Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
・「獅童正義の関係者」のオリキャラが追加。詳しい説明は中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・三島が可哀想なことになっているので注意。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。


泣きっ面で虹を見た

「――鴨志田()()が、学校に来てない?」

 

「うん。“()()()”からずっと休んでるよ。大丈夫かな」

 

 

 僕の問いかけに、黎は静かな面持ちで答える。何故鴨志田を()()付けで呼んだり、『改心』に関する話題を表に出さないようにしたりしているのか――答えは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 ここは黎の保護観察期間中における居候先、喫茶店ルブラン。現在“営業時間にして閉店15分前”である。店主の佐倉さんは何か言いたげに僕と黎を見つめていたが、僕たちの関係を知っているため、苦笑するに留めてくれた。

 

 学校や仕事の合間を縫って、僕はなるべく黎の元へ通うように心がけていた。たとえ僅かな時間であっても、直接顔を合わせて喋るというのは重要だと僕は思っている。黎も僕と同じようで、なるべく時間を作れるよう心を砕いてくれていた。

 電話やメール、SNSという連絡手段はあれど、寂しさが募らないわけではない。それ故、彼女が保護観察の名目で東京に出てくる以前は、連休や長期休みになると、僕たちは東京と御影町を頻繁に行き来していた。会える頻度も時間も限られたものだったが、次また顔を合わせる日が楽しみで仕方なかったのだ。

 今は顔を合わせる頻度は多くなったが、時間が限られていたり、怪盗団の仲間としての作戦会議や団欒だったりして、2人だけでゆっくり話す頻度は減ってしまったように思う。だから、閉店間際のルブランで顔を合わせ――短時間でも――話す時間はとても貴重だった。

 

 

「黎のことを広めた犯人は?」

 

「彼なら、『脅されてやった。ごめん』って謝ってくれたよ。『罰として、これからは仲良くしてほしい』って言ったら泣かれちゃった」

 

「この慈母神……!」

 

 

 黎に対して罪悪感を持つ相手が、その張本人から“そんなこと”を慈母神スマイルで言われてみろ。贔屓目を抜いても、落ちない奴はいないと僕は考えている。彼女は自分の魅力に無頓着すぎるのだ。

 

 家に帰ったら竜司に連絡して、件の生徒がどこのどいつなのかを割り出し、きっちり「彼氏は僕です」と表明しておかなければなるまい。

 僕がそんなことを考えたそのタイミングでスマホのランプが点灯する。メッセージを確認すると、送り主は竜司だった。

 丁度いい、このメッセージに返答するついでに竜司に訊いてみようか――なんて考えながらメッセージを見ると。

 

 

“三島にはしっかり言って聞かせといたから”

 

“しっかりと、しっかりと言って聞かせといたから”

 

“「黎は彼氏持ちだからやめろ」って”

 

 

 僕の幻聴か、どこかから嗚咽を上げる男子生徒の声が聞こえてきたような気がした。声のトーンからして、“男泣き”と呼ばれるレベルのものだ。

 どうやら俺が実力行使をする必要はないらしい。物分かりのいい奴で良かったと思う反面、この物分かりの良さが事件の混迷化に繋がったと考えると複雑な気分だ。

 

 

()()()()()()()()()()女子生徒は大丈夫なのかい?」

 

「心療内科や精神科でカウンセリングを受けているらしい。その子、男性に対して強い恐怖心を抱いてるみたいだ」

 

 

 鈴井志帆に関する一件は、“鴨志田に襲われそうになった”のを“下校途中、変質者に襲われた”という設定にされて、秀尽学園高校の生徒に認識されていた。関係者には箝口令が敷かれており、鈴井志帆に関するありもしない噂が尾ひれを付けて広まっているという。

 その内容は「裏で男性を誘惑していた」や「援助交際で話がこじれて相手から襲われた」というものである。好き放題言われていることに憤慨しながらも、僕たちは何もできない。相手は裏サイトに跋扈する不特定多数の人間たちだ。匿名性を利用し、無責任な発言を繰り返している奴らである。

 残念ながら、奴らが流した噂を払拭することは難しいだろう。鈴井志帆の回復状況や、本人の選択によって今後が変わるのかもしれない。それに口を出す資格など僕らには存在しないので、僕らは黙って見守る以外に道はないのだ。……それがどんなに、歯がゆいことだったとしても。

 

 鴨志田に関する話題はこれくらいにしておくべきか。僕と黎はちらりとアイコンタクトを交わし、佐倉さんに怪しまれぬよう、日常生活の話題を持ち出した。

 

 

「黎、学校は楽しい?」

 

「楽しいよ。気の合う友人もできたし。吾郎は? テレビや雑誌にも顔出ししてるみたいだけど、無理してない?」

 

「大丈夫だよ。出席日数や仕事との兼ね合いも取ってるし、至さんや航さんたちの手だって借りてるから」

 

 

 僕と会話をしながらも、黎は手慣れた様子でコーヒーを淹れていた。サーバーの扱いも様になっている。コーヒー豆の香りが鼻をくすぐった。鴨志田パレス攻略開始とほぼ同時期より、黎は佐倉さんからコーヒーの淹れ方を教わっていたらしい。

 佐倉さん曰く、「『始めて淹れた』にしては素晴らしい腕の持ち主だ」と目を丸くしていたそうだ。僕もこうして黎の淹れるコーヒーを味わっているが、佐倉さんの淹れるコーヒーとは甲乙つけ難い程のものだった。

 鴨志田パレス探索時にも彼女のコーヒーは重宝したが、冷めていても充分美味しいと感じるレベルだった。……ただ、苦いものを好まない竜司には苦行だったらしいが。僕はそんなことを考えながら、黎が淹れたコーヒーを啜る。

 

 柔らかに笑う黎をカウンター越しから眺めていると、()()()()()()()()()()()()()()()()を感じるのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 暫し談笑していた僕たちだが、その時間にも終わりが訪れた。ルブランの閉店時間である。

 名残惜しいのだが致し方がない。ただ、お互いがそう思っていると感じられることは嬉しかった。

 

 

「それじゃあまたね、黎」

 

「うん。またね、吾郎」

 

 

 互いに会釈しながら、僕はルブランを後にした。ドアベルの音を背にして、僕は夜の街に繰り出す。四軒茶屋の裏路地を抜けて表通りに出て駅へ向かう足取りは軽い。

 

 鴨志田の一件が片付いたわけでもないのに、『改心』が成功するか否かもわからないのに、僕はどうしてか()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()と、得体の知れない確証があった。

 ()()()()()()()()()()()()()。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――悲鳴にも似た感覚に、俺は思わず足を止める。

 

 

(――()()()()?)

