・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・とあるペルソナが解禁時期を前倒しで出現。但し、本来の力は発揮できていない。
僕たちの数歩手前にあるにある扉が派手に吹っ飛んだ。
「な、なんだァ!?」
爆音は、スカルの素っ頓狂な悲鳴ごと飲み込んでしまう。
「――おいで、カルメン!」
「――吹き飛ばせ、イシス!」
間髪入れず響いたのは、2人の女性の声だ。前者は先程スカルとモナが追い返した筈の高巻杏、後者は巌戸台で出会ったペルソナ使いのものである。後者はモデルを主としながら、副業扱いでアクション俳優じみたこともしていたはずだ。
僕の記憶が正しければの話だが、後者の女性は以前、世界的有名なデザイナーがデザインした洋服を身に纏って雑誌の表紙を飾ったことがあった。そのデザイナーの名字は『タカマキ』だったか。僕が記憶を引っ張り出している間に、事態は進んでいく。
部屋から飛び出してきたのは鴨志田のシャドウだった。奴のマントや衣服は所々黒く焦げており、皮膚にも――軽度ではあるが――火傷の形跡がある。僕たちが奴を呼び止めるよりも、奴が脱兎のごとく走り去っていく方が早かった。
「待ちなさいこの変態ィ! 女の敵!!」「ぶっ潰してやる!!」――なかなかに物騒な声と共に部屋から飛び出してきたのは、2人の女性。
片や、プラチナブロンドの髪をツインテールに結び、豹の仮面をつけ、胸元を露出し強調したボディスーツに身を纏った少女。声からして、彼女は高巻杏であろう。
片や、茶髪のショートボブで、カジュアルだが洗練されたブランド物の洋服を身に纏ったスタイルのいい女性。そういえば、彼女はモデルを本業にして活躍していたか。
「お前、高巻か!? なんだよその恰好!」
「知らないわよ! ペルソナっていう力に目覚めたら、こんな格好になってたの!」
片方についての僕の予想は正解だったらしい。ボディスーツに身を包んだ杏は悲鳴に近い声を上げた。不可抗力で自分の望まぬ格好にされるという羞恥を味わっているようだ。
彼女はつい先程、僕の格好――至さんが見たら十中八九「ヅカっぽい」と言いそうな、白装束の王子様スタイル――に対して不信感を露わにしたばかりである。
まさか、こんなに早くしっぺ返しが発生するとは思わなかった。金切り声と涙声を合わせたような調子でスカルに言い返す杏の声をBGMにして、僕はもう1人の女性に向き直る。
彼女は岳羽ゆかり。巌戸台のペルソナ使いであり、影時間消滅のために迷宮を登り切った元特別課外活動部メンバーにして、現シャドウワーカー非常任職員である。現在はモデルとして活躍しつつ、ご当地ヒーローの中の人を始めとしたヒーローアクター業も行っていた。
ゆかりさんは一瞬、ぎょっとした顔で僕らの姿を見つめていた。だが、何となく、王子様ルックの嘴仮面男が僕――明智吾郎であることを察したのだろう。
おずおずとした調子で「……吾郎くん……?」と僕の名を呼んだ。僕が「はい」と返事をするや否や、彼女はくわっと目を見開いて僕の肩を掴んだ。
「大変よ吾郎くん! 黎ちゃんが、黎ちゃんがあの鴨志田って野郎に!!」
「ゆ、ゆかりさん、落ち着いてください! 黎なら、黎ならそこにいます!」
がくがく揺さぶられながらも踏みとどまった僕は、ジョーカーに視線を向けた。ポカンとした表情で僕とゆかりさんを見つめていたジョーカーは、僕に乞われていることに気づいたのだろう。小さく頷いて仮面を取る。露わになった黎の顔を見たゆかりさんはぴたりと動きを止めて、フラフラと黎へ歩み寄った。そのまま勢いよく彼女を抱きしめる。
「良かった……良かったぁぁ! 黎ちゃああん!!」
「ゆかりさん、大丈夫ですよ。私には吾郎がいますから」
わんわん泣き叫ぶゆかりさんをあやしつつ、ジョーカーは「自分は大丈夫である」と何度も言い聞かせた。ゆかりさんとジョーカーのやり取りに気づいた高巻杏もジョーカーへ向き直り、安堵の息を吐いてへたり込む。
2人は壊れたラジオのように「良かった」と連呼した。そんな2人を安全地帯――セーフルームへ案内する。敵に気づかれない心象世界の穴へ辿り着いた頃、杏もゆかりさんも落ち着きを取り戻したらしい。パレスで何があったかを話してくれた。
スカルとモナによってパレスから追い出された杏だが、鴨志田をやることを諦められなかった。そんなとき、杏のスマホに“イセカイナビ”が出現したそうだ。ナビを使ってパレスに侵入したのはいいが、現れた衛兵に「姫」と呼ばれ、危うく拉致されそうになったという。
だが、イセカイナビに巻き込まれたのは使用者である杏だけではなかった。仕事帰りに見かけた杏へ声をかけようとしたゆかりさんも、シャドウワーカーとしての勘から“敢えてイセカイナビの転移に巻き込まれる”ことを選んだ。結果、拉致寸前の杏を助けることができた。
しかし、顕現した衛兵によって出口を塞がれてしまったという。罠だと分かっていても、城内にしか逃げ場がなかった。だから、ゆかりさんは杏の手を引いて城内へ向かい、衛兵から逃げ回っていた。その結果、先程の部屋に迷い込んでしまったそうだ。
そこで目にした光景が、あまりにも酷いものだったらしい。
「鴨志田の奴、学校の女子生徒を薄汚れた目で見てたの。特に、アタシ、志帆、有栖川さんのことを……!」
「安心して。拷問器具という名の悍ましいブツは、全部ぶっ飛ばしておいたわ」
杏は怒りと嫌悪感を滲ませ、ゆかりさんは険しい顔をしたまま自分の手を掌へと打ち付けていた。
2人が飛び出してきた部屋は、今となっては灰が残るのみである。部屋の中に何があったのかを推測することすら不可能であった。
……ゆかりさんの言葉からして、ロクでもないブツであったことは間違いなかろう。所謂“大人のおもちゃ”あたりだろうか。
「鴨志田、言ってたの。『志帆を犯そうとしたのは、お前が呼び出しに応じなかったからだ』って。『オマエのせいだ』って。それを絶対許せないって思ったら――」
「――ペルソナに目覚めた、ということか」
杏の言葉を引き継いで、モナが顎に手を当てた。それを聞いて、僕も考え込む。
僕の世代のペルソナ使いは、どうやら“反逆の意志”をトリガーにして発現するらしい。初期のペルソナ使いは『神』から力を与えられ、巌戸台の面々に世代交代すると“死への恐怖”をトリガーにしてペルソナが顕現するようになった。八十稲羽に至っては、テレビの世界にいる自身の負の側面/シャドウを受け入れることでペルソナ使いになっていたか。
僕たちに力を与えた奴は“反逆の意志”を用いて何をさせようとしているのだろう。理不尽への反発、他者のための義憤、強大な力への反逆は利用しやすい。……今までの経験則からして、今回はどことなく「付け入る隙を伺われている」ような心地になったのは何故だろうか。現時点での情報だけでは類推することもままならない。僕は深々とため息をついた。
モナと僕がペルソナ能力について説明し、鴨志田を『改心』させるために動いていることを話すと、杏は共闘を申し込んできた。
