Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・喜多川と班目の行動が原作より過激(?)になっているので注意。
・順平が大変な目に合っている。


そこまでにしておけよ変態

 期末テスト明けて早数日。僕たちは期せずして、マダラメなる人物――画家である斑目一流斎の展覧会を見に行くことと相成った。

 

 

『やだ……! アイツ、ついて来てる!』

 

 

 『鈴井志帆が転校することになったという情報が入り、少し寂しそうにしていた杏が血相変えて耳打ちしたことがすべての始まりになるだなんて誰が予想しただろう』とは、黎の発言だった。彼女の疲れ切った横顔は忘れられない。話を聞いた俺も疲れたためだ。

 杏を追いかけて来たストーカーをとっ捕まえてみたところ、その人物は洸星高校美術科2年の喜多川祐介と名乗り、杏に『絵のモデルになってほしい』と申し出てきたそうだ。彼は世界的な日本画家、斑目一流斎の門下生だという。

 喜多川は杏を一目見て惚れ込み、『絵のモデルになってほしい』と頼み込むためだけにずっとつけ回していたのだ。一歩間違えればメメントスの中野原と同じ轍を踏みかねないのだが、奴からは歪みを検知することはできなかったらしい。閑話休題。

 

 良くも悪くも純粋すぎる喜多川は、黎たちに班目画伯の展覧会のチケットを押し付けた。無料だが明らかな押し売りをする喜多川に『彼氏の分も欲しいのでもう1枚』と要求する黎の豪胆さも、黎の無茶ぶりに2つ返事で対応し僕の分のチケットを手渡してきた喜多川も、もう何もかもが規格外だった。

 喜多川という人間の突き抜けっぷりに引きながらも、彼の師である班目はシャドウの中野原が言っていたマダラメなる人物と同じ苗字であることに気づいた3人は、『展覧会に参加したい』と僕にメッセージを送って来た。僕たちに必要なのはターゲットの情報だ。断る理由はない。

 

 

『ああ、来てくれたんだね!』

 

『う、うん。まあ』

 

『本当に来たのか』

 

『お前がチケットを置いてったからだろーが』

 

 

 班目展に足を踏み入れた僕たちを迎え入れた黒髪――橿原淳さんと瓜二つの顔立ちだ――の美男子である喜多川祐介は、杏とその他でまったく正反対の対応をした。黙っていれば造詣はいいのに、言動や態度がその価値を木端微塵にぶち壊している。

 神様はどうやら、喜多川祐介という男に対し、端正な顔と画家としての才能()()を与えたらしい。芸術以外のことに関しては無頓着なのだろう。僕を含んだ杏以外の参加者への対応が雑なのもそのせいだ。航さんのようなタイプに近い人間と言えよう。

 

 僕がそんなことを考えていたら、喜多川は僕に気づいたようだった。奴は挨拶もそこそこに、突如手で枠を作って唸り始めた。

 

 

『……僕たちに、何か?』

 

『そこの2人が並んでいると、何かこう、突き動かされるような感覚を覚えるんだ。――“描かねばならぬ”と』

 

『えっ?』

 

 

 奴の枠の中には、僕と黎が寄り添っている姿が収められていた。それを何度も角度を変えながら、喜多川は真剣な面持ちで僕と黎を見つめ続ける。

 そうして、何か確証を得たのだろう。喜多川はパアアと表情を輝かせた。奴の反応は、杏への対応とよく似ている。あまりの変貌に、僕たちは呆気にとられた。

 

 刹那、喜多川は僕と黎の手を取り、藪から棒に申し出た。

 

 

『2人にも頼みがある。彼女と同じように、俺の絵のモデルになってくれないか!?』

 

『『!?』』

 

 

 ――ここで地を出さなかったことを褒めてほしい。突然の申し出に置いてけぼりを喰らった僕たちを、喜多川は更に置いていった。文字通りの暴走特急。

 

 

『不思議だ。彼女だけのときは“何か足りない”と思っていたんだが、今なら分かる。()()()()()()()()()、その真価が発揮されるのだと! 俺はこの美しさと尊さを、是非とも描きたいんだ!』

 

『おう、まずはその手を離せクソ野郎。話はそれからだ』

 

『吾郎、取り繕えてないよ』

 

 

 僕は喜多川の手を引っぺがしながら、笑顔で応対した。ついでに黎の手から奴の手を引き剥がすのも忘れない。まさか僕たちが杏と同じ轍を踏む羽目になるとは思わなかった。『杏と一緒に案内する』と主張する喜多川を笑顔のまま迎撃しながら、僕たちは班目展に足を踏み入れる。

 インタビュアーからマイクを向けられた班目画伯は、気さくで飄々とした態度のまま応じていた。『有名画家として稼ぎながらもあばら家に住まい、俗世との関わりを断つことで、逆に様々な着想を得ている』と語る班目画伯に、マスコミたちは囃し立てるように声を上げている。

 結局、僕、黎、杏は喜多川に引きずられるような形で班目展を見て回る羽目になった。奴は流暢に班目画伯の作品を語っていたが、ある絵に惹かれて足を止めた杏の発言を聞いた瞬間表情を曇らせた。件の絵に何か思い入れがあるのか、端正な顔に影が射す。だが、奴は即座に空元気を出すと、すぐ案内を再開した。

 

 意気揚々と先へ進む喜多川に引きずられるようにして館内を歩いていた僕と黎は、とある作品の前で足を止めた。

 タイトルは『愛花繚乱』。描かれているのは2人の男女だ。それだけであったら、普通の絵だっただろう。

 

 だが、描かれていた人物のモデルを、僕と黎はよく知っている。僕は思わず声に出していた。

 

 

『これ、順平さんとチドリさん!?』

 

 

 2人は巌戸台で出会ったペルソナ使いだ。後者のチドリさんは命さんたちと敵対するペルソナ使いだったが、順平さんとの交流の果てに彼を庇って昏睡状態に陥り、影時間適正およびペルソナ能力や記憶の喪失と共に息を吹き返したのだ。記憶なき後も順平さんに惹かれたチドリさんが――元通りとはいかずとも――恋人同士になるのに時間はかからなかった。

 劇的な運命によって結ばれた恋人たちが、まさか班目の作品のモデルになっていたとは思わなかった。『キミたちは2人を知ってるのか?』と問う喜多川に、2人の馴れ初めを簡潔に説明しながら頷くと、喜多川は何とも言い難そうな顔をして目を伏せる。2人に対して何か後ろめたいことでもあるのだろうか? 現時点では、それを察することはできなさそうだ。

 

 

『でも、よく描けてるよね。苦難の果てに結ばれた2人の絆とか、惜しみのない愛情とかが伝わって来るよ』

 

『書き手もまた、そういうのを表現するのに苦心したんだろうな。モデルの感情を真摯に受け止めて、きちんと形にしたいという強い意志を感じる。……『2人を描くことが芸術家の誇りだ』と言わんばかりの気迫があるよね』

 

『…………っ』

 

 

