・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
@
@デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・フィレモンのポンコツ具合とゲス具合に拍車がかかる。
「カグヤ・
ジョーカーが真実さんから託されたペルソナ――カグヤ・
勿論、他の面々も自分の最強攻撃を次々と叩き込んでいく。僕はそれを横目に見つつ、聖杯――正確にいうには、聖杯に集束している管への距離を詰めていた。大きな手を模したモニュメントへ飛び移っていく。聖杯は僕の接近に気づかず、怪盗団を殲滅するための攻撃を繰り出していた。
聖杯の傷は徐々に多く刻まれていく。力関係は怪盗団有利に傾いている様子だった。
だが安心できない。統制神のことだ。怪盗団が勝利を確信した頃を見計らって、無尽蔵に回復してくるだろう。聖杯の存続――否、救いを求めて縋る人々の声をエネルギーにして、それを管から取り込むことで、あの理不尽な回復を行使してくる。
幾何かして、ようやく僕は丁度いい足場に辿り着いた。至近距離から見る管は不気味に輝いており、脈打っている。平時だったら絶対に近づきたくない光景だ。口元を抑えたくなるような衝動に駆られるのを押し止めながら、僕は突剣を構えた。
「聖杯を崇める大衆は無尽蔵にいる。その願いと力が、我を永遠にする」
「――大層なことを言ってるけど、供給源を絶てば、大したことないんだよなっ!」
―― お前の永遠なんざ、獅童の天下より短いっての! ――
聖杯が力を行使しようとしたタイミングで、僕
傷を癒すためのエネルギー源を絶たれた聖杯は、驚いたように声を上げた。背後でナビが「これでどうよ!」と得意げに笑う。
僕も同じように笑いながら、モニュメントの上から飛び降りてジョーカーの元へと合流した。仲間たちは不敵な笑みを浮かべ、聖杯へ向き直る。
人間や僕たちのことを「ども」という括りで呼ぶような存在に、黙って支配されるつもりなんて毛頭ない。
「あとは真っ向勝負だ! 派手に行けぇ!!」
ナビの激励を皮切りに、怪盗団の一員は次々とペルソナを顕現して聖杯に攻撃を叩きこんだ。回復手段を失った聖杯は存外脆い。全力の攻撃を叩きこんだ結果、轟音と共に聖杯の鎖が断ち切られた。回転していた装飾は動きを止め、沈黙する。
呆気ない終わりに拍子抜けする者たちがいる中で、僕とジョーカーは黙ったまま相手の動きに目を光らせていた。経験上、歴代ペルソナ使いたちを苦しめてきた『神』たる存在が、こんなにも呆気なく終わるはずがないのだ。
「ナビ、どうなったの?」
「目標沈黙……した、けど……」
クイーンの問いに対し、ナビはおずおずと答える。他の仲間たちも、何とも言えぬ様子で聖杯を見上げていたときだった。
僕とジョーカーの予感は的中し、周囲の壁や床に光が走り始める。聖杯にエネルギーを与えていた赤黒いものではない。僕たちをメメントスから追い出したときの白い光である。身構える僕たちなど歯牙にもかけず、白い光はすぐさま赤く変貌した。
聖杯の装飾が動き始める。機械仕掛けとなっているソレは勢いよく回転し始めた。呼応するようにして、地響きがどんどん酷くなっていく。――まるで、このフロアごと聖杯が変形しているかのようだ。
「もしかしなくてもヤベエだろコレ!?」
―― もしかしなくてもヤベエだろコレ!? ――
スカルと“明智吾郎”が同じ言葉をシンクロさせる。こいつらは意外と仲が良いのかもしれない――なんて、平時の僕なら考えていただろう。
バキバキと嫌な音が響き渡る。背後の壁がゆっくりと開いたのと、赤い光を纏った金色の聖杯が変形し始めたのはほぼ同時。
聖杯を覆っていた歯車仕掛けの装飾が吹き飛び、外壁が羽のように広がる。黄昏の空が視界を覆いつくし、その眩しさに目を奪われた。
大地は天高くまで伸びる。眼下には、東京のビル群が見受けられた。高層ビルなんかよりもずっと高い。高所恐怖症の人間だったら、発狂して気絶しているだろう。
聖杯の下から這い出してきた胴体が浮上し始める。羽は丁度、王冠として頭部に装着されるらしい。言い方は身も蓋もないが、合体ロボの変形を見ているような気分だった。
――そうして、『神』の全貌は明かされる。
機械仕掛けの無機質な翼、数多の手、白銀の体躯。その大きさは高層ビルに匹敵する程のものだ。ここまで巨大な『神』は見たことがない。精々、僕らより身長が2.5~4倍近い体躯だったり、空を飛んでいたり、真正面から認識できない存在であることくらいだった。
僕たちの世代は、どうやら大規模な存在と対峙する羽目になる定めらしい。怪盗服とか反逆の意志とか、毛色の違いに経験則がうまく働かなくなったこともあったが、僕の経験則も大したことはなかったのだと思い知らされた心地になる。ビビっている訳ではないが、僕は井の中の蛙だったようだ。
想像を絶する巨大な姿――『神』の真の姿を目の当たりにした仲間たちは驚きに目を丸くしている。『神』との戦いを見てきた僕でさえそうだったのだから、所見である怪盗団の面々は余計に想像できなかっただろう。……もちろん、この光景を目の当たりにしただけで尻込みするはずもないのだが。
「我は人間の無意識より生まれい出し管理者、統制の神ヤルダバオト」
「ヤルダバオト……!」
ヤルダバオトの名を聞いたジョーカーの面持ちが剣呑なものになった。彼女の背後に浮かぶ“ジョーカー”の表情も、奴への反逆の意志に満たされている。灰銀の双瞼に浮かぶのは明確な怒りだ。
あれが今回の黒幕。獅童正義を始めとした汚い大人たちのパレスを創り上げ、僕や有栖川黎を『駒』にした『ゲーム』を作り上げた張本人。それは“ジョーカー”と“明智吾郎”にも該当していることだ。当時のことを思い出したのか、“ジョーカー”の瞳がより一層鋭くなった。
特に“明智吾郎”の場合、奴と対峙する頃には既に命を落としているため、直接相対峙するのは初めてのことだった。僕の経験則を共有しているから「『神』はロクなものではない」と知っているものの、その全貌には驚いたらしい。たじろぐように身じろぎした。
しかし、ヤルダバオトの巨躯を見上げていたのはほんの僅かの間だけだ。“彼”は眦を釣り上げ、迷うことなく、自分を使い潰して遊んでいた張本人と対峙した。
