Life Will Change   作:白鷺 葵

44 / 57
【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた獅童(しどう)智明(ともあき)を演じていた『神』の化身。姿は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴス参照。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・釈放時期が前倒しになっている。


Last Surprise
新世界への第1歩


 冬には珍しいくらい、澄み渡った空が広がる。小春日和という言葉がよく似合う天気だった。僕たちの門出――出所に相応しい天気とも言えるだろう。

 

 本日、1月31日。僕と黎が警察に出頭してからおよそ1ヶ月が経過していた。僕と黎の釈放が同時に決まり、手続きのアレコレを終えて、僕たちは一緒に少年院を後にしたのである。久々の娑婆は気持ち良くて、僕たちは大きく深呼吸して自由を噛みしめていた。

 出頭したときは年単位の御勤めも覚悟していたためか、僅か1ヶ月での釈放という現実に拍子抜けしてしまった。このことを面会に来てくれた冴さんに話したところ、彼女は非常に不愉快そうに顔を歪めていた。彼女にとっては、もっと早く解決するべき案件だったらしい。

 

 門出はそれだけではない。本日付で、冴さんが獅童正義の立件に漕ぎつけることに成功したそうだ。近々公開裁判が行われ、奴の罪は追及されることになる。現状では『廃人化』事件による殺人を立証することは難しいらしく、公選法違反・政治資金規正法違反・収賄で捜査が進むとのこと。

 獅童が黎へ冤罪を着せたときと大差ないスピードで物事が進んだのは、有名人や著名人が市民運動を起こしたり、メディアが僕たちのことを取り上げたり、多くの人々が僕らの逮捕に対して抗議してくれたり、署名を集めてくれたり、無実の証拠を見つけ出してくれたためだ。

 特に、黎の冤罪を証言してくれる目撃者を見つけたのは怪盗団の面々だった。直斗さんやパオフゥさんから貰った情報を頼りに色々と調べ回ってくれたらしい。獅童の証言と一致したため、黎の裁判はやり直しとなり無罪になることがはっきりしている。彼女の釈放は一足早めという扱いになっていた。

 

 因みに、僕の場合は『証拠不十分による無罪放免』。ペルソナ能力および異世界の実証が難しいことや、獅童正義が『彼が怪盗になってしまったのは自分が腐った人間だったからだ。私が息子を殺そうとしたからだ。息子は正当防衛のために怪盗団に助けを求めたんだ』と主張したためだ。

 正直僕はドン引きしたけど、冴さんのアドバイスに従って、獅童を隠れ蓑にすることにした。万が一僕に有罪判決が下るようなことがあれば、奴は自分の財産を“明智吾郎の保釈金”として使うつもりだったらしい。結果的に獅童の金が保釈金になることはなかったが、それはそのまま僕の口座に振り込まれていた。

 

 

「しかし、冴さんが弁護士に転身するなんてなぁ。このまま検事として、腐敗した組織をぶち壊しにかかると思ったのに」

 

「でも、とても活き活きとしていたよ。働く女性の理想像って感じだったなぁ」

 

 

 獅童の一件が片付けば、冴さんは検事を辞めて弁護士に鞍替えするそうだ。

 “誰かを助けるために『正義』を貫く”ことに生きがいを見出したためらしい。

 

 

『2人の進路も弁護士とパラリーガルなのよね? 真から聞いたわよ。貴女たちがよければだけど、私の下で働かないかしら? 勿論、ゆくゆくは独立も視野に入れて』

 

 

 『何かあったら頼ってほしい』と言い残し、女検事(次期ヤメ検女弁護士)の新島冴は颯爽と去っていった。彼女はこれから、検事生活最後の仕事に取り掛かるのだろう。暫くは激務となるはずだ。

 

 彼女の聡明な頭脳は、“僕と黎が獅童正義の元へ導かれるようにして、ターゲットを『改心』させてきた”という部分から『後ろで何か強大な意思が動いていたのでは?』という推論を立てていた。最も、冴さんは自分で『あり得ない』と否定してしまったが。

 もし今でもヤルダバオトが存在していたら、そんなことを口走った冴さんを邪魔者と認定して消していたかもしれない。奴は自分の存在を揺るがしかねない研究を推し進めていた一色さんを躊躇いなく消したのだ。あり得ない話ではない。

 同時に、もしも冴さんがペルソナ使いとして覚醒していたとしたら、きっと素晴らしい才能を発揮していたことだろう。彼女の洞察力に僕と同じような経験が合わされば、『神』の思考回路を看破することだって不可能ではなかった。

 

 まあ、無意味な『たられば』を考えたって仕方がない。冴さんはどこまで言っても一般人の括りから離れることはできないだろうし、無理に離すつもりはない。

 俺の尊敬する保護者だった空本至さんを筆頭とした“歴代ペルソナ使い一同のケース”からして、一般人の括りから逸れることが幸せであるとは限らないのだ。

 

 

「黎の復学も決まったんだっけ?」

 

「うん。3月までは秀尽に通って、4月からは七姉妹(セブンス)に戻ることになったよ。『七姉妹(セブンス)は獅童に金を握らされて、冤罪被害者の生徒を強制的に退学させた』ってことで大騒ぎになったらしいから、その悪評を払拭したいんじゃないかな?」

 

「……成程ね。奴の圧力があったから、問答無用で退学処分に持ち込まれたのか。我が実父(ちち)ながらロクなことをしない奴だ」

 

「獅童は『お前の人生を潰してやる』って言ってたからね。ところで吾郎はどうなの? 大学進学に影響とか出なかった?」

 

「獅童と俺の関係がすっぱ抜かれて大炎上したからなぁ。大学側や冴さん、航さんと相談して、丸々1年休学することになったよ。『その頃にはきっと、ほとぼりが冷めているだろうから』って」

 

 

 僕らに関連する組織――主に学校――は、世間から派手な注目を浴びている。僕らの拘束を不当逮捕だと抗議して賞賛された秀尽学園高校と○○高校、獅童に金を疑義らされて冤罪被害者を問答無用で退学処分にしたことからバッシングされた七姉妹学園高校、良い意味でも悪い意味でも炎上している有名人を持て余した僕の進学先。

 

 黎の場合、近いうちに裁判のやり直しが行われ、前回の判決と保護観察処分は取り消しになることが決まっている。このまま東京に残り、秀尽学園高校に通おうかと思っていた矢先、以前通っていた七姉妹学園高校から復学許可が出たのである。……いいや、事実上の要請だ。

 七姉妹学園高校のお偉いさんは、獅童からの賄賂に目が眩んで彼女を退学させた。獅童の汚職事件発覚に伴い、奴が獅童から賄賂を受け取って生徒を退学させたことが発覚したのだ。そのお偉いさんは七姉妹学園高校を追われたが、それだけでは学校へのバッシングを抑えられなかったらしい。

 これ以上、学校の評判が下がることによってデメリットを被るのは避けたかったのだろう。だから、七姉妹学園高校は『冤罪被害者の生徒を復学させる』ことによって、学校としてのメンツを保とうとしている。自分たちの保身のために、嘗て自分たちが追い出した生徒の存在を欲しているのだ。

 

 自分を追い払った奴の所になんて、帰る必要はなかったはずだ。慣れ親しみ、仲間ができた東京に残ることだってできたはずだ。

 無罪放免となったとて、地元ではまだ犯罪者扱いされている。周囲から色眼鏡で見られることになるだろう。自ら危険区域に飛び込むようなものだ。

 

 

(……まあ、僕も黎のことは言えないけど)

 

 

