この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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戦いは終わり、少年は平穏な日々へと戻る……。


~ナナシの幻想郷日和~
3月9日 ~式の式の悩み~


「――では、また何かありましたらご連絡ください」

「はい、ありがとうございましたナナシ様!!」

「……失礼します」

 

 一礼して、民家を後にする。

 ……これで僕の担当エリアは終わりかな。

 周囲に視線を向ける、そこに広がるのはいつもの人里の光景だった。

 

「……もう、10日か」

 

 あの異変から、10日という時間が流れた。

 悲しみは消えないものの、里の空気は前と同じものにまで戻ってきてくれた。

 いつものように薬の販売もできるようになったし、異変の傷痕は少しずつではあるが消えていってくれているようだ。

 

「こんにちは、ナナシ様」

「あ、こんにちは……」

 

 道行く人に挨拶され、こちらも頭を下げ反応を返す。

 

 ……あの異変の後、どういうわけか里の人達の僕を見る目が変わっていた。

 どういうわけか、僕は「里の為に博麗の巫女と共に悪しき妖怪と戦ってくれた英雄」と周囲に認識されてしまっている。

 もちろん僕自身が周りに言ったわけではないし、霊夢や魔理沙だって目立つ事を嫌う僕に気を遣ってそんな話は里の人達にしてはいない。

 

 だというのにこれである、感謝されるのは嬉しいが……持ち上げすぎだ。

 霊夢曰く、「どこぞの胡散臭い妖怪が噂でも流したんでしょうね」との事だが、そう言われ心当たりは……あった。

 でも、彼女の予測が当たっているとしても、その意図は読めない。

 僕を英雄扱いにして、一体あの人に何のメリットがあるというのか……。

 

 とはいえ、好意的に見られるようになったのは此方としてもありがたいのは確かだ。

 あの一件以来、里の妖怪に向ける敵意や恐怖といったものが大きくなっている中、永遠亭はその被害を被らないのだから。

 尤も、全ての人間が僕や永遠亭に対して良い感情を抱いていないのも、また事実なのだが。

 

「鈴仙は……まだ終わらないのかな」

 

 僕も慣れてきたので、お互いに負担が減らす為に別々のエリアの販売をする事にしている。

 早く終わったらそれぞれ自由行動をするように決めているのだが、さて……どうしようかな。

 

「ナナシー!!」

「んっ……? ふごっ!?」

 

 名前を呼ばれそちらへと向くと同時に、腹部に鈍痛が走った。

 その勢いのまま後ろに倒れそうになるが、どうにか堪え視線を下に向けると。

 

「……チルノ、どうしたの?」

「ナナシの姿が見えたから、とりあえず不意打ちしてみた!」

 

 とりあえずで不意打ちしないでください、腹部に頭突きをかましてきたチルノの頭に拳骨を落としながら、彼女を引き離す。

 

「ぬおお~、痛い~」

「……チルノちゃん、何やってるの?」

「ん?」

 

 うずくまり頭を押さえるチルノを見るのは、大ちゃんこと大妖精……ではなく、ネコ耳を生やした少女であった。

 チルノと同じくらいの背丈、けどこの子の内側にある妖力には覚えがある。

 初対面ではあるが、少女の身体から発せられる力には八雲さんと似たものを感じられた。

 

「こんにちは」

「あ、こ、こんにちは……」

 

 慌ててぺこりと頭を下げるネコ耳の少女、どうやら大ちゃんと同じく礼儀正しい子のようだ。

 

「君は……八雲さんの知り合い、かな?」

「えっ!? あ、えっと……私は紫様の式である藍様の式の、(ちぇん)と申します!!」

 

 ややたどたどしい口調で自己紹介をする少女、橙。

 八雲さんの式の、そのまた式、成る程だから八雲さんと似た力があるのか。

 

「ナナシさん、ですよね? 紫様と藍様からナナシさんの事は聞いています」

「はじめまして、橙さん」

「橙で結構ですナナシさん、それよりチルノちゃんが失礼をしてすみませんでした」

 

 そう言ってまたしてもぺこりと頭を下げる橙に、気にしないでと返す。

 そもそも彼女が謝る必要なんかない、謝らないといけないのはまだうずくまっているチルノなのだから。

 