実際、ヤルダバオトには大きな借りがあった。ご丁寧に、奴は破滅までの道のりを舗装し、先導してくれたのである。おかげで人生が滅茶苦茶になったし、苦しい思いをした。終いには、大事な人をたくさん泣かせて悲しませた。
その怒りをぶつけることが罪であるなら、僕はもう罪人でいい。これこそ、理不尽に罪人認定された側が報われるべきだろう。ふんぞり返る統制神に対して、得物を構えて下剋上をしたって許される案件ではなかろうか。閑話休題。
「聖杯の時点で割とデカかったけど、この大きさは完全にありえねーだろ! ビルか!? それともロボか!?」
「『人間をエネルギータンクにしよう』なんて発想するヤツだから規格外だとは思ってたけど、流石にこれは規格外すぎでしょ……!?」
ナビとパンサーは身構えながらも、ヤルダバオトの巨躯を見上げている。様々なパレスやメメントスで数多の異形を相手取って来たが、ここまで規模が大きいのは初めてだ。
鴨志田の城も、班目の美術館も、金城の銀行も、双葉のピラミッドも、奥村社長の宇宙基地も、獅童の箱舟も、大衆の牢獄も、統制神の前では児戯で作られた玩具にすぎない。
「管理者の役目は、人間を正しい発展へと導くこと。そして、人間の愚かさと退行が示された今、それを粛清するのは神の役目」
「テメェ勝手な出来レースだったじゃねえか! むしろそれがやりたくて、ウチのバカップルどもを巻き込んだんだろ!? 日本語は正しく使えよな!」
「愚かな大衆は、強い人間を受け入れぬ」
「話聞けよ! 『神』のくせに、その心の狭さはどうにかならねーのか!?」
ヤルダバオトは訥々と言葉を紡ぐ。憤慨したスカルが容赦なく話の腰を叩き折っても尚、統制神は演説を止めなかった。
スカルの言葉通り、ヤルダバオトには“人間側の主張を聞く”という側面が皆無であった。奴自身の驕りがそうさせているのだろう。
驕りの根っこにあるのは、創造主であるフィレモンへの憎しみと承認欲求だ。嘗て“明智吾郎”/僕が、父である獅童へ向けた屈折した想い。
――それが、“創造主が希望を託す存在たる人間たち”への嫌がらせや八つ当たりとして、この『ゲーム』に反映されている。どこまでも悪趣味極まりなかった。
「怠惰な思考を撒き散らし、世界を退化させてゆく。人間に任せておいては、緩やかに破滅するのみ。――最早、更生などとは生ぬるい」
「彼らは悪人なわけじゃない! 人間の心を利用し、使い潰そうと画策するアンタの方がずっと悪らしいわよ!」
「何を言うか。例え人間の多くが善良な市民であっても、奴らは目の前の一本道を進む以外に能がない。なぜならば、悩むこと、選択することには苦痛が伴うからだ。苦痛から逃れたいと思うのはみな同じだろう? 嘗てのお前もその1人だったではないか」
「おあいにく様。あの頃の自分とはもう決別したの。思いっきり悩んで、思いっきり苦しんでもいいから、自分で選択する自由を求めるわ」
鬼の首取ったりと言わんばかりに、ヤルダバオトはクイーンの痛いところを突く。嘗てのクイーンもまた、選択することを放棄していた人形――大人の言いなりになることを選んだ囚人に過ぎなかったためだ。
だが、過去の自分と決別したクイーンにとって、ヤルダバオトの揚げ足取りなど通じない。彼女は怖気ずくことなく、屹然とした態度で言い放った。ヤルダバオトは嘲笑し、演説を続ける。
「道の果てが破滅の崖だとしても、考えずに進むだけ……。そんなものは理性無き獣の群れと同じだ。失望するのは当然だろう」
「大層なことを並べているが、本音が見えてるぞ。『そうなってくれた方が、支配者としてやりやすい』って。ハリボテ以下の大義名分を掲げてやろうとしたことは、子どもの癇癪以下じゃないか」
「『神』のくせに思い込み激しいな! ……いや、大体の『神』は独善や自身の快楽が行動原理だからしょうがないのか? わけわかんねーや……」
「人間の為に自分が『神』として君臨すると語るならば、人間の為に消滅することこそ本望では? 貴方は人間に対して災いしか齎さない。他ならぬ人間がそれを否定しているのだから、人間に倒されることこそが貴方の役目でしょうに」
僕は思わずため息をついた。ナビも同じ気持ちらしく、呆れ果ててしまっている。最年少である16歳にまで軽く見られる『神』の器なぞ、たかが知れていた。
奴の望みを知っており、それが奴自身の発言と矛盾していることを見抜いたノワールが不機嫌そうに統制神を睨みつけた。彼女の紡ぐ言葉は皮肉に満ちている。
統制神はノワールの言葉に不快そうな様子を示したが、「世界を統制し、未来の采配を振るうのが自分の役目――存在意義である」とはっきり言い放った。
人のためなどと大義名分をほざきつつ、その実、自分がこの世界の頂点に君臨することで想像主たるフィレモンを見返そうと画策している。ヤルダバオトが行う統治は、自身の欲望の為でしかない。
こういう奴には、最早何を言ったって意味はないだろう。
向うもまた、同じことを思い至ったはずだ。
「歯向かう者には、天よりの刑罰を降す」
ヤルダバオトは厳かに言い放つと、自身の力を解放した。
この場一帯に衝撃波が走る。桁違いのエネルギーが、奴の殺気と共に肌へと突き刺さってくるような感覚。それでも尚、僕たちは怯まずに統制神を睨みつけた。
相手が桁違いの存在であることは百も承知。自分の大事なものを守るために立ち上がった僕たちが成すべきことは、たった1つだ。
「……ふ。俺としたことが、愚問だったな。――『勝てるのか』ではなく、『勝つ』んだ。何が何でも」
「最高の展開じゃねえか……! 本気を出してきた『神』が相手なんだぜ? これ以上の大物がいるかよ」
弱気になりかかっていたフォックスだが、自力で持ち直したらしい。刀の柄に手をかける。順平さんとの約束が、今の彼を突き動かしているのだ。
怪盗団およびトリックスターの導き手たるモナもまた、統制神との直接対決に闘志を燃やしていた。己の存在意義、その決算が近いためであろう。
不敵に笑っているのはフォックスとモナだけではない。スカルも、パンサーも、クイーンも、ナビも、ノワールも、僕やジョーカー
今まで歩いてきた道のりを思い出す。最初は僕と黎がいて、そこにモルガナと竜司が加わった。更に杏がやって来て、祐介、真、双葉、春がやって来た。最初はたった2人だけだった僕たちは、気づけば怪盗団なんてものを結成し、いつの間にか8人と1匹の大所帯だ。
