この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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博麗神社での宴会で、新しい友人を作る事ができた。
お酒は正直抵抗があったけど、また宴会に参加できたらいいなと思い、気分良く永遠亭に戻ったのだけれど……。


2月6日① ~人攫い~

「……ん、ぅ……?」

 

 喧騒が聞こえ、眠っていた意識が浮上していく。

 今日はなんだか騒がしいな……兎達が騒いでいるのだろうか。

 

「…………あれ?」

 

 目を開けて最初に映ったのは……見慣れない和風の部屋だった。

 喧騒は襖の先から聞こえてくる、不思議に思いながらそこを開けると。

 

「おっ、あんちゃん目が醒めたのか?」

「……えっ?」

 

 瞬間、凄まじいまでの酒の匂いで頭がクラクラした。

 だがそんなものは瑣末な事であり、こちらに視線を向ける者全てが人外というのはどういう事なのか。

 複眼に複腕、上半身だけが肥大化している者も居れば、全身に棘を生やし体色が緑色という者も居る。

 

 部屋を見渡す限りここは居酒屋なのは判ったが、そこに居る者全てが妖怪という光景に言葉が見つからない。

 茫然としている僕を、周りの妖怪達は興味深そうにじろじろと見つめてくる。

 ……いや、正確には“捕食者”としての視線を向けてきていると言った方が正しい。

 

「――ごめんよナナシ、力加減を間違えちゃったみたいだね」

 

 そう言って僕の前にとてとてと近寄ってきたのは、頭に捻れた角を生やした小柄な少女。

 昨日の宴会で会った鬼の少女、伊吹萃香(いぶき すいか)さんだった。

 

「伊吹さん……」

「萃香でいいって。痛い所とかないよね?」

「え、ええ……萃香さん、ここは一体どこですか? 僕は確か永遠亭に居た筈なんですけど……」

 

 直前の記憶を思い返すと、自室で八意先生の調合表を見て勉強していた事が頭に浮かんだ。

 けれどその後の記憶はなく、問いかける僕に萃香さんはあっけらかんとした口調で。

 

「攫ったんだよ、私が」

 

 よくわからない事を、言ってきた。

 

「……はい?」

「だからナナシの事を攫ったんだって、昔から鬼は人間を攫うものなんだよ?」

 

 知らなかったの、なんて暢気な事を言ってくる萃香さんに、言葉を失った。

 当たり前だ、そんなそれこそ挨拶を交わすかのように「攫った」などと言われて茫然としない方がどうかしている。

 

「どうしてそんな……」

「理由なんて些細なものさ。とにかく今のナナシにできる事は、この中に混じって宴会を愉しむ事だよ」

「……申し訳ありませんけど、帰らせてもらいます」

 

 流石に身勝手過ぎるその言葉に、僕は短くそう告げて萃香さんの横を通り抜けようとする。

 

「それはやめておいた方がいいよナナシ、だってここは“地底世界”なんだから」

「…………」

 

 動かしていた足がピタリと止まった。

 普段僕が過ごしている場所は地上世界と呼ばれ、地底世界とは文字通り地下深くにある世界の名称である。

 そこにはかつて地上を追われたり危険な為に封印された妖怪達が暮らしている世界だと、前に幻想郷縁起で読んだ事があった。

 

「判ったみたいだね、外に出たらそこらに居るヤツ等に呆気なく喰われちゃうよ? まあそれでもいいなら、止めやしないけど」

「……あなたは、僕に何を望むんですか?」

「そんな仰々しい考えなんてないさ。ただ昨日の宴会で馳走になっただろ? それのお礼がしたいのと……私の古い友人がナナシに会ってみたいって言っていたからさ」

「…………」

「安心しなよ、こっちの用件が済んだら責任を持って地上に帰してやる。鬼は嘘を吐かない生物なんだ」

 