 黎と僕が『愛花繚乱』の感想を述べたとき、喜多川がほんの一瞬息を飲んだ。大きく見開かれた瞳には、驚愕、歓喜、そして――悲哀にも似た憤りが滲む。どこまでも真っ直ぐな眼差しが、僕と黎へ突き刺さってきた。

 

 何かを言いたげに口を開いた喜多川だが、幾何の間を置いて、彼は小さくかぶりを振った。口から出かかった言葉を飲み込み、二度と出てこないよう蓋をするかのように。

 僕たちがそれを問いかけるよりも先に、喜多川が張り付けたような笑みを浮かべる方が早かった。奴はやけに綺麗な笑みのまま、僕たちや杏を促して先へ進もうとした。

 喜多川の様子からして、奴は僕たちを『愛花繚乱』から引き離したいらしい。明らかな違和感に不審を抱くが、結局喜多川の暴走特急ぶりによって棚上げされることとなった。

 

 喜多川に引きずり回された僕たちが解放されたのは夕方近くのことだった。しかも、別行動だった竜司は一足先に会場から立ち去っていたという。

 怒り心頭の(黎除く)僕らは、待ち合わせ場所に着くなり竜司を糾弾した。オバちゃんたちの勢いに押されたと釈明した竜司は、スマホの『怪盗お願いちゃんねる』を差し出す。

 

 

『掲示板に新しい書き込みがあったんだ。『あばら家』に『日本画家』……これ、多分班目のことだぜ』

 

『何々? ……盗作に虐待!? あの班目先生が!?』

 

『“弟子の作品を盗作するだけでなく、弟子をあばら家に住ませ、絵のことなどロクに教えず小間使いのようにこき使う。その様はまるで犬の躾のよう”ときたか。相当な言われようだね』

 

 

 書き込みを読みながら、僕たちは唸った。

 

 火のないところに煙は立たぬ。それに、シャドウの中野原の話を思い出す限り、班目は『弟子を物扱いする悪い先生』と言われていた。

 もしその話が真実だった場合、喜多川は班目によって虐待されている危険性があった。思ったより、事態は根深く深刻なのかもしれない。

 それを加味した結果、全会一致で『喜多川祐介にコンタクトを取って、班目に関する情報を聞きだす』ことに決定した。

 

 時間も時間だったので、僕たちは解散して自宅へと帰宅した。夕食を食べた後、自室で仲間たちとチャット――もとい、作戦会議に興じる。

 

 仲間たちは喜多川から直接話を聞き出そうとしている様子だった。現在、班目に一番近い人間は彼の傍にいる喜多川だけである。

 ……だが、もしも『虐待されている』という噂が本当だった場合、留意しなければならないことがある。僕はそのことを、怪盗団の面々に提示した。

 

 

吾郎:ならば、喜多川くんと接触する際、言動に気をつけないといけない。

 

竜司:なんで? 直接訊ねたほうが早いだろ?

 

黎:虐待されて育った人間、あるいはDV被害者の真理だね?

 

吾郎:そう。虐待されている人間はこう考えるんだ。『加害者はこんな自分を養ってくれているんだから、報いるのは当然』、『加害者が自分に手をあげるのは、自分に非があるからだ』、『加害者に愛してもらいたい、頼られたい、必要とされたい、捨てられたくない』ってね。

 

杏:そんな……。

 

黎:視野狭窄に陥っているとは言えども、被害者にとって加害者は“絶対的な正義”だ。加害者を害そうとすれば、感情の方向性問わず全力で抵抗してくる。

 

竜司:視野狭窄?

 

杏:要するに、“選択肢がそれ以外ない”って頑なに思い込んでいるってこと。

 

竜司:マジかよ……。で、感情の方向性って?

 

黎:『自分が悪いから叱られているだけで、相手に非は一切ない』と庇う、『余計なことをしないでほしい。そのせいで、相手からの仕打ちが悪化するのは困る』と自己保身に走る、『相手のおかげで私は今幸せなんです。私は不幸な子なんかじゃない』って自分に言い聞かせて現実逃避に走ることかな。

 

竜司:そういえば、鴨志田の被害者たちも似たようなこと言って反論してきたな。そうなると、やりにくいぜ……。

 

杏:それって、ある意味“班目先生に洗脳されてる”ってことだよね?

 

吾郎:そうだね。でも、場合によっては自ら“洗脳を受けに行っている”可能性もあり得る。

 

黎:“そうしないと生きていけない”レベルでの命、もしくは心の危機だからね。“そんなことはない”という確固たる証明ができないと納得してくれないかも。

 

竜司:な、成程……。でも、黎も吾郎も詳しいな。

 

吾郎:まあ、至さんと航さんに引き取られたばかりの頃の俺がそんな感じだったから。親戚が目の前で、俺の処遇に関する暴言合戦してた。『死ねばよかったのに』とか言われたかな?

 

竜司:酷ぇ……! なんて奴らだ!

 

杏:その親戚サイテー!

 

吾郎:怒ってくれてありがとう。今思えば、それがトラウマになったっぽい。保護者2人には散々迷惑かけたな。

 

黎:『吾郎が虐待被害児童みたいな挙動をするようになった。このままじゃ大変なことになる。どうしたらいい?』って至さんと航さんから相談貰ったレベルだった。

 

竜司:マジか……。黎や空本さんたちに会ってなかったら、吾郎ってどうなってたんだろうな?

 

杏:アタシたちと一緒に怪盗団やってなかったりして……。

 

吾郎:あはは、考えるとゾッとするよ。今は平気だから心配しなくて大丈夫。

 

黎:本人はああいってるけど、自覚がないだけなんだ。今でもたまに発症するから心配。

 

吾郎:そう?

 

黎:そう。

 

吾郎:だとしたら、迷惑かけてごめん。治ったと思ったんだけどな。

 

黎:焦らなくていいよ。無理に治そうとしなくてもいい。

 

吾郎:でも、黎の負担にはなりたくない。治せるよう努力するから。

 

黎:治せると思ってない。その程度で治るなら、吾郎が苦しむはずないでしょう?

 

吾郎:黎……。

 

黎:私、吾郎の傍にいる。ずっと傍にいるよ。いつか本当の意味で、貴方が心穏やかに在れるように。

 

 

吾郎:……ありがとう、黎。これからもよろしく。

 

黎:こちらこそ。返品は受け付けないよ?

 

吾郎:それはない。むしろ、俺の方が一生手放さないと思うけど大丈夫?

 

黎:愚問だね。そっちこそ大丈夫?

 

吾郎:それこそ、黎の方が分かってるだろ? 母さんを捨てたクソ野郎と同じ轍は歩まないって決めてるんだ。

 

 

竜司:すんません。グループチャットじゃなくて現実でお願いします。

 

杏:アタシ甘いものは大好きだけど、コレはちょっと扱いに困るわー。

 

黎:モルガナが白目剥いてる。どうしてだろう?