怪盗団だって、最初は4人と1匹で手探りに進んでいた。どいつもこいつも個性が強くて、世間から爪はじきにされて、大人に食い物にされかかっていた。理不尽への反逆を声高に叫んだがために潰された者、間違いに気づきながらも目を逸らしてきた者、生きる気力すら無くしかけていた者――彼や彼女らの居場所が、ここだった。
特別な力を行使して世直しをする中で、人々から称賛されたことがある。自分たちの存在を認めてもらえたことに喜びを感じ、自分たちの力が世界を変えていくことへの充実感を噛みしめた。その爽快感すら罠だと気づき、悪意に対抗するために策を練ったことだってあった。そうやって、数多の危機を乗り越えた僕たちは、深い絆で結ばれている。
「まったく……幾ら何でも大物すぎるのよ。理不尽ここに極まれり、って? ――上等じゃない」
クイーンが拳と掌を打ち付けた。
「気合でナビだ! 私のコードネームに誓って、勝利へ導いてやる!」
ナビが意気揚々と分析を始める。
「みんなと一緒なら、できる! 今までだってそうだった。そうして、これからだって!」
ノワールが仲間たちを見回す。
「当然! アタシたち怪盗団は、最強のチームだもの!」
パンサーも頷いた。
「『神』を斃して有終の美か……これ以上ない芸術だな。俺たちにとって、最高の『オタカラ』になりそうだ」
フォックスが顎に手を当てる。
「要はブッ倒しゃいいんだよな!? 先輩たちがやって来たのと同じようにっ! ――そういう荒事は、俺たちの得意分野だぜ!」
スカルは拳を振り上げた。
「……まったく、最高にバカな連中だぜ。オマエたちと組めたことが、ワガハイにとってはこれ以上ない『オタカラ』だったな。……幸せだったよ。本当に」
モナは噛みしめるように呟いた。
全員、笑っている。自分たちが負けるなんて微塵も思っていないような、大胆不敵な笑みを浮かべていた。
そうやって、僕たち怪盗団は、数多の困難を乗り越えてきたのだ。今更また困難が1つ増えたところで、どうってことない。
「さて、『神』さま。『ゲーム』には終わりが付き物だって知ってるだろ?」
「何……?」
「俺たちがお前を斃して、大団円のハッピーエンドだ。――これ以上、俺たちの人生を滅茶苦茶にされて堪るかよ」
―― 確か、『顕現してさえいれば、神様は殴れる』だったな? 丁度いいじゃないか ――
俺は突剣の柄に手をかける。俺の言葉に同意するように、ロキ/“明智吾郎”が顕現した。仮面の下から覗く瞳も、鋭さを増している。
ジョーカーも仲間たちを見回し、前へ――統制神へ向き直る。灰銀の双瞼に、一切の迷いはない。
「さあ、行こう! 私たちの未来を、そしてこの世界を
「我が統制を否定する反逆者どもよ。――破滅せよ」
その音頭を皮切りに、僕たちはヤルダバオトへ攻撃を仕掛けるために駆け出した。ヤルダバオトの方も、僕たちを倒すべき存在とみなして攻撃動作へと移る。
ヤルダバオトの手には様々な武器が握られていた。剣、本、鐘、銃――どれも荘厳な輝きを宿しており、神の所有する武器に相応しい規格外ばかりだった。
ナビがプロメテウスを顕現し、早速分析する。そうして、「うわっ、なにこのデタラメ具合!? 面倒臭い!」と声を上げた。情報はクイーンへと手渡される。
「ヤルダバオト自身に有利不利属性はないけど、各腕にはそれぞれ反射する属性があるから注意して! 銃を持つ腕が銃撃と風、鐘を持つ腕は火と念動、剣を持つ腕が物理攻撃と雷、本を持つ腕が氷と核熱を反射するわ。祝福、呪怨、万能属性なら影響を受けずにダメージを与えられるはずよ!」
「まずは邪魔な腕を処分しよう! みんな、お願い!」
ジョーカーの指示を受け、仲間たちは走り出す。超覚醒しているペルソナを所持している面々は、自分の弱点属性を高確率で回避するスキルを有していた。完全に無効化できるわけではないが、回避率を底上げしておくことで安定性をさらに増しておく。
敵の能力を弱体化し、味方の能力を底上げする――いつもと変わらない戦術だ。ヤルダバオトは僕たちを見下し、『神』の力を行使する。神意を高調させた統制神は、禍々しい光を打ち放ってきた。慌てて防御したが、能力を下げていなければ叩きのめされていたかもしれない。
「見たか。これが、貴様らが逆らおうとする『神』の力だ」
「それがどうしたってんだ!? こっちだってまだ終わった訳じゃねーぞ!」
モナはそう叫ぶなり、メリクリウスを顕現して俺たちの傷を癒す。コンセントレイトやチャージで威力を高めていた面々が、ペルソナを顕現して攻撃を仕掛けた。
スカルのセイテンタイセイがゴッドハンドを、ノワールのアスタルテがワンショットキルを、パンサーのヘカーテが大炎上を放つ。ジョーカーもまた、メサイア・
俺たちの攻撃を喰らったヤルダバオトの腕たちがバラバラと砕け散る。だが、自分の腕が粉々に砕けたことなど歯牙にもかけず、統制神は光の矢を放つ。フォックスとクイーンは防御を固めてそれを受け止めた。勿論、双方共にやられっぱなしで終わるつもりはない。フォックスがカムスサノオを、クイーンがアナトを顕現して反撃した。
冷気と核熱がヤルダバオトを襲う。統制神は小さく――けれど確かに――苦悶の声を漏らした。『顕現してさえいれば、神様は殴れる』の格言は、やはり事実だ。このまま勢いよく攻め込めればいいが、やはり腐っても『神』。そう一筋縄ではいかないらしい。ヤルダバオトは腕を復活させると、粛々と宣言した。
「我は解き放つ。『色欲』の大罪を」
「っ!?」
「人間よ、お前に逃れる術はない。人類が湛えた『狂気』が、破滅を呼ぶのだ」
金色に輝く銃口が俺に向けられる。纏わりつくような闇が容赦なくこちらへと降り注いだ。
反射的に防御態勢を取ったおかげか、それとも元から威力が低かったのか、踏み止まることは容易だった。
だが、戦おうとした俺の脳裏に、場違いな光景が浮かび始めた。
私服姿の黎が俺を見て、嬉しそうに笑っている――そんな妄想を皮切りに、頭の中が有栖川黎/ジョーカー一色で染め上げられる。
ころころと表情を変え、格好を変え、状況を変え、数多の妄想が俺の頭の中で反響した。
(どうしてこんなときに、こんな妄想が!?)