 僕はひっそりと苦笑した。僕だって、大学側の葛藤――“冤罪被害者であり、世間では炎上している有名人”をどう扱えばいいか――を察知し、大学側の取引に乗ったクチである。

 世間で炎上している有名人を受け入れるデメリットは大きい。だが、冤罪被害者の入学を取り消すのは大学側の体裁的に問題がある。文字面だけでも世論を敵に回しかねない。

 ご存知の通り、僕の実父は天下の大悪党・獅童正義だ。犯罪者の親族として誹謗中傷されてもおかしくない。“犯罪者の息子にして、実父によって罪を着せられかかった冤罪被害者”という立場の人間は、色々と複雑なのだ。

 

 こちらとしても、第一志望で受かった大学を辞めるのは困る。今の次期ならギリギリ2次募集か3次募集に食い込むことができるだろうが、厳しいことには変わりない。

 勿論、どんな悪意に晒されたとしても、僕は大学を辞めるつもりはない。僕には仲間たちや頼れる大人たちがいる。居場所を失い彷徨う流浪者ではないのだ。

 

 そんなことを考えていたときだった。黎が「あ」と声を上げて振り返る。視界に入ったのは黄色い小型車。車は僕らの目の前で止まった。

 

 

「よお、待ったぜ」

 

「迎えに来た」

 

 

 車から腕を出して合図したのは佐倉さんだ。助手席には航さんが座っている。

 それだけならば、普通だった。普通だったのだ。黎はおずおずと問いかけた。

 

 

「……なんで2人ともボロボロなんですか?」

 

「いやあ、どっちが迎えに行くかで喧嘩になってなあ」

 

「最終的には、双葉さんから『もういっそ2人で行け』と言われた」

 

 

 佐倉さんと航さんは照れ臭そうに笑った。この様子だと、『どちらが運転するか』でも1ラウンドありそうな気配がする。意地が強くて頑固者である佐倉さんと航さんの両名を動かすだけの強さを持った双葉も、最初は引きこもりだったのだ。考えると感慨深い気持ちになる。

 「折角出所したのに、また何かしでかされたらたまらないから」等と苦言を呈した佐倉さんだが、言葉とは裏腹に、僕らの釈放を喜んでいるようだ。航さんもそれを察知したためか、静かに微笑むだけで留めた。言葉だけを捉えて強硬手段に走ることはないあたり、お互いに信頼し合っていることは明らかだった。

 4月の鬼電事件からは予想できない光景に微笑ましさを感じつつ、僕らは車に乗り込んだ。この1年の間に、純喫茶ルブランは有栖川黎にとって“帰るべき家”となったらしい。喜ばしいことであるが、それ故に、別れの時が近づいてくると感じて寂しさを覚えるのだ。実に複雑である。

 

 車に乗り込んだのはいいが、なかなか進まない。どうやら、人身事故によって発生した交通整理の影響で重体が発生してしまったようだ。

 苛立たし気に悪態をついた佐倉さんだが、何か思うところがあったらしい。彼は振り返り、黎と思い出話に興じた。

 

 部外者である僕と航さんは沈黙を保ち、2人を見守る。4月は保護司と黎の関係がどうなるか心配していたが、今思えば杞憂だったらしい。

 

 

「あの頃の俺は酷かったな。色々事情があったとはいえ、まともに片付けすらしていない状態の屋根裏部屋に放り込んじまって」

 

「佐倉さんには双葉がいたでしょう? それに、私に付けられた罪状は暴行罪だ。“あの部屋に私を隔離しておく”というのは、双葉を守るための判断として妥当です」

 

「……はは、お前さんには敵わねェや」

 

 

 佐倉さんは苦笑した。そこで終われば美談だったのかもしれないが、黎は当時のことを思い出すように佐倉さんを見返した。

 

 

「……最も、双葉のことを知る前は『この人は私のことを最初から疑っていて、厄介者扱いしてる。他の連中と同じなんだ』って思ってました」

 

「正直な話、俺も至もそう思ってました。申し訳ありません」

 

「だろうと思ってたよ」

 

「ははは……。あのときは止められずに申し訳ないです」

 

 

 黎と航さんの言葉を引き金に、佐倉さんは4月に発生した“至さんの鬼電事件”を思い出したらしい。疲れ切った様子でため息をつく。僕も乾いた笑みを浮かべた。

 至さんが去ってしまった今、もう二度とルブランに鬼電がかかってくることもないのだろう。各方面に連絡する至さんの背中が脳裏にちらつく。

 

 

「まあでも、お前等はもう……」

 

「……佐倉さん?」

 

「――お前等、いい仲間持ったな。戻ったら、ちゃんと礼言っとけよ」

 

 

 佐倉さんが静かに笑ったタイミングで、前の車が動き始めた。随分長い間停まっていたような気がする。車はゆっくりと走り出した。

 交通誘導の影響でのろのろとしか進まなかったが、暫く進むと渋滞区域を抜けたらしく、スムーズに走り始めた。

 普段の道のりからは想像できない程の長時間をかけて、僕と黎は純喫茶ルブランへやって来た。実に1ヶ月ぶりの来店である。

 

 扉を開ける。カウベルの音すら懐かしい。店内に足を踏み入れれば、そこには怪盗団の仲間たちが待っていた。僕らの顔を見た途端、全員がパアアと表情を輝かせた。

 

 

「――おかえり!」

 

 

 脳裏に浮かんだのは、11月20日の大勝負。怪盗団のリーダーとして捕まり、賭けに勝って、ルブランへ戻ってきたときのことだ。

 本来なら黎が挑むはずだった命懸けの秘策は、認知を操作する規格外の存在という恐ろしい存在を察知した僕が代打を申し出た。

 

 怖くなかったわけではないし、正直穴だらけの策だったと思う。当時は『まだ完全覚醒していなかったカウにすべてを賭けるしかない』という不安定な側面があった。

 作戦は成功し、僕は賭けに勝った。公安の連中から理不尽な暴力や大量の自白剤を投与されてフラフラだったけれど、確かに僕は、生きてルブランへと帰還したのだ。

 僕を迎えてくれた仲間たちが笑顔で迎えてくれたことは、きっと一生忘れない。――それは、今、僕らを迎え入れてくれたみんなの笑顔も、同じくらいに。

 

 

「――ただいま!」

 

 

 僕と黎は微笑み、仲間たちに応えた。――12月25日に警察に出頭してから今まで、実に1ヶ月ぶりの再会であった。

 

 

***

 

 

 仲間たちは元気そうな様子で、警察や検察から嫌がらせや圧力をかけられることはなかったらしい。冴さんは僕と黎の約束通り、怪盗団関係者を守り抜いてくれたようだ。そんなことを考えていたら、仲間たちは一気に立ち上がって僕と黎を取り囲んだ。

 いの1番に黎に抱き付いた双葉、2番手で突っ込んだ結果黎に抱き上げられたモルガナ、僕たちの釈放を喜ぶ竜司、何をするより先に挨拶を優先した祐介、元気そうな僕たちに安堵する杏、春、真。振り返れば、そんな僕と黎を見守る佐倉さんと航さんが微笑んでいる。

 

 

「とにかく座って!」

 

「そ、そんなに急かさないでよ。――黎、こっち」

 

「ありがとう、吾郎」

 

 

 張り切る真に引っ立てられるような形で、僕は黎をエスコートする。黎はふわりと微笑み、僕の手を取ってくれた。

 その様子を見た仲間たちは一瞬呆気にとられたように目を瞬かせ――すぐに解脱した菩薩の如く、静かな面持ちとなった。

 祐介と春は例外で、前者が指で枠を作り、後者が「あらあらうふふ」と朗らかに笑っていた。航さんに至っては首を傾げる始末。

 

