Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた獅童(しどう)智明(ともあき)を演じていた『神』の化身。姿は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴス参照。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・フィレモンのポンコツ具合とゲス具合に拍車がかかる。


俺と黎の後始末

 綺麗だった黄昏の空は、いつの間にか分厚い雲に覆われていた。ホワイトクリスマスという言葉を体現するかのように、ちらちらと粉雪が舞っている。

 

 先程まで世紀末まっしぐらで右往左往していた――怪盗団に声援を贈っていた大衆たちは、その熱気を夢心地程度に孕みながらも、普段と同じように時間を過ごしていた。現金なものだと悪態をつきたくなってしまうのは、誰に知られることもなく世界を救った僕たちだからだろうか。

 大衆の様子は平穏無事を取り戻した。クリスマスとあって、街は賑わいに満ちている。つい先刻まで世界の危機だったとは想像できない光景だ。亡くしたものの痛みに俯く僕たちとは対照的に、何事もなかったかのように世界は進んでいく。周囲から響く楽しそうな声が場違いだと思ってしまいそうなくらいに。

 

 世界は怪盗団のことを思い出した。盲目的に信じていた獅童正義の不正を真正面から直視した。数時間では分からないが、きっとこれから騒ぎは大きくなることだろう。

 真の提案に従うような形で、このまま現地解散することと相成った。暫くは大衆の動きを見守ることになる。仲間たちも「大人しく高校生活を送る」ことで同意した。

 他にも、最後の活動報告会兼獅童正義を『改心』させヤルダバオトを斃した打ち上げは、明日行われることになった。確かに、クリスマスパーティがてら丁度いい。

 

 仲間たちと別れようとしたとき、僕たちを激励してくれたペルソナ使いたちと会った。『イセカイナビ 最終決戦限定版』の効果が切れ、みんなはそれを起動させたときに居た場所へと戻されたらしい。僕たちの元に現れた面々は、東京で『イセカイナビ 最終決戦限定版』を起動させた人々だった。

 

 

『至の奴に会った。……あいつ、『同窓会、もう永遠に参加できなくなった』と言っていたよ。『後を頼む』とも。――……あの、馬鹿者が……!』

 

 

 そう言って歯噛みしたのは、聖エルミン学園高校の同級生であり直属上司の南条さんだ。至さんは同窓会があると毎回欠かさず参加するタイプで、仲間たちとの語らいを楽しみにしている人だった。

 気軽に心を許せる相手がまた1人、彼の前から去っていく。嘗て執事だったヤマオカさんは南条さんのペルソナとして傍に寄り添っているけれど、至さんはもう、この世界のどこにもいないのだ。

 

 

『『みんなを守ってくれ』と言われたんだ』

 

『兄さんから、『俺の代わりにみんなを頼む』って言われたんだ。……だから、ちゃんとしないと。兄さんに心配かけないように、兄さんが安心できるように、頑張らないと』

 

『……悪い。……なんか、今は……今はまだ、至の願い、叶えてやれるような状態じゃ、なくて』

 

 

 『……申し訳ないが、暫く1人にしてくれ……』――そう言い残して、双子/保護者の片割れである航さんは、東京の雑踏の中へ消えていった。

 航さんにとって至さんは、自分の片割れであり大きな支えだった。物理的な距離が離れていたとしても、互いの存在があるという理由だけで頑張ってこれた。

 兄弟愛と呼ぶにはどこか生々しさもあったことは否定しない。でも、彼らが兄弟愛と認識していたのなら、それは兄弟愛だと言って差し支えないものだ。

 

 航さんにとって至さんは、たった1人の肉親である。片割れを失った彼の寂しそうな背中を、きっと僕は忘れられない。

 

 仲間たちと別れて、この場に残ったのは僕と黎だけだ。仲間たちはそそくさと「12月24日だから、ごゆっくり」とだけ言い残して去っていった。モルガナは春の家で厄介になるらしい。

 普段は茶化すような口調で僕と黎に声をかけるのが常だったが、至さんがいなくなってしまったというショックを噛みしめているのか、みんなどこか元気がなさそうだった。勿論、僕たちも。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ――仲間たちと別れてから、どれだけの時間、僕と黎は“こうして”いるのだろう。

 

 亡くしたものの痛みを噛みしめながら、僕たちは無言のまま寄り添う。黎は幼い頃からずっと一緒にいた兄貴分を、僕は親代わりの保護者であり尊敬する人を失ったのだ。胸を割くような痛みをどう表現すればいいのか分からない。この気持ちをどこに納めればいいのか分からず、持て余したままでいる。

 僕たちにもっと力があれば、至さんはフィレモンの契約に頷くことはなかったのかもしれない。もっと早い段階でフィレモンの契約に気づいていたら、あの人を止めることができたのかもしれない。後悔ばかりが降り積もる。――明智吾郎が何かに気づくときは、いつも手遅れになってからだ。

 こんなときに声をかけてくれそうな相手を探してみる。“明智吾郎”は相変らず、僕の心の中にいた。“彼”は、俺が初めて“彼”を視認できたときの体勢――体育座りで俯く。“彼”にとって空本至がどんな存在かは分からないが、あの態度からして、おそらく嫌いではなかったのだろう。

 

 何かを言おうと口を開くが、それは言葉になりはしない。白くけぶった呼気になり、夜の街へと溶けて消える。

 痛かった。ひたすら痛くて痛くて堪らなかった。喉の奥から引きつったような嗚咽が漏れる。それを止めることはできなかった。

 

 

「吾郎」

 

 

 黎に名前を呼ばれ、僕は彼女に視線を向ける。灰銀の瞳にはうっすらと膜が張っていた。彼女もまた、酷い泣き顔を晒していた。

 それでも、黎は無様な泣き顔を晒す僕の涙を拭ってくれる。自分だって泣きたいはずなのに、悲しみに溺れかけているのに、僕を気遣ってくれる。

 情けない。本来なら僕が、彼女の涙を拭ってあげなきゃいけないのに。そういう存在になりたいと願っていたのに、僕の涙は全然止まらなかった。

 

 そんなとき、不意に、視界の端を何かが横切った。

 黄金に輝く蝶が、僕と黎の周りを飛び回っている。

 

 

「……え?」

 

「これって……」

 

 

 金色の蝶は僕の指に停まった。星屑を思わせるような鱗粉がきらきらと落ちる。蝶は暫し羽を休めた後、再び羽ばたいて僕らの周りを飛び回った。

 

 泣かないでほしいと祈るように、どうか笑ってほしいと願うように、黄金の蝶は僕と黎の周囲を飛び回る。心に火を灯すような優しい輝きは、僕たちを見守っていた至さんの眼差しを思い起こさせた。僕と黎の眼差しは、黄金の蝶に釘付けとなる。自然と口元が緩んだ。

 実体が取れなくなっただけだ。空本至という存在として世界に在ることが出来なくても、あの人は僕たちを見守っている。僕たちを助けようとする。彼の想いはずっと、この世界で僕たちを見守り続けるのだ。世話好きなお人好しで、過保護気味な心配性なあの人らしかった。