俺は半ば混乱しながらも、どうにかしてヤルダバオトに攻撃しようと意識を集中させる。だが、その抵抗すら意味をなさず、俺は動くことができなかった。誰かの叫び声がひっきりなしに響くが、その声は妙に遠く感じる。
何とかしないと――俺が半ばパニックになりかかっていたときだった。青い光と共に、癒しの光が降り注ぐ。制御不能だった俺の妄想がようやく収まった。振り返れば、ジョーカーがカグヤ・
「ごめん、助かった」
「気にしないで。次、来るよ!」
銃を持つ腕は銃撃と風属性を反射してくる。それだけではなく、俺たちに銃刑を喰らわせてきた。ヤルダバオトより脅威は低いと言えど、邪魔であることには変わりない。
「よくもやってくれたな……! ――来い、カウ!」
俺は仕返しとばかりにカウを顕現し、コンセントレイトで威力を底上げしつつ大炎上を放った。腕ごとヤルダバオトを焼き焦がす。
追撃と言わんばかりに、フォックスのカムスサノオがマハブフダインを打ち放った。急激な温度変化に、ヤルダバオトは苦悶の声を上げる。
他の面々も次々にヤルダバオトへ攻撃を叩きこんだ。統制神や銃を持つ腕も未だ健在であり、威風堂々とした佇まいを崩さない。
ヤルダバオトの腕が姿を現し、武器を取る。
その腕が得物としていたのは、金色に輝く鐘。
「我は解き放つ。『虚飾』の大罪を。人類が湛えた『偽計』が、破滅を呼ぶのだ」
ヤルダバオトが標的に選んだのはパンサーだ。鐘の音と共に、纏わりつくような闇が彼女に向かって降り注ぐ。パンサーは防御してそれを耐えた。だが、ナビが慌てた様子で声を上げる。
「まずいぞパンサー! パンサーのペルソナ、全属性が弱点になってるっ! 防御を固めるんだ!!」
「嘘!? ――って、きゃああ!?」
銃口がパンサーを捕えた。寸でのところで防御は間に合ったものの、無理矢理変質させられた弱点属性のせいで普段より多くのダメージを受けてしまった。こうなると、防御一辺倒にしても厳しいものがある。クイーンが回復役に回ることで踏み止まったが、攻撃に集中できないのは痛い。
パンサーを庇いつつ、俺たちはヤルダバオトに攻撃を仕掛けた。腕の破壊を優先しつつ、ヤルダバオトにもダメージを与えていった。俺はロビンフッドを顕現し、ランダマイザで奴を弱体化する。敵の防御力を下げたタイミングを見計らい、チャージで力を貯めていたジョーカーがペルソナを顕現した。
怒涛の全体対象8回攻撃が叩きこまれる。それはヤルダバオトの本体に大きな傷を与えただけでなく、拳銃と鐘を持ったヤルダバオトの腕を纏めて破壊した。厄介なものが片付き、後は本体に集中すれば――……とはいかないらしい。奴は慌てることも焦ることもなく、次の行動に映った。
ヤルダバオトの腕が新たに出現し、武器を取る。
その腕が得物としていたのは、金色に輝く剣。
次の瞬間、剣の輝きがより一層激しくなった。ヤルダバオトは静かにそれを振り下ろす。
「我は解き放つ。『暴食』の大罪を。人類が湛えた『我欲』が、破滅を呼ぶのだ」
視界を塗り潰すような光が炸裂した。あまりの眩しさに目を覆って衝撃に備えたが、特に何の痛みもない。だが、突如俺たちの身体が重くなった。
ナビ曰く、ペルソナを使う際に必要な精神力が倍になるらしい。今回はペルソナではなく、自分の得物を振るった方が良さそうである。
「成程な。本体はこんな戦い方をしてくるのか……。もしかしたら、他にも面倒な攻撃を持ってるかもしれねぇ」
「みんな、気を付けて戦おう! 今回は銃や武器を使って、精神力を温存して!」
ヤルダバオトの行動パターンを目の当たりにしたモナが小さく唸った。彼の指摘を引き継ぎ、ジョーカーが仲間たちに指示を出す。
ペルソナに頼れないせいか、統制神や奴の腕に決定打を与えることはできなかった。その隙を突くようにして、ヤルダバオトは更に動いた。
ヤルダバオトの腕が新たに出現し、武器を取る。
その腕が得物としていたのは、金色に輝く書物。
「我は解き放つ。『憤怒』の大罪を。人類が湛えた『激情』が、破滅を呼ぶのだ」
書物の先にはクイーンがいた。次の標的はどうやらクイーンらしく、纏わりつくような闇が彼女に向かって降り注ぐ。クイーンは難なく防御した。
「――よくも、よくもやってくれたわねッ!? 絶対ぶちのめしてやるッ!!」
「く、クイーンが憤怒状態になって暴れはじめた!? た、頼むから言うことを聞いてくれぇぇ!」
――…………防御した、のだが。
ヤルダバオトによってあの書物から繰り出された攻撃は、対象者の怒りを増幅させる効果があるらしい。クイーンは容赦なくアナトを顕現し、核熱属性の全体攻撃を打ち放った。
怒りの力によって威力が上昇していたため大きなダメージを与えることはできたものの、書物は核熱属性を反射してきた。アナトは核熱属性を無効化するため、デメリットはない。
クイーンの暴れっぷりに戦々恐々としつつも、モナとパンサーがペルソナを顕現して傷や状態異常癒してくれた。クイーンも正気に戻り、改めて戦線に合流する。
そのとき、剣が俺たちに斬撃を浴びせてきた。全体攻撃とは厄介である。
やはり、ヤルダバオトの腕は邪魔だ。統制神の本体ごと、全部まとめて吹き飛ばす方が手っ取り早い。
「射殺せ、ロビンフッド!」
「メサイア・
セオリー通り、コンセントレイトからのメギドラオン。万能属性の最強技は伊達ではなく、元から仲間たちの攻撃で弱っていたヤルダバオトの腕は呆気なく消し飛んだ。
仲間たちも威力を増幅させた自分の最強技を叩きこんだり、自身の特異な技を連続で繰り出す。ヤルダバオトは未だ健在で、攻撃を耐え切ると、即座に反撃に移る。
再び出現したのは黄金の銃を持った腕。その銃口は、今度はフォックスへと向けられる。
「我は解き放つ。『強欲』の大罪を。人類が湛えた『執着』が、破滅を呼ぶのだ」
纏わりつくような闇が彼に向かって降り注ぐ。フォックスは難なく防御したが、苦しそうに呻きながら膝をついた。
「は、腹が減った……!」
「まさかのおイナリ通常運転!?」
「……ち、力が出ない……」
どうやら、先程の攻撃は空腹を誘発する攻撃らしい。攻撃力が著しく低下してしまった今のフォックスでは、雀の涙程度の攻撃しかできなかった。
仕方がないので、ジョーカーは道具袋から食べ物を取り出してフォックスに放り投げる。彼は「恩に着る!」と言いながら、ビックバンバーガーを頬張っていた。
今のフォックスの食べっぷりなら、ビックバンチャレンジを余裕でクリアできそうだ。あの調子では、ヤルダバオトに攻撃する人員に選ぶことはできないだろう。
ヤルダバオトの腕が動いた。銃は容赦なく俺たちを狙い撃ちし、本は雷を落としてくる。本体は光の矢を打ち放ってきた。怒涛の連続攻撃に、こちらも大分疲弊してきたように思う。勿論、ここで諦めるつもりなど毛頭ないのだが。
ジョーカーは道具袋から薬を取り出した。その薬は秘薬と呼ばれるものらしく、全員の傷だけでなく精神力も癒してくれた。これでまた、全力で戦える。フォックス以外の面々は次々とペルソナを顕現し、ヤルダバオト目がけて攻撃を叩きこんだ。
