この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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今日はお仕事はお休みだ。
前に会う約束をした人に、会いに行かないと……。


2月16日 ~ナナシと大僧正~

 人里の中を、1人で歩く。

 今日は鈴仙の手伝いではなく、前に交わした約束を果たす為に、里外れにあるらしい“命蓮寺”へと向かっていた。

 

〈ナナシ〉

(何?)

〈約束しちまった手前、こうして会いに行くのはしょうがねえとしてもだ、深入りするつもりがねえのなら浅い関係に留めておけよ?〉

(……それって聖さんの事? なんで?)

 

 問いかけるが、八咫烏からの返答はなかった。

 その態度に訝しんでいると、前方に命蓮寺の入口と。

 こちらに向かって笑顔で手を振っている、聖さんの姿が見えてきた。

 

「こんにちは、聖さん」

「こんにちはナナシ、来てくださってありがとうございます」

 

 ぺこりと一礼してから、どうぞと聖さんは寺へ入るように促してくれた。

 

「今日は寺のみんなは出払っていますので、皆の紹介はまた別の機会にしましょう」

「はい。ところでどんな人達が居るんですか?」

「みんなとても良い子で可愛い女の子ばかりですよ、殆どが妖怪ではありますけどね」

 

 そんな事を話しつつ廊下を歩いていく。

 やがて客間へと着き、聖さんはお茶を淹れに入ってしまったので、座って待つ事に。

 お寺、とはいってもそういった部屋以外は普通の家と変わらないんだな……。

 

〈茶、飲んだら帰るぞ〉

(……ねえ、さっきから変だよ? もしかして聖さんが気に入らないの?)

〈そんなわけねえだろ、あんな巨乳ねーちゃんが嫌いとかありえないって〉

(じゃあなんでそんなに帰りたがってるの? あとその表現は失礼だからやめた方がいいよ)

〈…………お互いの為にならねえからだ〉

 

 よくわからない答えを返してくる八咫烏。

 どういう意味かと訊いてみるが、またも無言を貫くのみ。

 お互いの為にならないって……本当にどうしたんだろう。

 

「お待たせしました」

 

 お茶とお饅頭を持って、聖さんが戻ってきた。

 ……とりあえず考えるのはやめよう、そう思い僕は意識を此方と向かい合うように座った聖さんへと向ける。

 

「遠慮しないでくださいね?」

「ありがとうございます、いただきます」

 

 ご厚意に甘え、饅頭とお茶に手を伸ばす。

 永遠亭は兎達でいつも賑やかだけど、この命蓮寺は2人だけという事もあるのかとても静かだ。

 時々聞こえるのは木々のざわめきだけ、のんびりした空気は心を穏やかにさせていく。

 

「…………」

「…………」

 

 穏やかな空間の中に生まれる違和感。

 ……聖さんが、こっちを見ながらニコニコと微笑んでいる。

 向ける視線がとんでもなく優しいものだから指摘するのは躊躇われたけど、さすがに訊かずにはいられない。

 

「あの……何か?」

「えっ、あ、いえ、なんでもありませんよ」

 

 挙動不審な反応を見せる聖さん、なんでもないように見えませんけど……。

 とはいえ深く追求するのも何なので、それ以上は何も訊かずお茶を啜る。

 

「――ご馳走様でした」

「はい、お粗末さまでした。……すみませんが、此方に来ていただけますか?」

「えっ、はい……」

 

 立ち上がり、聖さんの元へと移動する。

 すると、彼女は自分の太股をポンポンと叩きつつ、僕に視線を向けてきた。

 ……待った、そのジェスチャーはまさか。

 

「……違ったら申し訳ないんですけど、もしかして膝枕しようと思ってます?」

「はい、正解です」

 

 どうぞ、なんて言ってくる聖さんだけど、ハイわかりましたとはいかない。

 そりゃあそうである、女の人に膝枕してもらうとか恥ずかしいことこの上ないし、何よりそこまで親しい間柄でもないのに……。

 

「…………あれ?」

 

 視界が横になっている。

 地面に向いている方からは、何やら柔らかい感触が。

 

「痛くありませんか?」

「はい、大丈夫……じゃなくて、いつの間に!?」

 

 いや、本当にいつの間にか膝枕されていた。

 あの一瞬でである、素早いとかそんなレベルではない。

 

「あの、聖さん……」

「お嫌ですか?」

「…………」

 

 そんな不安そうな声で言われたら、反論できない。

 何の意図があるのかはわからないけど、別に抵抗する理由が無いのならおとなしくしていた方がいいのかもしれない。

 それに柔らかくて暖かな感触は、大きな安心感を生み身体の力を程よく抜いてくれる魅力があった。

 所詮僕も男という事なのか、正直この膝枕に抗える自信がない。

 

「ふふっ……」

「んっ……」

 

