この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

17 / 39
八咫烏という神様と肉体を共有するという非常識なイベントがあったけど、漸く日常が戻ってきてくれた。

永遠亭のみんなにも迷惑を掛けてしまったし、お仕事頑張らないとっ!!


2月10日 ~里での出会い~

「鈴仙、この家で最後?」

「そうですね……お疲れ様でした、ナナシさん」

 

 人里にて、鈴仙と一緒に薬の販売作業を終え、並んで歩く。

 地底から永遠亭に戻り、いつもの日常はすぐに戻ってきてくれた。

 鬼に攫われたり謎の男に襲われたり、八咫烏のこの身に取り込んだりと色々あったけど、地上での日常はちっとも変わらなかった。

 

「少し早く終わりましたね、もしよかったらこれから一緒に甘味処に行きませんか?」

「そうだね。それに前に約束もしていたし行こうか」

「はい!」

 

 永遠亭に戻る予定を変更し、2人で甘味処へと向かう事にした。

 

〈青春だねえ、こんなエロ可愛い兎ちゃんとデートとはやるじゃねえかナナシ〉

(デートじゃないよ、前に約束していたから一緒に行くだけさ。それと鈴仙をそんな風に見るのはやめてほしいんだけど?)

〈……お前、それ本気で言ってんのかよ。兎ちゃんも可哀想に〉

 

 呆れたように溜め息を吐く八咫烏、なんとなく馬鹿にされているような気がした。

 というか普通に会話に参加しようとしないでほしい、八咫烏の声は一部を除いて僕以外の人には聞こえないんだから、うっかり素で反応してしまったら危ない人間に思われてしまうではないか。

 

「――御主人、一体どうするつもりだい?」

「えっと……ど、どうしましょうか店主さん?」

「いや、こっちに聞かれても困るんだがね……」

 

 店の前に赴くと、入口付近で何やら問題が発生したのか三名の人物が対峙し合っている。

 1人は店の制服を着ている辺り店主なのだけれど、他の二名は……どうやら人ではないらしい。

 

 鼠を思わせる耳と尻尾を生やした小柄な少女が、金に黒のグラデーションの髪を持つ長身の女性を軽く睨んでいる。

 対する長身の女性は、小柄な子に睨まれあたふたと慌てていた。

 

「とにかく無銭飲食をした以上、黙ってはいさよならってわけには……」

「そ、そんな……待ってください、その……財布を寺に忘れてきただけで」

「だけど今は金を持っていないんだろ? なら無銭飲食じゃないか」

「うぐぅ……」

 

「…………」

「ナナシさん、入らないんですか?」

 

 鈴仙が促してくるけど、さすがに困っている人を横目に店に入るのは躊躇いがあった。

 初対面で赤の他人ではあるけど、涙目になっている長身の女性はどうも放ってはおけない。

 

「……あの、お財布を持っていないんですか?」

 

 お前馬鹿だろ、そう言い放つ八咫烏の言葉を無視しつつ、思い切って話しかけた。

 突然見知らぬ人間が割って入った事で全員が面食らったような表情を浮かべたが、すぐに店主である男性が僕の問いに答えを返す。

 

「ああそうだ、こっちとしてはこのまま黙って帰す訳にはいかなくてね……」

 

 まあ尤もである、飲食して代金を払わないなんて言語道断だ。

 しかし女性の方は財布を忘れただけで食い逃げをするつもりはなさそうだし……徐に懐に入っている財布の中身を確認する。

 ちょくちょく八意先生からお小遣いという名の給金を貰っているので、それなりの額は入っていた。

 

「もしよろしければ僕が代わりに払いますので、今回は大目に見てあげる事はできませんか?」

「えっ!?」

「そういう事ならこっちは別に構わんが……いいのかい?」

「ええ、お願いします」

 

 店主から金額を聞き、財布からその分のお金を取り出し手渡す。

 長身の女性が止めようとするけど、それではいつまで経っても問題が解決しそうにないので軽く受け流した。

 

「……お嬢さん、次からは気をつけるんだよ?」

「は、はい……本当に申し訳ありませんでした」

「それじゃあ、僕はこれで……」

 

 一連のやり取りを見ながら僕を呆れたように見つめる鈴仙と共に、店へと入ろうとする。

 

「あ、あの!!」

「気にしないでください、僕が勝手にやった事ですから。お礼も何もいりません」

 

 あくまでも今のは僕の自己満足でしかない、恩義を感じられても困ってしまう。

 なので有無を言わさぬ物言いでそう告げたのだが、長身の女性はなかなかに頑固者であった。

 