彼女の親友である鈴井志帆は――強姦未遂と言えども――“鴨志田の性的被害にあった”というショックで学校を休んでいるという。
交換条件として「鴨志田を『改心』させた後も、何かあったら黎に協力する」ことを提示した杏の目は、強い決意で満ち溢れていた。
「確かに戦力は欲しいし、黎の味方も欲しいけど……」
「アイツ、アタシのそっくりさんと有栖川さんを侍らせてたのよ。フーゾクみたいな格好させて、文字通り『いいように』してた」
「――は?」
杏の言葉を聞いた瞬間、僕は“探偵王子の弟子”である爽やかな好青年でいることを放棄していた。視界の端にいたスカルとモナが凍り付くレベルだったあたり、地が出ていたのかもしれない。ゆかりさんは苦い顔をしながら「あの頃から何も変わってない……」とぼやいていた。
高巻杏曰く、先程の部屋には鴨志田の他に2人の人間がいたという。1人が高巻杏のそっくりさんで、ピンクと黒基調の派手なランジェリーと頭に猫耳のついたカチューシャをつけていた。もう片方が有栖川黎で、レースがふんだんに使われた黒基調のベビードールを着ていたという。
鴨志田は杏のことを姫、黎のことを奴隷と呼んで『いいように』していたらしい。杏は甘ったるい声を上げながら鴨志田にしなだれかかり、黎はどんな扱いをされても抵抗せず「私には鴨志田様しかいません。鴨志田様に従います」と縋りついていたそうだ。
成程。だからゆかりさんが俺の肩を掴んでがんがん揺すってきた訳か。無事な黎を見て大泣きした理由がよく分かった。
それを聞いたジョーカー、スカル、モナが顔を見合わせた。「そういえば、クロウにはまだ説明していなかったことがあるんだけど……」とジョーカーが口を開く。
彼女は高巻杏とゆかりさんが目の当たりにした光景について身に覚えがあるらしい。
「おそらく、高巻さんやゆかりさんが見かけたのは、鴨志田の“認知”によって造り上げられた高巻さんと私なんだと思う」
「“認知”?」
「うん。ここが鴨志田の心象世界ということは知ってるよね?」
ジョーカーの説明に頷き返す。ここまでは、俺も知っている情報だ。だが、この迷宮に跋扈しているのはシャドウだけではなく、現実世界の人間も現れるケースがあるという。しかしながら、この世界はあくまでも
現実世界にいる人間のことを鴨志田がどう思っているのか、あるいはどう扱っているのか――この世界で出会う人々は、鴨志田の“認知”によって、奴が“認知している”通りに振る舞う。気に入らない生徒に暴力を振るったり、女子生徒にセクハラを働いていた鴨志田だ。偏った想像と偏見が蔓延していることは予想がつく。
「まあ、私に『退学させられたくなかったら体育館裏へ来い』って呼び出すような奴だからね。こうなる前は、『前科や保護観察中に問題を起こしたら退学と少年院送りになることを引き合いに出せば股を開く』とでも思っていたんじゃないかな?」
「黎ちゃん! 女の子が『股を開く』なんて言っちゃいけない!」
あまりにもあんまりな発言に、ゆかりが険しい顔でツッコミを入れた。変な方向で度胸を発揮するジョーカーに俺も頭が痛くなる。今後はもう二度と彼女にこんなことを言わせないよう、俺が頑張らねばなるまい。俺はひっそり決意を固めた。
「なあ、モナ」
「ど、どうしたクロウ? そんな人を殺せそうな笑みなんて浮かべて……」
「鴨志田のシャドウを不能にしたら、現実のアイツも不能になるかな?」
正直、鴨志田に対する俺の怒りは天元突破していた。奴は認知上とはいえ、俺の一番大切な人である黎を――ジョーカーを、自分の欲望を満たすための慰み者にしていたのだ。奴は彼女をいいように出来ると思っている。
今すぐにでも鴨志田の本陣へと乗り込み、頭と胴体をお別れさせてやりたい。美鶴さんよろしく処刑してやりたい。だが、それは鴨志田を『廃人化』して殺してしまうことに繋がる。それでは、獅童が駒にやらせていることと変わらない。
俺は既に『改心』専門のペルソナ使いであることを選択したのだ。だから、この決断と選択に恥じるような真似はしたくなかった。これからも黎の――ジョーカーの傍に在り続けるために。
でも、それとこれとは別問題だ。情けをかけて“生き地獄にしてやる”のだから、奴の欲望の象徴を再起不能にするくらい許されるだろう。
モナはぎょっとしたように目を剥いたが、暫し考え込んだ後、「分からん」とだけ返答した。スカルは「怖ぇ……」と吐息のような悲鳴を漏らす。
俺が今すぐにでも鴨志田を殺したいと考えていることを察したらしい。ゆかりさんがわざとらしく咳払いし、話題を変えた。
「“認知”云々のせいかな。私が持ってた小道具の弓が、この世界では本物の武器になったの」
ゆかりさんは自分の得物を怪盗団の面々の前に指示した。ゆかりさんはご当地ヒーロー戦隊のヒロイン役をやっており、その関係で小道具――弓を所持していたという。この弓は『光をエネルギーにして具現化した矢を無尽蔵に撃ち放つ』という設定があった。同時に、ゆかりさんの得物は弓矢である。
ゆかりさんが鴨志田のパレスに足を踏み入れながらも五体満足で逃げ回れたのは、彼女のペルソナであるイシスの他に、この武器が設定通りの武器になったおかげだという。実際、セーフルームで試し撃ちしてもらった結果、設定通り『光でできた矢が無尽蔵に供給される』弓矢であることが証明された。
パレスやメメントスに模造刀やモデルガンを持ち込めば、本物の武器と同じように使うことができる――これは、南条と桐条の研究者でも分からなかったことだ。実際、俺が迷宮に踏み込む際に持ってきた武器は、美鶴さんから借りた――特別課外活動部時代のお古――突剣である。他にも様々な武器を試したが、これが一番使いやすかった。
普段は飾り物として倉庫に放置されているのだが、対シャドウのときは安全用に装着されたカバーを外せば立派な武器になる。勿論、銃刀法違反のグレーゾーンだ。
“認知”云々についての解明はまだ完全ではないけど、“偽物の武器でも本物として使える”というのはとても便利だ。法律違反で留置場行きを防げるならば、それがいい。
鴨志田のパレスを攻略するだけでなく、メメントスで情報収集を行うときにも役立ちそうである。後で双方の研究者に報告しよう。僕がそんなことを考えたときだった。
「武器、かぁ。だったら、いい場所を知ってるぜ。本物そっくりのモデルガンを売ってる店があるんだ。……ただ、店主が店主だから、ちょっと近づきにくいんだよな」
申し出たのはスカルだった。その店は、何やら“きな臭い”店として噂になっているという。そこまで述べた後、彼は何か思いついたようで手を叩いて俺の方を向いた。双瞼には強い好奇心が輝いている。
「なあ、クロウはペルソナ関連の戦いを体験してきたんだろ? 歴代の先輩たちは、どんな場所で武器調達してたんだ?」
「御影町のときは悪魔からぶん盗ったり、カジノで交換してたっけ。もしくは、氷の城に店があったかな?」
「えっ」
