Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた獅童(しどう)智明(ともあき)を演じていた『神』の化身。姿は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴス参照。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・魔改造明智や有栖川黎ではなく、2人を取り巻く人々がメイン。登場人物には偏りがある。
・原作とは違う順番でイベントが発生している。


飛べ飛べ、バタフライエフェクト

『お願いします! 私の恩人を助けるために、力を貸してくださいっ!』

 

 

 テレビジョンから流れるニュース番組から、年若い女性の声が響き渡る。彼女は深々と頭を下げていた。それを目の当たりにした民衆たちが騒めき始める。

 

 

「りせちーの大恩人が冤罪で逮捕されたんだって!」

 

「しかもその子たち、双方未成年なんだってよ。このままだと強制的に有罪になって、少年院に送られて不当な扱いされてるかもしれないって」

 

「りせちーが公共放送を使って、しかも頭まで下げるんだ。相当なモンじゃないか!?」

 

「俺はりせちーに協力するぞ!」

 

「私も!」

 

 

 有名アイドル久慈川りせが公共放送を乗っ取るような形となったこの一件は、すぐさまインターネット上に配信された。

 ご丁寧に「現実における署名の郵送先と、インターネット署名による送信先」までもが記載されていた。

 

 

*

 

 

 所変わって、電気店に並べられた商品ディスプレイのテレビコーナーでは、生放送バラエティ番組が放送されているところだった。

 

 

『いやー、番組ももうすぐ終了時間ですねー』

 

『生放送と言えど、あっという間に終わってしまうわ』

 

 

 テレビの司会は上杉秀彦と黒須純子である。番組終了5分前――『予め“重大発表および告知がある”』と宣言していたMC2人の表情が唐突に真顔になった。

 おちゃらけている秀彦とたおやかに笑う純子からは想像もできないギャップに、スタジオがしんと静まり返った。そうして、秀彦が口を開く。

 

 

『出演者のみなさん、スタッフさん、番組を見ているみなさんにお願いがあります』

 

 

 秀彦は訥々と言葉を続けた。聖エルミン学園高校在学中に怪異事件や『セベク・スキャンダル』に巻き込まれたこと、その際に自分を助けてくれた“命の恩人”がいたこと、彼等がいなければ自分は生きていなかったこと、その子たちは事件発生当時はまだ未就学児であったこと――自身が歩んできた人生を語り終えた。

 その言葉を引き継ぐようにして、今度は純子が口を開いた。珠閒瑠市で活動していたときに怪事件に巻き込まれたこと、当時はアイドルグループの若さと美貌に嫉妬していたこと、そんな自分の暴走を止めてくれた恩人がいたこと、その恩人が上杉秀彦の語った恩人と同一人物であること。

 MC2人の熱の入った語りに、番組共演者やオーディエンスの面々も黙って聞き入っていた。異を唱える者は存在しない。生放送の時間が押していることもすっかり忘れ――むしろ、番組の緊急スケジュールを組み直す動きすら出ていた――、MC2人の言葉を待ち続けている。

 

 関係者各位の心を一挙に掴んだ芸人と女優は、互いの顔を見合わせて頷いた。

 そうして、テレビカメラに向き直る。どこまでも真剣な想いが、公共電波に乗って発信された。

 

 

『今、その子たちは冤罪事件に巻き込まれてます。もしかしたら、警察や検察の面子を保つための生贄として、強制的に有罪にされてしまうかもしれません』

 

『あの子たちは、自分のことよりも他人を優先して助けようとする立派な子です。何よりも理不尽を許さない、正義感の強い子たちです。そうして何より、私のことを応援してくれる大切なファンの1人なんです。……あの子たちがいなければ、私は今も女優を続けていられたかどうか……』

 

 

 だからお願いします、と、黒須純子は頭を下げた。

 だからお願いします、と、上杉秀彦は土下座した。

 

 『恩人の危機を、今度は自分たちが助けたい。でも自分たちには力が足りない。だから手を貸してほしい』――その言葉を最後に、生放送の時間は終了。苦情か激励かは知らないが、メッセージが殺到することは間違いなさそうだった。

 

 

*

 

 

 所変わって八十稲羽。

 

 

『あーもう、東京の連中はバカしかいないの……!? あの子たちが犯罪なんて、そんなことするわけないじゃん……! なんでそんな当たり前のことが分からないのよ……』

 

『く、久須美さーん? 久須美鞠子さーん? オンエア始まってますよー……!?』

 

『あー、今日の天気だっけ? はいはい、見る限りどんよりとした曇りです。今後一週間もこんな感じ。……あーあ。東京の天気も操作できたらよかったのになー……』

 

 

 本日天気は曇り空、お天気キャスター――久須美鞠子は不機嫌そうに暫くの天気を予報する。自身の中に溜まっている鬱憤を隠しもしない様子に、スタジオのアナウンサーも若干引き気味であった。

 アナウンサー本人は空気を呼んだつもりで『スタジオに戻りますよー』と言った。が、鞠子は慌ててそれを引き留める。気だるげな様子は一瞬にして消え去り、酷く緊張した面持ちに変わった。

 『あの、えっと』――鞠子の声はややどもっている。スタジオやお茶の間も、鞠子が真面目な顔でお堅い話題をしゃべるとは思わなかったのだろう。誰もが黙って鞠子の姿を見つめている。

 

 鞠子は暫し『大丈夫大丈夫。私はイザナミノミコト、格好良いことだって威厳たっぷり、すらすらと喋れるんだ』等とブツブツ呟いていたが、決心したように顔を上げた。

 そこにいたのは“不思議系お天気アナウンサー・久須美鞠子”ではない。人間の豊穣を祈る大地母神にして八十稲羽の土地神としての風格を宿した女性であった。

 

 公共放送で愛を叫んだ前科持ち――尚、現在進行形で余罪は増えている――であるが、そんな鞠子にだって、()()()()()()()公共放送を乗っ取るケースだってあるのだ。

 

 

『――放送を見ているみなさんに、お願いがあります』

 

 

***

 

 

 所変わって、また違う電気屋。並べられた商品ディスプレイのテレビコーナーでは、ドキュメンタリー番組が放送されているところだった。テロップには『東郷一二三 ~八百長将棋を乗り越え、再びプロの世界へ舞い戻った不死鳥~』と大々的に書かれている。

 

 東郷一二三は、正直な話、メディア露出に関してはあまり積極的ではないタイプだった。むしろ、人前で何かを言うことは得意ではない。しかし、弱冠17歳で――これはプロをしている者全体に言えることだが――プロ棋士として活動するためには、周囲からのバックアップが必要不可欠である。

 一二三にとって、一番の支援者は母だった。最初は普通に応援してくれていたが、有名になればなる程、私生活における束縛が強くなっていった。そのうち母は一二三のメディア露出にご執心となり、「出演料で稼ぐこと」や「八百長将棋で勝ち、更にネームバリューを上げること」を強要してくるようになる。

 

 

『それじゃあ、東郷さんのお母様を改心させてくれたのは、将棋友達が説得してくれたおかげなんですね?』

 

『はい。彼女のおかげで、私は八百長将棋を脱することができました。それも、彼女による献身的な支えがあってこそです』

 

 

