この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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1月10日① ~宵闇の襲撃~

 冷たい風が、頬を叩く。

 

「……うっ、つ……」

 

 意識が戻ると同時に、土の感触が顔全体に広がっている事に気がついた。

 ……土の感触?

 

「っつ……あれ、なん、で……?」

 

 気だるさを抗いながら立ち上がると、周囲は見知らぬ光景に変わっていた。

 ザワザワと夜の風でざわめく木々、舗装などされていない獣道とも呼べる土の地面。

 所謂“森”と呼べる場所に、僕は倒れ込んでいた。

 

「…………どこだ、ここは」

 

 自分の記憶にはない場所だ、そもそも僕はどうしてこんな見知らぬ土地で倒れていたのか。

 とりあえず、ここに到るまでの経緯を思い出そうと頭を捻ったが。

 

「っ、い、て……」

 

 胸を中心に、不快感と嘔吐感が一斉に襲い掛かり思考が中断させられた。

 ……そこで漸く気がついた、自分の服に小さくない穴が空いており、その周囲が血で汚れている事に。

 

「あ、れ……なんだよ、これ……」

 

 服を脱ぐと、穴の先に()()が残っていた。

 一応塞がってはいるものの、周囲にこびり付いた血の量が決してこの傷が浅いものではなかったと証明している。

 思考を蝕む不快感と嘔吐感はやはりこの傷痕から押し寄せているようだ、けれど……。

 

「……なんで、こんな怪我をしているんだ……?」

 

 僕は、何故こんな傷を負っているのか思い出す事ができなかった。

 それだけではない、僕はこの傷を負った経緯はおろか……。

 

「――僕は、誰だ?」

 

 ……これが記憶喪失というやつなのだろうかと、何処か他人事のように考えてしまう。

 実際に他人事にように考えているのだろう、あるいは混乱し過ぎて思考が停止してしまってるのか。

 

「…………」

 

 とにかく、いつまでもこんな所で立ち尽くしていても事態は変化しない。

 まずは人が居る場所に移動しよう、ただ周囲が木々に囲まれているからどの方角にいけばいいのか。

 

 暗いせいか、この森は居るだけで恐怖心を煽られる。

 早く移動しよう、そう思った僕はすぐに足を動かそうとして。

 

「――ねえ、あなたは食べてもいい人間かしら?」

 

 背後から掛けられた、幼い少女の声を聞いて。

 僕の身体は、凍りついたかのように固まってしまった。

 

 ……振り向けない、振り向いてはいけない。

 今の声は、自身の破滅へと導く悪鬼の声だと理解すれば、固まるのは当然であった。

 

「……聞いてる? あなたは、食べてもいい人間なの?」

 

 少し不満げに、後ろの声は再度問う。

 

「っ」

 

 その声で緊張が僅かに解かれたのか、僕は脇目も振らずにその場から全速力で駆け出した。

 はっきり言って今のこの状況には理解が追いつかない、それでも今は逃げる事しか考えられなかった。

 生物としての生存本能が、僕に『逃げろ』と叫び続けている。

 

「は、ぁ……ぐっ……」

 

 ろくに舗装もされていない獣道は、少しでも油断すれば躓いてしまいそうになるほどに走りにくい。

 それでも走った、すぐ背後に迫っているどうしようもない“死”への恐怖から逃れたい一心で足を動かし続ける。

 

 ――息がつまる。

 乱立する木々の中を、足を取られそうになりながらも走る事は相当負担なのか、すぐに息が上がり足を止めようとしてしまう。

 それもあるだろう、けれど何よりも……胸に刻まれている傷痕がどうしようもなく僕の身体を蝕んでいた。

 服や肌に付着していた血は尋常な量ではなかった、それを考えれば今の僕の身体には圧倒的なまでに血が足りていない。

 

「速い速い、お兄さん……結構頑張るね」

「っ、あ……ぐうっ!!」

 

 耳元で、先程と同じ声が聞こえた。

 全速力で走り続けているというのに、酸素が行き渡っていない身体を酷使し続けているというのにまだ離れてくれない。

 

