この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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里で人が消える事件が発生した。
しかもその手掛かりとしてルーミアの名が挙がり、気になった僕は霊夢の許可を貰って人里へと赴いた。

そして、現場に入った瞬間、前に椛さんと共に撃退した妖怪の仕業だと判断し、霊夢と共に家を出ると。
僕達の前に、捜していたルーミアが姿を現した……。


2月27日② ~憎しみの光景~

「ルーミア……」

「…………」

 

 僕達の前に姿を現した彼女の視線は、事件のあった家屋へと向けられていた。

 眉を潜め、やがて何かを悟ったように表情を変え、憎々しげに唇を噛み締めるルーミア。

 そのまま彼女は何も言わず、この場から離れようとするが。

 

「待ちなさい、ルーミア」

 

 当然のように、それを許す霊夢ではなかった。

 もちろん僕だってこのまま彼女を行かせるつもりはない、訊きたい事があるのは僕だって同じなのだから。

 霊夢の声に反応し動きを止めるルーミアであったが、此方に向ける彼女の視線は鋭く冷たいものであった。

 何も詮索するな、関わるなと、赤い瞳がそう訴えている。

 

「アンタ、今回の件で何か知っているわね?」

「…………」

「悪いけど、答えるまでここから逃がすつもりはないから」

 

 拒否を続けるのなら実力行使で聞き出す、そう言い放つ霊夢に対し、ルーミアは無言のまま。

 しかしゆっくりと、彼女は内側から妖力を放出し始め、抵抗する意志を見せ始めた。

 空気が詰まる、場が重苦しい空間に変化していき……その空気を破ったのは、周りで眺めていた里の住人達であった。

 

「妖怪め、貴様が今回の首謀者なんだろう!?」

「…………」

「ちょうどいい、巫女様にこのまま退治されちまえ!!」

「ちょ、ちょっと……」

 

 勝手な野次を飛ばす周囲の反応に、霊夢も僅かに困惑する。

 拙い、ただでさえ今回の件で里の空気は悪くなっているというのに、関わりを持っているであろう妖怪のルーミアの登場は、あまりに間が悪いものだ。

 周囲から響く怒声と憎しみの視線は、ただ1人の少女へと向けられ続ける。

 

 まだ彼女が犯人と決まったわけではないのに……このままじゃ騒ぎが大きくなるだけだ。

 それを止めようと、僕と霊夢は落ち着くように周囲の人達に言おうとして。

 

「……なら、妖怪らしく暴れてやろうか?」

 

 僕達にではなく、周囲の者達に向けて殺気を向けるルーミアに気づき、意識を再び彼女へと向けた。

 ルーミアは口元に薄い笑みを浮かべ、一瞬のうちに右の手に漆黒の剣を握り締める。

 無骨で重厚な西洋の剣を思わせる、刀身が闇よりも深い漆黒の刃を、周囲に向けるルーミア。

 その行為は周りに脅威と認識させるには充分過ぎる、現に先程まで好き勝手罵詈雑言を並べていた人間達は一斉に逃げ出し始めていた。

 

 ……おかしい、今の彼女の行動は自らの首を絞める行為だ。

 身の潔白を証明するばかりか、これでは自ら今回の事件の犯人だと認めるかのような振る舞いではないか。

 それとも、彼女は本当に今回の事件の犯人なのか……?

 

「アンタ、自分が何をしているのか判ってるんでしょうね?」

「判っているさ。それで、博麗の巫女は里で騒ぎを起こす妖怪を前にしても、何もアクションを起こさないつもりか?」

「……ここまで考えなしの馬鹿だとは思わなかったわ、ルーミア」

 

 声に怒りの色を滲ませながら、霊夢は臨戦態勢へと入った。

 右手に持つお払い棒の先をルーミアに向けながら、博麗の巫女として妖怪を退治する意志を見せる。

 

「ま、待ってよ霊夢!!」

「邪魔しないでナナシ。……コイツを信じていたわけじゃないけど、里に危害を加えようとする態度を見せられたら、巫女として退治しないわけにはいかないの」

「そ、それは……だけど」

「所詮人間と妖怪だ、相容れるわけがないだろう? ナナシ、お前も邪魔をするのなら……容赦はしない」

 

 しっかりと敵意を込めて、ルーミアは僕を睨みつける。

 言葉通り、邪魔をするのならこの剣でお前を斬り捨てると、彼女の目が告げていて……酷く、腹が立った。

 

「……ふざけるな、ルーミア」

「何……?」

「こんな無意味な争いを引き起こして、君は何を考えているんだ? 僕達はこの事件の犯人を見つけないといけない、君と無意味な戦いをする暇はないんだ!!」

「無意味じゃないさ、私がこの事件を引き起こしたのだからな」

 

 ?

