この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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今日も今日とて、幻想郷の生活は続いていく。
さあ、今日はどんな1日になるのだろうか?


2月5日 ~博麗神社の宴会~

 提灯を持ちながら、夜道を歩く。

 舗装がされていない道は少々歩きづらく、周囲が木々に囲まれているため少々恐い。

 

「神社に続く道とは思えないわね」

「あはは……飛んでいければいいんですけど、僕が飛べないからご迷惑をお掛けします」

「あ、ナナシさんが謝る必要なんてないんですよ。悪いのはあの巫女なんですから」

 

 割と本気の口調でそう言いながら、隣に歩く鈴仙さんはその巫女さんに対する愚痴を繰り返す。

 僕と鈴仙さんは現在、この幻想郷でも重要な場所である“博麗神社”へと向かっている。

 というのも、永遠亭に一昔前の魔女のような黒い服と大きな黒い帽子を身につけた女の子、霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)さんが来たのが事の始まりであった。

 

「今日、神社で宴会をするから来い」

 

 開口一番、僕の姿を見るなりそう言い放ちさっさと箒に跨って帰ってしまった魔理沙さん。

 当然ながら呆気に取られ、八意先生達に事情を説明した所……気になるなら行ってくるといいと外出の許可を貰えた。

 ……まあ、確かに気にはなるし何よりもすっぽかしたら面倒な事になりそうだと本能的に察知したので、選択肢など初めから存在していなかったが。

 

 とはいえ博麗神社は碌に舗装されていない獣道を通り、長い階段を登った先にあるという。

 野良妖怪に襲われる危険性がある事を考慮し、鈴仙さんが護衛兼付き添いとして来てくれる事になり現在に至る。

 ルーミアも一緒に来てくれれば良かったんだけど、最近彼女とは会えていない。

 僕を守ると言っていたのに……まあ、彼女には彼女の都合というものがあるし、守ってもらうのが当たり前だと思うなんて愚の骨頂だ。

 

「――相変わらず、無駄に長い階段ね」

 

 二百段はあろう階段を見上げながら、心底嫌そうな呟きを零す鈴仙さん。

 さすがに僕も表情を強張らせた、八意先生や輝夜さんが「碌に参拝客が来ない寂びれた神社」と言っていたのは決して皮肉ではないのかもしれない。

 荷物もあるのに……げんなりしながら、一段一段登っていく僕と鈴仙さん。

 

「鈴仙さん、僕は後でいいですから鈴仙さんだけでも……」

「いいんです。たまには歩かないと」

「いや、鈴仙さんって普段から八意先生のお手伝いとか人里に行ったりとかしてますよね?」

「それを言うならナナシさんだってそうですよ、とにかく気にしなくていいんです」

 

 強い口調でそう言われてしまい、それならばと納得して登る事に集中する。

 運動不足だと認めたくはないけれど、自然と息が上がっていく。

 けど黙々と登ったおかげか、割とすんなり神社へと到達する事ができた。

 

 既に宴会は始まっているのか、見た限り十人にも満たない少ない人数ながらも周囲に喧騒を呼んでいる。

 中には見知った人達もちらほら見え、挨拶をしようかと思った矢先。

 

「おっ、ちゃんと来てくれたのか。偉い偉い」

 

 僕達の前に、強引な方法で宴会に誘ってきた霧雨魔理沙さんが姿を現した。

 

「こんばんは、霧雨さん」

「おう、こんばんはだな。けど霧雨さんじゃなくて魔理沙でいいよ、敬語もなしでさ」

「えっと……じゃあ魔理沙でいいかな?」

 

 バッチリだ、そう言いながら人懐っこく元気溢れる笑顔を見せる魔理沙。

 見ているこっちも元気になりそうな笑顔に、自然と頬が綻んだ。

 

「…………」

「? 鈴仙さん、どうしました?」

「いえ……その、私とはいつまでも敬語でさん付けなんですねって思っただけです」

「えっ、あー……」

 

 まあ、確かに言われてみればそうだけれど、正直今更な気がした。

 それに鈴仙さんだって、今までそんな事言わなかったのに突然どうしたのだろうか。

 とはいえ、こちらを不満そうな表情で見てくる辺り、彼女にとっては重要な事だろう。

 

「じゃあ……鈴仙、って呼んでもいいのかな?」

「っ、はい!!」

 

 途端に嬉しそうに表情を明るくさせる鈴仙さん、もとい鈴仙。

 いきなりなれなれしくなって嫌じゃないかなとも思ったけど、彼女の表情を見る限り杞憂のようだ。

 ……ところで魔理沙、どうして僕を見てニヤニヤと笑っているのでしょうか?