「ロキ!」
―― いい加減、消えやがれっ! ――
ロキ――“明智吾郎”は容赦なくレーヴァテインを叩きこんだ。ヤルダバオトは未だ健在。しかし、フォックス以外の一斉攻撃によって、本と銃を構えた腕は弾けるようにして消滅した。そのタイミングで空腹が収まったのだろう。フォックスは再び戦線へ復帰した。
ヤルダバオト本体だけとなっても、安心はできない。本人の戦闘力も去ることながら、まだ奥の手を隠し持っている可能性がある。
降り注ぐ光の矢を耐え忍びつつ、回復術で食い下がりながら攻撃を仕掛けた。一進一退の攻防が続く。
「まだ倒れないか……!」
「援護は任せて! 思いっきり暴れろーっ!」
ジョーカーは忌々しそうに舌打ちする。ナビがサポートを駆使し、僕たちの身体能力を上げてくれた。
そのタイミングで、ヤルダバオトが再び腕を顕現した。鐘は、スカルへと向けられる。
「我は解き放つ。『嫉妬』の大罪を。人類が湛えた『恩嗟』が、破滅を呼ぶのだ」
纏わりつくような闇が彼に向かって降り注ぐ。スカルは難なく防御した。――した、が。
「吾郎、テメェずりーぞぉぉぉ!!」
「おわあああああああ!?」
次の瞬間、スカルは突如俺へと襲い掛かって来た。俺は慌ててスカルの攻撃を受け止める。
一体何が起きたのだろう? ……よく見れば、奴の目は正気ではない。嫉妬に狂って暴走していた。
「俺だって恋人欲しいわぁぁぁぁぁ! 所かまわず黎とイチャイチャしやがって! リア充爆発しろ!!」
「うわ、コイツクッソ面倒臭い!」
「気持ちは分かるけどどうしようもないのよ! 解脱なさい!」
「のわっ!?」
俺の突剣とスカルの鈍器による異種剣載は、脇から乱入してきたクイーンのハリセンリカバーによって強制終了となった。ハリセンの衝撃で、スカルが正気に返ったためである。
先程の失態を取り返すと言わんばかりに、スカルはセイテンタイセイを顕現した。チャージからのゴッドハンドは、自分を嫉妬状態に陥れた相手――鐘を持つ腕を一発で破壊した。ニヤリと不敵に笑ったスカルだが、そこへヤルダバオトが光の矢を打ち込んだ。
寸でのところで防御が間に合ったらしい。「危ねー……」と、スカルは間の抜けた声を漏らす。だが、それも一瞬のこと。彼はすぐに態勢を整えると、ヤルダバオトへ挑みかかった。俺たちもそれに続き、統制神へと攻撃を叩きこんでいく。
統制神の威光が弱々しくなったように見えたのは気のせいではない。次の瞬間、ヤルダバオトがまた腕を生み出した。腕には本が握られている。本の項がパラパラとめくられ、そこに凄まじいエネルギーが収束していった。
ヤルダバオトは相変らず俺たちを見下している。
奴は粛々と言葉を紡いだ。
「我は解き放つ。『傲慢』の大罪を。人類が湛えた『忘却』が、破滅を呼ぶのだ」
「あの本、反撃体制を取ったぞ!」
「反撃される前に押し切る!」
ナビの分析を聞いたジョーカーは、ペルソナを顕現して攻撃を仕掛けた。チャージで威力を高めた上で、彼女は容赦ない連続攻撃を叩きこむ。本を抱えた腕は呆気なく砕け散った。
その勢いに任せて、仲間たちもペルソナを顕現して攻撃を叩きこんでいく。統制神の輝きに曇りがかってきたように感じたのは、きっと気のせいではない。
初めて相対峙したときの荘厳さは見る影もなく、黄昏色の光を放つその姿はまるで、落日を迎えようとしているかのように思える。――このまま攻め続ければ、あるいは。
次の瞬間、ヤルダバオトの腕がすべて復活する。眩しい白銀が目に突き刺さって来そうな輝きを孕んでいた。
どうやら今回復活した腕は、最初に出てきた腕と同じ万全な状態らしい。それを皮切りに、膨大なエネルギーが渦巻き始める。
ヤルダバオトは己の神意を高調させていく。奴の体躯が、夜明を連想させるような東雲色の光を放ち始めた。4本の腕から、禍々しい黒の光が収束する。
「アイツ、強力な攻撃を打つつもりだ! 最初に打ってきた、あの凄いヤツ!」
「アレを使われたら、こっちが不利になるわ!」
「勿論、さっきと同じようにして押し切る! みんな、力を貸して!」
ナビとクイーンの分析を聞いたジョーカーが、俺たちの方に向き直った。そんなこと、言われなくても分かっている。頷き返した俺たちを見て、ジョーカーは静かに微笑み返した。そうして、力を貯め始めたヤルダバオトに向き直る。
ジョーカーはコンセントレイトで魔法の威力を底上げした。他の面々も能力を上げたり、チャージやコンセントレイトで威力を底上げしたり、ヤルダバオトの能力を下げるなどしてアシストする。――そうして、ヤルダバオトも俺たちも、力を貯め終えた。
「無意識の深層が、破滅を求めるのだ。人間よ、お前に逃れる術はない」
――おそらく、この一撃で、すべてが決まる。
統制神ヤルダバオトの元に眩い光が集まったのと、ジョーカーがペルソナ――アルセーヌを顕現したのはほぼ同時。
「――汝、その罰に討たれよ。そして、破滅の門を潜るがいい」
「――奪え、アルセーヌ!」
ヤルダバオトの統制の光芒と、俺たちのペルソナによる力を纏ったアルセーヌのエイガオンが派手にぶつかり合った。8人と1匹による全力攻撃と、世界を滅ぼさんとして降り注ぐ光芒は拮抗する。
次の瞬間、轟音と共に視界が土煙に飲み込まれた。相殺しきれなかった衝撃波が俺たちに襲い掛かる。勿論、歯を食いしばって耐えた。全てを揺るがさんばかりの衝撃波が消え、濛々と漂っていた煙が晴れる。
ジョーカー含んだ仲間たちはボロボロだった。満身創痍と呼ぶほどではないが、これ以上戦い続ければ確実に倒れてしまうだろう。それは、ヤルダバオトにも言えることだった。装飾や腕はだらりと垂れ、投げ出されていると言っても間違いではない。
「これが、破滅に抗う力……」
無機質な声からは、ヤルダバオトが俺たちのことをどう思っているか察することができない。ただ、驚いていることは確かだ。
しかし、統制神はすぐさま起き上がった。「自分の統制は破滅になど屈しない」――奴がそう叫んだ刹那、再び禍々しい光が収束した。
「我が統制は、この世界の真理なり」
誰かが何かを叫んだ。俺も仲間たちに危機を伝えようと口を開く。だが、それがきちんとした言葉と音になるよりも先に、ヤルダバオトが禍々しい光を打ち放つ方が早かった。
黒い光が何もかもを飲み込んでいく。凄まじい衝撃と共に、自分の身体が思い切り叩き付けられたような感覚。体中が悲鳴を上げたのと、瞼の裏に強烈な光を感じたのはほぼ同時だった。
光が収まった気配を感じ、俺は瞼を開ける。立ち上がってヤルダバオトと戦わなければと思うのだが、もう立ち上がることさえ辛くて仕方がなかった。意志は折れずとも、身体も心も限界を超えている。
文字通りの満身創痍。地べたをはいずり回る俺たちを、統制神は涼しい様子で見下している。圧倒的な力で屈服させられた怪盗団の面々は、ヤルダバオトを斃さんと立ち上がったときの決意は風前の灯となっていた。
「コイツ、強え……」
いつだって明るかったスカルの声は、今までにないくらい弱々しい。
ベルベットルームの牢屋に閉じ込められたとき以上に情けなかった。