 まだ遅い、もっと速く走らなければ。

 相手はすぐ傍に居る、ならもっともっと速く走って逃げ続けろ。

 出口は見えず一向に終わりが訪れなくても走れ、そうしないとこんなわけのわからない状況で僕は――

 

「――けど追いかけっこは飽きちゃった、ここまでにするね」

「っ――――!?」

 

 耳ではなく脳に直接語りかけるような声が、霞みかかっていた意識を現実へと引き戻す。

 同時に反応する肉体は、まず両足を止め地面を滑りながら全力でその場から回避する選択を選んでいた。

 

「っ、ぁ……!?」

 

 風切り音が、うねりを上げる。

 同時に襲い掛かる激痛は、右肩から押し寄せそのまま地面に倒れ込んでしまう衝撃を与えてきた。

 そのまま地面に倒れ込み動けなくなった僕の身体の上に、小さな重みが押し寄せる。

 

「えっ……」

「ふふっ、結構楽しかったよお兄さん。顔も見ずに逃げられたのは初めてだったかなー」

 

 その重みの正体を見て、僕はおもわず固まってしまった。

 

 ……小さな、女の子だった。

 

 当たり前のように死の恐怖を与え、ただただ逃走する事だけを考えさせられた相手の正体は、十も満たぬ少女の姿をしていれば固まりもする。

 短い金の髪に赤いリボンを結び、黒を基調とした服を身につけた可憐な容姿の女の子は、馬乗りになりながら僕にニコニコと微笑みかけていた。

 

 その笑みが、どうしようもなく恐ろしい。

 無邪気で可憐な笑みだからこそ、その恐ろしさを一層感じさせた。

 

「その変な服装から察するに、お兄さんは“外来人”みたいだね」

「外、来人……?」

「別に気にする事なんかないよ、だって……どうせすぐにわたしに食べられて死ぬんだから」

 

 微笑みに、妖艶さと悪寒を走らせる恐ろしさが加わった。

 わたしに食べられる、つまり目の前の少女は僕を文字通り食すというのか?

 カニバリズム、人間の肉を食べるという習慣や行動を意味するそれを、この子は行なおうとしている。

 

「なん、で……」

「そんな事気にすることなんかないって、というより……もう喋らないでくれない? 耳障りなのよ、外来人の声って」

 

 少女の表情から微笑みが消え、絶対的な憎悪を瞳に宿しながら僕を睨む。

 見た目とはまるで違うその視線は、ぶるりと僕の身体を大きく震わせた。

 

「あんたみたいな外来人はわたし達に喰われるだけの餌なの、だから余計な抵抗なんてしないでさっさと喰われてしまえばいいの」

 

 少女の口が開かれる。

 ……なんだ、それは。

 なんなのだ、その物言いは。

 

 こっちはまだ状況をまるで理解していないというのに、いきなり襲われて喰われかけて、おまけに暴言を吐かれた。

 喰われるだけの餌だと断言され、恐怖よりも怒りがふつふつと湧いてくる。

 相手が小さくて可憐な容姿を持つ少女だとしても関係ない、こんな事を言われてただ黙ってやられるなんてまっぴらだ。

 

「それじゃあ、いただきまーす」

「…………けるな」

「ん? 何か言った?」

 

 余裕を隠そうともしない少女の態度に、今度こそ僕は聞こえるように叫ぶ。

 

「――ふざけるなぁっ!!」

 

 こんな叫びに意味などない、謂わば負け犬の遠吠えと言える精一杯の強がりだ。

 それでも一言言い返してやりたかった、一矢報いてやりたいと僕は叫びながら無意識の内に右手を少女へと伸ばす。

 勿論この行動も無意味な反撃に過ぎず、目標も定めていなかった右手はそのまま少女の頭に結ばれている赤いリボンを掴んで。

 

「っ、ぎ、あ――ああぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 目を見開き、限界まで身体を仰け反らせながら絶叫する少女の姿を、視界に入れた。