 そんなとき、佐倉さんが航さんの肩を叩いた。航さんは首を傾げる。佐倉さんは真顔で首を振り頷いた。航さんは首を傾げたままだったが、どこか曖昧な表情のまま頷き返した。

 安堵する佐倉さんは知らないのだろう。あの表情で頷いた航さんは、佐倉さんが言った意味を正しく理解していない。話し手と受け手の間に、何かしら齟齬が発生している。

 

 「積もる話もあるだろうから、ゆっくりしなさい。自分たちはこれから買い出しに行ってくる」――佐倉さんは僕たちに気を使ってくれた。航さんも空気を読んだらしく、佐倉さんの手伝いを買って出た。大人たちの姿は東京の街へと消えていく。暫くは帰ってこないだろう。

 

 

「冴さんから聞いた。みんなが頑張ってくれたんだって。私の冤罪事件の目撃者も見つけてくれたって。本当にありがとう」

 

 

 黎は静かに微笑み、仲間たちに頭を下げる。怪盗団の面々は照れ臭そうに笑い、立ち上がった理由を教えてくれた。

 

 怪盗団のリーダーである有栖川黎と、ペルソナおよび怪異関連のアドバイザーである明智吾郎を失った怪盗団は、暫く途方に暮れていたらしい。指揮系統や専門家がいなくなってしまったのと、怪盗としての力や活躍の場――ペルソナや異世界――を駆使できなくなったことが理由だった。

 だが、杏曰く『特別な力や異世界なんか無くても、現実は変えることができる』と思い至ったそうだ。一念発起した仲間たちは署名集めや証拠集めに奔走。頼れる大人たちの力を借りて、ついに“黎の無実を証言する証人/獅童の被害者”を発見した。これが決定打となり、黎の冤罪は注がれたのである。

 年明けから1ヶ月と少々。期せずして、獅童が黎に暴行罪という冤罪を着せた時期と一致している。この間、怪盗団の面々は、放課後や休日を返上して駆け回っていたそうだ。歴代ペルソナ使いたちだけではなく、僕と黎の無実を信じる人たちの多くが手を貸してくれたらしい。

 

 手を貸してくれた人々の中には、鴨志田の一件で転校せざるを得なくなった鈴井志帆、嘗ては明智吾郎のストーカーだった緒賀汐璃、怪盗団がメメントスで初めて『改心』させたターゲットである中野原夏彦、『改心』させたがバスジャックの巻き添えを喰らって意識不明の重体だった秀尽学園高校の校長もいたという。

 怪盗団が『改心』した黒幕関係者たちの証言、草の根的な市民運動、歴代ペルソナ使いたちを筆頭とした著名人によるメディアでの訴え等が実を結び、有栖川黎と明智吾郎は釈放された。黎に至っては冤罪の濡れ衣も雪がれ、今までのような不当な扱いをされることはない。文字通りの大団円がそこにあった。

 

 

「あのとき諦めなくて本当に良かった」

 

「頑張った甲斐があったな」

 

 

 真が安堵の息を吐き、祐介が清々しい笑みを浮かべた。他の仲間たちの満面の笑みを浮かべている。

 僕と黎が感謝の言葉を述べれば、「2人が一番の功労者なんだから」と謙遜していた。

 

 

「ねえ、何か酷い目に合わされなかった? ……いや、愚問か。“恋人同士が別々に隔離された”っていうのは最大の拷問だし」

 

「少年院側にはそんな意図はないはずだけど」

 

「でも、この2人にとっては最大威力の嫌がらせじゃね?」

 

「そうね。……私も心配だったの。だって、全然他人事に思えなかったから」

 

 

 僕たちを気遣っていた杏の表情が違う方面に曇った。真が冷静に突っ込むが、竜司は神妙な面持ちで杏の意見に同意する。春も頷いた。竜司と杏の意見はあながち間違いではない。

 

 怪盗団絡みの事件で逮捕された僕と黎は、院内でも顔を会わせないように隔離されていた。勿論、“更なる非行に走る危険性がある”ため、手紙で連絡を取り合うことすら許してもらえない。他の収容者より厳重に監視されていたのは、獅童派の残党どもが僕たちへ報復しようと足掻いたためだろう。

 最も、奴らは冴さんや尊敬できる大人たち無双によって一網打尽にされた。その結果が僕たちの釈放だったのだから、残党どもの足掻きも大分封じ込めることができたようだ。全てが片付いたとは言い難いが、いずれ余罪が明らかになるはずだ。ここからは冴さんたちに任せることにしたから、後は何も言うまい。

 

 

「心なしか、吾郎も黎も痩せたように見えるな。向うの飯は臭いと聞いたから、無理もないか」

 

「あっちではどんな臭い飯食べさせられてた? 納豆? くさや? それともドリアン?」

 

「……なあフタバ。ワガハイ思うんだが、臭いメシの“臭い”は、そういう方面の“臭い”とは違うんじゃねェか……?」

 

 

 金欠が日常茶飯事である祐介にとって、飯というものは重要な存在である。彼の言葉から何を思ったのか、双葉が頓珍漢な問いを投げかけてきた。

 双葉の発言に対し、眉間に皺を寄せたモルガナが苦言を呈す。……なんてことない、普段の日常光景だ。改めて『帰ってきた』ことを感じ、僕は思わず口元を緩ませる。

 僕の隣にいた黎が楽しそうに笑っていた。彼女もまた、改めて『帰ってきた』という事実を噛みしめていたのだろう。彼女の横顔はとても綺麗だった。

 

 

「でも、美味いメシなら、今から食えるぜ。マスターたちがパーティの買い出しに行ってくれてるし」

 

「ゴローとレイの釈放祝いと、ヤルダバオトをブッ倒したときの打ち上げはまだだったしな! パーッとやろうぜ!!」

 

 

 竜司とモルガナが音頭を取る。この1年で見慣れた怪盗団の日常だ。僕にとって、かけがえのない居場所。もう二度と戻ってこない日常――空本至の不在――を知っているが故に、この光景は尊いもののように思えた。

 仲間たちも笑顔ではあったが、不在者の気配はきちんと感じ取っているらしい。そのとき、店内に1羽の蝶が迷い込んできた。扉も窓も閉まっているのにどこから入ったのかという疑問は、蝶の特徴――金色の蝶――によって吹き飛ばされる。

 

 呆気にとられる僕たちを尻目に、蝶はひらひらと店内を飛び回る。僕は何となしに指を差し出した。導かれるようにして、蝶は僕の指を止まり木に選ぶ。

 脳裏に浮かんだのは、子どもっぽく笑う空本至の表情だった。頭を撫でられたように感じたのは、きっと僕の気のせいではないのだろう。

 蝶は僕の指から離れ、どこかへと飛び立った。窓も扉も空いていないのに、蝶はいつの間にか店の外を飛んでいる。程なくして、金色の蝶は雑踏に紛れて姿を消した。

 

 それを見送った後、僕と黎はモルガナへと向き直った。黎は彼へ問いかける。

 

 

「ところでモルガナ。これからどうするの?」

 

「ああ。色々考えてたよ」

 

 

 モルガナの眼差しは、見果てぬ夢を追いかけている。彼がまだ“自分が何者か”を知らぬときに抱いた欲望(ねがい)――『人間になりたい』。

 僕と黎が少年院で過ごしている中、モルガナも誰かに面倒を見てもらっていたのだろう。彼は訥々と言葉を紡ぐ。

 

 

