幻想郷での知り合いが増えて嬉しいけど、なんだか人外の知り合いばかり増えているのは気のせいだろうか?
まあそれはともかく、4人で仲良く遊ぼうと思った矢先、妖怪魚に襲われている人魚の少女を助けたんだけど……。
内側に意識を向け、“癒し”の力に手を伸ばす。
力は黄金の光となって右手に宿り、その光を目の前で座っている妖怪兎の裂傷が刻まれ血を流している傷口へと注ぎ込んだ。
光は傷を包むように一度強く発光してから、妖怪兎の身体へと溶けるように消えていき。
「……おおー」
「ふぅ……どうかな? 他に痛い所はない?」
光が完全に消えた時には、妖怪兎の怪我は綺麗さっぱり治っていた。
その光景に周囲の妖怪兎達も感心したように見入っており、ちょっとだけ気分が良くなった。
「八意先生には、力を使ったのは内緒だよ?」
『はーい!!』
元気よく返事を返してから、妖怪兎達は一斉に竹林へと向かって走っていった。
遊ぶのはいいのだけれど、遊びが過ぎて怪我をして血をボタボタ流しながら帰ってくるのはあまり精神衛生上よろしくないので、もう少し自重してほしいものである。
それに八意先生に力は使うなと言われているから、今のを見られると色々と拙いわけで……。
「ナナシ」
「…………」
背後から、優しい声で名を呼ばれた。
けれど振り向けないし、何か恐ろしいものと対峙したかのように冷や汗が止まらない。
判るのだ、声は優しいけど相手がめっちゃ怒ってる事が。
けれどこのままというわけにもいかず、何より後ろの威圧感に耐えられないのでゆっくりと振り向いた。
「……八意、先生」
「どうしたの? そんなに怯えて、何か悪い事でもしたのかしら?」
恐い、見惚れるくらいに綺麗な笑みなのにものすごく恐い。
間違いなく力を使ったのを見られていた、誤魔化す事などできるわけがないと判断し、僕はすぐさま頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……まったく、安易に力は使うなと言った筈でしょう?」
「そ、それはそうなんですけど……結構酷い傷でしたから」
「妖怪兎なんて頑丈さだけしか取り得がないのだから、放っておいても大丈夫です」
「い、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ……」
反論してみたが、一睨みされすぐさま萎縮してしまった。
情けないと言うなかれ、すっごい恐いんだもん八意先生のにらみつける攻撃は。
「優しいのは結構だけど、自分を蔑ろにしては駄目よ?」
「はい……気をつけます」
素直に忠告を聞き入れる、八意先生は僕の身体を心配して言ってくれているのだから。
「それで、体調は大丈夫なの?」
「はい、身体が慣れてきたのか負担は殆どありません」
「だからといって過信しては駄目だからね?」
はいと答えると、八意先生は納得してくれたのかにらみつける攻撃をやめてくれた。
ふぅ、なんだか寿命が縮まったような気がする、そう思ってしまうほどに迫力があるのだ。
「ちょっと来てくれる? あなたにお客様よ」
「僕に、ですか?」
誰だろう、ルーミアはわざわざお客なんて呼ばれ方されないだろうし。
……まさか、わかさぎ姫さんではない、よね?
「残念ながらあの人魚ではないわよ、告白されたのだから気になるわよね?」
「うっ……」
「でもあなたも酷い人ね。結局返事は保留にしたんでしょ?」
「誤解です」
その発言には異議を唱えたい。
保留じゃなくちゃんと断わった、いや勿論あんなにも可愛らしい容姿の女の子に告白されたのは男として嬉しいけど……出会ったばかりだったし、何より、その。
まあとにかく、あの場できちんと「お付き合いできません」と答えたし、彼女も「わかりました」と言ったから僕に非はない……はずだ。
そんな自分に対する言い訳をしながら、八意先生と共に客間へと赴くと。
「連れてきたわよ。“慧音”」
「ああ、すまない。――はじめましてナナシさん、私は人里で寺子屋の教師をしています
こちらに向かって立ち上がり、丁寧に一礼をしつつ名を名乗る1人の女性。
すぐに此方も名を名乗ってから、向かい合うように座り話を聞く事にした。
「えっと、上白沢さんは……」
「慧音、で結構ですよナナシさん」
「じゃあ僕もナナシと呼び捨てにして結構ですし、敬語も使わなくて大丈夫です」
「ではナナシと、そう呼ばせてもらうぞ?」
「はい。それで慧音さんは僕に用があるみたいですけど……初対面、ですよね?」
まだ僕は人里に言った事がない、上白沢さんの事は幻想郷縁起である程度は知っているがそれだけだ。
だというのに彼女は僕を訪ねてきた、一体これはどういう事なのだろう。
すると慧音さんはばつが悪そうな表情を見せてから、少し躊躇いつつも口を開いた。
「……天狗の新聞を見たのだが、君は他人の傷を瞬く間に治す力があるらしいな?」
「えっ? ええ……でも、天狗の新聞って?」
「天狗は全員ではないけれど定期的に新聞を発行しているのよ、まあその殆どが単なるゴシップ記事や捏造記事ばかりだけど」
僕の疑問を隣に座る八意先生が答えてくれた。
前に輝夜さんと一緒に行った際に巻き込まれた一件で、僕の力を知った天狗がそれを内容にした新聞を発行し人里に配布したらしい。
こっちの許可も取らずに……そう思ったが、今回のような事はよくある事らしい、それでいいのか?