 馬乗りになっていた僕の身体から弾けるように離れ、蹲りながら両手で頭を抱え苦しげな声を上げ続ける少女。

 ……何が起きたのか理解できず、僕は逃げる事も忘れ茫然と少女を見つめる事しかできなかった。

 

 荒い息を吐き出し続けながら、少女は尚も苦しみ続けている。

 その光景は尋常なものではなく、殺されかけたというのにおもわず心配してしまうほどに痛々しい。

 

「う、ぐ……何を、した……!?」

「うっ……」

 

 怒りと憎しみを込めた目で、少女は苦しみながらも僕を射殺すつもりで睨みつける。

 その眼光におもわず小さな悲鳴が口から飛び出し、忘れていた逃走という選択肢が脳裏に浮かび上がった。

 すぐに立ち上がり、少女から背を向けて逃げようとして――地面に倒れ込んだ。

 

「あ、え……?」

 

 もう一度起き上がろうとして、また倒れる。

 何故、という疑問を抱くと同時にまた起き上がって、また倒れた。

 

「あ……」

 

 視界が霞む、意識が薄れていく。

 起き上がる力は消え失せ、どんなに歯を食いしばっても動けなくなった。

 

 ……限界が、訪れたのだろう。

 元々浅くはない傷を負って血が足りない状態で、あんなにも走り回ってまた怪我を負った、だというのにここまで酷使すれば倒れるのは当然だった。

 ただそれだけの事であり、結局僕がこの状況から助かる道理など初めから存在する筈もなく。

 

 目の前に、自身の命を奪う存在が居るというのに。

 僕の意識は闇へと落ち、そのまま意識を失ってしまった……。

 

 

 ■

 

 

「…………うっ」

 

 地面を踏み歩く音が、聞こえる。

 でも足を動かしているのは僕ではない、そして身体に伝わる僅かな揺れを感じ誰かに運ばれている事を理解した。

 目を開ける、最初に移ったのは肩辺りまで伸びた金の髪。

 

「気がついたか?」

「えっ?」

 

 僕をおぶってくれている金の髪を持つ人から、声を掛けられた。

 優しい声色で、僕を心配するようにその人は視線だけを僕に向ける。

 

「あ……」

「待て。気持ちは判るが一度落ち着いてくれ、わたしはもうお前を襲わないし襲うつもりもない。まずはこちらの話を聞いてくれると助かる」

 

 ――悲鳴が、出そうになった。

 僕をおぶってくれているのは、僕より少しだけ年下に見える女の子。

 

 けれどその容姿は多少大人びたものに変わっているものの、今の今まで僕の命を奪おうとした少女に瓜二つであった。

 困惑する僕に、少女はばつが悪そうな顔を見せながら自らの名を口にする。

 

「まずは自己紹介といこう。わたしはルーミア、『宵闇の妖怪』と呼ばれる化物だ」

「…………妖怪?」

 

 その単語に、首を傾げた。

 妖怪という言葉は知っている、けれどそれはあくまで創作の中に存在しているものの筈だ。

 でも彼女には実体があるし現に僕を背負っている、空想の存在ではない。

 

「その反応は当然だな。お前達“外の世界”の住人にとって妖怪というのは幻想の存在と成り果てている。

 だがわたしは嘘など言っていないし、お前が夢を見ているわけでもない。

 ――ここは幻想郷、人間に忘れられし妖怪や妖精、神々が暮らす仮初めの理想郷さ」

 

 皮肉めいた口調で、少女はそう言った。

 

 ……理解が、追いつかない。

 幻想郷? 妖怪や妖精や神様が暮らす世界?