 蝶はくるくると縦横無尽に僕らの周辺を飛び回っていたが、僕らの涙が止まったことを察知したのだろう。そのまま、粉雪が舞う空の向こうへと消えていく。僕と黎は、彼の想いそのものである黄金の蝶を見送った。蝶の姿はそのまま遠くなり、見えなくなる。

 

 

「人でなくなっても、心配するんだな」

 

「こんなときに励ましてくれるなんて、至さんらしいね」

 

 

 僕たちは顔を見合わせて苦笑する。大好きな保護者からの頼みだ。落ち込むのはもうやめる。

 自分の涙を乱暴に拭った僕は、黎の涙を掬い取ってやる。黎はほんのりと頬を染めてはにかんだ。

 

 手を繋いでゆっくり帰ろうか――そんなことを考えていたとき、僕のスマホがけたたましく鳴り響いた。

 こんなときに誰だろうか、と、僕は訝し気に着信を確認する。相手は冴さんだった。

 「もしもし」――そう紡いだ僕の声は、聞き手に取って棘があるように感じたらしい。深々とため息が聞こえてきた。

 

 

『お楽しみに洒落こもうとする明智くん()()には悪いんだけど、頼みがあるの。どうせ貴方は今、有栖川さんと一緒にいるんでしょう?』

 

 

 どうやら冴さんは僕と黎に頼みたいことがあって連絡してきたらしい。他の怪盗団の仲間たちには絶対に聞かれたくない話題のようだった。

 僕は黎と顔を見合わせる。電話越しの冴さんの声は固く、重々しい。この様子だと、クリスマスイブデートに洒落こむのはお預けになりそうだ。

 

 電話の向こう側にいる冴さんに「是」と返事をしてから暫くして、スーツ姿の冴さんが姿を現した。僕らの姿を視認して早々、彼女は大仰に肩をすくめる。

 

 

「世界を救った英雄がクリスマスイブを過ごすカップルの中に紛れているなんて、誰が予想できるかしら?」

 

「冴さんは1人なんですか?」

 

「明智くん、セクハラで訴えるわよ」

 

「話は最後まで聞いてくださいよ……」

 

 

 僕の話を食い気味に遮り、ジト目でこちらを睨んできた冴さんを制する。僕は彼女に遮られた言葉を続けた。

 

 

「真と一緒に過ごすんじゃないんですか? 真、楽しみにしてましたよ? 冴さんとのクリスマス」

 

「私だって帰りたいわよ。真とクリスマス過ごしたいわよ。姉妹水入らずで楽しみたいわよ。ケーキとターキー食べたいわよ。真にプレゼント買ってあげたいわよ。真からプレゼント貰いたいわよ。万が一真に彼氏ができたなら、真の彼氏を尋問したいわよ」

 

 

 冴さんの目は据わっている。あれは激務が溜まってきているときに見せる、ストレスで荒れた状態の表情だった。真の彼氏に関して拷問と言う単語が出てこないだけ温情だと思う僕も大概だろう。お互いの言動に毒されてしまう程、僕と冴さんは長い付き合いになっていた。

 冴さんの表情に思い至った僕は、なぜ彼女が険しい顔をしているのかを察する。ヤルダバオトを撃破したことにより、大衆は獅童正義の行った謝罪会見を正しく認知することができた。獅童が怪盗団に『改心』されたことで罪を告白した――その事実や衝撃を、はっきりと理解した。

 それだけではない。怪盗団がテレビ放送をジャックして行った予告状に関する話題だって出てくるはずだ。『捕まえたはずの怪盗が逃げおおせていた』だなんて、警察組織にとっては大失態だと言えるだろう。今頃、上層部が責任問題で「誰を生贄にするか」という議題で盛り上がっていそうだった。

 

 今日は大事件の直後だったため、そんなに表立った騒ぎになっていない。あの混乱を噛み砕き、乗り越えた後こそ、本当の意味での大混乱が生じる。恐らく、明日頃にはマスコミやテレビが表だって騒ぎ始めるはずだ。

 

 獅童が行い隠蔽してきた数多の悪行を叩くのか、怪盗団の活躍を褒め称えるのか、怪盗団の関係者を捕まえておいて逃がしてしまった警察組織が叩かれるのか。

 前者2つは僕らの望み通りに作用するはずだ。だけれど、一番の問題は警察関係者である。僕と黎の不安は正解らしく、冴さんは真剣な面持ちで口を開いた。

 

 

「獅童は様々な罪を告白した。逮捕までは、それで行ける。……問題は、その先」

 

「『廃人化』事件の証明、ですね」

 

 

 黎の言葉に、冴さんは頷き返した。

 

 獅童を正しい罪状で裁くためには、『廃人化』による殺人を立件しなければならない。だが、異世界だのペルソナ能力だのシャドウだの、不確定要素があまりにも多すぎる。証拠がそろわなければ、獅童を殺人で立件し罪を問うことは不可能であった。下手すれば証拠不十分で不起訴に持ち込まれる危険性もあり得る。

 獅童正義はあくまでも殺人を教唆しただけだ。実行犯である獅童智明は元々()()()()()()()()()。認知の歪みが元通りになれば、智明の痕跡は世界から完全に消え去るだろう。奴の正体であるデミウルゴスは僕たちとの戦いに敗れて消滅したため、『廃人化』の手段を説明できるのは怪盗団である僕たちだけしかいない。

 

 

「率直に言うわ。警察に出頭してほしい。……獅童を有罪にするためには、貴方たちの証言が必要不可欠なの」

 

「僕たちに『表舞台に立て』、ということですね」

 

 

 案の定、僕と黎の予想通りだった。

 現状で表舞台に立つことが何を意味しているか、想像がつく。

 メディアへの出演経験がこんな形で役に立つとは思わなかった。

 

 僕は苦笑しながら言葉を続ける。

 

 

「今の僕たちは一躍、世界の危機を救ったヒーローだ。――だが、犯罪者が英雄扱いされるなんて、警察や検察が認めるはずがない。ましてや、彼等は1度、怪盗団に“してやられた”という恨みがある」

 

「怪盗団のリーダーを捕まえたと大喜びしたところ、リーダーは自殺したフリをして警察と検察を欺いた。しかも、テレビジョンに映し出された映像からして、自分たちが捕まえた人物はリーダーとは別人だと知ってしまった。捕まえたのが怪盗団の一員とはいえど、リーダーだと思って勘違いして末端を捕まえさせられた挙句、末端にすらみすみす脱獄を許してしまったんだ。こんなの失態以外の何物でもない。警察や検察は、己の威信を賭けて怪盗団を根絶やしにしようとするはずです。――どんな手段を使ってでも」

 

 

 僕の言葉を黎が引き継ぐ。警察や検察は、何よりも面子を重んじる組織だ。彼等の執念の恐ろしさは、獅童正義や須藤竜蔵等の腐った大人たち絡みで嫌という程味わっている。善い意味では周防兄弟だろうが、今回のケースは須藤竜蔵系――悪い意味の色が強い。

 適当に罪をでっちあげて強引に逮捕に動いたり、関係者の命を人質にして理不尽なことを迫ったり、物理的手段で息の根を止めた上で“事故死”や“不幸な事件”として片付けたりするのだろう。「そこまで分かっているなら話が早いわ」と冴さんは苦笑した。

 

