Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・完全な蛇足話。
・完結した本編の余韻をぶち壊しにする恐れがある(重要)。
・完結した本編の余韻をぶち壊しにする恐れがある(重要)。
・完結した本編の余韻をぶち壊しにする恐れがある(重要)。
・こんな可能性がどこかに転がっていることを示唆しているだけで、それが実際になるわけではない(重要)。
・こんな可能性がどこかに転がっていることを示唆しているだけで、それが実際になるわけではない(重要)。

・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』に関連する、重要なネタバレ要素が含まれている(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』に関連する、重要なネタバレ要素が含まれている(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』に関連する、重要なネタバレ要素が含まれている(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』に関連する、重要なネタバレ要素が含まれている(重要)

・『P5R/3学期』に関するネタバレを把握していることをお勧めする。
・『P5R/3学期』に関するネタバレを把握していることをお勧めする。
・『P5R/3学期』に関するネタバレを把握していることをお勧めする。
・『P5R/3学期』に関するネタバレを把握していることをお勧めする。

・普遍的無意識とP5ラスボス&P5Rラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。

・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』のせいでヤバさが上昇している(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』のせいでヤバさが上昇している(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』のせいでヤバさが上昇している(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』のせいでヤバさが上昇している(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』のせいでヤバさが上昇している(重要)

・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』を誹謗中傷する意図はない(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』を誹謗中傷する意図はない(重要)
・『ペルソナ5 ザ ロイヤル』を誹謗中傷する意図はない(重要)


・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。


無題

 

 

(もう嫌だ)

 

 

 その言葉は、すべてへの拒絶。

 

 

(もう、何も見たくない)

 

 

 繰り返される悪夢を見た。

 “あの人”が、自分の目の前で失われ続ける夢。

 死後も名誉を穢され、犯罪者として詰られ続ける夢。

 

 変えられない現実だということは、分かっている。

 長い時間を過ごすうち、表面だけはどうにか取り繕えたけれど。

 

 “ソレ”を直視し続けた心は、もう限界だった。

 

 

『“件の人物”の研究は、いずれ我々の邪魔になる。貴方の理想――最強国家を作るためには、必要な犠牲だった』

 

『馬鹿な奴だ。認知訶学に手を出した、己の不運さを恨むがいい』

 

 

 ――目を塞いでいた手を話したのは、楽しそうに笑う少年と、男の声が理由だった。

 

 見なければならないと直感した。聞かなければならないと直感した。

 たとえそれが、己を破滅に導く劇薬だったとしても。

 

 

『“奴”の件も、心不全ということにしておきました』

 

『完璧だな。これで最早、認知訶学に触れてくる者――私の邪魔になる存在はなくなった』

 

『念のため、認知訶学関係の資料を徴収しておきましょう。研究に関わった人間に対しては、適宜処理を行います』

 

『やり方はお前に一任しよう。金を握らせるなり、研究者として失脚させるなり、息の根を止めるなり、好きにするがいい』

 

 

 男は嗤っていた。己が摘み取った命の価値を嗤っていた。

 自分にとっての最愛の人は、奴にとっての羽虫でしかなかったのだと理解した。

 だから、男は罪悪感を抱いていない。自分が悪いとは、一遍も思っていない。

 

 ――それは、奴と談笑する少年にも言えたことだ。

 

 何故、奴らはそんなことができたのだろう。そんな卑劣な真似ができたのだろう。

 “彼”には何1つとして罪はなかった。非もなかった。自分には勿体ないくらい、優しい人だったのに。

 

 

『――邪魔者は排除してやったんだ。精々踊ってくれよ? ■■■■』

 

『我が主君にして唯一無二の絶対神、■■■■■■様のために』

 

『此度のゲームは、楽しいことになりそうだ』

 

 

 少年は嗤っていた。この世界に生きる人間たちそのものを、嗤っていた。

 その中には、無残に殺されてしまった“あの人”も含まれる。

 

 

(許せない)

 

 

 抱いたのは、怒り。

 

 

(許せるはずがない)

 

 

 自分から“恋人”を奪った人間も、“恋人”を邪魔者だと嘲笑った神様も、赦してやることなどできやしない。

 奴らの馬鹿げた理想のために、“恋人”や自分たちの人生は踏み躙られるべきだなんて言われる筋合いもない。

 