 

 

 ――ということで、喜多川への接触方針は定まった。

 

 僕個人でも探偵組や司法関係者の手を借りて班目画伯のことを調べてみたが、彼が獅童派の議員に政治献金しているという噂を掴むのが手一杯だった。この時点で嫌な予感しかしなかったのだが、これは俺自身の戦いだ。怪盗団に開示するには、まだ俺の覚悟が定まらないままでいる。

 政治家の資金源となるには相当の金が必要なのだ。しかし、世間で話題となっている()()班目画伯からは金や女の気配を感じ取れない。検察庁に直接出入りできれば何か聞き出せたかもしれないが、現在僕は活動自粛中だ。動き出せるとしたら来月頃からだろうか。

 

 

「……しかし、さっきの杏と竜司の会話はゾッとしないなぁ」

 

 

 チャットのログと睨めっこをしながら、僕は小さく息を吐く。そうして『もしも』を夢想した。

 

 もしも、俺の周りに至さんや航さんのような大人や黎がいなかったら、俺はどうなっていたんだろう。誰かを信じることもできぬまま、1人で生きていくことになったのだろうか。

 生きていくことに絶望し、獅童を恨み、世界を恨み、すべてを壊そうと思ったかもしれない。転がるようにして、闇の中へと踏み込んで、虚構塗れの人生を歩んだかもしれない。

 セベク・スキャンダルや『JOKER呪い』のときに顔を合わせた神取の姿がちらつく。“影に魅入られながらも運命を覆した者”として、奴は俺に対してやたらと優しかった。

 

 ニャルラトホテプの人形としての生を強要された神取に、俺はどう見えていたのだろうかは分からない。感情を雄弁に語るはずだった眼差しは、ニャルラトホテプに魅入られた後に死を迎えた瞬間から失われてしまった。

 どうしてかは分からないが、俺は破滅の道を歩いた神取の気持ちを()()()()()()()()()。影に魅入られた人間が、手を汚した人間が、光射す場所を歩くことなんてできやしない。そんなこと、絶対に許されない――()()()()()()()()()()()()

 

 

「手を汚したら、二度と戻れない……当たり前のことじゃないか」

 

 

 自分でも変なことに引っかかったな、と思う。

 この日は明日の用意を終わらせ、明日のために眠りについた。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日、早速僕たちは班目画伯の調査――もとい、喜多川祐介へのコンタクトを試みた。結果、運よく班目のパレス潜入に成功したのである。

 

 放課後、駅前で合流した僕たちは駅から徒歩で班目邸へ向かった。書き込み通り、班目画伯の家は古い『あばら家』だった。作品を描けばウン千ウン百万円で取引される日本画家からは想像できない有様である。早速訪問した僕たちを、喜多川は笑顔で対応した。

 パッと見て、喜多川は虐待されているように見えなかった。だが安心してはいけない。虐待常習犯の中には「見える所に傷をつけない」よう心がける連中だっている。服の下に隠れるような場所や、身体ではなく精神を攻撃するパターンだってあった。

 事前にその方向性を予測しておいてよかったと思う。真正面から『お前は虐待されているのか?』なんて訊ねていたら、話がこじれて厄介なことになってしまっただろう。実際、喜多川は班目画伯に対して深い恩を感じていたからだ。黎が班目を褒めると、喜多川は自分が褒められたみたいに語り出す。

 

 

『班目先生って凄い人なんだね』

 

『ああ。先生はとても素晴らしい人なんだ。身寄りのない俺をここまで育ててくれて、絵を教えてくれた。俺にとって、先生は父親代わりみたいな人なんだ!』

 

 

 班目画伯を語る喜多川を見ていると、俺の自慢話をする至さんや航さんの姿を思い出した。目の輝き方は至さんだし、うんうん頷く図は完全に航さんだろう。

 『吾郎も喜多川くんみたいなところあるよね。至さんや航さんのことを話すとあんな感じだよ』と黎に耳打ちされたのは何となく解せないが。閑話休題。

 

 

『僕たち、班目先生に関する悪い噂を聞いたんだ。展覧会で見た班目先生からは全然想像つかない誹謗中傷ばっかりだったんだよ』

 

『先生への誹謗中傷だって!?』

 

『確か、“弟子に対して酷い扱いをしている”とかなんとか』

 

『――キミは、そんな根も葉もない噂を信じているのか?』

 

『まさか! ……酷いよね。喜多川くんを引き取って育ててくれた人のことを悪く言うなんて』

 

 

 眉間に皺を寄せた喜多川は、班目を守る番犬のようだ。僕は肩を竦めつつ、情報提供者をこき下ろすような発言――つまりは班目を擁護する発言をした。不本意ではあるが、喜多川に警戒されるのは厄介なことになりそうだったので致し方ない。

 杏と竜司も『そうだそうだ』と同意する。だが、竜司は不本意さを隠しきれていないようで、眉間に皺が寄っていた。その反応から、“全員が班目の味方だと認識した”喜多川が警戒心を解いたのを確認し、遠回しに僕は喜多川に訊ねる。

 

 

『喜多川くんは、班目先生に対して、そういう噂を流しそうな人を知ってるかい?』

 

『…………いや、分からないな。いるならとっちめてやりたいくらいだ』

 

 

 『掲示板に書き込みしたような情報を知っていそうな人物は誰か』と遠回しに問えば、喜多川は心当たりがありそうな顔をした。だが、小さくかぶりを振って否定する。

 奴はあからさまに嘘をついた。いや、()()()()()()()()()()()と言った方が正しい。疑念の眼差しは、今はもうここにいない誰かに向けられていた。

 

 僕と黎は顔を見合わせて小さく頷き、杏と竜司に視線を向ける。2人は頷き、雑談のどさくさに紛れて『班目の門下生』に関係する話題を喜多川に問いかけた。

 

 

『班目先生って弟子を取って絵を教えているんだよね? 喜多川くん以外のお弟子さんっているの?』

 

『いいや。以前は何人か暮らしていたんだが……今は俺だけなんだ』

 

 

『なあ喜多川。班目センセイの関係者に“ナカノハラ”ってヤツいた?』

 

『“ナカノハラ”……? ……同じ名前の兄弟子ならいたが、彼は画家の道を諦めてここから去ってしまった。先生は残念がっていたよ』

 

 

 ――ビンゴである。俺たちの望んだ情報は手に入った。

 

 やはり、中野原が言っていたマダラメは斑目一流斎その人だったのだ。集めた情報からきな臭さを感じてはいたものの、ここにきて中野原の発言と『怪盗お願いチャンネル』の書き込みに信憑性が出てきたように思う。

 時折、喜多川がどさくさに紛れて『モデルになってほしい』と僕と黎の手(たまに杏)を握って来るのを引っぺがしながら雑談に興じた甲斐があった。『今日は忙しい』と言って名残惜しそうに家の中へ消えた喜多川を見送った僕たちは、道路の反対側にたむろした。

 運がいいのか悪いのか、僕たちのスマホは喜多川との会話に反応し、ナビを起動させていた。後は、パレスの元になっている施設名を言えばナビが起動し異世界へ飛び込むことができるだろう。画家の心象世界とは如何なるものか。

 

 手当たり次第に案を出していたときである。黎が『美術館?』と言った瞬間、イセカイナビが起動した。

 僕たちの眼前に広がったのは、あばら家からは想像できない景色だった。

 

