Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた獅童(しどう)智明(ともあき)を演じていた『神』の化身。姿は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴス参照。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。

・他版権ネタやオリジナル要素が大量に含まれているので注意してほしい。



Our Beginning
「――だから、今日は、さようなら」


「『世界を変えるのが誰かの主観的な認知だとしたら、この世界は“誰”の主観で成り立っているのかしら?』」

 

 

 卒業式を終えて家路につこうとしたとき、航さんがおもむろにそう呟いた。

 普段の声色とは違い、航さんの口調は“過去に誰かが言った言葉を真似ている”ように思う。

 

 

「……いきなりどうしたの?」

 

「嘗て認知訶学を研究していた一色さんは、そんな疑問を抱いていた。『神』の脅威を知っていた俺は、『それは解き明かすべきではない』と進言したんだよ。――ほら、吾郎には前に話しただろう?」

 

 

 航さんの説明を聞いた僕は、以前聞かされた話を思い出して納得した。

 

 認知訶学を完成させようとしていた一色さんの好奇心とひらめき、および天才的な頭脳は、あわや“人間が知ってはいけない領域”を解き明かしかけた。それを忌々しく思った黒幕――統制神ヤルダバオトが、口封じのためにデミウルゴスを使って彼女の命を奪ったのだ。そして、『神』は『駒』とした獅童正義と関係者を使い、認知訶学の完全封印を企てる。

 『神』の思惑通り、自分たちの存在を脅かしかねない認知訶学はほぼ完全に葬り去られた。『神』の真理に触れようとした人間の要素――命や研究成果を無に帰すことも、奴らが仕掛けた“ゲーム”を円滑に進めるための手段だ。人間側の突破口を塞ぎ、袋小路に追い込むことで、統制神一派の望む“怠惰の牢獄”を作り出す。……思い出しても腹立たしい。

 悪神ヤルダバオトを打ち倒し、怠惰の牢獄から人類が解き放たれ、もう2か月となる。悪神が消滅ても尚、世界は相変らず存在し続けていた。『人間の認知だけで世界を動かすことに限界がある』と解き明かした一色さんは、だからこそ禁忌に触れる疑問に行きついた。――そう考えると、この世界には重大な問題が横たわっている。

 

 『今、ここに存在する世界の認知は、“誰の主観”で成り立った認知なのだろうか?』――当然の疑問だ。だって、歪んだ認知によって怠惰の檻を作り上げようと企んだヤルダバオトは消滅したのだから。

 何度も言うが、この世界は“ヤルダバオトの主観による認知”を破壊されている。この世界を動かしていた重要なファクターが消滅したと言うのに、以後も世界は平穏無事に廻っていた。……それは、何故か。

 

 

「以前モナから聞いた話じゃあ、『世界を変えるのは、ニンゲンが持っている力だ』って言ってたけど……」

 

「大衆のパレスと銘打たれた牢獄に“悪神という明確な管理人がいた”という事実を持ってくると、『この世界にもまだ管理人が存在しているのでは?』と邪推してしまうな。心当たりがあるならば、尚更だ」

 

「心当たり……」

 

 

 航さんの言葉が意味するのは、この世界から去っていった大人の後ろ姿だ。誰よりも『神』によって齎された理不尽を嫌い、僕らの幸福を願った人。

 フィレモンの化身として生み出されるも、創造主から失敗作の烙印を押された過去を持つペルソナ使い。そうして最後に、空の元へと至った男だ。

 

 “命のこたえ”を見出した彼は、人間の括りから大幅に外れてしまった。フィレモンからも『私と同格、いやそれ以上の存在かもしれない』と目を輝かせるレベルらしい。

 

 セエレは“明智吾郎”と“ジョーカー”の未練や祈りを蝶にして飛ばし、数多もの可能性を束ねることでこの世界を創り上げた。

 その行為を一色さんの推測――『神』の主観によって世界が構成されている――に当てはめた場合、この世界の主観的な認知を司っているのは――。

 

 航さんは静かに空を見上げる。僕も、保護者につられるようにして視線を向けた。視界の真ん中には、電信柱の向こう側に広がる青い空。

 宙ぶらりんの電線には一羽の烏が留まっている。航さんと僕の視線に気づいたのか、烏は小首をかしげて僕たちの方へと向き直った。

 ……『烏の目を通して見守られている』ように思ったのは何故だろう。感じた覚えのある眼差しに、思わず口元が戦慄いた。

 

 名前を呼ぼうと口を開く。掠れた吐息だけが漏れる。

 何も聞こえないはずなのに、すべてを察したかのように、烏が鳴いた。

 

 

「あ――」

 

 

 刹那、電線から烏が飛び立つ。黒い羽を数枚散らしながら去っていった烏の背中は、一瞬で青い空の彼方へと吸い込まれていった。残されたのは、僅かに揺れ続ける数本の電線。

 つい数秒前まで烏がいたことを示す証拠であるが、いずれその振動も止まるのだろう。何事もなかったかのように――「烏なんて最初からいなかった」と言わんばかりに。

 一羽の鳥もいなくなり、烏が留まっていたことを示す証すらもなくなった。感慨深さも薄れていく。――それは、彼がいなくなっても世界が回り続けることとよく似ていた。

 

 僕と航さんは、暫くの間、烏が去った電線を見つめていた。通行人の群れが、電線を凝視する僕たちに幾何かの不信感を滲ませた眼差しを送ってくる。彼等が怪訝な表情を浮かべるのは当然のことだろう。

 

 

「……行くか」

 

「……そうだね」

 

 

 烏が去った方角に背を向けて、僕たちは歩き出した。

 雑踏の中に溶け込むようにして帰路につく。

 

 

「家に戻ったら、荷造りをしないとな。もうすぐ、お嬢や怪盗団のみんなと一緒に御影町へ行くんだから」

 

 

 航さんの言葉に僕は頷いた。

 

 3月19日、僕と黎は東京を去る。それは、釈放された1月31日の時点で決まっていたことだった。黎は4月から七姉妹学園高校に転校/復学するために地元に戻ることになっていたし、僕は大学を丸々1年休学することになっている。

 僕の場合は御影町に帰らずとも問題ないが、好奇の目に晒される黎を傍で守りたいと望んだのは僕自身の意志だ。黎や航さんからの許可も得たし、有栖川の家も諸手を挙げて同意してくれた。頼れる大人たちだって、僕たちに力を貸してくれる。

 

 慣れ親しんだ街を離れることは、これまで何度も経験してきた。嘗て母と暮らしていた生まれ故郷、御影町、珠閒瑠市、巌戸台、八十稲羽――そして、東京。

 出会いと別れを何度も繰り返してきた。どこへ行っても途切れぬ縁もあれば、永遠に途切れてしまった縁もある。喜ばしいことも、悲しむべきことも沢山あった。

 今までも、これからも――僕の旅路が終わるまで、出会いと別れは何度も繰り返されるのだろう。ペルソナ使いの戦いがこれからも続いていくのと同じように。

 

 

「でも、驚いたな。航さん、いつの間に中型免許取得してたの?」

 

「『長期療養期間だからと言って家に閉じこもっているのは不健康だ。これを機に外へ出て、研究以外のことに挑戦してみたらどうだ?』と圭に勧められてな。気分転換も兼ねて取得したんだ」