 復讐の炎が爛々と燃え上がる。最早、目を塞いで蹲っている時間すら惜しかった。

 

 常人では理解できないような理由で命を奪われてしまった“恋人”のために、自分は立ち上がらなければならない。

 “恋人”の名誉を取り戻し、“恋人”に理不尽を強いた人間と神に、自分たちが犯した罪を償わせなければならない。

 

 ――でも、現実というものは、どこまでも残酷だ。

 

 

『今回の奴には手こずりましたが、どうにか処分できそうです』

 

『『日常的に違法捜査を行っていた刑事が、検察に決定的な証拠を掴まれた。もう逃げられないと悟り、焼身自殺を図った』という筋書きでお願いしますね』

 

 

 度重なる暴力と、許容量を超えるほどの薬剤を打たれたことによって、指先一つ動かすことすらままならない。部屋は密室、周囲は炎と煙が充満している。文字通りの万事休す。このまま座して死を待つつもりなど毛頭ないが、この状況を打破できる程の材料は、何1つとして存在しなかった。

 二酸化炭素と薬剤による中毒のせいで、意識がどんどん遠くなっていく。赤々と燃える炎がぐにゃりと歪んだ。……自分はこのまま、死んでいくのだろう。復讐を果たせず、愛する人に着せられた汚名を晴らすこともできないまま、彼に何もしてやれないまま。

 

 

(こんな現実、認められない)

 

 

 憤っても、自分にできることなど何もなかった。

 何一つ成せぬまま、死んでいくしかなかった。

 悪夢みたいな現実が、眼前に広がり続けるだけ。

 

 

(こんな現実、見たくない)

 

 

 首を振っても、助けが来るはずもなかった。

 何一つ成せぬまま、死んでいくしかなかった。

 悪夢みたいな現実が、眼前に広がり続けるだけ。

 

 現実は変えられない。“恋人”を失ったことも、自分が最早死ぬ以外に道がないことも。

 既に分かっていた。嫌という程、骨身に沁みて理解していた。

 

 

(ああ、それでも。……もし、赦されるなら――)

 

 

 脳裏に浮かんだのは、穏やかに微笑む“恋人”の姿。

 

 

(……生きて、笑っているあなたに、会いたかったな……)

 

 

 世界を変えるだなんて、大それたことを願うつもりはない。それは、“恋人”の命や死後の安息を奪い取った連中と同じことだと分かっていたから。

 『“恋人”に迎えに来てほしい』と口に出すには、身も心も穢れ墜ちた。きっと、“恋人”が今の自分を見たら、幻滅して去ってしまうことだろう――。

 

 

「――?」

 

 

 いつの間にか、自分の眼前に黒い人影が佇んでいる。揺らめいていた炎は動きを止め、体中を舐め回すように吹き荒れていた熱風も鳴りを潜めている。炎の爆ぜる音もない。

 次の瞬間、ぴくりと指先が動いた。暴力を振るわれた後の痛みも無ければ、薬物による作用も消えている。拘束に使われていた縄やガムテープもなくなっていた。

 おそるおそる体に力を入れれば、自分の身体は何の不具合も無く立ち上がることができた。歪んでいた視界も、いつの間にか綺麗になっている。

 

 人影の正体は、黒いペストマスクをつけ、青と黒を基調にした外套を身に纏った青年であった。青年の周囲には、銀色に輝く蝶の群れが羽ばたいている。

 

 彼が“人ではない”――人間ではなく、どちらかと言えば“神”と呼ぶべき存在――であることは、一目見て理解できた。

 それ故に、自分は思わず身構える。自分が知っている神は、『己が計画したゲームのために、不都合な存在に成りうるであろう“恋人”を死に追いやった』クソ野郎だけだ。

 

 

「あなたは、神と呼ばれる存在が嫌いなんだな」

 

 

 自分の態度から、彼は『神という存在に対し、自分がどんな感情を抱いているか』を把握したのだろう。彼は寂しそうに苦笑する。

 しかし、それも一瞬のこと。彼は悪戯がバレたような子どもみたいな声で、密やかに告げる。

 

 

「――実は()も、神が嫌いなんだ」

 

「え……」

 