 

「あばら家が美術館って、マジ?」

 

「すごい豪華……ってゆーか、シュミが……」

 

「悪いね。すごく」

 

「そうだね。目に痛いな」

 

 

 スカルとパンサーが呆気にとられる。ジョーカーは真顔のまま頷いた。僕も同意してパレスを見上げる。

 

 目に突き刺さらんばかりの絢爛豪華な美術館、その外観は黄金一色で埋め尽くされていた。入り口には多くの人間の姿がごった返していた。これが班目の欲望――その心象風景だと言うなら、奴は何を思って『美術館』を思い描いているのだろう。

 班目の作品は現実世界にも多く飾られている。多くの人々から称賛されているし、認めてもらっている。そんな人間に、『美術館』を司るような欲望が存在しているのだろうか。だとしたら、その源は一体どこから来るのだろう。パンサーとスカルが顔を見合わせ考え込む。

 「ここで悩んでいてもしょうがないから、先に行こうぜ?」というモナの案内に従い、僕たちは班目のパレスへ踏み込んだ。真正面から踏み込むのを避け、駐車場に止まっている車をよじ登って施設内へと侵入する。

 

 周囲には警備員が闊歩していた。勿論、無駄な戦闘は望むところではない。僕たちは建造物を飛び移りながら美術館の屋根へと飛び乗った。どこか侵入できそうな場所を探すと、丁度空いている天窓を見つける。ロープを垂らして内部に侵入すると、そこは展覧会場だった。

 美術館に絵が飾られていることに関して、何もおかしいことはないのだ。だが、ここはただの美術館ではない。欲望が顕現した心象世界――パレスである。故に、この絵には班目にとって深い意味があるはずだ。僕たちはそうアタリをつけて、館内の絵を調べて回る。

 

 

「全員、人物画みたいだね。しかも、みんな同じタッチで描かれてる」

 

「確かにそうだね。おまけに、向うには中野原の絵もあるよ」

 

 

 違和感の正体にいち早く気付いたのはジョーカーだった。続いて、僕が“中野原が描かれた人物画”を発見する。

 よく見れば、ここに飾られている人物画には“絵のモデルになった人物の名前”が題名として刻まれているではないか。

 

 

「いやいやおかしいだろ!? なんでこんなところに、中野原の絵が飾ってあるんだよ!?」

 

「スカル! あれ!」

 

「「ゲェッ!? 祐介/ユースケェ!?」」

 

 

 パンサーの声につられて見上げたスカルとモナが悲鳴を上げた。

 

 そこには喜多川祐介の人物画が飾られていた。

 勿論、作品名のタイトルも奴の名前である。――まさか。

 

 

「ここに描かれている人間全員が、班目の弟子ということか……?」

 

「ウソ!? この人数全員!?」

 

「でも、今じゃ祐介の奴しかいないんだよな……?」

 

 

 僕の推論を聞いたパンサーとスカルが顔を見合わせる。これ程までもの人物画が全員班目の弟子、あるいは元弟子がいる/いたならば――そうして彼らから絵を盗作すれば、班目の“多彩な作風”は、枯れることなく湧き続けたであろう。

 喜多川の話では、現在門下生として班目の元に残っているのは奴1人だけだ。他の弟子たちは班目に才能を食い潰され、中野原と同じような末路を辿ったのであろう。……と言っても、これは現時点ではただの推理にしか過ぎない。

 確証を得るためにも、これは奥へと進むしかあるまい。「確証が欲しい、奥へ行こうぜ」――モナの意見に従って、僕たちはパレスの奥へと進んだ。そこは美術館の入り口へと繋がっており、パンフレットの棚が置かれていた。

 

 うまくいけば、班目の認知――パレスの内装や規模がどうなっているかを探ることもできるかもしれない。僕たちはパンフレットを手に取った。

 

 

「でもこれ、美術館の半分しか載ってないよ?」

 

「待ってくれパンサー。それには、館内案内図・上と書かれているみたいだぞ」

 

 

 首を傾げたパンサーにモナが指摘する。つまり、『施設内部のどこかには館内案内図・下が置かれているフロアが存在しており、自分たちが把握しているフロアのあと半分程度の規模がある』ということを意味していた。

 班目の美術館は、どうやら鴨志田の城よりも複雑で広いらしい。スカルが「うええマジかよぉ。あと半分も探索しなきゃダメなのか」とぼやいたが、今回の目的はあくまでも“班目の認知を探る”ことだ。

 

 

「残りの半分の探索は後回しでいい。現段階で行ける場所を巡って、マダラメの認知を確認する方が先だ。奴の認知の結果によって、話は変わるからな」

 

「分かった。今回は、このパンフレットに記載されている場所を回ろう」

 

「「「了解!」」」

 

 

 モナの意見に従い、ジョーカーが指示を出す。僕たちは迷うことなく頷き返し、探索を続行した。

 

 次の部屋に踏み込めば、金箔の壁紙が飛び込んでくる。壁紙には水墨画らしきタッチで雄大な松の木が描き出されていた。部屋の中央には巨大な作品が鎮座している。案の定というか、作品の色もまた金色であった。

 底から湧き上がってくる水の流れを連想させるような螺旋の上に、様々な体勢の人間が乗っている。ある者は四つん這いになって慟哭し、ある者は胎児のように体を丸めて歯を食いしばり、ある者は頭を抱えながら膝から崩れ落ち、ある者は椅子に座ったまま虚ろな目をして天を仰いでいた。

 作品名は『無限の泉』。珍しく、この作品には作品解説がついている。パンサーは看板を覗き込みながら解説を読み上げた。読み上げていくうちにパンサーの表情がみるみる変わっていく。読み終わるころには、彼女だけでなく、僕たち全員が険しい顔になっていた。

 

 

“この作品群は、班目館長様が私費を投じて作り上げた作品群である”

 

“彼らは自身のあらゆる着想とイマジネーションを、生涯、館長様に捧げ続けなくてはならない”

 

“それが叶わぬものに、生きる価値なし!”