 母の人形として動かなければならないことと、自分の中にある本音。その葛藤に苦しんでいた一二三を救ってくれたのが、有栖川黎だった。

 最初は『将棋を教えてほしい』と頭を下げてきた初心者だったが、彼女の眼差しは盤上ではなく、もっと別の場所を見ていたように思う。

 黎の正体が怪盗団のリーダーであることを知って、一二三はようやく“黎が何を見ていたのか”を察することができた。――正義を成すために何をすべきかを見定めていたのだ。

 

 彼女のおかげで、一二三は人形のように振る舞う必要はなくなった。今まで積み上げてきたものはすべて瓦解したけれど、酷く清々しい気分で再出発を迎えたことは忘れられない。

 

 束縛から解放された一二三の快進撃は止まることを知らず、破竹の勢いで勝ち続けた。

 僅か数か月で、一二三はアマチュア将棋からプロ将棋の舞台へと帰還したのである。

 

 

『以前彼女と会ったとき、彼女の恋人も一緒でした。とても愛情深い人で、比翼連理という言葉がよく似合う人でした。2人はとてもお似合いで、見ているこちらも心が温かくなるような光景だったんです。婚約したという話を聞いて2人を祝福したことは、昨日のことのように思い出せます』

 

 

 一二三は感慨深そうに頷いた後、眦を釣り上げて訴えた。

 

 

『でも、そんな真っ直ぐな彼女とその恋人は今、不当な罪で少年院に……! 今度は私が、彼女たちを助けてあげたいんです!』

 

 

◆◆◆

 

 

 佐倉双葉は顔面蒼白だった。それを見た面々が、何事かと彼女の元へ集まって来る。

 

 

「やべえ。芸能人の力パネェ」

 

 

 壊滅的な語彙で言葉を紡いだ双葉はPC画面を示す。久慈川りせ、上杉秀彦と黒須純子、久須美鞠子、東郷一二三からのメッセージはあっという間に拡散し、有栖川黎と明智吾郎の釈放に関する署名数が爆発的に増えている。老若男女問わず書き込みが殺到していた。

 現実でも似たようなことが起きており、署名の窓口役をやっている三島由輝が大変なことになっているそうだ。今回は坂本竜司がヘルプに駆り出されているが、きっと足りないだろう。後で秀尽学園高校の関係者が引っ張り込まれるかもしれない。

 

 

「吾郎が獅童の隠し子疑惑ですっぱ抜かれ、共犯扱いされたときにはヒヤヒヤしたな」

 

「署名の妨げになるかって不安だったけど、全然そんなことなさそうだよね。安心したー」

 

 

 喜多川祐介と高巻杏も、ホッとした様子で息を吐いた。奥村春も嬉しそうに微笑む。

 

 

「後は、黎ちゃんの暴力事件が冤罪だって証明できれば完璧だね」

 

「ゴローの件は『改心』させたシドー本人が庇ってるからどうにかゴリ押しできるが、問題はレイの方だ。シドーに買収された証人を見つけられればいいが……」

 

 

 机の上に乗っかってPC画面を睨みつけていたモルガナは小さく唸る。

 

 有栖川黎が東京にやって来たのは、“自分が助けた相手に裏切られ、獅童有利の証言をされてしまった”ためだ。彼女の冤罪を覆すには、目撃者兼獅童の被害者からの証言が必要なのである。

 当時の裁判記録を閲覧できれば早いが、獅童のことだ。裁判記録に隠蔽工作を施している可能性が遥かに高い。下手したら、目撃者に関する情報が他人とすり替えられていることだってあり得た。

 もしかしたら獅童は、自分の関係者が裏切り行為に走ったときの保険として、黎の裁判記録や関係資料に手を加えたのかもしれない。『改心』前の獅童がどれ程悪辣な存在だったかは、自分たちがよく知っているのだから。

 

 

「その件に関しては、お姉ちゃんが調べてるみたい。他にも、直斗さんやパオフゥさんたちも協力してくれてるらしいわ」

 

「そっか……。私たちも頑張ろう! 絶対見つけようね!」

 

「ふぃー、終わったー。署名、それなりに集まったぞー!」

 

 

 新島真の言葉を聞いた怪盗団の面々が顔を見合わせたのと、坂本竜司が紙の束を抱えて戻って来たのはほぼ同時だった。

 ここ数日分の纏めを見た仲間たちは、ぱっと表情を輝かせる。現実もネットもこの調子で集まれば、黎と吾郎を助けられるかもしれない。

 

 モルガナも、坂本竜司も、高巻杏も、喜多川祐介も、新島真も、佐倉双葉も、奥村春も、誰1人として諦めていなかった。大切な仲間を助けるのだという意志で燃えている。――リーダーへの恩義を返すとしたら、これくらいのことが必要だと分かっていた。 

 

 

◆◆◆

 

 

「――明智くんは、お前の悪いところをしっかりと受け継いだようだぞ。馬鹿者が」

 

 

 喫茶店ルブランに集まっていた大人の1人――南条圭が、しかめっ面のままコーヒーを飲み干した。彼の眼差しは、もう()()()()()()()相手に向けられている。

 

 彼の言葉に呼応するように、圭の指には金色の蝶が羽を休めている。圭は何を思ったのか、その蝶を指でつまもうと手を伸ばした。己の危機を察知した蝶はひらりと彼の手をすり抜け、店内を縦横無尽に飛び回った。

 次の瞬間、両手で蝶を鷲掴みにしようと伸びた手があった。蝶は寸でのところでそれを回避するが、手を伸ばした主は執拗に蝶を捕まえようとしている。白衣を身に纏った青年――空本航の目が血走っているように見えたのは気のせいではない。

 

 航は分かっている。この蝶が、嘗ての空本至と深く関わっていることに気づいている。だから必死になって捕まえようとしているのだ。

 この蝶を捕まえれば、空本至が帰ってくるかもしれない――なんて、バカげたことを夢想していた。敵わないことを重々承知の上で。

 金色の蝶はひらひらと航の手から逃げおおせる。コーヒーを啜りながら蝶の行方を眺めていた女性――桐条美鶴も悲しそうに笑った。

 

 

「あの人らしい選択と言えば、あの人らしいな……。彼の背中を見ていたからこそ、明智もこの選択を下したのだろう」

 

 

 「だが」と美鶴は付け加える。女王が浮かべるには、些か黒い笑みだった。

 彼女の表情に呼応するかのように、圭と航の表情も変わった。一言で言うなら、悪い笑み。

 

 

「現状は、獅童がお嬢に冤罪を着せた状況とは大きく変わった」

 

「何よりも、獅童正義という総理大臣候補――圧倒的な権力が邪魔をしてくることはない」

 

「――つまり、我々が、思う存分全力を尽くすことができるということだ」

 

 

 ふふふ、と、3人が笑う。

 

 空本航は南条コンツェルンの特殊研究部門の主任研究者、南条圭は航の直属上司で南条コンツェルンの次期代表取締役、桐条美鶴は南条家の分家であり大財閥桐条グループの当主である。要は、ペルソナ使いの中でも高い財力と権力者へのパイプの持ち主たちだ。

 この面々が本気を出せば、冤罪に強い弁護士を集めて弁護団を結成することも、調査員をフル動員して証拠を集めることも可能である。今までは獅童正義の妨害によって悉く潰されてきたのだ。その分の鬱憤と雪辱を晴らすのだと、彼らの目は語っていた。

 

 航も、圭も、美鶴も、至から託された忘れ形見――明智吾郎と有栖川黎を全力で守ろうとしている。以前、『黎に冤罪の烙印が押されるのを黙って見ていることしかできなかった』が故のことだろう。