 優しく、ゆっくりと頭を撫でられる。

 それがまた心地良くて、自然と目を閉じてただひたすらにその感触に身を委ねた。

 なんだか眠くなってきた……このまま寝てしまってもいいだろうか。

 そうだそうしよう、心地良さに抗えず僕はそのまま優しさの中に沈んでいこうとして。

 

「…………命蓮」

 

 ぞわり、と。

 おもわず身体を震わせてしまう程に恐いと思ってしまった、聖さんの呟きを耳に入れた。

 

 ……今のは、何だったのか。

 たった一言、誰かの名前であろう呟きを聞いただけで身体が震えた。

 声に込められていた狂おしいまでの愛情と、執着をその身が感じ取ったからだろうか。

 

〈……ああ、そういう事かよ〉

 

 八咫烏の、侮蔑を込めた声が聞こえた。

 そう思った瞬間、全身に軽い衝撃が襲い掛かり。

 

「……ナナシ?」

「…………」

 

 そう思った時には、僕の身体は僕の意志とは無関係に動き、聖さんから離れ彼女を冷たい目で見下ろしていた。

 それを何処か他人事のように見る、否、実際に他人事になっていた。

 身体が動かせない、けれど僕の身体は勝手に動いている。

 

(八咫烏、僕の身体を動かしているのは君なのか……?)

〈悪いなナナシ、ちょっとばかり身体を貸してもらってるぞ。すぐに返すから安心しろ〉

 

 何を勝手な、当然抗議したが八咫烏は耳を貸さず僕の口で聖さんを責め立てる。

 

「元々何も言わないつもりだったがな……お前がそういう態度をナナシに向けるのなら話は別だ」

「……あなたは、何者ですか?」

「オレは八咫烏、わけあってナナシに依代になってもらいこいつの身体の中にいる者だ」

「八咫烏……」

 

 驚きを見せる聖さん、というかあっさり信じるのか。

 聖さんは僧侶で魔法使いだから、八咫烏が表に出た事で何かしらを感じ取ったのかもしれない。

 

「聖白蓮、どこかで聞いた事があると思ったが……あの聖命蓮の姉か」

「っ、命蓮を知っているのですか?」

「会った事はないが毘沙門天から聞いている、かつて最高位の大僧正とまで謳われた伝説の僧だとな」

 

 命蓮、そういえばさっき聖さんが呟いていたのもその名前だった。

 同時に理解する、聖さんが僕を誰の姿と重ね合わせていたのかを。

 

「かつて死に別れた弟の代用品を、ナナシにやってもらおうって魂胆か?」

「何を……」

「だからこそお前はナナシに対してこうまで積極的になったんだろ? それにあの呟き……家族を失った寂しさを代わりを用いて埋めようってか?」

「違います、私はそんな……」

 

 すぐに否定する聖さんだが、その口調は僕でもわかるほどに弱々しいものだった。

 ……そうか、八咫烏が危惧していたのはこういう事だったのか。

 だからすぐに帰りたがっていたし、あまり聖さんと交流を持つなと警告したんだ。

 

「別にそれが間違ってるなんて偉そうな事を言うつもりはねえ、それだけ大事だった家族に似てるヤツが現れたのならそう思っちまうのもしょうがねえさ。

 だがな、それにナナシを巻き込むのは許さん。コイツはただ純粋にお前との交流を深めたいと思っているのに、それを裏切る行為をするというのなら……」

(っ、八咫烏!!)

 

 やめろ、それ以上は。

 それ以上、聖さんの心を傷つけるな。

 

 溢れんばかりの激情が、爆発したかのように飛び出した。

 それを聞いた八咫烏は言葉を止め、やがて呆れと仕方なさを含んだ溜め息を吐き出す。

 

「……ナナシが怒るんで、ここまでにしてやる。

 だが忘れるな、たとえお前にとってナナシがお前の弟に似ているとしてもナナシはナナシだ。代わりになんかなりゃしねえんだ」

 

 八咫烏がその言葉を放つと同時に、先程と同じ衝撃に襲われる。

 同時に八咫烏の精神が内側へと戻り、いつものように身体が動かせるようになった。

 すぐさまどういうつもりかと問い詰めようとするが、話す事などないのか八咫烏はそのまま僕の身体の奥底へと引っ込んでしまった。

 これでは会話ができない、というか八咫烏だけこういう事できるのか……。

 

「…………」

「ぁ……」

 

 周囲の空気は、最悪なものになっていた。

 八咫烏が好き勝手言うだけ言って逃げたから、どう声を掛けていいのかわからず、押し黙る事しかできない。

 聖さんも顔を俯かせ、表情は見えないものの……ショックを受けているのは手に取るようにわかってしまう。

 

 どうして八咫烏は、あんな言い方をしたのか。

 僕を亡くなってしまった弟さんの代わりにしようとしたと言っていたけど、聖さんだってそんな意図は無かったんじゃないのか?