「今まではフタバとハルの家を行ったり来たりして飼い猫ライフを楽しんでたけど、ワガハイはやっぱりニンゲンになりたい。そのための方法を、ずっと考えてた」

 

「初志貫徹、ってやつか」

 

 

 僕の言葉にモルガナは頷く。仲間たちは目を丸くした。言外に「お前は人間になれるのか」と問われていることを察したのか、彼は噛みつくように声を上げた。

 

 

「ニンゲンじゃないと分かったが、ニンゲンになれない訳じゃない! 今はここを去ってしまったイタルさま然り、八十稲羽のクマ然り、巌戸台に居たとされるモチヅキ・リョージとやら然り、『ニンゲンと同じ姿を取れるようになって、ニンゲンたちと一緒に生活している』ってケースもある!」

 

 

 前者は最初から人間と同じ形で生まれ落ちたのだが、後者2人の場合は様々な条件が複合した結果の産物だ。文字通り、奇跡的な確率で人間と同等の存在になったのである。

 それをモルガナで再現することは、限りなく難しい。前提条件からして全く違うため、双方のモデルケースが全く役に立たないのだ。暗中模索であることは間違いない。

 他に、モルガナは「自分が生き残ったことは、何か意味があるのではないか」と考えているようだ。それは人間であれば誰しもが考えることである。

 

 人間と同じ思考を持ち、人間と同じように悩み、人間と同じように喜怒哀楽を発露する――そういう意味では、モルガナだって充分人間の資格を有していた。

 

 最も、モルガナは自分の頭脳や心の動きよりも、「人間と同じ姿が欲しい」という面の方が強いみたいだが。

 本人が人間の資格云々に気づくのは何時になるのか。知った後、どんな判断を下すのか――正直、ちょっとばかり楽しみである。

 

 

「これはワガハイの想像に過ぎないんだが、世界の歪みが消えた結果、オマエラの認識していた事実だけが残ったんだろう。『ワガハイには現実に居場所がある』と思っていてくれたということだ。イタルさまやセエレさまが手を貸してくれた部分もあったのかもしれないが――って、おわっ!?」

 

「当たり前じゃん! モナの居場所はここ!」

 

 

 モルガナの仮説を聞いた双葉は、満面の笑みを浮かべて頷く。彼女はモルガナを弄ぶようにして撫でまわして「やめろー!」と叱られていた。

 仲間たちが微笑ましそうに1人と1匹を見守る中、僕だけが、頭を殴られたような強い衝撃を感じて息を飲む。

 

 そもそも“この世界”が生まれた経緯は、『“明智吾郎”が抱いた未練や後悔』と『“明智吾郎”の不在を嘆いた“ジョーカー”の祈りと願い』が顕現するような形だった。数多の世界に存在する2人の想いを、善神セエレが蝶という形で飛ばした結果、誕生した世界。

 世界の歪みが消えても尚己が存在し続ける理由を分析したモルガナは、『怪盗団の仲間たちが“モルガナの居場所はルブランにあり、彼は自分たちの仲間である”』という認知によって、この世界で生きることを許された。――僕らが持っていた認知が彼を救ったのだ。

 もし、“明智吾郎”と“ジョーカー”が飛ばした蝶が『“2人”が抱いていた理想』を認知へと置き換えたものだったとしたら。その認知が『この世界の明智吾郎と有栖川黎』を生み出したのだとしたら。――この世界が『誰かの認知によって造り上げられた』ものだったとしたら。

 

 ――この結末を望みそうな人間を、僕はよく知っているではないか。

 

 ――この結末を用意しそうな善神だって、知っているではないか。

 

 

「はは」

 

 

 喉の奥底から乾いた声が漏れた。喉の震えが止まらない。仲間たちが心配そうにこちらを見る。僕は片手で目を覆った。

 

 この世界にたった1人だけ、存在することを許されなかった男がいる。彼はきっと、この世界の外から、この世界を見守っている。

 なんて奴だ。他にもっとマシなやりようはなかったのか。アンタがいなくなることで苦しむ奴のことは考えなかったのか――言いたいことは山程あった。

 だが、恨み言を言っている暇はない。モルガナが僕たちの認知によって世界に存在を確立したなら、もう1人、その恩恵を受けるべき人物がいるではないか。

 

 

「ど、どうしたゴロー?」

 

「……モルガナの想像が正しければ、至さんが帰って来る可能性だって存在してるはずだ」

 

 

 僕の言葉を聞いた仲間たちが目を見張った。

 僕は笑いながら言葉を続ける。

 

 

「だってあの人は、怪異事件を解決する際に、多くの人から力を借りてたんだ。戦いが激化していく中で、沢山の絆を結んできた。自分が積み上げてきた絆を後輩に手渡してきた。――そんな人が『存在が許されない』なんて認知(こと)、あり得ないだろ!」

 

 

 それに、と付け加える。

 

 

「この世界は“明智吾郎”の未練と後悔、“ジョーカー”の祈りと願いによって生み出された世界だ。“2人”が抱いたものが『可能性』として顕現した世界。だから――」

 

「――『空本至が“生きて”ここにいる』可能性を顕現することだって、不可能じゃない」

 

 

 僕の言いたいことを黎が纏めてくれた。仲間たちも目を大きく見開く。

 

 『可能性がゼロじゃない』という認知があれば、至さんがここにいることだってできるはずだ。善神セエレは可能性を認知と同等にし、数多の蝶を飛ばすことでこの世界を生み出したのだから、原理上は不可能ではない。

 この世界で、その可能性を引き寄せられるかは分からない。その幸運を、この世界にいる僕たちが掴むことができるか否かは分からない。もしかしたら、その権利を得るであろう【僕たち】は【別の世界】の【僕たち】なのかもしれない。

 例え『可能性がゼロじゃない』という認知があっても、雲を掴むような話であることは事実なのだ。針の穴に糸を通すような、緻密で難しいことであるのは本当のこと。けれど、降って湧いた希望が、僕たちを激しく突き動かす。

 

 可能性があるなら挑戦してみる――それは、希望(ヨクボウ)を抱いた人間の特権だ。

 人生は一度きり。0ではないという言葉を信じて戦うことを選んだのは、僕たちなのだから。

 

 

「ね、ねえ見て!」

 

 

 双葉の驚いたような声につられて彼女を見れば、彼女の胸元に白く輝く光が浮かび上がっていた。――いや、双葉だけではない。竜司にも、モルガナにも、杏にも、祐介にも、真にも、春にも、同じような光が浮かび上がっている。

 それは僕と黎も例外ではなかった。光は徐々に形を変え、1羽の蝶となった。脳裏に浮かんだのは、“明智吾郎”が言っていたこと――善神セエレから持ち掛けられた『蝶を飛ばしてみろ』という言葉だった。

 僕の言葉が正解であることを示すように、白い輝きを宿した蝶たちが一斉に飛び立つ。蝶は扉や窓のガラス部分をすり抜け、ひらひらと何処かへ向かって飛んでいった。黄金の蝶が飛び去った方向とは違う場所へ向けて、姿を消していく。

 

 

「……届くかな。俺たちの願い」

 

「届くはずよ。だって、蝶を飛ばしそうな人たちには心当たりがあるもの」

 

「――だよな。届くはずだよな!」

 

 

 白い蝶の群れを見送って、竜司がぽつりと零した。真は不敵に笑って頷き返す。それを見た竜司も、ぱっと表情を明るくして頷いた。

 