 

「気にするなよ、はははっ」

 

 なんとも気にならざるをえない返答である、なんとなくではあるけれど気分が悪くなった。

 

「――見ない顔ね、あなた誰かしら?」

 

 そう問いかけながら現れたのは、魔理沙と同年代に見える黒髪の少女。

 紅白を基調とした巫女服……のような衣服に身を包んだその少女は、頬を赤らめ少々酒の匂いがする息を放ちながら僕の前に立ち止まった。

 幻想郷縁起にも書かれている、というよりもこの女の子はこの幻想郷でも指折りの有名人。

 人間の絶対的な味方であり幻想郷の秩序の象徴、今代の“博麗の巫女”。

 

「……博麗(はくれい)霊夢(れいむ)さん」

「あれ? 前にどこかで会ってたっけ?」

「あ、いえ、幻想郷縁起の中に書かれていたのを覚えているってだけで、初対面ですよ。

 僕はナナシと名乗っている者です、縁あって永遠亭で居候をさせてもらっています」

「ふーん、あなたが天狗の新聞で書かれてたナナシなのね……思っていたよりも、普通な見た目じゃない」

 

 ジロジロとこちらを観察するような視線を向けてくる博麗さん。

 少し困った顔になっていたせいか、鈴仙さんが僕を守るように博麗さんの前に割って入ってきた。

 

「……何よ?」

「ナナシさんが困ってるじゃない、その失礼な視線を向けるのはやめて」

「別にそんなつもりはないわよ、そんな事よりもアンタが宴会に参加するなんて珍しいじゃないの」

「あんた達がナナシさんに変な事をしないか監視する為よ、どいつもこいつも変な連中だから不安なの」

 

 敵愾心を隠そうともせず、刺々しい口調を飛ばす鈴仙さんに、博麗さんの表情がむっとしたものに変わる。

 周囲の空気も重苦しいものに変わっていくが、近くに居る魔理沙はまるでこの光景を愉しむかのようにさりげなく距離を離しながら眺めるだけで止めようとはしてくれない。

 拙い、なんだか一触即発な空気になってきている……と、止めないとっ。

 けど話しかけただけだと意味はないし、話題を逸らさないと……。

 

「あ、あのっ。台所貸してくれませんか!?」

「…………は?」

 

 博麗さんの目が点になる、そりゃあそうだ。

 けれど僕だって話題を逸らす為に頓珍漢な事を言ったわけではない。

 

「実は下拵えをした食材を持ってきまして……ここで調理しようかなっと思ったんです」

 

 言いながら、両の手にそれぞれで持っている手提げ袋を見せ付けるように少し掲げた。

 強引とはいえ招待された以上、やはり此方も何か料理の一つでも用意した方がいいと思ったのだ。

 殺伐とした空気が霧散していく、ごはん効果恐るべし。

 

「……これ、何?」

「できてからのお楽しみです」

「お肉?」

「それも入ってます」

「ナナシ、愛してる」

 

 お肉を持ってきたら愛の告白をされた、これは吃驚だ。

 ……もしかして博麗さんの所の食事環境、あんまり宜しくないのかな。

 ああ……魔理沙と鈴仙が博麗さんを憐れみの目で見てる。

 

「向こうに台所に続く裏口があるから、早く作ってね?」

「あ、はい……」

 

 指差す方へと歩いていく、後ろから「お肉お肉~♪」という博麗さんの声が聞こえたけど、何も言えなかった。

 これは早く作ってあげないと怒られるな……すぐ出来る料理に決めてよかった。

 台所へと赴き、その中にある一番大きな鍋を取り出す。

 2つの手提げ袋から取り出すのは、色々な野菜とメインの鶏肉だ。

 

「鍋ですか?」

「うおあっ!?」

 

 背後から声を掛けられ、変な声を上げながら跳び上がってしまう。

 すぐさま聞こえるくすくすという笑い声、視線をそちらに向け……驚かしてくれた人にジト目を送ってやりながら、その人物の名を呼んだ。

 

「……咲夜さん、何するんですか」

「驚きました?」

「驚きますよ、いきなり背後から話しかけられれば」

 