 何を馬鹿なと言ってやりたかったが、あんな目に遭わされておいてそんな言葉が出てくるほど僕は愚かであるつもりはない。

 

「……どうして、僕を殺さない? さっきは食べようとしていたじゃないか」

 

 容姿や背丈は変わっているものの、このルーミアと名乗る少女が先程の少女だとわかっているからこそ、そんな疑問を口にする。

 するとルーミアは僕の問いに申し訳なさそうな表情を見せつつ、答えを返してくれた。

 

「さっきのわたしはあまりに子供でな。見境なく襲ってしまった事は……許してくれとしか言えない」

「…………」

「勿論お前がわたしを許す必要などないし許せないだろう、だがせめてお前に負わせてしまった傷の詫びだけはさせてくれ」

 

 そう言ってから、ルーミアは顔を前に向け歩く事に集中し始めた。

 

 ……正直、彼女の言う通り許すつもりはない。

 

 何せ殺されかけたのだ、そんな相手に慈悲など向ける余裕なんて存在していなかった。

 けれど僕の身体はこうしておとなしく背負ってもらう事しかできない程に衰弱しているので、逃げる事も叶わない。

 

「…………信じても、いいの?」

「できる事なら。少なくとも今のわたしはお前に迫る脅威からお前を守る事を誓う」

 

 視線は向けず、けれど強い決意と優しさを込めた口調でルーミアは言った。

 それを容易に信じる事は難しい、でも今の僕に逃げる事なんかできないので余計な事を考えるのはやめた。

 そう思うと少し気が楽になり、余裕が生まれた僕は漸く見慣れぬ竹林の中を移動している事に気がついた。

 

 天まで伸びるのではないかと錯覚するほどの成長を見せる竹達が、夜空の殆どを覆っている。

 周囲に視線を向けても同じ景色が続いており、自分が何処を移動しているのかわからなくなってしまいそうだ。

 

「ねえ、訊きたい事があるんだけどいいかな?」

「わたしに答えられる事なら」

「なら、ここは何処? 僕を何処へ連れて行くつもり?」

 

「ここは“迷いの竹林”と呼ばれる場所だ、成長が早い竹達に覆われたこの場所は人間はもちろん妖精や妖怪も迷ってしまう天然の迷宮だな。

 お前を連れて行こうとしている場所はこの竹林の中にある“永遠亭”という診療所だ、そこには腕の良い医者が居るからお前の傷もすぐに治してくれる」

「迷いの竹林に、永遠亭……」

 

 聞き慣れない単語だ、やはりここは僕にとって未開の地なのか。

 ……いや、その表現は些か間違いでもある。

 

「わたしからも、1ついいか?」

「いいけど、何?」

 

「名前を訊いていなかったからな。もちろんお前が名乗りたくないのなら無理にとは言わないが……」

「……ごめん。それは無理なんだ」

「謝る必要なんかないさ。殺しかけた相手に心を許すなどありえないのだからな……」

「そうじゃないんだ。そうじゃなくて……僕は、自分が何者なのか判らないんだ」

「…………何だと?」

 

 ルーミアの足が止まる。

 こちらに視線を向ける彼女の表情は、やはり驚きを含んだものに変化していた。

 

「だから僕が君の言う外来人とやらかもよくわからないんだ」

「……いや、おそらくお前は外来人だ。その服装は幻想郷では見ない服装だからな」

「ところで外来人っていうのは?」

 

「幻想郷は周囲に結界が張られ外界から遮断された世界なんだ。その結界の外の世界に住む人間の事をわたし達は外来人と呼んでいる。

 通常は結界により外の世界と幻想郷は行き来できないが、色々な要因と一部の妖怪の仕業でこの幻想郷に迷い込んでくる事があるんだ。直接見たわけではないが人里に暮らす事を決めた外来人もいるらしい」

「そうなんだ……」

 

 外の世界とは、妖怪のような幻想の存在など殆ど居ない科学が発達した世界らしい。

 成る程、科学という単語は馴染み深いものなので、そう思う僕は確かに外の世界の人間なのかもしれない。

 妖怪とやらに襲われる経験などなかったし、その妖怪が現実には居ないという認識を抱いていた僕はルーミアの言っている事は正しいのだろう。

 

「しかし記憶喪失か……一体どういう経緯でお前はこちらに来たのだろうな」

「…………わからない」

「まあそう悲観する事はないさ。とりあえずお前がこれからどうするのか決めるまでは、わたしがお前を守る事を誓おう」

「ルーミア……」

 