 からからと笑いながら勝手な事ばかり言う萃香さんを、睨みつけたくなった。

 けれどそんな命知らずな事はできない、周囲は妖怪に囲まれているし機嫌を損ねればどちらにしろ生き残る術はないだろう。

 初めから選択など、僕には与えられる事などなかったのだ。

 

「……信用しても、いいんですね?」

「信用するしかないの間違いじゃない?」

「…………」

 

 我慢できなくなって、キッと萃香さんを睨みつけてしまった。

 けれど彼女はそんな僕の態度に興る所か、何故か嬉しそうに笑みを浮かべ持っていた瓢箪を口に含み何かの液体を飲み始める。

 

「萃香、可哀想だからそこらにしておきな」

 

 彼女を戒めるような声が聞こえ、僕の目の前に長身の女性がやってきた。

 長く綺麗な金の髪を下ろし、右手には大きな赤色の盃を持っている。

 額には星が描かれた一本の角、きっとこの人も萃香さんと同じ……。

 

「悪かったね。こいつはちょいとばかりからかいが過ぎる所があるんだ、気を悪くしたなら謝るよ」

「いえ……ところで、あなたは?」

「あたしは星熊勇儀(ほしぐま ゆうぎ)、まあ見ての通り鬼さ」

 

 よろしくね、豪快でありながらどこか好感の持てる笑みを見せながら自らの名を明かす星熊さん。

 厭味も含みもないその笑みを見たせいか、内側にあった不信感や緊張感といったものが少しずつ緩んでいく。

 

「はじめまして星熊さん、僕はナナシという者です」

「アンタの事は萃香から聞いてるよ、というよりさっきコイツが言ってたアンタに会いたいって言った古い友人ってのはあたしの事なんだ。けどまさかこんな強引な手を使って連れてくるとは思わなくてねえ……」

 

 すまなそうに眉を下げ、頬を掻く星熊さん。

 そこまで恐縮にされると、なんだかこっちまで申し訳ない気持ちになってきてしまう。

 なのですぐさま「気にしないでください」と返すと、納得したのか星熊さんの表情が元に戻る。

 

「勝手な話ではあるけどさ。少しだけでもいいから付き合ってくれると助かるよ、勿論アンタが今すぐに帰りたいというのならあたしが帰してやる」

「えー、せっかく連れてきたのにー」

「馬鹿な事を言ってるんじゃないよ萃香、こんな強引な方法で連れてくるこっちに非があるんだ」

「昔はこんな感じだったじゃないか」

「時代は変わっているんだ、そんなのお前さんなら判っているだろうに」

 

 星熊さんのそんな言葉を聞いて、萃香さんは口を閉ざす。

 ……さて、どうしようか。

 勿論すぐに帰らなければならないと思っている、きっとみんな心配しているだろうから。

 それにこんな強引な手段は好きではない、鬼はそういうものだと頭ではわかっていても納得などできるわけがなかった。

 

 だけど……正直、興味が無いわけでもなかった。

 星熊さんは信頼できそうだし、幻想郷縁起には危険な場所としか書かれていなかった地底世界の事を知れるいいチャンスなのかもしれないとも思ってしまった。

 何よりも、理由はわからないけどわざわざ僕に会ってみたいと思っている星熊さんを前にして、さっさと帰るというのも正直気が引ける。

 

「……でしたら、せめて永遠亭に連絡だけはさせて貰えませんか? きっと心配しているでしょうから」

「それなら任せてよ、私が連絡しておくから」

 

 そう言うと萃香さんは掌から小さい萃香さんを作り、何か指示を出し始めた。

 少しして小さい萃香さんは大袈裟に敬礼をして、そのまま居酒屋を飛んで出ていってしまった。

 

「よーし、そんじゃ飲もう飲もうそうしよう!!」

「え、ちょっと……」

 

 こちらの言い分など聞く耳持たず、萃香さんは強引に僕に盃を持たせ透明な液体を注ぎ込んでいく……って、これお酒だ。

 