「正確には違いますし僕自身も自分の力の全容を理解しているわけじゃないですけど……その解釈でも間違いないと思います。ですけどそれがどうしたんですか?」
「…………実はな、君のその力を貸してほしいんだ」
「えっ、それって里の誰かが怪我をしたって事ですか?」
僕の問いかけに、慧音さんは頷きを返しつつ詳しい内容を話してくれた。
事の始まりは五日前の事、夜遅くに里の住人が何者かに襲われたのが始まりだった。
襲われた人は幸い身体の数箇所に切り傷を負っただけで済んだものの、犯人の顔は見えなかったそうだ。
その次の晩、別の住人が襲われ1人目よりも深い傷を負わされた。
鋭利な刃物で斬られたかのようなその傷は深く、その人は今も療養中らしい。
だが慧音さん曰くその2人はまだマシだという、2日前の晩……3人目の犠牲者が出てしまった。
受けた傷は今まで一番酷く、峠は越えたもののいつ容態が悪化するかわからない状況らしい。
おまけに3人も犠牲者が出て里の自警団は毎晩見回りをしているというのに、犯人の特定はおろか姿すら確認できていないそうだ。
「ここまで来ると犯人は妖怪なのは間違いないというのが里の見解だ、何より犯行現場の路上には僅かに妖力の
「あの、どうしてそんな酷い傷を負っているのに永遠亭に治療を頼まなかったのですか?」
「……身内の恥を話すようで心苦しいのだが、今回の現場周辺の住人達は人間ではない者に対して些か敵愾心を強く向ける傾向にあってな」
人里、と言っても一枚岩ではないらしく、妖怪に対して友好的な考えを持つ人も居れば、人間ではないというだけで妖怪は勿論妖精やその他人外も決して受け入れないという考えを持つ人も居るとの事だ。
そして今回の被害を受けた場所はそんな考えを持つ人達が暮らす場所らしく、それで永遠亭での治療を拒否したのだ。
「しかし3人目の犠牲者は里の中でも古くから存在する名士の1人息子でな、その父親がナナシの噂を聞き入れ……」
「それで連れて来い、と? 随分と身勝手な話ね」
冷たい口調でそう告げる八意先生だが、正直僕も同じ意見を抱いていた。
向こうの気持ちも判るけど、だからって慧音さんを使って強引に話を進めようとするそのやり方は、好ましくなかった。
慧音さんもそれは充分に理解しているのか、心苦しそうに表情を曇らせている。
「けれど僕は人間ですけど里の住人じゃありません、それなのに連れて来いと言われたんですか?」
「それはナナシが人間だから、いざとなれば御しやすいと思ったのでしょうね」
……なんだそれ、自然と眉間に皺が寄っていってしまう。
つまり体よく利用しようという魂胆なわけか、ここまでくるといっそ清々しい。
あ、慧音さんが居た堪れなくなったのかどんどん身体を縮こませてる。
なんだかこっちが悪い事をしているような気分になってきた、よくよく考えたら慧音さんも板ばさみになってるんだよね。
これは、このままさようならってわけにはいかないな。
「――わかりました慧音さん。行きましょう」
「ほ、本当か?」
「…………」
僕の発言に慧音さんは表情を明るくさせ、八意先生は責めるような視線を向けてきた。
その視線だけで挫けそうになるが、こちらとて負けるわけにはいかない。
「僕の力は誰かの助けになる事に意味があると思うんです、それにわざわざ尋ねて来たのにこのまま帰らせるわけにも……」
「今回の件はあくまで里の問題、何より向こうが私達の協力を望んでいないわ。それにねナナシ、あなたも判っているとは思うけど」
「利用しようとしている事は僕にだってわかります、それでも……苦しんでいる人の助けになるのなら、僕は何とかしたいです」
身勝手な話だけれど、譲れないものだってある。
八意先生は暫く僕を睨むように見つめ――やがて、呆れを含んだ溜め息を吐き出した。
「勝手になさい。後悔しても知らないから」
「……ありがとうございます」
感謝を示す為に深々と頭を下げてから、立ち上がった。
そうと決まれば善は急げ、里に向かおうと慧音さんと共に永遠亭を後にする。
思わぬ形で人里に行く事になったけど、できる事ならみんなにお土産でも買っていこうかな。
