この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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3月14日② ~ナナシのホワイトデー~(後編)

「こんにちはー」

「こんにちはー!!」

「えっ?」

 

 命蓮寺の門前にて、大きく挨拶をしたら近くで掃除をしていた女の子が挨拶してきた。

 犬耳に似た耳を頭に生やした小柄な少女は、こちらをニコニコという無邪気で可愛らしい笑みを浮かべている。

 

「こんにちは、白蓮さんはいらっしゃいますか?」

「こんにちは、白蓮さんはいらっしゃいますか?」

 

「……えっ?」

「あ……ごめんなさい。私って山彦(やまびこ)なので、ついつい条件反射的に……」

 

 てへへと頭を掻きながら謝る犬耳の女の子。

 幽谷(かそだに)響子(きょうこ)と名乗ったその子は、白蓮さんを呼んできてくれると言ってくれたので、お願いをしてこの場で待たせてもらう事にした。

 

「おや? 君は……たしかナナシだったか?」

「あ、こんにちはナズーリンさん」

 

 寺の中から出てきたのは、前に会った鼠妖怪のナズーリンさんと……その主人である、星さんだった。

 そうだ、先に2人に渡しておこう。そう思いバックを開きお菓子が入った袋を取り出す。

 

「星さん、ナズーリンさん、これどうぞ」

「? ナナシさん、これは一体……?」

「今日はホワイトデーで、お返しを配っているんです。それと同時にお世話になった人や知り合った人達にも配っていまして……」

「……君は、なんていうか真面目というか……変わっているな」

 

 お菓子を受け取りながら、ナズーリンさんは苦笑を浮かべつつそんな事を言ってきた。

 まあ、確かにそう言われてしまうのも仕方ないと僕自身も思う。

 でも結局は僕の自己満足と、これからも仲良くなりたいという願望による行動なので、止めるつもりはない。

 

「ありがとうございますナナシさん、私はもちろんナズーリンも嬉しいですよ?」

「……まあ、ちゃんとした贈り物を受け取って嬉しくないと思うほど、ボク……私は薄情ではないさ」

「いえ、喜んでもらえて僕も嬉しいです」

 

 お世辞、ではないだろう。星さん達はそんな事をするような妖怪さん達じゃないはずだ。

 ところでナズーリンさん、今自分の事を「ボク」って言ったような……気のせいかな。

 

「ナナシ」

「こんにちは、白蓮さん」

 

「おっすおっす!!」

「こんにちは、はじめまして」

 

 白蓮さんの傍に居る、2人の女性が挨拶をしてきた。

 

「白蓮さん、この人達は?」

「前に紹介できなかった私の家族……弟子達です。この子は村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)、この子は雲居(くもい)一輪(いちりん)、そして彼は一輪の相棒である入道雲の雲山(うんざん)です」

 

「よろしくねー、あたしの事は村紗でも水蜜でも、どっちでもいいから!」

「私の事も好きに呼んで頂戴、敬語もいらないわ。もちろん雲山もね」

「はい、水蜜さん、一輪さん、雲山さん」

 

 セーラー服に黒髪が村紗さんで、尼さんのような頭巾を被っているのが雲居さんか。

 ……雲山さん、でかいな。それにこう言ってはなんだけど顔が恐い。

 

「雲山の顔、恐いでしょ?」

「え、あ、いえ……そんな事はないですけど……」

「いいのよ気を遣わなくて、大抵の子供は泣いちゃうくらい恐いんだから」

 

「…………」

 

 あ、なんか雲山さん落ち込んじゃった。

 意外と繊細なんだな……こう言ったら失礼かもしれないけど。

 

「ところでナナシ、今日はどうしたのですか?」

「あ、そうでした」

 

 白蓮さん達に星さん達と同じお菓子を手渡す。

 

「……これは?」

「お世話になった人や知り合った人達にお菓子を配っているんです」

「まあ……」

 

 驚きの表情を見せる白蓮さん、他のみんなも僕の行為に驚いているようだ。

 

「そちらがよろしければ貰ってもらえますか?」

「勿論ですよナナシ、本当にありがとうございます」

 

 そう言って、白蓮さんはそっぽを向く。

 あれ? もしかして口ではああ言っているけど、実は迷惑だったかな?