スカルが驚いたのは、俺に質問してジョーカーから返答されたことに対してだろうか。それとも、カジノという商業施設で武器――物騒なものを交換できたことに対してだろうか。
御影町で発生したセベク・スキャンダルでは、被験者である園村麻希さんの夢の中に迷い込むことになったのだ。それ故、厳密には「現実世界で武器を手に入れた」とは言い難い。
いくら夢とは言えど、カジノの景品に武器を取り扱う世界というのは物騒である。……そう考えると、夢の主である麻希さんは――これ以上はやめておこう。
あと、エルミン学園が凍り付いた事件――スノーマスク事件のときの武器調達に関しては、至さんや航さんからの伝聞であった。詳しいことはよく分からない。
「珠閒瑠のときはパラベラムっていう店だったね。全然武器屋じゃないんだけど、噂を流すと武器を売ってくれるようになったかな」
「そういえば、一時期珠閒瑠ってオカルト地味た噂が流行ってたっけ? しかも、終いには珠閒瑠市自体が空に浮上したとか」
「ああ、浮いたよ。俺もその場にいたから」
「マジ!? クロウ、よく生きて帰ってこれたね……」
当時の状況を想像してみたのだろう。杏が遠い目をした。俺だって、五体満足で今生きてられることに驚いている。
“JOKER占い”が流行っていたのとほぼ同時期、珠閒瑠市の外では『珠閒瑠市だけが空に浮いた』という噂がまことしやかに流れていたという。
あの事件の最中に珠閒瑠にいなかった人間の反応を、あれから時間が経過した後に思い知る羽目になるとは思わなかった。
「あたしたちが活動してたとき、リーダーは交番で武器を買いそろえたって言ってた」
「「交番」」
「八十稲羽のときは駄菓子屋だったな」
「「駄菓子屋」」
前者は国家権力の下っ端、後者は到底武器と無縁な店である。特に前者は、「武器を横流ししている」と言っても過言ではない。買う方も買う方だが、売る方も売る方だ。バレたら処分は免れないだろう。そう考えると、黒沢さんの男気に敬礼したくなる。
予想だにしないパワーワードを喰らい、スカルと杏が呆気にとられた。モナなんて、何とも言い難そうな渋い顔をして視線を彷徨わせている。記憶がない異形でも、人間社会の一般常識――武器の売買関連――は有している様子だった。気持ちは分からなくもない。
「じゃあ、薬はどこで買ってたんだ?」
「御影町のときはサトミタダシ薬局店だった」
「……ああ、あの歌の……。ワガハイ、あの店に近づくと気持ちが悪くなってな。最近店が移転になったようだが……」
武器の次は薬品の調達先が気になったらしい。モナの疑問に俺が答えると、彼は虚ろな目で天を仰いだ。
モナは南条さんと同じく、あの歌を「洗脳ソング」と認識するタイプのようだ。ノリノリで歌う空本兄弟とは相容れない。
他にも、薬はドラッグストア等で手に入れることが多かった――僕がそう答えると、モナは顎に手を当てた。
「よく効く薬を売っている所の情報がないか、調べてみないか? パレス攻略に役立つはずだ」
「確かにそうだね。ペルソナだって無尽蔵に使えるわけじゃないし。評判の薬局かドラックストア、もしくは医院がないか、佐倉さんに訪ねてみる」
モナの提案に対し、ジョーカーは二つ返事で頷いた。彼女たちの言葉通り、傷を癒すための薬は戦いに不可欠である。
「侵入者はどこだ!?」
「ネズミ一匹たりとも逃がすな!」
談笑の空気を壊すかのように、鴨志田の衛兵たちが叫ぶ声が響き渡った。
セーフルーム近辺からは衛兵の足音がひっきりなしに聞こえてくる。
正直もっと探索したいところだが、衛兵たちが活発化してしまった今日はもう難しいだろう。
「まずいな。今日はこれ以上の探索は無理そうだ。戻った方が良さそうだぜ」
モナのアドバイスに従い、僕たちはパレスから現実世界に帰還することにした。
***
秀尽学園高校前に戻った僕たちは、とりあえず近場のファストフード店――ビックバンバーガーへと移動する。適当な飲み物と軽食を注文し、僕たち5人と1匹は席に腰かけた。
鴨志田を『改心』させるための算段を立てつつ、互いの身の上話に花を咲かせる。今回の一件で杏は戦いに参加し、コードネーム『パンサー』として活動に協力してくれるそうだ。
そんな杏の姿に、モルガナは心を奪われてしまったらしい。“美人で気高く、友人思いの健気で優しい少女”を見つめる空色の瞳は、彼女に対する敬意と憧憬を滲ませていた。
……果たして、猫を模した異形と人間との異種間に恋愛は成り立つのであろうか。義姉弟の絆が成立した例――命さんとテオドア――なら知っているのだが。シェイクを啜りながら、僕はそんなことを考えた。
協力者ができることもあれば、泣く泣く離脱しなければならない者だっている。
どうにもできない悔しさを発露させたのは、岳羽ゆかりさんであった。
「あーもう、悔しいィ! 撮影とシャドウワーカーの仕事さえ入ってなければ、あたしももっと手伝えたのに! あの変態をぶっ飛ばせたのに!!」
「ゆかりさん、その気持ちだけで充分です。ゆかりさんにはゆかりさんの為すべきことがあるんですから、そちらに集中してください」
「ううう……ありがとう。ごめんね黎ちゃん。何かあったら連絡してね! なるべく力になるから!!」
そう言い残して、ゆかりさんはお勘定をして帰っていった。今回はゆかりさんの奢りである。僕たち――杏とモルガナ除く――は先日も城戸さんから奢ってもらったばかりだ。他の面々は分からないが、僕や黎には若干の罪悪感があった。
「これからは、この面子で集まれる場所があった方がいいよな」
「リュージの言う通りだ。こういうことを話し合える秘密の『アジト』はあった方がいい」
「アジトか……いい響きだな!」
「うわ、子どもっぽい」
黎の鞄の中に潜みながら、フィッシュバーガーを貰って食べ進めていたモルガナが切り出した。子ども心を擽る響きを感じ取ったのか、竜司が目を輝かせる。杏は呆れたようにため息をつき、黎はそんな2人と1匹を見守っていた。
彼らの言うことは間違いではない。どこで誰が聞き耳を立てているのか分からないのだ。こういう話し合いを大っぴらにできる場所は必用不可欠であった。だが、それに関して、大きな問題があっる。
黎、竜司、杏は秀尽学園高校の生徒であり、モルガナは黎に引っ付いて行動するつもりのようだったから、この面子はすぐ集まれる。しかし、明智吾郎はそうはいかない。
僕は他高生である。しかも、
人のあしらい方は心得ているが、万が一厄介事に巻き込まれてしまっては堪らない。3人と1匹もそのことに気づいたようで、厄介そうに唸った。
「いっそ、秀尽の制服着て忍び込むとかどう?」
杏の提案に、僕は肩をすくめた。
「それもやぶさかではないね。だけど、膨大な人数と集団生活していても、『見慣れないヤツ』は
「……成程ね。ウチの生徒会長なら、そういう違和感に気づいちゃうかも」
頭がキレる人物に心当たりがあるようで、杏は眉を潜めた。生徒会長ということは、件の人物は僕と同じ学年らしい。……男性だろうか? 女性だろうか?