 それは、霊夢はもちろん僕にだって判る嘘であった。

 何故彼女はこんな嘘を吐くのか、犯人を庇っているとでもいうのか……?

 

「どうした? 何人も犠牲を出した妖怪を前にして、恐くなったのか?」

「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ、そんなに退治されたいのなら……お望み通りにしてあげるわ!!」

 

 霊夢の姿が消える、それと同時にルーミアは右手に持つ剣を上段に構えた。

 直後に響き渡る鈍く重い打撃音、間合いを詰めお祓い棒を振り下ろした霊夢の一撃を、ルーミアは真っ向から剣で受け止める。

 両者のぶつかり合いはそれだけで周囲のものを吹き飛ばす突風を生み、あまりの破壊力からか受け止めたルーミアの足が踝付近まで地面にめり込んだ。

 

 続いて霊夢は左足による回し蹴りをルーミアの脇腹に叩き込み、彼女を真横に蹴り飛ばす。

 すぐさま左指に霊力が込められた霊具、通称“封魔針”と呼ばれる退治道具を彼女に向かって投擲した。

 霊力のブーストによる恩恵か、放たれた封魔針の速度は凄まじく、空気を切り裂きながらまるで弓のようにルーミアの身体へと突き刺さり。

 

「…………」

 

 その直前、彼女が放った横振りの一閃で封魔針は全て粉々に砕かれてしまった。

 

 ……茫然と、その戦いを見る事しかできない。

 再び間合いを詰め接近戦を行なう霊夢と、それを真っ向から相手取るルーミア。

 スペルカードルールではない、かつて人間と妖怪の間で行なわれていた命の奪い合いに、目を奪われる。

 互いに互いの命を奪おうと、容赦など微塵も抱かずに攻撃を繰り出し、どちらも一歩も譲らない。

 

〈おい、このままでいいのか?〉

 

 八咫烏の声が、やけに遠くから聞こえる。

 目の前で行なわれている死闘に、心が奪われていたのか、反応も遅れてしまった。

 

(止めさせたいよ、だけど下手に介入すれば……)

〈まあとばっちりを受けて死ぬかもしれねえな、けどよ……お前自身は止めたいんだろ?〉

(当たり前だよ、だってルーミアは今回の事件の犯人じゃない筈なんだから!!)

 

 彼女が何を考えて、こんな行動に出ているのかは判らない。

 でもこんな戦いはさっきも言った通り、無意味なものだ。

 即刻止めさせなくてはならない、そして彼女に詳しい話を訊くべきだ。

 

〈そうこなくちゃな。それで、一昨日使ったオレの力は、しっかり使えるのか?〉

(……やってみる!!)

 

 両の手を握り拳にし、光の剣のイメージを固めていく。

 すると、すぐさま両手は一昨日使った黄金の光に包まれ、剣の形状へと変化してくれた。

 太陽の力である八咫烏の恩恵が込められた光の剣、闇に生きる妖怪にとって決定打となる武器の1つを構えながら、僕は2人の動きに意識を向ける。

 

 正直、はっきりと目で追えるほど僕の動体視力は優れていない。

 だから狙い目は、互いの距離が一度離れた瞬間だ。

 

「ぐっ……」

「きゃっ……」

「っ、今だ!!」

 

 互いの攻撃を弾き合い、両者の距離が離れると同時に地を蹴った。

 だが遅い、霊夢もルーミアもすぐさま追撃の一手を繰り出そうと、ほぼ同じタイミングで動き。

 

「なっ!?」

「なに……!?」

「くっ、ぅ……」

 

 間一髪、2人の攻撃の軌道に光の剣を合わせ、両者の一撃を受け止める事に成功した。

 お、重い……衝撃で腕が吹き飛んだかと思った……。

 僕の介入により空気が一新したのか、2人はとりあえず間合いを離し、攻撃の手を止めてくれた。

 