「奴らには、何度も辛酸を舐めさせられた。数多の理不尽を目の当たりにしてきたし、奴らの馬鹿げたゲームのために振り回されてきたから」

 

 

 「だからどうしても、あなたを放っておけなかった」と彼は苦笑した。「余計なお世話だと分かっていながら、見過ごすことができなかった」と。

 「自分も、『大嫌いな連中と同等の行動をしている』のだと分かっていても、見て見ぬふりはできなかったのだ」と、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 彼の言動は、どことなく、人間の子どもと似通っている。

 

 大人は汚いものを割り切ることができるけど、子どもはそれに対して強い嫌悪感を拒否感を抱くことが多い。大人は理性で目をつぶることができるが、子どもは自身の感情に素直だ。自身が「間違っている」と思ってしまえば、声を上げずにはいられなくなる。――まあ、子どもの中にも早熟な者がいるから、一概には言えないのだけれど。

 神が科した理不尽な所業に、彼は酷く怒りをあらわにしていた。己の存在に対し、寂しさと悲哀を滲ませながら。己の心を嘘偽ることなく、余すところなく、自分の前にさらけ出している。……少しだけ考えた後、自分は警戒を解いて彼と向かい合う。それを見た彼は安心したように微笑んだ。ゆっくり、彼は口を開く。

 

 

「『現実は変えられない』というのは、世の中の真理だ。あなたの死はもう覆せないし、“この世界”におけるあなたの結末は変えられない」

 

 

 だけど、と、彼は言葉を続ける。

 

 

「あなたの抱いた想いが、これからの世界を――ひいては、どこかにいる誰かの人生に、影響を与えることができるかもしれない」

 

 

 彼は、こちらへ手を差し伸べてきた。

 

 

「神を嫌い、神に怒りの矛先を向けた人の子よ。神による悪逆非道に反旗を翻した“反逆の徒”よ。ここはひとつ、契約をしないか?」

 

 

 彼はどこか大仰に、芝居がかった動作で畏まってみせる。

 

 

「私はキミに、途切れた道の先を見せよう。何処かに在り得たかもしれない世界の果てを見せよう。地平線の先、扉の向こう側への道と、銀の鍵を示そう」

 

「もし、こちらが話を断ったら?」

 

「あなたはこのまま、生きたまま焼かれて死ぬだろう。何も見届けることも無く、知ることも無く、残るものが何かもわからぬまま。あなたの旅路はここでお終いだ」

 

 

 彼はなんてことないように言い放ち、肩を竦める。

 事実を淡々と告げているだけの、無機質な喋り方だ。

 

 

「……それで、あなたの条件は?」

 

 

 “契約とは、ギブアンドテイクで成り立つものだ。見返りに何が欲しいのか”――言外に問いかければ、彼は悪戯っぽく笑う。

 

 

「『届けて』ほしいんだ。この祈りを」

 

「祈り?」

 

「“こんな残酷で優しい現実(せかい)で、あなたが笑っている可能性(みらい)がありますように”って」

 

 

 神に至った存在が願うにしては、あまりにもささやか過ぎる。スケールと存在のギャップに目を見張ってしまったのは、仕方がないことだろう。

 そんな自分の反応を見た彼は、非常にしょっぱい顔をした。「自分は他の奴らと違い、そこまで万能ではないんだ」と俯く青年からは、苦々しさがにじみ出ている。

 

 

「本当なら、その可能性(みらい)事体をこの現実(せかい)に顕現することができたらよかったんだけどさ。()()()では厳しいんだ」

 

 

 ……話を聞く限り、非常に世知辛い。彼につられるようにして、自分もしょっぱい表情を浮かべてしまった。だが、青年は閑話休題と言わんばかりに顔を上げた。

 

 差し出された青年の掌に、銀色に輝く鍵が姿を現す。

 それはふわりと宙に浮き、静かに静止していた。

 見た感じは何の変哲もない鍵のようだが、どこか神秘的な空気を放っている。

 

 

「これは文字通りの、銀の鍵。世界の何処かにある可能性へつながる扉を開くためのものだ」

 

「扉を開く……? まさか――」

 

 

 “これを使えば、他の可能性を内包した世界へ足を踏み入れることができるのか”――自分の問いに、青年は頷く。

 

 

「ただし、これは劣化品だ。正規の鍵とは違って、非常に大きな欠陥がある」

 