 

 

 これで、班目の認知が歪んでいるということが証明された。奴の欲望が歪んでいることも証明された。この作品こそ、班目が行っていた“弟子からの盗作行為”の証拠だ。『自分の門下生は、自分が“最高峰の日本画家・斑目一流斎”であり続けるための道具でしかない』――中野原の班目評は何も間違っていない。

 歪んでしまった中野原の認知が「元交際相手へのストーカー行為」という執着として顕現したのと正反対で、班目は「使えないモノは捨てる」という冷徹さが伺える。奴の思考回路は、獅童正義の行動原理とも似通っていた。ぞく、と、僕の背中に悪寒が走る。……喜多川もまた、僕の母や僕と同じような末路を辿る可能性があるのだ。

 

 スカルが忌々し気に作品を睨みつけ、パンサーが憤りを口に出し、モナが眼を鋭くし、ジョーカーが険しい面持ちのまま頷く。

 最早躊躇いも異論もない。僕たちの正義は決した。次のターゲットは斑目一流斎に決定である。だが、そこへモナが待ったをかけた。

 

 

「犯罪の裏取りはしといて損はないぞ。ユースケからもっと話を聞くべきだとワガハイは思うんだ。それに、ワガハイたちはマダラメのことを知らなすぎる」

 

「……確かにモナの言う通りだ。だが、そうなると喜多川本人が最大の障害になりそうだな。あの反応だと、奴はテコでも虐待を認めようとしないだろう」

 

 

 俺は顎に手を当ててため息をついた。唯一の心配事は――班目の最後の弟子である喜多川祐介のことだ。彼は班目のことを擁護し、庇っている。

 

 俺の脳裏に、喜多川の真っ直ぐな眼差しが浮かんでは消えていく。

 ……今思えば、喜多川のあの目は、どことなく痛々しくなかったか。

 

 

「吾郎の言ってた通りだったね。喜多川くんは班目への恩義故に、自分が虐待されているという真実を意図的に無視してる。もしかしたら、班目にその恩義自体を盾に取られているのかもしれない。……いや、もしかしたら両方かな?」

 

「クソ、とんだ喰わせジジイだぜ! 祐介の才能や性格を利用して、滅茶苦茶に踏みにじりやがって!!」

 

 

 ジョーカーの分析はスカルの怒りに火をつけたようだ。だが、彼が燃やす炎は怒りだけではない。言葉にできないやるせなさも滲みだしている。

 形は違えど、スカルもまた“踏み躙られた”人間の1人だ。その痛みを、彼はきちんと知っている。故に、喜多川を放っておくことができないのだろう。

 

 2人の言葉を聞いたパンサーが、沈痛な面持ちで口を開く。

 

 

「個展のときにね、飾ってあった絵を私が褒めたの。『この絵からは、描き手の言いようのない怒りと悲しみ、憤りが滲み出ていて迫真がある』って。……でも喜多川くん、様子が変だった」

 

 

 ――覚えている。あのときの喜多川は、何か言いたいことを飲み込んだような、影のある顔をしていた。

 

 僕がそれを記憶の中から引きだしたのと、ジョーカーが思い出したのはほぼ同時。

 僕たちは顔を見合わせた。……おそらく、僕たちは同じ事を考えている。

 

 

「私と吾郎が『愛花繚乱』を――順平さんとチドリさんが描かれた絵を褒めたときの反応もおかしかったよね? ということは……」

 

「――成程、あの絵も盗作だったってことか。杏が褒めた絵が喜多川本人のモノか、あるいは親交のあった兄弟子のモノかは分からない。でも、順平さんとチドリさんがモデルになった『愛花繚乱』は、間違いなく喜多川の作品だ」

 

「画家のセンセイ、か。鴨志田の野郎より手強いかもな」

 

 

 スカルが険しい顔で締めくくった。彼の言葉通り、俺たちのターゲットは鴨志田よりも強敵である。鴨志田のとき以上に、一筋縄ではいかないだろう。

 現時点では、これ以上班目のパレスに留まる理由はなくなった。満場一致で、僕たちはマダラメのパレスから現実へと帰還した。

 そうと決まれば、まずはパレス攻略のための下準備に取り掛からなくては。まずは祐介と接触するための算段を――

 

 

「――帰ってくれ!」

 

 

 不意に、大きな声が響き渡った。明らかな激情と拒絶が込められたそれは――展覧会で話したときの様子からは全く想像つかないが――喜多川の声だ。

 ガタガタと激しい音と共に玄関が開き、突き飛ばされるような形で人が出てくる。草野球チームの青いユニフォームを着た男性は、尚も玄関の戸口に手を伸ばした。

 

 ――伊織順平さん。巌戸台のペルソナ使いであり、現在は子どもに草野球を教えるボランティアに参加している社会人だ。シャドウワーカーの非常任職員でもある。

 

 

「祐介! お前、本当にそれでいいのかよ!? だってあの絵は、『愛花繚乱』は、お前の――」

 

「帰ってくれと言っているんだ! 貴方もチドリさんも、もうここには来ないでくれ!」

 

「祐介!!」

 

 

 喜多川は言い終えるや否や、順平さんの手を振り払って玄関の戸を閉めた。あばら家全体を軋ませるような激しい音とともに、班目邸の入り口は完全に閉じられる。

 順平さんは喜多川の名前を呼びながら戸を叩いたが、返って来たのは沈黙だけだった。彼は悔しそうな顔をして俯く。握りしめられていた拳が小さく震えていた。

 

 

「……畜生。これじゃあ、完全に手詰まりじゃねえか」

 

 

 「チドリになんて言えばいいんだよ」と力なく呟いた順平さんは僕たちの方に体を向け――僕と黎の存在に気づいたのだろう。

 素っ頓狂な声を上げる順平さんを見て、僕と黎は示し合わせたように笑った。その勢いのまま声をかける。

 

 

「「お手上げ侍にはまだ早いですよ? 順平さん」」

 

 

***

 

 

「頼む、祐介を助けてやってくれ!」

 

 

 怪盗団の話を聞いた順平さんが開口一番に言った言葉がそれだった。順平さんはテーブルすれすれまで頭を下げる。

 

 順平さんと出会った僕たちは場所を移動し、近所のファミリーレストランにいた。

 班目邸の前で話し合えるような話ではなかったため、座れる場所を探して入店したのである。

 

 

「俺、仕事が忙しくて時間が取れないし、さっきの件で祐介から出入り禁止にされちまったんだ。しかも、班目のヤロウに『展覧会が終わり次第すぐ、貴様を名誉棄損で訴えてやる』って言われて……」

 

「あのジジイ! 図星突かれたからって口封じかよ!?」

 

 

 ほとほと憔悴しきった順平さんの話を聞いて、真っ先に怒りをあらわにしたのは竜司だった。元々直情的なタイプである竜司には、順平さんの義憤に駆られた行動原理をよく理解できるのだろう。ぐったりした様子の順平さんの話をまとめるとこうなる。

 随分前に喜多川と出会ってモデルになった順平さんとチドリさんは、それをきっかけに奴と親交を深めるようになった。作品のモデルとなった縁で、2人に班目展のチケットが届いたらしい。喜んでチドリさんと一緒に見に行った順平さんは、自分たちがモデルになった絵が飾られているのを発見した。

 それだけならよかったのだ。だが、問題は描き手の名前である。作者は喜多川祐介ではなく、班目一流斎となっていたのだ。それに憤慨したチドリさんが最初に班目邸を訪れ、喜多川に事情を聴こうとして追い返された。ならばと次は順平さんが突撃し、班目と喜多川に直接問いかけたのだと言う。

 

 結果は順平さんが語った通り、師弟ともに激高。師は名誉棄損をでっちあげて順平さんを社会的に殺そうとし、弟子は順平さんとの接触を完全にシャットアウトした。

 班目が即座に訴えなかったのは、展覧会に影響が出ることを避けたためだろう。展覧会が終わるまでに戦いを終わらせないといけない。『改心』もスピード勝負になる。

 

 