「ナナシ、今ヒマ?」

「まずは謝らんかい」

「あいたっ!? う~……ごめん」

「はいよろしい。それで暇と言えば暇だけど、どうかしたの?」

 

 遊べというのだろうか、まあ少しぐらいなら……。

 

「なんか甘いもの奢って?」

「…………」

「すごく痛い!?」

 

 おもわず、無意識の内にもう一度拳骨を叩き込んでしまっていた。

 こうまで遠慮無しだといっそ清々しくなる、もちろん奢ってなどやらないけど。

 

「用件は終わり? なら僕はもう行くから」

「わわっ、待ってください!! そうじゃなくて、傷薬か何かがあるなら分けてほしいなあって……」

「えっ?」

 

 橙の言葉を聞き、動かそうとした足を止める。

 詳しく話を聞くと……彼女が住む“マヨヒガ”という場所に住む猫達が、怪我をしてしまったらしい。

 野生の猫だから怪我をするのは当たり前、そう思っているがさすがに放っておくのも可哀想と薬を売っている僕の元へと来たそうだ。

 因みにチルノは途中で橙を見つけて、特に意味もなくついてきただけである。

 

「わかった、擦り傷や切り傷に効く薬で良いかな?」

「はい! あの、でも……その、お金が」

 

「いいよ。今回はサービスするから」

「えっ!? でも……」

「気にする事ないよ、友達の為にわざわざ尋ねてきてくれたんだから、無碍になんてできないさ」

 

 本当はよくないけど、八意先生にきちんと話して給金から引いてもらえばいい。

 それにここだけの話だけど、こういったケースは橙だけではなく一部の里の人達でもやった事があるのだ。

 だから内密に、こっそりと彼女に塗り薬タイプの薬を手渡した。

 

「ありがとうございます!!」

「ナナシ太っ腹ー、じゃあ太っ腹ついでにあたしにも何か甘いものでも」

「……はいはい、それじゃあ甘味処でも行こうか」

「えっ!?」

 

 せっかく要望に応えようと思ったら、とんでもなく意外そうな顔をされた。

 まあチルノもまさか自分の我儘が通るとは思っていなかったのだろう、それはそれで食えない話だけど。

 

「橙も一緒に来る?」

「い、いいんですか?」

「勿論。時間はあるし普段あまり使わないお金を使う機会だからね」

「よっしゃ! じゃあ前に大ちゃんとみすちーが言ってた場所に行こう!!」

 

 言うやいなや、颯爽と走り出すチルノ。

 ……精神年齢が子供の彼女に無理強いはできないが、それでも少しは遠慮しろと思った僕は間違ってないと思う。

 ほら、橙が僕に向かって申し訳なさそうな顔してるし、友達を困らせるなよ。

 

 ■

 

「――へえ、じゃあ橙の御主人様の八雲藍さんって九尾の狐なんだ」

「はい、怒るととっても恐いですけど、藍様はとっても綺麗で優しくてかっこいいんです!!」

 

 それぞれ食べたい甘味を頼んでから、談笑を楽しむ。

 とはいえ、話題を出すのは橙であり、内容は自らの主人であり八雲さんの式神である九尾の狐、八雲藍さんの話だ。

 本当に楽しそうに、誇らしげに橙は藍さんが如何に凄いかを語り、おもわず苦笑してしまうほどに興奮した様子を見せていた。

 

「橙は、本当に藍さんを尊敬しているんだね」

「はい! いつか藍様のような凄い妖怪になるのが夢ですから!!」

「でもさー、アイツってすっごいカマボコだよね」

 

 横から割って入ってきたのは、さっきまで黙々と白玉あずき(アイスクリーム付)を食べていたチルノだった。

 だけど、彼女の言葉に僕も橙もキョトンとしてしまう。

 カマボコって、言ったよね今……。

 

「……チルノちゃん、カマボコって何?」

「何って、橙の主人の狐の事だよ。アイツっていつも橙の心配ばっかりしてるし、この間なんかわざわざあたし達の遊びに口出してきたじゃんか」

「えっと……それでどうしてカマボコなの?」

「だってああいう心配性なヤツって、カマボコっていうんでしょ?」

 

 いや、なんでそっちがキョトンとするの?

