この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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3月13日 ~ホワイトデーに向けて~

「――こんにちはー」

 

 地上の光が届かぬ、地底世界。

 そこに存在する大きな館、地霊殿に僕はとある理由から訪れていた。

 大きな入口の扉を開き、暗いながらも神秘的な美しさを放つ中央ホールを視界に捉える。

 

「えっ、ナナシさん……?」

「あ、こんにちは。さとりさん」

 

 ちょうどそこを歩いていたさとりさんと出くわし、ぺこりと一礼。

 対する彼女は、まあ当然というか僕の姿を見て驚いていた。

 そりゃあそうだ、なにせ人間である僕が地底に1人で居るなど本来ならばありえない。

 

「……そんな理由で、わざわざこの地霊殿にいらっしゃったのですか?」

「あはは……まあ」

 

 さすが覚妖怪のさとりさんである、あっさりと僕の目的を読んでしまった。

 僕がここに来た理由を読んだ彼女の表情は、予想通り驚きと呆れを含んだものだった。

 それは仕方ないと僕も思う、だってその理由というのが……。

 

「おにーさーーーーーん!!」

「えっ――わぶっ!?」

 

 顔面に柔らかい衝撃が走り、そのまま後ろに倒れ込む。

 そのまま誰かに抱きしめられるが、顔が完全に柔らかい感触に圧迫されて息ができない。

 必死にもがくが抜け出せない、あっ……なんかだんだんと意識が……。

 

「やめなってお空!!」

「うにゅっ!?」

 

 スパーンッ、という小気味良い音が響き、僕を抱きしめていた女の子――お空ちゃんが離れてくれた。

 慌てて呼吸をする、あ、危なかったかもしれない……割と本気で。

 ……でもちょっぴり惜しいなと思ってしまった、ごめんお空ちゃん。

 

「…………」

 

 うぐっ、さとりさんのこちらを見る目が痛い。

 心を読んだのだろう、これ以上おかしな事は考えないので許してくださいお願いします。

 

「お兄さん、久しぶり!! ヤタくんも!!」

〈おう、久しぶりだなお空、でもヤタくんはやめろって言ってるだろ?〉

「おくうに会いに来てくれたの? そうだよね?」

「あ、えっと……」

 

 それも確かにある、なるべく早く会いに来ると前に約束したから。

 けど、今回地霊殿に来た理由はお空ちゃんに会いに来たわけでも遊びに来たわけでもないのだ。

 

「――いいですよ。こちらは一向に構いませんので」

 

「助かります」

「いえ、ですがあなたも大変ですね」

「? さとり様、一体何の話をしているんですか?」

 

 首を傾げながら説明を求めてくるお燐さん、お空ちゃんも真似して首を傾げてこちらを見つめてくる。

 そんな彼女に苦笑をしながらも、さとりさんは僕の代わりに説明してくれた。

 

「明日はホワイトデー、ナナシさんはチョコレートをくれた人達にお返しのお菓子を作ろうとしているのよ」

「へー……おにいさん律儀だね、でもなんでわざわざ地霊殿に?」

「自分が居候している永遠亭は勿論、台所を貸してくれるであろう紅魔館でも無理なのよ。そこに居るメイド長から貰っているようだから」

「成る程、だからこの地霊殿なら、と」

 

 さとりさん、説明ありがとうございます。

 どうせなら渡すまで秘密にしておきたいと思ったのだ、まあきっと八意先生や輝夜さんにはバレているだろうけど。

 

「お燐、案内してくれるかしら?」

「かしこまりました!! じゃあおにいさん、ついてきてくれるかい?」

 

 歩き出すお燐さんについていく、その後ろをまるで雛鳥のようについてくるお空ちゃん……だったが。

 

「お空、あなたには仕事があるでしょう?」

 

 そんな彼女を、さとりさんがやんわりと止めてくれた。

 

「うにゅ~……でも、せっかくお兄さんが来てくれたのに……」

「自分のすべき事をしないで遊ぶのは許しません、それにナナシさんもそんなあなたの事は嫌いになっちゃうかもしれないわよ?」

「いってきます!!」

 

 背中の大きな翼を羽ばたかせながら、凄いスピードでお空ちゃんは地霊殿の外へと飛び出していってしまった。

 

「ふふっ……ナナシさんに嫌われるのが、本当に嫌みたいねあの子は」

「お兄さん、愛されてるね~」

「あはは……」

 