 此方の文句など完全に無視し、鍋に視線を向ける咲夜さん。

 

「まだ外は寒いですからね、良い判断だと思います。ところでどんな鍋にするつもりなのですか?」

「……トリスキです、胸肉とモモ肉しか用意できませんでしたから少し物足りないとは思いますけど」

「スキヤキではなくトリスキですか……それはまた珍しいものですね、お嬢様の分はありますか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 気を取り直して、調理を開始する。

 とはいっても下拵えは済んでいるし、トリスキは材料を入れて味付けをして少し煮てできあがりの料理だ。

 湯通しも予め終わらせているから、すぐにできるだろう。

 

「手際が良いのですね」

「永遠亭では、鈴仙と一緒に料理当番をしていますから。それと記憶を失う前もよく料理をしていたのか身体が覚えているみたいなんです」

「ナナシ様が紅魔館で働いてくださると、私の負担も減るのですが……」

「……そんなに大変なんですか?」

 

 おもわずそう訊いてしまったが、それは間違いであった。

 質問を受けた瞬間、咲夜さんは盛大にため息を吐いてから……溜め込んでいた愚痴を放ち始める。

 

「妖精メイドは自分の面倒しか見れず、ホフゴブリンは戦力になりますがそれでも最低限です。

 だというのにあの広い館の掃除や洗濯、更には地下にある大図書館の整理整頓を手伝わされたりお嬢様の気紛れに悩まされたり……」

「……あの、咲夜さん?」

「メイド長なのですから当然の業務だと理解はしているとはいえ、やはり大変だと思う事はあるのです。

 だっていうのにお嬢様はこちらの状況など考えずに我儘放題ですし、最近では妹様がその気紛れに参加する事もありますし……」

「さ、咲夜さん……?」

 

 こちらの声には一切反応を示さず、咲夜さんは尚も紅魔館に対する……というより、大半がレミリアさんに対する愚痴を放ち続けた。

 特殊な仕事干渉に加え生真面目な性格のせいか、咲夜さんはそういった悩みを1人で抱え込んでしまうようだ。

 ……これは、かなり長引きそうだな。

 でもこっちもトリスキが完成する間は時間があるし、少しでも咲夜さんの不満が軽減できるのなら好きなだけ愚痴ってもらおう。

 

 そう思い聞き役に徹する事十分弱、その間もずーーーーっと咲夜さんの話を聴き続けた。

 紅魔館の事情は全く知らないけれど、メイド長という立場である咲夜さんは安易に弱い所を見せられないのかもしれない。

 責任がある立場に居る人は本当に大変だ、今の咲夜さんを見ると否が応でもそう思える。

 

「…………あっ、も、申し訳ありませんナナシ様!!」

 

 ずっと愚痴を放っていた事に気づいたのか、慌てて頭を下げる咲夜さん。

 恥ずかしいのか頬を赤らめ、申し訳なさかこっちを見ようともせず視線を泳がせている姿に、つい苦笑してしまった。

 

「気にしなくていいですよ咲夜さん、寧ろ僕としては嬉しかったですから」

「えっ?」

「愚痴を言えるって事は、少なくとも僕の事をある程度信頼してくれているからでしょう? それが嬉しいんです」

 

 こんな自分でも、些細な事とはいえ誰かの役に立てる。

 それが嬉しいと思えるし、何より……自分がここに居て良い理由になってくれるから。

 

「咲夜さんは僕なんかと違って毎日が大変ですから、色々と溜め込んでしまうと思います。だから今みたいに溜め込んでしまったものを吐き出したい時はいつでも言ってください、聴く事しかできませんけど」

「ナナシ様……」

「トリスキもできましたから、皆さんの所に行きましょう。すみませんけど器を持っていってくれませんか?」

「……はい、お任せください」

 

 少しは溜め込んだものが無くなったのか、どことなく咲夜さんの表情がすっきりしたものに変わったような気がした。

 自然と口元に笑みが浮かぶ、少しは役に立てたようでよかった。

 

「いい匂い……」

「にーく、にーく!!」

「霊夢……気持ちは判るが落ち着いてくれ」

 

 宴会の会場に戻り、さっそくトリスキが入った鍋を中央へと置く。

 ……さっきから博麗さんが「にーく、にーく」と謎の歌を涎を口元から出しながら歌っているのを聞いていると、なんだか悲しくなってくる。

 

