この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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思いがけない理由で人里に行く事ができた。
少しだけ嫌な思いもしたけど、知り合いも増えたし何よりも里に行けたのだからよしとしよう。


2月2日 ~ナナシの受難……?~

「――お疲れ様でした、ナナシさん」

「いえ、鈴仙さんもお疲れ様でした」

 

 竹林の中を、鈴仙さんと2人で歩く。

 前回の件もあったのか、八意先生から人里に行く許可が貰えるようになったので、今日は鈴仙さんが普段している里への薬販売の手伝いをしに行く事に。

 一軒一軒訪問して、足りなくなった薬の補充や新しい薬の宣伝や販売。

 鈴仙さんの行なっている仕事は思っていた以上に大変だった。

 

「毎日ではないとはいえ、今まで1人でやっていたんですね……」

「あはは……まあ、てゐは役に立たないし師匠は私に押し付けるから仕方がないというか……でも酷いんですよ、こちとら商売の知識や経験なんてないのにこんな仕事をさせられて、今まで何度上手くいかずに怒られたか」

 

 唇を尖らせながら愚痴を放つ鈴仙さん、さっきからずっとこんな感じである。

 よほど普段の仕事内容に対する不満が溜まっていたのだろう、けれど彼女の性格を考えると面と向かって八意先生達に言える筈もない。

 ……いや、鈴仙さんじゃなくても八意先生達に愚痴は言えないな、だって恐いし。

 

「でもナナシさんが手伝ってくれて本当に助かりました。ナナシさん人当たりが良いですし物腰も柔らかいから、すぐ信用されていましたし」

「そうですかね?」

「そうですよ。私、どうも愛想良くするのが苦手でして……」

 

 それは、商売する側としては割と致命的な問題なのでは?

 ま、まあ人には得手不得手があるし、しょうがない……のかもしれない。

 

「……これからも、手伝ってくれたら嬉しいなあ、なんて」

「勿論です。僕にできる事があったら何でも言ってください」

「そ、そうですか? じ、じゃあ……今度人里に行った時に、一緒に甘味処に行ってくれますか?」

「えっ? 別に構いませんけど……」

 

 なんとも不思議なお願いを了承すると、鈴仙さんは表情を明るくさせ「約束ですからね?」と念を押してきた。

 わざわざお願いなんかしなくても、そんな事ならいくらでも付き合うのに……変な鈴仙さん。

 でも嬉しそうだから別にいいか、そう思いながら竹林の中をゆっくりと歩いていると。

 

「かげちゃん、頑張れ頑張れ!!」

「が、頑張れじゃないわよ……うぐぅ~」

「?」

 

 竹林の奥から、何やら女の子の声が聞こえてきた。

 鈴仙さんと互いに顔を見合わせてから、声の主を確認しようとその方向へと足を進める。

 そこに居たのは2人の女の子、1人は前に霧の湖にて知り合った途端に唐突な告白をしてきた人魚の少女、わかさぎ姫さんだった。

 近くに水場がないせいか、水がたっぷり入った巨大な桶の中に入っている。

 

 そしてもう1人は、わかさぎ姫さんの入った桶を台に乗せて引っ張っている獣の耳と尻尾を生やした、ドレス姿の女の子。

 ひーひー言いながら引っ張っている辺り相当重いのだろう、見た限り大の大人が五人ぐらい居ないと持ち上がらなそうなくらい大きいのだから。

 

「あの子……確か今泉影狼(いまいずみ かげろう)、だったわね」

「鈴仙さん、あの子の事知っているんですか?」

「この竹林に住む狼女ですよ、けど何やってんだろあれ……」

 

 2人して怪訝な表情を向けてしまう、けど大変そうだし手伝ってあげようか。

 そう思い、2人に声を掛けようとして……わかさぎ姫さんと、目が合った。

 

「……ナナシ、様?」

「あ……こ、こんにちは。わかさぎ姫さん」

 

 少し上擦った声を出してしまった、やっぱりこの間の唐突な告白が尾を引いているらしい。

 暫し見つめ合う、というかわかさぎ姫さんがこちらを凝視しているので視線を逸らせないと言った方が正しい。

 

 ……一向に何も言ってこないので、もう一度声を掛けようと口を開いた瞬間。

 

「ナナシ様ー!!」

「えっ――はぐぁっ!?」

 

 頭部に衝撃を受けながら、真後ろに倒れ込んでしまう。

 痛みと衝撃で混乱している思考では、今の状況を理解する事ができない。

 というか苦しい、息が……でき、ない……。

 

「ちょ、な、何してるのよ!!」

「きゃあ!?」

「っ、げほっ……げほっ、げほっ」

 

 停止していた呼吸ができるようになり、咳き込みながら新鮮な空気をすぐさま取り込んでいく。

 助かった、どうやらわかさぎ姫さんが顔に抱きついてきたせいで首が絞まっていたらしい。

 