僕の印象に残っている“生徒会長”は巌戸台の桐条美鶴さんである。バイクが趣味で、ことあるごとに「処刑」と口走るような勇ましい女傑であった。
生徒会長のことを詳しく訊いてみると、父親が警察官、姉が検事という司法系の超エリート家系に生まれた、文字通り「品行方正」なお方らしい。
「その人の名前は?」
「新島真先輩」
――
分析を始めるより先に、僕がたどり着いた答えだった。それからワンテンポ遅れて、「新島」「女性」「姉妹」「検事」というワードにヒットする女性が思い浮かぶ。
新島冴。僕が予備の司法修習生としての上司だ。確か、彼女には妹がいるという。僕の記憶力が正しければ、妹の名前は確か、真とか言ってなかっただろうか。
妹の自慢話を聞かせる上司の姿を思い出し、僕は頭を抱えた。冴さんの妹が学校にいるなら、僕が秀尽に潜入した途端に気づかれる危険性が高い。絶対強敵だろう、件の生徒会長。
「あと、他に良さそうな場所はないかな」
「全員集まれて、人の目に触れない場所。……あるいは、俺たちに対して無関心または理解者がいる場所――……あ」
◇◇◇
「いやー、嬉しいなー。めでたいなー。吾郎が黎ちゃんと友達連れてウチに来るなんて!」
「はいはい。煩いからもうちょっとテンション落とせよ。黎以外みんなドン引きしてるじゃねーか。あと調理中にくるくる回るんじゃねえよ、零れんだろ」
口元を緩ませてでれっでれになっているのは、俺の保護者の片割れである至さんだ。多分、この家の住人の中で一番テンションが高いのも至さんだ。ウキウキしすぎて動きがミュージカルダンスみたいになっている。
……実は、至さんがこんな感じでステップを踏んでも、料理が零れたことなど一度もない。彼のバランス感覚と料理――特に汁物の表面張力が仕事をした結果だろう。いつか過労死するのではなかろうか。
聡い彼のことだ。俺の言葉が照れ隠しであると察しているはずである。同時に、俺たちが何のためにここに集ったのかお見通しに違いない。何せ、彼は“ペルソナ使いの戦いを察知するために存在している”と言っても過言ではないからだ。
『次は、お前と黎ちゃんの番だ。――ごめんな、吾郎』
つい先程、至さんが俺に耳打ちした言葉が脳裏をよぎる。ああ、この人は
けれど、あの人はそれ以上弱音を吐くことはなかった。でれっでれに笑いながら、素早い手つきで次々と客に振る舞うための料理を作り出していく。
こうしている間にも、食欲を誘う香りが部屋中に漂い始める。竜司は生唾をごくりと飲み干し、杏は手作りのデザートに目を奪われ、モルガナはテーブルの上を凝視しながら微動だにしなかった。
「吾郎の保護者さんって、凄ぇんだな……」
「過保護なんだよ。しかも無駄に器用だし」
竜司が感嘆の言葉を漏らす。俺は肩をすくませた。
そんな俺を、黎が生温かい瞳で見守っている。……結構気恥ずかしい。
一時の『アジト』として選ばれたのは、俺と空本兄弟が住まう家だった。秀尽高校からは反対方向の上に少々遠いが、全員が充分集まれる距離にある。
至さんは出生がアレ――フィレモンの化身だが「失敗作」扱いされているのに、厄介事に介入するように作られている――なので、三十路でも“反逆の徒”を地で行く感性を持っている。多分、死ぬまで反逆し続けるのではなかろうか。フィレモンへの怒り的な意味で。そんな彼なら、俺たちのサポートを快く引き受けてくれるであろう。
航さんもペルソナ使いであり、聖エルミン学園高校時代に発生した“スノーマスク事件”や“セベク・スキャンダル”を駆け抜けた張本人である。彼もまた、嘗て理不尽に挑んだ“反逆の徒”だ。至さんとは別方向のアプローチを駆使し、怪盗団に合流する前の俺をサポートしてくれた立役者である。ただ、最近は多忙でなかなか家に帰ってこない。
「いやー、嬉しくてつい熱が入っちゃった」
「相変わらずの腕前ですね。至さん」
黎は拍手し、皿に並んだ大量の料理を眺める。俺もつられるような形で料理に目を向けた。
スパイスが香るビーフストロガノフ、サーモンとアボカドを使ったシーザーサラダ、マグロの柵をレア気味に揚げたステーキ、豚バラ肉の軟骨と大きめに切った野菜を圧力鍋で煮込んだポトフ、エディブルフラワーを使ったゼリームース、とろみのあるスムージーにフルーツグラノーラを入れたスムージーボウル……。
元陸上部エースである竜司はビーフストロガノフを凝視しているし、モデルである杏はゼリームースやスムージーボウルに興味津々だ。モルガナは猫という器に引っ張られているらしく、シーザーサラダやマグロステーキをじっと見つめては吐息を漏らしていた。そんな彼らを、黎は慈母神もかくやと言わんばかりの優しい笑みで見守っている。
空本至は料理がうまい。そして、性格的な適正云々もあって無駄に凝り性だった。それは、空本家の家事全般や、アルバイト先の店長に業務を全部押し付けられて店を回していたという経験が成せる技でもあったのだろう。特に、航さんの家事能力が壊滅的だったのと、俺の家事能力も航さんよりマシなレベルでしかなかったのも理由だった。
至さんはニコニコしたままエプロンを外すと、いそいそと外出の準備を始めた。
黒いジャケットを纏い、クレー射撃用の銃が入ったケースを肩に引っ掛ける。
「あれ? 至さん、今から出かけるの?」
「ああ、ちょっとな。戻るの遅くなるから、適当にくつろいでてな」
そう言い残すなり出かけようとした至さんは、ふと足を止める。彼はモルガナに歩み寄ると、真顔のまま向き合った。
「――お前、お嬢の保護観察先に住んでいるんだってな?」
「ハ、ハイ。仰る通り、ワガハイ、レイの保護観察先でお世話になっております。住む場所を提供してもらい、喫茶店のゴシュジンにも話をつけていただきました」
「そうか。もし、お嬢の着替えを覗いたり、猫の外見を利用してお嬢に破廉恥な真似をしようとしたら……分かるな?」
「ヒィッ!? かかか、畏まりました! 肝に銘じておきます!」
『――もし、黎の着替えを覗いたりなんかしたら、殺すぞ?』
『わ、ワガハイ、そんな真似は絶対しないぞ!』
至さんがモルガナに言ったことは、つい数日前――モルガナが黎の住む喫茶店の屋根裏部屋に居つくことになった際に、僕が奴に耳打ちした内容と一緒だった。唯一違うところがあるなら、モルガナは至さんに対して敬語を使っているところだろう。
誰かに対して畏まった様子のモルガナを見たのは初めてだ。不遜で不敵な気高い黒猫からは想像つかない。現に、竜司が「モルガナって敬語使えるんだ……」と感心していた。「紳士なのだから当然だろう。常識だ!」とモルガナも怒りをあらわにする。