 

 

 航さんはどこか得意気に笑う。南条さんから長期療養を言い渡された理由は、至さんがいなくなった心の傷が癒えていなかったのと、僕や黎が獅童の残党たちによって害されぬよう奔走していた無理が今になって響いてきたためだ。緊張状態から解放されたのも理由である。

 結果、以前のようなぶっちぎりな不規則・不摂生な生活に体が耐えられなくなってきたようで、今までのように『研究室に缶詰め』ができなくなってしまった。これではいけないと感じた南条さんや研究部門の面々が、渋る航さんを説き伏せて、長期休暇を取らせたのである。

 

 ……ここだけの話、座学はデスクワーク、実技が実験のトライアンドエラーと置き換えれば、航さんの挑戦――中型免許取得は普段の生活と変わらない。突っ込みたいが、本人がそうと自覚していないからタチが悪かった。閑話休題。

 

 僕たち怪盗団は8人と1匹で構成されている。モルガナカーは僕ら全員が乗れるようサイズが変動するが、現実世界の車はそうはいかない。僕ら全員が乗るためには最低でも9人乗りの車が必要になる。

 現実世界で車の免許――普通1種の免許を持っているのは真だけだ。だが、9人以上乗るための車を運転するためには中型免許が必要となる。おまけに、中型免許は20歳以上でなければ取得できないのだ。

 “僕と黎を御影町まで送りながら、春休みの数日間滞在しよう”と計画していた怪盗団の面々は困り果てていた。そこへ、中型免許を取得していた航さんが加わり、運転手として名乗りを挙げたのだ。

 

 

「……しかし、関係者も随分暇なんだな」

 

 

 航さんは小さくため息をついて、ちらりと視線を向ける。僕と航さんから少し離れた道路には、先程からずっと僕たちを追跡する車があった。

 

 少年院と関係があった者には、成人するまで監視が付く場合があった。理由や経緯はどうあれど、実際、僕と黎は少年院送りにされている。苦しむ人々や世界そのものを救った怪盗団と言えど、“認知を操作する”行為は“人格破壊”や“洗脳”と同等扱いされ、危険人物とみなされてもおかしくはない。

 冴さんからも『貴方たちが成人するまで、定期的に東京に来てもらう必要がある』と言われていた。しかも、僕たちを危険物扱いする者だけでは飽き足らず、『怪盗団に面子を潰されて怒り狂っている奴らがいる』そうだ。そんな奴らを()()()()()黙らせるために必要な措置らしい。

 

 

「一度張られたレッテルはなかなか剥がれないからね。仕方がないよ。――まあ、僕にとってはどうでもいいことだけど」

 

―― だな。他人に気に入られるための『嘘』は揺るぎない『本物』になったし、自滅するための『恨み』も未来を生きることへの『祈り』となった。……迷う必要なんざ、どこにもない ――

 

 

 僕と“明智吾郎”は不敵に笑い、ちらりと車に視線を向ける。相手は僕らが車に気づいていることを察しているのだろうか? それは多分、車に乗っている本人しか知らないだろう。

 無罪放免になったとしても、往生際の悪い大人たちとの駆け引きはまだまだ続きそうだ。社会に出た後も、駆け引きを繰り返して世の中を渡って行かねばならない。

 現状は逆境以外の何物でもないけれど、不安がないわけではないけれど、きっと大丈夫だ。僕には大切な人たちがいる。信頼できる先輩と仲間たち、愛する人がいる。

 

 心なしか、僕たちの足取りは軽かった。

 今ならば、どこへでも行ける――そんな気持ちになる。

 

 

『今度、御影町に遊びに行きます! 高速バスで行くのか、電車で行くのかはまだ未定ですけど……』

 

 

 はじめてのおつかいに挑む子どもを連想させるような笑みを浮かべたラヴェンツァの笑顔が脳裏によぎった。多分、彼女は僕と黎がどこに行っても、必ず遊びに来るだろう。勿論、怪盗団の仲間たちも。例え、物理的に距離が離れていたって、この絆が途切れることはない。

 

 

(出会いも別れも宝物、か)

 

 

 僕は思わず空を見上げる。真っ青な蒼穹が、どこまでもどこまでも広がっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 3月19日は大忙しだった。黎と一緒に、お世話になった人たちの元を回って別れの挨拶をしてきたためである。怪盗団に協力してくれた人々は、黎へ沢山の餞別を贈ってくれた。それらを丁寧に受け取り、大切に鞄の中へしまう黎の横顔を見守りながらあいさつ回りを終える。

 黎が東京に来たときは孤立していたことを考えると、老若男女を問わぬ協力者たちに囲まれるとは予想できなかった。同時に、東京生活の終わりに沢山の餞別を貰えることになるとも予想できなかった。黎の鞄はパンパンに膨れ上がっており、最後は、入りきらなかった餞別の品を紙袋に入れて持ち歩いていた程だ。

 僕は黎をルブランまで送った後、自宅に戻って荷造りを済ませることにした。……と言っても、大部分の荷造りは既に済ませており、大きい荷物を有栖川家に送る手続きをするだけだったのですぐに終わったが。

 

 そうして迎えた本日――3月20日。

 

 空っぽになった僕の部屋を見回して、大きく息を吐く。住んでいたときはやや手狭だと思っていた自室も、粗方物が消え去れば、結構な広さがあった。

 蛇足だが、航さんは『長期療養が終わって次の派遣先が決まるまで』暫く東京に残るらしい。だから、荷造りをしたのは僕だけということになる。

 

 

「忘れ物はないな?」

 

「うん。後は手荷物だけだよ」

 

 

 僕の返事を聞いた航さんは満足げに頷き返した。僕らは連れ立って部屋を出る。航さんが予約していたレンタカー店へ向かい、10人乗りのワゴン・バンを借りた。運転席には航さんが乗り、助手席には僕が乗る形になる。助手席でシートベルトを締めながら、僕は航さんが来るのを待っていた。

 店員から鍵を受け取った航さんは運転席へ乗り込み、エンジンをふかす。ワゴン・バンはゆっくりと加速し、法定速度と交通の流れを鑑みた速度を保ちながら待ち合わせの場所へ向かった。御影町へ行く前に、渋谷を経由することになっている。そこで怪盗団の仲間たちと黎を拾う手筈となっていた。

 待ち合わせ場所まで目と鼻の先に迫ったとき、視界に怪盗団の面々が見えた。僕らに気づいた面々が表情を輝かせて合図する。運転手の航さんは小さく頷き返すと、ゆっくり減速して路肩に車を停めた。待ってましたと言わんばかりに、仲間たちが次々とワゴン・バンに乗り込んでくる。――だが、モルガナの姿がない。

 

 

「あれ? モルガナは?」

 

「モルガナには、ちょっと頼みごとをね」

 

 

 黎は苦笑した後、ちらりと視線を移した。僕らが乗り込んだワゴン・バンから少々離れた路側帯に、一台の普通乗用車が留まっている。

 

 あの車は『少年院上がりの僕と黎を監視する』という使命を帯びた警察関係者たちを乗せていた。彼等の目は、僕らに対する不信感を隠すこともしない。敵意剥き出しと言ったところか。世間を騒がせた怪盗団(おたずねもの)には妥当な判断である。