 総理大臣候補の国会議員/現職大臣によって振るわれた職権乱用は、たった1ヶ月で黎に冤罪を着せた。政治家レベルとはいかずとも、日本を回す世界的企業の関係者たちが本気で動けばどうなるか。

 司法関係者や世論に強く働きかけることは可能だろう。獅童正義程のスピードは難しいが、吾郎や黎に着せられるであろう理不尽な罪と罰を雪ぐことはできるはずだ。後輩を守る――それが、自分たちの貫くべき正義だと知っているから。

 

 

「ふふ、ふふふ、はははははは!」

 

 

 3人が同時に高笑いした。まるで悪役どもの井戸端会議である。

 そのせいか、本日のルブランは閑古鳥が鳴いていた。

 

 

「……マスター。あそこの席……」

 

「……言いたいことは分かる。けどな、新島の嬢ちゃん。アイツら、現状で一番の上客なんだ……」

 

「ああマスター、会計を頼む」

 

 

 吾郎と黎を守るため、最前線で奔走する女検事――新島冴と、怪盗団関係者の集まる場所としてルブランを提供する店主――佐倉惣治郎はタジタジであった。

 

 追い打ちとばかりに圭がブラックカードを差し出してくる。ルブランで黒カードお支払いをする人間は、圭、美鶴、奥村春くらいなものだ。

 惣治郎は乾いた笑みを浮かべながら「おう」と返事をし、会計を行う。0が普段より3桁程多い売り上げを見て、3人の姿に口を噤むことにした。

 

 ――佐倉惣治郎自身も、保護観察処分を受けた有栖川黎をずっと見守ってきた人間、俗にいう“同じ穴の狢”なのだから。

 

 

「さて、今日は店じまいとしようか。午後からは用事があるからな」

 

「そういえば、マスターが検察に証言を頼まれたのは今日だったな。任せますよ?」

 

「……言われなくとも」

 

 

 吾郎の保護者の片割れが、悪い笑みを解いて惣治郎に向き直る。凪いだ水面を思わせるような面持ちなのに、吹き抜ける風のような面持ちを持っていた片割れを思い出した。世界の危機にクリスマスディナーを作っていた、年若い青年の背中を想う。

 片割れたる空本至は、もういない。何があったかは全然知らないが、若葉と同じように“逝ってしまった”ことは察せた。志半ばで去っていったと思っていたが、往生際は悪いらしい。何せ、至の気配はそこかしこから漂ってくるためだ。

 蝶は航の指で羽を休めている。先程までなら鷲掴みにしてでも捕まえようとしていたのに、航は手を止めて蝶を見つめていた。赤紫色の瞳はどこまでも慈愛に満ちている。――まるで、そこに片割れがいるかのようだ。……いや、多分、()()のだろう。

 

 惣治郎は保護司――後付けの保護者だ。有栖川黎を生まれた頃から見守ってきた空本兄弟には到底敵わないだろう。

 だけど、後付けと言われたって、惣治郎も有栖川黎の保護者なのだ。同じ保護者として、立ち上がらないわけにはいかない。

 

 きっとそれは、頼れる大人としてここにいる冴も同じなのだから。惣治郎は航の方に振り返ると、ニヤリと微笑んだ。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()保護者の役目を果たそうとしてる、俺よりも若い奴がいるんだ。()()()()()()()()()俺たちが、何もしないわけにはいかねえだろ?」

 

 

◆◆◆

 

 

 学会発表は無事に終わった。新薬完成の立役者として“有栖川黎”の名前を出したことで、彼女の善性を証明する証拠能力を得たはずだ。黎の彼氏に関しては――悔しいことだが――直接的な関わりがなかった武見妙にはどうしようもなかった。

 それでも、できることをしたい。何もしないわけにはいかなかった。医局長を『改心』させ、亡くなったと思っていた難病患者を本当の意味で救うチャンスを与えてもらった借りを返すことができれば――武見はそんな気持ちで、学会の会場を後にする。

 そのまま自宅に直帰しようとした武見の司会の前を、金色の蝶が横切る。何の気なしに足を止めた妙の目に飛び込んできたのは、同会場で行われている別の学会だった。教育関係のシンポジウムらしく、参加者の肩書はそれなりのものである。

 

 入り口に張られているプログラムと現在時刻を確認してみると、現在の発表者は最後の1人――“月光館学園高校理事長・荒垣命”らしい。

 

 どんな内容だったか――確認した途端、武見は即座に扉を開いて会場に足を踏み入れていた。傍聴者は集まっているらしく、席は全て埋まっている。座り損ねた人々はみな壁側に立ち、じっと耳を傾けていた。

 発表内容は、“生徒が冤罪被害による不当逮捕に直面した際、教育者が取るべき行動について”。武見が助けようとしている黎は秀尽学園高校に通う2年生で、シンポジウムで発表している香月命は別の高校の理事長である。

 

 

(――あの人、あの子に似てる)

 

 

 壇上で、熱を込めて発表を行う命を見ていると、どうしてか黎の面影を見出すのだ。

 佇まいが、あるいは在り方が、どこまでも自由だった。故に、彼女から目を離せなかった。

 

 そんな武見の隣に立っていたのは、秀尽学園高校の教師にして有栖川黎のクラスを担任する教員・川上貞代であった。彼女がこのシンポジウムに参加したのは、今、彼女の学校が抱える問題と密接に繋がっているためである。

 

 秀尽学園高校は、保護観察処分を受けた生徒――有栖川黎を受け入れていた。所属クラスは川上の担当するクラス。最初は面倒事を押し付けられたと思ったが、『家事代行サービスで掛け持ち業務をしている』ことを知られ、口止めの代わりに彼女へ協力を持ち掛けたのだ。

 黎はその条件を飲み、蝶野の追求から川上を救い出してくれた。そうして終いには、川上に金銭での謝罪を迫った生徒遺族を『改心』させて、搾取から救い出してくれたのである。自分の人生を劇的に救い上げてもらったのだから、今度は自分がその借りを返す番だと思っていた。

 

 

(しかし、驚いたなあ。まさか校長が『教育者として最後の役目を果たさせてほしい』と言って、全校HRで生徒たちに署名を呼びかけるなんて)

 

 

 鴨志田卓の暴力と渋谷のヤクザが行った生徒への恐喝事件を隠蔽しようとしていた恰幅の良いハゲオヤジが、ある日突然綺麗な大人になった――そのときのインパクトは忘れられない。『校長が警察へ出頭したのは、怪盗団が『改心』させたためである』――まことしやかに囁かれた噂は真実だったらしく、現在は警察や検察の調書に応じているという。

 校長が全校HRで黎の逮捕を取り上げたのは、退院後すぐのことだった。警察や検察に頭を下げ、HRを開く時間を用意してもらえたという。生徒たちは騒めいたが、校長が行った必死の説得に心を動かされたのだろう。全校生徒および学校関係者全員が署名に協力してくれた。最後の仕事を果たした校長は、晴れやかな顔をして警察署へ出頭したそうだ。

 教員たちも校長――現在は上に元がつくが――に続けと言わんばかりに団結し、秀尽学園高校の意見書として“有栖川黎の逮捕に関する公式の意見書”を提出した。勿論、書類以外の手段も行使して、絶賛抗議の真っ最中である。これで少しは、黎の拘束期間も短くなることだろう。唯一の欠点は、彼女の恋人に関しては何もできないというところだろうが。

 

 川上がそんなことを考えていたとき、視界の端を何かが横切ったような気がした。……金色の蝶、だろうか?