「でも、俺らと至さんじゃ、お前全然態度違うよな。何でだ?」
「……正直、ワガハイにもよく分からないんだ。だが、漠然とだが、絶対的な強制力? みたいなモンがあってな。
自分でも理由が説明できずに困惑しているのだろう。モルガナはもごもごと呟いて首を傾げる。そのあたりが、彼の“失われた記憶”と関係しているのだろうか。
……“至さんの正体が何なのか”を知っている俺は、今、どんな表情を浮かべてモルガナを見ているのだろうか。眉間に皺が寄っていることは確実である。
モルガナの発言を、至さんもきちんと聞いていたらしい。ほんの一瞬だけだが、見ているこちらが凍り付くレベルの険しい顔を浮かべた。そうして、モルガナに声をかける。
「フィレモン」
「!!」
至さんがそう呟いた刹那、モルガナはビシッと背を伸ばした。多分、モルガナがパレスのときと同じ姿であったなら、直立不動の姿勢を取っているに違いない。
「ニャルラトホテプ」
「!!」
至さんがそう呟いた刹那、モルガナは即座に威嚇態勢を取った。多分、モルガナがパレスのときと同じ姿であったなら、武器を携えて相手――名前の主へ突撃していきそうな空気である。目が血走っているように見えたのは気のせいではなさそうだ。
幾何の沈黙。
そして、至さんが吼えた。
「――お前、
俺の言いたいことのすべてを、至さんが代弁してくれた。そうして、即座に黎の方へと向き直る。
「お嬢、悪いことは言わない。コイツ追い出せ。今すぐ追い出せ」
「で、でも……」
「確かにコイツは人間の協力者だ。だが、
「それは違います! ワガハイは、レイを騙したり、利用したり、死なせようなんて思っていません!!」
「どうだかな。
「イゴール……?」
言い争っていた至さんとモルガナだが、フィレモンの次に出てきた名前――イゴール――を聞いた刹那、モルガナはぴたりと動きを止めた。
「……何故だろう。その名前、とても懐かしい……」――イゴールという人名に対し、懐かしさと同時に親愛と敬愛を抱くモルガナ。
それを見た至さんは刺々しい態度をひっこめる。少し悩むような動作をした後、納得したように頷いて息を吐いた。そうして、至さんはモルガナに謝罪する。
謝罪合戦を繰り返す至さんとモルガナの脇で、黎が難しそうな顔をして顎に手を当てていた。あの様子だと、黎もイゴールなる人名に聞き覚えがあるらしい。
「黎。イゴールという人のこと、知ってるの?」
「……たまに、夢の中の牢獄で会うんだ。そのおじいさん、私のことを『囚人』って呼んでて、『更生』させるって言ってた」
「『囚人』に、『更生』……」
何とも物騒な響きである。そんなことを黎に言い放つ老人という時点で、俺はイゴールなる人物に対する信頼度はダダ下がりした。至さんが件の老人を信頼する理由に警告したくなるレベルだった。至さんこそ騙されていないのか心配になる。
俺は、件のイゴールなる人物と出会ったことはない。彼を上司と仰ぐ『力司る者』の面々となら、何度か遠巻きから見かけた程度だ。末弟のテオドア、2番目のエリザベス、長女のマーガレット――上の姉2名が末弟を苛め抜いている姿が頭から離れない。
今日もまた、テオドアは理不尽な目に合っているのだろうか。そうして、半べそになりながら命さんの元で愚痴を聞いてもらっているのだろうか。
酒を水の如くガブガブ飲み進め、「命さまが私のお姉さまだったら良かったのに」とかぼやいているのだろうか。それを訊ねる勇気など俺には無い。
そうして、最後は前後不覚になったテオドアを、エリザベスかマーガレットが引きずりながら雑に回収していくのであろう。可哀そうに。
モルガナとの謝罪合戦を終えた至さんは、何やら難しい顔をしたまま考え込んでいた。出かける用事も忘れてしまったくらいに、真剣な面持ちである。彼はぼそぼそと何かを口走っていた。
「……
「至さん、時間大丈夫?」
「――あ、いけね。急がなきゃ」
俺に指摘された至さんは、慌てた様子で走り去っていく。「それじゃあ、行ってきます」とだけ言い残し、あの人は家を飛び出した。
俺たちは椅子に座って料理に舌鼓を打ちつつ、鴨志田を『改心』させるための作戦会議を行う。武器と薬の調達には目途が立っており、あとは『改心』させるための下準備を整えるだけだという。その第1段階が、“『オタカラ』と呼ばれる欲望の顕現がしまい込まれている最奥までのルートを確保すること”だった。文字通り、俺たちの活動は怪盗じみている。
ルートの確保が完了すれば、第2段階は“ターゲットに予告状を出して相手を緊張状態に追い込むことで、パレス内に『オタカラ』を具現化させる”のだ。敵の警戒を最大にしながらも、決して自分たちは捕まること無く、包囲網を掻い潜って『オタカラ』を盗み出す。慎重さと大胆さが必要だ。言うのは2度目だが、やはり俺たちの活動は怪盗じみていた。
俺の本業は探偵(偽物)であるが、こういうのも悪くはない。
『探偵でありながら怪盗』という二足の草鞋を履く、光と闇のヒーロー。
そして何より、俺は黎と一緒に戦うことができる。彼女の力になれる。
(獅童正義の件で全然役に立たない分、少しでも黎の力になりたい)
自分の中で渦巻く苦々しさを飲み下しながら、俺はふと考えた。
モルガナの言葉通り、鴨志田の『改心』が成功して、鴨志田が罪を告白して償おうとしたならば。
もし、獅童正義の欲望がパレスを作れる規模のもので、奴のパレスが存在しているのならば。
獅童正義を『改心』させれば――奴は自分の罪を認めて反省し、黎の無実を証明してくれるだろうか。
俺は、黎を守る『正義の味方』に――『白い烏』になれるだろうか。
◇◇◇
パレスに潜ってルートを開拓し、『オタカラ』までのルートを確保。そうして鴨志田卓に予告状を叩き付けるに至った僕たちは現在、鴨志田のパレスにいる。
黎からの連絡で聞いたのだが、鴨志田は僕たちに対して強い警戒を抱いているようだ。「奴のパレスにあった『オタカラ』も顕現しているだろう」とは、モルガナの弁だった。
同時に、予告状を出したら即行動しないとならないらしい。“チャンスはこの1回限り”――それを噛みしめながら、僕たちは鴨志田の城を駆け抜ける。
先日確保したルートを駆け抜け、宝物庫の扉を開けた。金銀財宝に埋め尽くされたそこの中央部に、前回は靄でしかなかった『オタカラ』が顕現している。――それは、絢爛豪華な王冠だった。
「オタカラぁぁ、オタカラぁぁ! にゃふぅぅぅ!」