 勿論、この車に乗っている人間の誰1人として、冷たい眼差しに怯むことはない。()()()()()、僕たちにはもう、他人からどう見られようと関係なかった。誰に何を言われようと、自分の信じる道を往く。

 僕と黎は御影町で、仲間たちは東京――東京の中でも様々な場所――で、自分の正義を貫いて行くことだろう。例え物理的な距離が離れていたって、どんな場所で何をしていたって、僕たちは同じ空を見上げているのだ。寂しくはない。

 

 だから、この別れを受け入れることに迷いはなかった。名残惜しそうな雰囲気を漂わせていた仲間たちもその結論に辿り着いたようで、小さく頷き返す。

 丁度そのとき、黎から頼みごとをされていたモルガナが所用を終えて来たらしい。軽やかな足取りで、ワゴン・バンへと飛び乗った。

 

 

「お帰りモルガナ。首尾は?」

 

「おう、万全だ! ……にしても、なんでワガハイ、現実世界でも車係なんてしなきゃならねーんだ……」

 

 

 モルガナはため息をつく。不貞腐れたような表情は、僕らを尾行していた車の方を向いた途端、悪だくみするような笑みへと変わった。

 誇り高い黒猫の口元がちょっと誇らしげに見えるのは気のせいではない。――黎がモルガナに何を頼んだのか、何となく見当がつく。

 

 

―― ……あのクソ猫、本当に何なんだよ…… ――

 

 

 “明智吾郎”も、改めてモルガナの器用さを感じたのだろう。渋い表情を浮かべてため息をついた。

 

 

「しかし、本当に暇な奴らなんだな」

 

「どうでもいいじゃない。他人の目なんて関係ないんだから」

 

 

 警察官の車を見ながら、祐介が憐れみを込めて苦笑した。真は晴れやかに笑い、前方へと向き直る。

 

 

「私たちは、もう自分で決めて、どこへでも行ける」

 

「――それじゃあ、どこへ行く? 素直に真っ直ぐ御影町へ向かうつもりなんてないんだろう?」

 

 

 杏も真の意見に同意した。仲間たちの様子から何かを察したのか、航さんが仲間たちの方へ向き直った。悪戯っぽく笑うその横顔は、いなくなってしまった至さんと瓜二つである。

 僕は反射的に息を飲んだが、同じようにして悪戯っぽく笑い返す。ノリのよい航さんの反応を見た竜司は眩しい笑顔を浮かべ、「航さん、わかってる!」親指を立てた。

 そうと決まれば行動は早い。航さんは車のウィンカーを出し、青信号で流れ始めた車の波に合流した。左サイドミラーに映る警察関係者の車との距離はどんどん離れていく。

 

 あの様子だと、『発車したくてもできない』ようだ。車に乗っている人間たちが悪戦苦闘している姿を想像している間に、ワゴン・バンは軽やかに道路を進む。

 程なくして、僕らを尾行する使命を帯びた警察車両は完全に見えなくなった。国道を真っ直ぐ帰るのではなく、ウィンカーを上げて首都高速へ入る。

 

 航さんは滑らかに車を加速させ、90km台でスピードを安定させた。そのタイミングを見計らい、春が僕たちに提案してくる。

 

 

「じゃあ、1ついい? お友達が困ってて、みんなの知恵を借りたいんだけど……」

 

「何それ、面白そう」

 

「面倒事なら、俺は降りるぞ」

 

「素直じゃないなあ、オイナリは!」

 

「――降りる」

 

「こら。こんな所でドアを開けるんじゃない。下手をしたら、背後から時速90Km代の車に撥ね飛ばされて肉塊になるぞ」

 

 

 春と双葉の会話から嫌な予感を察知したのか、あるいは照れくささを感じたのか、祐介はワゴン・バンの扉に手をかけた。勿論、事故防止用のチャイルドロックが施された扉は幾ら引っ張っても開くことはない。

 割と本気で扉を開けようと試みる祐介を諭したのは、運転手の航さんだった。そこで止めておけばいいのに、航さんはすらすらと“高速道路で発生した死亡事故(かなり惨たらしいもの)”の内容を諳んじる。

 

 結果、顔を真っ青にした祐介が扉から手を離した。もれなく他の面々も顔を青くする。心なしか、僕の背中からもヒヤリとした汗が流れた。

 

 和気藹々としていた雰囲気は、何やらお通夜一歩手前まで冷え切っていた。航さんによる“高速道路で発生した死亡事故(かなり惨たらしいもの)”はまだ続いていたが、最後は黎の「違う話題ありませんか?」という質問によってようやく終わることとなった。

 凄惨な話題によって落ち込んでしまった空気を打破するかのように、仲間たちは新しい話題を提示する。“御影町に着いたら何をするか”という、即興にしては無難なチョイスだ。最初は欝々とした空気を打破するための議題だったが、いつの間にか盛り上がっていた。

 

 

「都心の方には御影サンモールっていう複合商業施設があるんだ。あそこの老舗スイーツパーラーのフルーツサンドイッチ、絶品なんだよ」

 

「知ってるわ。確か、明治初期から創業している果物店よね? あそこの専務さんとは会食で顔を会わせたことがあるの」

 

「いいね、最高! 私、そこに行きたい!」

 

 

 フルーツパーラーから甘いものを連想した杏がぱああと表情を輝かせる。そこへ真や双葉らも加わり、女性陣はきゃいきゃいとはしゃぎ始めた。

 盛り上がり始めた女性陣を尻目に、我らが男性陣の竜司と祐介が黎に声をかけてきた。

 

 

「俺は郷土資料館や御影遺跡に行ってみたいな。お前の住む街の民間伝承や古代の浪漫に興味がある。創作に活かせるかもしれない」

 

「御影町では御影遺跡の外周を走る“御影遺跡ランナー”がいるって言ってたよな? 東京で言う“皇居ランナー”みたいなヤツ。俺もそこで思いっきり走ってみたいなー!」

 

「そうだね。そういうのも楽しそうだ。……()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ……」

―― 御影町の悪夢かよ ――

 

 

 影を増した昏い笑みを浮かべた黎の様子など気づきもせずに、竜司と祐介が盛り上がり始める。僕と“明智吾郎”もつられて目を伏せた。対して、航さんは「またテッソとテディベアが並んで出てくるのかな?」等と懐かしそうに――どこか能天気に呟いている。あの地獄を駆け抜けた修羅は健在のようだ。

 テッソという単語に反応したモルガナがぎょっとしたように目を丸くした後、思わず竜司と祐介に視線を向けた。奴らの議題は既に御影遺跡から廃工場、およびセベクビル跡地に移行しており、「折角だから探検してみよう」という方面に向かっていた。元気な奴らである。

 

 

「わあ、海だ!」

 

 

 双葉が明るい声を上げて窓の外を見る。僕たちもつられて、窓の外に目をやった。

 

 ハイウェイの近くを鴎が飛んでゆく。高く上った太陽の光に照らされ、海と空のコントラストが鮮明に分かれていた。2つの青によって彩られた景色に、思わず感嘆の息が漏れる。仲間たちも食い入るようにその景色を見つめていた。