 

 

 間違った、とは、何を? ()()()()()()()()()()()()()()? それに答える声もなければ、答えを示す術もない。

 けれど、どうしてか、今度は――()()()()()という安堵が溢れだす。()()()()()()()()のだと、根拠もないのにそう思えた。

 秀尽学園理事会まで残り数日。不安だらけにも拘わらず、どうしてか俺は、その日が楽しみで仕方がなかった。――おそらくは、黎以上に。

 

 

***

 

 

「ねえ、地下鉄また止まったんでしょ?」

 

「電車内で刃物振り回すとかサイテー。本当に何考えてるのかしら」

 

「また大臣が辞任したらしいよ。浮気だって」

 

「大臣変わりすぎだろ。この国には、まともな奴いないのかよ」

 

 

 雑踏の中に紛れながら、噂話に耳を傍立てる。夜の大都会は煌びやかな光に包まれており、それが余計に暗闇を濃くしているように感じる。実際、路地に入ると光が殆ど差し込まない道だってあるのだ。何が潜んでいるのか分からない気配を感じさせた。

 

 

『日本は沈没しかかっているのです。この国の船頭が――』

 

 

 不意に聞こえてきた声に、俺は反射的に顔を上げた。街頭のテレビジョンに映し出されているのは、マスコミに囲まれインタビューを受ける大臣――獅童正義だ。

 テレビの中にいる獅童は、別の大臣が辞任したことに関してコメントを求められていたらしい。奴は拳を振りかざさん勢いのまま、けれど理知的に思いを語っている。

 

 正義の字面を己の名として背負いながら、獅童は悪事に手を染めていた。しかも、異世界を利用した完全犯罪だ。奴の犯した罪に気づいているのは俺を始めとした僅かな面々だけだろう。だが、それを表の世界で追及することは不可能だった。

 コメンテーターも獅童の言葉に賛同しており、不祥事を起こした大臣を責め、精神暴走事件に関する各々の推測を述べていた。……この光景すら作為的に見えてしまうのは、俺が“獅童正義の恐ろしさを知っている”人間だからであろう。

 何度も何度も、獅童の映像がテレビジョンに映し出される。俺はそれを睨みつけるようにして見つめながら、横断歩道へ向かった。信号は点滅気味の緑から赤に切り替わる。丁度俺が最前列らしい。信号を待つ傍ら、俺はテレビジョンを睨みつけたままでいた。

 

 ――ふと、背後に気配を感じた。ゾッとするような、底なしの闇みたいな気配だった。

 

 

(――ッ!?)

 

 

 振り返らなければならないと分かっているのに、振り返ることができない。()()()()()()()()()()――俺の直感が、そう悲鳴を上げているのだ。

 俺は息を殺しながら、背後の気配の出方を伺う。雑踏の音も話し声も聞こえない、無音の空間に閉じ込められたような心地になった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()だって? ……本当におめでたい奴だな」

 

 

 この声は、聞き覚えがある。メメントスで殺人を犯していた、獅童の『駒』だ。

 

 

「明智吾郎、()()()()()()()()()

 

 

 でも、分からない。()()()()()()

 俺に警告するこの男は、()だ――!?

 

 次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。踏み止まろうとしたのだが、追い打ちと言わんばかりにまた衝撃を叩きこまれる。堪えきれなくなった俺は、そのまま横断歩道に倒れこんだ。

 信号は赤のまま。俺が体を起こして右側を見たのと、俺が視線を向けた先から車が突っ込んできたのはほぼ同時だった。だが、間一髪、車のブレーキが間に合った。

 ざわめく民衆に紛れるようにして、俺を縫い止めていた殺気は溶け去る。俺にぶつかる数十センチ前で急停止した車から顔を出した運転手は怒りをあらわにしていた。

 

 運転手からは俺が突然飛び出してきたように見えたのだろう。野次馬たちも同じ意見らしく、「不用心」「彼、テレビジョンに夢中だったから」だのとヒソヒソ囁く。……彼らは誰も、俺を突き飛ばした人間を見ていないらしい。

 

 

「何やってんだ、気を付けろ!」

 

「す、すみません」

 

 

 しおらしく謝り、俺はよろよろと道路を戻る。車は荒々しく発進し、あっという間に見えなくなった。程なくして赤信号は青へと切り替わる。

 

 周囲を警戒しながら、俺は足を進めた。だが、アレ以降、恐ろしい殺気を感じることはない。……成程、先程の“警告”は俺への挨拶代わりだったのか。

 冴さんの予備司法修習生として検事局を出入りしている俺は、そこそこの有名芸能人クラスであるということも利用しながら、獅童の事務所等にちょくちょく顔を出している。

 獅童とはすれ違うだけの間柄でしかないため、奴には“俺の正体”はおろか“俺の目的”を知られているとは思えない。ならば、奴の『駒』が動いたのは独断だろうか?

 

 

(獅童正義にパイプを繋ぐための足掛かりが揃ってきたから、か?)

 

 

 実はつい最近、俺は獅童派の議員から調査を頼まれたのだ。勿論、自作自演の名探偵でしかない俺はメメントスに潜り込み、奴の敵対者である人物のシャドウから情報を集め、現実世界で証拠を回収して奴に手渡した。

 その議員は獅童派の中では下っ端だが、若手の政治家やマスコミ等とコネがあった。そいつの口利きで、“探偵王子の弟子、明智吾郎”のネームバリューは“近々更に上昇する”ことが約束されている。獅童に取り入るための下準備も着々と整いつつあった。

 

 何故鴨志田と同じやり方で『改心』させなかったのかは、鴨志田のケースがどう転ぶか未確定だったためだ。もし同じやり方をした結果『廃人化』してしまったら、俺は獅堂の『駒』と同レベルになってしまうからである。それだけは絶対に嫌だった。

 

 

「……さて、至さんと航さんに何と言い訳しようかな。あと直斗さんやパオフゥさんたち」

 

 

 俺は小さく呟いて、砂ぼこりで汚れた服と手の甲の擦り傷を見つめる。

 暫く活動を自粛しなければならないかな、と、そんな予感を感じ取ってため息をついた。

 

 

 

 

 俺の予想は大正解だったようで、大人組に「警告がてら赤信号の横断歩道に突き飛ばされた」と報告したら全員から怒髪天を喰らった。特に直斗さんやパオフゥさんとうららさんからこっぴどく怒られ、至さんと航さんからは大層心配された俺は、各活動を一端自粛することを約束させられてしまった。獅童派の議員も探偵組が話をつけてくれたようで、“探偵王子の弟子、明智吾郎”のネームバリューは“近々更に上昇する”ことに関しては取り消されずに済んだという。

 探偵組に頼んだのは獅童派の議員に関してだけだったのだが、俺の尊敬する大人たちは気を利かせて冴さんにも情報を提供してくれたらしい。後日、言い訳の方法を思案しながら検察庁を訪れた俺は、どす黒い笑みを浮かべた冴さんから滾々と説教されることと相成った。勿論、冴さん直々に「予備の司法修習生としての仕事も一端自粛してもらう」という指示が出され、俺は強制的に休暇を貰ったのである。出席日数にはまだゆとりはあったが、稼いでおいて損はない。