「そういうわけにはいきません、今は何も返せませんが……必ずこの御恩を返します。

 私の名前は“寅丸(とらまる)(しょう)”、こちらは私の部下の“ナズーリン”。里にある“命蓮寺”にて僧をしております」

「……僕はナナシです。寅丸さん」

「ナナシさん、ですね? それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。必ず今回のお礼は致しますので……」

 

 こちらが恐縮してしまうくらいの丁寧さで一礼した後、寅丸さんは行ってしまった。

 部下と呼ばれたナズーリンさんも、こちらにぺこりと一礼して寅丸さんの後を追い、それを見届けてから今度こそ鈴仙と共に店へと入った。

 

「――ナナシさん、御人よしが過ぎるんじゃないんですか?」

「まあ、わかってはいるんだけどね……」

 

 注文を終えてから、早速とばかりに鈴仙に苦言を呈されてしまった。

 

「まあ、でも命蓮寺の連中だからナナシさんを利用しようとはしないだろうけど……」

「鈴仙はさっきの人達の事、知ってるの?」

「詳しくは知りませんけど、さっきの連中は里の外れにある命蓮寺っていうお寺の関係者です。

 さっきの寅丸星は毘沙門天の遣いらしくて、そこの住職の“(ひじり)白蓮(びゃくれん)”って僧侶は人と妖怪はおろか神も仏も平等という考えを持っているそうですよ?」

 

〈ああ、なんかどっかで感じた事がある力だと思ったら……あのイケメン毘沙門天のだったか〉

「へえ……凄い人だったんだ」

 

 正直、そんな風には見えなかったのはここだけの話だ。

 なんともほんわかした雰囲気で、温厚さが前面に出ているせいか凄みのようなものは感じられなかった。

 でもお寺の関係者ならあの丁寧さは納得できる、少し腰が低すぎるようにも思えたけど……。

 

「それにしても、全て平等かあ……その聖さんって人も、違う種族でも一緒に生きられれば良いなって思ってるんだね」

 

 さすがに神も仏も一緒とは思っていないけれど、人と妖怪が共に生きられれば良いなあと思っているので、会った事はないけれどその聖さんって人には共感が持てた。

 しかし、僕の言葉を聞いた鈴仙の表情はなんともいえないものに変わっており、その考えには否定的なのが見て取れる。

 

「ナナシさん、こう言っちゃなんですけど……それはあくまで理想論だと思いますよ?」

「……それは、まあ」

「そもそも妖怪は人間に恐れられてなんぼの生物なのに、人間と仲良くなったら自己を確立できずに消えちゃいます。人間と妖怪の平等なんてそれが理解できてない人の発言にしか思えませんね」

「…………」

 

 ぐさりと、鈴仙の言葉が胸に突き刺さる。

 乱暴な物言いかもしれないけど、彼女の言っている事は正論だ。

 幻想郷で生きる妖怪とて外の世界で人間に恐れられなくなったからこそ、ここに流れ着いたようなものなのだから。

 

 人から恐れられなくなった妖怪は、いずれこの幻想郷からも消え去り……初めから存在していなかったかのように全ての者から忘れ去られる。

 それぐらいは幻想郷生まれじゃない自分だってわかっている常識だ、でも恐れられるとしても……仲良くできないなんて事はきっとないと信じたかった。

 だってそうでなければ、妖怪兎である鈴仙と人間の僕がこうして共に向かい合って団子を食べているなんて光景も、嘘のように思えてしまうから……。

 

「あ、ご、ごめんなさい……私、ナナシさんを否定するつもりじゃなくて……」

「鈴仙が謝る事なんて何もないよ、僕は気にしてないしそもそも鈴仙が言った事は間違いじゃないんだから」

「…………」

 

 少しだけ、空気が気まずいものに変わってしまった。

 ……難しい問題だ、生きている環境も存在意義も違う種族が、共に生きるというのはきっと想像以上に厳しいのだろう。

 

「鈴仙、すぐに解決しない話を続けても埒が明かないし、せっかく美味しい団子が目の前にあるんだから楽しく食べよう?」

「そう、ですね……すみません」

「だから、謝る必要なんかないってば」

 

 少々強引に空気を変えると、鈴仙もこちらの心中を察してくれたのか表情を和らげ少しずついつもの空気に戻ってくれた。

 いけないいけない、さっきみたいな内容は友人同士で話すようなものではないのに……気をつけなければ。

 