 東京へ来る前にも、海の景色は何度も見てきた。東京で過ごした中で、海を見に行ったことは何度もあった。特に、双葉の人見知り脱却では、その総仕上げとして海へ行った。けれど、今ここで見る海の景色が『何か違う』ように感じたのは気のせいではない。

 右手に広がっていた都会特有のビル群は姿を消し、いつの間にか小高い山々へと変わっていた。懐かしい故郷の気配を感じたのは、御影町出身である黎と航さんも一緒だ。その証拠に、僕も2人も口元が緩んできている。

 

 仲間たちは暫くの間、何も言わずに景色を眺めていた。航さんは相変らず時速90Km代をキープしながら運転を続ける。

 そんなとき、竜司がどこか微睡んだような声色で呟いた。彼の双瞼は眩しそうに細められていた。

 

 

「……ひょっとして、まだ誰かの夢の中かも……とか、考えちまうな」

 

「いいさ、それでも」

 

「ワガハイたちは自由! なのだ!」

 

 

 祐介は静かに微笑む。春の膝元に座っていたモルガナも、背をしゃんと伸ばして同意した。

 彼等の言葉を引き継いで、僕も頷く。

 

 

「もしこの世界が誰かの夢の中だったとしても、この世界は“夢の主が今の僕たちが()()()()()()世界を望んだ”ってことだろう? ――そんな誰かが、悪い奴なワケないさ」

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、数多の可能性を蝶にして飛ばした新たなる善神・セエレ。そうして、彼に至るまでの――空の元へと至る旅路を終えた、尊敬する保護者の背中だった。

 数多の可能性を飛ばした蝶がたどり着いた世界。誰かが抱いた後悔と祈りが造り上げたこの場所で、僕たちはこれからも生きていく。これから旅路を進んで往く。

 僕の言葉を聞いた竜司は二つ返事で頷いた。「世界は見方1つでどうにでも塗り替えられる」と力強く笑うその横顔は、今まで見てきたどの表情よりも輝いているように思う。

 

 

「それが美学って奴だろ?」

 

「……うん!」

 

 

 竜司の言葉を聞いた黎がふわりと笑う。

 

 怪盗団として認知世界を駆け抜けた彼女が得た答えであり、彼女の得た“世界のアルカナ”が造り上げた未来(あした)は、これからも続いていくのだろう。

 僕たちがこれからに想いを馳せていたときだった。「あ」と、僕の右隣から掠れた吐息が聞こえてきた。ルームミラーに映る航さんの眼が見開かれている。

 

 何事かと視線の先に目を動かせば、真っ青な空を黄金のアーチが横切っていた。目を凝らせば、アーチを構成するのは黄金の蝶。見る角度によっては、朝日を連想させるような東雲色にも見えた。空の彼方に広がるそれは、僕たちの旅立ちを祝福するかのように輝いている。

 黄金の蝶で連想するのは2つの善神。片や、人間のポジティブ面から派生した有難迷惑な善神フィレモン。片や、“ジョーカー”や“明智吾郎”の後悔や祈りを“可能性”として飛ばした新たなる善神セエレ――人間の枠を乗り越えてしまった空本至だ。

 前者は性格的にこんなことしない。そうなれば、必然的に、こんなことをしたのはセエレ/空本至ということになる。――俺は思わず歯を食いしばった。胸の奥底から込み上げてくるのは、憧れ続けた大人の背中。俺に後を託したときの晴れやかな笑顔だった。

 

 

「――はは」

 

 

 夢を見ている誰かに物申したいことは沢山あって、自分の感情を思いっきりぶちまけたくなって、それでも夢の主が望んだものを踏みにじりたくなくて。

 視界がジワリと滲むが、歯を食いしばって踏み止まる。涙を溢れさせることはどうしてもできなかった僕の口元は、不思議なことに、綺麗な弧を描いていた。

 

 

「そういうことか……。分かった、分かったよ」

 

 

 目元を乱雑に拭って空を見上げる。

 

 たとえ人間としてこの世界にいることができなくなっても。

 たとえ内側と外側という物理的な壁に隔てられてしまっても。

 たとえ上側と下側という視点の違いが存在していたとしても。

 

 僕と“あの人”は、同じ空を見ている。青空を、曇り空を、雨雲も、雪雲も、黄昏も、月夜も、満天の星空を――同じ景色を見つめている。

 その事実さえあればいいと“あの人”が笑うなら、今はそれで納得しておこう。……最も、素直にそのまま納得してやるつもりなんてないけれど。

 

 

「――()()()()()()()()()()()

 

 

 黄金の蝶によって創られたアーチの輝きを――この世界を作り上げた夢の主からの餞別を、僕は一生忘れることはない。

 

 

 

 

◆◇◇

 

◇◆◇

 

◇◇◆

 

 

 

 

「――吾郎、起きて。もうすぐ到着するよ」

 

 

 微睡む意識を引き上げるように、柔らかな声が響く。

 

 僕はのんびりと瞼をこじ開けた。目を開けて最初に見たのは、1人の女性。彼女は癖の強い黒髪を肩まで伸ばし、黒を基調にした余所行き用の冬服を着込んでいる。胸元にはひまわりをモチーフにして天秤が刻まれたバッジ――弁護士バッジが、彼女が掴んだ夢と未来を示していた。

 女性の左手薬指には、学生時代に贈った2つの指輪――不揃いの決意の証と、共に未来を生きる誓いの証が輝く。その眩しさに、僕は思わず目を細めた。ぼんやりと瞬きを繰り返して、女性の姿が高校生の少女の面影と綺麗に重なる。一歩遅れて、僕はすべてを理解した。

 

 1歳差で時折離れることはあっても、僕と彼女は同じ時間の中で生きてきたのだ。彼女が誰かなんて、僕はよく知っているではないか。

 

 

「……おはよう、黎」

 

 

 ここがプライベートな場所だったら、そのまま抱き寄せてキスの雨を降らせていたところだ。しかし残念なことに、ここは公共の場――飛行機の中である。前にも後ろにも左側にも、乗客が隙間なく座っていた。一応僕も常識人なので、必要以上にベタベタしていると面倒なことになり得る。節度は大事だ。

 ……まあ、学生時代は佐倉さんからしょっちゅう『節度を守れ』と言われていたくせに、11月以降からは好き放題やっていた身であるが。……あれから自分たちも大人になったのだ。社会で()()()()()()波風を起こさず、けれど己の正義を貫くための算段を立てるために何をすべきかを考える日々を送っていた。

 

 

「……なんだか、長い夢を見ていたような気分だ」

 

「ぐっすり眠ってたみたいね。まあ、最近忙しかったから当然か」

 

「あはは……。航さんの研究に付き合って城塞都市フォルトゥナに出向いたら人災に巻き込まれたからなあ。ひと段落ついたと思ったら、また次の案件が持ち込まれてくるし……」

 

 

 僕の話を聞いた黎は表情を曇らせた。「本当はもうちょっと休ませてあげたかったんだけど」と、申し訳なさそうに目を伏せる。

 彼女の優しさが嬉しくて、僕は微笑み首を振った。好きな人の前ではもう少し格好をつけたいと思うのは、ささやかな我儘だ。

 