「あーもう。給料3か月分前借したから、その分頑張るんだって意気込んでたときに……」

 

「……3か月分を前借? それってもしかして……」

 

 

 杏の問いに、順平さんは視線を彷徨わせた。耳が赤い。

 

 男が給料を前借する事情は限られている。

 チドリさんと順平さんは長らく恋人同士だった。

 

 そこから導き出されることは――

 

 

「成程。ついに婚約するんですね」

 

「いつになったら結婚するのかなって気にしてたんです。式は?」

 

「まだ未定。プロポーズ成功したら、チドリンと相談しようかと思っててさぁ。……あああああああああああああ……!!」

 

 

 途端にデレデレし始めた順平さんであったが、自分が置かれている状況を思い出して頭を抱えた。このまま班目を野放しにすれば、プロポーズという人生の門出を控えた男が裁判沙汰に巻き込まれてしまう。しかも冤罪だ。

 冤罪によってありとあらゆる不利益を被った黎が表情を険しくする。黎でさえ『未成年だからここまでで済んでいる』という節があるのだ。一社会人である順平さんに冤罪の烙印が押されてしまえば、その被害は計り知れない。

 順平さんをこのままにしておけば、チドリさんにプロポーズするどころか、今後の生活すら危うくなるだろう。自分たちの先輩が大変なことになっているのだ。ここは後輩として、頼れるところを見せたい。僕たちは顔を見合わせ、頷き合った。

 

 

 今回は自己清算することにした。プロポーズの算段を立てている男に金を支払わせるなんて鬼畜な所業、学生の身分でも容認できなかったためである。

 

 

◇◇◇

 

 

「今回の作品テーマはヌードにしようと思っているんだ。高巻さん、明智くんと有栖川さん! 是非協力してもらえないだろうかぶべらァ!?」

 

 

 喜多川の言葉に、反射的に奴を張り倒してしまった俺は悪くないはずだ。衝動に駆られたとはいえ、奴の名前を叫びながらグーで殴らなかった辺り、制御できなかったわけではないだろう。寸でのところで仕事した理性と慈悲を褒めてほしい。

 

 

「い、いきなり何をするんだ!?」

 

「『何をするんだ』? それはこっちの台詞だこのバカ野郎。未成年の健全な青少年に何をやらす気だ? えぇ!?」

 

「吾郎、抑えて」

 

 

 背後の方でモルガナと竜司が「ひええ」だの「祐介、命知らず過ぎんだろ……」だのとヒソヒソ話している声がやけに遠い。黎に引き留められなかったら、今度こそグーで殴って騒ぎになったかもしれなかった。本当に、俺はよく耐えた方だろう。

 情報収集の為でなければ、誰がモデルなんぞ引き受けるか。何が楽しくて、自分の裸を晒さねばならぬのか。班目の盗作行為から考えると、祐介が描いた裸体画は“班目一流斎の作品”として世に送り出されることとなる。最低でも日本全国、最悪の場合は世界全土に自分の裸が公開されかねない。

 

 いいや、俺の裸だけならまだマシだ。

 問題は、『黎の裸も』という部分である。

 ――そんなこと絶対認められない。

 

 そもそも、黎の裸を最後に見たのは小学校の低学年くらいだ。空本兄弟が諸事情で家を空けるときは、有栖川の本家に泊まっており、よく黎と一緒に風呂に入ったものだった。当時は性についての芽生えもなく、俺と黎はただ無邪気に遊んでいた。だが、空本兄弟について行って離れ離れになったり、大人になっていく過程で色々察したりした結果、以後は黎に裸を晒すような――もしくは俺が自分の裸を黎に晒すような機会には恵まれなかった。――()()()()

 

 俺にだって人並みに欲はあるのだ。いつか、黎とそんな段階に進みたいと考えたことは何度もある。……時々頭を抱えたくなるレベルでだ。詳しくは言えない。うん。

 でも、俺の中にある獅童正義の影がそれを許さない。許せないのだ。自分がアイツと同じものになってしまうのではないかと――黎を傷つける存在に成り下がるのではないか、と。

 自分の中にあるしがらみを飲み下して、折り合いをつけて、その上で黎を大切にしたいと願いながら必死にやって来たのだ。本当に、必死でやって来たのだ。俺は。

 

 

(ちくしょう! 俺がどんな気持ちで必死になってるのかも知らないで! このクソがァァァ!!)

 

 

 叫ぶ代わりに歯ぎしりする俺を見ても尚、喜多川の野郎は「ヌードに協力してもらえる」と思っているらしい。期待を込めた眼差しで俺たちを見つめてくる。

 芸術家は変わり者が多いという。その言葉通り、喜多川は変人だ。作品を完成させたいという情熱が奴の行動指針であり、それ以外のことに関してはてんで無頓着。

 

 相手の葛藤なんて気にも留めてない。文字通りの暴走特急だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。モデルの話、どうかよろしく頼む!」

 

「ちょ、ちょっと考えさせて! 決心ついて、予定が合ったらアタシの方から連絡するから!!」

 

「わ、私も!」

 

「……そうだね。僕にも予定があるからね。こちらから連絡するよ」

 

 

 爆発寸前になりながらも、僕たちはどうにか喜多川の暴走特急っぷりをいなして撤退してきた。喜多川のせいで疲れ果ててしまったが、行動方針と決行日の目安は決まった。図らずとも、順平さんが訴えらえれる期限と重なったような形となったが。

 

 保留という僕らの言葉に、喜多川は若干の焦りを見せていた。展覧会終了までに早く作品を完成させなくては、と呟くあたり、班目は展覧会後に何かをするつもりなのだろう。

 盗作の一件から予想すると、班目は『展覧会終了を前後して、新たな作品を発表したい』と思っていそうだ。だから喜多川を急かし、作品完成を急がせている。

 つくづく食えない爺だ。正直班目本人の元にカチコミかましたいところだが、現時点でそれをやったら最後、順平さんと同じ轍を踏むことになりそうだった。

 

 とりあえず、今はマダラメパレスの攻略を行った方が良さそうである。

 僕たちはそう判断して、イセカイナビを起動した。

 

 

***

 

 

 班目パレスの攻略が暗礁に乗り上げた。奴のパレスの奥に続く道が固く閉ざされていたためである。

 

 多くのふすまによって閉じられていた廊下の先は赤外線センサーによって阻まれていた。侵入者を先に進ませないためのセキュリティである。

 つい数刻前、僕たちはこのセキュリティのせいで酷い目に合ったばかりだ。分かっていて同じ轍を踏むなど御免だし、何より怪盗らしくない。

 この部屋が赤外線だらけなのは、現実における班目の認知が関係しているためらしい。脇に立っていた看板をパンサーに読み上げてもらったモナ曰く、

 

 

『これだけ厳重なら、この部屋には隠したいモノがあるって証拠だ。幸い、あの扉がどこの部屋のモノか、ワガハイには見当がついてる。現実世界の方で事を起こせば、ここの扉をこじあけられるかもしれない!』

 

 

 ――とのことだ。

 