「ふぅ……」

「ア、アンタねえ……死にたいの!?」

「ご、ごめん……でも、2人には戦ってほしくなかったから……」

「そういう問題じゃ……っ」

 

 キッと僕を睨む霊夢だったが、心中を察してくれたのかそれ以上は何も言ってこなかった。

 彼女の優しさに感謝しつつ、改めてルーミアに視線を向ける。

 

「ルーミア、教えてくれ。君は今回の事件の犯人を知っているんだろう?」

「だから、その犯人は私だと……」

「それは違う、だって現場に残されていた妖力の残滓はルーミアのによく似ていたけど、まったくの別物だ」

 

「…………」

「君は犯人を庇っているんじゃないか? そうじゃないのなら、あんな嘘を吐く理由も意味もない筈だ」

「…………」

「一昨日の夜、僕は椛さんと一緒に見た目が小さな男の子の妖怪に襲われた。そしてここに残されている残滓は……ソイツの妖力と同じなんだ」

 

 アイツが犯人なのは間違いない筈だ、だからこそルーミアの発言には納得なんかできない。

 そして如何なる理由があろうとも、簡単に人の命を奪った相手を庇うなんて事も、許容できなかった。

 

「ルーミア、ソイツとは一体どんな関係なんだ? 庇っていないというのなら、それを教えてくれ」

「…………それ、は」

 

 躊躇いの色で瞳を揺らしながら、ルーミアは口ごもる。

 けれどそれ以上急かすような真似はせず、黙って彼女を見つめ返答を待った。

 それから暫く経ち、意を決したような、どこか諦めた様子を見せながら、ルーミアはゆっくりと口を開き。

 

 

「――くらえ、妖怪!!」

 

 

 彼女に向かって投げられた石を、咄嗟に身体で受け止めた。

 

 ガッ、という鈍い音が額から聞こえ、そこに痛みが走る。

 一体何だ、顔をしかめつつも石が投げられた方向へと視線を向けると。

 そこに居たのは、まだ小さな少年がルーミアに向けて怒りと憎しみを宿した目で睨みつけている姿が、広がっていた。

 

「ちょっと君、何て事をするの!?」

「コイツは悪い妖怪なんだ、だから俺がやっつけてやる!!」

 

 そう言って、少年は足元に転がっていた小石を拾い上げ、再びルーミアに向けて投げ放つ。

 何度も何度も拾っては投げを繰り返し、その内の幾つかは彼女に当たりそうだったので、その全てを叩き落した。

 

「っ、お前、なんで邪魔すんだよ!!」

 

 止めるに決まってるでしょ、こんな事しちゃ駄目だよ。

 そんな典型的な説得の言葉が、出てこない。

 

 

 だって、こっちを見る少年の目に映る憎悪の色が、あまりに大きく……恐ろしいと思ったから。

 

 

 まだ年端もいかない子供が見せる目ではない、向ける相手を射殺さんとばかりの憎しみが、見るだけで思考を凍らせる。

 ……これが、妖怪に向ける人間達の憎しみの大きさなのか。

 それだけではない、石を投げつけるという行為を行なった子供達を、周りの大人達は誰一人として咎めようとはしなかった。

 苦言を呈しているのは霊夢だけ、後の大人は子供の行為を肯定していた。

 

〈あの子供はおそらく今回の被害者の息子か何かなんだろうな、まあ……こんなのはよく見る光景だ〉

 

 別段おかしい事ではないと、八咫烏は驚くべき事を平然と言い放つ。

 これが当たり前? 他者に石を投げ、殺意と憎悪を向ける子供が居るのが当たり前だというのか。

 そしてそれを肯定するだけの大人達が居るこの光景が、間違いではないというのか。

 

〈命を奪われてんだ、奴さんの心情ってのも察してやれ〉

 

 それは、判る。

 憎しみを晴らせる相手が居るのなら、晴らそうとするのが人間だ。

 だけど、だからってこんなの……肯定されるべき行いじゃない。

 

「おい、聞いてんのかよお前!!」

「っ」

 

 膝に衝撃、下を見ると少年が僕の右足をおもいっきり蹴り上げていた。

 

「妖怪なんていても邪魔なだけなんだから、退治して当然だろ!? それなのに、なんでお前は巫女様の邪魔をしてソイツを庇うんだよ!!」

「……彼女は犯人じゃない、犯人は別に居るんだ」

「その証拠が何処にあるっていうんだよ!? 第一、同じ妖怪なんだから退治されて当たり前なんだから、邪魔する方が間違ってんだ!!」

「っ」

 

 右手を握り締め、拳を振り上げる。

 今の発言だけは許されない、いくら妖怪だからって退治されるのが当たり前だなんていう考えは……!