 確かに彼女の行動を顧みれば八咫烏の言葉にも説得力はある、けどだからって……。

 

「…………ごめんなさい、ナナシ」

 

 ぽつりと、顔を俯かせたまま聖さんが僕に向かって謝罪する。

 その声は震え、まるで子供のように小さく儚いものであった。

 

「聖さんが謝る事なんて無いんです、八咫烏が言い過ぎただけで……」

「いいえ。彼の言っていた事を否定する事はできません……私は、貴方を亡き弟である命蓮の姿を重ねて見ていました」

 

 許しを請うように告げ、聖さんは命蓮さんの事を話してくれた。

 

 自身の法術の師であり、家族であり、友であり、支えであった命蓮さん。

 そんな彼が自身よりも早く亡くなった事で、聖さんは“死”に対する恐怖を抱き魔の道を歩み始めたそうだ。

 

 人としての生を捨てる決意を抱かせるほどに、聖さんにとって命蓮さんという人物の存在は計り知れなかった。

 今は自分を慕い共に歩んでくれるもう1つの家族に恵まれているが、それでも彼女の中から命蓮さんの存在は決して消えたりはしない。

 それでも日々を過ごす中では、あくまでそれは思い出の1つに留まっていたのだが……僕との出会いで、その思いが再び表に出てしまった。

 

「ナナシは命蓮の若い頃に似ていますから、一瞬だけ本気で命蓮が私の前に現れたのかと思いました」

 

 だからこそ、初めて会った時にあれだけの驚きを見せたのか。

 ……なら仕方ないではないか、大切な家族に似ている人と会えたのなら、代わりとして接してしまってもそれは。

 

「八咫烏様の言う通り、間違っているのは私の方です」

「……だけど、それだけ大切な家族と似ている人に会ったのなら」

「それはあくまで一時の夢、そればかりか私はあなたを“ナナシ”という人物ではなく“命蓮に似ている命蓮の代わり”としか見なかった。あなたの全てを蔑ろにしているに等しい愚行を、私は犯してしまったのです」

 

 自らを責めるように、聖さんは言った。

 

「許してください、などと言う資格など私にはありません。僧でありながら欲に溺れあなたを傷つけてしまった……その償いは、必ず」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 話が大事になっているので、慌てて制止した。

 償いとか、聖さんは何を言っているんだ?

 彼女が償う事なんて、何一つないというのに。

 

「聖さん、僕に償うことも許される必要もないんですよ。だって別に何も悪い事なんかしていないじゃないですか」

「えっ……で、ですが私は」

「大切だから、本当に大切だったから僕と弟さんを重ねてしまったんでしょう? その気持ちは……少しだけですけど、判る気がしますから」

 

 僕には、家族と呼べる人は居ない。

 本来なら居るかもしれないけど、記憶を失っている今では存在しないのと一緒だ。

 それでも、大切な人を失い悲しむという人としての気持ちは、理解できる。

 だから誰にも聖さんを責める事はできないし、してはならないと思ったのだ。

 

「僕は、聖さんの弟さんの代わりにはなれません」

「…………」

「だけど友人にはなれると思うんです、そして僕自身が聖さんと友達になりたいと思っています。

 だから今回の事でわだかまりのようなものを残したくない、ですからさっきの事はもう気にしないでくださいませんか?」

 

 八咫烏が聞いたら「甘い」と斬り捨てる事を言っているけど、それでも僕は言いたかったのだ。

 気にしないでほしかったから、今回の感情を否定して拒絶しないでほしかったから。

 僧侶だって心がある、迷う事だってあるし家族を想うが故に見せてしまう弱さだってある筈だ。

 

「…………本当に、そういう所も似ていますね」

 

 聖さんが微笑む、とても自然で柔らかな笑顔を浮かべている。

 

「ナナシ、私と……友人になってくださいますか?」

「勿論です。聖さん」

「では、私の事は白蓮とお呼びください。私とあなたは友達なのですから」

「はい、白蓮さん!!」

 

 お互いに右手を差し出し、握手を交わす。

 その瞬間、僕と白蓮さんは友人になる事ができた。

 

「えっ……わぶっ」

 

 突然手を引っ張られ、抱きしめられる。

 顔が白蓮さんの豊満な胸に挟まれ、恥ずかしいやら息ができないやらで思考がこんがらがった。

 

「すみません、少しだけ……このままで」

「うぶぶ……」

 

 わ、わかりました……わかりましたから、白蓮さん。

 お願いですから、もう少しだけ抱きしめる力を緩めてください。

 む、胸が……僕には刺激が強すぎます、あと呼吸が上手くできないので……。

 

 

 

 

 

 


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