■
刺さるような鋭い視線が四方八方から注がれる。
竹林を抜け、人里に趣き、慧音さんに案内された場所は大きな屋敷だった。
旧家という意味での名士の家らしい、庭も離れも完備する屋敷の中に案内された。
この家の1人息子さんの部屋に案内され、早速とばかりに治療を開始する。
ただ、やっぱりというべきか此方を微塵も信用してはいないようで、この家の主人は勿論多くの使用人が監視するような視線を向けてくるのは正直参った。
少しでも妙な真似をすれば許さないと目で訴えており、部屋の空気も重苦しく気が滅入るばかりだ。
気持ちは判るけど、そちらの都合で呼びつけておいてその態度はどうなのかと思いつつ、精神を集中させて力を解放する。
相手の怪我は腹部が一番酷く、手足にも複数の裂傷が刻まれている。
故に両手に宿した黄金の光を相手の全身を包み込むように展開させ、一度に全ての傷が治るように力を使用した。
「っ」
身体に走る痛みと倦怠感、やはり相手の傷の深さによって反動の大きさは違うらしい。
けれど使用すればするほどにその反動は小さくなっている、この力に身体が慣れてきているという事なのか。
黄金の光が相手の身体に吸い込まれ、その光が収まった時には。
「………………治ってる」
「っ!? ま、まことか!?」
全ての傷は癒え、痕すら残さずに消滅してくれていた。
ほっと胸を撫で下ろしつつ深呼吸、今回は別の意味で緊張したからどっと疲れた。
……うん、頭痛はするけど意識はハッキリしているし問題はない。
大分この力にも慣れてきた、これならいずれ多くの人を助ける事ができるかもしれない。
「よくやった。感謝するぞ」
「あ、いえ……自分にできる事をしただけですから」
早々に立ち去ろうと、立ち上がる。
謝礼を貰うべきなんだろうけど、正直これ以上ここには居たくなかった。
この家の主人は感謝の言葉を述べはしたけど、形式上のものでしかないと声色だけで判ったからだ。
それに周りの視線も、物珍しいものを見るような……見世物扱いされているような気がして、気分が悪い。
「報酬は何を望む?」
「では、今後何かありましたら永遠亭を尋ねて下さい。僕……いえ、私なんぞよりも頼りになる方々がいらっしゃいますから」
「…………覚えておこう」
ちっとも覚える気はない返答を受け、溜め息が出そうになる。
この機会に永遠亭の宣伝でもしようかと思ったけれど、この家の人達には意味を成さないようだ。
向こうも用が済んだ僕には早く出て行ってほしいのか、使用人に玄関まで連れて行くように命じたので、これ幸いにと屋敷を後にする事にした。
「……疲れた」
おもわず口に出てしまうほどに、疲労感が身体に蓄積していた。
自分のできる事で助けになろうと決めていたし治療して後悔はしていないけど、ああまであからさまな態度を見せられるとは正直思っていなかった。
きっとこの屋敷の人達にとって僕も恐ろしく不気味な妖怪と同類なのだろう、治療を終えた時の視線で否が応でも理解できた。
「ナナシ!」
「慧音さん……」
ずっと屋敷の前で待っていたのか、慧音さんはほっとしたような表情を浮かべながらこちらへと向かってくる。
「終わったのか?」
「はい。傷も全て治りました」
「……信じていなかったわけではないが、本当に治してしまうとは驚きだ」
「それよりどうしたんですか? ここで待っていたみたいですけど……」
「待つのは当たり前だ。こっちの身勝手な都合で巻き込んだというのに、案内して終わりというわけにはいかないだろう」
大真面目な顔でそんな律儀な事を言う慧音さんに、おもわず苦笑を浮かべてしまう。
そこまで気負わなくてもいいのに、幻想郷縁起にも書かれていたけど本当に生真面目な性格をしているようだ。
「それでだな、せめてものお礼がしたいのだが……」
「そんな事気にしなくても……ああ、でも永遠亭のみんなにお土産を買っていきたいので、何かオススメのものとかありますか?」
「……欲が無いな君は、今時珍しいぞ」
そう言いながら、慧音さんは僕を連れてある場所へと案内してくれた。
そこは里でも評判らしい団子屋であった、前に鈴仙さんが食べたいと言っていたお店だ。
