・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
@
@デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・ベルベットルームが賑やかになる。
・フィレモンが胸糞悪くなるレベルでポンコツ。
投げ出された体に、力は入らない。目を閉じれば最後、自分は死ぬのだろう。
自分と瓜二つの顔をした認知の自分が転がっている。眉間を撃ち抜かれたそいつの顔色には血の気はなかった。最期に見るのが廃棄された人形だと考えると、なんとも馬鹿馬鹿しい終わりである。
思えば、自分の人生はロクなものではなかった。誰からも愛されず、愛されたいと願いながら誰も愛さなかった。父親に認めてほしいと努力を続けた結果、遺ったのは血で汚れた両手と、抱えきれない程の罪だけだ。
……ああでも、と、気づく。脳裏に浮かぶのは自分を認めさせたかった父親ではなく、自分を認めてくれた――でも決して自分が認めなかった黒衣の怪盗だった。自分とは違う、正真正銘の義賊。
それは羨望だった。それは憎悪だった。それは好意だった。
それは敵意だった。それは殺意だった。それは安堵だった。
それは、それは――。
自分が何を考えているのか、自分自身がよく分からない。
何をしたいのかさえ、分からなかった。
(…………)
後悔しているかと問われれば、「はい」と答える。もっと早く出会いたかったのも、あの温かな場所に居たかったのも本当だからだ。
満足しているかと問われても、「はい」と答える。この選択を選べたことも、最後まで手を差し伸べてくれたことも、充分だからだ。
後悔していようが満足していようが、今となってはもうどうしようもない。もうすぐ死ぬであろう自分に、できることなど何一つとしてないのだから――
「そうかな?」
誰かの声がした。聞き覚えのない声だった。掠れ始めた視界の中に、青いブーツが映りこむ。
何事かと視線を動かせば、金色の蝶がひらひらと、機関室の中を舞っているところだった。
何かを言おうと口を開くより先に、誰かが屈んでこちらを覗き込む方が早かった。顔は見えないが、奴は確かに微笑んでいる。
「――
――金色の蝶が、自分の指先に停まっていた。
◆◇◇◇
「……う……?」
消えた、と思っていた身体に、感覚が戻って来る。僕はゆっくり体を起こした。
メメントスとは打って変わって、青一色に染め上げられた牢獄。見る限り、ここは独房と思しきつくりらしい。内部に居るのは僕1人だ。
不意に、誰かの話声が聞こえてきた。聞き間違いでなければ、老人や少女の声で「死刑」だの「処刑」だのと物騒な単語が聞こえてくるではないか。
(そうだ。黎は!?)
振り返れば鉄格子。その向こう側に、黎はいた。囚人服に身を包んだ黎は、眼帯を付けて青い看守服を身に纏う少女2人によって引きずり出される。少女たちの足元から青い光が舞い上がり、ペルソナが顕現した。双子の背後には、鼻の長い老人が控えている。
少女たちが顕現するペルソナは、外見とは裏腹に並大抵の強さではない。至さんから託されたペルソナの力が、あどけない少女たちが顕現したペルソナの恐ろしさに警笛を鳴らしていた。このままじゃあ、一方的に嬲られてしまう。
慌てて助けようとしたが、鉄格子はびくともしない。黎の名前を何度も呼んだが、彼女には全然聞こえていない様子だ。でも、だからといって、僕は諦めることなんかできない。先程、彼女が世界から消える光景を目の当たりにしていたから当然だ。
黎がふらつきながら立ち上がる。囚人服が青白い光に飲み込まれ――現れたのは、黒衣の怪盗・ジョーカーだった。
怪盗服は反逆の意志そのものだった。あれを身に纏って立ち上がったということは――ジョーカー/有栖川黎は、まだ諦めていない。
「ジュスティーヌ、やるぞ! 往生際の悪い囚人に、我らの力を見せてやるのだ!」
「……分かりました。我が主を偽物と断じてしまうくらいおかしくなってしまったのだから、仕方がありません」
罪人に死を――双子の看守であるカロリーヌとジュスティーヌが、得物を構えてジョーカーへと襲い掛かる。反逆の意志を示したジョーカーだが、何かが彼女を縛り付けているようだった。身動きができず、悔しそうに歯噛みする。
鞭を持ったカロリーヌと、目録が挟められたカルテを持ったジュスティーヌがジョーカーに攻撃を仕掛けた。カロリーヌが物理攻撃を、ジュスティーヌは属性攻撃を得意としているらしい。
圧倒的な火力の前に、身動きの取れないジョーカーは成す術なく追い詰められていく。一方的に嬲られるその光景は、処刑と言うより私刑に近い。双子の看守に蹂躙されるジョーカーを見ているイゴールが愉快そうに目を細めたためだ。
反逆の意志は折れず、華奢な少女の身体は容赦なく傷つけられ、ボロボロになっていく。
灰銀の瞳が辛そうに歪んだ。苦悶の声が絶えず漏れ続ける。
諦めないお前が悪いのだと言わんばかりに、破壊力に物言わせた攻撃が降り続いた。
―― このままじゃ、“ジョーカー”が……! ――
「クソッ……開け、開けよ! ――こんな所で、愛する女が殺されそうになってんのを、黙って見てるわけにはいかないんだッ!!」
“明智吾郎”が悲鳴にも似た声で叫び、僕が破れかぶれになりながら鉄格子を殴ったときだった。
ざざざ、と、ノイズが走ったように僕の私服が歪む。
次の瞬間、僕の身体を青白い光が包み込んだ。どこかで鍵が壊れるような音が鳴り響く。
「な、なにッ!?」
「別の囚人が、脱獄を!?」
「構うな。この囚人を殺せ」
老人の命令に従い、ジュスティーヌとカロリーヌはペルソナを顕現した。容赦ない一撃と紅蓮の焔がジョーカーに迫る。
「――ロキ!」
―― 言われなくとも! ――
自分の受けるダメージなど概算度外視。ただ、ジョーカーを守ることができたらいい――
大切な少女は自分の腕の中。予測可能回避不可能の攻撃が僕の背中に叩き込まれる。その余波で、僕の身体はジョーカー共々簡単に吹っ飛ばされた。
寸でのところで体をひねり、僕の背中が鉄格子に激突する。情けない悲鳴を残して、僕の身体はずるずるとその場に崩れ落ちた。
「吾郎!? しっかり、しっかりしてッ!」
「……れ、い……? そ、っか。間に合ったのか……」
僕はぎりぎり、彼女を庇うことができたらしい。安堵の息を漏らす僕に対し、ジョーカーは悲鳴に近い声を上げて僕を抱きしめる。