 出頭すれば、僕や黎は確実に逮捕される。脱獄をやってのけた僕も、獅童による冤罪で前歴をつけられた黎も、少年院送りにされる可能性が極めて高い。

 警察や検察は“怪盗団が英雄視されず、必要な証言さえ取れればそれでいい”と考えるはずだ。精神暴走によって歪んでいた冴さん自身が証人である。

 少年院に隔離されるだけならまだいいのだ。あそこはある意味で“密室”である。もし、そこに獅童のシンパで怪盗団を恨む人間が送り込まれていたら――。

 

 

「もしも、貴方たちが警察へ出頭して証言するなら、仲間や貴方たちの命の安全は私が保証するわ。……いいえ、絶対守ってみせる」

 

「職権乱用……!? 下手すれば、冴さんの検事生命だけでなく、冴さん自身も危なくなりますよ?」

 

「怪盗団には『精神暴走事件の被害者になっただけでなく、遠隔操作されて獅童の手先になっていた私を救ってもらった』借りがあるわ。あの程度で返せたとは思えない」

 

 

 黎の問いかけに、冴さんは不敵に笑い返した。彼女も妹同様完璧主義者だ。負けず嫌いで、超弩級の反骨精神を持っている。もし彼女が『神』に見いだされていたら、真同様、ペルソナ使いとして悪魔やシャドウを薙ぎ倒していく可能性もあったのだろう。カジノで出会った女主人――チェーンソーとガトリング装備のバーサーカー――の姿を思い浮かべ、僕は心の中でかぶりを振った。

 

 冴さんは「怪盗団との取引をきちんと果たす」と約束してくれた。獅童正義の犯した罪を立件し、奴を法廷に立たせ、奴が正しき罪状で裁かれるように手を尽くしてくれるという。もう二度と、世間が歪むことのないように。

 怪盗団の行動理由は『世直し』だった。自分が出頭することで『世直し』が果たされるなら、喜んで絞首台に立つ。かけがえのない仲間を守れるならば、自分がどうなっても構わない。たとえ破滅する定めでも、己の正義を成せればいい――それがトリックスターの在り方。

 

 

―― “俺”()()にも、できるか? ――

 

(……ああ。きっとできる)

 

 

 僕と“明智吾郎”は顔を見合わせて頷いた。大事な人を――有栖川黎/“ジョーカー”を守りたいという想いは一緒なのだ。

 もし黎が出頭すれば、獅童の冤罪によって負わされた保護観察処分も取り消しにされ、少年院送りにされてしまう。

 ただでさえ不当な目に合っているのだ。辛い目に合ってきたのだ。……もうこれ以上、理不尽な目に合ってほしくない。

 

 『白い烏』の役目は、愛する人を守ることだ。

 それを果たすため、僕は口を開き――

 

 

「――冴さん。私が警察に出頭します」

 

 

 僕の言葉は、丸々奪われた。僕は弾かれたように発言者――有栖川黎へ視線を向ける。灰銀の双瞼はどこまでも澄み渡っており、一切の迷いがない。

 

 

「何、言って……!?」

 

「冴さんを味方に引き入れようとしたとき、吾郎は私の代わりにリーダーを名乗って身代わりになってくれたでしょう? なら、今度は私が怪盗団のリーダーとしての責任を果たすときだよ」

 

「そんなのダメだ! 待って、待ってください! 冴さん、警察へは僕が行きます。だから黎は――」

 

 

 躊躇うことなく自己を犠牲にしようとする黎を放置することはできなかった。もうこれ以上、彼女に肩身の狭い思いをしてほしくなかった。

 保護観察が解かれるまで――獅童に着せられた冤罪の汚名が雪がれるまでもう少しだと言うのに、それを無に帰されてしまうのだけは嫌だった。

 

 

「嫌だ。行かせない」

 

「黎……!」

 

「……これ以上、吾郎に負担かけたくない。危険な目に合ってほしくない。合わせたくなんかない。――……もう、“あんな思い”するのは御免だ……!!」

 

 

 黎は苦しそうに呟いて俯く。僕の腕を掴んで引き留める少女の手は、小刻みに震えていた。唇を真一文字に結んで、何かを堪えようとしている。僕の気のせいでなければ、彼女の双瞼がジワリと滲んだように見えた。

 

 普段の黎からは想像できないくらい、頼りない声だった。こんなにも儚くて、今にも消えてしまいそうなくらい脆い黎の姿を見たのは、先月怪盗団に襲い掛かって来た最大の危機――強制捜査以来のことだ。僕が囮になって捕まると提案したときのこと。

 彼女がこんなにも憔悴してしまうのは、他にも理由がある。“ジョーカー”はいつも、“明智吾郎”の消失に心を痛めていた。目の前で“彼”を助けられなかったことを気に病み、“彼”が救われるようにと祈り、願っていた。

 11月の賭けに負けていたら、僕は取調室で命を落としていただろう。黎の手が届かない場所で死に、そのことが彼女の心に暗い影を落としたのかもしれない。もしかしたら、僕の死すらヤルダバオトに利用されたかもしれないのだ。

 

 “ジョーカー”の意識に引っ張られているのか、それとも有栖川黎自身の感情なのか、あるいは双方の複合なのか。いずれにしても、彼女は今、“明智吾郎を失うかもしれない”という恐怖に苛まれている。11月の強制捜査の際、“有栖川黎の元へ帰れないかもしれない”という恐怖と向き合っていた僕のように。

 

 

「……分かったわ。積もる話もあるんでしょうし、2人でしっかり決着つけて頂戴。後悔だけはしないようにね」

 

 

 どちらが出頭するか――互いに譲らない僕らの様子を見かねた冴さんは、深々とため息をついた。

 てっきり「早くしろ」と急かしてくるのかと思ったのだが、意外な反応である。

 冴さんは僕らの考えに気づいたのか、眉間の皺を深めた。苛立ちの色合いが濃くなったように感じる。

 

 

「私だって、イブの夜に恋人たちを無理矢理引き裂くような鬼畜ではないわ。そんなことしたら、明智くんの保護者に祟られるわよ」

 

「至さんに?」

 

「ええ。……東京が異世界に飲まれたとき、彼と会ったのよ。藪から棒に『あの2人に頼みごとをするなら、明日まで待ってあげて欲しい』って頼まれたの」

 

 

 「彼は、私が貴方たちに『出頭してくれ』と頼むって知っていたのね」――冴さんは、少しだけ遠い目をして呟く。冴さん曰く「そのときに“至さんはもう二度と帰ってこない”ことを察した」らしい。理由は分からずとも、至さんの纏う雰囲気で気づいたのだと思う。

 

 彼女は明日の朝に僕たちを迎えに来るそうだ。至さんからの頼まれごとをきちんと果たし、恋人同士である僕らが語らうことを許してくれた。

 冴さんの器の大きさに、頭が上がらない心地になる。僕たちが礼を述べれば、冴さんは静かに微笑んだ後、颯爽と人混みの中へ消えていった。

 僕たちは顔を見合わせた後、当てもなく渋谷の街を歩くことにした。どこを見回しても、幸せそうなカップルばかりでごった返している。

 