 大人組のみなさんは黎たちにもそれを伝えようとしていたが、俺が「自分の口で伝えます」と土下座し倒して許してもらった。だが、それは建前であり、俺は黎たちには「暫くは学業に専念することになったので、身動きが取りやすくなった。何かあったら力になるから連絡してほしい」とだけ報告しておいた。間違ったことは言っていないので大丈夫だろう――そう思っていた時期が、俺にもあった。

 

 

◇◇◇

 

 

 探偵組や冴さんを矢面に立たせながら――非常に不本意ではあったものの――探偵業・予備司法修習生・メディア活動を一端自粛し、大人しく出席日数を稼ぐことにしてから数日後。僕たちが待ち望んでいた『改心』の結果が出た。

 

 秀尽学園高校の全校朝会で鴨志田卓が自らの罪を告白し、懺悔したそうだ。気に喰わない部活動や生徒への暴力、女子生徒への性的暴力などを認めて謝罪した鴨志田は「これから警察へ自首しに行く」と言って号泣していたという。勿論、朝会は中止になり、黎と竜司の退学どころの話ではなくなった。

 あれ程傲慢だった暴君が不気味過ぎる程の変貌を遂げた――黎からの又聞きとはいえ、僕は一抹の後味の悪さを感じていた。何せ、全校朝会でのカミングアウトが行われる直前まで、鴨志田卓は人格者であり学校の誇りだったのである。実際、生徒の多くが鴨志田を「良い人」だと言って褒め讃えていた。

 奴の体罰は「オリンピック出場者だから厳しくて当然」だの「やる気のない部員の愚痴」だのと言われてきた。怪盗団が鴨志田に予告状を出したときですら、秀尽学園高校の生徒の多くが鴨志田に対して好意的だった。「鴨志田を『改心』させる」と啖呵を切った怪盗団を「性質の悪いイタズラ」だの「身の程知らず」と嘲笑い、一切本気になんかしなかった。

 

 では、朝会で鴨志田が自分の罪を告白した後、教師と生徒たちの反応はどうだったのか。

 答えは簡単。全員、あっという間に掌を返した。

 

 

『学校中、“暴力セクハラ教師の鴨志田”の話題で盛り上がってるよ。……でも、今じゃあ誰も“オリンピック金メダリストで人格者な体育教師の鴨志田”の話はしていない』

 

『一度レッテルが張られてしまうと、周囲の反応は一瞬で変わってしまう。あの掌返しっぷりは“一度体験した”とは言えど、見ていて後味悪いなって思った』

 

『確かに私たちは鴨志田という悪を倒した。鴨志田には罰が下り、奴は一生苦しみながら償うことになる。そのことに後悔はしていない。この判断が間違ったとも思わない』

 

『力がないと言う理由だけで、強い人間が弱い人間を虐げることが許されるなんて理不尽、絶対あっちゃいけないって私は思うんだ』

 

『――けれど、だからこそ、この力で“誰かの人生を劇的に変えてしまった”という業は、私たちもきちんと背負わなくちゃいけない。しっかりと向かい合うべきだと思う』

 

 

 そう呟いた黎の表情は晴れない。貞操と退学の危機を免れてホッとしているのかと思っていたが、この結果に対し――一抹ではあるが――後味の悪さを感じている様子だった。『改心』の効果があまりにもテキメンだったためだろう。

 因縁深き鴨志田を討ち取ってスッキリしていた竜司や杏から見ると、実体験を交えた黎の意見は目から鱗だったようだ。今回は絶対悪に対する『改心』だったとはいえ、むやみやたらに力を振るうことに関するリスクを考えるきっかけになりそうである。

 『改心』の裏に潜む業を背負うと宣言した黎の眼差しは、“フィレモンの化身という特異性ゆえに、ペルソナ使いを戦いへ巻き込む”という業を背負いながらも生きることを選んだ至さんと同じものだ。あるいは、様々な理不尽と相対峙してきたペルソナ使いたちと同じとも言えた。

 

 モルガナは黎の言葉を茶化すことなく、とても真剣な面持ちで耳を傾けていた。

 至さんから何を言われたかは分からないが、彼は“黎の味方で居続ける”ことを選んだらしい。

 

 

『力を得ても、それに振り回されることなく『正義』を貫こうとするその姿勢……成程。芯の強いヤツだな、オマエ』

 

 

 満足げに呟いたモルガナの眼差しは、力司る者が契約者を見つめるときのような眼差しと似ている。と言っても、それは僕の主観に過ぎないものであったのだが。

 

 次に僕たちが行ったのは『オタカラ』の御開帳である。鴨志田のパレスから盗み出した王冠は、現実世界では金メダルに姿を変えていた。現役時代に鴨志田が手にした金メダルと同一のモノではあるが、厳密にいうと“鴨志田の心の支えが金メダルとして顕現したもの”で、モルガナ曰く『本物と遜色ない価値がある』と言う。

 自分の罪を認めた鴨志田は、もう二度と、晴れやかな気持ちで件の金メダルを身に着けられないだろう。そう考えると、やはり、僕らの力――『改心』の凄まじさを突きつけられたような心地になる。この力は確かに武器になるが、それ故に、どう振るうかを考えなければならない。使い方を間違えれば、獅童の『駒』と変わらないからだ。

 

 

『ゆかりさんが言ってたのは、こういうことだったのね……』

 

『玲司さんの言うとおり、難しい問題だな。なんか、考えれば考える程、身動きが取れなくなるっていうか』

 

 

 杏と竜司は難しい顔をして唸っていた。現時点では『てんで袋小路である』と言いたげな顔だった。煮詰めても何も出てこないのは、ただひたすらに辛い。

 とりあえず、僕たちはこの議論を一端打ち切ることにした。『今は、黎(と竜司)が退学という危機を回避したことを喜ぶべきである』と判断したのだ。

 鴨志田パレス攻略と金メダルの売却で手にした報酬を元手に、杏主導の会場で、今回の戦勝と慰労会を執り行うことと相成ったのである。

 

 ――それが、丁度一昨日の話だ。

 

 

(今日の第1目標は、黎と一緒に“金メダルを換金しに行く”ことか……)

 

 

 思い返せば、黎と2人で何かをするのは久々だ。目的はアレだが、これは一種のデートとも言えるのではなかろうか。そう考えると、身だしなみを整えるのに気合も入るってものだろう。身支度を済ませた僕は、早速四軒茶屋へと向かった。

 正直、至さんが「楽しんで来いよ~」と能天気に笑う声に答える暇も勿体ないと思うくらいには浮かれていた。因みにもう片割れである航さんは南条の研究室に缶詰になったっきり出てこない。研究が楽しくて仕方がないのであろう。閑話休題。

 