 このこの、と肘で軽く小突いてくるお燐さんに、曖昧な笑みを返す。

 でも、お空ちゃんがこんなにも僕に懐いてくれるのは、あくまで八咫烏の事があるからで……。

 

「いいえ、それは違いますよナナシさん」

「えっ?」

 

「お空は確かに単純で無邪気ですが、私以上に人を見る目はあります。無垢だからこそ他者の本質を捉えるのが上手なんです。あなたが他者に好かれるような人だからこそ……お空はここに居る誰よりも早くあなたを信頼し懐いたのでしょう」

 

「……そう、でしょうか」

「そうだよ。それにあたい達だってお兄さんの事は好いてるんだからさ、自信持ちなって」

 

 ……他者に好かれるような人、か。

 正直、僕自身が自分をそう思えないけど、2人の言葉は素直に心へと入ってくれた。

 少なくとも、その好意を裏切るような事だけはしないように心がけよう。

 

 ■

 

「――よし、こんなものかな」

 

 持ってきた材料全てを用いて、できる限りの量のお菓子を作り、一息ついた。

 これだけの量があれば、バレンタインでチョコをくれた人達にもお返しができるだろう。

 あとは綺麗にラッピングをして……。

 

「もぐもぐ……」

「…………えっ!?」

 

 ラッピングをしようと、一瞬だけお菓子から視界を離したと同時に、“その子”は姿を現した。

 気配を感じさせず、けれど先程まで隣に居たかのような気軽さでその少女は姿を現し、お菓子を口に運んでいる。

 一体何者なのか、ここに居るという事は少なくとも人間ではないようだけど……。

 

「むぐむぐ……うわーっ、これすっごく美味しいよ!!」

「えっ……」

「あなた、お料理がすごく上手なのね、お姉ちゃんの作るお菓子に負けないくらい美味しい!!」

「お、お姉ちゃんって……」

 

 なんだこの子は、敵意は無いようだけど……。

 無邪気にこちらへと質問してくる少女に、おもわず身構えてしまうが。

 

「……あれ? それは……」

「んー? それってこのサードアイのこと?」

 

 少女の胸元付近に浮かぶ、第三の目。

 さとりさんのものとは違いその目は閉じているけど、ソレは確かに覚妖怪の特徴の1つだ。

 それにさっきお姉ちゃんと言っていた、じゃあこの子は前にさとりさんが話してくれた彼女の妹の……。

 

「君は、もしかして古明地こいしさん?」

「そうだよ。よくわかったね」

「前にさとりさんが話してくれましたから、それよりこいしさんは僕に何か用だったんですか?」

「こいしでいいよー、敬語もいらないし。特に用事はなかったんだけど、美味しそうなお菓子があったからつい……」

 

 てへへ、と無邪気に笑うこいしちゃん。

 勝手に食べた事に対する罪悪感はあるようだけど、それとこれとは話は別である。

 

「あいたっ!?」

 

 勝手に食べた事はうやむやにはできないので、お仕置きを込めてこいしちゃんの頭を軽く小突く。

 

「何するの~?」

「勝手に人の作ったお菓子を勝手に食べたこいしちゃんが悪い、悪い事をしたらどうするの?」

「てへぺろ♪ ――すごく痛い!?」

 

 おもわず、さっきより強い力で拳骨を落としてしまった。

 仕草は可愛かったが、謝っていない以上は甘やかすわけにはいかない。

 

「うぅ~……ごめんなさい」

「はいよろしい。……沢山作ったから、みんなで食べよう?」

「いいの!?」

「うん。というより、元からそのつもりだったからね」

 

 材料は沢山持ってきたし、台所だって借りているのだから何も返さないなんてわけにはいかない。

 僕のその言葉にこいしちゃんはその場で跳びはねながら喜びの表現を見せる、そんなに嬉しかったのか。

 とりあえず、渡す分はラッピングしないとね……。

 

 ■

 

「――うま、うまままままっ!!」

「ちょ、お空一気に食べ過ぎだって!!」

「ずるーい!!」

 

 我先にと用意したお菓子を食べるお空ちゃんを、お燐さんとこいしちゃんが阻止しようと彼女の身体を引っ張る。

 あの……まだあるから、そこまでがっつかなくても大丈夫だよ?