 川上が視線を動かして、真っ先に飛び込んできたのは、パンク調の衣装に白衣を着た女性――武見の姿が飛び込んできた。

 

 明らかに、このシンポジウムには無関係そうなタイプの人間である。思わず川上は武見を凝視した。武見も川上の視線に気づき、川上を凝視する。

 

 

「よし、間に合っ――」

 

「きゃあ!?」

「うわああ!? ご、ごめんなさい!」

 

 

 次の瞬間、入り口の扉が開いて人が飛び込んできた。その人物は前をよく見ていなかったらしく、飛び込んできた男性――洸星高校教師・橿原淳は武見と派手にぶつかった。

 武見が抱えていた論文がばらばらと広がり、慌てて拾い集めた。淳も謝りながら論文をかき集める。それを目の当たりにした川上も、淳と武見の手伝いをするために手を伸ばし――

 

 

「あ」

 

 

 川上と淳は手を止めた。自分たちが手に取った論文には、新薬完成の立役者として“有栖川黎”の名前が記されている。武見は川上たちを見た。川上も武見たちを見返す。淳も同じように、女医と教師を見つめた。

 

 

「――最後に、私事で申し訳ないのですが、お願いがあります。私の恩人である少年少女が、冤罪によって不当逮捕されてしまいました。2人は未成年ですが、警察と検察はメンツを保つため、ロクな捜査も行わずに実刑判決を下そうとしています。少女の通う秀尽学園高校と少年の通う○○高校が警察へ意見書を出し抗議してくれましたが――」

 

 

 そのタイミングで、身に覚えのありすぎる話題が飛び込んできた。川上はがばりと顔を上げて命を見る。一歩遅れて、武見が川上を見て、命へ視線を向けた。

 武見妙、川上貞代、荒垣命――3人の女性が、有栖川黎という少女で綺麗に繋がる。恐らく、命に至っては黎の恋人――明智吾郎にも繋がっている。

 勿論、それに気づいたのは武見と川上だけではない。女性2名の動きを黙って見守っていた橿原淳もまた、その1人であった。淳は「あの」と声を上げる。

 

 

「シンポジウムが終わり次第、有栖川黎さんと明智吾郎くんの釈放を求める署名運動をする予定なんです。協力して頂けますか?」

 

 

 川上と武見は、二つ返事で頷いていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「……ああ、そのガキだ。留置場ん中にいる連中に伝えてくれ。『ガキには指一本触れさせんな』ってよ」

 

 

 武井宗久は、嘗てのツテ――その大半が“裏社会を渡り歩いていた際に築き上げ、堅気になる際にすべて断ち切った”ものだ――をフルに使っていた。勿論、そのツテだけでは、大恩人である有栖川黎を守るには足りない。嘗てのツテから、更に上のツテを辿る。

 

 以前は裏社会を渡り歩くためだけに使っていたソレを、今度は黎を守るために使う。勿論、彼女の伴侶として共に理不尽を受け入れた明智吾郎もだ。……それくらいしなければ、岩井は黎への恩を返せない。親子共々、頭が上がらない大恩人なのだ。

 嘗ての兄貴分から金銭的な弱みを握られ、違法な改造銃を作らされそうになった。終いには、ある女が金のために売った赤ん坊――義息子(むすこ)である薫にも兄貴分の魔の手が忍び寄りかけたのだ。自分たち親子の危機を救ってくれたのが黎である。

 彼女のおかげで薫は無事に高校へと進学が決まったし、岩井自身も堅気のまま生活を送ることができるようになった。特に薫は――父親としてこれを喜んでいいのかは不明なのだが――初恋と失恋を経て、一段と逞しくなったように思う。

 

 薫は今、黎絡みで出会った秀尽学園高校の男子生徒や小学生ゲーマーと一緒に署名活動を行っている真っ最中だ。

 息子が精一杯声を張り上げているのだから、父親たる岩井が何もしないわけにはいかないだろう。

 

 

「俺はアイツらを守んなきゃなんねぇんだ。使える手は、全部使ってな。――頼む!」

 

 

 岩井の頼みを、嘗ての関係者たちは引き受けてくれた。そのことに安堵しつつ、彼等と別れて家路へ急ぐ。――そのとき、岩井の視界の端を、金色の蝶が横切った。

 反射的に視線を動かせば、蝶はそのまま先へと進む。視線の先には、幾つかの人影があった。岩井は息を潜めつつ、その会話に耳を傾ける。何故か、聞かねばならないと思った。

 話し声の主は男だ。人数は3人。岩井は神経を研ぎ澄まし、話の内容を聞き分ける。――その中に、1つ聞き覚えのある声を見出して、岩井は思わず目を丸くした。

 

 

「お前の先輩には、検察庁の関係者がいたよな? 新島より上の立場で、且つ、怪盗団事件や獅童の件を有耶無耶にしようとする連中を毛嫌いするタイプ。どうにかしてソイツをこっち側へ引き入れたい。……新島だけでは、元・獅童の取り巻き連中である特捜部長代理や関係者各位を突破するのは至難の業だ」

 

(こいつ、パオフゥか?)

 

 

 岩井の脳裏に、以前ミリタリーショップにやって来た客の1人――パオフゥと名乗った男の姿が脳裏によぎる。

 

 黎曰く、珠閒瑠市で探偵業を営む男。本人は中国系出身を自称していたが、奴は完全な純日本人だった。同時に、自分の同類――裏社会を知り尽くした存在であることも察した。岩井の目はごまかせない。

 パオフゥは自分が呼びだした男たちに頼み込んでいる。彼が名指しする面々は検察関係者や弁護士等が圧倒的に多い。司法関係者に関係するコネが多いようだ。パオフゥ自身も法律系に強いタイプのようだ。

 

 

「俺の師匠は既に定年退職しているが、『今でも多少は法曹界に顔が効く』と言ってたからな。“元・珠閒瑠地検の嵯峨薫”の名前を出せば、話くらいは聞いてもらえそうだ」

 

 

 珠閒瑠地検の嵯峨薫――以前、岩井の兄貴分の兄貴分に当たる人物が珠閒瑠にいた際、『何度も煮え湯を飲まされたエリート検事』等とぼやいていたことがあった。遠い昔のことで忘れかけていたが、検事の名前は嵯峨薫だったように思う。

 嵯峨薫は須藤竜蔵の悪事を暴こうと動いていた。岩井の兄貴分の兄貴分である人物は須藤竜蔵側の人間であり、嵯峨検事とは何度も相対峙していたという。後に嵯峨検事は亡くなり、須藤竜蔵とのパイプによって莫大な利益を得ていたそうだ。

 最も、それは須藤の失脚によって露と消え、岩井の兄貴分の兄貴分である人物も、『須藤の起こした大規模テロに巻き込まれて亡くなった』と聞いた。……パオフゥの本名が嵯峨薫ならば、奴は須藤の目を欺くために偽名を名乗っていたということか。

 

 岩井が頭をフル回転させたのと、パオフゥが静かに笑ったのはほぼ同時だった。

 遠い昔を懐かしむような口調で、パオフゥはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「空本至にも、明智吾郎にも、有栖川黎にも、俺は大きな借りがあるんだ。何としてでも、それを返さなきゃならねぇ。……嵯峨薫として既に死んだ身だ。これから何度死ぬことになろうと惜しくはないさ」