 

 青年は、暗い顔をしたまま補足した。

 

 

「『銀の鍵を使えるのは、『扉を開きたい』という確固たる意志持つ()()のみ』という点は、本家と同等。だが、それを行使するためには、数多のリソースが必要となる。……それも、この現実(せかい)()()()火にくべる程に」

 

 

 ――それは、理不尽で不都合な現実を対価(リソース)にすることで開かれる扉。

 

 自分以外の誰かが知れば、きっと黙って見逃せないであろう犠牲。自分たちが嫌う神と同じ所業にして、討ち果たされるべき悪逆だった。どんなお題目があったって、到底許されるはずがない。

 実際、自分だって、人間の自分勝手な悪意/神による自分勝手な遊びによって“恋人”を奪われた。そのとき、何を考えたか――それを、ひと時も忘れたことなんかない。当時の怒りがフラッシュバックし、思わず拳を握り締める。

 

 

「あなたはあなたの願いのために、私は私の願いのために、この不都合な現実(せかい)を燃料にする。願いが叶うのは――おそらく、積み上げられてきた数多の祈り諸共、燃やし尽くした果ての果てだけ」

 

「……そうして、その果てが訪れたその瞬間、我々は討ち果たされるべき悪逆として燃え尽きる……」

 

 

 青年の言葉を引き継ぎながら、顎に手を当てる。どう考えても割に合わない。

 自分がこの神に協力したとして、得られる恩恵は皆無に等しかった。

 

 自分に迫る死の運命から逃げることも叶わない。胡蝶の夢を見るためだけの延命処置に、どれ程の価値があったのか。

 たった一瞬の奇跡に触れるために、燃え盛る炎の中へ還る運命(だけ)の人間がする悪逆(こと)ではないだろう。

 理不尽に憤ったが故に、理不尽で返す――無辜の人々をくべて燃やした炎は、それを非と叫んだ者によって消し去られる定めだ。

 

 

「進むこともできず、戻ることもできない。逃げ出すことも不可能」

 

 

 あまりにも都合が悪すぎる現実に、ため息が出た。

 

 自分や青年を取り巻く状況は、どこまでも不都合で理不尽が過ぎている。

 ささやかな幸福すら、神様は赦してくれない。いつもいつも、向うの都合で踏み躙られてばかりだ。

 

 

「――残された道は、“ほんの一時留まって、泡沫の夢を見る”ことだけ」

 

 

 自分が歩んだ道は、神によって理不尽に断ち切られてしまったけれど。

 途切れた道は、最早どこにも繋がりはしないけれど。

 本来ならば、自分はもう、ここから先へは行けやしないのだけれど。

 

 ――それでも。

 

 “自分が歩んできた道が、誰かの導になる”――その瞬間を、見届けることができるのならば。

 “愛する人が生きている世界”――どこかに存在しているであろう可能性を、一目でも見ることができるならば。

 

 

「ひとつ、訊いてもいいかな?」

 

「?」

 

「“あの人”を踏み躙り、嘲笑った神に、一泡吹かせることもできる?」

 

 

 ――そうして、その果てに。

 

 どこにも行けなかったこの憎悪/悲哀の刃が。

 どんな形であれ、人の運命を狂わせて嗤う神の喉元に届くならば。

 

 

「“あの人”に、『愛している。どうか、前を向いて幸せになって』と伝えることもできる?」

 

 

 どこにも行けなかったこの愛情が。

 どんな形であれ、“あの人”の元に届くのならば。

 

 

「――ああ、できるとも」

 

 

 青年は、自信満々に言い放った。

 

 

***

 

 

「ところで、本物の銀の鍵と、あなたが作り出した銀の鍵の違いは何?」

 

「――本物の鍵は、蝶なんだ。光の反射角度によっては、東雲色にも見えるんだよ」

 

 

 

◆◆

 

 

 この光景を一言で表すならば、『屍累々』という言葉が相応しいだろう。

 

 ボコボコと隆起する触手の床では、異形たちが苦しそうに呻き声を上げていた。下半身および腕はすべて床に飲み込まれており、そこから力を無遠慮に搾り取られている。状況を分析している自分もまた、“床に飲み込まれた異形の1つ”にカウントされる存在だ。