「昨日の宴会じゃ殆ど飲んでなかったみたいだしさ、美味い地底の酒を存分に味わってよ」

「あの、僕未成年……」

「そんな堅苦しい事は言いっこなしさ、なあみんな!?」

 

 星熊さんの言葉に、全員が賛同するように騒ぎ立てる。

 これは、もう逃げられないな……。

 この幻想郷には未成年の飲酒に対する法なんてものは存在していないから、気にするだけ無駄なのかもしれない。

 既に周囲は先程以上の喧騒を振り撒きながら、思い思いに宴会を楽しんでいる。

 

「あたし達の奢りだ、気にせずじゃんじゃん飲みな!!」

「……じゃあ、少しだけ」

 

 これも経験だ、そう思う事にしよう。

 あまり飲み過ぎないようにしないと、そう自分に言い聞かせながら僕も周囲と同じくこの宴会を楽しむ事に決めたのだった。

 

 ■

 

「…………ふぅぅぅ」

「…………」

「これは……凄いもんだね……」

 

 驚きと、ほんの少しの呆れを込めた視線をこちらに向けてくる星熊さんと萃香さん。

 対する僕はふわふわした良い気分だったので、2人の視線には構わず盃に注がれている酒を一気に飲み干した。

 苦味と辛味が喉を駆け抜け、けれどすぐにそれは消え喉越しの良さだけが残る。

 もちろんそれだけじゃなく濃厚な味わいと嫌味のない芳香が飲む者をどこまでも楽しませてくれていた。

 

 要するに……物凄く美味しい。

 酒を飲みなれていない僕ですら素直に美味しいと思えるのだ、人ではない者が作る酒は文字通り人以上の出来の酒になるという事なのか。

 ただ、些か飲みすぎたかもしれないと自分の周囲に無造作に倒れている空の酒瓶に視線を向ける。

 周囲の妖怪達も、僕の飲みっぷりに驚愕しているし一部に至っては引いている始末。

 

「お前さん、本当に人間かい?」

「あはは……やっぱり、飲み過ぎましたかね?」

「もう軽く三升は飲んでるよ……しかも地底の酒は人間には強すぎるのに、なんでそんなに飲んでほろ酔い程度で済んでるんだ?」

「さあ……なんででしょうか」

 

 まあでも、確かに不可解というか異常である、自分で言うのもなんだけど三升も飲んでいるなんて人間業じゃない。。

 もしかして僕って、実は人間じゃないとか?

 

「結構時間が経ったね……ナナシ、愉しめたかい?」

「はい。ありがとうございます星熊さん、萃香さんも」

 

 ここに連れてこられた経緯は無視できないけど、宴会を楽しめたのはまごうことなき事実だ。

 だから2人に対して精一杯の感謝を込めて、頭を下げた。

 

「勇儀で構わないよ。けど楽しんでくれて何よりだ、あたし達も久しぶりにこんなに飲める人間と一緒に過ごせて楽しかったよ」

「……今更だけど、ごめんね?」

「もういいです。でも萃香さん、次はこんな事はやめてくださいね?」

「はーい」

 

 ここに来てもう数時間は経過している、かなり飲んでしまったし……そろそろ帰らせてもらおうか。

 そう思い、勇儀さんに声を掛けようとしたのだが。

 

「……ナナシ、ちょいと付き合ってもらえないかい?」

 

 先に勇儀さんからそんな事を言われ、帰るタイミングを逃してしまった。

 

「いいですけど、どこにですか?」

「それは歩きながら話すよ。萃香、アンタはどうする?」

「私はパス、好き好んで行く場所じゃないしまだ飲み足りないよ」

「そうかい……じゃあナナシ、行こうか?」

「あ、はい。それじゃあ萃香さん、失礼します」

 