「「いや、運び出してからやれよ!」」
「ハッ!? す、すまない。レディの前でみっともない真似を……」
それを目にした途端、モナは大喜びして王冠にじゃれついた。その様を例えるなら、猫にマタタビみたいなものだ。モナは恍惚とした表情を浮かべ、『オタカラ』にすり寄っている。僕とスカルの突っ込みによって、ようやく元に戻った。
キャラが変わりすぎである。「なんでキャラが変わったの?」とパンサーが問えば、モナは「人間の欲望に魅せられた」と返した。あの反応だと、やはり、“人間というより異形に感性が近い”と思えてならない。ソースはエリザベスとテオドア姉弟だ。
自分が人間だった証だと信じてやまないモナには酷だろうが――そう指摘しようと思った僕もまた、モナの豹変に気圧されている人間でしかないのだろう。……いいや、そもそも、敵陣のど真ん中で『オタカラ』開帳なんてしている暇はないのだ。
「よし、お前ら運べ」
「命令するなっての!」
「やれやれ。人使いが荒いな……」
モナに命令され、僕たちは王冠を運び出そうと試みる。鴨志田の欲望の大きさを表すかのように、王冠はずしりとした質量をもっていた。
この大きさのまま運び出すのは骨が折れそうだ。だが、直接運ぶ以外方法はない。王冠の重さにヒイヒイ言いながらも、スカルはニカッと笑った。
「けど、思ったより簡単だったな。すげえ罠とかあると思ったけど、全然大したことないし!」
「そうだね。これ持って帰っちゃえば、パレスは消えるんでしょ? それで、鴨志田のヤツも変わる……」
「ああ、そのはずだ!」
「うまくいくといいな……」
パンサーとジョーカーが“鴨志田が『改心』する”という想像を巡らせ、モナが同意する。『改心』がうまくいってほしいというのは僕も同意見だ。
モナは上機嫌である。「ジョーカーを見込んで取引をしてよかった」と語る彼は、手足が短すぎるために運び役から外れている。正直な話、ずるくないだろうか。
お前も運べよという言葉が口から出かかったが、世の中にはどうしようもないことがあるのだ。僕は諦める。あと数歩で宝物庫から出られる――そう思ったときだった。
「「ゴーゴーレッツゴー! カーモーシーダッ!!」」
聞き覚えのある少女の声が聞こえたと思った瞬間、運び出そうとした『オタカラ』に何かがぶつかる。バランスを崩した王冠は、そのまま地面に転がった。
刹那、僕たちの頭上を何かが舞う。間髪入れず、奴は着地してこちらを睨む。文字通りの仁王立ち。城主――鴨志田のシャドウが、怒りで顔を醜悪に歪ませていた。
僕たちは思わず身構える。転がった王冠は、奴が手を掲げた途端、奴の頭に乗る程度の大きさへと変貌した。そのまま、王冠はあるべき場所へと収まる。
次の瞬間、物陰から2人の少女が飛び出してきた。1人はランジェリーに身を包んだ高巻杏、もう1人はベビードールに身を包んだ有栖川黎――どちらも鴨志田の認知によって生み出されたものだろう。
杏は鴨志田に抱き付き、黎は鴨志田より3歩下がって影を踏まぬ位置に控える。鴨志田は杏に嫌らしい手つきで触れた後、次は黎に手を伸ばす。黎は抵抗すること無く、鴨志田の下品な手つきを受け入れた。
(――ッ!!)
頭の中が真っ赤に染まった。反射的に、俺は先日新調した拳銃に手をかける。
銃を構えて鴨志田の眉間をぶち抜かなかったのは、『改心』専門のペルソナ使いであることを選択した『
多分、鴨志田は俺が“何”かを察したのだろう。楽しそうに舌なめずりすると、認知上の黎に対しての行為をエスカレートさせる。奴は手慣れた様子で、黎のベビードールを弄び始めた。奴の手は黎の下着へと手をかけ――
「――■■■■■」
次の瞬間、凛とした声が響いた。とても聞き覚えのある声。――俺の隣に、仲間たちの中心に立っていた、ジョーカーの声だ。
彼女が何かを呟いたと思った刹那、凄まじい風が吹き荒れる。丁度、俺が拳銃を構えて引き金を引こうとした、そのタイミングで。
ジョーカーの背中には、薄らぼんやりと何かが揺らめいていた。彼女の“おしるし”を連想させるような、『6枚羽の魔王』。
俺が呆気にとられている間に、耳をつんざくような轟音が響き渡る。悍ましさを感じるような黒い闇が、鴨志田に弄ばれていた認知上の黎を消し飛ばした。断末魔さえ許さない攻撃に空恐ろしさを感じる。
だが、次の瞬間、『6枚羽の魔王』の姿は溶けるようにして消え去る。その代わりに、魔王が先程まで漂っていた場所には、ジョーカーが初めて顕現したペルソナであるアルセーヌが佇んでいた。
ジョーカーが深々と息を吐き、俺の方に向き直る。漆黒の双瞼は、しっかりと俺を見据えていた。
「クロウ、惑わされないで」
「……悪い。でも、どうしても我慢できなくて」
「分かってる。……ありがとう、クロウ。嬉しかった。偽物でも、私の為に怒ってくれて」
「ジョーカー……」
「貴様ら……! ムカツク、ムカツクぜ!」
すべてを理解しても尚微笑んでくれるジョーカーに、俺はどうしてか泣きたい心地になる。
そんな俺たちの邪魔をするが如く、鴨志田が不機嫌そうに声を張り上げた。
奴は最初から、俺たちを宝物庫で始末するために待ち伏せていたらしい。奴が“秀尽学園の王”として好き勝手出来ていたのは、オリンピック選手という鴨志田のネームバリューにあやかりたかった連中がいたからだ。奴らは教師だったり、保護者だったり、生徒だったり、様々である。奴らの共通点はただ1つ――“得をするため”だった。
鴨志田は俺たちのことを馬鹿呼ばわりし、「自分の才能を自分のために使って何が悪い?」と開き直った。自分を特別だと信じて憚らない男だが、その実態は欲望に取りつかれた悪魔である。パンサーからそう指摘された鴨志田は高笑いすると、認知上の杏をも飲み込んで、黒い泥の中へと沈み込んだ。
水が弾けるような音が響いた後、泥は形をとって顕現した。人間サイズだった鴨志田の身体は、天井に届くまでもの巨体となる。頭には王冠を被り、長い舌をぶらぶらと揺らしながら、4本の腕を持つ悪魔が這いずり出してきたのだ。4本の腕にはそれぞれワイングラス、ナイフ、フォーク、警棒のようなムチが握られていた。
「な、なんだよアレ……!」
「バケモノ……それが、アイツの本性ってわけね……!」
「オマエラ、来るぞ!」
スカルとパンサーは驚きながらも、それぞれ得物を構える。モナも鴨志田に向き直り、戦闘態勢を整えた。僕とジョーカーも頷き合い、鴨志田を睨み返した。
「ウ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