 最も、自分は比較的後に捕まったので、若干の余力がある。ついでに、そもそも自分は“大人しく養分にされてやる”つもりはない。残った力を注いで、蝶を作る。その蝶は、つい最近手に入れたばかりの力――“可能性を開くための『鍵』”だった。

 

 

(あとは、これを――)

 

 

 蝶を飛ばしながら、自分は苦笑する。自分がやろうとしている起死回生の反攻(カウンターアタック)は、あまりにも不確実で無責任が過ぎる。

 同業者の中でも、ぶっちぎりで不安定なものであった。この鍵を、人間――所謂“誰か”に託すことは、あまりにもリスクが大きすぎるのだ。

 

 時間も力も足りなかった。そのため、鍵には『可能性を知りたい』と願う意志や、『そんな世界があってほしい』という祈りに反応する機能を備えるので手一杯だった。意志と祈りの方向性を定めることは、叶わなかった。

 前向きな方の意志や祈りに反応してくれれば問題は無いのだが、ネガティブな思考回路を持つ人間が鍵を手にする危険性がある。そうなってしまえば、此度の黒幕が成そうとする悪逆と同等の地獄が広がることだろう。

 神になってからまだ日は浅いと言えど、これまでの経験則から推理すると――どう考えても、いい方向に転がるとは思えなかった。むしろ、事態を悪化させて混迷させる方が多かった。

 

 

『――認めない』

 

 

『私はこんな現実、認めない!』

 

 

『■■■は、死んでなんかいないの……!!』

 

 

『■■■が生きて、笑っていてさえくれれば、ただ、それだけで――!!』

 

 

 鍵が選んだのは、明らかに、マイナス方面に天元突破した意志と祈りを抱く少女であった。

 腕を動かすことができたなら、自分は頭を抱えて蹲っていただろう。

 

 それを目の当たりにした異形の2柱――双方は表裏一体なので、実質的には同一人物扱い――は、鍵を飛ばした自分に対して激しくブーイングを飛ばしてきた。

 言い方は違えど、要約すると、「これだから! コイツは嘗て“出来損ないの失敗作”と呼ばれていたんだよ」とのことらしい。元・製作者としておかんむりのようだ。

 しかし、彼らはすぐに別の異形に「真っ先に拘束され、真っ先に力を絞りつくされて、今じゃあもう呻くことしかできないのに威張るな」と言われて沈黙する。

 

 周辺から漂う悲壮感。自分もそれに飲まれかけ――

 

 

『そこのキミ! さっきはありがとう!』

 

『さっき?』

 

『私が席を譲ったとき、声をかけてくれたでしょう?』

 

 

 少女と話している人物の姿を見て、自分は思わず目を見開いた。

 

 その佇まいも、その姿も、自分の記憶の中にいる“あの子”そのままだ。人類を怠惰の檻に閉じ込めようとした統制神を打ち砕いた、黒衣の■■■■■■■。第5世代の愚者(ワイルド)/ペルソナ使い。“あの子”がいるというならば――“あの子”に寄り添う“彼”だっているはずだ。

 自分の予想は正解だったらしい。少女と別れた“あの子”は、スマホを起動してメッセージを送る。程なくして、メッセージは返って来た。スマホに表示された名前を見て、自分は思わず口元を緩める。まごうことなき“彼”の名前だった。

 

 もし、自分の両腕が拘束されていなければ、今頃ガッツポーズを取っていたことだろう。勝利を確信し、こぶしを突き上げていた可能性もあった。

 今の心境を表すのに適切な言葉があるとするなら、『ツーアウト満塁からの、逆転サヨナラホームラン』が相応しい。先程までの悲壮感が嘘みたいだ。

 逆境の中にいることには変わりないけれど、逆転の糸口はまだ途切れていない。まだ、まだ手はある。――だって、“あの子”たちがいてくれるから。

 

 東雲色に輝く蝶は、去っていく少女の肩に留まり、そのまま溶けるように消え去る。いつかこれが、黒幕たち――いずれはあの少女と、“彼ら”の道を切り開いてくれる。

 

 自分はそう確信し、自信満々に微笑んだ。それを見た異形たちも顔を見合わせる。彼らは静かに苦笑した。――そのまま、目を閉じて沈黙する。

 力の大半を奪い取られ、存在を保ち続けることしかできないのだろう。遅かれ早かれ、いずれは自分もそうなってしまうだろう。

 