 誰かを想う祈りや願いが、現実世界を変えていく――僕たちはそれを知っている。そうやって、勝ち得た未来があることを知っている。紡がれてゆく営みを知っているのだ。

 白い蝶がどこに辿り着くかなんて知らない。蝶たちの羽ばたきがこの世界に風穴を開けるのか、それとも【どこかの世界】の【僕ら】を救うのか、それすらも分からない。

 

 けれど、いつかきっと、辿り着くだろう。僕たちが願った結末へ。

 いつかきっと、助けられるだろう。僕たちを支えてくれた自慢の大人を。

 いつかきっと、また、笑い合う日が来るだろう。――何故なら僕たちは、諦めていないのだから。

 

 

「……そうだ! 黎、3月で地元戻るんだって?」

 

 

 しんみりしていた竜司は、ハッとしたように手を叩いた。「これまでの流れを切ってしまうが」と前置きし、彼は黎の今後に関して切り出す。怪盗団の様子から見て、今学期で黎が地元へ帰ることや僕の休学を聞いていたようだ。

 教えたのは佐倉さんと航さんであろう。仲間たちは黎に東京へ残ってほしそうだった。向うへ戻ることのデメリットを心配する竜司、杏、祐介、双葉、春が黎を見つめたが、黎は静かに微笑んで首を振った。彼女の眼差しには一切の揺らぎがない。

 

 

「……じゃあ、吾郎はどうするんだ? 丸々1年の休学が決まったんだろう? 東京に残るのか?」

 

「いや、黎と一緒に彼女の地元へ戻るよ」

 

 

 僕の言葉を聞いて、仲間たちは思わず目を見開いた。まさか僕まで東京から去るとは思わなかったのだろう。どうして、と、彼等の眼差しが訴える。

 

 

「黎が地元に戻ったら、色々大変だろ? 僕は丸1年間、東京にいる理由と予定はないからね。彼女の無実を知っていて、尚且つ小回りが利くんだ。守り手としての条件はぴったりだろう」

 

「吾郎、本音は?」

 

「そりゃあ、黎と一緒に居たい。今まで離れて、連絡だって取れなかった分を取り戻したい」

 

「そっか。私もだよ」

 

「黎……」

 

「――おほん」

 

 

 顔を見合わせて照れ照れし始めた僕らのやり取りを遮るようにして、険しい顔をした真が咳払いした。僕たちは仲間たちの方へ向き直る。

 改めて見回してみると、みんなの表情は暗くなったままだ。やっと戻って来た仲間と、また別れが近づいている――その寂しさを感じ取っているのだろう。

 だが、真は仲間たちの寂しさを振り払うようにして首を振った。彼女は笑顔を浮かべて口を開く。「じゃあ、こうしましょう」と微笑んだ。

 

 

「2人が地元に帰るってことは、怪盗団も本当の意味で解散だよね? リーダーと副リーダーの出所祝い、そして……解散記念日」

 

「それ、記念日?」

 

「真面目に言ったんだけど……」

 

 

 真の言葉を聞いて、杏が茶化すように囃し立てた。真個人は真面目に言ったつもりらしく、茶化されたことは不本意だったようだ。拗ねたように口を尖らせる。

 

 「でも悪くないよね」と、真へ助け船を出したのは春だった。彼女の言葉を皮切りにして、他の仲間たちも楽しそうに頷く。

 あれよあれよと話が進み、今回のパーティは“ヤルダバオト撃破における打ち上げ&僕と黎の出所祝い&解散記念”という名目に決まった。

 趣旨が分かりにくいが、まあ、このくらいなら許容範囲だろう。早速準備をしようと思った面々を引き留めるように、モルガナが突然咳払いした。黒猫は背を伸ばし、宣言する。

 

 

「突然ではあるが、ワガハイ、レイについていくことにした。何かと『持ってる』ヤツだしな。ついていけば、ニンゲンになる方法も分かるかもだし。それに、またグレるかもしれないだろ? そうならないよう、ワガハイがしっかり見張っておかないとな!」

 

「本音は?」

 

「レイは八十稲羽と巌戸台にコネクションがあるから、そこからクマやモチヅキ・リョージのことを調べることができると思ったんだ」

 

「だとしたら、私より吾郎の方が適任だと思うけど」

 

「…………察しろよ」

 

「えっ?」

 

「ワガハイはオマエの相棒じゃないのかよぉ!? あ、相棒だと思ってたのは、ワガハイだけかよぉぉ……!」

 

 

 涙目のモルガナが吼えた。言うだけ言った後、彼は不満そうにそっぽを向く。黎は静かに微笑み、モルガナの頭を撫でた。彼は「猫扱いするな」と怒りながらも、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにしていた。そのせいか、反論の言葉はすべて飲み込まれてしまう。

 しこたま黎に撫でられた後、モルガナは普段の調子を取り戻したようだ。いい笑顔で「ワガハイの送別会も足してくれ」と居直った。勿論、仲間たちから鋭い突っ込み――「それあまり関係ないよね?」系のものだ――を入れられてしょぼくれる。この1年の間に、仲間たちはモルガナの扱いを心得たようだ。

 

 ヤケになったモルガナが「寿司を頼め」と怒り狂ったのと、カウベルが鳴り響いたのはほぼ同時。佐倉さんと航さんが帰って来たようだ。

 僕たちが振り返って、飛び込んできた光景に目を丸くする。佐倉さんと航さんは、頭から黒い液体を被って来たようだ。それは明らかに水ではない。

 一体何があったのか。僕らがそれを問いかけるよりも先に、更なる来客が顔を出す。黒い液体を頭から被った状態の真実さんは、背後に伊邪那岐命を顕現させていた。

 

 視覚情報による暴力に呆気にとられる。幾何かの後で、僕は思わず声を上げた。

 

 

「ちょ、えっ? なにこれ?」

 

「……住んでいたのに知らなかったなァ。東京は異形の魔窟だったなんて……」

 

 

 それに答えたのは佐倉さんだった。彼の眼差しはどこか遠いところを見つめている。

 佐倉さんのボヤキを受け継ぐようにして、航さんと真実さんが口を開く。

 

 

「面倒な悪魔に目を付けられてしまってな。迎撃していて遅くなった。――ああ、安心しろ。食材は無事だ」

 

「テレビの世界じゃないのにペルソナを顕現できるようになったなんて驚いたよ。まあ、そのおかげで撃退できたんだけどね」

 

「……すまん。この状態じゃあ料理を作るどころじゃねえから、ちょっと待ってくれねーか?」

 

「は、はい」

 

 

 フラフラになった佐倉さんと一緒に、航さんと真実さんが店を出ていく。カウベルが鳴り響いた刹那、見覚えのある異形――珠閒瑠で見かけた悪魔が3人へと突っ込んでくる。間髪入れず顕現したヴィシュヌと伊邪那岐命が、その異形を一撃で消し飛ばした。

 

 3人の背中を見送った僕は、冷静に考えてみる。世界が変わったことは知っていた。以前は、現実世界でペルソナを顕現することができたのはフィレモン全盛期時代にペルソナに覚醒した者だけだ。

 巌戸台世代以後は、条件が揃わないとペルソナを顕現できなかった。巌戸台の影時間然り、八十稲羽のテレビの世界然り、東京の異世界然り、『異世界でしか使えない』という制約があったのだ。

 しかし、“異世界でしかペルソナを使えない”世代に合致する真実さんが、先程、現実世界であるにも関わらず、平然とペルソナを顕現して力を行使していた。……つまりこれは、どういうことだ。

 

 記憶をひっくり返していくうちに、12月24日の最終決戦で答えを見つける。至さんがセエレに至る前、フィレモンが語っていたことだった。

 奴は至さんを『全盛期の力を取り戻すための生贄』にしようとしていた。至さんはフィレモンに統合されることはなかったが、奴は『全盛期と遜色ないものになった』と言っている。