 足取り軽やかに喫茶店へと飛び込めば、丁度今の時間に部屋を出てきた黎と鉢合わせした。彼女は僕と目を合わせた途端、嬉しそうに口元を綻ばせる。僕も嬉しくて、思わず口元が緩んだ。モルガナが瞬時に目を逸らし、店主の佐倉さんが胸やけを起こしたみたいな顔をして眉間の皺を増やした。

 昨日の時点で、黎は僕に“ルブランの手伝いに駆り出されている。暫く手伝いが忙しいかもしれない。でも、明日は抜け出せるように頑張る”とメッセージを送って来たのだ。やはり今日も、佐倉さんは黎を店員として働かせるつもりだったらしい。

 佐倉さんは僕と黎の顔を何度も見合わせていたが、心を鬼にすることにしたようだ。険しい顔をして口を開き――彼の言葉はドアベルの音によって遮られた。音につられるような形で、僕と黎は入り口のドアへと視線を向ける。そこに佇んでいた人物に、僕は目を丸くした。

 

 

「――明智くん?」

 

「冴さん!?」

 

 

 まさかの鉢合わせに、僕も冴さんも驚いた。どうやら冴さんはルブランをご贔屓にしており、こうしてコーヒーを飲みに来ることもあるらしい。「ここのコーヒーは絶品なのよね」と微笑んだ女検事は、ふと、黎へ視線を向けた。

 

 冴さんはすぐにすべてを察したらしい。

 今度は僕と黎に対して、とっても生暖かな眼差しを向けてきた。

 

 

「……そう。貴女が、明智くんの……」

 

 

 ……そんなに微笑ましいものを見るような眼差しで僕を見ないでほしい。仕事上の付き合いが多いから、冴さんから庇護対象者のように扱われることには慣れないのだ。

 なんだか気恥ずかしくなって黎を見やれば、黎もほんのりと顔を染めながら僕を見つめる。ほんの少し潤んだ瞳は、頼りなさげに揺れていた。どうしよう、照れくさい。

 カウンターの向こうにいた佐倉さんの目が死んだ。黎の鞄に忍び込んでいたモルガナの目も死んだ。冴さんの笑顔に悲壮感が籠ったように感じたのは何故だろう。

 

 一番リカバリが早かったのは冴さんだった。彼女は黎に声をかける。同年代の妹がいるせいか、とても気さくな態度であった。

 黎も、親戚付き合いで舞耶さんや命さんと仲が良かった。その影響か、年上のお姉さんに親しみがあるらしい。

 

 

「大丈夫よ明智くん。私、貴方から有栖川さんを取り上げるつもりはないし、有栖川さんから貴方を遠ざけるような真似もしないから」

 

「冴さん……」

 

 

 彼女たちの様子を見守っていたら、何を思ったのか、冴さんが窘めるような口調で僕に声をかけてきた。どう反論すればいいのか分からない僕を横目に、冴さんは黎へと向き直る。

 

 

「有栖川さん、貴女の話は明智くんから聞いているわ。彼、貴女のことをとても大切に想っているみたいよ」

 

「知ってます。私にとっても吾郎は大切な人ですから」

 

「ふふ、そうでしょうね。見ればすぐに分かるわ。貴女の話をする明智くん、年相応の顔をするから」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。大人と対等に渡り合う涼しい顔した天才高校生を“とびっきり幸せな男”にさせるなんて、どんな子なのか是非会ってみたかったのよ」

 

 

 にこやかに微笑む冴さんを見て、黎は表情を曇らせた。

 

 

「買いかぶりすぎですよ。私はずっと、吾郎に迷惑をかけ通してばかりですから」

 

「迷惑?」

 

「私、以前、厄介事に巻き込まれたことがあって……吾郎はその件について調べてくれてるんです」

 

「そうなの……」

 

「彼には彼で調べたいことがあって駆け回っているのに、私のせいで無理をさせているんじゃないかと心配なんです。吾郎は辛くても頑張っちゃうところがあるし」

 

「――違う。そんなことない」

 

 

 痛みを堪えるような黎の表情を、これ以上見たくなかった。

 自分自身を責めるように唇を噛む黎の姿を、これ以上見たくなかった。

 そんな風に、表情を曇らせてほしくなかったのだ。

 

 だから僕は黎の言葉を否定する。目を点にする彼女の手を取って、ただ真っ直ぐに黎を見つめた。

 噛みしめるように、僕は言葉を紡ぐ。僕の気持ちが伝わってほしいと願いながら。

 

 

「黎がいてくれるなら僕は大丈夫。何だって平気だ」

 

 

 有栖川黎がいてくれたから、明智吾郎はここまで生きてこれた。得体の知れぬ脅迫概念に突き飛ばされそうになっても、彼女の傍に在りたいと思ったからこそ踏み止まれた。彼女の力になりたいと思ったからこそ、頑張ってこれた。

 

 もし黎がいなかったら、俺は俺の保護者に対して心を開けないままだったかもしれない。件の“おしるし”の一件だって、空本兄弟にアドバイスをしたのは黎だったという。

 悪魔が跋扈する御影町を駆け抜けたときも、至さんの特異体質が原因で数多の戦いに巻き込まれたときも、黎が僕を支えてくれたから乗り越えてこれたのだ。

 

 

「もし“黎がいてくれなかったら”って考えると、ぞっとする」

 

「吾郎……」

 

「黎のおかげで頑張れるんだ。だから、そんな顔をしないでほしい」

 

「……ありがとう。私も、吾郎がいるから頑張れるよ」

 

 

 曇り空の切れ間から光が差し込んだみたいな笑みを浮かべる黎を見て、僕も嬉しくなった。やっぱり黎は笑った顔がよく似合う。多分、愛おしいってこういうことを言うのだろう。

 黎と見つめ合いながらそんなことを考えていたら、冴さんが佐倉さんにコーヒーを注文する声が聞こえた。双方、胸やけに苦しむ人みたいな顔をしている。そして目が死んでいた。

 甘味など一切感じさせない、拡張高いコーヒーの香りが喫茶店を満たす。程なくして、冴さんが注文したコーヒーが完成した。冴さんは半ば一気飲みよろしくコーヒーを煽った。

 

 カップを皿に置く手つきがやや乱暴に感じたのは何故だろう。佐倉さんも店の裏に引っ込んでしまった。彼は流し台で慌ただしく何かを作ると、一気に飲み干す。面白いことに、冴さんと佐倉さんはほぼ同じタイミングで深々とため息をついた。

 

 胸やけの類似症状は治まったらしく、冴さんは知的な雰囲気に戻っていた。仕事上のときと違って親しみやすさが滲むのは、今がオフだからであろう。

 同時に、妹とほぼ同年代である黎に対して姉としての本能が刺激されている様子だった。実際、黎にも妹気質っぽいところがあるから。

 

 

「有栖川さん。これからも、明智くんのことを支えてあげてね。……部外者の私がこんなこと、今更でしょうけど」

 