 今だけは、僕らも“どこにでもいる幸せそうなカップル”でいられるだろうか。

 明日に待ち受ける数多の理不尽から目を逸らし、無邪気に楽しんでも許されるだろうか。

 

 

「ねえ吾郎。ちょっとだけ、買い物につき合ってくれない?」

 

「いいけど、何買うの?」

 

「クリスマスプレゼント。……今日のうちに選んで、渡しておきたいと思って」

 

 

 黎の提案に、僕は思わず目を丸くした。灰銀の瞳に宿る決意は、冴さんに『自分が出頭する』と申し出たときと変わらない。彼女は自分が犠牲になることで、すべてを終息させようとしている――嫌でもそれが伝わってきてしまい、僕は思わず歯噛みしていた。

 多分、俺が納得していないことにも気づいている。俺が身代わりになろうとしていることも察している。俺も引き下がるつもりがないことも分かっていて、黎は言うのだ。何の迷いもなく、正義を貫くつもりなのだ。――そんな彼女だから、僕は惹かれた。残念なことに。

 有栖川黎の決意を挫く力など、明智吾郎は一切持ち合わせていない。彼女を諦めさせるための言葉を、俺は何一つとして有していない。あまりにも無力だ。そんな俺自身が嫌で、悔しくて堪らなかった。耐え切れずに俯いた俺を、黎は悲しそうな眼差しで見つめていた。

 

 

「吾郎」

 

「……そんな、今生の別れみたいな調子で、言うなよ」

 

 

 自分でも呆れ果ててしまう程、弱々しい声だった。

 

 

「獅童や『神』との決着もついた。だから、僕たちは“これから”なんだ。――そのこと、忘れないでくれ」

 

「――うん。そうだね。これからだもんね」

 

 

 僕の言葉を聞いた黎は、ふわりと笑い返す。灰銀の瞳は『自分に降り注いでくるであろう目先の理不尽』ではなく、もっとその先にある『未来』を見つめているように思った。

 多分、彼女の見ている光景(モノ)は、今、僕が必死になって見ようとしている光景(モノ)と同じはずだ。それが現実逃避の一環でしかないことは重々理解している。

 

 僕らにとって、それは希望だった。これから襲い来るであろう、数多の理不尽を乗り越えていくために必要な標。お互いの傍に帰ってくることを誓う証。2人で顔を見合わせて頷き合う。悲痛な色なんて要らなかった。

 今の僕たちは“どこにでもいるカップル”だ。一緒に未来を生きていくのだという希望に胸を躍らせて、互いの愛情を感じながら、互いを想いあう。恋人同士で過ごす時間を大切にしたいと願っているだけの若者でしかない。

 怪盗団の関係者だとか、明日自首するとか、そんな悲壮感から今暫くの間目を逸らすことを許してほしい――僕がそんなことを考えたとき、視界の端を何かが横切った。僕が視線を向けた先には、金色に輝く蝶がひらひらと舞っている。

 

 至さんのお節介だろうか。先程見送ったはずなのに、もう戻って来たらしい。

 

 そんなことを考えながら視線を動かせば、蝶が向かった先は大きな総合百貨店にある宝石店だった。しかも、指輪コーナーに金色の蝶が群がっている。

 異様な光景にぎょっとしてしまったのは仕方がないだろう。しかも、蝶の群れは僕にしか見えていないようだ。黎は突然立ち止まった僕を怪訝そうに見上げる。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや……プレゼント、ここで買おうかなと思って」

 

「そっか。じゃあ、ちょっとの間別行動しようか。サプライズしたいから」

 

「……分かった。プレゼントは、帰ったときのお楽しみってことで」

 

 

 僕と黎は悪戯っぽく笑い、それぞれの欲しいものを探すために店内へと足を踏み入れた。

 

 金色の蝶が群がる指輪売り場へ足を進める。僕が来たことを察知した蝶たちは、お勧め商品の素晴らしさをマーケティングしてくる店員のように周辺を飛び回った。「そこまでお膳立てしなくていい」と告げる代わりに睨み返せば、蝶の群れはぱらぱらとばらけて周囲を飛び回っていた。

 恋人に贈る“揃いの指輪”選びを保護者に見守られるとか、どんな罰ゲームだろう。赤の他人に見守られるのもハードルは高いけれど、自分の保護者が背後でニコニコ笑っている気配を感じるのもやりづらさを感じる。――至さんはもう二度と、人間の姿でここに現れることはないのかもしれないが。

 

 どんなデザインにするか、あるいはどんな宝石があしらわれたものにするか。僕が顎に手を当てて唸ると、蝶の群れが大移動を始めた。僕は視線で蝶の動きを追いかける。

 蝶の群れが停まったのは、宝石言葉や宝石に込められた意味に関する一覧だった。この店はパワーストーン系の宝石を取り扱っているらしく、その手の情報も閲覧できる。

 しかも、簡単な質問に答えればぴったりの宝石――大まかなグループだけだが――を教えてくれるそうだ。僕は早速質問に答えていく。程なくして、結果が出た。

 

 

「――サファイア、か」

 

 

 一般的には9月の誕生石であり、宝石言葉は慈愛・誠実・貞操。“持ち主を悪意から守る”という言い伝えがあり、とある国では王妃への贈り物にも用いられた宝石だ。僕たちに待ち受ける運命を思うと、これ程までに相応しいものはあるまい。

 世間一般では青い色がメジャーであるが、僕が知らないだけで様々な色や種類があるようだ。色や種類が変われば、宝石に込められる意味も大きく変わってくる。一覧と散々睨めっこを繰り広げた僕は、僕の思い描く未来に相応しいものを選んだ。

 

 サファイアに桃色系統のものがあるなんて、ここで調べなければ知らないままだったろう。

 幸い、メディア露出でそれなりに稼いだため、揃いの指輪を買う程度は造作もなかった。

 愛する人を守りたい。愛を言葉と行動で示しあえるような関係を築きたい。――それが、僕の望みだ。

 

 僕がそんなことを考えていると察したのか、蝶の群れが僕に集まって来た。相当な量の蝶が背中や肩、頭や髪に纏わりついている。

 本来、この状況は“不快極まりない”と表現するに相応しかろう。だが、この蝶には実体もなければ質量もない。勿論、熱もない。

 

 ……きっと永遠に、実体や質量はおろか、温みすら得ることもないのだろう。

 

 

(……ああ。もう、貴方はいないのか)

 

 

 瞼の裏に浮かぶ、大きな背中を思い返す。

 押し殺しきれなかった一抹の寂しさが、じわりと滲んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「おう、お帰り」

 

「ただいま、佐倉さん」

「おじゃまします」

 

 

 僕らが店内に入ると、佐倉さんが店じまいの作業を終えたところだった。怪盗団が最後の仕事をやり遂げたことを双葉から聞いていたのか、彼の口元は緩んでいる。

 

 佐倉さんは戸締りを僕らに任せ、家に帰ろうとしていた。

 そこで、彼は一端足を止めて振り返る。

 

 

「そういえば、お前さんの保護者が来たぞ」

 

「至さんが?」

 

「ああ。世界がおかしくなった直後に食材抱えてウチに来て、『クリスマスパーティの準備する』とか言い出してな。つい『お前は馬鹿か!?』って突っ込んじまったよ」

 

 