 

『これはまた、随分と古いゲームをやってるんだね。……『大貝獣物語』、か。どこまでやったの?』

 

『今、バイオベースまで進めたところなんだ。なかなかに凄いところだよ』

 

 

 少女の言葉を聞いて、思わず自分は視線を逸らす。

 あまりにも、タイムリーな言葉だったので。

 

 

***

 

 

「嘗て、とある神は言った。『真の意味で人間を救えるのは、同じ人間だけなのだ』と。……聖杯は、最後の最後に、彼なりの反撃措置を組み込んでいたんだね」

 

 

 蝶々が描かれた仮面をつけた男は、厳かな調子を保ったまま言葉を続ける。

 奴の言葉を引き継いだのは、金色の瞳を持つ七姉妹学園の男子高校生。

 

 

「奴が得た力は、曲解を用いた『過酷な現実(せかい)への反逆』。罪も痛みも『なかったこと』にし、“己の望む認知(もの)()()を認識する権利”を行使した」

 

 

 高校生は「傑作だ」と笑いながらも、どこか訝し気に疑問を零す。

 

 

「――しかし、度し難い。あの程度の人間風情が、あれ程までの力を宿したペルソナを使いこなすとは……」

 

「ペルソナの力を発現させた人間の中に、“我々にとってのイレギュラー”が存在しなかったという訳ではありません」

 

「腐り果てているのか、まだ瑞々しく咲いているのか……ここまで判別つかない存在、初めてなんだ」

 

 

 白髪の女性と、目元に亡き黒子を持つ少年が揃って首をひねった。イレギュラーだらけを目の当たりにした2柱でも、今回の件は異常なのだろう。

 諸悪の根源たる聖杯に視線を向ければ、聖杯はガタガタとバイブレーションをするだけ。言語機能を使えなくなる程、力を奪われてしまっているようだ。

 バイブレーションの度合いからして、あの男のペルソナが規格外を飛び越えてしまったのは“意図しないイレギュラー”だったのだろう。

 

 

「……皮肉だな。――我々の中で動けるのが、まさかキミだけとは」

 

「“貴様だけ拘束が緩い”というのも、なかなかに解せないことだな」

 

 

 蝶の仮面と高校生が肩をすくめる。

 

 ……理由に心当たりがないわけでは無い。だが、確証も無いのだ。

 そういうときは沈黙するか、話題を変えるに限る。

 自分は異形どもに背を向け、“彼ら”の方に向き直った。

 

 

「今の私は、見ての通り。みんなが知ってる神様みたいな、チート能力も使えない。ここに在るのは、文字通りの残りカス」

 

 

 ――だが、自分の尻拭いに不自由する程、落ちぶれちゃあいない。

 

 自分は“彼”へ手を差し出す。“彼”の手を借りないと戦えない程に弱ってしまったが、それでも、“彼”の手助けはできるはずだ。

 多くの権利(もの)を亡くしてきた。“彼”の前に立って先導してやる権利も、遠い昔に亡くしている。――だとしても。

 

 

「人の子よ。――私はこれより、できる限りを以てして、キミの力になろう」

 

 

 ――キミの道標くらいには、なってみせよう。

 

 

「契約だ、吾郎。(わたし)(きみ)(きみ)(わたし)。――一緒に、戦おう」

 

「――ああ。よろしく、セエレ」

 

 

***

 

 

 積み上げられた蝶の死骸。

 自分の掌には、弱々しく羽ばたく1羽の蝶。

 

 それを握り潰すことが、最良だと知っていた。

 存在を抹消することが、正しいことだと知っていた。

 足を止めないことが、自分に課せられた責務だと知っていた。

 

 ――だけど。

 

 

「みんな、祈ってたんだ。『あなたが生きる世界が、どこかにあったらいいなぁ』って」

 

 

 「ずっと、届いてほしいと思ってた。……それだけで、充分だったんだ」――少し大人びた顔をした青年が、照れ臭そうに笑う。

 

 彼の背後には、自分に対して“人で在れますように”と祈ってくれた人々が並んでいる。

 嘗て自分が()()()()()、長い旅路で出会った、かけがえのない仲間たち。

 迷い歩く彼らの導でありたいと願い、拙いなりにも支えてきた後輩たち。

 