「『神』だって言うなら、人間を理想に導けよ! それが出来ないから滅ぼすんだろ!? 自分の存在を誇示するために!」
そんな中でも、モナは噛みつくようにして統制神の矛盾を指摘する。
「だから監視してたんだろ!? 大衆の反応が気になってさ! ――フィレモンさまはお前の本質をいち早く察知したからこそ、お前のすべてを否定したんだ!!」
「その結果がコレかよ……! もう少しマシなやり方はなかったのか……」
モナの言葉――フィレモンが『こうなる』ことを予め予期していたからこそ、ヤルダバオトの存在や人格を激しく否定していた――を聞いた俺は、やっぱりフィレモンへの怒りが湧き上がって来た。しかも、その後始末を“試練”という名目で解決させようとしていたとは。
俺の怒りを察知したのか、モナは一瞬バツが悪そうに視線を彷徨わせた。主であるイゴールの上司が起こした不手際が、こんな形で襲い掛かって来るとは思わなかったのだろう。『善神だからといって、人間の味方になり得るわけではない』――至さんの言葉が身に沁みた。閑話休題。
フォックスは呆れ、スカルはヤルダバオトを「老害」と断じる。パンサーも嫌そうな顔してスカルに同意した。彼女の言葉通り、この手の老害はごまんといる。
尚も立ち向かおうとする俺たちを目の当たりにしたヤルダバオトは、呆れたようにため息をついた。奴は凝縮させた闇のエネルギーを解き放ち、俺たちの視界を奪う。
自分の存在が希薄になっていくような感覚――それは、メメントスと化した渋谷で、人々から存在を忘れられた俺たちが消えていったときのものと、よく似ていた。
「なんてことだ……! 何も見えんぞ!?」
「そんなに私たちを消したいの……!?」
「み、みんな……」
フォックスとノワールの声が聞こえる。真っ暗に塗り潰された視界の中で、モナのシルエットだけが弱々しく光を放っていた。その光も、すぐに潰えてしまいそうなほどに儚い。
「世界に見捨てられた汝らに、もはや居場所は何処にもなし」
次の瞬間、闇を切り裂くようにして七色に輝く光が降り注いだ。先程の光芒と比べれば、遥かに大したことのない一撃である。だが、満身創痍の俺たちには必殺の一撃にも等しい。成すすべなく雷を喰らった俺たちは、大地に倒れ伏した。
それでも俺は、俺自身を叱咤して腕や足に力を籠める。スカルも、モナも、パンサーも、フォックスも、クイーンも、ナビも、ノワールも、――ジョーカーも。この場にいる誰1人として、負けを認めていない。諦めていないのだ。
ヤルダバオトは相変らず、地面をはいずり回るような蟻を見下すように俺たちを眺めていた。蟻の群れを丹念に踏み潰すが如く、何発も何発も雷を落とす。無抵抗に等しい満身創痍の相手に対し、執拗に攻撃を叩きこむ。
自分の持つ反逆の意志が挫けそうになっていることは、みんなが自覚していた。
折れてはならぬと分かっていても、圧倒的な力で踏み躙られる。
「た、立たなきゃ……。私の夢、守らなきゃ……!」
「……私たちが戦わなくちゃ、世界が……!」
「先輩から、託されたんだ……! 頼む、って、言われたんだ……!」
パンサー、クイーン、スカルの弱々しい声が、雷に紛れて聞こえてきた。
「くそっ。……こんなときに、どうして力が入らないんだ……!?」
「わたしも、もうむり……。おかあさん……」
「ここまでなの……!? こんなところで、終わってしまうの――?」
フォックス、ナビ、ノワールの弱々しい声が、吹きすさぶ闇に紛れて儚く響く。
―― クソが……! あんな機械仕掛けの神なんぞに、俺の希望も何もかも、踏み躙られんのかよ……!? ――
俺の心の奥底から、“明智吾郎”の悔しそうな声が聞こえてきた。
それらをかき消すかのように、ヤルダバオトの厳かな声が響く。
――いいや、奴の声だけじゃない。奴に賛同する大衆の声が、怪盗団を――ひいては俺たち反逆の徒を嘲笑っていた。
「聞こえるか? 大衆の声が。誰もが神に背く汝らを嘲笑っておるわ」
「人間は欲望の塊だ。それが暴走するから、世界が疲弊し衰えていく」――ヤルダバオトはそう主張し、憐れみを込めて俺たちを見下す。奴の意見は間違っていないが、奴の出した答えは間違いであることは分かっていた。
だが、この場一帯を覆いつくすヤルダバオトの神威によって、俺たちの反論は完全に握り潰されてしまった。黄昏の空は黒い風によって遮断され、最早光を見ることすら叶わない。……それが、神に背いた俺たちへの罰らしい。
俺の脳裏に浮かんだのは、獅童の箱舟だ。機関室の、シャッターの向こう。俺が死ぬはずだった場所。“明智吾郎”の人生、最期の場所。あそこが一番冷たい場所だと思っていたが、それ以上にこの場所は冷たくて寒かった。
「神に背いた罪は重い。罰として、永遠の苦しみを味わうがいい」
「――させない!」
ヤルダバオトの言葉を遮るようにして、モナが飛び起きた。眦を釣り上げ、ヤルダバオトと真正面から対峙する。
モルガナはイゴールが生み出した従者であり、光に与する善神の化身。わずかに残った希望をかき集めて生み出された、トリックスターの導き手だ。絶望と滅びを掲げるヤルダバオトとは正反対の存在だと言えよう。
だが、力関係はヤルダバオトの方が遥かに上だ。何せ、統制神は悪神そのもの。大衆の支持と信仰を持つ存在。世界から忘れ去られようとしている希望をかき集めたモナでは、力の差は圧倒的である。
「人間の希望だって『欲望』だ! そいつを舐めんなよ!」
それでも尚、モナは物おじしなかった。引くこともなければ媚びぬこともない。
俺たちに取引を持ち掛けてきたときのように、太々しい態度のままだった。
怪盗団に指針を指示してきた、誇り高い黒猫のままだった。
「ワガハイたち怪盗団は、誰が相手だろうと屈しない。たった1人になっても立ち上がり、最後まで戦い抜く。――そして、絶対……絶対に、世界を奪い取る!」
「――よく言った、
ばんばんばん、と、背後から拍手が響いた。モナの言葉に対し、心からの感嘆と称賛を示すような音だった。感動したのだと伝えようとして、やや空回りしたような音だった。
勢い良すぎて、叩いている人間の手がしびれて動かなくなってしまうのではないかと思うレベルである。この場に響いた声には聞き覚えがあった。
俺は唯一動く首と視線を動かし、やってきた人物の姿を確認する。
藍色に近い髪を肩付近まで伸ばし、左耳には星をかたどったイヤリングをしている青年だった。
聖杯へ至る道で、唯一先輩ペルソナ使いの中であの場に居なかった人物だった。
――そして何より、俺にとって、一番身近な保護者だった。
「……至さん……!?」
俺に名前を呼ばれた人物――空本至さんは、俺たちを見ると静かに微笑んだ。それに呼応するかのように、彼の指先に一羽の蝶が泊まる。金色に輝く蝶だった。蝶を目の当たりにしたヤルダバオトが、先程とは一変して声を荒げた。
「“至らぬ者”……! 貴様も我と同じ、創造主に否定された存在だろう? 何故、“その力”を以てして、我の前に立ちはだかる?」
「大事な人たちがいるからだよ」