彼女は僕を後ろに庇うと、双子の看守を睨みつけた。ジュスティーヌとカロリーヌは呆気にとられた様子で僕たちを見つめている。
相変わらず、偽物のイゴールは看守たちに命令を下していた。ジュスティーヌとカロリーヌは困惑していたが、主の命令を実行しようと近付いてくる。振り上げた鞭と、パラパラとめくられた目録は――振るわれることはなかった。この場所に、乱入者たちが現れたためだ。
「――いい加減になさい、ラヴェンツァ! お客様を殺そうとするとは、貴女は一体何を考えているんですかっ!?」
聞き覚えのある青年の声と、間髪入れずに響いた轟音。一瞬瞼を閉じてから開くと、僕とジョーカーを庇うようにして、青い服を着た男女が並んでいた。
人数は3人。ベルボーイにエレベーターガール、コートを着た麗しい女性――この3人の姿には見覚えがある。時折街中で見かけた『力司る者』の3姉弟だ。
ベルボーイが末弟テオドア、ベルガールが彼の姉であるエリザベス、コートを着た女性が長姉マーガレットである。末弟が一番ボロボロであった。
「おまけに、我が主の偽物に騙された挙句、お客様を破滅させる片棒を担ぐとは……。『力司る者』としての鍛え方が足りないわね、ラヴェンツァ」
「我が主を侮辱するとは……ッ! 貴様もまた、そのような世迷言を語るのかっ!?」
「どこのどなたかは存じませんが、叩き潰して差し上げます……!」
苛立たし気なマーガレットと、双子の看守が睨み合う。
だが、そんな双子のことを、姉兄はラヴェンツァと呼んでいた。
「なんであの双子のことを纏めてラヴェンツァって呼んでるんだ?」
「ラヴェンツァは私たちの末妹なのですが、悪神の企みによって、魂を2つに分かたれてしまったようなのです」
僕の疑問に答えてくれたのはテオドアだった。彼の話を聞いたジョーカーがポンと手を叩く。
「その結果が、あの双子……ジュスティーヌとカロリーヌ?」
「はい、お客様の仰る通りです。大丈夫……では、ありませんね。まことに申し訳ございません。今治療します」
僕とジョーカーの傷を見たテオドアはペルソナを顕現する。小さな妖精はくるくると宙を舞うと、僕とジョーカーの傷を完璧に癒してくれた。
自分の傷も癒すあたり、以前よりも要領よく立ち回れるようになったらしい。どさくさに紛れていると言えばそれまでだが。
「2つに分けられてしまったとはいえ、姉と兄の顔すら忘れているとは……仕方ありません」
エリザベスが絶対零度の無表情を浮かべている。テオドアに八つ当たりするときの顔と全く一緒だ。彼女は呆れたようにため息をついて、淡々と言葉を続ける。
「古来より、壊れた機械を直す方法はこう語り継がれてきました。“叩けば直る”と」
「……いや、それ、現代の分析だと『かえってトドメを刺す原因』になり得るヤツ――」
僕の言葉は最後まで紡がれることはなかった。エリザベスが召喚したタナトスがメギドラオンを打ち放ったためである。爆風と轟音によって、僕の声はすべて飲み込まれた。
僕が呆気に取られている間にも、青い服を着た面々の攻防は続いている。それでも、この世界――青い部屋の牢獄は吹き飛ばない。頑丈なつくりであることが伺える。
あと、僕とジョーカーも無事だった。なのにどうしてテオドアはメギドラオンの対象内に入っているのだろう。やはり彼だけがボロボロだった。
明らかに一撃必殺を叩きこまれたにも拘らず、一度倒れ伏したにもかかわらず、テオドアはがばりと体を起こす。
「私は倒れるわけにはいかないのです……! 異変が解決し次第行われる命さまと荒垣さま主催のクリスマスパーティに参加して、お2人の手作りであるブッシュドノエルをご馳走になるためにも!!」
次の瞬間、テオドアは姉2名の手によって、ジュスティーヌとカロリーヌの攻撃を防ぐための盾にされていた。ワンショットキルとダイアモンドダストを耐え抜いた末弟を、姉2名は躊躇うことなく投げ飛ばす。カロリーヌとジュスティーヌは避けることができず、テオドアごと地面に倒れこんでしまった。
外見高校生程度の青年が、外見中学生程度の少女2人を押し倒している――事案待ったなしの光景である。暴れる双子から鞭やカルテの角でガンガン叩かれながらも、テオドアは彼女たちを拘束して離さない。端正な顔を歪めながら、必死に2人に声をかけていた。
因みに、偽物のイゴールは双子の看守の後ろで棒立ちしながら、姉弟の争いを眺めている。
心なしか面倒くさそうにしているようだ。争いの余波で、斜め後ろに置かれた机からスタンドが吹っ飛ぶ。
爆風やその他諸々の理由か、老人の前に置かれた本のページがばさばさと千切れ飛んでいた。閑話休題。
「ええい貴様ァ、どこを触ってるんだ!? この変態!」
「離しなさい! さもないと、本当に囚人にして差し上げますよ!? 痴漢で牢獄行きにしますよ!?」
「本来の目的を思い出しなさい、ラヴェンツァ! 彼女は――有栖川黎は、貴女にとって大切なお客様ではないですか!」
「「!?」」
「――看守の役割は、囚人を更生させることでしょう? ましてや処刑なんて、越権行為に他なりません。処刑は執行人のお仕事ですよ?」
テオドアとエリザベスの言葉を聞いたジュスティーヌとカロリーヌが、弾かれたように動きを止めた。眼帯で隠れていない方の瞳が大きく見開かれる。
そんな看守たちの様子を見たイゴールが眉をひそめた。「どうした? 何故殺さない?」――奴はしきりに、ジョーカーの息の根を止めるようにと看守たちに指示を出す。双子の看守は顔を見合わせた後、『力司る者』たちと顔を見合わせた。金色の瞳は頼りなく揺れている。
どうやら元々、看守たちは処刑に乗り気ではなかったらしい。ジョーカーに攻撃を加える度、ジュスティーヌとカロリーヌは不可解な違和感を覚えていったという。双子が本来の役割を思い出すまで、あともう少し。その背中を後押しするように、どこからともなく歌声とピアノの音が響き渡った。
振り返れば、牢獄だったはずの個室が消えており、代わりにピアノとマイクが設置されていた。ピアノを演奏するのは目隠しをした男性、歌を歌っていたのはドレスを着た女性だ。
前者は盲目のピアニスト、後者は耳が聞こえていないらしい歌手だ。双方共に、“その職業に就くには厳しい身体的ハンデ”を有しているように見える。
「その目を覆う偽りを払い、心の目で見つめれば、何が正しいかはおのずと見えてくるはずだ」
「その耳を飲み込む偽りを払い、心の耳で聴きとれば、何が正しいかはおのずと聞こえてくるはず」