 

 

 ――パオフゥもまた、岩井と同じなのだ。有栖川黎と明智吾郎を守るために、己の持ちうるツテをすべて駆使しようとしている。

 

 男たちと別れたパオフゥが岩井に気づいた。岩井もまた、パオフゥがこちらの存在に気づいたことを察する。2人はじっと互いの姿を見つめていた。

 “自分たちは同じ目的の為に動いている”――互いが互いの存在に確証を持った次の瞬間、岩井とパオフゥは、無言のまま固く手を組んでいた。

 

 

「――えっと、何してるの?」

 

「「あ」」

 

 

 それを目の当たりにした芹沢うららが、何かヤバいものを見たと言わんばかりに2人の姿を見つめる。

 例えは悪いが、うららの態度は“男同士のあれこれ”を目の当たりにした第3者の反応そのものだ。

 岩井とパオフゥがうららに現状を正しく伝え終える頃には、空は茜色に染まっていたという。

 

 

◆◆◆

 

 

「署名お願いします! 無実の罪で捕まっている友人を助けたいんです! その人たちは、僕にとって最高の友達なんです!」

 

「お願いします! その人は僕たちを助けてくれた恩人なんです! ネットでも、現実でも、もっともっと署名が必要なんです!」

 

「誰かの為に戦う、とっても格好いい人たちなんだ! お願いします、協力してくださいっ!!」

 

 

 三島由紀、岩井薫、織田信也の3人は、今日も今日とて声を張り上げる。ここ最近はずっと、署名集めに勤しんでいた。

 

 学校を終えたら即座に集合し、東京の街中を練り歩いて署名を訴えかける日々が続いた。最初はまったくもって集まらなかったが、芸能人が公共電波を乗っ取るような形で署名を呼び掛けて以後は爆発的に増えた。今もまた、多くの人が足を止めて署名に協力してくれる。

 一時は署名運動の手が回らなくなったことがあったが、最近は署名活動自体にも協力者が現れるようになった。この前は緒賀汐璃と鈴井志帆、中野原夏彦らが参加し、多方面から署名を集めてきてくれた。3人とも怪盗団によって救われた人々である。薫と信也はそれを知った際、嬉しそうに笑っていた。

 

 

「この署名の中にも、『怪盗団に助けられたから、協力するために署名しました』って人がいるのかな」

 

「きっとそうだよ。黎さんたちは、僕たちの他にもたくさんの人たちを助けてきたんだから!」

 

 

 薫は集めた署名の名前欄をじっと見つめる。自分たちと同じような境遇にあり、それを怪盗団に救ってもらった人間たちの姿を探しているかのようだ。

 満面の笑みで肯定したのは信也だ。怪盗団の大ファンを自称する彼は、三島同様“怪盗団を初期から追い続けてきた古参の1人”である。

 信也は三島が作った怪チャンを通して、怪盗団をずっと見続けてきた。黎の正体に気づいた岩井親子も、怪チャンの存在に気づき、同じように見守り続けてきた。

 

 沢山の人を助けてきた人間には、その人間を助けようとする人々がついているものだ。三島も、信也も、薫も、多くの人々の1人なのである。

 キラキラした目で署名欄を見つめる薫と信也を生温かい目で見守っていた三島は、力強く頷き返す。

 

 

「そうして俺たちは、その恩を黎たちに返すんだ。そのためにも、もうひと頑張り!」

 

「「おー!」」

 

「――キミたち、ちょっといいかな?」

 

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、そこには見覚えのある茶髪の大学生――天田乾とその飼い犬であるアルビノ犬――コロマル、銀髪の青年――出雲真実が笑顔でこちらを見つめているところだった。

 

 天田と真実の手には、三島たちと同じクリップボードが握られている。コロマルは首から『無実の罪で逮捕された恩人を助けたい』という看板を下げていた。

 この3名は、以前から有栖川黎と明智吾郎のことを見守っていた人間の1人であった。特に後者は、天田、コロマル、真実にとっては大切な戦友なのだと聞いている。

 天田と真実はクリップボードの他にも、大量の署名を集めて持参してくれたらしい。それを見た三島たちは、思わず目を瞬かせた。飼い主と飼い犬は問いかける。

 

 

「僕たちも署名活動に協力したいんだけど、構わないかな?」

 

「あの子たちには早く自由の身になってほしいから。人々は、真実を知らなきゃいけない」

 

「わうっ!」

 

「――はい! ありがとうございます!」

 

 

 代表者として、三島が満面の笑みを浮かべて頭を下げた。活動を行う年長者からゴーサインを貰った天田と真実は即座に声を張り上げ、コロマルも高らかに遠吠えする。負けじと、三島、薫、信也も声を張り上げた。

 

 

◆◆◆

 

 

「署名お願いします! 無実の友人を釈放したいのです。どうか、どうか我々にお力添えを!」

 

 

 先程からずっと、青い服を着た色白のベルボーイとエレベーターガール、青いコートを着た色白の女性、青いワンピースとドロワーズを身に纏った少女が署名を求めている。

 彼や彼女たちを見ていると、圧倒的な超常の気配を感じて萎縮してしまいそうになるのは気のせいではない。その光景を横目に、御船千早は人々の方へと向き直った。

 

 

「私たちが目を覚ますことができたのは、彼女たちが助けてくれたからなんです! その2人がピンチなんです。今度は私たちが助ける番だと思いますっ!」

 

 

 目の前に居るのは、嘗て御船が関わってきた人々だ。御船がパワーストーンとは名ばかりの岩塩を売りつけてしまった相手もいれば、以前所属していた新興宗教から抜ける際に一緒に足を洗った元・構成員もいる。御船の所業や話を聞いても、御船を許し、認めてくれた人たちだった。

 

 有栖川黎と明智吾郎には、死の運命を乗り越えても尚、理不尽な試練が立ちはだかっている。御船を救ってくれた恩人である黎や、そんな恩人が愛してやまない伴侶である吾郎にも、自分と同じように“幸せになってほしい”と願うことはおかしくないはずだ。

 御船の力は微々たるものでしかないし、御船のようなちっぽけな占い師など戦力にすらなりはしない――そんなことは、占う必要のないくらい明らかなことだった。だけど、それでたとえ微々たる力しかなくとも、何もしないでいられるはずもなかった。

 たとえ“自分の力で困難を切り開く”という啓示が出たとして、「それまでひたすら理不尽に甘んじていればいい」とは思わない。運命に抗うということは、運命を変えるということは、そういうことを意味しているのではないか――御船はそう思うのだ。

 

 “自分の言葉だけでは届かないから、一緒に警察へ抗議してほしい”――集まっていた人々は、迷うことなく頷き返してくれた。

 早速警察署へ乗り込む。御船が先陣切って足を踏み入れると、入り口の受付に多くの人が屯っているのが見えた。面々は押し問答を繰り広げている。

 

 

(あの人たちも、私たちと同じなんだ)

 

 

 御船はそう直感し、人々を注視する。

 

 小奇麗でスタイルの良いモデルの女性たち――桐島恵理子と岳羽ゆかり、多種多様な格好をした大学生――花村陽介、里中千絵、天城雪子、巽完二の4名、大きなマスコット――クマ、スーツを着た男性たち――堂島遼太郎と城戸玲司、小学生~中学生間近程度の少年少女――城戸鷹司と堂島菜々子が、警察官と話をしているところだった。