 

 

「フィレモンさまが全盛期同然の力を取り戻したから、歴代のペルソナ使いにも影響が出たんだ」

 

 

 モルガナがぽつりと呟く。

 

 

「『ヤルダバオトとも戦いは終わったが、今後も他の悪神が何かを仕掛けてくる可能性がある。もしくはニンゲン自身が、世界を滅びへ導くような災厄を発生させるかもしれない。それを止めるための措置だ』と、フィレモンさまは仰られていた」

 

「……要するに、『俺たちの戦いはこれからだ』的なヤツ?」

 

 

 呆気にとられた竜司の問いに、モルガナは頷いた。

 それを聞いた仲間たちは顔を見合わせる。

 

 

「……なんてこった。怪盗団は解散するが、ペルソナ使いとしての俺たちの戦いは、まだまだ続くらしいな」

 

「文字通り、頭が爆発する系の理不尽はこれからなのね」

 

 

 祐介は苦笑する。真も深々とため息をついた。それに乗っかるような形で双葉が身を乗り出した。

 

 

「じゃあ、もう1つ追加だ! “ペルソナ使いとして、これからも戦い続ける決意をした記念”!」

 

「今までの先輩たちも、こうやって大人になっていったのよね……。私たちも、そんな格好良い大人になれるかしら?」

 

「なろう! 先輩たちが私たちを助けてくれたように、私たちも後輩たちを助けられるような大人になるんだ!!」

 

 

 春の言葉に杏が同意した。勿論、この場にいる全員が同じ気持ちである。

 

 先程の光景からして、この世界に蔓延る異形の気配を察知できる人間はごくわずかだ。対抗できる人間――ペルソナ使いは、もっと数が限られるだろう。だが、異形は人知れず跋扈すると相場が決まっていた。やがて蔓延った異形は、人間の世界を崩壊へと誘っていく。

 ペルソナ使いの使命は、異形――主に『神』クラスの存在――から世界を守ることだ。主に少年少女がその災厄に立ち向かうことになる。そうしてすべてが終われば、また次の戦いが始まるのだ。戦いが終われば、『神』との決戦に赴くであろう少年少女もまた代替わりする。

 僕たちが主役として『神』と対峙することはもう二度とないだろう。でも、戦いはこれからも続いていくのだ。そんなとき、僕たちは“嘗て僕たちを支えてくれた大人”のように、後輩である子どもたちを守り、支え、育み、導いていく存在になるのだ。

 

 次世代のペルソナ使い――所謂僕たちの後輩――のために、僕たちは何ができるだろう。それを探しながら、これからを生きていかねばならない。

 決意も新たにしたが、パーティを始めるには、料理担当の佐倉さんの帰還を待つ必要があった。パーティの開始まで、もう少しかかりそうである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「んー……」

 

 

 眠い目を擦って、起き上がる。身支度を済ませて階段を降りたが、キッチンは薄暗いままだ。今日の朝食の準備はされていない。

 

 ……当然だ。朝食づくりを一任していた至さんはもう、この世界のどこにもいない。代わりに朝食づくりを引き受けたのは僕だった。航さんは相変らずのヒエロスグリュペインクッキングで、彼が料理を作るとキッチンが吹き飛んでしまうためである。

 僕がいない間――特に、至さんがいなくなった直後――、航さんはずっと栄養ゼリー1袋やりんご1個等のハチャメチャな食生活をしていたそうだ。下手すると『1日1食食べればいい方ではないか』という生活をしていたらしい。

 その後は園村さんや桐島さんによる献身的なサポートのおかげで、どうにか最低限の食事は食べるようになったそうだ。僕が帰って来た後も、麻希さんと英理子さんは航さんのことを心配して顔を出している。

 

 

(まあ、下心がないわけでもないんだろうけどね)

 

 

 聖エルミン学園高校時代から現代に至るまで、拗らせた恋心がどれ程のモノかを思い返す。2人の熱い思いは悉くスルーされ、憤りの大半が至さんに向けられていた。

 自分の好きな人が落ち込んでいたら、誰だって放っておきたくはない。自分では力不足かもしれないと自覚していても、何もせずにはいられないだろう。僕も同じだ。

 

 僕はレシピを確認しながら、手早く朝食と昼食のお弁当を作っていく。元々小器用な方ではあったけど、やはり至さんのようには作れない。毎日5~6品のおかずを作るなんてできるはずもなく、朝は2~3品あればいい方となっていた。

 お弁当の中身は朝の余りと昨日の夕食を流用するような形となっている。至さんが朝食のおかずにプラスアルファ――飾り包丁のような見栄えをよくする工夫――をしていたことを考えると、彼の腕前がどれ程かを思い知らされるような心地だった。

 

 

「むー……」

 

「あ、航さんおはよう」

 

 

 どうにかおかずと朝食を作り終えた頃、航さんがのろのろとキッチンダイニングへ足を踏み入れた。航さんは寝ぼけ眼で誰かを探していたが、すぐに諦めたように首を振る。

 

 

「……そうだ。兄さんはもう、どこにもいないんだ……」

 

 

 囁くような声色で呟いた後、航さんはそのまま椅子に腰かけた。寂しそうに、悲しそうに、彼は目を伏せてため息をつく。

 至さんを失った悲しみから立ち直って来たと言えども、完全ではないのだ。それは僕も同じなので、立ち直れないことを責めるつもりはない。

 遺された保護者の片割れが弱音を吐けるのは、こうして寝ぼけている間だけなのだ。弱音を吐ける場所を奪われたら、今度こそ航さんが壊れてしまう。

 

 

「仕事、仕事……」

 

「航さん、今日はカウンセリングの日だから午前中は休みだろ? 仕事は午後からだよ」

 

「……ああ、そうだったな。しっかりしないと」

 

 

 僕に話しかけられたことで航さんは覚醒した様子だった。目を擦った後に頬を叩き、「よし」と小さな声で呟く。空元気でも動かなければやってられないのは一緒だ。

 

 朝食を食べ、テレビをつけてニュースを見る。特に不穏な事件――異形や『神』が関わっているような案件――は見当たらない。その事実に安堵しながら、僕は学校へ行くための身支度を整えた。航さんも身支度を終えて、一緒に部屋を出る。僕は学校、航さんは病院へ向かうため、それぞれ出発していった。

 いつも利用する駅へ向かい、いつも利用する電車に乗って学校へ向かう。相変らずの満員電車で、僕が座る席はない。人々の噂話に耳を傾ければ、獅童正義の汚職事件がぽつぽつと聞こえてくる。対して、怪盗団に関してはまことしやかに囁かれる程度になっていた。探偵王子の弟子に関する話題に至っては、殆ど聞こえない。

 

 明智吾郎という名探偵は人々の認知から消えつつある。残ったのは、有栖川を愛してやまないペルソナ使いということ以外、どこにでもいる普通の高校生だ。

 学校での扱いは、良くも悪くも注目されたままだ。冤罪被害者というレッテルもまた、身動きしづらさを運んでくることもある。

 最も、生徒の大半が受験に集中しているため、表面上は平静を保ったままでいた。卒業式が終わって春休みになり、大学へ進学すれば、僕のことなどみんな忘れるはずだ。

 

 

(後は、今学期の期末テストと卒業式を乗り越えてしまえば、東京からはおさらばだ)

 

 