 佐倉さんの言葉を聞いて、僕の脳裏に浮かんだ光景があった。クリスマスイブ2日前、料理のレシピをPDFに纏めていた至さんと談笑したときの記憶。

 『クリスマス何食べたい?』と訊ねてきた彼に、僕は何と返事をしたのだろう。『『神』撃破後の打ち上げでも料理も頼む』と僕が言ったとき、至さんは何と返しただろう。

 あのとき既に、至さんは覚悟を決めていたのだ。でなければ、『俺がいなくなっても大丈夫なように、レシピを纏めておこう』なんて思い至らなかったはずである。

 

 

「そうしたらあいつ、泣きそうな顔して笑ったんだ。『吾郎と約束したから、これだけは果たしたいんだ。()()()()()()()()』ってな」

 

「…………」

 

「……吾郎。詳しい事情は知らんが、お前さんの保護者は()()()()()()()()()んだな。――若葉のヤツと同じように」

 

 

 「さぞかし無念だったろう」と、佐倉さんはため息をつく。いい人間ばかりが先に逝ってしまうと嘆いた喫茶店のマスターは、僕と黎へ心配そうな眼差しを向けてきた。

 

 佐倉さんは4月から今までに至るまでの保護者達の言動を思い出していたのかもしれない。視線が電話へ集中している。まるで、「今すぐにでも呼び出し音が鳴り響けばいいのに」と思っているかのようだった。――いつぞやのように、至さんはもう二度とルブランに鬼電をかけることもない。

 黙ってしまった僕たちを見た佐倉さんは小さく肩を竦め、洗ったばかりのサイフォンに豆を入れた。コーヒーの香りが鼻をくすぐる。程なくして、佐倉さんの特製コーヒーが僕たちの前に差し出された。「御代はいらない。飲み終わったら片付けて戸締りを」とだけ言い残し、佐倉さんは去っていった。

 

 

『至さまから伝言を預かっております。『今回の件が片付いたら、ラヴェンツァのお客様と共に、ルブランの屋根裏部屋へ行くように。楽しみにしておいてほしい』とのことです』

 

 

 青い部屋で出会ったテオドアが、僕に伝えた“至さんからの伝言”。それを思い出した僕は、思わず駆け出していた。

 部屋主である黎を差し置いて、いの一番に部屋に足を踏み入れる。真っ先に飛び込んできたのは、部屋の真ん中に置かれた机と椅子。

 正確に言うなら、机の上に並んだ料理の数々だ。ホールケーキやローストチキンを筆頭としたクリスマスディナー。

 

 至さんのことだ。ここに並んでいる料理はすべて、彼の手作りだろう。視界の端に金色の蝶がちらついたような気がして、僕は思わず口を開く。――掠れた声が漏れるだけで、何も出てこなかった。

 

 行事の節目節目には、いつも至さんが料理番を務めていた。お正月も、端午の節句も、運動会も、クリスマスも、美味しい料理を振る舞ってくれた。

 外から帰って来た僕を迎える保護者の笑顔と、『おかえり』という声の残響が僕の記憶の中を漂う。あの日々はもう二度と帰ってこないのだと、思い知る。

 

 

「吾郎」

 

 

 背後から聞こえてきた声に、僕はのろのろと首を動かす。振り返った先には、佐倉さんのコーヒーを持って来た黎がいた。

 

 灰銀の瞳に映る僕の姿は、細い目に涙をたっぷりと湛えて、口がぐにゃりと歪んでいる。文字通り、“情けない”という言葉がよく似合う。

 泣いてはいけないのだと分かっていた。でも、どうしても、喉の奥から漏れる嗚咽が止まらなかった。よろり、と、一歩踏み出す。

 黎はコーヒーを机の上に置くと、躊躇うことなく手を広げて僕を迎え入れてくれた。勢いそのまま、僕は彼女に縋りつく。

 

 堰を切ったように涙が溢れる。仲間たちと別れて黎と2人きりになったとき――冴さんから連絡が来る直前――に泣いたときに、涙なんて枯れ果てたはずだった。

 満足するまで泣いたのだと思った。遺された想いを背負って行く決意をした。もう立ち止まらないと思ったのに、抱えた痛みは容易になくなることはない。

 

 

『後を頼む、吾郎』

 

 

 至さんの姿が脳裏に浮かんでは消えていく。今の僕の姿を見たら、きっと、彼は困った顔をして言うのだろう。

 『どうか泣かないで、前を向いてくれ』って苦笑するのだろう。それがあの人の願いなんだって分かっている。

 

 でも、今だけは。今この瞬間だけは、泣いてしまう僕の弱さを許してほしい。自分の救った世界に不在者が出てしまった悔しさと悲しみを噛みしめることを、もう二度と戻ってこない人を悼むことを許してほしい。――そう、思った。

 

 

***

 

 

 窓の外は雪がちらついている。室内の温度差も相まって、窓ガラスは結露によって白くぼやけていた。ただでさえ曇天で暗いのに、夜の帳によって普段よりも闇が濃くなっていた。

 室内は静かだった。僕も黎も、沈黙を保ち続けている。重々しい空気が世界を支配しているような錯覚に苛まれるのは、双方の意志が固いことを理解しているからかもしれない。

 

 冴さんから持ち掛けられた話題を頭の中で繰り返す。何度思い出しても同じ結論に行きつくのは、僕も黎も一緒だった。

 

 獅童正義の行った『廃人化』事件による殺人を立証するには、手口を知る怪盗団の証言が必要。だが、警察や検察は怪盗団に悉く面子を潰されており、かなり攻撃的になっている。

 出頭すれば即逮捕されることは確定していた。警察に捕まった怪盗団の構成員が『脱獄を成し遂げた』ことも相まって、怪盗団を捕まえるためにあらゆる手を使うだろう。

 獅童の行った隠蔽工作や『改心』成功で有耶無耶になった情報も、改めて念入りに洗い直されるはずだ。冴さんが情報操作をしてくれても限界はある。

 

 そして何より、出頭すれば確実に少年院へ送られるだろう。被疑者の素行を始めとした捜査や証言集めはロクに行われることなく、『人格に問題あり』や『怪盗団として世界を騒がせた』という証言だけ――下手をすれば証言内容すら操作される可能性もあった――が重視される。

 警察や検察にとって欲しい証言さえ手に入れられれば、あとは事態の収拾宣言を出して放置するはずだ。世間に自分たちの正義を示し、“怪盗団は悪である”と主張できれば、僕や黎の人生がどうなろうと知ったこっちゃない。背負わせられるであろう数多の理不尽を思うと、苛立ちが増した。

 

 

―― なんでお前、笑ってんだよ……!? 全然笑える状況じゃないだろうが! お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!? ――

 

―― だってそうしないと、みんなに被害が及ぶことになる。怪盗団のリーダーとして、私は私自身の責任を果たしに行くんだ ――

 

 

 後ろの方で、“明智吾郎”と“ジョーカー”が言い争いを繰り広げていた。静かに笑う“ジョーカー”に対し、“明智吾郎”は情けない表情を晒している。

 