 がやがやしていて聞き取りにくいが、彼や彼女たちは「有栖川黎と明智吾郎の逮捕は不当である。厳重に抗議する」と訴えていた。一部の面々が感情的になりながら、一部の面々は暴走を諌めつつも滾々と、黎と吾郎の無実と善性を解いている。勿論、抗議だって忘れちゃいない。

 

 

「吾郎さんは菜々子を助けてくれたし、黎さんは菜々子のお友達になってくれたよ。今でもお手紙を書いて送ってくれる、優しい人だよ。2人は何も悪いことしてないよ! 菜々子でさえ分かるのに、どうして()()()()()()()()の!?」

 

「うぐぅ!」

 

「ああッ!? 菜々チャンのお父さんが瀕死状態にッ!? しっかりするクマー!」

 

 

 菜々子から思わぬ流れ弾を喰らい、遼太郎の顔色は一瞬で真っ青になった。遼太郎の肩書は八十稲羽の刑事、立派な警察官である。警察官や警察組織を非難すれば、矛先は遼太郎にも向くのは当然と言えよう。

 「お父さんは別だよ! 八十稲羽のみなさんも、周防さんたちと真田さんも、『黎さんと吾郎さんが無実だ』って分かってるもん!」――菜々子は大慌てで父親に謝り倒していた。この光景には警察官も居たたまれない気持ちになったようだ。

 ……最も、なあなあにして彼や彼女を返そうとしている気配はごまかせない。“鉄は熱いうちに叩け”とはまさにこのことだ。御船は人々を伴って受付に立ち、受付の警官に「黎と吾郎の不当逮捕に抗議しに来た」ことを告げた。

 

 

◆◆◆

 

 

 東京の郊外にある御影町は、珠閒瑠市を経由して向かうルートが最短である。有栖川黎の実家である有栖川家は御影町にあり、黎が冤罪事件に巻き込まれる以前に通っていた学校は珠閒瑠市の私立・七姉妹学園高校だった。彼女の恋人である明智吾郎は、幼い頃は御影町と珠閒瑠に住み、小中学生時代は巌戸台と八十稲羽にいたという。

 部長を説得して取材許可をもぎ取った大宅一子は、有栖川黎と明智吾郎の関係者各位に取材を申し込んでいた。交通網や地図的距離の関係上、取材の順番は巌戸台、珠閒瑠、御影町、八十稲羽の順番となっている。巌戸台と珠閒瑠での取材を終えた時点で、大宅は既に黎と吾郎の善性を証明できる証言は充分集まったと確信していた。

 

 だが、それに比例する形で、『明智吾郎が超常的な事件――御影町での『セベク・スキャンダル』、珠閒瑠市で発生した須藤竜蔵によるカルト的テロを始めとした汚職事件、巌戸台での無気力症、八十稲羽の連続殺人事件――を経験したが故に、“人ならざる力”に深い知識を有していることが明らかになってしまった』という弊害も発生していた。

 

 黎の無実を訴える記事なら問題なく通りそうだが、彼女の恋人である吾郎を庇いつつ、彼の無実を訴える記事を書けるか否かは厳しいところがある。

 下手をすればボツを喰らってしまいそうだし、「獅童の隠し子というスキャンダルを更に煽るための記事に書き直せ」と命令されてしまうかもしれない。

 『改心』した上司は止めてくれるだろうが、売り上げ部数を求める上司の上司がこのネタを悪用してしまいそうな気がするのだ。油断はできなかった。

 

 

(私の同業者である天野舞耶と黛ゆきの、東京都内の大学に通う出雲真実、営業職をしている城戸玲司、アイドルの久慈川りせ、女優の黒須純子、洸星高校の教師橿原淳、芸能人の上杉秀彦、月光館学園高校理事長荒垣命、その夫で寮母をしている荒垣真次郎、桐条グループ当主桐条美鶴、警察庁キャリア真田明彦、モデルの岳羽ゆかり、『がってん寿司』板前仁科栄吉、元アイドルリサ・シルバーマン、地方警察キャリア周防達哉と克哉兄弟、南条コンツェルン次期当主南条圭、御影町在住のOL綾瀬優香……)

 

 

 黎と吾郎に関する特集記事を書くために取材してきた人々のラインナップ――インタビューした中でインパクトが大きかった面々の順番に並べてみる。

 肩書があってもなくても、誰もが有栖川黎と明智吾郎の無実を訴えていた。そのためなら協力を惜しまない人々であり、そのための活動に協力している人々だった。

 

 

「黎も、彼女の恋人くんも、アタシ以上の修羅場を乗り越えてきたのよね。頑張ってきたのよね。……その証が、この記事に協力してくれたすべての人たちなんだ」

 

 

 2人の釈放を願う人たちの想いを、大宅は背負っている。怪盗団のリーダーには借りがあるし、彼女の恋人とは見ているこっちが微笑ましくなるほどの相思相愛、比翼連理の関係であった。片方が欠けてしまえば、その時点でもう片方の心は完全に壊れてしまうだろう。

 

 だから、何が何でも、自分はこの記事を完成させなくてはならない。

 『2人揃って釈放』まで持ち込まなければ意味がないのだ。

 大宅が2人を助ける方法は、ペンを執って記事を書くことだけである。

 

 程なくして、大宅は事件現場――有栖川黎が暴力事件を起こしたと言われる現場に辿り着いた。

 時間帯はとっぷりと日が暮れた頃。丁度、近くを闊歩していた近隣住民を捕まえて、取材を試みる。

 

 

「ご存知でしたら教えてください。その少女と、もう1人の少年の特集記事に載せる証言が必要なんです!」

 

 

 昼間は小春日和と言えるような心地よい天気だったが、夜になってしまうと一気に冷え込んでくる。元々御影町は雪の多い地域ではないが、時折、()()()()()()()()()()()激しく吹雪くのだ。吹雪が発生しないだけマシであろう。

 大宅の話を聞いた住民は、こてんと首を傾げた。どうやら、大宅の説明では住民の心を動かすことができなかったらしい。きょとんとした顔でこちらを見上げる住民に対して、大宅は必死に訴える。

 「獅童が有栖川黎に着せた暴行罪という冤罪を晴らすためにも、彼女の恋人である明智吾郎を釈放してもらうためにも、1つでも多くの証言が欲しいんです!」――名前を出した途端、住民は大きく目を見開いた。

 

 2人の名前が出て、住民はようやく事態の重さを悟ったようだ。

 きりりとした表情を浮かべ、大宅の頼みに頷き返した。

 

 

「有栖川黎という少女は、暴力事件を起こすような子に見えましたか? 明智吾郎という少年は、今回のような犯罪に加担するような子に見えましたか?」

 

「それはないホー! レイもゴローも、オイラの大切な友達だホ! 2人はオイラたちのことを助けてくれたんだホー! レイが警察に連れてかれたときも、何があったか見てたホー!」

 

 

 大宅の問いに対し、聖エルミン学園高校の学生服を身に纏った白い雪だるまのような妖精――ヒーホーくんが、拳を振り上げて訴えた。

 “自分がインタビューしている住人が明らかに()()()()()()”ことなど、今の大宅にとっては些事に過ぎなかったのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