 春休みになったら、僕は黎と一緒に御影町へ戻る。航さんは一度南条コンツェルンの本社に戻り、今後の方針を決め次第、新たな赴任地へ向かうそうだ。6歳の頃から12年間生活を共にした保護者の元から、僕は初めて離れることとなる。

 御影町では有栖川本家に近いマンション――有栖川家の所有する物件――その1室を借りて生活する予定だ。僕個人としては慎ましやかなアパートでも充分だったのだが、気を抜くと黎の祖父と父――有栖川本家御当主が万ションを進めてくるから断るのが大変だった。億ションじゃないだけマシか。

 どうやら、有栖川家の人々の間では僕と黎の結婚は秒読み段階に入ったと思っているらしい。『早くくっついて、できれば跡取りも生んでほしい』というのが本音なのだろう。執拗に万ションを迫るのは、同棲生活しろと発破をかけているつもりなのか。

 

 僕としては最初からそのつもりでいるが、黎には弁護士になるという夢があるし、僕にも黎専属のパラリーガルになるという夢がある。

 そちらの方が軌道に乗ったら、将来のことを真剣に考えようと思っていた。……だが、不思議なことに、他の人の方が僕らより熱気に満ちていた。

 

 

(学生婚約ってだけでも相当なんだけどね)

 

 

 まあ、本家が焦る気持ちも分かる。黎の帰郷の話は御影町の本家にも届いたようで、黎の家族は大フィーバーしていた。そのフィーバーを嗅ぎつけた鴨志田のコピペがちょっかいをかけているらしい。……相変らず、どこから嗅ぎつけているのやら。

 

 『鴨志田のコピペに黎を玩具にされるくらいなら、吾郎くんが名実ともに我が家へ嫁いでき(婿入りし)てほしい』と思っているのだろう。早く決着をつけたいのは僕だって同じだが、鴨志田のコピペどもに付け入る隙を与えたくはないのだ。ままならないものである。

 そんなことを考えているうちに、僕の通う学校の最寄り駅に辿り着いた。後はバスに乗り換えて暫くすれば、学校に到着する。終わり際とは言えども、受験真っ最中のためか、生徒や教師の数はまばらだ。生徒は受験、教師は生徒のサポートのために駆け回っていた。

 

 退屈な授業だが、きちんと受ける。授業の遅れを取り戻すためでもあるし、最後の期末試験に備えるためだ。大学に受かっているといえど、油断はできない。

 出席日数は「以後の日数をすべて登校すればギリギリどうにかなる」と太鼓判を貰っている。メディアに出ることもないため、サボリなど言語道断だ。

 午前の授業が終わった昼休み、スマホのランプがチカチカと瞬いた。仲間たちからのSNSらしい。今回の議題は案の定、最後の期末テストのことだった。

 

 

真:怪盗団としての活動に有終の美を飾ったのだから、学業でも有終の美を飾らなきゃ。

 

春:それに、受験に備えての最終確認もしたいもの。吾郎くんは既に受かったから面倒だと思うけど、協力してくれる?

 

吾郎:構わないよ。俺の所もテストだから、丁度いいしね。

 

黎:吾郎の学校と私たちの学校って、テスト日時一緒だから丁度良かったよね。宜しくお願いします。

 

竜司:今年のテストは全体的に成績上がったからな。この調子で成績上げて、体育大学進学を目指すぜ!

 

杏:モデルの仕事を完璧にするためにも、他のことを蔑ろにしたり疎かにするわけにはいかないし!

 

祐介:なあ、俺はもう既にペーパー試験は終わってるんだが……。制作試験の作品提出が近いのに、題材が思い浮かばなくてな。そちらに集中したい。

 

双葉:空気読めおイナリ。黎と吾郎と一緒にする、最後の勉強会なんだぞ!?

 

祐介:そうか! そうだったな。ならば、参加しないわけにはいくまい……!

 

双葉:なあ黎。わたしは編入試験が近いから、勉強教えてほしいんだ。参加していいか?

 

黎:いいよ。でも、双葉は頭がいいから、私から教わることは何もないと思うけど……。

 

双葉:そんなことない! お姉ちゃんからお勉強を教わるってシチュエーションを味わえるだけでも儲けもんだよ!

 

吾郎:お兄ちゃんもつくけど?

 

双葉:あ、そっちはいいや。吾郎は竜司を頼む。

 

竜司:待って。真からスパルタ宣言されてるんだけど。これ以上スパルタされたら頭爆発する!

 

真:その程度で爆発してたら、体育教師なんてなれないわよ?

 

春:3年生も追い込みに入ってるから、多少厳しくても仕方がないのかもね。

 

杏:むしろ、受験前に迷惑かけてゴメンって言うか……。

 

吾郎:誰かに教えることで知識の確認になるっていうから、大丈夫だよ。そうだろ?

 

真:そうね。黎の発想力とか、杏の英単語からの意味推測とか、双葉の計算方法とか、竜司の直感は頼りになるわ。宜しくね?

 

竜司:直感……。

 

春:落ち込まないで竜司くん。何もないわけじゃないんだから、誇るべきだよ。

 

祐介:賑やかなやり取りを見ていると、何か見えてくるような気がするな。2年生最後の作品に相応しいものが描けそうな気がする……!

 

春:折角だから、美味しいって有名なお菓子を持っていくわ。黎ちゃん、コーヒーは宜しくね。

 

黎:わかった。放課後、ルブランでね。

 

 

 それを最後に、チャットを終了する。僕は昼食を食べるため、机の脇に下げていた弁当を取り出した。

 

 

***

 

 

 ルブランでの勉強会は、いつも以上に盛り上がっていた。それもそのはず、有栖川黎や明智吾郎と行う最後の勉強会なのだ。あと1ヶ月程で、僕たちは御影町へ戻る。少しでも長く一緒に居たいというのは全員の意見だった。

 黎が冤罪の保護観察処分のために東京へ赴いた4月には、2月の半ばにはこんな大所帯で勉強会をするとは想像していなかった。一番最初のテスト対策では真と腹の探り合いをし、2回目のテスト対策は人間側の黒幕の悪意と向き合っている最中だった。

 3回目は冬休み前で、『神』がどんな手段を使って来るのかに対して気を張っていたときだ。そして今、最後の期末試験で、それぞれがそれぞれの形で有終の美を飾ろうとしている。それが感慨深い。

 

 竜司や杏がヒイヒイ言いながらも、結構なペースで問題を片付けていく。最初の勉強会のときは1ページ進むだけでも大変だったのだと考えると、2人の成長ぶりが伺えて微笑ましい気分になった。……但し、『怪盗団の中で一番問題を解くのが遅い』ことだけは変わらなかったようだが。

 

 時計の針が2周半したところで、竜司と杏が根を上げた。最初の頃は時計の針が半分動いた時点でグロッキーになっていたことを考えると、やっぱり成長している。

 2周半程度で止まりそうにないタイプだった真もまた、「そろそろ休憩しましょう?」と寛容になっていた。その微笑みはとても優しく、出会った頃の冷徹な生徒会長の姿はない。

 

 

(ああ、みんな変わったんだな)

 

 

 僕はひっそりと笑みを浮かべた。今なら、僕や後輩たちを見守ってきた至さんの気持ちがよく分かる。

 ペルソナ使いとしては黎たちと同期だが、経験は至さんと同世代だ。黎たちの気持ちも分かるし、至さんの気持ちも理解できた。

 

 

「なあ黎。黎の故郷である御影町って、どんな町?」

 

 

 春からの差し入れ――超有名店のタルトだ――にフォークを突き刺しながら、双葉が問いかける。黎は少し悩む動作をした後、ふわりと笑った。

 

 