 パレスの認知と現実世界における認知は連動している。パレス側からパレス内部の干渉が不可能の場合、現実における認知を書き換えてしまえばパレス内部に影響が出て、構造が変化する可能性が出てくるらしい。

 この世界で出来ることはもうないので、モナの意見に従ってパレスから脱出する。班目邸のあばら家と睨めっこしながら、僕たちは部屋をこじ開けるための算段を立てた。だが、外観を見ているだけでは何の案も出てこなかった。竜司がため息をつく。

 

 

「どっかに仕掛けでもあんのか? 全然見当もつかないぜ……」

 

「ワガハイの出番だな」

 

「そういえば、モナ言ってたよね? 『あの扉がどこのモノか見当がついてる』って」

 

 

 杏の問いに、モルガナは得意げに頷いた。彼の言う“心当たり”とは、現実世界の班目邸にある部屋の一角らしい。どうやらモルガナは、現実世界の班目邸を下見していたようだ。モルガナ曰く、「“2階の一番奥の部屋”に不自然な鍵がかかっていた」という。

 その部屋に鍵をかけているということは、班目にとって『見られたくないもの』がしまわれていることに他ならない。そこを班目の目の前で開けることができれば、パレスの奥も開かれる。

 

 「要は“開けられない”というマダラメの認知を変えるんだ」――そう締めくくったモルガナは、部屋のある場所に視線を向けた。方法が分かったなら、次は手段である。

 

 鍵はヘアピンさえあれば楽勝だとモルガナが豪語していた。現実世界ではただの猫(?)でしかないモルガナに鍵開けができるのか甚だ疑問だが、他の誰かなら大丈夫なのかと言われると微妙なラインである。竜司は器用ではないし、杏も鍵開けには精通していない。黎なら確実にできるだろうし僕も可能性がないわけではないが、別の問題が浮上する。

 それは、班目邸に入るための算段と深く関わっていた。班目邸の内部に侵入するためには、喜多川に邸内へ上げてもらう必要がある。作品完成を急ぐ喜多川のことだ、用事もなく押しかけても入れてくれないだろう。……それこそ、“奴に「絵のモデルになる」とでも言わない限りは”。

 杏と黎の表情が曇った。俺の顔もさぞ歪んでいることであろう。俺の顔については鏡がないため程度のほどは分からないが、モルガナと竜司が後退りしたレベルのようだ。当然である。誰が好き好んで裸体画のモデルなんて引き受けるか!! おまけに俺と黎の場合、お互いの目の前で裸にならなきゃいけないのだ。それを、赤の他人である喜多川祐介(第3者)に見せなければならない。

 

 自分と大切な相手の裸体を赤の他人に見られるとか、一体どんな倒錯プレイだ!? 本当にやってられない!!

 

 

「吾郎。覚悟、決めるしかないかも」

 

「黎……!」

 

「大丈夫だよ。モルガナが鍵を開けてくれるさ」

 

 

 黎は力強く笑う。彼女の漢気はライオンハートだ。こんなときにそんなものを発揮しなくていいじゃないか。

 「普通逆だろう」という俺の突っ込みは、俺自身が黎にときめいてしまったため、飲み込まれて消えた。ヘタレだと笑えよ、畜生。

 黎はその勇気のままに杏を励ます。結果、杏のハートは見事に撃ち抜かれたらしい。ほんのりと頬を染めて頷いていた。男より漢らしいとはこれ如何に。

 

 今日はそろそろ帰ろうか――全会一致でお開きになるかと思われたとき、黎のスマホが鳴り響いた。SNSからの連絡らしい。メッセージを送って来たのは三島で、『中野原が直接、怪盗団の面々に伝えたいことがある。“彼の連絡先を入手した”のと、“中野原が今、渋谷の連絡通路にいるらしいので、時間があったら話を聞いてほしい”』とのこと。

 三島からのメッセージは『今日が無理なら、連絡先に一方入れて、都合のいい日時を指定してほしい』と締めくくられている。渋谷の連絡通路なら帰りにも通るから丁度いいだろう。僕たちは三島のメッセージに従い、渋谷の連絡通路へ向かった。

 

 中野原との待ち合わせ場所にやって来た僕たちは、早速彼の姿を探す。中野原の後ろ姿はすぐに見つかった。声をかけようとして、僕と黎は「あ」と声を上げる。

 背中をしっかり伸ばし、身振り手振りで何かを話す中野原は、理知的でありながらも熱意が滲んでいるように見えた。そんな彼の真正面には、見覚えのある人物が2人佇んでいた。

 

 僕と黎は2人に気づいた。2人もまた、僕たちに気づく。

 

 

「――吾郎クン?」

「――黎ちゃん?」

 

「――舞耶ねえ?」

「――黛さん?」

 

 

 そこにいたのは、キスメット出版で働く雑誌記者――周防舞耶(旧姓:天野舞耶)さんと黛ゆきのさんだった。彼女たちもまた、僕たちの先輩に当たるペルソナ使いである。

 黛さんは聖エルミン学園高校や御影町で発生した事件で、舞耶さんは珠閒瑠市で発生した事件で悪魔と戦いを繰り広げた猛者だ。彼女たちはどうしてここにいるのだろう?

 

 

「どうしてお2人はここに?」

 

「雑誌の取材。『羽ばたけ、夢を追う若者たち!!』という企画をやってるんだ。夢に向かって勉強に励む才能ある学生や、大卒3年以内の社会人を特集してるんだよ」

 

 

 黛さんはそう言って、一冊の雑誌を差し出してきた。10代後半から20代前半の高校生および大学生向けの雑誌の一角に、黛さんと舞耶さんが書いたと思しき記事が掲載されている。差し出された雑誌に特集されていたのは、橿原淳さんだった。

 破滅を迎えた世界では“舞耶さんと達哉さんの幼馴染でペルソナ使い”だったらしい彼だが、この世界では珠閒瑠の一件に巻き込まれたことがきっかけで、とある神社に足を運ぶようになり、そこで出会った周防夫婦(当時はまだ他人同士だった)、栄吉さん、リサさんと交流するようになった。面々とは今も親交が続いている。

 橿原さんは現在、洸星高校で生物の教師をしているという。花好きなのは珠閒瑠で出会った頃から変わらないようで、花や花言葉に詳しいロマンチスト先生として有名だそうだ。自分専用の鉢植えを飾っており、綺麗な花を咲かせているという。季節によって花が変わるので、それを見に来る生徒もいるそうだ。授業に使うこともあるらしい。

 

 そんな橿原さんの育てた花に惹かれて、鉢植えの花が咲き代わる度にスケッチを申し出てくる、“自分と瓜二つの顔立ちの生徒”がいる――。

 

 橿原さんは、その生徒が喜多川祐介であること、喜多川祐介が班目の門下生として班目邸に住み込んでいることを舞耶さんに教えてくれた。

 橿原さんとの縁で『喜多川祐介を取材しよう』ということになり、班目と喜多川本人にアポを取った結果、一発でOKが出たという。

 

 

「これから班目先生と喜多川クンの所へ行く予定なの。取材の段取りについて話し合いをすることになって」

 