「ある若者たちが、不当な政治圧力により窮地に立たされております! 冤罪に苦しめられているのです!」

 

「その子たちは、数年前に過ちを犯した私を正してくれました。いわば、私の恩人です」

 

 

 永田町。国会議事堂の前で、大勢の聴衆たちに囲まれた2人の議員たちが演説を披露していた。

 

 どこかくたびれたスーツを身に纏いながらも、演説には一切の衰えを見せない議員――吉田寅之助は、先の選挙で当選を果たした国会議員であった。遠い昔汚職事件を起こして干されていたダメ寅。そんな己に師事し、演説を学んだ教え子――それが、現在冤罪に苦しむ少女――有栖川黎である。

 彼女との交流を通し、吉田は多くのことを学んだ。自分が教えた演説術より、黎の在り方や生き方から学んだことの方が多かったように思う。彼女と過ごした経験が活きたのと、獅童正義が起こした『廃人化』絡みの汚職事件が発覚したことにより多くの議員が当選を辞退したことで、吉田は当選にこぎつけたのだ。

 選挙の結果がどうであれ、いつか彼女にちゃんとしたお礼がしたいと思っていた。自分の在り方を定めてくれた分の借りも、この世界を救って人類に未来を与えた分の借りも、世界の変革を成し得る姿を見せてくれた分の借りも、きちんと返したいと思っていた。

 

 そんなとき、有栖川黎とその恋人である明智吾郎が冤罪で逮捕されたという話を聞いた。知り合い曰く、怪盗団事件絡みの案件による逮捕らしい。

 警察と検察は怪盗団を許しはしないだろう。国家権力を駆使し、将来ある2人の若者を潰そうとするに違いない。そう思ったから、吉田は立ち上がったのだ。

 

 

「あの子たちがいなければ、今頃私は、多くの人々を不幸にしていたところでした。善意という名の盲目的な思い込みによって、更なる悲劇の引き金を引いていたかもしれません。……だからこそ、私は我慢ならないんです! 私の恩人が、国家権力絡みによって引き起こされた悲劇に巻き込まれてしまったことが! そんな恩人たちに、何もしてやれない自分が!」

 

 

 オールバックの年若い議員――生田目太郎は、八十稲羽の市議会議員である。元々は都会で市議会議員をしていたが、スキャンダルによって議員生命を絶たれて田舎の八十稲羽へ戻っていた。その後は八十稲羽連続殺人事件へ関与した疑いをかけられるも、証拠不十分で無罪放免となった後、八十稲羽の市議会議員に立候補し当選した異色の経歴持ちである。

 事件を起こしていたとき、生田目は特別捜査隊と対峙したことがあった。その現場に、当時少年だった明智吾郎もいた。得体の知れない何かに乗っ取られて暴れた生田目を救い、生田目の罪――出雲真実の妹的存在であった堂島菜々子を始めとした面々を()()で殺しかけてしまった――を知っても、彼等は私刑に走らなかった。生田目を殺さなかった。

 

 後に、特別捜査隊の面々は真犯人を捕まえて、悲劇を止めることに成功した。生田目がやりたかったことを、正しい形で成してくれた。

 それだけではない。特別捜査隊は生田目を救うことで、生田目に人生をやり直すチャンスをくれたのだ。感謝してもしきれない。

 あのとき生き残っていなければ、堂島刑事から激励の言葉を貰うことはなかっただろう。八十稲羽の市議会議員に立候補することもなかった。

 

 市議会議員になった後も、特別捜査隊の面々を含んだ八十稲羽の住民たちとはよく顔を会わせていた。吾郎もまた、長期休みになると恋人の黎や他の街の友人を伴って八十稲羽へ遊びに来てくれたのだ。自分がしっかりやっている姿を八十稲羽に住む人々や吾郎らに見せることが、生田目の罪を償う方法なのだと思っていた。

 

 そんなとき、明智吾郎とその恋人である有栖川黎が冤罪で逮捕されたという話を聞いた。知り合い曰く、怪盗団事件絡みの案件による逮捕らしい。

 警察と検察は怪盗団を許しはしないだろう。国家権力を駆使し、将来ある2人の若者を潰そうとするに違いない。そう思ったから、生田目は立ち上がったのだ。

 

 吉田が拳を振り上げ、生田目が大きく頭を下げる。

 

 

「彼女たちは、この国を支える有望な若者なのです! それを救えずに、何が国の正義でしょうか! こんなこと許されていいはずがない!」

 

「お願いします! 過ちを正すためにも、これ以上理不尽な悲劇を起こさないためにも!」

 

 

◆◆◆

 

 

「――なあ。囚人でも、できることってあるかな?」

 

 

 八十稲羽の留置場で日々を過ごす囚人――足立透は、外にいる看守に声をかける。

 彼の指には、金色に輝く蝶が停まっている。それを見た看守は意味深に微笑んだ後、小さく頷き返した。

 

 

◆◇◇◇

 

 

「――……ん……?」

 

 

 何やら違和感を感じて、目を開ける。そこは、最終決戦の直前に足を踏み入れた青い部屋――精神と現実の狭間にあるベルベットルームだった。

 

 服装は少年院で着ていた簡素な服ではなく、着慣れた私服であるワイシャツにアーガイルの青いベストを身に纏っている。現実では思い通りの服装を着ることは不可能だ。でも、心は普段通りなのだから、この世界の格好も影響するのは当たり前だと言えるだろう。

 この部屋への来客は僕だけではないらしい。いや、元々この部屋は僕の部屋ではないのだ。僕は利用者との関係によって、この部屋に招き入れられたようなものだ。本来の利用者が来ていないのに、僕だけが他人の部屋に招かれるなんておかしなことはあり得ないはずだ。

 僕の予想は正解だったようだ。隣の独房から人の気配を感じ、思わず身を乗り出す。案の定、そこには黒のトレンチコート風ワンピースを身に纏った有栖川黎の姿があった。僕の存在に気づいた黎は、大きく目を見開く。そうして、嬉しそうに破顔した。

 

 そんな彼女が愛おしくて、僕は大きく手を広げる。

 黎は迷うことなく飛び込んできた。彼女を受け止め、見つめ合う。

 

 

「久しぶり。元気だった?」

 

「何とかね。黎は?」

 

「ぼちぼちかな」

 

 

 ああ、久々だ。出頭して少年院に送られて以来、僕と黎は一度も顔を会わせていない。面会に来るのは冴さんや航さんと弁護士くらいだった。

 彼女の温もりを堪能しつつ、様子を伺う。心なしか、少し痩せたように感じた。院内で黎が酷い目に合っていないか心配だが、きっと教えてくれないだろう。

 それは僕も同じなので黙っておく。今はとりあえず、久々の逢瀬に浸っていたかった。……だが、そうは問屋が許さない。向こう側から咳払いが響き、中断される。

 

 咳払いが聞こえてきた方向に視線を向ければ、この部屋の家主であるイゴールが椅子に座っていた。老紳士の隣には、ボロ雑巾と形容しても違和感がない様子のラヴェンツァが、疲れ切った様子で控えている。あの様子は“姉にしごかれたテオドア”と同じだった。

 

 

「……ラヴェンツァ。その傷……」

 

「ご心配には及びません、マイトリックスター。毎日3時間程度、姉上たちからのしごきを受けていただけです。本来は8時間の予定だったのですが、僭越ながら、兄弟姉妹で貴女の署名活動に協力していたものでして……」