「そんなことありません。これからも、そうします」

 

「ふふ。大人しい顔して芯が強いのね。今の貴女、とっても素敵よ」

 

 

 凛とした笑みを浮かべて言い切った黎を見て、冴さんは安心したように微笑んだ。そうして僕に向き直る。

 

 

「明智くん。いくら大切な人のためだからと言っても、無理と無茶は禁物よ。この前なんて、実際に“危ない目”に合ったんだから」

 

「――危ない目?」

 

 

 険しい顔した冴さんの言葉に黎が反応する。同時に、僕は内心「しまった!」と悲鳴を上げた。

 僕の予想は正解だったようで、冴さんは黎にこの前のことを話し始める。

 

 

「彼、横断歩道で信号待ちをしていたとき、誰かに突き飛ばされたのよ。そのせいで車に撥ねられそうになったの」

 

「さ、冴さん! その話は――」

 

 

 僕が慌てて止めたときには、もう遅い。先程まで微笑んでいたはずの黎から、表情の一切が消えた。それを見た冴さんも険しい顔をする。

 

 

「……吾郎?」

 

「……明智くん。まさか、有栖川さんに何も言ってなかったの?」

 

「…………」

 

 

 冷ややかな眼差しに貫かれた僕は、逃げるようにして視線を逸らす。丁度、その先には佐倉さんがいた。佐倉さんも厳しい顔をして僕を見ていた。

 僕をフォローしてくれるような人間はいない。ならばとモルガナを見れば、彼も僕を非難する側に回っていたところだった。文字通りの四面楚歌。

 黎はスマホを取り出し、SNSを起動する。恐らく、『僕が殺されそうになった』という話題は竜司や杏にも伝わることだろう。

 

 

(説教で済むかな。……済んでほしいな……)

 

 

 明日の戦勝会が説教大会になってしまいそうな予感をひしひし感じながら、僕は大人しく両手を上げて降参の意を示したのであった。

 

 

 

 金メダルの換金については、“午前中のうちに済ませることはできた”とだけ言っておこう。

 俺が思い描いていた“楽しい休日”なんて、一切過ごせなかったけどな!!

 

 

◇◇◇

 

 

「うぅ……食いすぎた。気持ち悪ィ……」

 

「は、腹が……腹が裂けそうだ……」

 

「……ホントに吐くまで食う奴がいるかよ」

 

 

 エレベーター前で悶絶する竜司と黎の鞄の中で呻き声を上げるモルガナを眺めながら、俺は深々とため息をついた。

 そのくせ、つい数十分前までの彼らは俺の無茶を咎めていたのだから笑えない。幾らなんでも迂闊すぎるだろう、これ。

 黎は相変らず慈母神みたいな笑みを浮かべ、俺たちのことを見守っている。怒ると怖いが懐が深い――それが、有栖川黎という女性だった。

 

 現在、僕たちは帝都ホテルのビュッフェで戦勝会を行っている。帝都ホテルは金持ちが利用するホテルであり、建物内にあるこのビュッフェも金持ちご用達の店であった。到底、一介の高校生如きに手を出せるものではない。でも、俺たちはきちんと料金を払って利用していた。コースは“制限時間ありの食べ放題”で。

 

 戦勝会の会場を“高級ホテルのビュッフェ”にしたのは、高巻杏きってのリクエストである。彼女は以前からここのビュッフェ――特にスイーツ――に興味があったらしい。彼女の自己申告通り、杏はスイーツを皿によそって食べ進めていた。

 杏は甘いものが好物なのだが、モデルという仕事上、好き放題に甘いものを食べることはできないそうだ。それ故、今回の戦勝会は『自分へのご褒美』も兼ねているという。杏の皿に乗ったスイーツの群れを思い出し、俺はひっそりと苦笑した。

 

 

「それにしても、この階のトイレが清掃中だったのには焦ったね」

 

「あはは、確かに。まるで示し合わせたみたいに、立ち入り禁止の看板が立ってたね」

 

「オ、オマエラぁぁ……! 人の不幸すらダシにしやがって……!!」

 

「くそう。リア充めぇぇ……!」

 

 

 竜司とモルガナの災難を種にしながら、黎と僕が談笑していたときだった。

 

 立派なスーツを着込んだ連中がぞろぞろと連れ立って、俺たちの前に割り込む。――その中に、見たことのある男の姿を見つけ、俺は反射的に身構えた。

 獅童正義。俺の実の父親にして、巷を騒がせている精神暴走事件を部下に命じて起こさせている黒幕であり、黎に冤罪を着せた張本人である。

 現職の国会議員とその取り巻きどもの横暴に、施設の利用者は逆らえない。正当性を掲げて果敢に挑んだ竜司でさえ、奴の睨みによって沈黙させられた。

 

 俺は鹿撃ち帽を目深く被って顔を隠す。変装がてら持ってきていた帽子と結っていた髪が、こんなときに役に立つだなんて思わなかった。獅童の関係者と接触するときは学生服やワイシャツとスラックス姿の正装風衣装(フォーマルスタイル)だから、多分、私服姿である俺が、獅童の元に出入りしている人間だと気づかないだろう。

 だから早く立ち去ってくれ、と、俺は心の中で祈った。震えないようにと握り締めた掌に汗が滲む。この時点で俺の正体に気づかれてしまえば、奴は俺の息の根を止めようとするに決まってる。俺はまだ死ぬわけにはいかない。もし死ぬしかないと言うならば、せめて獅童を道連れに。でも今は、道連れにするための算段すら立っていないのに――!!

 

 

「アイツ、何してるんだ……」

 

 

 誰かを待っているらしい獅童と――ほんの一瞬だが――目が合った。

 ゾッとするような寒気を感じて、俺は動けなくなる。

 そんな俺を放置したまま、世界は動き続けていた。

 

 

「遅くなってごめん。公安の方と話し込んでいたら、面白い話題を聞けたから」

 

 

 ――俺を世界に引き戻したのは、こちらに近づいてきた青年の声だった。

 

 

「鴨志田という教師が、突然人が変わってしまったって話なんだ。興味深いでしょう?」

 

 

 彼の口調は爽やかな好青年を地で行くような、穏やかなトーンである。だが、俺が認識できたのはそれだけだった。どんな声質なのか、高い声が低い声かを判別できない。そもそも、俺が()()()()()()()()()()でいた。

 この感覚を俺は知っている。数日前、俺を横断歩道に突き飛ばした人物だ。俺を殺さんと殺気をぶつけてきた奴だった。俺は思わず、声が聞こえたと()()()()()方向に向かって視線を動かす。丁度、1人の青年が獅童の元へ歩み寄ってきたところだった。

 

 青年が身に纏っているのは、俺と同じ学校の制服だった。ホテル内は煌びやかな照明で照らされているというのに、俺は奴の顔や特徴の()()()()()()()()()