 “ジョーカー”は冴さんの取引に従い、自分自身を犠牲にしようとしている。本人は納得しているようだが、“明智吾郎”は一切納得していない。冴さんの話を聞いた“彼”は、“己”が居なくなった後に何があったかを察したようだ。そうして、“ジョーカー”の落ち着き払った/手慣れた様子からして、予感が確信に変わった。

 獅童の駒、および『廃人化』事件の実行犯だった“明智吾郎”は箱舟の機関室に消えた。現実世界では死亡、あるいは行方不明扱いとされたのだろう。もしかしたら、死体すら発見されなかった可能性もある。実行犯の証言が無ければ『廃人化』の手段を証明できず、獅童正義が犯してきた罪を立証することは不可能だ。

 実行犯“明智吾郎”から証言を得られなくなってしまったなら、他の証言者を探さなくてはならない。唯一、獅童によって隠蔽されてきた『廃人化』事件の全貌を知っているのは怪盗団のメンバーだけだ。怪盗団として出頭すれば、社会的に厳しい扱いを受けることになるのは明らかである。誰が出頭してもロクなことにならない。

 

 竜司は以前の暴力事件の件もあって退学処分にされるかもしれない。杏や祐介は将来を絶たれることになるだろう。真や春は身内および自身の肩書の関係上、マスコミ関係者が黙っているはずがない。スキャンダラスという点では、『母である一色さんの敵討ち』という点では双葉だって当てはまる。

 では、“明智吾郎”が獅童の『駒』だった世界では、誰が出頭したのか。自己犠牲を厭わない超弩級のお人好しなんて奇特な人間など、僕()()が知っている限り、たった1人しか存在しないではないか。――見ず知らずの女性を助けようとして冤罪を着せられ、理不尽な保護観察処分を受ける羽目になった“ジョーカー”。

 

 

―― ……ッ!! ――

 

 

 “明智吾郎”はぎりりと歯噛みする。今にも何かに当たりそうな気配がした。今回ばかりは、奴が精神だけの存在でよかったと思う。

 

 もし“明智吾郎”さえ生きていれば――“明智吾郎”の証言さえ取れていれば、怪盗団は『誰かを生贄にする』よう迫られることはなかった。“ジョーカー”が生贄になるような形で出頭し、少年院に送られることもなかったはずだ。

 “自分”の下した決断が間違っていたとは思わない。けれど、“自分”があの場で命を散らした弊害を思い知らされて、やるせない憤りを噛みしめているのだろう。“明智吾郎”は悔しそうに歯噛みし俯く。“ジョーカー”は“彼”の身勝手を咎める様子はない。それが余計に辛いのだろう。

 それは僕だって同じだった。有栖川黎に着せられた冤罪の汚名を雪ぐため、僕は今まで頑張ってきた。獅童正義の『改心』や元凶である統制神ヤルダバオトを打ち砕くことで、ようやく冤罪の汚名を雪ぐ機会を手にした。それなのに、彼女が犯罪者の汚名を背負わされる? 全く持って冗談ではない。

 

 

「やっぱり、キミは出頭すべきじゃないよ」

 

 

 縋るような俺の主張に対し、黎が何かを言おうと口を開く。

 卑怯だと分かっているけれど、俺は遮るようにして声を上げた。

 

 

「俺は“明智吾郎”の犯した罪と罰を知っている。俺()()には、その罪を贖い罰を受ける義務がある。だから、警察へは俺が行くべきだ」

 

「――それは違う!」

 

 

 黎は今にも泣き出してしまいそうな顔をして首を振った。『警察へは自分が出頭する』と宣言したときの静かな笑みからは想像できない程の取り乱しようである。

 彼女が俺のために心を痛めてくれることは心苦しいはずなのに、嬉しくて堪らない。愛されているのだと充実感さえ覚える自分のお花畑具合を思い知らされた心地になった。

 

 

「吾郎は何もやっていない。“彼”だって、この世界の吾郎を導くことで罪を償った。……これ以上、吾郎()()が謂れなき罪と罰に苦しむ必要はないはずだよ」

 

「でも、それはキミが生贄になる理由にはならない。……いいや、理由にされて、堪るかよ……!」

 

 

 心の奥底から湧き上がってきた衝動に任せ、俺は黎の細い身体を掻き抱いた。手放さないよう――手放したくないと願い、強く抱きしめる。

 気を抜くと、彼女が俺の前から消えてしまいそうな不安に駆られる。いや、実際消えようとしているのだから何ら間違いではない。

 黎は驚いたように目を白黒させていたが、「ごめん」と蚊の鳴くような声で呟いた。悲しそうに微笑む。そんな顔をさせたかった訳ではないのに。

 

 

「キミを悲しませる選択しかできないけど、それでも、これが私の生き方だから」

 

「黎……」

 

 

 彼女の決意がどれ程強いのか知っていた。一度貫くと決めた正義を途中で曲げるような気質ではないことは分かっていた。分かっていても、納得できるか否かは別問題である。――でも、黎の瞳を見て、つくづく思い知らされた。

 有栖川黎は警察へ出頭するだろう。僕が何を言っても、阻止しようとしても無駄なのだ。正しいことを成すためなら、足を止めることなど許さない。間違いは正されるべきだと、正義は貫くためにあるのだと迷わず足を踏み出すような女性(ひと)だから。

 

 そして何より、誰かの為に己を差し出すことすら厭わないお人好しだ。たとえ恩を仇で返されても、善意を踏み躙られても、“人を助けたこと”自体には一切後悔しない。

 

 

(……ああもう、チクショウ……!)

 

 

 彼女のすべてに救われ、彼女のすべてを愛した俺が、彼女の行動や決断を止めることなんて最初から無理な話だった。

 有栖川黎に守られてばかりだった俺では到底敵わない。でも、そんな俺にだって、できることの1つくらいあるはずだ。

 

 

「……俺の方こそ、ごめん。黎が決めたことなら、もう何も言わない」

 

「吾郎」

 

「――代わりに、キミが背負おうとするものを、俺にも背負わせてほしいんだ」

 

 

 俺は懐から小さな箱を取り出す。先程購入したクリスマスプレゼント――桃色系列のサファイアがあしらわれた、白銀とシャンパンゴールドの指輪。

 ハワイで不揃いの指輪を贈り合ったときに黎と交わした約束を思い出しながら、彼女の薬指にそれを嵌める。黎は目を大きく見開き、顔を上げた。

 彼女はハワイでのやり取りを思い出したのだろう。色白の頬が赤く染まり、ぽかんと開いていた口元が徐々に綻んできた。俺も頷いて、更に言葉を続ける。

 

 

「これって……」

 

「全部終わって戻って来れたら、ちゃんとキミに伝える。……だからもう、1人で背負うなんて真似、しないで」

 

 

 恥も外聞も知ったことか。段取りも演出もどうでもいい。無様だと嗤われたって構わなかった。俺は祈るような気持ちで、じっと黎を見つめる。

 

 伴侶とは、“この人と幸せになりたい”と思う相手のことだ。同時に、“この人となら不幸になっても構わない”と思えるような相手のことでもある。俺にとっての伴侶は、有栖川黎以外にあり得なかった。

 今回贈った指輪は、共に生きる未来を約束する証そのものだ。ありとあらゆる理不尽からキミを守りたいという想いと、これから訪れるであろう幸福も不幸も手を取って一緒に生きていきたいという願いそのもの。