ピアニストは静かに語りながら、素晴らしい演奏を疲労する。歌手もそのピアノに合わせ、見事な歌声を響かせた。
「ベラドンナ様、ナナシ様……!」――テオドアが感極まったように声を上げる。歌姫ベラドンナとピアニストナナシは小さく頷き返した。
彼と彼女の後ろの方には、青いベレー帽を被った画家が大きなキャンバスを抱えていた。そこには青い扉が描かれている。
青い部屋に集った人々は双子の看守に語り掛ける。自分の使命を思い出せと、そこにいる主の正体を見抜けと、主は人間を見限ったりしないと、全身全霊を以てして訴える。彼等の言葉に心を動かされたのか、ジュスティーヌとカロリーヌは攻撃の手を止めた。
そのとき、どこから迷い込んできたのか、銀色の蝶が青い部屋の中で瞬いた。
それを目にしたジョーカーが目を丸くした。
「誰……?」
「黎?」
「……断頭台? 合体……すればいいの?」
ジョーカーは何かを確かめるように双子の看守を見つめる。ジュスティーヌにもカロリーヌにも、ジョーカーに対する敵意は一切存在していなかった。
双子の看守たちは語る。「自分たちは誰かを殺す存在ではない」、「自分たちは人間を手助けするためにここにいる」――それが、彼女たちが忘れかけていた真実だった。彼女たちの使命だった。金色の瞳に迷いはない。
不意に、銀色の蝶が双子たちの元へと降り立った。ジュスティーヌとカロリーヌは苦悶の声を上げて膝をつく。そうして互いの顔を見つめ合い、何かに気づいたようだった。大きく目を見開いた後、真剣な面持ちで頷き合う。
「おい、貴様に最後の仕事をやる。ありがたく従え!」
「貴女の手で、私たちを『合体』してください」
「――わかった」
カロリーヌとジュスティーヌに頼まれたジョーカーが頷く。彼女たちの意志に呼応するかのように、奥の断頭台が軋んだ音を立てて動き始めた。
双子の看守は躊躇うことなく己の首を穴へ入れる。暫しの間を置いて、刃が2人の首目がけて落下した。
ガラスが割れるような音が響いた。真っ白な蝶の群れが2つ飛び回ると、それは1つの群れとなり、人の形を取って顕現する。
青いワンピースを身に纏った、銀髪の少女。ヘアバンドには銀の蝶を象った細工が施されており、右脇には辞典を思わせるような分厚い本を抱えていた。外見年齢は双子の看守と同じく、中学生程度だと言えるだろう。少女――ラヴェンツァはジョーカーへ一礼する。
「貴女なら、ここに辿り着いてくれると信じていました」
にっこりと微笑んだラヴェンツァは、青い部屋の住人達へと視線を向けた。テオドアを見たときは別に何ともなかったのに、マーガレットとエリザベスを見た途端、少女のこめかみからダラダラと冷や汗が伝っている。彼女のヒエラルキーがどこに位置しているかの予測がついた。
マーガレットとエリザベスが仕方がないと肩をすくめ、テオドアは安心したように大きく息を吐き、ベラドンナやナナシおよび画家は生温かな眼差しを向けてみんなを見守っていた。ラヴェンツァはホッとしたように息を吐き、イゴールへと向き直る。
青い部屋の住人たちは、みんな敵意を持ってイゴールを睨みつけていた。
僕とジョーカーも、同じようにしてイゴールを睨みつける。
コイツが偽物であるという予想は、見事に正解だったからだ。
不気味な笑みを湛えたイゴールの偽物の身体が、ふわりと浮き上がった。
「まだ、『ゲーム』は終わっていない」
「『ゲーム』……!?」
「人間の世界を『残す』か『壊して創り直す』か……すべては我が『ゲーム』にすぎない」
偽イゴールは朗々と語り始める。
奴の正体は『願いを叶える聖杯』――メメントスの奥で発見した機械仕掛けの聖杯そのものであると同時に、願いに応えて統制を施す『神』だった。奴は『ゲーム』の一環として有栖川黎に冤罪を着せ、獅童正義を始めとした人間たちの欲望を歪ませてパレスを作り上げ、大衆を操作していたという。
ペルソナ使いの戦いには『神』が付き物だと分かっていたが、黒幕がこんな場所――自分を討つであろう人間のサポーターとして存在していたとは想像できなかった。何せ、悪神の殆どが、ペルソナ使いに対して、直接的にも間接的にも敵対して挑みかかって来る連中ばかりだったためである。
「目的の為なら味方に理不尽を強いることもやぶさかではない」善神になら心当たりはあるのだが、今回の『神』――統制神とやらは、ソイツと似たような気配が漂っていた。悪辣なワンサイドゲームを好むという意味では、ニャルラトホテプにも通じるものがある。但し、こちらの方が方向性が陰湿だった。
「義賊が悪を打ち、大衆が『善』に共感すれば、自らの力で怠惰から『改心』すると見込んだわけだ。……だが、結果は見ての通り、大衆はすべてなかったことにしてしまいおった」
「偉そうに言ってるけど、それって、ただ単にテメェがつまんねぇマッチポンプ仕組んだだけだろ」
「証拠もソースも挙がってるよ。『神』のくせに、ここまで回りくどいことしなきゃ周りから
僕とジョーカーが軽く煽れば、偽イゴールの表情がびしりと歪んだ。認知を操作しなければ周囲から崇拝してもらえない『神』が、偉そうに何を言っているのだろう。
ニャルラトホテプをエネルギータンクとして使い潰そうと画策したところから見るに、色々と拗らせているのだなということには想像がつく。
偽イゴールは取り繕うようにして咳払いした。
「…………『人間は破滅すべき』。その答えを、お前は導いた。だが――がぁッ!?」
取り繕ってから僅か数秒で、偽イゴールは脳天に衝撃を喰らって斜め方向へと吹っ飛ばされた。奴は寸でのところで態勢を整えると、自分に攻撃を加えてきた存在を睨みつける。
「あからさまに話題を変えるってのは、図星である証拠だろ」
呆れたような声が響いた。聞き覚えのある人の声だった。途端に、ラヴェンツァを始めとした『力司る者』たちが直立不動の姿勢を取った。ベラドンナやナナシ、画家はフランクな空気を崩さないまでも、背筋をしゃんと伸ばす。
青い部屋に現れたのは、僕の保護者である空本至さんだった。彼は非常にめんどくさそうに偽イゴールを睨みつけている。その背中におぶさっていたのは、偽物と瓜二つの容姿をした老人――本物のイゴールだった。
「主!」――ラヴェンツァが、テオドアが、エリザベスが、マーガレットが、イゴールの元へと駆け寄った。4人にもみくちゃにされているイゴールの傍で、ベラドンナやナナシ、画家が見守る。それを見ていた至さんは笑みを浮かべた後、統制神へ向かい直った。