鴨志田のシャドウは高らかに咆哮した。奴の気迫によって、この場にびりびりと振動が走る。
「見ろ、奴の頭にある王冠。アレが『オタカラ』だ。隙をついて盗ってやろうぜ!」
「了解。ヤツを攻撃して、チャンスを伺おう!」
モナの言葉にうなずいて、ジョーカーが仲間たちに指示を出す。僕たちは躊躇うことなく頷いて、暴れる鴨志田へと襲い掛かった。ペルソナを召喚して攻撃したり、武器で直接攻撃を仕掛けたり、銃を使って鴨志田にダメージを与える。
鴨志田は足元につないでいる下僕に命じて、スパイクを打たせた。勢いよく飛んで来たバレーボールの群れが僕たちに降り注ぐ。躱しきれずに何発か喰らってしまったが、ジョーカーやモナのペルソナが傷を癒してくれた。そのまま、僕たちと鴨志田は攻防を繰り広げる。
鴨志田に対し、一定のダメージを与えたときだった。鴨志田は、自分が持っているトロフィーにナイフとフォークを向ける。人の脚らしきものが覗く悪趣味なソレから、鴨志田はその一部を切り取って口に運んだ。ぐちゃぐちゃという咀嚼音が響き渡る。刹那、奴の傷はあっという間に癒えてしまった。
グロテスクな光景に吐き気を覚えたが、それを何とか堪える。驚異的な回復手段を有する鴨志田に対して長期戦を挑むのは不利だ。ならば、回復手段を潰すのみ。
僕らは迷うことなく、トロフィーに狙いを変えた。鴨志田もそれを察したようで、即座にナイフとフォークを打ち鳴らした。間髪入れずシャドウの群れが現れる。
「コレを、価値を知らない奴らに触らせるな!」
「御意!」
鴨志田の命令を受けたシャドウたちは、即座にトロフィーを守らんと奮戦する。1対1体はさほど強くないが、徒党を組まれて迫られると厄介だった。
このままだとジリ貧である。戦況も段々と形勢不利に傾いてきた。誰もが必死になって突破口を探すが、数に押されてしまい、戦線を保つので手一杯になりつつある。
だが、次の瞬間、何もしていないのに風が発生してシャドウどもが吹き飛ばされた。間髪入れず、周囲を焼き尽くさん勢いで光が爆ぜる。
光の余波はトロフィーにまで届いたらしい。毒々しく輝く金色の杯に大きなヒビが入る。鴨志田が悲鳴に近い金切り声を上げ、杯を守るようにして身じろぎした。
「何だ!? 何が起きたって言うんだ!?」
「今の技、もしかして――」
「黎!」「黎ちゃん!」
混乱する鴨志田は、何が起きたかよくわかっていない様子だった。
だが、僕たちは、シャドウとトロフィーに襲い掛かった攻撃を知っている。
振り返れば、城戸さんとゆかりさんが得物を構え、鴨志田を睨みつけていた。
「玲司さん!」
「ゆかりさん! どうして!?」
「黎から『今日決行』という報告があってな。いい加減鴨志田の野郎との因縁を断ち切りたかったんで、どうにか時間を勝ち取って来た」
「あたしも。仕事が早く片付いたから、こっちの手助けできるかなって思って!」
スカルの問いに城戸さんが、パンサーの問いにゆかりさんが答える。だが、この2人のスマホには、“イセカイナビ”はインストールされていなかったはずだ。ナビを持っていないにもかかわらず、どうやってパレスへ潜り込んだのか。
僕がそう問いかけると、2人は「ここに来る前に至さんと会っており、彼と別れた後にスマホを見ると“イセカイナビ アスモデウス限定版”なるアプリが入っていた」と答えてくれた。最近、俺の保護者が忙しそうに駆け回っていたのは、このアプリに関連していたのかもしれない。
色々と問いたいことはあったが、今は鴨志田を倒す方が先決だ。鴨志田は懲りずにシャドウを召喚し、俺たちに差し向ける。だが、鴨志田がシャドウを召喚する度に城戸さんとゆかりさんが一掃していく。これで、僕たちはトロフィーの破壊に集中できそうだ。
シャドウの群れを城戸さんとゆかりさんに任せ、僕たちはトロフィーに攻撃を集中させる。
途中で鴨志田は杏の人形が入ったワイングラスを飲み干していたが、構わず攻め続けた。
――そうして、ついに、鴨志田のトロフィーが砕け散る。鴨志田は悲鳴を上げて嘆いた後、僕たちに対する怒りをあらわにした。
「絶対に貴様らは許さんからな! 俺様は王なのだぞっ!!」
「裸の王様が何か言ってるけど、果てしなくどうでもいいね」
「確かに。自分の名誉以外に縋りつくモノがないなんて、本当に哀れだ」
呆れたような調子で、ジョーカーは鼻で笑った。僕も同意する。それに続くように、スカルとパンサーも同意する。
「人を見下してるクセによ、今のお前……すげえダセぇ」
「わざわざ盗りに来てやってんの! さっさと渡してくれる?」
「黙れ! 貴様らなんぞにコレは渡さん!」
鴨志田は尚も口で反撃してくる。奴はまだ、僕たちに対して戦意があるらしい。「まだそんなこと言う元気があるのかよ」と舌打するモルガナと、僕も同意見であった。ならばこちらも本気になるべきだろう。
ジョーカーは躊躇うことなく総攻撃の指示を出した。城戸さんとゆかりさんも加わり、鴨志田を文字通りボコボコにぶん殴る。総攻撃を喰らっても尚、鴨志田は未だに健在だった。腹立たしいと思う反面、それでいいとも思う。だって、殴り足りない。
スカルは自らの居場所と未来を奪われ、パンサーは大切な友人が死ぬより惨い目にあわされそうになった。
ジョーカーはシャドウの鴨志田に危うく惨い目にあわされる直前まで言ったし、俺は認知上とはいえ大切な人を嬲られた。
城戸さんは妻と息子が鴨志田の毒牙にかかりかけていたし、ゆかりさんは城内の光景に精神的苦痛を受けている。
この場にいる全員が、鴨志田に対して強い怒りを持っているのだ。たった数発殴っただけで倒れられるのは困るのである。……いつまでたっても倒れないのも面倒だが。
「あーもう、メンドくさい! いい加減倒れないの!?」
「このまま戦い続けるのも面倒だな。いっそ、『オタカラ』とやらを狙えりゃいいんだろうが……」
「――それだ!」
城戸さんの提案に乗ったのはモナだった。「いっそ、奴の王冠を直接狙えばいいのではないか」――成程、いい案である。
鴨志田のシャドウは言っていた。『あの王冠こそが、自分がこのパレスで王を名乗る理由なのだ』と。ならば、奴にとっての王の象徴を奪い取れば、力を奪い取れるかもしれない。
だが、真正面から挑めばすぐにバレてしまう。そこで、モナはちらりと視線を向けた。彼の視線の先にはテラスの縁がある。そこは丁度、鴨志田の王冠に手が届きそうな位置だ。
誰かを派遣し、鴨志田の気を引き続ければ、王冠を奪取するチャンスを作れるだろう。王冠を奪取できれば、戦況をひっくり返すこともできる。