「おあいにくさま。俺はお前とは違って、人間からも拒絶されたわけじゃないからね」――至さんは淡々と言い返した。
統制神と言葉を交わしている間にも、彼の周囲には黄金の蝶がひらひらと飛び回り始めた。
ヤルダバオトも空本至も、フィレモンに生み出された化身だった。双方共に、創造主から『生まれ落ちたことが間違いなレベルの失敗作』と笑顔で詰られていた。それでいて、前者は人間の敵、後者は人間の味方になるという正反対の道を選んだ者同士だった。
彼等を分かち、後者を善神側の存在とする楔となったのは、“自分の大切な人たちに『生きていて欲しい』と望まれた”ことだろう。己の特異性を知っても尚、『傍にいてほしい』と願ってくれた相手がいたことだろう。その人物と触れ合ったからこそ、希望というものを信じていた。
彼等とのふれあいが、空本至の人格と生き方を決定づけた。自分と同じ境遇――『神』によって人生を滅茶苦茶にされそうになっている人を放っておけないお人好し。『神』のせいで泣かされている人が目の前にいると、どんな状況でも手を差し伸べてしまうような人だった。
「いい加減、八百長なんかやめちまえよ。こちとら知ってんだぞ。お前が大衆の認知を操作したから、こんなワンサイドゲームが繰り広げられてることくらい」
「……何を言い出すかと思えば」
至さんに指摘されたヤルダバオトは、知らぬ存ぜぬの態度を取った。
だが、奴の声は自身を取り繕おうとしているように感じた。
勿論、至さんはヤルダバオトが隠そうとしていることなどお見通しである。
「お前にも聞こえるだろう? 『神』の統制を望み、それに背く愚か者どもを嘲笑う声が」
「『神』のくせに、そういうのに頼らないと偉ぶれないのかよ。ニャルラトホテプや伊邪那美命以下じゃねーか」
悪意の塊たる愉悦大好き大御所邪神と、八十稲羽の善意空回り系土地神様。双方の名前を耳にした途端、ヤルダバオトの纏う空気が異様に刺々しさを増した気がする。あと、神々しさが減って俗っぽくなったように感じたのはきっと気のせいではない。
ヤルダバオトが行う八百長の仕組みは、自身が得意とする認知操作を駆使したものだ。大衆の信仰を自らに集中させることで、あの破壊力を引き出している。
おまけに、エネルギータンクたる大衆たちには、自分が一体どんな存在なのかを一切知らせていない。奴の本性を知ってしまえば、大衆は即座に信仰を捨てるだろう。
奴の本性は“人間を怠惰の折に閉じ込めることで心を殺し、世界を滅ぼそうと企む悪神”だ。それ故に、供給源には己の本性を悟られぬよう、綿密に工作を施している。
――そこでふと気づいた。
ヤルダバオトのやっていることは“獅童正義が本性を隠し、大衆の前でいい顔をしていた”ときのものと全く一緒だ。
奴の本性を白日の下に晒すことができれば、希望は見えてくる。……だが、『神』の力を打破するためのヒントが掴めない。
「私の『統制』は絶対だ。僅かな綻びも存在しない」
ヤルダバオトは息巻くようにして叫んだ。
だが、至さんは呆れたように嗤い返す。
「怪盗団を追い詰めたときの台詞とは真逆なことを言うんだな。『僅かな綻びも許さない』から、怪盗団をここまで痛めつけたんだろう?」
「神の化身であっても、貴様の成り立ちや能力は一介の人間と同じだ。ここまで来れたことは認めるが、所詮は一介の人間たる貴様に我が『統制』を打ち砕けるはずがない」
「――
そう言った至さんは、静かな面持ちをしていた。何か、覚悟を決めたような表情だった。そうして、彼は言葉を紡ぐ。
「
「!?」
「普遍的無意識の集合体であり、人間のポジティブ面担当。……
「ばかな……! 奴はニャルラトホテプとの戦いで、力の大半を失って――」
至さんとヤルダバオトは、俺たちの理解が及ばないところで会話を繰り広げていた。どちらかと言うと、ヤルダバオトの方も理解が追い付いていないらしい。
何かを言い返そうとしたヤルダバオトだが、そこですべてを理解したのだろう。奴はひゅっと息を飲み、再び「ばかな」と繰り返した。
「貴様に、そんな
「それはお前の計算外かい? だとしたら、それだけでも
「何故だ!? 何故、貴様はそんな答えに辿り着いた!? いいや、辿り着くことができたのだ!? あれ程までの理不尽を目の当たりにしてまで、何故――」
「――心があるからさ」
言い縋ろうとするヤルダバオトに対し、至さんは静かに微笑んだ。
「理想を語り合い、歩幅すら共にした友達ができた。温もりに触れ合い、心を通わせた家族ができた。暗闇の中で、星のように瞬く希望を見た。……前に進む理由は、それだけで充分だろう」
「それが何を意味しているのか、分かっているのか!? 人類は、お前自身の望みを投げ捨ててまで、救う価値があるとでも言うのか!?」
「――
……「
俺は至さんに問いかけようと口を開いたが、言葉にすることはできなかった。
うろたえるヤルダバオトの悲鳴をかき消すかのように、至さんの背後にペルソナが顕現した。ナイトゴーンドとノーデンス――どちらもフィレモンの化身と関わりがある存在だ。
ノーデンスは化身の1体であり、ナイトゴーンドはノーデンスの奉仕種族である。――次の瞬間、至さんの足元に巨大な魔方陣が出現した。彼の足元から、青い光が湧き上がる。
既視感。似たような感覚を、僕はどこかで目にしたことがある。……そうだ。アレは確か、ベルベットルームで、双子の看守を『合体』させたときのものだ。
ペルソナの足元にタロットカードが現れる。それに続くようにして、至さんの足元にも同じカードが現れた。蝶が描かれた仮面のカードが、青白い光を放ち始めた。――そうして、この場一帯に眩い光が爆ぜた。
「今こそ、契約を果たそう。――顕現せよ、普遍的無意識の権化」
吹き荒れる風に紛れて、声がした。風が収まったとき、魔法陣の中心に立っていたのは至さんだけである。
だが、先程までの普段着とは違い、青系一辺倒で統一された貴族風の衣装に代わっていた。有名な探偵が身に纏っていそうなゆったりとした外套や、中に着込んだベストには、金糸で見事な刺繍が施されている。
目元は仮面舞踏会で身に着けるような、銀色のマスクで覆われていた。仮面のデザインモチーフは蝶で、仮面の端には金色の蝶が描かれている。その様はまるで、俺たちと同じ『反逆の証』を身に纏うペルソナ使いだ。
おまけにあの仮面と同じものには見覚えがあった。空本至に与えられた『おしるし』と同じものである。
だが、彼の身に纏っている力は、俺たちと同じレベルのものではない。明らかに人間離れしたものだった。近しいものを挙げるとするなら、力司る者たちだろうか。……いや、彼や彼女らなど生ぬるい。今、至さんが纏う力の出所を、僕は確かに目の前で見たことがあった。
黄金の蝶の群れ。蝶が描かれた仮面。ハルマゲドンを打つと自動でハルマゲドンRで反撃してくる理不尽な善神。至さんや俺が蛇蝎の如く嫌う神――フィレモンだ。何故、至さんがフィレモンと同じ力を身に纏っているのか――俺が言葉を紡ごうとしたのと、モナが直立不動の姿勢を取って至さんを見上げたのはほぼ同時だった。