 怪盗団として世直しに精を出していた頃に得た答えは、今でも僕たちの胸の中にある。利益よりも正しさを追いかけ続ける僕たちの旅路は、まだまだ続くのだ。

 それと同じように、僕たちペルソナ使いの戦いも続いていた。こうしている間にも新世代のペルソナ使いたちが覚醒し、様々な戦いに身を投じている。

 旧世代となった僕たちや航さんは新世代として戦いに巻き込まれるであろう後輩たちをサポートするため、日夜研究開発やデータ解析等を続けていた。

 

 ペルソナそのものの研究だけでなく、ペルソナ能力を駆使して対峙するような敵――悪魔やシャドウと呼ばれる存在の研究も進んでいる。僕が巻き込まれた事件の舞台である城塞都市フォルトゥナも、悪魔に関する興味深い議題が残されていた。

 蛇足だが、ここでも航さんは容赦ない発言を続けた(例.「お前の所の神様は、そんなに心が狭いのか」)ため、あわや出禁になりかかったのだが、そこで発生したトラブルとそれを解決するために力を貸した功績でチャラにされている。閑話休題。

 

 

「今回は富山の彩凪市で発生した『リバース事件』と『事件を追っていた警官が立て続けに無気力症になった』一件だよね? 単体で見る限り関係性は薄そうだけど……やっぱり、ペルソナ――“A潜在”や“特A潜在”が絡んでいるのかな」

 

「だろうね。前者はまだ分からないが、後者は明らかに“A潜在”か“特A潜在”が絡んでいる。そして、前者を追いかけた人間が後者の症状に見舞われているとなると、かなり複雑な要素になっていそうだ。……でなきゃ、特殊対策課の一職員でしかない神郷さんが、権力に物を言わせてまで派手に動く理由にならない」

 

 

 黎は顎に手を当てて小さく唸る。真田さんから貰っていた資料の内容を頭に思い浮かべながら、僕も同意した。

 

 時代の流れによって様々な事件が発生したせいか、今ではペルソナ使いの才能を有する人間のことは“A潜在”――その中でも強い力を秘めた者は“特A潜在”と呼ばれていた。使い手となる人々は年々増加傾向にあるものの、“A潜在”や“特A潜在”は表舞台からは隠されている。

 悪魔やシャドウのことも表沙汰にされていないのだ。“A潜在”や“特A潜在”の存在を公にするとなれば、確実に混乱を招く。場合によっては『“A潜在”や“特A潜在”であることが原因で、社会的、あるいは肉体的な損害を被る』ことになりかねない。

 レッテルに屈しない居場所を得た僕たち世代だけれど、それとこれとは別問題だ。実際、“A潜在”や“特A潜在”として覚醒したことが原因で、転がるように破滅の道を歩んだ人々がいる。嘗ての神取鷹久、ストレガ、足立透、そして――平行世界の“明智吾郎”と同じように。

 

 勿論、ペルソナに関連する要素のせいで人生が劇的に切り替わった人物は僕ら側にも存在している。自分だけ生き残ってしまったパオフゥさん、天田さんの母親を過失で死なせてしまった荒垣さん、善意が空回りしてあわや大量殺人者になりかけた生田目氏――前者2名は後輩のサポートに当たっている。後者はこちら側とは一切関わらなくなったが、己の道を邁進するため奮闘していた。

 理不尽との戦い方を知る者が増えてきても、発生する事件は多種多様。その度に、数多の経験則を組み合わせて突破口を切り開き、新世代のペルソナ使いたちの標になろうと頑張ってきた。勿論、助けられた命もあるけど、救えなかった命もある。最善手が最良の結果を齎すとは限らないように、最悪手が最悪の結果を齎すとも言えないように、すべてが100点満点の大団円かどうかも分からない。

 

 それでも、僕たちには足を止めるという選択肢はなかった。

 怪盗団として駆け抜けた日々が、僕たちをこの道へと進ませたのだ。

 

 

「身体の内側と外側がひっくり返ったような惨殺体も相当だけど、2009年以降に()()無気力症が発生するなんて……」

 

「あのときは“新興宗教側と化学側の馬鹿がタッグを組んだせいで、ニュクスとアシュラ女王を足して2で割ったような化け物が出来上がった”んだっけ。“無気力症の患者が増えたのはその副産物でしかなかった”と考えると、今回も似たようなケースなのかも。あまり嬉しくない情報だけど」

 

「確か、10年位前の事件だっけ。(のぼる)くん、あの頃はまだ小学5年生だったよね。虎狼丸(コロマル)の弟子だった黒鉄(クロガネ)も、後継者の雪之丞(ユキノジョウ)を鍛え上げて引退して――本当に、時間の流れは早いものだ」

 

「暢くんもクロガネも元気かな」

 

「久しぶりに顔を会わせるもんね」

 

 

 巌戸台世代を中心にして戦った出来事を思い出しながら、僕は窓に視線を向ける。曇天の切れ間から、目的地である彩凪市の街並みが姿を覗かせていた。

 見渡す限り、どこもかしこも薄く雪化粧が施されている。東京よりは田舎だが、八十稲羽程の自然はない。街の規模は『御影町以上、珠閒瑠市と同格』と言ったところか。

 

 白銀に染め上げられたこの街が、次の戦いの舞台となる――僕は漠然と、そんな予感を覚えていた。

 今までの経験則であり、至さんからペルソナ――火烏(カウ)と役目を受け継いだことで得た才能と言ってもいい。

 本家本元である至さんには遠く及ばないけれど、それでも諦めきれないのは、僕の心に焼き付くあの背中に追いつきたいと願ったためだろう。

 

 

「久しぶりと言えば、竜司が赴任した学校も彩凪市にあるんだっけ。大自然の中を駆け抜けてるらしいけど、元気かな?」

 

「祐介の展覧会も彩凪市で行われるって言ってたね。春の任されたコーヒーショップチェーンも彩凪市に進出しようとしてるらしくて、『千秋さんと視察に行く』って言ってたよ。それに、今度杏が『撮影兼ねて1日署長やることになった』って」

 

「……後から合流する手筈になってる双葉や真のことも加味すると、完全に『神』絡みの作為が入ってるよね」

 

 

 嘗て世間を騒がせた怪盗団――そのメンバーが、東京から遠く離れた富山で全員集合することになるだなんて誰が予想できたか。

 

 竜司は鷹司くんとの交流で見出した己の夢を叶えるような形で体育教師になった。嘗て己を苦しめた鴨志田を反面教師としながら、運動する楽しさを子どもたちに知ってもらおうと四苦八苦しているらしい。彼の教え子には運動の才能を開花させた者が数多くいた。

 祐介は新進気鋭の画家として、様々なコンクールで大賞を受賞している。自身が専攻している日本画だけでなく、様々な分野の要素を貪欲に吸収しているようだ。『怪盗団として駆け抜けた際に見た光景をすべて描き切るには、時間も技法も足りない』のが悩みなのだとか。

 杏はモデルとして大成し、若い女性たちから羨望の眼差しで見られる存在となった。最近は世界を股にかけていたようだが、今度は今までと少し毛色の違う方面に進出しようと考えているらしい。彩凪市で行われる撮影プラスアルファはその下準備だと聞いている。