 足早に店を出ようとする勇儀さんを慌てて追いかけるため、萃香さんへの挨拶をそこそこに外へと出た。

 地底世界だからか、外はまるで夜のように暗くけれど不可思議な光が幾つも漂っているおかげか少し薄暗い程度のものだった。

 こっちだよ、そう言って歩き始める勇儀さんを追いかけ彼女の隣に並んで歩く。

 

「ナナシは、“(サトリ)妖怪”の事は知っているかい?」

「覚妖怪……たしか、心を読む力がある妖怪の事ですよね?」

 

 僕の言葉にその通りと返しつつ、勇儀さんは話を進めていく。

 

「この地底ではみんな好き勝手生きているんだけど、当然そいつらがあまり身勝手な事をしないように管理する者が居るんだ。

 そいつの名前は“古明地(こめいじ)さとり”、名前からでもわかるように覚妖怪でね……ナナシには、そいつの友達になってほしいんだ」

「友達、ですか?」

 

 思ってもみなかった頼み事に、驚きを隠せない。

 人間に妖怪の友達になってくれと頼まれるなんて、誰が予想できるのか。

 

「さとりは対峙した者の心を望む望まない関係なしに読んでしまうタイプの覚妖怪でね、だからこそ沢山の読みたくもない心を読んできたんだ」

「…………」

「そのせいもあって普段は地霊殿っていうあのデカイ建物に引き篭もってペット達と暮らしてる、けどあたしはもっと友人を増やしてほしいと思っているんだ」

 

 旧都の中心部に建つ大きな洋館に視線を向けながら、勇儀さんは静かな口調で言う。

 その様子は大切な友人を想う姿そのものであり、けれど……。

 

「お節介だって、思ってるだろ?」

「それは……」

「いいんだ、あたし自身も自覚してる。だけどそれでもあの子にはもっと外に目を向けてほしいと思っているんだ、この世界はアンタが思っているより汚くないと知ってほしいと思ってる」

「でも、どうしてその役目を僕に?」

 

 コミュニケーション能力が欠落しているわけではないと思うけど、だからって特別優れているわけでもない。

 そんな僕に覚妖怪さんの友人になるように頼むなんて理解できず、勇儀さんの意図が読めずに問いかけてしまった。

 

「最初は頼むつもりはなかったんだ、でも一緒に酒を飲み合って語り合ってお前さんが真っ直ぐな心を持つ人間だって理解できた。

 きっとお前さんならさとりと友人になってくれる、そう確証できたから頼もうと思ったんだ」

 

 躊躇いも気恥ずかしさもなく、真っ直ぐな目と口調でそう言ってくる勇儀さん。

 正直、過大評価もいいところだとも思ったけれど、僕はすぐに彼女の頼みを引き受ける事にした。

 僕自身がその覚妖怪さんと知り合いになりたいと思っているし、何よりも僕をそこまで評価してくれた勇儀さんに応えたいと思ったから。

 

 

「――相変わらずお節介な方ですね、勇儀さん」

 

 

 歩を進め、地霊殿の正門付近までやってきた僕達の前に、上記の言葉を放ちながら1人の小柄な少女が立ち塞がった。

 癖のある薄紫の短い髪に、胸元付近に浮いているコードに繋がれた赤い目が特徴的なその女の子は、ゆっくりとした足取りで此方に歩み寄ってきた。

 

「はじめましてナナシさん、私は地霊殿の主である古明地さとりです。さっそくですけど……お帰りください」

「…………えっ?」

 

 にっこりと、可憐で友好的な笑みを浮かべているのにとんでもなく冷たい言葉を放たれた。

 言葉だけではない、笑みこそ友好的だが向けている雰囲気はこちらを拒絶する意志で溢れている。

 話すことなど何もないから早く帰れと、古明地さんは言葉に出さずに訴えかけていた。

 

「おいおいさとり、いくらなんでも冷たすぎやしないかい?」

「この人の為を思えば至極当然の反応だと思いますけどね。――私と友人になりたいなどという考えは、即刻捨て去った方がいい」

 