 なんだか小さく震えているし、鼻を押さえ出したのは何故だろう。

 

「……気にしなくていいよナナシ、キミに気を遣っているわけでもないから大丈夫だ」

 

 僕の心中を察したのか、ナズーリンさんがそんな事を言ってきた。

 それならいいけど……少なくとも水蜜さん達を様子を見るに、喜んでくれているから良しとしよう。

 

「西洋のお菓子ってなかなか食べられないからありがたいよー、ありがとねナナシ!!」

「これ、あなたが自分で作ったの? だとしたら器用ね」

「喜んでもらえて何よりでした、それじゃあ僕はこれで……」

 

 さて、次は博麗神社にでも……。

 

「ナナシ」

「はい……?」

 

 白蓮さんに呼び止められたので、返事をしつつそちらへと振り向いた瞬間。

 

「わぶっ……」

 

 いきなり、ぎゅっと抱きしめられてしまった。

 顔全体に広がる柔らかな感触と、ほんの少しの息苦しさ。

 それが白蓮さんの胸元に埋もれているという事実を物語っており、一気に顔に熱が帯びる。

 

「あ、あの……」

「……偉いですね、ナナシは」

 

 ぎゅっと抱きしめながら、僕の頭を優しく撫でる白蓮さん。

 その手つきはただただ優しく、気恥ずかしさよりも心地良さが勝るほどに安らいだものだった。

 

「本当にありがとう、こんなにも優しい心を持ってくれて……私は本当に嬉しいですよ」

「白蓮さん……」

 

 その声が、頭を撫でるその手が、僕から身体の力を抜いていく。

 周りに人が居るのに、見られているのに、そんな事なんてどんどんどうでもよくなって。

 今はただ、この安らぎに縋っていたいという思いだけが募っていった。

 

(……お母さんって、こんな感じなのかな?)

 

 つい、そんな事を考えてしまう。

 家族の事をまだ思い出せない僕にとって、この安らぎはきっと母親の母性を感じ取るものなのだろう。

 ……白蓮さんには、失礼かもしれないけど、ね。

 

「ふふっ、ふふふ……」

「…………」

 

 あの、白蓮さん?

 どうしてそんな不気味な笑い声を出しているんですか?

 ちょっと、いやかなり恐いのでやめていただきたいのですが……。

 

 ■

 

「――はい霊夢、どうぞ」

「…………」

「魔理沙も、どうぞ」

「貰えるものなら遠慮なく貰うけど、本当にいいのか?」

「もちろん、魔理沙には前にも世話になってるし」

 

 場所は変わり、博麗神社。

 いつものように境内の掃除をしている霊夢と、それを茶化しつつ用意されたお茶を飲む魔理沙に出会った僕は、2人にお菓子を手渡した。

 魔理沙は喜んでくれたようだが、霊夢は受け取りこそしたものの先程から無言のままだ。

 

「霊夢、もしかして甘いもの苦手だった?」

「違うよナナシ、霊夢のヤツちょっと面食らってるだけだって。日頃の世話にって手作りの菓子を渡される事なんて今まで皆無だったからな」

「そうなのかな……?」

 

 もしそうなら、別に良いんだけど。

 

「にしても……ナナシってマメだな、普通男がこんな風にするなんて珍しいんじゃないか?」

「そうかな? でも霊夢達は僕にとって大事な友達の1人だし、前に宴会に誘ってくれた事だってあったし、ほんのお返しだよ」

「そういう考えが出る事自体、幻想郷の住人らしくないんだよなー」

 

 魔理沙の言葉に、引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 どれだけ幻想郷の住人は自分勝手なイメージを持たれているのか、ただ……明確に否定できない。

 

「……ナナシ」

「なに?」

「アンタが友達で、本当に良かったわ」

「そ、そう……」

 