「東京程は発展していないけど、けっこう栄えた街かな。街から離れた地区は自然豊かな方けど、八十稲羽程じゃないね。遺跡や郷土資料館が有名かな。セベクがあった頃は工業都市っぽく発展しかかってたんだけど、『セベク・スキャンダル』でおじゃんになったからなー。当時の建物の一部が廃墟と化してて、心霊スポットにもなってるよ」

 

「ちょ、最後のはやめてよ……!」

 

「……そういうのって、『兵どもが夢の跡』ってヤツ? 松尾芭蕉だっけ?」

 

「竜司冴えてる! でも、明日はドカ雪が降って交通ダイヤ乱れそう。心配だな……」

 

「待てコラ!」

 

 

 廃墟の心霊スポットと聞いて、真が肩を抑えて身震いする。そういえばこの鋼鉄の乙女、心霊系の話題を極端に避ける傾向があった。そういう一面を男性に見せれば、そのギャップでコロッと落ちてしまいそうなものだが、完璧主義な彼女にここまで心を開かせるような相手でなければおつき合いは難しいだろう。

 竜司は難しそうな顔をして首をかしげる。うろ覚えの知識なので自信がないと言わんばかりだが、使い方も読み人も大正解である。本来なら褒められるべきものだろうが、竜司が冴えるというのはとても珍しい現象なのだ。代わりに何か起きてしまうと考えた杏の気持ちは分からなくもなかった。

 

 

「じゃあ、珠閒瑠や巌戸台はどうなの?」

 

「俺は八十稲羽に興味がある。田舎町というのは創作意欲をくすぐってくれるからな」

 

「田舎町かぁ。私の別荘がある軽井沢とも雰囲気違いそうだよね」

 

 

 次に問いかけてきたのは杏と祐介だ。春は自分の知っている田舎町――名前からして田舎とは程遠そうな避暑地だが――とは違うことを察して、目をキラキラ輝かせている。

 珠閒瑠の説明は黎に任せても問題ないが、彼女は僕に連れられて始めて巌戸台や八十稲羽にやって来たタイプだ。夏休みや冬休み、連休を利用する形でしか足を踏み入れていない。

 巌戸台と八十稲羽の説明は僕が行うことにして、今まで赴いた戦いの舞台がどのような地だったかを仲間たちへ語って聞かせた。未知なる街に、みんなも聞き入る。

 

 珠閒瑠は5つの区に分かれた地方都市で、御影町以上の都会である。東京程の賑やかさはないものの、区域によって町の特徴が違うのだ。ただ、港町であった鳴海区に関しては、須藤竜蔵が起こしたとされるテロの影響によって現在も開発が遅れていた。

 

 巌戸台は海に面した都市であり、人工島である辰巳ポートアイランドをモノレールで繋いでいる。桐条グループの御膝元であるこの地域には、桐条の桐を英語にした『ポロニアンモール』という大型商業施設が存在しており、初等部・中等部・高等部問わず月光館学園の学生で賑わっていた。

 特に巌戸台は食べ物関連の激戦区であり、たこ焼き屋のオクトパシーやヘルシーで栄養満点を売りにするわかつ、荒垣さんのおすすめであり美鶴さんすら唸らせたラーメン屋であるはがくれ等の有名店が点在していた。地元の人ならしょっちゅう利用している有名どころである。

 

 八十稲羽は文字通りの田舎町だ。山があり、川があり、バイクで遠出をすれば海がある。空気は上手いし、山ではカブトムシを捕まえられるし、川では魚釣りができるし、海では海水浴をして楽しむことができた。

 街には商店街と大型スーパーが並んで八十稲羽を発展させようと奮闘している。歴史ある老舗旅館の天城屋も絶賛営業中だ。都会の生活で疲れた人々が癒しを求めてやって来る素敵な宿だ。この前、東京のTV局の取材を受けていたか。

 土地神様は人間の都合を考えながらも、時には自分の都合でお天気を変えてしまうチートなお天気お姉さんだ。因みに、名前は久須美鞠子。僕と黎が逮捕された際、公共電波で署名を求めてくれた女性である。以前は公共電波で恋人に愛の告白をし、散々なことになった。それでも懲りていなかったが。

 

 

「なんか、どの街も面白そうだね」

 

「折角だし、春休みになったらみんなで回ってみようよ!」

 

「いいわねそれ。賛成!」

 

「俺、巌戸台のはがくれに行ってみてぇ!」

 

「わたし、黎の通ってる学校がある街に興味があるぞー!」

 

「老舗旅館に大自然……。益々創作意欲が湧いてきたぞ……! 俺は八十稲羽に行きたいな」

 

「全員の意見を反映させるのが難しくないか? これ」

 

 

 杏、春、真、竜司、双葉、祐介が盛り上がる。みんなバラバラな場所を指示した様子に、モルガナが難しそうな顔をして唸った。僕もモルガナの意見に同意する。

 

 

「まあ、春休みだとどこか一か所が関の山っぽさそうだよね」

 

「じゃあ、まずは私の故郷である御影町にしよう。どうかな?」

 

「賛成!」

 

 

 だが、議論はあっさりと纏まった。『まずは黎の故郷である御影町へ行ってみよう』という方針に固まったらしい。

 まあ、御影町もそこそこ田舎の香りはあるので、都会出身者には珍しい光景もあるだろう。

 それに、みんな気になっているのだろう。“有栖川黎が故郷でどんな生活を送って来たか”について。

 

 御影町は黎にとっても僕にとっても、空本兄弟にとっても思い出深い街だ。聖エルミン学園の文化祭で発生した『スノーマスク事件』と『セベク・スキャンダル』がすべてのはじまりだったことを考えると、僕は遠い場所に来たのだなと思わざるを得なかった。

 あの日から今年で満13年。僕たちの戦いは終わり、救われた世界は次世代のペルソナ使いへと託された。限りある命を生きるための世界、偽りの霧を晴らし己が手で真実を掴むことを選んだ世界、如何なる状況下においても他者のために正義を貫き通す世界――次世代のペルソナ使いは、どんな旅路を往くのだろう。どんな答えを出すのだろう。

 

 それを見守り、導いて行くのが、僕たちに与えられた新たな役目――僕と黎が至さんから託された、大切な役目なのだ。

 

 




魔改造明智の3学期編始動。まずは釈放~最後のテストまで。3学期編と言ってもエピローグ間近のお話なので、大した内容ではありません。大体2~3話以内に纏め、エピローグになる予定となっています。季節行事を色々と考えた結果、原作ラストの「みんなでぺご主を車で故郷へ送る」光景に繋がりそうな話題が出てきました。
折角だから、この面々には今までの戦いの舞台を行脚して観光してほしいなあと思ってます。それに関する話を書く予定は未定ですが、きっとはちゃめちゃなことになるんだろうなあ。それと、黎が地元に帰る理由をねつ造しています。『地元で復学することを選ぶには、これくらいのゲスい理由がありそうだな』という、書き手の認知の歪みが多分に出ました。
因みに、拙作における受験戦争はこんな感じです。魔改造明智:指定校推薦で12月に合格済み(但し大人の都合で1年間の休学)、真・春:センター試験は終了し、志望校はこれから受ける予定。3月19日には良い報告が聞けることでしょう。

怪盗団が解散しても、ペルソナ使いとしての戦いは続きます。元怪盗団メンバーもまた、歴代メンバーと同じように、後輩たちを導いて行く立場になりました。
その自覚を持って歩き始めたということは、此度の旅路ももうすぐ終わります。読者の皆様方には、魔改造明智の旅路の結末を最後まで見守って頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。