 

「そうなんだ。ありがとう、ラヴェンツァ」

 

 

 黎から感謝されたことが嬉しかったようで、ラヴェンツァは照れ臭そうにはにかむ。分かたれていた状態の双子からは想像つかない程、情緒豊からしい。

 カロリーヌは鞭を愛用する苛烈で過激な激情家だし、ジュスティーヌは目録を抱える冷徹無比な鉄仮面だ。怒と哀以外の表情変化も乏しかったように思う。

 

 普通の人間なら虐待を疑ってかかるのだろうが、生憎僕と黎はテオドアの件でこのような状態になった『力司る者』の姿を見慣れている。そのため、ラヴェンツァの怪我が「本人にとって大した傷ではない」ことはすぐに察した。

 周囲を見回してみたが、ラヴェンツァにあそこまでの大打撃を与えられそうな相手――『力司る者』長女マーガレット、次女エリザベス、長男テオドアはここにいない。ナナシやベラドンナ、悪魔絵師の姿もなかった。

 成程。マーガレットとエリザベスによる“鍛え直し”が行われたのは、黎をお客様に据えたこのベルベットルームではないらしい。候補はいくつかあるが、どこでやってもおかしくないので候補地から探ることは不可能だった。閑話休題。

 

 イゴールは拍手し、黎の為した偉業を湛えた。しかしラヴェンツァは視線を逸らし、僕と黎が迎えた皮肉な結末を哀れむ。だが、彼女はすぐに柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「けれど、それでいいのです。貴女たちは自分の意志で、『正しい』道を選んだ。ついに最後の最後まで、自分の利のために道理を曲げることはしなかった」

 

 

 少女の賞賛と共に、僕たちの目の前に青い光が降りてくる。

 それは1枚のカードになり、僕と黎の手の中に納まった。

 

 

「貴女たちが最後に手に入れたアルカナは『World(世界)』。誰に流されることもなく、自分の足でこの世界に立つ意志の力です」

 

「『World(世界)』……」

 

「それは、同じ志を持つ仲間たちと共に未来へ向かうための『希望』の元になるでしょう」

 

 

 ラヴェンツァは静かに微笑んだ。此度の出来事で黎と僕が手にした『World(世界)』は“確固たる『自分の居場所』を得る”というものらしい。

 

 確かに、怪盗団に所属するメンバーは“現実世界から居場所を失い彷徨っていた者たち”ばかりだ。モルガナは自分の使命に関する記憶を失ったため彷徨い、竜司は鴨志田絡みの暴力事件によってスプリンターとしての将来と陸上部を奪われ、杏は日本人離れした外見やモデルという肩書故に遠巻きにされ、祐介は班目に飼い殺される寸前だった。

 真は生徒会長という肩書にしがみつくことで居場所を得ようとし、双葉は“母親を殺した自分は存在する意味はない”と追い詰められ、春は父親のシャドウから『私の生贄になれ』と命令されていた。僕は母亡き後に親戚の多くから「要らない子」呼ばわりされたし、黎に至っては“やってもいない犯罪のせいで地元に居られなくなった”のだ。

 

 だけど、そんな僕たちにも居場所ができた。仲間ができた。僕の場合は、以前から繋がっていた絆を仲間たちに繋げることができた。

 この旅路で得られたものは多い。失くしてしまった痛みも癒えていないけど、それでも僕たちは、この世界で生きていくのだ。

 

 青い光は、僕たちの中に納まる。僕の中に存在していた“明智吾郎”が、どこか夢心地のままに呟いた。

 

 

―― ……綺麗だ。それに、温かい…… ――

 

 

 “彼”の人生では、ソレを何よりも欲していながら、終ぞ無縁だったものだ。もう二度と離さないと言わんばかりに、“明智吾郎”はその光を抱え込んだ。

 そんな“彼”の隣には“ジョーカー”が静かに寄り添う。今となっては当たり前の光景だが、ここに辿り着けたことがどれ程尊いのか、僕たちは知っていた。

 

 

「私の役目もこれまで。……貴女方は、最高の客人だった」

 

 

 穏やかに告げた老紳士の姿が光に包まれる。僕らが何か言うよりも先に、彼の姿が溶けるようにして消え去る方が早かった。

 家主が退去するということは、当然、家主を“我が主”と仰ぐ『力司る者』も去るということ。

 ラヴェンツァは慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、光に包まれて消えてしまった。間髪入れず、部屋が白い光に塗り潰される。

 

 一転して、世界は黒一色に飲み込まれた。僕と黎はそのまま黒い空間に投げ出される。上も下も分からぬ中、僕と黎は躊躇うことなく手を繋いだ。左手薬指の指輪が煌めく。

 

 黒い世界の中を飛び回るのは、1羽の蝶。蒼銀に輝く蝶は僕たちの旅立ちを喜ぶようにくるくると宙を舞っていたが、向かうべき先を見出したのだろう。ちょっとだけ躊躇うように軌道を止めて僕らへ向き直る。――だが、観念したように、あるいは落胆したように、蝶は向かうべき場所へと飛び立った。

 それを見送った僕と黎が顔を見合わせた刹那、視界を埋め尽くさん勢いで蝶の群れが現れた。どいつもこいつも黄金に輝いている。黄金の蝶は善神の化身だ。フィレモンが何かしに来たのかと身構えた僕は、視界を覆いつくす金色の蝶の群れの切れ間から、見知った人を見つけて息を飲む。

 

 僕が彼の名前を呼ぼうと口を開いたのと、切れ間から“あの人”がこちらを見返したのはほぼ同時。“あの人”は、最後に見たときと変わらない柔らかな笑みを浮かべ、一言、

 

 

「――いってらっしゃい、2人とも」

 

 

 僕と黎は思わず手を伸ばす。だが、蝶の群れに阻まれてしまい、伸ばした手は何も掴めなかった。

 蝶が纏う光がより一層強くなり、視界が金色に塗り潰される。――それを最後に、僕たちの意識は暗転した。

 

 




魔改造明智とぺご主♀を助けるために飛んだ蝶の羽ばたきは、原作以上に規模を広げた形で展開しました。ここに描写されていない面々も、裏側で頑張っていたことでしょう。登場人物たちの肩より具合から、書き手の技量がイマイチだと露呈した感が否めません。以後精進します。
黎が築き上げたコープと、至が結んで魔改造明智が受け取った歴代ペルソナ使いの絆が合体した結果、ド派手な事故を引き起こしてこんな有様になった模様。個人的に書いてて楽しかったのは大宅さんのターン。彼女の場合、早い段階でこのオチに決まっていました。
初期構想では舞耶とゆきのと一緒に悪魔にインタビューし、「冤罪の特集記事のためにあの子の故郷に来たのに、なんでアタシ悪魔に取材してるんだろ?」と言わせる予定だったんです。その名残は大宅とコープを築いた際のやり取りに引き継がれた模様。ヒーホーくんは第1話以来の再登場となります。

こんな大規模な話を書いていると、原作以上に釈放が前倒しになりそうな気配がしてなりません。いっそ前倒ししようかと考えております。
前倒しになった場合、VS統制神編はこのお話で最終話になる予定。あとがきで述べていた構想から大きく外れる形になってしまったことをお詫びいたします。
次回からは3学期。章が区切られるか否かを含んで、魔改造明智たちの旅路の終わりが近づいてきました。最後まで見守って頂ければ幸いです。

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