 

「――やめなさいナナシ、気持ちは判るけど落ち着いて」

 

 振り上げた腕を、霊夢に掴まれる。

 ……そうだ、冷静にならないと。

 こんな小さな子供に暴力を振るおうとするなんて、どうかしてる。

 拳を解き、腕を降ろしてから僕はルーミアの手を掴み踵を返した。

 

「ここじゃ落ち着いて話せない、だから場所を変えよう」

「……そうね。それが賢明だわ」

 

 霊夢が周囲の人達に「この妖怪は今回の事件の事情を知っているので、自分が監視する」と伝え、そういう事ならと周囲の人達も納得の色を見せる。

 ただそれでも、一部の人はルーミアや僕をまるで汚物を見るかのような視線を向けてきていた。

 気分が悪い、一刻も早くここから離れたいと身体が願っており、無意識の内に早足で歩き出していた。

 

「神社に行くわよ」

「…………うん」

 

 吐き気がする、尚も背中に突き刺さる視線が痛い。

 それをなるべく気にしないようにしながら、僕は霊夢達と一緒に里を出た。

 ……自分の浅はかさに、腹が立つ。

 結局僕の行為は、余計な確執を生んでしまうだけだったんだ……。

 

 

 ■

 

 

「――あーあ、可哀想に」

 

 目に見えて沈んでいるナナシを、遠くから眺めながら嘲笑を送る1人の少年。

 里の人間を襲い、“食事”としてその肉体を蹂躙した元凶は、けらけらと笑いながら先程の光景を覗き込んでいた。

 

「相変わらず人間は醜いねー、お前らだって家畜を無惨に屠殺して糧にしてくせにさ、いざ自分達に被害が及ぶと被害者面するんだもん」

 

 ああ、本当に醜く度し難い生物だと、少年はせせら笑う。

 どんなに年月を経ても本質は変わらない、心も身体も脆弱な生物。

 そのくせ自尊心だけは無駄に高いのだ、妖怪にとって餌でしかないという事も理解できない愚か者。

 

「でも、だからこそ絶望した時の顔は見ていて楽しいんだ」

 

 正直な話、やろうと思えば里の殆どを自らの闇で埋め尽くし、蹂躙する事は可能だった。

 それをしなかったのは思っていた以上に里に展開された霊夢の結界が強固だったのと、何よりも。

 

「いっぺんに味わったら、今みたいな茶番は見られないもんね」

 

 だから少しずつ、じわりじわりと減らしていこう。

 その度にあいつらは憎悪の光を見せてくれる、闇に生きる妖怪にとって極上の餌となる憎悪を。

 ああ、それを味わえるのが今から楽しみでしょうがない。

 

「……それにしても、ルーミアは相変わらず人間に甘い」

 

 先程までの歪んだ笑みから一転して、つまらなげな表情を浮かべ、少年は侮蔑するようにルーミアの名を呟く。

 

「だから人間なんかに封印されるんだ、まあ……ボクも人の事は言えないけど」

 

 ただ、それももう終わりだ。

 抑圧されてきた妖怪としての欲を、抑える事などできやしない。

 自由気ままに人を襲い、人を喰らい、人に恐怖を与えていく。

 およそ妖怪らしい、けれどこの幻想郷では禁忌とされる行いを、少年は冒していく。

 

「さて……今宵も闇が深い。今日は何人喰らおうか?」

 

 黒い波が少年を包み、それが消え去った時には少年の姿も消えていた。

 周囲に残るのは静寂のみ、けれど少年は気づかない。

 

 人間をせせら笑う自分を、ただ黙ってじっと見ている女性が居た事に……。

 

 

 

 

 


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