 現金なやつ、ぽつりと呟く魔理沙の言葉におもわず頷きそうになってしまった。

 けれどそれ以上に、そこまで霊夢の食事事情が切羽詰っているのかと心配になってしまった。

 ……また何か作ったら、定期的にお裾分けしようか。

 

「そういえば……アンタ、1人で神社に来たの?」

「そうだけど?」

「飛んできたの?」

「そうだよ。前は飛べなかったけど八咫烏を受け入れてから、少しずつ鈴仙達に練習を付き合ってもらって飛べるようになったんだ」

 

 最初に飛べた時は、感動したものだ。

 何せ僕の頭の中では人間という生物は空を飛べないという先入観があったから、感動もひとしおだ。

 ちなみに、それを鈴仙達に言ったら笑われてしまった、解せぬ。

 

「…………」

「? 霊夢、どうしたの?」

「ううん……飛べるようになって、よかったわねナナシ」

「うん、空を飛ぶって気持ち良いね。まだちょっと恐いけど」

 

「それはちょっとわかるかな。私も初めて箒を使って飛んだ時は正直恐かったよ」

「あ、やっぱり?」

 

 魔理沙と2人、空の話題で盛り上がる中で。

 

「…………」

「……霊夢?」

 

 何故か、霊夢は僕をなんともいえない表情を浮かべながら見つめていた。

 危惧するような、不安を抱いているような目で僕を見ている。

 けれどこちらがどんなにどうしたのかと訊いても、彼女は「なんでもない」の一点張り。

 本当にどうしたのだろうか、魔理沙と2人で顔を見合わせ首を傾げるばかりだった。

 

「美味いなーこのクッキー、ナナシって男の割に器用だよな」

「確かにね。男なのに料理上手って結構貴重よ?」

「喜んでもらえて、よかったよ」

 

 自分の作った食べ物を、美味しそうに食べてくれるのは本当に嬉しいものだ。

 また作りたいという意欲が湧いてくるし、作って良かったと本当にそう思える。

 

「こーりんのヤツも、これぐらいの甲斐性があればなー」

「こーりん?」

森近(もりちか)霖之助(りんのすけ)香霖堂(こうりんどう)っていう古道具屋を営んでる半妖の男性よ。きっと会えば今の言葉の意味が判るわ」

 

 香霖堂といえば、時折鈴仙が輝夜さんの命令で古いゲームを買いに言っている場所だ。

 機会があったら行ってみようか、思えばこの幻想郷で男性の知り合いが殆どいないし。

 

「それじゃあ、僕はそろそろ永遠亭に戻るよ」

「おう、クッキーありがとな」

「どういたしまして」

 

「霊夢もお礼言えって、嬉しかったんだろ?」

「……じゃあ、忠告を1つあげるわ」

「えっ?」

「ナナシ、アンタのその優しい性格はとても好感が持てるものだし尊いものだと思うわ。だけどね……あんまり、誰かに手を差し延べるばかりというのもやめておいた方がいい」

 

 ……いきなり、よくわからない忠告をされてしまった。

 良い奴だという認識を抱いてくれているというのは理解できたけど、手を差し延べるっていうのはどういう意味なのだろうか。

 

「その様子だとよく判ってないみたいね……まあ、だからこそなんでしょうけど」

「霊夢、一体何を……」

「なんでもないわ。……クッキーありがと、そっちがよければいつでも遊びにいらっしゃい」

「う、うん……」

 

 なんだか、もう一度訊くのが躊躇われる。

 もう訊くなと、さっきの言葉は聞き流せと霊夢の目がそう告げているから、結局それ以上は何も言えず神社を後にした。

 だけど、さっきの言葉の意味は本当になんだったのかな……?