 何故それを、一瞬そう思ったが彼女が覚妖怪だという事はつい先程聞いたばかりだ。

 僕らと対峙し、心を読んで知ったのだろう。

 

「その通りです。それがわかったのなら即刻お帰りください」

「……古明地さん、僕はナナシという者で地上の永遠亭にて暮らしている人間です」

「知っていますよ。何故自己紹介を?」

「それは勿論、古明地さんとお知り合いになりたいからです」

 

 たとえ心を読んでこちらの事を理解したとしても、ちゃんと言葉で自らの事を話さなければ意味は無い。

 古明地さんは帰れと言っているけど、それで「はいそうですか」と帰るつもりなどなかった。

 

「……呆れたものです、初対面で冷たくあしらったというのに、あなたはまだ私と友人になるつもりがあるのですか」

 

 呆れたように、ほんの少しだけ驚いたように古明地さんは呟きを零す。

 確かに彼女の態度は事務的で冷たいものだったかもしれない、笑顔を浮かべながらだったから余計に印象が悪かったのも否めない。

 でも、それは決して彼女が僕を嫌っていたり嫌悪感を抱いているからではない以上、友人になるのを諦めたくはなかった。

 

「わかっていないようですから、はっきりと仰いましょう」

 

 またも先程のような一見友好的に見えて、此方を拒絶する意志を込めた笑みを見せる古明地さんは。

 

「――私は、あなたと友人になるつもりなどありません。帰ってください」

 

 先程以上に冷たく、感情が込められていない言葉で、再度僕を拒絶した……。

 

 

 ■

 

 

「――お空、ちょっとお待ちよ!!」

「うにゅ?」

 

 スタスタと地獄の洞窟を歩いていく親友の地獄烏――霊鳥路(れいうじ)(うつほ)を、赤髪に猫の耳を生やした火車の少女――火焔猫燐(かえんびょう りん)が追いかけながら声を掛けた。

 強い口調で放たれたその声に反応し、空は足を止め親友の方へと振り向く。

 対峙した燐の咎めるような視線を受け、空は表情を歪ませ足を止めた事を後悔した。

 

「お空、これ以上進むのは駄目だよ」

「えっ、なんで?」

 

 かくんと首を傾げ頭上に「?」マークを浮かべる親友の姿に、燐は盛大に溜め息を吐き出した。

 事の始まりは少し前のこと、今日は非番なので何をしようかと空と話していたのだが。

 

「洞窟探検しよう!!」

 

 そう言うやいなや、空は地霊殿を飛び出し燐も慌てて後を追い……現在に至る。

 別にそれだけならば彼女を咎める必要はない、彼女は身体は成熟しているが精神はまだまだ子供の域を脱していない。

 突拍子の無い行動に出たり、子供っぽく遊びまわったりする事だって、何度もあった。

 

 だが今回は止めねばならない理由がある、彼女が向かおうとしている先は……この地底でも近づく事が許されない未知のエリアなのだから。

 元々ここは地獄の一部、この広大な土地の全てを把握している者は既に居らず、まだまだ未開の地が広がっているのが現状である。

 安全と余計な事態を招く事を防ぐ為に、地底の者達は安易にそのエリアに近づかないようにという暗黙の了解があるというのに……この鳥頭は平然と破ろうとしているのだ。

 燐が怒るのも当然であり、しかし良くも悪くも真っ直ぐな空も引き下がらない。

 

「お燐も一緒に行こうよー」

「何言っているんだい、この先には入っちゃいけないってさとり様にも言われてるでしょ?」

「そうだけど……お燐は興味ないの? この先に何があるのか」

「それは……」

 

 正直に言えば、興味はあった。

 とはいえ、そんな身勝手が許されるわけではない。

 