 

 春が千秋と結婚し、千秋が奥村姓になったのは5年程前。2人が任せられたコーヒーショップが軌道に乗ったのもその頃からだ。夫婦が材料に拘った料理と、妻が作った珈琲染めの小物が人気の秘訣らしい。

 真は捜査一課で刑事をしている。普段は捜査の最前線で戦っている警察キャリアだが、ペルソナ関連の特務部署で活躍する歴戦のエースでもあった。最近の悩みは『達哉さん共々白バイ隊に引き抜かれそうになっている』ことか。

 双葉は南条コンツェルンに就職し、自分たちの有するペルソナ絡みの研究だけでなく、母親である一色さんが手がけた研究――認知訶学の完成を目指している。最近は航さんとの共同研究を行い、新しい論文を提出したそうだ。

 

 

「――()()から、もう11年経つんだね」

 

 

 黎が懐かしそうに目を細める。彼女の指す()()が、嘗て世間を賑わせた怪盗団ザ・ファントムの『世直し』であることはすぐに分かった。

 

 あの後、大学を休学して御影町に戻った僕は、御影町で高校生活を過ごす選択をした黎のサポートを行っていた。ついでに、休学期間を利用して司法資格に挑戦し、見事合格したのである。探偵王子としてメディアで出ていた際、冴さんの下で働いていた経験もプラスに働いた結果だった。

 黎は僕と同じ大学を受験して無事現役合格し、僕たちは再び上京した。嘗ての仲間たちとバカ騒ぎしつつ、それぞれの夢に向かって走る日々。僕と黎は同じ年に大学を卒業し、僕は一足先に司法修習生となり、弁護士とパラリーガルの資格も取得し、冴さんの弁護士事務所で働き始めた。

 それから遅れて、黎もすぐに司法試験を突破して司法修習生となり、そのまま冴さんの弁護士事務所に就職。僕と黎のコンビは冤罪事件を中心に担当していた。その他にも、南条さん個人と契約を結び、表向きは特別研究部門関連の客員弁護士――裏では非常勤の調査員として在籍している。

 

 因みに僕は有栖川家に婿入りし、有栖川吾郎となった。今回は同行していないが、可愛い盛りの子どもたちが2人いる。上が幼稚園の年長、下が年少に入ったばかりだ。

 冬の長期休みと堂島一家や天城さんの好意に甘える形となり、可愛い我が子らは八十稲羽で留守番をしてもらっていた。仕事が終わったらお土産を買って帰ろうと思っている。

 

 ……とまあ、要するに、僕と黎は“あの頃の夢を叶えた”のだ。僕は黎の言葉に頷き返す。

 

 

「そうだね。……今に至るまでにも、色んな事件があったね」

 

 

 そうして、あの頃の僕たちが予想した通り、ペルソナ使いたちの戦いはまだ続いている。

 神が起こした理不尽に巻き込まれた人々もいれば、人災によって被害を被るケースもあった。

 最近は後者のケースや、後者の責任が強い形の双方複合型事件が多発しているように思う。

 

 

「拉致された場所が大正25年だったりとか、マヨナカテレビ再放送やアリーナ再開幕とか、各研究機関の残党どもが雁首揃えて暴走したりとか、新興宗教がうっかり神様を目覚めさせたりとか、アイギスの姉妹機が続々と現れたりとか、見知った人たちがペルソナ使いに目覚めるとか、数えるだけでもキリがないよ」

 

「菜々子ちゃんがペルソナ覚醒させたときは何事かと思ったよ」

 

「信也くんとか薫くんとかもね」

 

「一番大変だったのは、“御影遺跡を彷徨ってたら僕たちだけ違う迷宮に飛ばされて、平行世界の僕たちと鉢合わせした”ときかな」

 

「ああ、帰省した直後の春休みの……。竜司と祐介のせいで悪魔が跋扈する御影遺跡の最奥に閉じ込められたっけ。航さんまで巻き込んで……懐かしいなあ」

 

「……彼らはちゃんと元の世界に戻って、ヤルダバオトを殴ったんだろうか」

 

「できるよ。だってあの子たちも怪盗団だもの」

 

「違いない」

 

 

 他の乗客に悟られぬよう、声の調子を抑える。けれど少し浮ついた調子の声色になってしまったのは、激動の11年間を走り抜けたことを噛みしめているせいだ。致し方ない。

 僕は今年で29歳。現在の僕の年齢は、11年前に立ち去った保護者――空本至さんと同じである。その背中に追いついて追い越せる等と自惚れていないが、少しは近づけただろうか?

 

 瞼を閉じる。心の海の中に潜って、その姿を探す。水面にぼんやりと浮かんだ至さんの背中は歪んでいて、僕では到底追いつけないのだと実感させられた。

 

 

(……難しい、な)

 

 

 苦笑する。目を開けば、僕の意識は飛行機の中に戻ってきた。僕の隣には黎がいて、黎は静かな微笑を湛えてこちらを見つめている。何度も繰り返されてきた日常であり、時には失う恐怖と背中合わせだった光景だ。大事な人を巻き込まず、何事も1人で解決する力が合ったらよかったのにと頭を抱えたことだって数知れない。

 しかし残念ながら、僕が師と慕った男はあまりにも無力な男だった。彼の得意なことは、“これから戦う少年少女に、嘗て戦った少年少女だった大人たちとの強固なコネクションを結ぶ”という他人頼みのもの。『(モノ)がないなら、(モノ)がある(トコロ)から借りればいい』――発想は至ってシンプルだ。

 1人で何かを成し得ようとするには、人間は余りにも脆弱すぎる。出来ないこともないだろうが、降り注ぐであろう苦難も段違いだ。けれど、力を借りれば、手を取り合えば、できることは増えていくのだ。残念ながら僕も、脆弱な人間の1人に過ぎない。平行世界の“明智吾郎”よりも、できることは少なかった。

 

 あちらの“明智吾郎”が羨ましいと思ったのは事実である。だって彼は、1人で何でもこなせてしまうから。1人で生きていくために必要不可欠な術を知っているから。

 誰かを信じてみたいけれど誰も信じることができないから、自分以外に頼れる相手がどこにもいなかったから、それがなければ生きていけないから、必死になって得たものだ。

 

 誰かに助けてもらうことが当たり前で、無様な姿を曝してでも生きることが当たり前で、“無いなら持ってくればいいじゃない”を地で行く僕には、一生得られないものばかり。――けれど、そんな僕に至るまでに手にした奇跡すべてを手放したいとは思えないくらい、僕は僕の手にしたすべてを愛している。

 

 これが、僕の世界。僕たちが生きる世界。悪神ヤルダバオトから取り戻した世界だ。

 僕らが紡いでゆく世界を、善神セエレ/嘗て空本至だった者は見守り続けるのだろう。

 

 

「――ッ!!?」

 

 

 感傷に沈む僕の意識を引きもどしたのは、僕の前の席に座る少年だった。

 

 彼は弾かれたように席を立つと、きょろきょろと周囲を見回した。“自分が今いる場所と、数刻前までいたはずの場所があまりにも違いすぎて驚いている”ように見えたのは気のせいではない。ただ、“ここが安全な場所である”という認知が揺らいでいない様子だ。