 

 以前にも似たようなことがあった。モナドマンダラで対峙した“本来の姿の”ニャルラトホテプを見たときも、俺は奴の顔というものを()()()()()()()()()()

 俺たちが()()()()()情報は数少ない。奴が無貌の神という名に相応しいグロテスクな姿をしていたこと、ずっと俺たちを嘲笑っていたことくらいだ。

 こいつは一体『()』なんだ。俺は生唾を飲み干しながら、獅童に対してニコニコと笑っているそいつを凝視していた。息をすることすら忘れてしまう。

 

 

「あれ? もしかして、今、部下のみなさんに指示を出してた?」

 

「そうだ。だが、どいつもこいつも無能ばかりで話にならん」

 

「あはは。相変わらず厳しいなあ」

 

「だからこそ、私がこの国を導いていかなくてはならない。これからも力を貸してくれるか?」

 

「勿論だよ。任せてほしい」

 

 

 朗らかな笑みを浮かべている――顔は()()()()()()が、どんな表情をしているのかは分かる――青年に対し、獅童は風格を損なわぬまま、けれどもころころと表情を変える。部下に対する愚痴を零す間柄だとは、獅童と青年はとても親しい関係であることは明らかだ。

 獅童は彼を重用し、懐刀のように思い、大なり小なり心を許しているのが伝わってくる。俺と母親を捨てた冷徹な男というイメージからは一切想像できない。人並みの感情を有しているように感じた。そう考えたとき、背中に凄まじい悪寒が走った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()()

 

 丁度そのとき、俺たちが待っていたはずのエレベーターが到着した。獅童とその取り巻きたちは次々とエレベーターに乗り込んでいく。

 だが、青年は足を止めたままだった。奴はくるりとこちらに向き直る。相変らず、不気味なくらいに朗らかに笑いながら、声色だけに申し訳なさを乗せて。

 

 

「ごめんね、急いでるんだ。先に使わせてもらうよ」

 

「おい、智明(ともあき)

 

「――今行くよ、()()()

 

 

 頭を殴られたような衝撃に、俺の一切が停止してしまう。愕然とする俺など気にも留めることなく、獅童とその取り巻きを乗せたエレベーターは閉まった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()――俺の中にいる“()()”が悲鳴に近い声で訴える。

 この2年間、俺は獅童正義を調べていたが、獅童正義に“明智吾郎以外の息子がいる”だなんて話、俺は一度も耳にしたことがない。

 ……いいや、そもそも俺は()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、根拠もなく信じていた。

 

 俺を身籠った母を捨てるような奴だ。もしかしたら、俺の他に、子どもを身籠らせた相手がいたのかもしれない。()()()()()()()()()()()、どこかに俺の異母兄弟姉妹が生きていたのかもしれない。

 でも、何だアレは。何なんだ、智明とかいうあの男は。獅童のことを『父さん』と呼ぶことが許されるだなんて、獅童にあれ程重宝されるだなんて、他でもない父である獅童から公私ともに必要とされているだなんて!!

 

 

(……なんで……)

 

 

 獅童含んだ大人たちから“要らない子”呼ばわりされた俺と、父親である獅童に必要とされている智明。

 同じ獅童正義の息子なのに、どうしてこんなにも大きな差があったのだろう。

 幼い頃散々味わった痛みと悲しみが――今では感じることすらなかったそれが、容赦なく俺の胸を穿つ。

 

 件の智明こそが、『廃人化』を用いた人殺しを行っている張本人だろう。獅童を父と呼ぶことを許されたアイツは、俺が選ばなかった道の先にいる。俺がどんなに望んでも手にすることができない父の愛を注がれている。……なんて、羨ましい。

 

 

(……俺が、『改心』専門のペルソナ使いじゃなく、『廃人化』専門のペルソナ使いだったら、獅童に――父に『必要だ』と言ってもらえたんだろうか)

 

 

 ぼんやりと、そんなことを考える。俺が選ばなかった道を夢想する。いくら嫌悪していても、心のどこかでは、実父に認めてほしかった。実父に愛してほしかった。

 苦しくて、悔しくて、どうしてか泣きたい心地になった。でも、こんなところで泣くわけにもいかず、俺はギリリと歯を食いしばる。この痛みをやり過ごす。

 

 

「吾郎、大丈夫……?」

 

「え……?」

 

 

 見れば、黎が心配そうに俺を見つめているところだった。心なしか、彼女の顔色が悪い。

 

 ……もしかして、自身の冤罪の原因となった獅童のことを思い出したのだろうか。ぼんやりしているように見えて、黎は聡く知的な少女である。思い出せなかったとしても、彼女のことだ。どこかに引っ掛かりを感じていそうである。

 自分だって辛いだろうに、彼女は俺のことを心配してくれる。何も知らないとは言えど、自分を嵌めた犯人の血を引く俺を案じてくれる。嬉しい、と思った。幸せだ、とも思った。真っ暗闇の中で標を見つけたような心地になった。

 

 心配していたのは黎だけではない。竜司もモルガナも、「大丈夫か吾郎?」や「顔色が悪いぞ、ゴロー。アイツに何かされたのか?」と声をかけてきた。

 ああ、と、俺は理解する。唐突に、けれどすとんと腑に落ちた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 今度は別の意味で泣きたくなってきた。でも、やっぱり、黎たちの前でみっともない顔を曝したくはない。俺は心から笑って見せた。

 

 

「大丈夫。何でもない」

 

「ホントかよ? ホントに大丈夫なのか? 黎から聞いた話みたいなことになるとか、ないよな!?」

 

「『無理と無茶を張り倒す』という点において、ゴローは前科持ちだからな……」

 

「……本当に信じてないな。というか、お前ら腹の調子はどうなんだよ? 平気そうに話してるけど」

 

「「ぐあああああああ!!」」

 

 

 俺の指摘を受けた途端、竜司とモルガナが腹を抱えて苦しみだした。丁度そのタイミングでエレベーターが到着する。

 俺たちはエレベーターに乗り込む。レストランがある階のボタンを黎が押し、すべての乗客が乗り込んだ後、エレベーターはゆっくりと移動を始めた。

 

 

***

 

 

 ビュッフェに戻ると、何かが割れるようなカン高い音が響く。見れば、ある一角に野次馬が集っていた。

 

 僕たちの席には誰もおらず、料理が置かれたテーブルにも杏の姿はない。それを見れば、『杏が厄介事に巻き込まれた』と推理するのが普通であろう。

 そうして、『野次馬が集っている場所に杏がいるのではないか』と類推するのもセオリー。野次馬をかき分けようとした僕たちの耳に、聞き覚えのある男性の声が届いた。

 

 

「キミ、大丈夫か!? 怪我は……ないようだな。よかった」

 

 