 ますます橙は混乱し、僕もその意味を理解しようと頭を悩ませる。

 

 ………………あ、もしかして。

 

「チルノ、もしかして“過保護”って言いたいの?」

「そうとも言うわね!!」

「そうとしか言わないけど」

 

 なんだカマボコって、本気で意味がわからなかったぞ。

 どうしたらそんな間違いに辿り着くのか、妖精の頭はよくわからない。

 

「……藍様が心配するのは、仕方ないよ」

「橙……?」

「だって、私が未熟者だから……藍様にいつも迷惑掛けてるから、しょうがないの……」

 

 さっきまで様子は消え、目に見えて橙は元気を無くしていた。

 顔は俯き、二又の尻尾も垂れ下がりしょんぼりとしてしまっている。

 

「私が藍様の式として相応しくないから……」

「なんでそう思うのさ? 橙は頑張ってるってあたしも大ちゃん達も知ってるよ?」

「あんなのじゃ足りないの、でも全然成長できなくて……この間だって、藍様のお仕事の手伝いを申し出たのに、結局失敗しちゃって……それも、同じ失敗をしちゃった事もあるし」

 

 その失敗とやらの出来事を思い出してしまったのか、橙の瞳に涙が溜まっていく。

 ……もしかして、この子は。

 

「私、藍様の式に相応しくないのかな……?」

「そんな事ないよ!!」

「……どうして、そんな風に思えるの?」

「勘!!」

「…………」

 

 チルノ、君らしいとは思うけどこの状況ではいただけない。

 胸を張って根拠の無い事を言うチルノを見ながら、橙は小さくため息を吐き出した。

 まあチルノの事はこの際置いておくとして……()()()したままというのは、彼女の為にも藍さんの為にもならない。

 お節介なのは充分承知しているけど、ここは口を挟ませてもらおう。

 

「――少なくとも、僕には藍さんが橙を迷惑がってるとは思えないな」

「えっ?」

「ナナシもそう思うよね!?」

 

 同意を求めるチルノに頷きつつ、その言葉の根拠を知りたいであろう橙の為に言葉を続ける。

 

「さっき橙は「同じ失敗をした」って言っていたけど、つまり藍さんは一度失敗した手伝いをまた橙に頼んだって事だよね?」

「はい……」

「もし藍さんが橙の事を迷惑としか見ていないのなら、失敗した相手に手伝いを頼むと思うかな?」

「それは……でも、結局失敗しちゃったし……」

 

「……正直、僕なんかが藍さんや橙のしている仕事の大変さを判る事はできないと思う。

 だけど何度も失敗している橙を、藍さんはまだ式神にしているままなんでしょ? なら橙の事を迷惑としか思っているとは思えないんだ」

「…………そう、でしょうか?」

 

 少しは納得してくれたのか、橙の表情に少しだけ明るさが戻る。

 ――今の彼女の心境を、僕はよく理解できた。

 僕だって同じ事を考えるからだ、八意先生や鈴仙の手伝いで失敗してしまった時、上手くいかなかった時に相手に迷惑を掛けてしまっているという罪悪感が芽生えてしまう。

 

 2人は「気にするな」と言ってくれるけど、当の本人からすればどうしても気にしてしまうものなのだ。

 相手が大切だと思えば思うほどに、迷惑を掛けてしまったという事実に対するショックは大きくなる。

 気にしてはいけないのに気にしてしまい、やがてそれが次の失敗に繋がり……そんな嫌なサイクルが出来上がってしまう。

 

「橙はさ、藍さんのお仕事を手伝うのは負担だと思ってる? 嫌だと思ってる?」

「そ、そんな事ないです! 大変だって思う事もあるけど、いつか藍様のような立派な大妖怪になりたいですから……」

「きっと藍さんも同じ事を考えているから、失敗してしまう橙にも手伝いを頼んでいるんだと思うよ」

 

 成長してほしいから、失敗しても次のチャンスを与える。

 藍さんが式神を只の道具としてしか見ていないのなら、とっくに橙を見限っている筈だ。

 それをしないという事は、そういう事なのだろう。

 

「橙、失敗すると確かに申し訳なく思うし、相手が失望したらどうしようって不安になるよ。僕だって失敗する度にそう思ってしまうんだ」

「…………」

「だけどね、「成功しか知らない」なんていうのは人間にも妖怪にも居ないと思う。誰だって失敗を重ねて今の自分を作っている筈だ」

 

