかったからちょっと残念である。
だがまあ、事情が事情だから次の機会でもあったら見せてもらおう。
……だけど、三ヶ月程前か。
〈何考えてんだ?〉
(……別に)
くだらない、こんなのただの偶然だ。
頭に浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えを取っ払い、帰ろうとする霖之助さんにならい立ち上がる。
「ナズーリン、気をつけてくださいね?」
「わかっているよ。ボク……私にはどこかあぶなっかしいご主人を支えるという仕事があるからね」
「……ナズーリンさん、どうしてわざわざ“私”って言い直すんですか?」
やっぱりこの間のは聞き間違いではなかったようだ。
しかしナズーリンさんは僕の問いに、表情を苦々しくさせ答えようとはしてくれない。
「あ、もちろん無理に話してほしいわけじゃないですか……」
「……そういうわけじゃないんだ。ただ……あまりにくだらない理由だから、笑われないかと思っているだけで」
「笑ったりなんかしませんよ、ねえ霖之助さん?」
「…………」
ちょっと、なんで目を逸らした上に何も言わないんですかあなたは。
絶対に笑う気だこの人、内容はまだ聞いていないけど。
ほらー、ナズーリンさんがとてつもなく冷たい目で睨んでるじゃないですかー。
「……ナナシ、キミにだけなら話せるから少し耳を貸してくれ」
「あ、はい」
「ひどいな。僕には聞かせられないのかい?」
「逆に訊くが、聞かせられると思っているのかい?」
うんうんと、同意するように何度も頷いた。
これは心外だとばかりに肩を竦める霖之助さんだが、こっちが心外だと言ってやりたい。
まあそれはともかくとして、ナズーリンさんの傍まで近づき耳を貸すと。
「……一人称が“ボク”だと、毘沙門天の代理であるご主人の部下としての示しがつかないと思ってね」
成る程、納得と思う理由を教えてくれた。
「まあ、でも……キミのように気にしない人の前では、一々気にする必要もないのかもしれないけど」
「そうですよ。無理をする必要なんかないんですから」
「ありがとうナナシ、キミはまだ少年といえる見た目なのに随分と精神は成熟しているね」
なんか凄い褒められた、ちょっと恥ずかしい。
笑う必要がなかったから笑わなかっただけで、そこまで褒められる事はないと思うだけどな……。
「村紗やぬえ辺りが聞いたら、きっと指を指して笑う転げるだろうさ」
「こんな事でですか?」
「箸が転がっても笑うような連中だからね」
小学生ですか?
「ナナシ、そろそろ行こうか?」
「はい、わかりました」
「……ちなみに、さっきの会話は」
「教える気はありませんから、知りたかったらナズーリンさんに訊いてください」
まだ諦めてなかったのか、意外としつこいな。
霖之助さんの横を通り抜け、先に出ようと扉を開いて。
「――ああ、よかった。無事だったんだね」
扉を開けると同時に、僕を見て安心したように笑みを浮かべている男性の姿が、視界に入った。
突然の事に反応ができず、間の抜けた顔のまま黙って男性を見上げる事しかできない。
法衣に身を包み、180はあろう長身の男性はそんな僕にも優しく温和な笑みを崩さない。
見た者に安心感を与えるその笑みは、自然と男性に対して警戒心を抱かせる事を忘れさせていく。
初対面である筈なのに、この人の笑みを見ただけで僕は信頼すら抱こうとしていた。
それにだ、この人の事は……どこか見覚えがある。
会った事があるわけじゃない、けどこの雰囲気は誰かに似ているような……。
「…………誰だい?」
ナズーリンさんの声で、我に返る。
一方の男性は彼女の声など聞こえないとばかりに無視し、僕に語り掛けてくる。
「怪我らしい怪我もしていないようで安心したよ。けれどこんな危険な場所に居てはいけない、さあ……私が安全な場所まで送ってあげよう」
言うと同時に、その人は僕の手を握り締めた。
壊れ物を扱うかのような握り方だ、だけどいくらなんでもこのままおとなしくついていくつもりはない。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは一体……」
「ああ、そうか……後ろの妖怪達が恐いんだね」
微笑んだまま、冷たい声でそう言いながら懐に手を伸ばし、男は何かを取り出した。
それは握る為の柄を中心とし、上下に小さな刃が取り付けられた物体であった。
たしかあれは
それも
「っ」
ぞわりと、背筋が凍った。
この男は危ない、まるで仏のような笑みの中に……直視できない闇が存在している。
妖怪が持つものとは違う闇、それがナズーリンさんと霖之助さんに向けられていると理解した瞬間。
「――消えろ。薄汚い妖怪め」
五鈷杵の片側の刃から、光の剣が現れ。
男は瞬時に僕の横を通り過ぎ、2人へと間合いを詰め。
その刃で両断しようと、容赦なく死の一撃を繰り出した……。