ただここはいつも人気で並ばなければ団子は買えず、かといって仕事の為に里に来ている状態ではそんな余裕などあるわけもないので買えないと愚痴っていたっけ。
「店主、慧音だが……」
「おおっ、慧音先生。できていますよ」
「ありがとう、助かるよ」
店の人と何やら話し始める慧音さん、暫しの会話を経て慧音さんは店の人に大きめの紙袋を受け取り、こちらへと戻ってくる。
「ナナシ、受け取ってくれ」
「これは……?」
「君の事だから土産を買おうと思っていただろう? ここの団子は人気だからな、永遠亭の皆も喜ぶ筈だ」
「あ、ありがとうございます」
紙袋を受け取る、中を見るとみたらしや餡子、三色団子などがぎっしりと詰まっていた。
その数は十や二十では利かない、土産を用意してくれたのは嬉しいけどこれだけの数を買うお金は……。
「私の奢りだ」
「えっ、でも……」
「いいんだ。というより、今はこれぐらいしかできない事を許してほしい」
気まずそうに、申し訳なさそうにそう言ってくる慧音さんに、首を傾げた。
「嫌な思いをしただろう? 君は純粋な善意で今回の身勝手な要望に応えてくれたというのに……」
「……慧音さんって、エスパーですか?」
「やはり嫌な思いをしたのか……すまない、ナナシ」
頭を下げて謝られてしまった、なんだか気まずい。
そもそも慧音さんが謝る必要などない筈なのに、生真面目というかなんというか。
だけど、彼女の真摯な姿を見てさっきの嫌な気分が吹き飛んでくれた。
「ありがとうございます慧音さん。慧音さんがそう言ってくださるだけで充分ですから」
「……そう言ってくれると助かるよ、しかし度し難いものだな……自分の知識では計れないからといって、頭ごなしに否定し拒絶するなど」
「仕方ないですよ。僕だって初めて幻想郷に来た時にルーミアに襲われましたけど、その時はただただ恐いって気持ちと腹立たしさしかありませんでしたから」
それを考えると、あの家の人達の態度だって仕方ないと納得できる、気分は悪いけど。
何よりも、助けられて良かったという達成感の方が強いから、それで充分なのだ。
「君は若いのにしっかりしているな」
「周りに大人が沢山居ますから、それにしっかりしないと幻想郷では生きられませんよ」
「ふふっ、そういう考えができるからこそしっかりしているというんだ」
まるで教え子を褒めるような言葉に、少しだけ気恥ずかしくなった。
ああ、現金な話だけど改めて今回の依頼を受けてよかったと思えた。
「そういえば慧音さん、犯人の方は……」
「それは君が気にする必要などないさ。頼りになる協力者も居るし今夜にでも解決するだろう」
「そうですか、それはよかった」
そういう事ならば、彼女の言う通り気にする必要はないだろう。
一件落着、そう思うと自然と身体から疲れを感じ始めた。
能力を使用しただけではない、精神的な疲れだ。
もうここで僕にできる事もする事もない、早く永遠亭に帰ろう。
「慧音さん、それじゃあそろそろ失礼させてもらいます」
「ああ、そうか。……って、1人で永遠亭に帰れないだろうに」
「あ」
そういえば、僕1人じゃあの竹林の中を突破できない。
間抜けな自分が恥ずかしくなり、そんな僕を見て慧音さんは苦笑を浮かべていた。
「安心しろ。勿論私も同行するから」
「すみません……あ、それなら慧音さんもみんなと一緒にお団子を食べませんか?」
これだけの量だ、いくら永遠亭のみんなで食べようと思っても余ってしまう可能性がある。
僕の提案に、慧音さんは快く了承してくれた。
「ナナシ」
「はい、なんですか?」
「もし君が良ければだが、いつでも里に遊びに来るといい。歓迎するよ」
「……ありがとうございます」
少しだけ嫌な事もあったけど、今日も良い一日で終わってくれそうだ。
何せ人里に行く事もできたし、慧音さんという知り合いもできたのだから。
その後、永遠亭に戻った僕はみんなと一緒にお土産のお団子を食べ楽しい一時を過ごした。
ただ、今回の件で八意先生からは皮肉を言われ、力を使った事に対して鈴仙さんと輝夜さんからお小言を貰う羽目になってしまったのだった。