「フィレモンさま……?」
モナが口走った言葉に、俺は目を剥く。頭を鈍器で殴られたような衝撃。
一歩遅れて、俺は『モナが至さんを見てフィレモンの名を呼んだ』と気づいた。
彼の言葉を理解した途端、俺の中に湧き上がってきたのは疑問である。
フィレモンと呼ばれた至さんは、外見が至さんのままであるにもかかわらず、文字通り
先程の『
次の瞬間、至さんがカッと目を見開いた。有無を言わせぬ神々しさが、俺たちからすべての言葉を奪い去った。
「
魔法陣が青白く光り始める。モナと同じく、儚く頼りない光が灯ったのだ。
至さんの1人称が明らかに変化した。彼はそれを問う隙も与えず、粛々と言葉を続ける。
「
ヤルダバオトが造り上げていた認知のひずみ――それを形成している要素の1つ1つが正されていく。怪盗団を否定し、嘲っていた声量が少しづつ減っているのがその証拠だ。
魔法陣の光が少しづつ強くなってきた。ヤルダバオトは唖然とその輝きを見つめている。だが、光輝いたのは魔法陣だけではない。モナの身体も、金色の光を纏い始めた。
「
黒い霧ですら覆いつくせぬ程の輝きは、折れてしまいかけていた反逆の意志にも光を灯した。怪盗団の瞳に、希望が戻って来る。
「
ヤルダバオトの放った闇に飲み込まれかけていたことを思い出す。何故、自分たちが『神』に反逆したのか。どうして『神』に勝たなければならなかったのか。
人生という旅路で絆を結んだ人たちがいた。この1年の間にも、新たに心を通わせ絆を結んだ人々もいた。――その人たちの笑顔を、守りたかった。
仲間と共に旅路を往く中で、叶えたい夢を見つけた。お互いにその夢を語り合った。夢を語る彼らの笑顔を、そうして未来に生きる自分たちの輝ける笑顔を、守りたかった。
救いたかったのは世界じゃない。この世界で生きる人たちだ。この世界で出会ったかけがえのない人たちだ。彼等との出会いを、別れを、統制神なんぞに踏み躙られたくなかった。
「
温かな光が、『神』へ立ち向かうための勇気をくれる。希望をくれる。
こんな所で立ち上がれなくなっている暇なんて存在しない。
「
ヤルダバオトが俺たちに聞かせた“大衆の嘲笑”なんて偽物だ。“大衆による怪盗団の否定”なんて嘘っぱちだ。奴は自分に都合がよくなるよう、八百長していただけに過ぎない。
“手段がない”からどうしたというのだ。何としてでも奴の悪行を白日の下に晒し、大衆たちに示さなくてはならない。この傲慢な悪神に、世界を委ねていいはずがないのだ。
怠惰の牢獄に閉じ込められ、ヤルダバオトによる統制の名によって永遠に搾取され続ける――そんなもの、人類の幸福になり得るはずがなかった。もう二度と、騙されやしない。
だって俺たちは知っているのだ。聖杯へ至る道で、俺たちに希望を託してくれた人たちがいたことを。俺たちの背中を押してくれた、頼れる大人がいたことを。
怪盗団が否定されたときだって、彼等はいつも俺たちのことを信じてくれた。俺たちに手を貸してくれた。
彼ら以外にも、「怪盗団に助けられた」と笑って力を貸してくれた人々――黎の協力者だっている。
この広い世界に、たった1人でも、自分を信じてくれる人がいるのだ。――その奇跡がどれ程の価値を持っているのか、俺と“明智吾郎”が一番よく知っていることではないか。
「
至さんは振り返った。菫色の双瞼が、俺たちを見つめる。
神々しさとは無縁の、普段通りの空本至の姿だ。
菫色の瞳がゆっくりと細められた。
「無意識の深層が、破滅を否定するんだ。数多の可能性……それを、人は『希望』と呼ぶ」
それだけ言うと、至さんはヤルダバオトに向き直る。彼が手をかざすと、薄いガラスが割れるような高い音が響き渡った。
怪盗団を嘲笑う人々の声が一瞬で掻き消える。この場を覆いつくしていた黒い霧は一瞬で吹き飛び、黄昏の空が戻って来た。
びょうびょうと風が吹きすさぶ音が響く以外、余計な雑音は聞こえなかった。心なしか、先程より体が楽になったような気もする。
俺はどうにかして上体を起こした。先程まで唯人であったはずの至さんの纏う気配は、やはり人外じみたものへと変貌している。
「統制神ヤルダバオトによって作り出された歪みは取り払われた。改めて、大衆は自らの意志で判断を下さなくてはならない」
フィレモンと同じ力を――否、
『妨害が消えたよ、真実くん!』
『よし、これなら……! やりましょう、命さん。――伊邪那岐命、幾万の真言!』
『行けぇ、タナトス!』
どこからともなく真実さんと命さんの声が響き渡った。2人はペルソナを顕現し、人々の心に働きかける。伊邪那岐命は統制神ヤルダバオトが隠し通してきたありとあらゆる嘘を吹き払い、大衆に真実を突き付けた。タナトスは死の恐怖を白日の下に晒す。
大衆が助けを求めていた『神』ヤルダバオトの目的は、人類を『自分が神として君臨するためのエネルギータンクとして使い潰し、人類を滅ぼす』ことだった。このままヤルダバオトにすべてを委ねてしまえば、人間は思考回路を失ってしまうだろう。ただ生きるだけの家畜に成り下がってしまうのだ。
真実さんのペルソナ――伊邪那岐命の“幾万の真言”が突き付けたのは、ヤルダバオトの不正行為だけではない。怪盗団の活躍を、民衆に提示したのである。
彗星のごとく現れた怪盗団の所業。腐った大人たちを次々と『改心』させていった現代の義賊たち――その戦いが如何程のモノか、はっきりと示された。
蝶を通して見えた民衆たちのざわめき具合からして、おそらく、“ヤルダバオトと怪盗団が世界の命運を賭けて戦っている”ことも示されたことだろう。
その証拠を指示すように、また金色の蝶が飛んだ。渋谷のテレビジョンに、怪盗団のマークが映し出される。モナが統制神に向かって切った啖呵が、テレビジョンからはっきりと響き渡っていた。
「――真実を知った大衆たちに問う。人類は、このまま滅びを受け入れるべきか?」
この場に沈黙が広がる。渋谷の街中も、ヤルダバオトも、俺たちも、ただ黙っていた。
先程まで吹き荒れていた風も鳴りを潜めていた。まるで、人類が下す審判を待つかのように。
――そして。
『――やっちまえ、怪盗団!!』
怪盗団の応援団長・三島の声が、高らかに響き渡った。
魔改造明智による統制神ラスボス戦終了まで。同じルーツを持ちながら正反対の道を行った善神の化身同士が会話していたり、魔改造明智の保護者がついにヤバイことになったりと盛りだくさん。次回はあのイベント戦となります。結局、統制神との決着は次回に持ち越しか……。
某所で「いきなり大衆が怪盗団支持者となり支持率が100%になったのは、無理矢理な感じがする」という話題を見かけました。統制神も「自分は無意識から生れ出た」と発言していたので、初代&2罪罰の普遍的無意識集合体と絡めた結果が拙作の根幹になりました。
結果、普遍的無意識集合体の連中が揃いも揃ってゲスと化す自体に。次回辺りで、保護者とフィレモンの契約に触れようかなと思っています。怪盗団逆転の布石を打った空本至の顛末も、魔改造明智と怪盗団の一員の結末と共に見守って頂ければ幸いですね。