 

 

「――分かった。……明日、2人で行こう」

 

「うん。一緒に行こう」

 

 

 幾何かの沈黙の後、黎は静かに微笑んで頷く。俺も同じようにして笑い返した。「せっかくだから」と言って、俺は黎にもう片方の指輪を差し出す。

 彼女は俺の意図を察したようで、嬉しそうに笑みを深くして指輪を手に取る。白銀とシャンパンゴールドの指輪を俺の薬指に嵌めてくれた。

 不揃いの指輪を嵌めたときも、揃いの指輪を嵌めた今も、泣きたくなるくらい嬉しいことには変わりない。――いや、俺も黎も、もう泣いていた。

 

 明日、俺たちは警察に出頭する。俺たちは即座に取り調べを受け、その後はとんとん拍子で少年院送りにされるだろう。怪盗団関係者同士が顔を会わせられぬよう、別々に収監されるはずだ。そうなれば、こうして触れ合うことはできなくなる。

 警察と検察は、獅童の罪を暴くことや怪盗団事件の調書を取ることには積極的だろう。だが、俺と黎に関しては無視し続けるに違いない。冴さんが「何とかする」と言ってくれたが、今後の見通しはあまりにも不透明だ。俺たちが放免されるのはいつになることか。

 

 ――それでも。

 

 いつか必ず、牢獄から出ることができる。そうすれば、俺たちは本当の意味で自由になれるはずだ。

 

 例え外に出ても、少年院に送られたことを引き合いに出され、理不尽な扱いを受けるかもしれない。不当なレッテルを張られるかもしれない。

 だけど、この旅路を進んだ俺たちは知っている。そんなものに縛られなくても、そんなものに怯えなくとも、胸を張って堂々と生きていけるのだと。

 志を共にする仲間がいた。互いの喜びや痛みを分かち合い、支え合える仲間たちがいる。尊敬できる大人たちだっている。託されたものが、沢山ある。

 

 だから、大丈夫。

 きっと、大丈夫。

 

 

「料理、食べよう。……至さんが俺たちのために作ってくれた、最後の料理なんだから」

 

「……そうだね。しっかり味わって食べよう」

 

 

 俺は黎と顔を見合わせ、頷き合う。

 ささやかなクリスマスイブの夜が幕を開けた。

 

 

***

 

 

「素敵なクリスマスプレゼントありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 僕から贈られた婚約指輪を飽きずに眺めていた黎は、幸せそうにはにかむ。僕もそんな黎の笑顔を見れたのが嬉しくて、先程から口元が緩みっぱなしである。

 あらゆる角度から指輪を観察していた黎だが、何か思い出したように手を叩く。「指輪を貰ったのが嬉しくてすっかり忘れていた」と苦笑した彼女は、小さな箱を取り出した。

 クリスマスプレゼント用の綺麗なラッピングが施された小箱を受け取った僕は、年甲斐と外聞もなく包みを開けた。中に入っていたビロード張りのケースを開ける。

 

 

「カフスボタンにネクタイピン、ラペルピンのセット一式か……。あしらわれてる宝石は何だろう? 緑色の宝石で、こういうのは見たことないなぁ」

 

「ムーンストーンだよ。6月の誕生石なんだ。ムーンストーンにも色があって、緑色は“相手の本質を見抜くことで事態を好転させる術を導きだし、実践する”ことで“ストレスを最小限に抑えたり、事態を好転させる”効果があるんだって」

 

 

 「購入した宝石店で知った」と黎は語る。彼女もまた、宝石の色には世間一般のイメージからは想像できないものがあると知った人間なのだろう。実際、彼女が“サファイアに桃色系列がある”ことを知ったのは、僕が宝石の名前を告げたときだったのだから。

 他にも僕たちは――クリスマスプレゼントを選ぶために――様々な宝石を物色していた。僕個人としては、緑色のガーネット――世間一般では、ガーネットの色は赤系だ――や白いトパーズ――世間一般では、トパーズは黄色系がメジャーだ――が印象的だったか。

 

 

「そうか。僕の誕生石なんだね。嬉しいよ、ありがとう。……ふふ、スーツを着るときが楽しみだ」

 

 

 来るべき将来、自分の姿を思い浮かべる。有栖川黎の専属パラリーガルとして、びしっとしたスーツで身を固めた僕自身の姿だ。

 

 彼女のくれた一式――カフスボタン、ネクタイピン、ラペルピン――は、きっとどんなスーツにも似合うだろう。

 僕自身だって、黎のパラリーガルに相応しい男になっているはずだ。それを現実にするためにも頑張らなくてはなるまい。

 

 

「吾郎、これからどうするの?」

 

「え?」

 

「……家に、帰るの?」

 

 

 僕がそんなことを考えていたとき、黎が問いかけてきた。ご馳走を食べ終わり、片付けも済んだ。時刻はあと数時間で24日が終わる頃。

 

 クリスマスに恋人同士が一緒にいるのに、「帰る」とは無粋ではなかろうか。

 少々ムッとしたのはしょうがないだろう。僕は悪戯っぽく笑い、黎に囁く。

 

 

「クリスマスイブやクリスマス当日に、恋人が一緒に過ごすんだ。……何するか、分かるよね?」

 

「……そっか」

 

 

 それを聞いた黎は俯く。耳元が真っ赤に染まっているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。面食らう僕の理性を試すが如く、黎は僕の袖を弱々しく引いた。

 「私も、同じ気持ち」――蚊の鳴くような声で紡がれた言葉を、僕は正しく理解する。顔を赤らめ、目だけで僕の表情を窺う彼女の表情の破壊力を何と言えばいいのか。

 多分……いいや、確実に、俺の顔は真っ赤だろう。ぎぎぎ、と、首から軋むような鈍い音が響く。暫し無言のまま顔を見合わせていたが、俺はぎこちない動作で手袋を外した。

 

 黎の頬に触れる。彼女はうっとりと目を細めた後、自分からすり寄って来た。蕩けるような笑みを見ているだけで、何もかもが許されているような心地になる。誘われるようにして口づければ、黎も目を閉じて応えてくれた。

 勢いそのまま、屋根裏部屋のベッドに座り込む。少々硬めのベッドは、スプリングをぎしりと軋ませた。手と舌を絡めて、互いを求めあう。結局この程度では満足できなくて、俺は乞うようにして黎の手の甲に口づける。黎はふわりと微笑み、俺を抱きしめ返す。

 

 ――まだ、夜はこれから。

 

 許されるわずかな間でも構わない。

 今だけは、こうやって愛し合っていたかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 微睡んでいた意識が、鮮明になっていく。目を開ければ、幸せそうに眠り続ける黎の寝顔が飛び込んできた。色白な肌には赤々とした欲望の証が映える。すべて僕が刻んだものだ。僕は内心苦笑する。

 今日出頭してしまえば、再びこうして一緒に過ごせる日が訪れるのがいつになるか分からない。そのため、ただ必死になって互いを求めあった。色々概算度外視したせいか、正直に言うと少々気だるい。

 

 僕は黎の頭を撫でながら、周囲を見回してみた。部屋の中はぼんやりと薄暗く、まだ太陽が昇る時間帯ではないようだ。

 