だが、テラスの縁に辿り着いて王冠を奪うまで時間がかかるし、その間僕たちは人数が減った状態で戦い続けなければならないだろう。
問題はそれだけではない。誰を王冠奪取役に指名するかも重要だ。ジョーカーは仲間たちを見回し、誰を派遣すべきか考えている。
「……私とパンサー、およびゆかりさんは除外だね。アイツ、女性から目を離そうとしないし……」
「――なあ。それ、俺に任せてくんねぇ?」
名乗りを上げたのはスカルだった。彼の目は決意に燃えている。パレス探索中にも「鴨志田の野郎に目に物を見せてやる」と何度も宣言していたスカルだからこそ、だろう。
正直、スカルの性格上、短慮で勢い任せなところが心配だ。彼の根っこが目立ちたがりな所も、『スカルに隠密行動ができるのか』と不安になる理由である。――だが。
「俺からも、頼む。コイツに、ケジメをつけさせてやりたいんだ」
「れ、玲司さん……」
真剣な面持ちで、城戸さんが頼み込んできた。スカルが感極まったように声を震わせる。ジョーカーはふっと笑みを浮かべた。
「スカル、任せるよ」
「――おう!」
スカルは不敵な笑みを浮かべて頷いた。そうして、僕たちは鴨志田のシャドウに向き直る。
僕たちが鴨志田に挑みかかる中、僕の視界の端をスカルが駆け出したのを見た。
「さあ来いよ鴨志田。ナイフやフォークなんて捨ててかかってこい」
「聖エルミンの裸グローブ番長……テメェの伝説もここまでだァァ!」
鴨志田にスカルの不在を気づかせぬよう、城戸さんが率先して挑発する。それに便乗するように、ジョーカー含んだ女性陣も攻撃を仕掛けた。喚き続ける鴨志田は、やはりスカルの不在に気づく様子はなかった。
「自分が王として振る舞っているからこそ学校が回るのだ」と、「セクハラをしたのではなく、向うがモーションをかけてきた」と、鴨志田は馬鹿げた話を続ける。パンサーやジョーカー、ゆかりさんの表情がどんどん険しくなってきた。
僕はちらりとテラスの縁に目線を向ける。柱を登っていたスカルは縁の上に辿り着いたらしい。鴨志田を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべている。悪戯っ子が浮かべるには凶悪な笑みだ。今までの鬱憤や恨みが、彼の顔を悪く魅せているのだろう。
ここでようやく、鴨志田は「1人足りない」ことに気づいたようだ。慌てた様子で周囲を見渡す。
だが、遅すぎたのだ。ジョーカーが、パンサーが、モナが、僕が、不敵な笑みを浮かべて彼の名前を呼ぶ。
「「「「行け、スカル!」」」」
「――気づくの遅えよ、バーカ!」
テラスから跳んだスカルが、思い切り鈍器を振りかぶった。派手な音を響かせて、鴨志田の王冠が吹き飛ぶ。高い金属音を響かせながら、王冠は床に転がった。
王冠を奪われた鴨志田が叫ぶ。動揺した鴨志田は、あっという間に憔悴してしまった。奴はワイングラスを拾うこともせず、吹き飛んだ下僕に指示を出すこともなく、自信を失ってしまったかのように萎れている。
怯んだ鴨志田を見逃す筋合いはない。僕たちは王冠を奪い取った勢いそのまま、鴨志田に猛攻を仕掛けた。王冠を失ったせいで奴は一気に弱体化してしまい、あっという間に崩れ落ちる。最後は僕たちの総攻撃によって、異形と化した鴨志田は弾けて消えた。
人型に戻った鴨志田は素早い速さで王冠を拾い上げると、「これだけは渡せない」と叫んで逃走しようとした。だが、奴が逃げた先はベランダである。飛び降りれば逃げられるのだが、奴はベランダの手すりに手をかけたっきり動かない。
奴が弄んだ女性の中には、自殺を図った人間だっているのだ。中には飛び降りをした女性だっている。
そのことをパンサーやゆかりさんに指摘された鴨志田は、怯えた顔をして身じろぎした。
「飛び降りた人はどんな気持ちだったのかしらね。……きっと、怖かったに決まってる」
「ねえ。アンタ、さっさと飛び降りなさいよ。男なんでしょ? その王冠寄越して命だけ助かるか、このまま死ぬか……どっちがいい?」
パンサーのカルメンとゆかりさんのイシスが顕現する。2人に追いつめられた鴨志田は、がくがくと足を震わせていた。
ややあって、鴨志田が「改心する!」と悲鳴を上げながら王冠を投げてよこす。それを城戸さんが拾い上げ、小さく鼻で笑った。
元々最初から決めていたことだが、僕たちは『改心』専門のペルソナ使いだ。故に、『鴨志田を殺す』なんて選択肢は存在しない。僕は大きく息を吐いた。
「俺は、どうすればいいんだ……」
「罪を償いなさい」
根拠なき誇りと驕りの証明だった王冠を失い、途方にくれた鴨志田は弱々しく呟く。間髪入れず、ジョーカーは鴨志田に言い放った。
それが彼の指針になったのだろう。鴨志田は静かに涙を零し、優しく微笑んで頷いた。彼の身体が光に包まれる。
「オレは現実のオレのなかに還える。そして、必ず――」
彼の言葉は最後まで紡がれることなく、空気に飲み込まれて消えていった。
何とも言えぬ沈黙が広がる。だが、間髪入れず地響きが発生した。ガラガラと派手な音を立てて天井が崩れてきた。……いや、崩れているのは天井だけじゃない。この世界自体が崩壊しようとしているのだ!!
モナの指示に従い、怪盗団と協力者であるペルソナ使いも駆けだす。悲鳴を上げながら、僕たちは消えてゆく城――鴨志田卓のパレスから脱出した。ぐにゃりと世界が歪み、辿り着いた場所は秀尽学園高校の路地裏。
先程の光景が夢のように思えるくらい、平和な日常光景が広がる。黎も、竜司も、杏も、モルガナも、城戸さんも、ゆかりさんも、僕も、みんな無事に戻って来た。勝利の余韻を噛みしめる僕たちだが、モルガナが冷や水を浴びせるようなことを言い放つ。
なんと、今回のパレスが初めて且つ唯一の成功例だというのだ。だから、『改心』がうまくいくかは分からないのだと言う。
「こっちは退学が懸かってんだぞ!」と怒り狂う竜司を城戸さんが宥め、ゆかりさんと杏が「疲れた」とぼやく。
僕はちらりと黎に視線を向けた。黎は僕と視線を合わせると、柔らかに微笑み返してくれた。――それだけで、とても安心する。
(ああ、帰って来た)
『改心』の結果もまだ出ていないのに、何かを成し遂げたのだという不思議な充足感を噛みしめる。
――これで、僕の『初めてのパレス攻略』は幕を閉じたのであった。
魔改造明智と怪盗団、および先輩と共に挑んだ鴨志田戦。この調子でサクサク進んでいきます。次は鴨志田改心と戦勝会の予定。更なる波乱を発生させたいです。