「あたい達が勝手な事をしたら、さとり様が周りに色々と言われるんだよ? お空だって、さとり様に迷惑を掛けたいなんて思ってないだろ?」

「……それは、そうだけど」

「なら戻ろう? 代わりに他の事ならなんでも付き合ってあげるからさ」

「うん!!」

 

 よかった、親友が単純で。

 割と酷い事を考えつつ、燐は踵を返した空の横に並びこの場から離れ始める。

 

「ところでお空、なんでこの奥を調べようと思ったのさ?」

「調べようと思ったわけじゃないよ、単純に興味が湧いただけ」

 

 そんなんで行こうとしないでおくれよ、咎めるようにそう言い放つ燐に空を苦笑を浮かべ。

 

「そこの嬢ちゃんら、ちょっといいかい?」

 

 唐突に。

 離れようとしていた洞窟の奥から、第三者の声が響き渡った。

 

「っ」

「うにゅ?」

 

 咄嗟に立ち止まり、燐は身構えつつ振り返った。

 洞窟の奥からのっそりと姿を現すのは、見慣れぬ長身の男性であった。

 

 無精髭を生やし髪はぼさぼさでまるで手入れが行き届いていない、全体的にだらしない印象を受ける中年の男。

 だが歪ませた口元は粗暴の一言に尽き、人の形をしているが自分達と同じ獣のような存在だと燐は思った。

 

「……あんた、誰だい?」

「俺かい? 名乗るほどのモンじゃねえさ」

 

 返す言葉はあくまで軽く、しかし殺気に満ちた声。

 冷たい殺意に燐はおもわず身体を震わせ、いまいち状況が判っていなかった空は――瞬時に表情を変えた。

 

「いいね。そっちの黒髪の嬢ちゃん、あんたは俺の敵になれそうだ」

「っ、お空!!」

 

 拙い、この男は底が知れない。

 飄々としているくせに、少しでも此方が動けば喉元に喰らいつかんばかりの獰猛さを全身から醸し出していた。

 スペルカードルールがこの幻想郷に浸透する前の命のやり取りを、この男は躊躇いなく行なおうとしている……!

 

「お前……敵だな?」

「……さあな!!」

 

 男の姿が燐の視界から消える。

 そう思った時には、既に男は2人との間合いを詰め今まで何一つ握っていなかった右手には。

 漆黒の、二メートルを優に超える大剣があった。

 

「っ……!?」

 

 速過ぎる、相手の動きに反応できない。

 全力で回避しようとしても、その前に男の大剣が叩きつけられこの身を両断される。

 

「うおっ……!?」

 

 だが、燐の命を奪おうとした男の凶器は彼女には届かなかった。

 その前に戦闘態勢に入った空が咆哮を上げ、能力を用いた爆発が男を弾き飛ばす。

 

「お空、逃げるよ!!」

「えっ――わあっ!?」

 

 空の手を掴み、燐は全力でその場から駆け出した。

 この洞穴は特別広くはない、戦うには適さない場所だからこそ離れるというのもある。

 だがなによりもだ、あの男は()()()()からやってきたのだ。

 未知のエリア、地底に住む者ですら近づかない場所からやってきた者など、安易に相手などできるわけがない。

 

(かといって旧都に戻ればさとり様達に被害が及ぶかもしれない……どうすれば)

 

 逃げる事に意識を割きながらも、燐はこの状況を打破する考えを巡らせる。

 だが、遅い。

 

「面白い力だな、ここで仕留めるのは勿体なさすぎるが……まっ、観念してくれ」

 

 空の能力を用いた強力な爆発をまともに受けたというのに。

 まるで初めから傍に居たかのように、男は2人との間合いを詰めていた。

 

「っ、ぁ……!」

「おり――」

「遅え」

 

 風切り音が響く。

 完全に、致命的なまでに反応が遅れた2人は完全に出遅れてしまい。

 

 

 男の大剣が、横殴りに彼女達の身体に叩き込まれた…………。

 

 

 

 

 


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