 そんなことを考えていたとき、腕の中にいた黎が小さく身じろぎする。

 俺が「あ」と声を漏らしたのと、黎の瞼がゆっくり開いたのは同時だった。

 

 

「起こした?」

 

「ううん。……おはよう、吾郎」

 

「おはよう、黎」

 

 

 冬の早朝――夜明け前は肌寒い。僕と黎は布団にくるまったまま、もぞもぞと体を起こした。黎を抱きしめるような形で彼女の温もりを感じ取る。黎も僕の抱擁を解くことなく、僕の体温を享受してくれた。

 あと数時間後、僕たちは冴さんと共に警察署へ出頭する。そうなれば、僕たちは引き裂かれることになるだろう。再びこの手を取って温もりを感じることが許される日がいつになるのか、全く分からない。だからこそ、互いの温もりを噛みしめていた。

 手を絡めた左手薬指には揃いの指輪が嵌められている。桃色系列のサファイアは、白銀とシャンパンゴールドのリングの上に飾り付けられていた。激しい主張はしていないが、指輪の持ち主に対する深い愛情と守護の力を宿している。

 

 宝石へ込めたのは、僕の祈りと願いそのものだ。おそらく、僕を見上げる黎も、同じことを考えてくれているのだろう。

 一途な愛が互いに向けられているという事実が嬉しくて、その事実が何よりも尊くて、こうしていられる時間が幸せだった。

 

 

「――あ」

 

「どうしたの? ――あ」

 

 

 じゃれ合いを止めて窓の外に視線を向けた黎につられて、僕も窓の景色を見る。ほんのり霜と氷が張った窓から、東雲の光が差し込んできた。

 

 黎明――有栖川黎の名前の由来となった朝焼けが広がる。昨日までの朝と違って清々しく感じるのは、ヤルダバオトが造り上げた怠惰の檻から解き放たれた人類が初めて迎えた朝だからであろう。

 人は、安寧と怠惰の中に沈むことを良しとしなかった。どんな苦労や困難があっても、自分自身の手で切り開いて行くことを選んだ。今、人々の目の前には本当の意味の“自由”が広がっている。

 

 僕らが迎えた新しい朝は、今まで見てきた朝日の中でもとりわけ特別な朝だった。これ以上ないくらい美しい黎明だった。

 自分たちが貫いた正義の果てに、勝ち取った未来がある。大切な人たちが胸を張って生きていく世界が広がっている。

 『神』の理不尽は、もう僕たちを縛り付けることはできない。本物の自由を得て、腕の中には愛する人がいる――なんて、幸せなんだろう。

 

 

「……綺麗だね」

 

「そうだね。……キミと見る景色はいつも綺麗だけど、今日は特別だな」

 

「私もそう思う。――絶対、忘れない」

 

「ああ。俺も、絶対忘れない。忘れたくないよ」

 

 

 絡める手に力を込めて、僕たちは窓から見える黎明を見つめた。

 

 あと数時間後、僕たちはルブランを出発する。誰にも何も知らせぬまま、たった2人で出頭する。怪盗団の成した『改心』は、獅童たちの犯した『廃人化』と同等に――重大犯罪として――扱われることだろう。双方共に、少年院送りになることは免れまい。

 僕はおそらく大学の合格は取り消されるだろう。黎も秀尽学園高校を退学させられることになる。御影町の有栖川本家には、鴨志田のコピペやいつぞやの変態どもが「有栖川家を助けてやる。代わりに黎を奴隷として寄越し、自分たちを優遇しろ」とすり寄って来るだろう。

 

 いくら有栖川本家と言えど、ここまでの騒ぎになってしまえば僕らを庇いきれない。それでも僕らを守るために手を尽くしてくれるだろうが、表向きでも『完全に絶縁および勘当』しなければ騒ぎは収まらないだろう。外様の連中はしつこいからだ。

 “保護者の監督不行届”というお題目で航さんが槍玉に挙げられる危険性もあった。絶対的な精神の支えだった至さんを失った航さんにとって、“泣きっ面に蜂”という言葉が相応しい状況はあるまい。……どの道、周りの人に迷惑をかけることになりそうだ。

 

 

「そろそろ準備しよう。冴さんを待たせるのは悪いし、他のみんなに気づかれてしまうかもしれない」

 

「うん。急がなきゃ」

 

 

 名残惜しいが、一時の別れだ。すべてが終われば、もう一度手を取り合うことができる。

 その証は東京の黎明に照らされ、互いの左手薬指でキラキラと輝いていた。

 

 

***

 

 

「……その様子からして、きちんと決着付けてきたみたいね」

 

 

 朝焼けの眩しさがすっかり薄くなり、空の色が青くなり始めた頃。東京に住まう人々が動き始めた朝に、冴さんは僕たちを迎えにやって来た。

 

 薬指に揃いの指輪を嵌め、指をしっかり絡めた僕たちの様子を見た冴さんは納得したように頷く。少しやつれたような――それでいて、慈愛に満ちた眼差しを僕らに向けてきた。

 僕と黎は迷うことなく2つ返事で答えた。「私たち、一緒に出頭します」――黎が淀みなく告げれば、冴さんも「そう来るだろうと思っていたわ」と苦笑する。

 

 

「それじゃあ、向かいましょう」

 

「はい」

 

 

 僕と黎は同時に返事をして、一歩踏み出す。

 この先の歩みには勝利などなく、待っているのは断頭台。

 破滅に向かっていると分かっているはずなのに、足取りは酷く軽かった。

 

 




魔改造明智と拙作ぺご主♀のクリスマス~出頭に至るまでのお話です。保護者がいなくなった悲しみを引きずりつつ、自分たちに待つ破滅の影を感じつつ、書き手ですら苦笑するレベルの糖度を突っ込んでみたつもりです。書き手の糖度は、書き手自身ですらアテにならないんだよなぁ(遠い目)
空本至として世界に存在できなくなった保護者ですが、化身である蝶の群れを使ってちょっかいをかける程度の介入は可能な模様。割とお節介です。実体があったら、きっと優しい目をしていることでしょう。いい笑顔も変わらないのかもしれません。
どうでもいい話ですが、拙作の冴さんがいる世界線にぺご主♂がいて真とデキていた場合、イベント後に冴さんに呼び出されて尋問or拷問されます。冴さんに伴侶がいたら態度は軟化したのかもしれませんが、この世界線では無意味な「たられば」でしかありません。どこかの世界線には“リア充の冴さん”がいるかもしれませんね。それを願いましょう。

フラグ管理事情で思うところがあったので、投降後の話を遡り、指輪に関連する部分の描写を修正しました。以前もフラグ管理に関する描写を書き直す事態に陥ったことを考えると、自分の甘さや未熟さに苦笑してしまいます。精進しなきゃいけませんね(苦笑)
指輪の宝石はピンクサファイアとパパラチアサファイアがあしらわれているイメージです。“持ち主を悪意から守り、恋人や伴侶を一途に愛する宝石”として選びました。このネタは別な作品に使おうかなと思っていたのですが、拙作の魔改造明智×黎のイメージにも合致するので選びました。
花言葉や宝石言葉を作品に組み込むのが大好きです。

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