 少年は深々と息を吐いて、そのまま椅子に腰かける。彼は自分の隣に座っている別の少年と会話を始めた。……職業柄、噂話には耳を傾けてしまう性質である。経験上、『火のないところに煙は立たない』のだ。珠閒瑠市の出来事並とは言わないが、噂話もバカにしてはいけない。

 

 

「また?」

 

「な、なにが?」

 

「痙攣。飛行機乗って3回目だよ?」

 

「そうだっけ? ……なんか、夢の中で戦ってて、やられそうになってさー」

 

「また変身して戦う夢?」

 

「いいや。変身っていうか、なんかこう……“出てくる”感じ?」

 

 

 何の予備動作もなく飛び起きた方の少年が、思いっきり両腕を上に上げた。

 年に不相応な幼さを滲ませた彼の腕は、隣にいた少年によって引きもどされる。

 声の調子からして、少年を引き留めた方が年若い印象を受けた。

 

 普通の人が聞けば、片方が見た夢のことを話す微笑ましい会話にしか聞こえないだろう。僕だって最初はそう思った。

 だが、僕の中にいたペルソナ――カウと“もう1人”が何かを察知したようにざわつく。“彼”は僕が頼んでもいないのに、勝手に情報を纏めていた。

 

 

―― “出身地が富山県彩凪市だが、つい最近まで東京の親戚の家にいた”、“故郷に帰って来るのは実に10年ぶり”、“兄は彩凪市で警察署長をしている”、“年若く責任ある地位についた”…… ――

 

 

 “彼”が纏めた情報に、僕はふと目を見開いた。“彼”も僕と同じ答えに辿り着いたのか、こちらに目配せをしてくる。

 

 僕たちが向かう富山県の彩凪市には、“特A潜在”クラスの能力と現地の警察署長というアドバンテージを持つ協力者がいる。それが、彩凪警察署の署長である神郷諒さんだ。彼とは以前別件で顔を会わせたことがある程度だ。蛇足だが、当時の事件は今回と無関係で、既に解決している。

 徹底的な排他主義者を装っているものの、それは“特A潜在”に絡んだ事件に他者を巻き込まないよう心がけているだけ。ペルソナ関連の事件は、興味本位で踏み込まれると碌なことにならない。覚醒すればまだマシなのだが、完全一般人となると色々難しいからタチが悪かった。

 

 あの少年たちの会話からして、彼等はおそらく神郷諒さんの関係者だろう。しかも、双方共にペルソナの適性が高いときた。即戦力として申し分ないし、更なる成長が期待できるレベルである。最も、ならば神郷さんが関係者の参戦を赦すとは思えない。

 以前共同戦線を敷いた際、神郷さんは無関係者――特に一般人は、事件から徹底的に遠ざけるような手段を講じていたためだ。徹頭徹尾、ペルソナや悪魔の存在は秘匿されたまま事件は解決していた。すべてを闇に葬り去るために、強引な手段を講じたことを察せるレベルには。

 神郷さんのやり方に反感を抱いた者たちは多かったが、警察署長としての権力で握り潰したと聞く。前回同様、『一般人にはすべてを隠蔽したまま事件を解決する』という強硬方針で進んでいた。……おそらく、家族に対してもそのスタンスを貫きそうだ。

 

 

(……でも、なんかこう、巻き込まれそうな気配がするんだよなあ。あの2人……)

 

 

 僕がそんなことを考えたのと、飛行機が着陸態勢に入ったのは同時だった。着陸はトラブルなど一切発生することなく成功し、アナウンスを聞いた人々が椅子から立ち上がる。

 僕と黎も、目の前に座っていた神郷さんの関係者たちも、飛行機から降りるために通路を歩き始めた。僕と黎の前には、プラチナブロンドと遜色ない髪色をした少年がいる。

 

 飛行機から降りて、エアポートに足を踏み入れたとき、僕たちの前を歩く少年のポケットから携帯電話が落下した。少年は一歩遅れで、自分のスマホが落ちたことに気づいて振り返る。そのときにはもう、黎が彼のスマホを拾い上げているところだった。

 

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 黎からスマホを受け取った少年はぺこりと一礼した。彼につられるような形で、アッシュグレイの髪をした青年も頭を下げる。僕たちも軽く会釈した。

 神郷さんの弟くんたちは、空港内にあるベンチスペースに腰かけて何やら会話を始めた。耳を傾けたいのは山々だが、これ以上待たせてはいけない相手がいる。

 

 

「遅いぞレイ! ゴローもだ!」

 

 

 空港の荷物預り所には、荷物扱いで富山に送られたペットケースが鎮座している。中にいたモルガナが毛を逆立てて怒りをあらわにした。動物は籠に入れてペット扱いしなければ連れて行けない決まりになっているから仕方がない。

 僕と黎がモルガナに出会ってから11年経過したが、善神の化身という側面が強いためか、普通の猫より長生きである。チョコレートや玉ねぎを摂取してもピンピンしているし、戦闘となればメリクリウスを顕現して大暴れする現役バリバリのペルソナ使いだ。

 外見を駆使した潜入捜査を得意とするモルガナは、常に戦力として引っ張りだこだ。但し、賄賂として寿司を奢ったり、黎から頭を下げられない限りは梃子でも協力してくれないという問題点もある。それを踏まえたうえでも必用とされているのだ。彼の実力は推して悟るべし。

 

 ……ただ、悲しむべきところは、未だに初志――人間の外見を手に入れるという目標を果たせていない点だろう。

 

 『なんでクマやモチヅキ・リョージなる奴がニンゲンになれて、ワガハイだけがダメなんだよっ!?』と怒りを抱いて早11年。

 双葉や航さんも手を貸しているそうだが、未だにその方法は発見されていない。もう暫く黒猫ライフは続きそうである。

 

 

「ごめんねモルガナ。ペットは籠に入れて荷物扱いにしないと連れて行けないから」

 

「ワガハイはペットじゃねーし! ニンゲンになるんだし!」

 

「分かった分かった。ホテルに着いたら美味しいもの買ってくるから。それで機嫌を直してくれないか?」

 

「む……」

 

 

 今回滞在することになる彩凪市には、南条コンツェルン傘下のホテルがオープンしたばかりだ。空港近くに併設されており、市内へのアクセスも充実している。立地条件が観光客向けとなっているため、彼等をもてなすため、ホテルの敷地や建物内には様々な店や施設が充実していた。因みにペット可である。

 

 モルガナの大好物である寿司屋も出店している。銀座の高級寿司とまではいかないが、富山ではかなり有名な店らしい。モルガナはツンとそっぽを向いて『ご機嫌斜めです』アピールを続けているが、ホテルのパンフレットに書かれた料理専門店――特に寿司店の名前に釘付けであった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――あれから11年もモルガナと過ごしてきたというのに、“彼”は新たな発見をしたと言わんばかりにげんなりとしていた。“彼”の知っているモルガナは、“彼”にこんな一面を露呈させたことなんてなかったに違いない。