 

「まったくもぅ……お空ったら」

「ま、まあ作った側からすれば喜んでもらえるのは嬉しいですけど」

 

 あはは、と笑う僕とお菓子を奪い合いをしている3人を見て呆れたようにため息をつくさとりさん。

 けど、そんなさとりさんの浮かべる表情は、優しい笑みだった。

 地底世界という人間にとって恐ろしい所だけど、ここには確かな平和がある。

 それをこの目で見れて、何故か心底ほっとしている自分が居た。

 

「…………地上では、大変だったようですね」

「えっ……」

「すみません。ですがナナシさんの心が……痛みを発しているようでしたから」

 

 それは、僕にとって不意打ちに等しい言葉だった。

 痛みを発している、その言葉の意味など考えなくとも理解できた。

 

「助けられなかった命を思うのはわかりますが、ナナシさんのそれは少々傲慢とも言えます」

「…………」

「如何にあなたに八咫烏の力が宿っているといっても人間です、救えない命や守れない命……それが存在するのは当然ではありませんか?」

「……そう、ですね。わかってはいるんですけど」

 

 ルカによって殺された人達は、もう戻ってこない。

 そして残された者達の痛みと悲しみは、薄れる事はあっても消えることなどありえない。

 被害者の遺族の悲しみをこの目で見たからこそ、余計に考えてしまう。

 

 ルカは倒した、人里も既にいつもの空気を取り戻している。

 後悔したりもしもの事を考えても仕方がない、意味がないと判っているのに……これではさとりさんの言う通り、傲慢が過ぎる。

 

「すみませんさとりさん、嫌なものを読ませてしまって」

「……謝るべきなのは私の方です、いくら心を読む覚妖怪とはいえ今のは余計な一言でした」

「そんな事ありません。改めて言ってくれたのは本当に助かります、僕って今みたいにウジウジと考えてしまうようですから」

 

 こんなんじゃ駄目だ、せっかく平和な時を生きているんだから。

 思考を切り替え、視線をお空ちゃん達に向けると……ああ、まだお菓子の取り合いしてる。

 しかも殆ど無くなってるし、食べてくれるのは嬉しいけどもう少し味わって……。

 

「ねえねえお姉ちゃん、私良い事思いついたの!!」

「ひゃっ!?」

 

 さとりさんの口から、素っ頓狂な声が出た。

 まあそれも仕方ないだろう、いつの間にかこいしちゃんがさとりさんの背後に居て大きな声を出したのだから。

 それにしても、さっきもそうだったけどこいしちゃんって時々気配が完全に無くなる時があるな。

 

「こ、こいし……良い事って?」

「うん。ナナシをこの地霊殿に置いてあげようと思って」

「えっ?」

「は?」

 

 同時に目を点にする僕とさとりさん、一方のこいしちゃんはそんな僕らなど構わず言葉を続ける。

 

「ここならナナシを利用しようとする人間は居ないし、お姉ちゃん達だって嬉しいでしょ?」

「……ちょっと待ちなさいこいし、利用っていうのは」

「あれ? お姉ちゃん心を読めるのに知らなかったの? ――人里にはね、ナナシを利用しようとしてるヤツが、いっぱい居るんだよ」

 

 無邪気に笑いながら、冷たい口調でこいしちゃんは言い放つ。

 ちょっと待った、なんでこいしちゃんがそんな事を……。

 

「事実なのですか?」

「えっと……まあそういう事もありましたけど、たった一度だけですし」

 

 それにだ、あの時のはあくまで自分の意志でやったのだから、利用されたなどという認識はない。

 あの以降はあんな無茶な要求はなかったし、こいしちゃんの言葉はちょっと大袈裟なだけである。

 

「ナナシは甘いなー、そんなんだから体よく利用されるんだよ?」

「……こいしちゃん、悪気が無いのはわかるけど今の言葉は」

「薬売りの最中に、その能力で傷を治せって一方的な要求を全部呑んでたのに? 時には能力の反動で苦しんでいたのに?」

「…………」

 

 なんでそれを、とは言えなかった。

 確かにそういった事はちょくちょくあった、反動がある能力だから傷みを発した事だってあった。

 

「僕の意志で治したんだ。利用したとかされたとかそういうわけじゃないよ」

「ナナシはそう思っていても、治してもらった側はそう思ってないみたいよ? 影でナナシの事笑っていたもの、「馬鹿な偽善者」だって」

「…………」

「勝手に恐がってるのも居たよ? 「何か企んでいるんじゃないか」って疑心暗鬼になってて、変だよねー」

 

「――こいし、よしなさい」

 