「だ、大丈夫?」

 

 心配そうな表情で僕に駆け寄ってきてくれる今泉さんに、大丈夫と返す。

 

「ナナシさんにいきなり何するのよ!!」

「……あなた、ナナシ様の何ですか?」

「な、何って……その、友人……だけど」

「なら邪魔しないでください、私はナナシ様に用があるんですから!!」

 

 再び此方に視線を向け、近づいてくるわかさぎ姫さん。

 

「お久しぶりですナナシ様、会いたいと思っていた時にこうやって巡り合えるなんて……やっぱり私達、運命の赤い糸で括りつけられているんですね!!」

「いや、それを言うなら結ばれているじゃないですかね?」

 

 違う、そうじゃない。

 まだ混乱しているのか、見当違いなツッコミを入れてしまった。

 

「ナナシ様、これから何か予定はありますか? ないなら私とデートしてください!!」

「えっ、えっ?」

 

 デートって……あのデートだよね?

 いきなり過ぎる展開についていけない中、わかさぎ姫さんはこっちの返答を聞かずに手を掴んでぐいぐい引っ張ってくる。

 抵抗しようとするが、見た目がか弱そうだけどさすが妖怪というべきか、そのままズルズルと引っ張られていく……。

 

「ちょっと待ったーーーーーっ!!」

「姫、少し強引過ぎるよ」

 

 そんな僕達の間に割って入る鈴仙さんと今泉さん。

 

「かげちゃん、どうして邪魔するの!?」

「いや、だってこの人困ってるし……」

「ま、まさかかげちゃんもナナシ様を狙って……!?」

「お願い姫、話聞いて」

 

 疲れきった表情でわかさぎ姫さんを宥めようとする今泉さんだが、会話が成立していない。

 

「わっ」

 

 なんて声を掛ければいいのか判らず傍観していると、鈴仙さんはいきなり僕の手を掴み走り出してしまった。

 それも全速力でだ、それに気づいたわかさぎ姫さんがこっちに止まるように言ってくるが、鈴仙さんは無視するし僕はというと引っ張られている衝撃が強すぎてまともに口が開かない状態だ。

 

 結局、そのまま僕は鈴仙さんに引っ張られたまま竹林を駆け抜け……永遠亭まで走らされる羽目となった。

 

「はぁ、はぁ……はぁ」

「ふぅ……ここまで来れば大丈夫ね」

「はぁ……れ、鈴仙、さん……急に走り出して……はぁ、どうしたんですか?」

 

 おかげで、わかさぎ姫さん達を置き去りにする形になってしまった。

 さすがに今の対応は良くないと思い問いかけると、鈴仙さんは何故か不機嫌そうに唇を尖らせていた。

 

「……ナナシさんは、あの人魚とデートしたかったんですか?」

「えっ?」

「だとしたら、悪い事しちゃいましたねっ」

 

 ふんっとそっぽを向かれる。

 ……どうしてかはわからないけど、どうやら僕は鈴仙さんを怒らせてしまったらしい。

 けどその理由が判らず、なんとなく声を掛けづらくなってそのまま永遠亭の中へと入る事になってしまった。

 わかさぎ姫さんも傍に居た今泉さんも妖怪だから大丈夫だとは思うけど、今度会ったら謝らないとな。

 

 でも、デート……か。

 疑っていたわけではなかったけど、わかさぎ姫さん……本当に僕が好きなのか。

 

 ■

 

 今度会ったら謝らないと。

 そう思っていたけれど、再会は意外と早いものであった。

 

「……どうぞ」

「ありがとうございます、ナナシ様」

「……ありがとう」

 

 僕の淹れたお茶を受け取って、ニコニコと微笑むわかさぎ姫さんと申し訳なさそうな様子の今泉さん。

 向かい側の席には八意先生と、先生の隣に立ちこめかみをピクピクさせている鈴仙さんが居り、漂う空気は正直あまり良いものではない。

 

 ……それにしても、まさか再会が数十分で叶うとは思わなかった。

 あの後、逃げ出した僕達を追いかけようとしたわかさぎ姫さんに、今泉さんは。

 

「姫、今回は諦めたら?」

 

 そう言ったのだが、わかさぎ姫さんはそれを拒否。

 そればかりか物凄い剣幕で今泉さんに迫り、その迫力に敗北した彼女はそのまま永遠亭までわかさぎ姫さんを連れてきてしまった。

 あの馬鹿でかい桶ごとである、そのせいか玄関で迎えた時の今泉さんの疲労困憊を通り過ぎた表情はおもわず八意先生を呼んでしまう程に凄まじかった。

 

「……それで、一体ここに何の用なのかしら?」

 

 口火を切ったのは、八意先生。

 少し威圧を込めたその問いかけを受け、わかさぎ姫さんは僅かに脅えながらもはっきりと質問に答えを返す。

 