 失敗でしか学べない事もある、前に僕や鈴仙がとある失敗をした時に八意先生が言ってくれた言葉だ。

 僕にとって八意先生は「できない事なんて何もない」存在だと思っていたから、その言葉には驚いた。

 

『誰だって同じ失敗をしているわよ。私なんか今でも作った事のある薬の調合に失敗したりしそうになったり……若い時なんか、それこそ星の数ほどの失敗を重ねては叱られたわ』

 

 苦笑混じりに告げられた言葉を聞いて、少しだけ気にし過ぎないように考えられるようになった。

 どんなに凄い力を持っていても、どんなに凄い才能を持っていても、失敗しない存在なんていない。

 そう考えられるようになってからは、前よりも八意先生達の手伝いが上手くいくようになってくれた。

 

「一回で上手くいかないのなら二回目で、二回で上手くいかないのなら三回、四回で。

 成功に近道なんてないんだ、そしてそのスピードもそれぞれ違う。だから橙は橙のスピードで成長していけば良いと思うよ」

「そーそー、よくわかんないけど橙らしく頑張ればいいんだよきっと!!」

 

 わかんないのに口を挟むチルノだけど、彼女の言葉には同意できる。

 自分らしく頑張るしかないのだ、結局自分と他人は違うのだから。

 ……まあ、それが理想論で状況によってはそれが通用しない場合もあるが、わざわざ口に出す必要などない。

 

「――ナナシさん、チルノちゃん、ありがとうございます!!」

 

 だって、悩みを払拭できたかのように満面の笑みを浮かべる、橙の顔が見えたのだから。

 

 

 ■

 

 

「橙」

「えっ? ――あ、藍様!!」

 

 甘味をしっかりと味わい(ついでにそれぞれのお土産を買ってから)外に出ると、橙を呼ぶ1人の大妖怪が姿を現した。

 八雲さんによく似た服装の、金の髪に九本の尻尾を生やした絶世の美女。

 橙が名を呼びながら駆け寄るのを見る限り、この人が八雲さんの式神であり、橙の主人である八雲藍さんだというのがわかった。

 

「すまないが、これから時間はあるか? 結界の修繕の手伝いをしてもらいたいのだが……」

「っ、はい!! 橙に任せてください!!」

「むっ……? そ、そうか……ではこの紙に書かれている場所に向かってくれ」

「はい!!」

 

 藍さんに一枚の紙を受け取ると同時に、物凄い勢いで橙は飛んでいってしまった。

 そんな彼女の様子に呆気に取られる藍さん、やがて視線をこちらに向け……何か納得したような表情を見せる。

 

「成る程……あの子に入れ知恵をしたのは君か」

「えっと……」

「ああ、いや、責めているわけではないんだ。寧ろ感謝しているよ、最近あの子の元気がなかったからね」

 

 寧ろ感謝していると、藍さんはそう言って微笑みを見せた。

 ……九尾の狐って伝説では国を傾かせた美貌を持つって言われているけど、納得できる気がする。

 

「貸しがまたできてしまったね」

「……また?」

「ああ、いや、気にしないでくれ。……これからもあの子の事を気に掛けてくれると助かるよ」

 

 それではな、そう言って藍さんは橙の後を追うために飛び立っていってしまった。

 

「アイツ、橙のお母さんみたいだよね」

「うん……確かにそうかも」

 

 式神と主人の関係って、親子みたいなのかもしれない。

 それはともかく、時計を確認すると結構な時間が過ぎている事に気づいた。

 さすがに鈴仙の方も終わっただろうし、僕も帰らないと。

 

「じゃあチルノ、そのお土産をちゃんと友達に渡してね?」

「もちろん!!」

「……食べたりしないでね?」

「…………もちろん!!」

 

 おい、なんで間があったんだ。

 なんだか不安になってきたが、そろそろ鈴仙と合流しないと。

 帰ったら帰ったで八意先生の手伝いと、輝夜さんの遊び相手をしないといけないんだから。

 

「……もぐもぐ」

「って、なんでお土産なのに早速食べてるのさ!?」

 

 ねえ、人の話聞いてた!?

 

 

 

 


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