 静かな、しかし耳にはっきりと残る声で、さとりさんはこいしちゃんの言葉を制した。

 彼女の迫力に圧されたのか、こいしちゃんは口を閉ざす。

 

「別にナナシの事をいじめてるわけじゃないよお姉ちゃん、ただ判ってなかったみたいだから」

「ええ、それは私にだってわかるわ。でも不用意に教えていい事でもなかったでしょ?」

「……………………ごめんね? ナナシを傷つけるつもりはなかったんだよ?」

「……わかってるよこいしちゃん、別に僕は気にしてないから」

 

 そう、気にしていない。

 やせ我慢などではない、ただなんとなく……そう思われているかもと思っていたから、衝撃は少なかっただけ。

 僕だっていつまでも馬鹿なままじゃないつもりだ、普通じゃない力を持っていてそれを周りに見せればどんな目で見られるかなど、おおよそ見当は付く。

 

――けど、別にどう思われても構わないのだ。

 

 さっきも言ったが僕の意志で力を使った、ただそれだけだ。

 感謝されるつもりはないし、感謝される為に能力を使って傷を治したわけじゃない。

 ただ僕は、この力を正しく使いたいと思っただけでしかない。

 

「ナナシさん……」

「本当に気にしてないんです。それにこいしちゃん達みたいに心配してくれる人達だって居てくれる事を、知っていますから」

 

 それはもちろん、里にも居てくれている。

 それで充分ではないか、全ての人に好意的に見られる存在などこの世の何処にも居やしない。

 なら悪く見てくる人達の事より、友達だと思ってくれる人達の事を考えたほうがずっといい。

 

「……強いのですね、ナナシさんは」

「そ、そんな事ないですよ」

「あー、ナナシ照れてるー」

「ちょっとこいしちゃん、やめてよ……」

 

 ああもう、からかわないでくれ余計に恥ずかしくなるから。

 ……さとりさん、どうして僕をそんな微笑ましそうに見つめてくるんですか。

 

「それで、ナナシはこの地霊殿に住む気はないの?」

「えっ? おにいさんここで暮らすの!?」

「いや……せっかくだけど、永遠亭で学ぶ事もあるし遠慮しておくよ」

 

 それにだ、勝手に住む場所を変えるなんて真似はできない。

 失礼だし何よりも……いや、背筋が寒くなるからこれ以上考えるのはやめよう。

 にっこりと微笑みながら弓を構える八意先生と、それを楽しげに眺める輝夜さんの姿が脳裏に浮かんだ。

 

「じゃあ、今日は一緒に寝よう!!」

「なんで?」

「はーい、おくうも一緒に寝たいです!!」

「じゃあ私とお空とナナシで寝ようねー?」

 

 あの、ちょっと?

 どんどん話を進めていく2人に、完全に置いてけぼりをくらってしまう。

 待って、もしかして今日はここに泊まる事は決定なの?

 

「ナナシさん、付き合ってくれませんか? ……こいしがこんな風に地霊殿に留まるのは珍しいですから」

「えっ、それってどういう事ですか?」

「……少し事情がありまして、こいしはよくここから居なくなるんです。それにナナシさんの事を気に入ったようですから……」

「はあ、まあ僕はいいんですけど……その、女の子と一緒に寝るというのは」

 

 こいしちゃんはともかくとしてだ、お空ちゃんと一緒に寝るのは……その、少し困る。

 具体的には説明できないが、とにかく困るのだ。

 

「やはり、胸の大きな女の子が好きなようですね。ナナシさんも殿方だったというわけですか」

「……それについては真っ向から否定できませんが、そんな冷たい目を向けるのは何故でしょうか?」

 

 変な事なんかしませんよ、というかそんな勇気なんて僕にあるわけがない。

 

「そうでしょうね。ナナシさんがそういった男性ならば反対していますから」

「でしょうねって……」

 

 信頼はされてる……のかな?

 そう思う事にしよう、決して僕が女の子に手を出せないチキンな男だと思われていない……筈だ。

 

「じゃあおにいさん、お風呂も一緒に入ろうね?」

「勘弁してください」

 

 さとりさん、お空ちゃんにもう少し女の子としての自覚を持たせてくださいお願いします。

 

「でも、内心は嬉しいですよね?」

「…………」

「否定しないんだー、ナナシのスケベ」

 

 ええい、やかましいっ。

 年頃の男をからかうものじゃありませんっ!!

 

 

 

 

 


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