「あら、珍しい鍋ね」

「こんばんはレミリアさん、これはトリスキといいましてスキヤキの仲間みたいなものです」

「スキヤキ……聞いた事があるわ、ところでこれ……ナナシが作ったの?」

「えっ、ええ……まあ」

 

 作ったと言っても、あまり手間のかかる料理ではないので自慢にもなんにもならない。

 しかしレミリアさんは此方に感心したような表情を向けながら、口元に怪しい笑みを浮かべ出した。

 

「よーし、食べよう食べよう!!」

「ちょ、なに一番に食べてるのよ萃香!!」

 

 角の生えた小柄な少女が我先にと鍋に手を伸ばし、それを鬼の形相で止めようとする博麗さん。

 あの、量はありますから2人で奪い合うのはやめてください。

 

「意地汚い巫女と鬼ね……」

「鬼……?」

 

 角の生えた少女へと視線を向ける、確かに大きくて捻れた角は鬼のように見えるけど……。

 

「想像とは違うでしょうけど本物の鬼よ、あんたなんか指一本で粉々にできる力を持っているから、死にたくないならちょっかいを掛けない事ね」

「……肝に銘じておきます」

 

 今までの経験を思い返し、レミリアさんの言葉には素直に頷く事にした。

 この幻想郷では見た目と中身は違う人外が多い、きっと現在博麗さんと壮絶なトリスキの奪い合いをしている少女も、とんでもない大妖怪なのだろう。

 でも、そんな大妖怪である鬼と食べ物の奪い合いをできる博麗さんって……。

 

「しかし器用だなお前は、家事全般は得意なのか?」

「ええ、まあ……居候の身ですし、今の僕にできる事はこれくらいですから」

 

 八意先生から色々と教わっているけれど、まだまだ付け焼刃の領域でしかない。

 ならばせめてと炊事洗濯掃除ぐらいはできなくては、申し訳ないではないか。

 

「……やはり惜しいな、紅魔館の執事にならないか?」

「なりませんってば」

「いいじゃないか。どうせあの怪しい医者の実験台になるのがオチだ、それにフランに咲夜も喜ぶ」

 

 そうだろ、なんて言いながらレミリアさんは咲夜さんへと視線を向ける。

 

「はい、ナナシ様でしたら信用できますし、私は大賛成ですわ」

「理由はそれだけではないだろう?」

「…………なんのことでしょうか?」

 

 そう言ってそっぽを向く咲夜さん、心なしか頬が赤くなっているような気がした。

 そんな咲夜さんを、レミリアさんはニヤニヤとからかうような笑みを向けている。

 

「決まりだな。じゃあ明日からこっちに越してこい」

「いや、ですから……」

 

「――何言ってるのかしら? 駄目に決まってるじゃないそんなこと」

 

 強く厳しい口調を放ちながら割って入ってきたのは、鈴仙だった。

 彼女はキッとレミリアさんを睨みつつ、僕を守るように前に出てきた。

 

「勝手に勧誘しようとしないでよ、大体人間のナナシさんを吸血鬼のあんた達の所で働かせられるわけないじゃない」

「馬鹿を言うな。わたしは咲夜の血を吸ってはいないぞ? ……たまに、吸いたくなる時もあるが」

「それを抜きにしたって認めるわけないじゃない、もう二度と言わないで」

 

 ……なんだか、鈴仙の様子が変な気がする。

 僕を守ろうとしてくれているのは判るのだけれど、随分攻撃的過ぎるような気がするのだ。

 レミリアさんの強大な力がわからない彼女ではないだろうし、無駄な争いを避けようとするいつもの様子は見られない。

 

「わかったわかった、そう興奮するな」

「だ、誰が興奮してるっていうのよ!!」

「だから落ち着け。――咲夜、お前も苦労しそうだな」

「…………」

 

 何が可笑しいのか、レミリアさんは咲夜さんにそう言ってからからと笑い出す。

 

「まあいいさ、今はナナシの作ってくれたトリスキとやらを食べさせてもらう事にしよう」

 

 そして何故か僕に意味深な笑みを送るのだった。

 ……何なんだ、一体。

 

 その後、特に何事も無く宴会は楽しく過ぎていった。

 だけどその時の僕は気づいていなかった。

 

 宴会を楽しむ僕を、遠目から眺める鬼の少女の存在に……。

 

 

 

 

 


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