「『人間は破滅すべき』という結果ありきのワンサイドゲームがしたいがために、ウチのお嬢や吾郎を異世界に引きずり込んだ挙句、無意味な試練を押し付けた。その上まだ弄ぶ? ――ふざけるのも大概にしてくれないかな」
「貴様……! よくも私の『駒』を勝手に奪い取ってくれたな!?」
「はぁ? 何言ってるのお前? 俺は何もしてないけど?」
「ぬけぬけと……!」
「言いがかりはやめろ。お前みたいな奴の話を聞いてるとイライラするんだ」
統制神は怒りをぶつけるが、至さんは真顔で首を傾げる。身に覚えがないと言わんばかりに、彼は鼻を鳴らした。
「うちの吾郎はお前の『駒』じゃありません。勝手なこと言うんじゃないよ」
「何故だ!? 何故、お前は私の邪魔を――」
「“自分を生み出した癖に失敗作呼ばわりしたフィレモンが気に喰わなかった”ってのは同意できるが、“ニャルラトホテプに唆されて『私が唯一絶対万能の神!』と奢り高ぶった挙句、俺の関係者を『ゲーム』の『駒』にしようと思い立った”時点でお前は俺の敵なの」
「ああ嫌だ嫌だ」とため息をついた至さんは、統制神を侮蔑の眼差しで見下す。同じフィレモンの化身として生まれたこの2人が、どうしてこんなにも別な道を歩んだのか。統制神とフィレモンの間に横たわっているであろう因縁も、至さんとフィレモンの間にある溝も、スタートは同じ場所だったはずなのに。
統制神は今、悪神へと転化して世界を滅して『自分を崇拝する民衆』を作り出そうとしている。その為に、こんなくだらない茶番を引き起こしたのだ。至さんは今、僕たち怪盗団――ペルソナ使いたちが立ち向かうことになる試練を超えられるよう、持てるすべてを使ってサポートしようと駆け回っていた。
統制神が信用ならない存在であることは、今までの旅路やこの部屋でのやり取りで把握済みだ。
奴がもし僕たちに何かを持ちかけてきたら、それは「自分が民衆から崇拝されたい」という欲望に他ならない。
僕とジョーカーの眼差しを真正面から見た統制神は、忌々しそうに舌打ちした。
どうやら、統制神は「世界を元に戻す代わりに、聖杯の存続を認めろ」と取引を持ちかけようとしていたらしい。僕たちがそれに頷きそうにないことを悟り、奴は捨て台詞を残して消えていった。
入れ替わるようにして、イゴールが机を引っ張り出してきた。きちんと机を整頓し終えた彼は、椅子に腰かけて僕たちに自己紹介する。
彼こそが、この部屋の本当の主なのだ。「ここに来るのも久しぶりですな」と感慨深そうに呟いたイゴールは、何を思ったのか、静かに目を細めて頷いた。
「この部屋がここまで賑わっているのは初めてのことです。ベラドンナも、ナナシも、悪魔絵師も、エリザベスとテオドアも、マーガレットも、既にお客様の旅路を見送り終えた者たち。各々が目的を持ってこの部屋を旅立っていった者たちですからな」
「ってことは、一種の同窓会みたいな状況なの?」
「そうとも言えますね。こうして私たちが顔を揃えるのも、久々のことかもしれないわ」
僕の問いに、マーガレットも口元を緩めて頷く。テオドアのことを愚弟、エリザベスのことを愚妹呼ばわりしていると言えども、姉としては嬉しいのだろう。
……もしかしたら、今回の一件が元でラヴェンツァのことも愚妹呼ばわりしそうな気配を感じたが、僕は黙っておくことにした。僕個人がどうこうできる問題ではない。
意味深に笑うマーガレットを見てガタガタ震えていたラヴェンツァであったが、ジョーカーが自分のことを心配そうに見つめていることに気づくと、慌てて背筋を伸ばした。
「我が主がここに帰還し、貴女たちは悪神に屈することなく戦い続けることを選択した。……ならば、破滅に向かい続ける世界を救うことができるかもしれません」
「本当?」
「はい。まだ手遅れではありません。……ですが、貴女だけでは、悪神に勝つことは難しいでしょう」
「分かってる。――怪盗団の仲間たちがいなきゃ、何も始まらない」
ジョーカーの答えを聞いたラヴェンツァは、にっこりと微笑んで頷いた。ラヴェンツァ曰く、仲間たちはこの牢獄に囚われているらしい。
ベルベットルームは夢と現実のはざまに存在する精神世界だ。認知世界と同化した現実から消え去った仲間たちはまだ息絶えたわけではなかったのだ。
その話を聞いたとき、メメントスの開かずの独房が脳裏をよぎったのは気のせいではない。この世界が独房で、僕たちが囚われた世界ならば――
「怪盗団がここに集いしとき、すべてをお話いたしましょう」
「さあ、お行きなさい。共に真実へと向かう人々の元へ!」
ラヴェンツァは真剣な面持ちで頷き返した。イゴールも静かな眼差しで僕たちを見送る。
僕とジョーカーは顔を見合わせて頷き合い、仲間たちを助けるために駆け出した。
◇◆◆◆
「よろしいのですかな? 嘗てのお客様――空本至さま」
「
イゴールの問いかけに、空本至は間髪入れずに答えた。彼等には、自分の顔がどう映っているのだろう? それを知る術など持ち得ない。
ただ、イゴールやベルベットルームの住人たちが静かな面持ちをしているあたり、酷い顔ではないことは確かだった。それだけでも僥倖だろう。
「でも、
自分の旅路の総決算が近づいていることを考えると、手の震えが止まらない。足取りもそれに比例し、一歩踏み出すことが苦痛になる。足には鎖などついていないのに、だ。
メメントスの囚人のように、ここで足を止めてしまえたら楽なのだろう。牢獄に囚われることを選べば、こんなに苦しむこともなかっただろう。恐怖を味わうことだってなかった。
でも、
御影町の異変を解決するために飛び出した聖エルミン学園高校の同級生たち、珠閒瑠市を駆け回った社会人たち、巌戸台で塔を登った
瞼の裏に浮かぶのは、今まで歩いた道で出会った人たちだった。自分と繋がっている人たちだ。
彼等だけでなく、忘れられない出会いや別れは沢山ある。また会える人たち、もう会えない人たちだって沢山いる。
至が今までの旅路を思い返しているのを察したのか、イゴールが「ふぅむ」と唸った。至が向き直ったのを確認し、老人は静かに口を開いた。
「貴方さまに、こう問いかけた方がいらっしゃいましたね。『貴方は何のために生きるのか』と」
「奴の問いに、俺はこう答えた。『宝物を見つけるため』、『出会いと別れを繰り返して、人生を生きて、振り返ったときに満足できるように』と」
「では問いましょう、至さま。……貴方さまの旅路の中で、宝物と呼ぶべきものは見つかりましたかな?」