「あたしたちの話を聞いてたこの人が話しかけてきたから、色々と話を聞いてたところだったんだ」

 

「それにしても、弟子の作品を盗作するなんて酷い! 夢を叶える権利は誰でも持っているのに、それを食い物にして……! 許せないわ!!」

 

「マッキー、どうどう」

「お、落ち着いてくださ――ぐはっ!?」

 

「「な、中野原さーん!!」」

 

 

 拳を振り上げて叫ぼうとした舞耶さんを黛さんが抑え込む。中野原も同じようにして舞耶さんを制そうとしていたのだが、不用意に喰らった一撃でひっくり返ってしまった。

 竜司と杏に介抱された中野原は何とか立ち上がり、僕たちの方に向き直る。三島から聞いた僕らの情報を照らし合わせた後、彼は心配そうに舞耶さんたちの姿を見た。

 舞耶さんと黛さんは顔を見合わせた後、ボイスレコーダーの電源を切り、メモの一切をしまい込んだ。この一件は記事にしないでいてくれるらしい。

 

 ……いや、記事にしたら十中八九オカルト部門になってしまう。2人が取材すると――ペルソナ使いの宿命ゆえか――オカルト的な事件に巻き込まれることが多かった。結果、本来の取材記事のほかに、オカルト絡みの記事を書く羽目になったことも1度や2度ではない。特に珠閒瑠市の一件とか。『大変不本意極まりませんでした』とは本人たちの談である。閑話休題。

 

 

「……私は、班目の元・弟子なんだ」

 

 

 重々しい口調で中野原が告白する。

 彼の口から語られた話は、僕たちの心に暗い影を落とした。

 

 中野原は元々画家志望で、本気で画家を目指して班目に師事していた。彼には少し年上の兄弟子がいて、彼はとても豊かな才能を持っていたそうだ。だが、兄弟子はその才能を、自分のために使わせてもらえなかった。兄弟子が描いた絵は、すべて班目の作品にされたという。勿論、彼だけでない。弟子の作品は例外なく、すべて班目のモノにされていた。

 班目が自分の作品で評価されている――この事実に、兄弟子は耐え切れなかったのだろう。彼は自殺したそうだ。それを目の当たりにした中野原は、自分も兄弟子のように使い潰されるのではないかと恐怖した。班目の反対を押し切り逃げ出した中野原だったが、自由の代償に画家の道を断たれてしまう。班目が方々に圧力をかけたためだ。

 夢を断たれた中野原は、心機一転で区役所の窓口員に就職する。だが、彼が班目によって与えられた傷は癒えることなく、歪みとして現れた。それが、元交際相手へのストーカー行為。力なく笑った中野原だが、彼はすぐに真剣な面持ちで「班目を『改心』させてほしい。1人の男の命を救うためにも」と頭を下げた。

 

 

「1人の命を救う?」

 

「どういうことですか?」

 

「――今も1人だけ、班目のところに残っている若者がいる。……キミと同年代の子で、喜多川祐介というんだ」

 

 

 僕と黎の問いに、中野原は答えた。彼は喜多川のことを気にかけている。類稀ない絵の才能を有しているばかりか、住むところも身寄りもない。しかも、班目に恩義があるときた。使い潰しやすい道具として、これ程までに好物件はないだろう。使える限り、班目は喜多川に寄生し続ける。

 

 逃げ出す直前、中野原は喜多川に『班目と一緒にいて辛くはないのか?』と訊ねたことがあるそうだ。

 喜多川はその言葉に対し、首を振ってこう言ったらしい。『逃げられるものなら逃げ出したい』――今となっては心に封じ込めた、喜多川の悲鳴だった。

 

 

「自分だけ逃げ出した私が言うのもおこがましいが、それでも言わせてほしい。もうこれ以上、自殺した兄弟子の悲劇を繰り返したくないんだ」

 

「中野原さん……」

 

「私はすべてを失ってしまったけれど、キミたちのおかげで間違いを犯さずに済んだんだ。キミたちにすべてを押し付けているとは百も承知。でも、せめて守りたいんだ。前途ある若者の未来だけは……!」

 

 

 「班目の『改心』、検討して頂けるよう、どうかよろしくお願いいたします……!!」――中野原は深々と頭を下げた後、渋谷駅連絡通路から立ち去った。その背中を見送った後、僕たちは顔を見合わせる。

 被害者本人の頼みと会っては、断るわけにはいかないだろう。中野原の証言は充分な証拠となり得る。そこに喜多川が加われば猶更だ。元から班目の『改心』を急がなければならない身、迷っている暇はない。僕たちは頷き合い、改めて決意した。

 

 

「よし。祐介くんを助けよう」

 

「「「「異議なし!」」」」

 

 

「――その話、あたしたちも一枚嚙ませてもらえないかな?」

 

「――私も協力させて頂戴。絶対力になるわ!」

 

 

 全会一致で班目の『改心』を決めた僕たちの肩に、ポンと手が置かれた。

 

 振り返れば、聖エルミン学園高校の元・スケバン女王――黛ゆきのがいい笑顔で仁王立ちしているではないか。悪魔相手にカツアゲしていた頃の気迫は現在でも失われていないらしい。「『いいえ』なんて言わせない」と言わんが如き圧力に冷や汗が出た。

 対して、珠閒瑠市の「レッツ☆ポジティブシンキング教教祖」と謳われた周防舞耶(旧姓:天野舞耶)は、邪気など一切ないいい笑顔を浮かべていた。但し、問答無用という四字熟語が凄まじい勢いで迫って来る。ブフ系魔法なんて誰も使っていないはずなのに寒気がした。

 

 

「「「「「アッハイ」」」」」

 

 

 僕たちは、異口同音の全会一致でそう答えていた。

 後で分かったことだが、この場にいた全員が『反射でそう口走っていた』という。

 

 




魔改造明智と怪盗団によるマダラメパレス攻略前半戦。原作とは発生したイベントのタイミングが前後したり、頼れる大人たちの悲喜こもごもが錯綜したりとてんやわんやしています。お手上げ侍(ガチ)状態なテレッテ、元・聖エルミンのスケバンカメラマン、口癖が「レッツ・ポジティブシンキング」な雑誌記者が本格的に絡んできました。更には橿原淳(罪における黒須淳)の噂もあります。
この世界線では初代⇒(罪:「なかった」ことになる⇒)罰⇒P3P⇒P4G⇒P5となっており、罰ED後の罪学生組メンバーからは、罪世界の記憶はほぼ抜け落ちています。ただ、事件後、神社の前にはリサ、栄吉、淳が頻繁に集まるようになり、3人揃って「奇妙な懐かしさを感じる」と口走ります。その後、件の3人を神社で見かけたことで何かを感じた達哉が加わって、4人で頭を傾げるように。そんな4人を見つけた舞耶が声をかけたことがきっかけで、嘗ての罪メンバーは本格的な交流を始めました。そうして現在に至ります。
次回はマダラメパレス後半戦。この調子でサクサクまとめてしまいたいですね。

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