 

 ■

 

「――皆さん、いつもありがとうございます」

 

 永遠亭へと戻り、ちょうど居間で寛いでいる全員に、お礼を言いつつお返しを渡す。

 とりあえずみんな受け取ってくれたものの、そんなに意外だったのか全員が驚きの表情を浮かべていた。

 

「あの……そんなに意外でした?」

「えっ、あ、ち、違います! まさかお返しをいただけるなんて思ってなかったから、吃驚しちゃっただけで……」

 

 最初に反応を返してくれたのは鈴仙だった。

 手と耳をわたわたと急がしそうに動かし、なんだか弁明しているようなその姿につい苦笑してしまう。

 

「ほ、本当はすっごく嬉しいんです。その……ありがとうございます、ナナシさん」

「それならいいんだ、喜んでもらえば僕も嬉しい」

「意外だったのは確かかなー、ナナシがバカ真面目なのは知ってたけど律儀すぎでしょ」

「こら、てゐっ!!」

 

 怒る鈴仙に、てゐさんはニヤッと笑みを見せながら逃げ出し、鈴仙もそんなてゐさんを追いかけていってしまった。

 別に気にしなくていいのに……てゐさんらしい物言いなのだから。

 

「なんだか申し訳ないわね、私のは単なる実験だったのに」

「やっぱり実験だったんですね、あのチョコ」

 

 わかっていた事だけど、気がついたら八意先生を軽く睨みつけていた。

 さすがに悪いと思ったのか、八意先生は小さく苦笑し僕に向かって両手を合わせごめんなさいというポーズを見せる。

 

「本当にごめんなさいね、ちゃんとお詫びはするから」

「いえ、別にそこまでは……」

 

 瞬間、右の頬に柔らかな感触と水音が響いた。

 ……八意先生の顔が近い、それこそキスができるまでに。

 ちょっと待った、じゃあ今の感触は……。

 

「……どう、かしら? お詫びになったでしょう?」

「…………」

「永琳、顔が赤いわよ?」

「っ、こほん……と、とにかくナナシ、お返しはありがたく頂戴させてもらいますね」

 

 珍しく慌てた様子でそう捲くし立てたと思ったら、八意先生は逃げるように居間から出て行ってしまう。

 だが、今の僕にそんな事を考える余裕などある筈もなく、ただ黙って右の頬を押さえる事しかできなかった。

 

「ふふっ、永琳ってばなかなかやるじゃない。ナナシもよかったわね、永琳みたいな美人にキスをしてもらえるんだもの」

「……やっぱり、今のは」

「まあ口にしなかったのは永琳らしいといえばらしいけど、なんにせよ珍しい光景が見れただけでも充分に楽しめたわ」

 

 言いながら、輝夜さんはゆっくりと僕に近づいてくる。

 浮かべる笑みには妖艶さが宿り、彼女はそのまま僕の顔へと自分の顔を近づけて……。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に飛びのく、その後……輝夜さんの笑い声が聞こえてきた。

 

「可愛い反応ね、本当にナナシは見ていて飽きないわ」

「か、輝夜さん!!」

 

 くそっ、顔が熱い。

 からかわれているのは判っているのに、どうしても意識してしまう。

 そんな滑稽な僕を見て輝夜さんは大袈裟に逃げ出す素振りを見せながら、居間から出ようとして。

 

「ナナシ、お返しありがとう。本当に嬉しいわ」

 

 なんて、とんでもなく綺麗な笑みで純粋な感謝の言葉を言うものだから。

 僕は何も言えず、ますます顔を赤くさせる事しかできなかった。

 

「……くそっ、ずるいなあ輝夜さんは」

 

 1人になって、熱を帯びた顔を冷やしつつ1人ごちる。

 あんな言い方をされてしまっては、何も言えなくなるのは当たり前ではないか。

 

 ……まあ、喜んでくれたからよしとしよう。

 そう自分に言い聞かせ、僕も居間を後にする。

 もうすぐ夕食の時間だ、鈴仙はてゐさんを追いかけているだろうから僕が作らないと。

 

 

――こうして、幻想郷のホワイトデーは過ぎ去っていくのであった。

 

 

 

 

 




ホワイトデー色が薄い……まあしょうがないですね。
次回はあの二刀流剣士が出る予定です。

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