藪から棒な――あるいはあまりにも無粋な問いかけに、至は目を瞬かせた。
目を見張ったのはほんの一瞬。即座に満面の笑みを浮かべ、答える。
「――見つかったよ。抱えきれないくらいに」
「だからいくんだ」と微笑んだ。心の底から微笑むことができた。
手の震えが止まった。足を重くしていた鎖はもうない。これから何が起きたって、きっと歩いて行ける気がする。
その最果てに見える景色がどんなものであっても、きっと笑っていられるはずだ。――……そう、素直に信じられた。
どこか遠くから声が聞こえる。怪盗団の所属している仲間たち――今世代のペルソナ使いたちのものだ。有栖川黎と明智吾郎が、彼等を助けるために駆け回っているのだろう。
「ベルベットルームに今世代のペルソナ使いが全員集合するのも、珠閒瑠以来のことになりますな」
「そうなのですか?」
「巌戸台と八十稲羽でベルベットルームに出入りしていたのは、『ワイルド』使いだけだったからな。ペルソナ使いが集うことで賑わうのも久しぶりだ」
しみじみと語ったイゴールの言葉にラヴェンツァが首を傾げる。至が補足すれば、確認するかのように以前の住人たちへと視線を向けた。テオドアとマーガレットが肯定し、ベラドンナ・ナナシ・悪魔絵師が頷き返す。
彼等はこれから、有栖川黎や自分たちに課せられた使命を知ることになる。怠惰を司る統制神の悪意と、滅びゆく世界を救うための手立てを知ることになるのだろう。――
足を止めていたかった。もう少しだけ、その背中を見つめていたかった。その背中を支えてやりたかった。
彼らが転ばないよう、迷わないよう、先導してやりたかった。傷つかないよう、苦しまないよう、守ってやりたかった。
そんな明日を思い描く。当たり前に続くと信じていた明日を夢想するのは、もう充分だった。
「――向かうのですね。貴方の辿り着くべき最果てへ」
「ああ。――もう、いかなくちゃ」
ベラドンナの歌に、至は苦笑しながら頷く。
「良いのかしら?」
「ああ。――もう、充分だ」
マーガレットの問いに、至は名残惜し気に頷く。
そこで、至はテオドアとエリザベスに向き直った。
「ああそうだ。吾郎と黎に伝言頼める? 『全部片付いたら、2人一緒にルブランの屋根裏部屋へ行くように』って。『楽しみにしておいてほしい』とも」
「畏まりました」
「お2人に、きちんと伝えておきます」
ベルボーイとエレベーターガールが恭しく一礼するのを確認した後、至は踵を返した。案内人に先導されずとも、自分が行くべき場所はきちんと理解している。最果てに何があるかも、自分の旅路で出すべき答えも、すべて知っていた。
監獄を模した青い部屋から出れば、メメントスと同化した東京の街並みが広がる。異変に気づいているのはごく僅かで、多くの民衆は何も知らずに日常生活を送っていた。至が暫し観察していたとき、スマホのランプが点滅した。メッセージが次々と入って来る。
仕事を早退した者、重要な会議をすっぽかした者、家族サービスを急遽キャンセルした者、クリスマス会の準備を中断した者、大学の講義や学校の授業を抜け出した者――異変に気付き、行動を起こした者たちがいる。それを見て、至はスマホを操作した。
メッセージを送って来た者たちへ、次々とメールを返信する。添付アプリも忘れずに、だ。
付属したのは『イセカイナビ 最終決戦特別版』。
これが、空本至ができる
◆◇◇◇
ベルベットルームの関係一同と初めて顔を会わせた仲間たちは、困惑気味な様子だった。おそらく、ベルベットルームと関わることになったすべてのペルソナ使いが初めて彼らと顔を会わせたときにする反応なのだろう。イゴールとラヴェンツァは慣れた様子で部屋と自分たちの説明を始めた。
夢と現実のはざまにある精神世界。その本物を目の当たりにした面々の反応は様々だ。理解が追い付かず頭に疑問符を浮かべるスカルとパンサー、目をキラキラさせながら分析を始めるナビ、悪魔絵師のキャンバスが気になってうずうずするフォックス、頭が爆発しそうなクイーン、表面上は普段通りに見えるノワール。
住人たちの態度も様々である。主の背後に控えるマーガレット、エリザベス、テオドアの『力司る者』姉弟たち、相変わらずピアノを弾き続けるナナシ、歌を歌い続けるベラドンナ、キャンバスに絵を描き続ける悪魔絵師。みんなそれぞれ自由奔放にしている。
――そこで、僕はふと気づいた。
至さんがいない。先程までここにいたはずなのに、どこへ行ってしまったのだろう。
僕が保護者の不在に気づいたことを察したのか、エリザベスとテオドアが恭しく一礼した。
「あのお方なら、成すべきことを成すために、一足お先にこの部屋を出発されました」
「至さまから伝言を預かっております。『今回の件が片付いたら、ラヴェンツァのお客様と共に、ルブランの屋根裏部屋へ行くように。楽しみにしておいてほしい』とのことです」
「分かった、ありがとう」
自分の仕事は成し得たと言わんばかりに、エレベーターガールとベルボーイは一礼する。僕も会釈し返した。閑話休題。
「ねえ、モルガナは?」
「お会いになりたいですか?」
パンサーがきょろきょろと周囲を見回しながら問う。この部屋の独房に幽閉されていた怪盗団の面々だが、モルガナだけはどこを探しても見つからなかった。僕らがモルガナに会いたがっていることを察したのか、ラヴェンツァが問いかけてきた。
仲間たちは迷うことなく頷き返す。当たり前のことだった。ラヴェンツァが指さした場所は、ジョーカーが囚われていた独房だった。誰もいないはずのそこから、何ごともなかったかのようにモルガナが姿を現す。
「ワガハイ、ここで生まれたんだ」
呆気にとられる僕たちを横目に、彼は訥々と語り始めた。
元々モルガナは、人間の精神世界で好き放題する悪神を討ち果たすために生み出された存在だった。彼の使命は“悪神を討ち果たすトリックスターを見つけ出し、悪神を倒す手伝いをすること”。――図らずも、至さんが己自身に課した使命とよく似ていた。
彼の記憶は完全に復活したらしい。ベルベットルームが統制神に乗っ取られそうになった際にイゴールが最後の力を振り絞って自身を創り出した光景を、自分自身が僅かに集められた人間の『希望』としての側面を司る存在であったことを、だ。
今や、聖杯を名乗る悪神――統制神は、人々に永劫の隷属を強いる存在となって君臨している。「自分に従っていればそれでいい」というのが悪神のスタンスだった。