 反省しつつ団子に舌鼓を打つ、うん、美味い。

 1つ2つと食べていく内に、すっかり元の空気を取り戻し鈴仙と楽しく談笑する事ができた。

 ……その半分以上の内容が鈴仙の八意先生や輝夜さん、そしててゐさんに対する愚痴だったのはご愛嬌だ。

 

 ■

 

 しっかりと永遠亭のみんなへのお土産を買ってから、店を出た。

 後はこのまま帰るだけだけど……まだ時間には余裕がある。

 

「鈴仙、他に何処か寄りたい場所とかある?」

「えっ!?」

「? どうしてそんなに驚くの?」

 

 ただ寄りたい場所があるのか訊いただけなのに、何故か物凄く驚く鈴仙に首を傾げる。

 それにどことなく顔が赤い……というか、挙動不審だ。

 

〈おっ、デートの続きをご所望とはなかなかの甲斐性だぞナナシ〉

(デートって……もしかして鈴仙、勘違いしてるのか?)

〈この態度を見ればわかるだろうが、お前って童貞だけあって鈍いな〉

(それは関係ないだろ!!)

 

 なんて事を言うんだこの神様は、当たってるけどさ……。

 とにかく誤解を解かなければ、あたふたしている鈴仙に声を掛けようとして。

 

「すみません。ナナシさんというのは……あなたですか?」

「はい?」

 

 背後から声を掛けられ、おもわず振り向くと。

 

「っ!?」

「…………?」

 

 そこには、先程出会った寅丸さんと。

 僕を見て目を見開いて驚愕している、金髪に紫のグラデーションという変わった髪をした女の人の姿が見えた。

 

「先程振りです、ナナシさん」

「寅丸さん……でしたよね? どうしたんですか?」

「先程の事を彼女に……ああ、その前に自己紹介をしなければなりませんね、聖?」

「…………」

「……聖? どうしたのですか?」

 

 寅丸さんの声にも、聖と呼ばれた女性は固まったままじっと僕を見つめ続けている。

 ……この人がさっき話題に出してた聖白蓮さんか、こういってはなんだけど……服装といい髪形といい、僧には見えない。

 というか、彼女は何故さっきから僕を見て驚いているのだろうか?

 

〈へえ……魔法使いか、それもかなりの実力の〉

(そうなの?)

〈おまけに僧としての法力も兼ね備えてやがる。見た目は若い巨乳ねーちゃんだが……かなり歳くってやがるな〉

(……最後のは完全に蛇足だよね)

 

「聖」

「っ、ぁ……星、どうしたのですか?」

「どうしたって……聖こそどうしたんですか?」

「そ、そうでしたね……申し訳ありません」

 

 おほんと咳払いをして佇まいを直してから、聖さんは改めて此方を向き自己紹介を始めた。

 

「聖白蓮と申します。そちらの妖怪兎さんは知っていると思いますが、命蓮寺という寺で僧をしている者です。先程はこちらの寅丸星がたいへんお世話になったそうで……」

「ナナシです。寅丸さんにも言いましたけど気になさらないでください、僕の自己満足で関わっただけですから」

「いえ、そういうわけには……」

「本当に大丈夫です。偶然あの光景を目にして行動に移っただけですから、聖さん達が感謝する事も恩を感じる必要もありませんよ」

 

 恩を売りたくて助けたわけじゃない、寅丸さん達がきちんと感謝してくれているのならそれで充分だ。

 

「…………」

 

 その旨をきちんと伝えると、聖さんはまた僕をじっと見つめ始めた。

 ……どうして、懐かしむような慈しむような目で僕を見てくるのか。

 少し居心地が悪くなり、彼女から視線を逸らす。

 

「……似ていますね、あの子に」

「えっ?」

 

 聖さんが何か呟いたような気がしたけど、よく聞き取れなかった。

 と、向こうを睨むように鈴仙が僕の一歩前に出た。

 

「あの、ナナシさんがいいと言っているんですからもういいですよね?」

「鈴仙……?」

 

 なんだか鈴仙、怒ってる?

 言葉の端々に棘を感じるし、僕と聖さんの間に割って入るようにしているし。

 

〈おーおー、面白くなってきやがった〉

(何面白がってるのか知らないけど、なんか険悪な空気になってるんだから黙ってて)

 

「……あの、貴女は彼とは一体どのようなご関係で?」

「関係って……その、えっと……」

「友人で兄弟子……じゃなくて、姉弟子です」

「…………ナナシさんは黙っててください」

 

 正直に話したのに、睨まれた!?