 当時の“彼”なら即座に付け込む材料として使おうとしただろうが、今の“彼”にはそんなことをする必要はなかった。ひっそりと苦笑した後、眩しいものを眺めるようにして目を細める。“彼”がたどり着けなかった先の世界は、これからも紡がれていくのだ。

 

 僕たちの眼前には、無限の未来が広がっている。善意と悪意がひしめくこの世界を、僕たちは生きていくのだ。

 誰かの見る夢が続くように、僕たちの旅路も続いていく。夢は誰かに引き継がれ、また世界を変えるのだろう。

 

 

「――あ」

 

「空、晴れてきたね」

 

 

 粉雪がちらついていた曇天の雲。その切れ間から、冬の空気で澄み渡った青空が見えた。丁度太陽の位置も近かったのだろう。一筋の陽光が差し込む。

 まるで、物語の始まりを告げるかのようだ。僕がそう思ったのと、鳥の羽音が聞こえてきたのはほぼ同時。視界の端に黒い羽がちらちらと舞った。

 光が差し込む空を飛んでいくのは1羽の烏。まるで僕たちを先導するかのように飛ぶ烏の背中を――憧れ続ける大人の背中の面影を、僕はじっと見つめていた。

 

 ――そうして、僕たちは歩き出す。

 

 雪化粧が施された富山県の地方都市・彩凪。一般人には秘匿されている凄惨な『リバース事件』と、事件を追いかけていた警察関係者がこぞって陥る無気力症――それらが不穏な気配を滲ませる街だ。今回の世代は、果たしてどのような理不尽と戦うことになるのだろう?

 此度の事件、その根幹にあるのは『神』の気まぐれか、人の業か。どちらにせよ、怪盗団としての戦いを終えて舞台を降りた僕と黎たちにできることは多くない。僕らに出来ることは、新たな世代のペルソナ使いたちを導いていくことだけだ。嘗ての至さんが駆け回っていたのと同じように。

 

 役目を引き継いだからと言って、彼の帰還という可能性を諦めたわけじゃない。それがこの世界で顕現するか否かが不明だということは百も承知。

 けれどもし、“今この瞬間に、空本至が存在しているという認知”が成り立つ世界が存在しているのなら――それを願った僕らの祈りと願いは、決して無駄じゃないのだから。

 

 

「――()()()()()()()()()()

 

 

 

 これは、決して悲しい言葉ではない。悲しい物語などではない。

 誰かが見た夢の続きであり、誰かから託された想いを背負って、僕たちが紡いでいく旅路だ。

 

 

 

***

 

 

 夜闇に響くのは剣載の音。

 

 僕と黎の前には、唖然としてこちらを見つめる青年がいた。背後には、フェンスを背にして崩れ落ちた警察官と、放心状態で僕らを見上げる男子高校生。

 青年の絶対的なアドバンテージとして機能していたペルソナを、僕と黎も顕現して見せたことによる精神的ショックの方が大きいようだ。

 

 

「そんなバカな……!? どうしてお前たちが、()()()を――!?」

 

「その言葉、そっくりそのままキミに返すよ。()()()は、人を殺すために使うものじゃない」

 

 

 青年がやろうとしていたのは、ペルソナを用いた殺人だ。ペルソナ使いとしての強い適性を持っていて、まだ未覚醒の人間からペルソナ能力を強制的に剥離させる――その結果が、真田さんの資料に掲載されていた『リバース事件』被害者の成れの果てなのだろう。

 ペルソナとは“もう1人の自分”であり、己の心に住まう一側面を顕現した存在。ペルソナの所有者の精神(こころ)肉体(からだ)は深く結びついている。それを強制的に奪われれば、肉体的にも精神的にもダメージを負うことは当然のことだ。僕と黎の懸念は案の定だったと言える。

 この場に居合わせた警察官はペルソナの適正者でなかったため、ペルソナ攻撃の余波に耐えられなかったようだ。外傷は一切負っていないものの、無気力症となってしまっている。男子高校生はペルソナ使いの才能を持っているが、まだ未覚醒だ。自衛する力は持っていない。

 

 

「気を付けろ! コイツの強さは歪だ。真っ当に“場数を踏んで得る”能力じゃねぇ……! 複数のペルソナを喰らい、取り込んでやがる……!!」

 

「――成程な。ペルソナを覚醒させた連中より、未覚醒の奴から奪い取った方が手っ取り早いってワケか」

 

 

 双葉のプロメテウス並ではないが、モルガナのメリクリウスもアナライズ能力を有している。彼は相手の能力を看破し、その源の胸糞悪さに顔をしかめていた。

 ペルソナ能力を悪用する人間とは何度も刃を交えてきたが、“他人からペルソナ能力を奪い取る”ことで人を惨殺体に変えている連中を見たのは初めてだ。

 

 あの様子からして、ペルソナを覚醒させた人間からも“強制的に能力を奪い取る”ことができるらしい。青年はまず邪魔な僕たちを片付けることにしたようで、再びペルソナを顕現した。異形が刃を打ち鳴らす。

 

 

「――行くよ、アルセーヌ」

 

「――我が意を示せ、メリクリウス」

 

「――来い、ロキ」

 

―― 任せとけ。こういう手合いには、腹が立つタチなんでな ――

 

 

 奴に対抗するため、黎がアルセーヌを、モルガナがメリクリウスを、僕がロキを――“明智吾郎”を顕現する。僕たちのペルソナは迷うことなく飛び出した。戦いの火蓋が切って落とされる。

 この戦いが僕らにとって、後に『熊本県彩凪市で発生した集団昏倒事件』/『くじらのはね戦線』と呼ばれる事件の幕開け――初陣となることを、ペルソナ能力の存在を問う戦いになることを、僕たちはまだ知らない。

 

 現時点で、僕が分かっていたことは数少ない。

 僕たちの戦いも、この事件の戦いも、これからであるということ。

 この世界で紡がれていく旅路は、まだ続いていくということだ。

 

 

 




魔改造明智の旅路、EDと遠い未来編。これにて本編完結と相成りました。途中で出てきた『ペルソナ能力を現実でも使用可能』という要素は、5の次に発生するであろうペルソナ絡みの事件で大人になった魔改造明智――もとい、婿入りした有栖川吾郎のその後に使うためのモノです。
P5終了後の11年間で、有栖川夫婦は大なり小なり様々な事件に巻き込まれます。他作品と絡むだけでなく、過去の事件と関連のあるペルソナ絡みの事件を次々と解決していきました。最後は「魔改造明智の存在によってバタフライエフェクトを喰らった魔改造トリニティソウル編突入のシーンで終わる」と決めていました。
この世界線で発生したトリニティソウルは原作トリニティソウルとは似て非なる顛末を迎えると思われます。事件が発生した年代も違いますし、一部で囁かれた『戌井暢=天田乾説』を否定する形となっていますし、参戦するペルソナ使いの数も増えていますから。犠牲者は少ない代わりに、敵味方が強化されて泥沼になりそうですね。
大事なことなのでもう1度言いますが、本編は今回のお話によって完結しました。この世界は観測者の手から離れ、これからも続いていくことでしょう。……もし、この後、この作品に関連する何かをUPした場合、色々と大変なことになる可能性があります。その際は冒頭にしつこく注意喚起をしていると思われますので、どうかご容赦ください。

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