『人に試練を与えて破滅するまでの様子を眺めるのが大好き』なニャルラトホテプが蛇蝎の如く嫌うタイプだ。試練も変化も破滅もない、平坦な世界なのだから当然と言えよう。
『人間に与えられるであろう試練を超えるために力を与える』フィレモンとも相性が悪そうである。いや、実際悪かったから、奴の化身を辞めて悪神に転化したのだろう。
「……フィレモンの奴、自分の元・部下がやらかしたことに気づいてたのかな」
「クロウ?」
「それで至さんに尻拭いさせようとしてたら、本気でぶん殴ってやる」
奴ならやりかねない。これを信頼と称していいのか甚だ疑問であるが、絶対奴ならやるだろう。僕の推理はそれなりに信憑性があるようで、ほんの一瞬であるが、一部の住人の動きが止まった。彼等は口を噤んだっきり、この話題に関して一切コメントしなかった。
元々フィレモンは自分の化身たる至さんのことを、本人の目の前で『失敗作』だの『生まれてきたこと事態が間違いだった』と悪びれる様子なく詰った前科持ちである。その言葉通り、至さんのことは“人間とは別カテゴリの何か”としてぞんざいに扱っていたことが多かったように思う。
ラヴェンツァは取り繕うように咳払いし、話を続けた。
「思考が停止した人間ならざる者で現実を満たし、自身の永久の繁栄を実現する。それこそが、悪神が目論む人間の破滅」
「言ってる意味はよくわかんねーけど……つまるところ、マジであの『神』、『自分が有難がられてちやほやされたいがために、大衆を木偶の棒にした』ってこと?」
「……色々言いたいことはあるけど、時間はありませんからね。簡単に言ってしまえばそういうことです」
スカルの『分かっているのか分かっていないのか微妙なライン』の反応を聞いたラヴェンツァは、眉間の皺を数割増しにしてため息をついた。
そもそもスカルが木偶の棒を知っているという時点で驚きである。彼は漏れなくパンサーからそれを突っ込まれて憤慨していた。閑話休題。
ラヴェンツァや住人たちから聞かされた話をどうにかかみ砕くことができたクイーンが、ラヴェンツァへと問いかける。
「聖杯が『神』ってどういうこと? 確かに意志を持つという点で言えば今までのモノと比べて異質だけど、メメントスにあったあれは『オタカラ』じゃないの?」
「いいえ。あれは紛れもなくメメントスのコア。大衆の歪んだ欲望、そのものです」
「……もしかして、大衆が『支配されたい』と望んだから歪みが発生し、それを察知した悪神が歪みを利用する形で、『オタカラ』と同化してしまったってことなのかしら?」
ノワールの問いかけに、ラヴェンツァは2つ返事で頷いた。
「悪神は、素養のある人間2人を選び、争わせようとしました。世界を『残す』か『壊して創り直す』か決めるために」
「表向きのルールはな。でも、悪神は知ってたんだ。大衆が自ら変革を望むなんて絶対にありえないって。文字通り、悪神が持ちかけたのは、自分が勝つためのワンサイドゲームだったってワケだ」
ラヴェンツァの説明を引き継いだモナが頷く。
ふと浮かんだことがあったため、僕は思わず問いかけていた。
「そもそも、なんでそんなゲーム受けようと思ったの?」
「…………」
「フィレモンの指示?」
「…………」
「……左様でございます、空本至さまの後継者さま」
黙って視線を逸らしてしまったラヴェンツァとモナに代わり、イゴールが非常に居心地悪そうに答える。
フィレモンの化身たちにとって、空本至は非常に苦手な存在だ。フィレモンをグーで殴る度量の持ち主であり、それが正当化される存在であり、フィレモン本人がそれを甘んじて受け入れているという稀有な状態だということもあった。閑話休題。
元々統制神は“平穏と安寧を司るフィレモンの化身”として生まれ落ちたらしい。だが、奴は早い段階でフィレモンに反抗心を抱き、そこを突け込んだニャルラトホテプに唆された。結果、悪神へと転化した統制神はニャルラトホテプをエネルギータンクとして化身の中に封じ、フィレモンに『ゲーム』を持ちかけてきた。
だが、フィレモンは珠閒瑠市の一件によって力の大部分を失い、まともに顕現できる状態ではなかった。そのため、フィレモンは自身の意志を継いで人間たちのサポートに当たっていたイゴールを窓口にするよう指示したという。――その結果が、イゴールの幽閉とベルベットルームの乗っ取りに繋がったというわけだ。
完全な自爆。しかも、胸糞悪いのは、真面目な部下が被害の大部分を被っているという点である。
「完全に上司のせいじゃないか……」
「やっぱり
「……ねえモルガナ。ここまでの大失態をしているのに、そんな酷い上司――フィレモンのこと敬うの?」
「待ってくれパンサー! ワガハイがあのお方に敬意を抱き畏怖してしまうのは、善神の化身としての本能故のことで……!」
フォックスが呆れ、僕が嘆く。その横で、パンサーがモナのことをジト目で見つめていた。
好きな子からの好感度が下がっていることに気づいたモナは、慌てた様子で弁明する。
「そっかー、本能優先なのかー……」
「何故ワガハイから距離を取るんだパンサー!?」
「悲報:モナはケダモノ」
「えっ、マジ!? ピラミッドのときから思ってたけど、やっぱり紳士とは程遠いわ!!」
「ナビ、撤回しろ! 誤解を招く表現をやめるんだ! ――ああっ、パンサーとの距離が更に遠くっ!?」
……残念ながら、彼の主張は弁明にすらなっていなかったが。閑話休題。
「……ですが、
「まさか、悪神が見出した素養ある人間って――」
僕は思わず振り返った。僕の動きに呼応するように、青い光が舞い上がる。現れたのはロキ――否、ロキの皮を被って俺に力を貸していた“明智吾郎”だった。
黒と藍色のストライプに拘束具を巻きつけたライダースーツに、甲冑を思わせるような仮面を身に着けた青年が、居心地悪そうに視線を逸らす。
本来ならば、僕が悪神に見いだされた『駒』として使い潰されているはずだった。ここにいる“明智吾郎”と同じように。
けれど僕は運よく、悪神の望んだ存在にはならず、善神に与するペルソナ使いたちと共に光の道を歩んでこれた。世界の歪みを知りながらも、それに挑みかかる大人たちや仲間たち、どこかの自分が抱いた後悔や祈りと共に歩むことができた。だから僕は今、怪盗団の一員としてここにいることができる。