 

「と、とにかくこっちはお礼とかそんなの要らないので、失礼します!!」

「わっ」

 

 いきなり鈴仙に腕を引っ張られ、その場から駆け出してしまう、が。

 

「お待ちください」

「おおうっ!?」

 

 如何なる術を使ったのか。

 既に五メートルは離れていたというのに、聖さんは一瞬で僕達の前へと周り込んできた。

 

〈肉体強化の魔法だな。それもかなり高位のだ〉

「な、なんですかいきなり!!」

「……また、会えますか?」

 

 怒鳴る鈴仙を無視して、聖さんは僕の手を取って上記の問いを投げかけてくる。

 その瞳は真剣そのもので、そして今にも泣きそうな程に弱々しいものだった。

 縋るようなその視線に、僕は視線を逸らす事もできずに頷きを返した。

 

「っ、よかった……約束ですよ?」

 

 本当に嬉しそうに微笑む聖さん、それを見て違和感に襲われる。

 初対面の相手に向ける笑みにしては、あまりにも感情が込められ過ぎている。

 まるで愛しい家族に向けるような笑みに見える、それが僕には解せなかった。

 

 ■

 

「まったく……美人だからって鼻の下を伸ばして……」

「別にそういうわけじゃないよ、別にまた会うくらいいいじゃないか」

 

 竹林を歩き永遠亭に向かう間、鈴仙はずっと不機嫌なままであった。

 どうやら彼女にとって聖さん達はあまり仲良くしたくない人達らしい、良い人そうなんだけどな……。

 

「大体、初対面なのに馴れ馴れしいというか……」

「……そういえば、確かに初対面にしてはやけに踏み込んだ態度だったよね」

 

 馴れ馴れしいとまでは思わなかったけど、違和感を覚えるくらいまではという印象を受けた。

 寅丸さんはそうでもなかったけど、あの聖さんって人はおかしな態度を見せていたなあ。

 僕を見て驚いたり、やたらと僕とまた会いたがっていたり……。

 

(もしかして……一目惚れ? なーんて……馬鹿馬鹿しい)

〈いや、意外とそうでもねえかもよ?〉

(そんなわけないだろ。自分で言ってて寒くなるくらいありえないっての)

 

 ただ、だとするとあの態度は何だったのか。

 聖さんはあの時、僕に対してどんな感情を向けていたのだろう。

 

〈あの僧侶、お前さんを別の誰かと重ねて見てやがったな〉

(別の誰か?)

〈それが誰かはわからねえが、あの必死な態度を見る限り……家族か恋人か、とにかく大切なヤツだったのは間違いねえだろう〉

(……成る程)

 

 だとすると、聖さんのあの態度にも納得できた。

 別の誰かと重ねてみているのなら、初対面でのあの態度にも理解できる。

 また会いたいと言ってきたのも、そういう事なのだろう。

 

(でもさ八咫烏、もしその予測が当たってるとして、僕と重ねて見ていた人は……)

〈まあ、もう会えないヤツなんだろうさ〉

(……そうだよね)

 

 近い内に、その命蓮寺というお寺に行こうと決めた。

 単純に興味があるし、何より聖さんが会いたがっているのなら早めに行ってあげようと思ったのだ。

 

「――おかえりー」

 

 永遠亭が見え、門前まで差し掛かるとそこで待っていた輝夜さんが出迎えてくれた。

 

「あれ? イナバってば随分とご機嫌斜めだけど、何かあった?」

「……なんでもないです。それより姫様、お土産買って来ましたので宜しければどうぞ」

 

 そう言ってさっさと永遠亭の中へと入っていく鈴仙。

 それを不思議そうに見つめてから、輝夜さんはこちらに振り向いてにんまりと嫌な笑みを見せてきた。

 

「なによなによー、もしかしてデートが失敗しちゃったとか?」

「デートなんてしていませんよ、ただちょっと……」

 

 里であった事を、輝夜さんに説明した。

 

「へー、ふーん……成る程、つまりナナシが悪いと」

「なんでそうなるんですか……?」

「当たり前じゃないの。……あなたはもう少し察しが良くなりなさいな」

「痛っ!?」

 

 額にでこピンされた、地味に強力だったのでおもわず蹲ってしまう。

 

「大袈裟ねー。ほら、蹲ってないでさっさとお土産を寄越しなさい」

「……誰のせいだと思っているんですか」

「ナナシが悪い、永琳とてゐに訊いても同じ反応をされるわよ」

「えぇー……?」

 

 

 

 で。

 色々解せなかったので、八意先生とてゐさんに里での事を話したら。

 

「……ナナシ、もう少し頑張りなさい」

「どうでもいいんだけど、お前が悪いのは確かね」

 

 輝夜さんの言う通りの回答が返ってきてしまいました、解せぬ。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。