「ナナシ様との交際を認めてもらう為です!!」

「違うでしょ!!」

 

 わかさぎ姫さんの発言に、隣に座っていた今泉さんが即座にツッコミを入れた。

 なんて素早く力強いツッコミだろうか、あれは普段からツッコミし慣れていると見た。

 

「…………ナナシは、断わったと聞いているけれど?」

「そう簡単にこの恋を諦めたくないんです、ナナシ様は人でありながら人魚である私を見ても態度を変えずに当たり前のように助けてくれました。

 妖怪にも分け隔てなく優しさを向けられる、そんなナナシ様に惹かれたんです」

 

 真剣な眼差しをこちらに向けながら、自身の想いをはっきりと告げるわかさぎ姫さん。

 その想いは強く、そしてとても大きなものだった。

 疑っていたわけじゃない、けれどここまで大きな気持ちだとは思わなくて、言葉が見つからない。

 

「あら、愛されているのねナナシ」

「……ありがとうございます、わかさぎ姫さん。そう言ってくれるのは、本当に嬉しいです」

 

 嘘偽りのない感謝を込めて、そう言った。

 嬉しそうに頬を綻ばすわかさぎ姫さん、けど……まだ僕には、彼女の想いには応えられない。

 

「でも、僕は女の子と交際するとか、そういう事は考えられないんです」

「…………」

 

 酷い男だ、僕は。

 わかさぎ姫さんのような女性に想いを告げられるだけで幸運だというのに、それを断わるなんて贅沢にも程がある。

 けれど中途半端な気持ちで彼女と付き合うなんて、それこそ不誠実だ。

 

「……そう、ですか。残念です」

 

 困ったように、悲しそうに笑うわかさぎ姫さんを見て、おもわず謝罪の言葉を口走りそうになってしまう。

 でも謝るのは違うと思ったから、何も言わずただ黙って彼女の言葉を待つ事にした。

 

「でもナナシ様、恋人は無理でも友人になら……なってくださいますか?」

「っ、それは勿論! 僕でよければ」

「はい。では()()()友人からという事で!!」

「……ん?」

 

 なんだか含みのある発言のような気がしたが、気にせず彼女と握手を交わす。

 

「良かったね、姫」

「ありがとうかげちゃん、でも……ナナシ様の事、好きになったら駄目だからね?」

「わ、わかってるよ……」

 

 釘を刺すように今泉さんにそう言ってから、わかさぎ姫さんは何故か鈴仙さん達に意味深な笑みを向け始めた。

 傍から見るとニコニコとした友好的な笑みなんだけど、鈴仙さんが露骨に眉間に皺を寄せている辺り、彼女にとってはあんまり良い笑顔ではないようだ。

 あ、よく見たら八意先生の表情も険しくなってる、なんでだ?

 

「……あなたも大変ね」

「えっ?」

 

 何故か、今泉さんに同情された。

 どうしてぽんぽんと肩を叩くんですか? 不安になるからやめてください。

 

「――ナナシ、ウドンゲ、お客様がお帰りになるそうだから見送ってあげなさい」

「は、はい」

「わかりました」

 

 まだ帰るって言っていないのに、なんだか八意先生強引だな。

 けれど向こうもちょうどよかったのか、特に何も言わなかったので鈴仙さんと2人で玄関まで見送る事に。

 

「姫の事は心配しないで。ちゃんと霧の湖に送るから」

「心配してないけどね、これっぽっちも」

「れ、鈴仙さん……?」

 

 真顔で暴言を放つ鈴仙さんに驚く、機嫌悪いのだろうか。

 しかしわかさぎ姫さんは気にした様子もなく、にこにことしたまま……。

 

「優しくないうさぎさんですね、ナナシ様の爪の垢でも呑んだらどうですか?」

 

 訂正、ばっちり気にしてました。

 睨み合う鈴仙さんとわかさぎ姫さん、それを少し離れながら見守る僕と今泉さん。

 なんだこの構図、というか2人はいつまで睨み合っているのでしょうか?

 

「ナナシ様、皆さんに意地悪されたらすぐに行ってくださいね? 私が全身全霊を込めて、貴方様を癒して差し上げますから」

「あ、えっと……ありがとう、ございます」

「残念だったわね。そんな機会なんて一生訪れないわよ」

「失礼なうさぎさんには聞いていませんけど?」

 

 ああ、またしても雰囲気が険悪な感じに……。

 どうして2人して好戦的なんですか、いつもは穏やかで争い事を好まない性格なのに。

 

「…………前言撤回、大変な原因の半分はあなただわ」

「えぇー……?」

「姫もそうだけど、あの妖怪兎も苦労するわよきっと……」

「どうして僕を見ながら言うんですか?」

 

 そう今泉さんに問いかけるが、返ってきたのは呆れを含んだ溜め息だけだった。解せぬ。

 

 

 

 

 


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