仕掛けた時点で破綻した『ゲーム』――もとい、統制神が世界を乗っ取るためのワンサイドゲーム――だが、統制神はどうにかして自分の策を通したかった。苦肉の策が、自身も他の神々と同じように化身を生み出し、暗躍させることだったらしい。結果、生まれたのが獅童智明、もといデミウルゴスだった。
「真なる我が主は、人間を信じていました。必ずや人々の中から、変革を成し遂げる『トリックスター』が現れることを」
「それが、私……」
ジョーカーの言葉に、ラヴェンツァは頷いた。そうして彼女は僕へ視線を向ける。
「……そうして、悪神に魅入られ破滅が定められていた片割れである貴方を掬い上げた善神もまた、信じていた。“自身が掬い上げた存在がトリックスターと手を取り合い、共に歩んでいく”未来――および、可能性があるのだと」
「僕を掬った、善神……?」
「未来と可能性を信ずる善神、セエレさま。
セエレ――それが、明智吾郎を掬い上げた存在であり、善神の1柱とのことらしい。
元々セエレは『力を失った善神が失われた力を補てんし、新しく顕現し直すための器として生まれ落ちた存在』だった。だが、善神が予期していた以上に強い自我を持っていたため、その善神とは別存在として確立したそうだ。「生贄に使おうとしたらエライことになった」というのが、生み出した奴のボヤキだという。
僕に可能性と未来を手渡しながらも、“本人が直接手助けできない”状態であるが故に、未来と可能性を使いこなせるか否かは完全に僕任せだったそうだ。セエレはそのことをとても気に病んでいたようで、数多の蝶を飛ばす――所謂バタフライエフェクトを駆使することで、間接的に干渉しようとしていたらしい。
「普遍的無意識ってことは、フィレモンの関係者……!?」
「仰る通りです。ただ、セエレさまはフィレモンさまのやり方を快く思っていらっしゃいません。同志でありながらも、方向性に関する部分で、セエレさまがフィレモンさまを一方的に、蛇蝎の如く嫌っていらっしゃいます。……『以前、フィレモンさまのせいで酷い目に合った』とかで」
「……至さんみたいなこと言うんだな、その善神」
ラヴェンツァの話を聞く限り、セエレなる善神もフィレモンの被害者らしい。
脳裏に浮かんだのは僕の保護者でありフィレモンの化身でもある空本至さんの後ろ姿だった。
同業者にも迷惑を振りまくとは、本当にあの神はロクなことをしない。流石
その話を聞いた“明智吾郎”は眉間の皺を数割増しにして唸った。
―― もしかして…… ――
(お前、覚えがあるのか?)
―― 俺に『
“彼”がここに至るまでの日々を思い返そうとしているように感じたのは気のせいではない。
セエレと“明智吾郎”がどのような会話を繰り広げたのかは興味はあるが、それを悠長に聞き出す暇はなさそうだった。
……そういえば、デミウルゴスも『セエレに深手を負わされた』と語っていたか。
僕がそんなことを考えていたとき、ラヴェンツァが問いかけてくる。
「貴方は、世界が無数に存在していることはご存知ですよね?」
「珠閒瑠市以外の全人類が滅んだ世界があるってことは知ってたし、俺が悪神に使い潰される可能性……もとい、世界があったってことも知ってる」
「ならば話が早いですね。何処かの世界で生まれ落ちた新たなる善神――それがセエレさまです。彼は目覚めた後、様々な世界を巡りました。そうして、悪神に使い潰される運命を背負った“明智吾郎”や、トリックスターとして世界を救った“ジョーカー”の想いに触れた。彼や彼女の想いに突き動かされたセエレさまは、双方が抱いた後悔や祈りを蝶にして飛ばしました」
「その結果が、この世界……」
僕の言葉に同意するように、ラヴェンツァは頷いた。善神の想いと悪神の悪意を察していたからこそ、彼女は悪神の『駒』にさせられたとき、自分の役割に疑問を抱き続けることに繋がったのであろう。偽イゴールがジョーカーに強いた『更生』は、奴が有栖川黎/ジョーカーを監視するためのものだった。
因みに、“統制神によって試練として選びだされた大人たちが、明智吾郎にとっての地雷原だった”のは、純粋に副産物でしかなかったらしい。僕がセエレによって悪神から引き離されようが離されていまいが、あのラインナップは変わらなかったそうだ。「多分、変える気がなかっただろう」とはラヴェンツァの談である。
それもそうだろう。この世界における僕は、有栖川黎/ジョーカーにとって“一番身近であり、心を通わせている人間”――つまるところ、アキレス腱になり得る人間だ。僕が死ぬなんてことになれば、僕の存在が統制神の取引材料に使われていた可能性もあり得る。間接的に黎/ジョーカーを絶望させるためのエサにされたかもしれない。
何て悪辣な手段を使うのだろう。統制神の緻密且つ陰湿な計算を想像し、みなが苦々しい表情を浮かべる。
統制神は既に、現実世界とメメントスを融合させてしまった。怪盗団を拒む大衆の認知が蔓延るこの世界に、怪盗団の居場所は存在しない。統制神の目指す世界は成就手前だ。
だが、逆転の手段はまだ残されている。その鍵を握っているのが、トリックスターたる『
「有栖川黎。今こそ、貴女も本来の意味で、更生を遂げるべき人間。牢獄を出て、歪んだ世界や囚われた人々のすべてを救う――それができるのは、真のトリックスター足る貴女だけなのです」
ジョーカーに微笑みかけた後、ラヴェンツァは僕へ視線を向ける。
「明智吾郎。滅びの運命を超え、愛する者と――有栖川黎と添い遂げんとする者よ。セエレさまが見込んだ通り、貴方は数多の試練を乗り越えた果てに、トリックスターの“魂の伴侶”としての覚醒を迎えました。私のような未熟者がおこがましいかもしれませんが、セエレさまに代わり、祝福を贈ります。――おめでとう」
「あ、ありがとう……?」
―― なんで疑問符つくんだよ。……まあ、「どう反応すればいいか分からない」っつー気持ちは分かるけど ――
神様の関係者に褒められて素直に喜べないのは、僕が見てきた神様が総じてロクなものではなかったためである。
善神も悪神も――善意か悪意か不可抗力か含んで――どいつもこいつも斜め上に振り切った奴らばかりだった。
“明智吾郎”もそれを思い出したのだろう。僕に同調するようにして頷いた後、ひっそりと視線を逸らしていた。閑話休題。
ひとしきり話し終えたラヴェンツァは花が綻ぶような笑みを消し、真剣な面持ちで僕たちを見返す。「モルガナに導かれたトリックスターたる若者よ。悪神に挑み、現実に居場所を取り戻す。その覚悟はできていますか?」――彼女の問いかけに対し、ジョーカーは迷うことなく頷き返した。仲間たちも決意をあらわにする。