 先程すれ違った獅童とは違うベクトルで、風格と貫禄を兼ね備えた声だった。俺が尊敬する大人の1人であり、俺の保護者と仲の良い友人であり、俺の保護者の直属上司。

 

 

「わ、私は大丈夫です」

 

「だが、服が汚れてしまったな。私の落ち度だ、申し訳ない。――ウェイター、何か拭くものを持ってきてくれ。それと、彼女に新しい皿を用意してほしい」

 

「か、かしこまりました南条さま! い、今すぐにでもお持ちいたします!」

 

 

 嫌そうな顔をして棒立ちするウェイターに指示を出したのは、南条コンツェルンの次期当主である南条圭さんだ。世界有数のお金持ちからの御指名に、ウェイターは震えあがる。名誉に媚び諂う人種であるからこそ効果テキメンであった。……もし、杏がウェイターに何かを頼んだなら、彼はしかめっ面で対応していたであろう。

 南条さんから指示を受けたウェイターは真っ青な顔をして裏方に引っ込む。程なくして出てきたウェイターは、果たして南条さんの指示通りに動いた。杏の洋服を拭くためのタオルと、割れてしまった杏の皿に代わるものを持ってきた。その速さは凄まじいものである。

 真っ青になって震えるウェイターを横目に、南条さんは杏の服をタオルで拭いていく。遠目から見れば汚れは落ちたように見えるだろうが、あくまでもそれは応急処置にしかなり得ない。南条さんもそれを承知しているからこそ、申し訳なさそうな顔をして杏に頭を下げた。

 

 大人と言えば鴨志田を連想する杏にしてみれば、南条さんのような対応は目から鱗であろう。

 ビュッフェの利用者みたいにクズな大人とは比べ物にならないオトナの対応に、混乱と恐縮している様子だった。

 

 

「このままだとシミになってしまうな。少し待っていてくれ」

 

 

 南条さんはそう言うなり、即座にスマホを取り出した。彼は手慣れた様子でタップすると、どこかに電話をし始める。出てきた言葉を繋げて推測すると、南条さんは南条コンツェルン関連企業からお抱えのクリーニング店を探し出し、杏の服のクリーニング代を弁償する手はずを整えている様子だ。

 

 呆気にとられる野次馬たちを尻目に話を付けた南条さんは、そのことを杏へ伝えた。まさかそこまでしてもらえるとは思わなかった杏は、半ば茫然としながら頷く。

 ざわめく野次馬など何のその。涼しい顔のまま颯爽と立ち去ろうとした南条さんは、俺たちの姿を見つけて足を止めた。端正な顔がふっと綻ぶ。

 

 

「明智くん。有栖川のお嬢さんも元気そうだな」

 

「お久しぶりです、圭さん」

 

「お世話になってます」

 

 

 南条コンツェルンの次期当主と親し気に挨拶を交わす高校生――この絵面に、ギャラリーの多くが衝撃を受けたらしい。ビュッフェ内がざわめきに包まれる。

 南条さんは黎、僕、竜司、杏、鞄に潜むモルガナに一瞥くれたあと、静かに微笑んだ。「良い友達ができたようだね」と語る彼の口調は、先程と違って柔らかい。

 だが、南条さんの言葉は続かなかった。彼のスマホが鳴り響いたためである。南条さんは即座に電話に出ると、てきぱきと何かの段取りを整え始めた。

 

 通話が終わった南条さんは、「名残惜しいが」と前置きして頭を下げた。南条コンツェルンの次期代表取締役として、彼も多忙なのだろう。話を短めに切り上げ、今度こそ颯爽と立ち去っていった。

 

 ……短めと言っても、それは『南条さんの話の中では』というだけだ。普通の人にしてみれば充分『長話』のカテゴリに入る。

 因みに、内容は“施設の従業員と利用者のマナーの悪さや質の低下”、“サービス業の在り方”、“利用者としての振る舞い方”であった。

 政治経済の話に発展し、日本の未来を朝まで討論するという場所に着地しなかっただけマシと言えよう。閑話休題。

 

 

「あんな大人もいるんだね。……もっとああいう大人が増えれば、アタシたちものびのびと生きていけるんだろうけど」

 

「分かる! アレを見たら、誰だってそう思うよなぁ」

 

 

 「『キミたちはきちんと料金を払ったんだろう? そして、支払いに使った金銭に関して、後ろめたいことは何もない。……ならば胸を張って、サービスを利用すべきだ』かー。格好いいよなー」と、竜司が熱を込めて語る。彼はペルソナ能力に目覚めたことで、善い大人との繋がりを持ちつつあった。

 

 力の使い方に関しては悩むことはあれども、鴨志田を『改心』させたことには後悔していない――それが、黎たちの見解である。僕もそれに同意見だ。

 実際、鴨志田を『改心』させたことで、黎と竜司の退学は取り消された。杏や鈴井志帆を始めとした女子生徒も安心できるし、暴力の被害者も傷つくことはなくなった。

 

 “社会からの逸れ者”だった僕たちは、確かに誰かの人生を救ったのだ。社会に自分たちの価値を叩きつけ、華々しく示して見せた。その充足感は、一歩間違えれば毒にも変わる甘美を孕んでいる。圧政への反逆者というもまた、周りに担ぎ上げられて破滅する可能性があるためだ。

 幸いなことは、全員がその甘美さに溺れることなく前を見据えようとしていることだろう。同時に、至さん曰く“フィレモンの関係者だが信頼できる相手(イゴールとやら)”と関わりがあるモルガナも、現時点では“黎の協力者”として力を貸してくれていた。

 

 

「圭さんもペルソナ使いだよ。御影町で発生した異変では、私たちを助けてくれたんだ」

 

「マジかよ!?」

 

「あの人も、アタシたちの先輩なんだ……。なんだか、すっごく誇らしいや。アタシも、あんな大人になりたいな」

 

「――そんな人でも、太刀打ちできないことはある。残念ながら、ね」

 

 

 盛り上がっていた空気が一気に静まり返った。竜司、杏、モルガナは、“黎が冤罪事件をでっちあげられて有罪にされたから東京へやって来た”ことを知っている。同時に、黎の冤罪を証明しようとした大人たちが、冤罪事件の黒幕に成す術なく敗北したことも。

 南条さんのような真っ当な大人でさえ太刀打ちできない悪がある。黎を助けようとした大人たち――財閥の次期トップ&取締役や司法関係者、探偵、芸能人というそうそうたる面子でも、歯噛みしながら受け入れるしかない理不尽がある。その事実の重さを、黎と僕は知っていた。

 けれど幸いなことに、真っ当な大人たちは誰一人として諦めていない。正しいことを成すために、理不尽に対して反逆し続けている。そんな先輩たちを、僕も黎も誇りに思っていた。憧れていた。そんな大人になりたいと思い、邁進してきた。……この軌跡を経た決断を、間違いだったとは思わない。思っていない。

 

 