 そう告げる彼女の口調は、先程以上に優しいものであった。

 だからこそわからない、彼女が先程の少女と同じ存在だというのならここまで別人同然の態度を見せる理由がない。

 僕の相手を見る目が無いだけかもしれないが、今の彼女は本気で僕の身を案じ守ろうとしてくれている。

 

「ねえルーミア、どうして僕を助けてたの? それになんだか急激に成長しているような気がして……」

「ああ、それは“封印”が一時的とはいえ解かれたからだろうな」

 

 そう言って、ルーミアは左指で自らの頭を指差した。

 そこで気がつく、ルーミアの髪に結ばれていた赤いリボンが無くなっていた。

 

「私の髪に結ばれていたリボンは封印札の一種でな、それをお前が解いたから肉体が成長したんだ」

「…………僕が解いた?」

 

「……やはり無意識だったのか。お前が封印されていたわたしに喰われようとした時にリボンに触れただろう? その際に完全ではないが封印が解かれたんだ」

「えっ……?」

 

 ちょっと待て、僕にはそんな能力などないしそもそもそんな本来人間に備わっていない能力を持っているのなら、あの時だって逃げ(おお)せた筈だ。

 だがルーミアの口調に嘘は込められていない、つまり彼女の言っている事は事実なのか……?

 

「お前には何かしらの力が宿っているのは確かだ、現にわたしが爪で傷つけた肩の傷も塞がりかけている。人間の自然治癒能力を遥かに超えた再生速度だ」

「…………」

 

 右肩に視線を向ける、するとルーミアの言う通り傷が塞がりかけていた。

 確かにこれは普通ではない、こんな短時間で塞がるような小さな傷ではなかった筈だ。

 それに胸の傷も今ではすっかり痕すら残さず完治している、この傷の出所はわからないが明らかにおかしい。

 

「…………」

 

 途端に、自分自身が何か得体の知れないモノに思えて恐くなった。

 自分で自分がわからないという事が、ここまで恐怖を抱くものだとは思わず、気味が悪くなった。

 

「――恐れる事はない」

「えっ?」

「お前は人間だ。妖怪であるわたしがそう思うのだから間違いない、仮に人間を超えた力を持っていたとしてもお前自身が正しく使えればいいだけの話だ」

 

 その言葉は、僕の心中を読んだかのような言葉だった。

 ――自分自身に向ける恐怖が、和らいでくれた。

 

「ありがとう、ルーミア」

「殺しかけた相手に感謝するとはな……お前は優しいというか、少し抜けているんじゃないか?」

 

 からかいの意味を込めて、ルーミアは笑う。

 それがなんとなく恥ずかしくて、僕は何も言わず無言を貫く。

 

「ルーミアだって、殺そうとした僕を助けてくれているじゃないか」

「……信じられないかもしれないが、私は元々人間が好きなんだよ。妖怪だから説得力がないだろうが」

「じゃあ、さっきは……」

「封印を施されていた時の私は精神も幼くなっていてな、妖怪としての本能に従う事しかできなくなっていたんだ。すまない……」

「あ、いや……」

 

 少し、空気が気まずくなった。

 先程の事を気にしているのに、今の僕の発言は不用意に彼女の心を傷つけてしまうものだ。

 僕は被害者だし彼女は加害者ではあるけど、ちょっと無神経だったかもしれない。

 

「少し休むといい。永遠亭までもう少し掛かる」

「……そうさせてもらうよ」

 

 気まずさからぶっきらぼうに言って、僕はそれを誤魔化すように目を閉じた。

 僕の態度にルーミアは何も言わず、けれど少しだけ歩を進める速度を緩めてくれた。

 

 吹く風は冷たく、月の光が殆ど届かないこの場所は薄暗く恐ろしい。

 けれど背負われている今は不思議と心地良く、僕はその安心感に身を委ねる事にした……。

 

 

 

 

 

 


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