僕たちの決意を見ていたイゴールは満足げに笑い、手を叩いて頷き返した。そうして、僕たちに激励の言葉を贈ってくれる。彼の言葉通り、僕たちには恐れることなど何もない。理不尽に反逆するための意志も、力も、この手の中にある。同じ志を持つ仲間たちや、きっと奔走しているであろう頼れる大人たちだっているのだ。
「出口はモルガナが知っています。……モルガナ、彼女たちを導いてください」
「はい、心得ております」
そう言って静かに笑ったラヴェンツァに、モルガナは粛々と答える。その様は、正しい意味での善神の化身同士の関係だった。
だが、ラヴェンツァの表情が曇る。彼女はモルガナに何かを囁いた。モルガナは粛々とした面持ちで何かを言い返すと、僕らを先導するように駆け出した。
◇◇◇
メメントス奥地にあった開かずの独房は、メメントスに引きずり込まれたベルベットルームのことを指していた。悪神は長い間、黎を自分側へ引き入れようと誘惑していたらしい。だが、彼女がそれを打ち破ったため、この扉が開かれることになったのだろう。
渋谷の街は相変らず、赤黒い空で覆われている。血のような赤い雨が降り続き、至る所には骨のアーチが出現している。ライフライン類はすべて止まっているにも関わらず――いや、何も気づいていないが故に――大衆たちは普段通りに生活していた。
砂嵐しか映っていないテレビジョンを見ながらCMの話に興じる者、点滅すらしていない信号を見ながら横断歩道に並ぶ者、下半身が赤い水に浸かっていることに気づかず道端に腰かけている者……なんだか見るに耐えない。“明智吾郎”なんてドン引きしている始末だ。
「やっぱり、まだ誰も異変を自覚できないままみたいね。統制神が認知を歪ませた結果なんだろうけど」
クイーンは周囲を見回しながら唸る。統制神によって人ならざるモノに成りかかっている彼等を正気に戻すためには、統制神を倒す以外にない。
僕らが決意を新たにしていたとき、モナの方に視線を向けたパンサーが悲鳴を上げた。何ごとかと確認すれば――何故かは分からないが――モナが光っている。
あと、僕の見間違いでなければ、若干身体が透けているようにも見えた。大丈夫なのかと心配する僕らに対し、モナは平然とした様子で答える。
「記憶が戻って、使命を全部思い出したからかもな」
「いや、そんなあっさり……」
「――あれ? なんか光ってね?」
近くを通りかかった茶髪の男が、モナがいるあたりを指さした。それを皮切りに、一部の人々が足を止めてこちらを見る。
モナの光をきっかけにして、ほんの僅かだが、怪盗団を視認できる人間たちが現れた。彼等は僕らに視線を向け、時には指をさしながら「怪盗団だ」と声を上げる。反応は鈍いままだが、以前と違って僕たちのことを思い出しているらしい。「街頭のテレビジョンで見た」とか、まさにそれだ。
人数はほんの一握り。でも、逆転の可能性があることを雄弁に意味している。怪盗団を忘れた人間たちしかいないと思っていたが、世の中は捨てたものではないらしい。善神の関係者たちが人間に希望を見出したのは、蜘蛛の糸を掴むような希望を目の当たりにしてきたためだろう。
「希望の鍵……」
「モナ、導いてくれ。俺たちはどこへ向かえばいい?」
ナビとフォックスの言葉を皮切りに、仲間たちの視線はモナへ注がれる。導き手としての使命を思い出した善神の化身は、先導するように歩いて足を止めた。
横断歩道の眼前に、巨大な骨で作られた道が広がっている。それを目で辿ると、上層部――奥に聳え立つ神殿へと繋がっていた。
どうやら骨のアーチは神殿の外部を伝うような形で広がっているらしい。進んでいけば、いずれは神殿の入り口へと辿り着くであろう。
「あの神殿に、統制神はいるはずだ!」
「そうと決まれば、殴り込みだね」
僕たちは顔を見合わせて頷いた後、ジョーカーの音頭に従って駆け出した。
魔改造明智による最終決戦、ベルベットルーム~メメントスと同化した東京への帰還まで。ベルベットルームに住人が全員集合したり、魔改造明智が誕生するきっかけになった善神の特徴が明らかになったり、保護者の様子が更に不穏なことになったりと、状況はめまぐるしく変化しています。
只今最終章3話目。10話以内に収めることを目標としていますが、どうなることやら。最終決戦編は「2/13日に至るまで」も含むつもりなので、もしかしたら少し長くなるかもしれません。エピローグは「それ以降」のお話をまとめる予定となっています。
次回は神殿へ向かう道中。統制神だけでなく、デミウルゴスとの決着も近づいてきています。怪盗団が動き始めるのと同時期に、異変に気づいた人々があちこちで動き出している模様。保護者の関係者と言うことは、即ち……? もう暫くおつき合い頂ければ幸いです。
以前、感想で「この小説は魔改造明智コミュを魔改造明智の視点で見た物語である(要約)」というコメントをいただきました。その感想のおかげで作品の方向性が固まり、ここまで来ることができました。本当にありがとうございます。
小説の終わりが見えてくるにあたり、ふと「魔改造明智を主人公に置くためには、後はどんな要素を足せばよいのだろう?」という疑問が浮かびました。真っ先に思い至ったのが「P3以降、主人公=コミュまたはコープを結ぶ」という点です。
ペルソナチェンジ解禁系魔改造明智というのもなかなかに“魔改造極めたオリ主化存在”ですけど、そこまでしたい訳ではないんですよね。「魔改造明智の生存確定イベントに関係するような演出が追加される」扱いくらいが丁度いいのかもしれません。
魔改造明智とコミュまたはコープが築けそうなメンバーを、相応しそうなアルカナに当てはめてみました。仲間たちとのコミュorコープのアルカナはあのまま当てはめて良いのか悩み中。現在、決まっているのは以下の通りとなっています。あくまでもお遊び企画なので、軽い気持ちで見ていただければ幸いです。
【拙作の魔改造明智がコミュorコープを築くとしたら】
・愚者<始まり、可能性、変化、信念など>:怪盗団全体
・死神<崩壊、結末、再生、再出発など>:“誰か”⇒“明智吾郎”
・悪魔<嫉妬、執着、意地、欲望など>:足立徹
・塔<困難、苦境、開始、解放>:神取鷹久
・永劫<???>:???
……見事に男しかいない……。そして、アルカナの要素に該当しそうな人間がなかなか浮かんできません。難しいなぁ(遠い目)