「私、ずっと考えてたんだ。どうして私にペルソナが宿ったんだろう、って。……今まで考えて、散々迷ったけど、決めたの」

 

 

 静かな面持ちに込められたのは、揺るぎない決意。理不尽への反逆。――俺の敬愛する保護者や、尊敬できる大人たちと同じ眼差しだ。

 

 

「私、これからも怪盗団を続ける。正しいことを正しいって言うために、間違いを間違いだと言って正すために、私みたいな理不尽な目にあう人を助けるために――そんな人が1人でも減るように、この力を使いたい」

 

「黎……」

 

「本当なら、怪盗団は不必要な方がいいと思うんだ。でも、理不尽に苦しむ誰かの助けになれるなら、存在する意味はある。……いつか、私たちが必要なくなるその日まで、そうなるように力を尽くしたい。人々の意識が少しでも変わっていけるならば、私たちの歩いた軌跡は決して無駄じゃないんだから」

 

 

 それは、黎の決意表明であり、モルガナとの協力関係を続けていくことを意味していた。凛とした瞳には、一切の迷いがない。

 

 

「……分かった。ならば僕も、キミの力になるよ」

 

「でも、吾郎は――」

 

「その代わり、取引だ」

 

「取引?」

 

「僕にはどうしても『改心』させたい相手がいる。その相手を『改心』させてくれるなら、僕は怪盗団の活動すべてに力を貸そう。……現時点ではまだ攻略の糸口を探している最中だから、頼むとしたらそれが見つかり次第になるけど……」

 

 

 「これなら、黎が気に病むような貸し借りはないよね?」と悪戯っぽく笑えば、黎は嬉しそうに苦笑した。「ばか」と紡いだその声には、深い愛情が滲む。

 竜司とモルガナは顔面崩壊一歩手前な顔で水を煽り、杏はスイーツを食べる手を止めて胸を抑える。杏は甘いものを食べても胸焼けしない体質だと豪語していたはずなのに。

 僕らがそれに疑問を抱いたとき、ようやく3人が元に戻った。モルガナは満足そうに頷き、竜司と杏に問いかける。

 

 今後はどうするのかという問いに対し、最初に口を開いたのは杏だった。杏は僕に問いかける。

 

 

「『鴨志田をやるなら仲間に加えろ』って言ったときの条件、覚えてる?」

 

「『鴨志田をやった後も、ずっと黎の味方でいる』だよね?」

 

「そういうコト。学生生活だけでなく、怪盗団として活動するってのも当てはまるからね!」

 

「杏……!」

 

 

 現役女子高生モデルのウィンクに、黎はぱああと目を輝かせた。女子2人は嬉しそうに笑いあう。

 杏が怪盗団として加わるという宣言を聞いたモルガナも「おおお!」と盛り上がった。

 そんな杏に続くようにして口を開いたのは竜司だ。彼はうんうん唸りながら言葉を紡ぐ。

 

 

「俺、この力で鴨志田を『改心』させたとき、スゲー胸がスッとしたんだ。やり遂げたって気持ちになった。同時に、今よりももっとデカいことができるんじゃないかって思ったんだ。クソみたいな大人たちを『改心』させて、俺たちの存在を認めさせたいって」

 

「竜司……」

 

「でも、この力のおかげで尊敬できる大人と出会えたのは事実なんだ。玲司さんとか、南条さんとか、吾郎の保護者である至さんや航さん……俺も、そんな大人になりたいって憧れを取り戻せた。だからこそ、黎の話聞いて、そんな人たちでさえ太刀打ちできない野郎がいるんだって知ったら、スゲー許せねぇって思った」

 

 

 短慮で目立ちたがり屋な竜司が、必死になって答えを探している。そんな彼を茶化すことなく、僕も黎も話に耳を傾けた。

 

 

「だからどうするんだ、って言われても、今の俺じゃあ答えられそうにない。でも、これだけは分かるんだ。このまま怪盗団を続けていくべきだって、ここで立ち止まっちゃいけねーって! 続けてれば、きっといつか、玲司さんや南条さんみたいな漢になれるんじゃないかって! 俺が憧れる大人になるために必要なモンが見つかりそうな気がするんだ!!」

 

 

 そう言い切った竜司は、怪盗団としての活動を続けると宣言した。

 彼は子どもみたいに目を輝かせながら、不敵に笑ってみせる。

 

 

「うんうん! これでようやく、怪盗団らしくなってきたな!」

 

 

 今ここにいる4人全員が『怪盗団を続ける』ことを選んだのだ。各々の決意表明を聞き終えたモルガナも大仰に頷く。――そこから先は、僕ら自身も驚く程とんとん拍子に話が進んだ。

 

 怪盗団のリーダーとして抜擢されたのは有栖川黎だった。ペルソナを付け替えれる特別な力――『ワイルド』を持ち、鴨志田のパレスでは仲間たちに的確な指示を飛ばしたリーダーシップが評価された形である。

 竜司は怪盗団の特攻隊長として戦線で活躍することを約束してくれたし、杏も怪盗団のアタッカーとして戦場を舞うと頷いてくれた。モルガナはナビ兼異世界の案内人として黎をサポートしてくれるという。

 僕の場合は、ペルソナ使いの戦いを見てきた“経験者”としての側面から、アドバイザーとしての参戦だ。もしかしたら、オブサーバーに近い立ち位置かもしれない。本業の探偵や司法関係者との繋がりと合わせれば重複スパイだろうか?

 

 烏には「神話や伝承から、斥候・走駆・密偵・偵察の役目を持つ」という位置づけがある。

 僕のコードネームと合わせれば、さしずめ僕は怪盗団の斥候・走駆・密偵・偵察役として敵陣の真っただ中に潜入する『(クロウ)』そのものだ。

 

 

「後は怪盗団の名前だな」

 

「格好いいのを頼むぜ、リーダー!」

 

「うん」

 

 

 モルガナと竜司に促され、黎は思案し始める。

 顎に手を当てて瞳を閉じていた彼女は、幾何の後で頷いた。

 そうして、怪盗団の名前を口にした。

 

 

「――心の怪盗団、“ザ・ファントム”」

 

 

 ――かくて。

 

 僕たちは心の怪盗団“ザ・ファントム”として、学生生活や調査の傍ら、世直しを行うことと相成ったのである。

 ……このときの僕らは、僕らに与えられた試練が『何か』を知らないままでいたのだ。

 

 




魔改造明智、脅迫がてら殺人未遂に合うの巻。それだけでなく、獅童に認知され徴用される兄弟(オリキャラ)と遭遇してSANが吹き飛びかけるというオマケ付き。文字通りの「泣きっ面に蜂」状態でも踏み止まれたのは、大切な人たちが傍にいたからでした。
獅堂の息子・智明という新キャラが登場しました。但し、彼には“人間らしからぬ力”がある様子。描写からして大体察しはつくと思われますが、生温かく見守って頂ければ幸いです。

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