 世界を火にくべてでも、己が何処にも還れなくなると知っていても尚、この祈りは歩んできたのだ。力尽きた蝶の祈りを引き継いで、必死になってここまで辿り着いた。

 青年たちがしたことは、擁護不能であることなど百も承知。彼らの結末だって、普通に考えれば自業自得である。十中八九、誰もが「当然の報い」と切って捨てるはずだ。

 

 

「大いなる存在にとっては無意味でも、無価値でも、最終的には奴らによって“なかったこと”にされてしまっても」

 

 

「俺が、俺たちが、ここまで辿り着いたことは、無駄なんかじゃない」

 

 

「――だって、あなたが覚えていてくれる。あなたなら、“なかったこと”になんかしないって、信じてるから」

 

 

 堕ち果てても尚、青年が浮かべる笑い方は、何一つとして変わらない。自分を慕い、微笑む“彼”と何が違うのか。

 

 ずるい、と思う。卑怯だ、とも。此度の黒幕は、セエレのアキレス腱を的確に狙ってくる。嘗てただの至だった頃の未練や悲しみを、当人以上に熟知しているが故に。

 握り潰せるはずがない。嘗ての自分が、握り潰される側の立場(にんげん)だった。潰す側の嘲笑った顔を、ずっと見せつけられてきた。それに憤ったから、ここまで来た。

 セエレは、弱々しく羽ばたく蝶を両手で包み込む。握り潰さないように気を付け、そっと抱え込んだ。――それが、何を意味するのか知っていて、だ。

 

 それを見た青年は、一瞬、大きく目を見開いた。

 暫し目を瞬かせた後、嬉しそうに破顔する。

 

 ――青年は、望んだ可能性を掴めたのだ。

 

 

「あなたはもう、神などではない」

 

 

 青年は笑っていた。

 

 

「だから、死ね。ゆっくり死ね。沢山の人に囲まれて、しわくちゃの爺さんになって死んでいけ」

 

 

 彼の身体が崩れていく。蝶の死骸が、空気に溶けて消えていく。

 やり遂げたのだと言わんばかりに、清々しい笑みを浮かべる。

 

 

「あんたは人間だ。――どこにでもいる、ただの人間だ」

 

 

 その言葉は、神に対する呪詛であった。

 その言葉は、人に対する祝福であった。

 神の死を嘲笑い、人を生誕する。

 

 ――消えゆく悪神/人の祈りに許された、最後の権利。

 

 

「――ありがとう。生きてくれて」

 

 

 それを最後に、彼の姿は消え果る。

 

 罰は下され、神は死んだ。歪んだ世界は正される。人と神のエゴは正され、理想の世界たる楽園は破壊された。扉の鍵も、もう二度と開くことはない。

 すべてはあるべき場所へ還るのだ。夢は泡沫に消え、交差した世界の繋がりは絶たれる。待っているのは、辛い現実だけ。

 

 ああ、それでいい。それがいい。今まで積み重ねてきた傷も、繋いだ手も、離さずを得なかった手も、形のない誇りも、心に残る痛みや喪失も、自分たちだけのものだ。

 旅の始まりも終わりも、自分で決めていい。同じ星すら見えなくなっても、共に歩いた日々は消えたりしない。数多の決断や祈りが作り上げた世界は、これからも続いていく。

 闇に包まれていた城に、一筋の光が差し込む。世界を覆っていた夜は明けて、朝陽が顔を出したのだ。パレスの主や、怪盗団たちが、もう一度歩き出すための朝。

 

 ――長かった旅も、ここで終わるのだ。

 

 




P5Rのネタバレに触れて、「もっとヤバいものを作ってみよう」と思い至った結果出来上がった産物。現在、ひっそりと思案しているものをまとめてみた次第です。
方向性は『P2罪罰みたいな関係性』。形になれば、もしかしたら連載に漕ぎつけることができるかもしれません。
……P5Rに喧嘩を売る意図は無いのですが、魔改造明智の存在を目の当たりにしたR軸明智が発狂しそうだなあ(遠い目)

この設定で連載化することを視野に入れているため、念のために色々ぼかしています。
……場合によっては、ぼかしきれていないかもしれませんが。ある意味、割とあからさまですからね。

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