Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @デミウルゴス⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟とされた獅童(しどう)智明(ともあき)を演じていた『神』の化身。姿は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴス参照。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。獅童パレスの崩壊に飲まれ、完全に消滅した模様。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。



完全敗北

 12月24日の放課後、僕たちはメメントスに足を踏み入れた。

 

 入り口に来た時点でスマホに『メメントスの最深部への扉が解放されました』とメッセージが入り、案内に従ってモ(ルガ)ナカーを走らせてからどれ程の時間が経過したのだろう。

 ようやく、以前侵入した際に扉に邪魔されて進めなかった場所まで辿り着く。僕らの到着を察知した物々しい扉はあっさりと開き、他の階層と同じデザインの階段が姿を現した。

 

 

「……なあ。こいつがメメントスの『最深部の扉』ってことでいいんだよな?」

 

「ああ。そのはずだ」

 

 

 やけに呆気なく開いた扉と今まで下って来た階段の様子を見比べたスカルが、やや困惑気味に振り返る。フォックスも頷き返した。

 スカルの反応もよく分かる。ラストバトルの舞台だと気合を入れたら、普段とあまり変わらなくて拍子抜けしてしまったのだろう。

 固く閉ざされていたとは思えないくらい、扉が簡単に開いたということもある。……やはり、何度見直しても、今まで下って来た階段と変わらない。

 

 普段と変わらないこと――予想外のアクシデントが発生しないことをどう取るか。スカルやフォックスらは気にしないことを選んだが、クイーンや僕らは用心深くすることを選んだ。気持ちの持ちようは適材適所ということである。そんな僕たちの様子を見ていたジョーカーも静かに頷き、先陣を切って足を進めた。

 

 

「な、なんだコレ!? なんか、デカい化石みたいなのが並んでるぞ!? ……これが『オタカラ』?」

 

「メメントスを走っていた列車と同じデザイン……。もしかして、時々見かけた地下鉄? その終着駅がここだってことかしら」

 

「始発駅がどこかすら分からないけどな。始点に関する認知が重要視されてないから、終点しかない構造になってるのかも……」

 

 

 新たなフロア――ホームの左右には、びっちりと列車が並んでいる。目の前に飛び込んできた光景を見たナビがきょろきょろと周囲を見回し、物珍しそうな声を上げた。

 時折見かけた地下鉄の行方が最深部入り口とは予測できるはずもなく、クイーンも目を丸くして周囲を観察する。数多の列車が並ぶ図は壮観であった。

 

 

―― あのシャドウたちの目的地はここだったのか……。つーか、メメントスの奥地がこんな有様になってるなんて初めて知ったぞ ――

 

 

 “明智吾郎”も訝しみながら列車の群れを見つめている。“彼”は機関室から先に進んだことが皆無なので、メメントスの奥地に何が広がっているかも知らないのは当然だ。

 地下鉄内にはシャドウの影が蠢いていた。奴らはぞろぞろと列車から姿を消している。人が出入りしているということは、ここから先にもフロアがあることを意味していた。

 ナビから地図を見せてもらうと、丁度真っ直ぐ一本道となっている。ぞろぞろと何処かへ向かうシャドウの群れを横目で見ながら、僕たちは更に奥地へ進んでみた。

 

 固く閉ざされた扉は、僕たちが近づいてきたのに反応した。凸のような形で開いた扉の先が、『イセカイナビ』に新たに示された『メメントス最深部』ということなのだろう。

 

 先へ進もうとしたとき、ナビが声を上げた。

 どうやら扉が開いた際、奥の様子の一部を分析することができたらしい。

 

 ……だが、扉やフロア周辺に仕掛けられていたモノの内容が問題だった。

 

 

「この扉、開ける仕掛けが『こっち側』にしか存在してない……!」

 

「ウソ!? それって、『この扉に入ったら出てこれない』ってこと!? なんで一方通行なのよ!?」

 

 

 ナビの分析を聞いたパンサーがぎょっとした様子で目を剥いた。一方通行の扉ということは、メメントスが崩落した際の脱出経路に憂いがあることを意味している。

 『パレスの崩落に巻き込まれて死んでしまった場合、現実世界では――死因や行方に関する云々的な意味で――ロクな扱いにならない』ことは、“明智吾郎”に対する“ジョーカー”の反応で大体予測可能だった。

 

 

「おそらく、中にいる人間が外に出ないように閉じ込めるための仕掛けでしょうね」

 

「……ってことは、脇から入っていく人たちは『自分から閉じ込められに行ってる』ってことなの……?」

 

 

 クイーンの分析を聞いたノワールが、思わず左右に停まっている地下鉄へと視線を向けた。

 

 立体駐車場よろしく上に積み重ねられるようにして建造されたホーム。そこに停まった列車からは、数多のシャドウが降りてきている。彼等はわき目もふらず、続々と扉の奥へ向かっていた。乗客は絶えることなく、長い列も途切れることはなかった。

 ぽっかり空いたその道は、なかなかに狂気的な仕掛けが施された一方通行であると知っているのかいないのか判別できない。だが、もし彼らが“自らの意志で扉の向こうへ向かっている”とすれば、ノワールが出した結論で間違いないだろう。

 

 しかし、『一度入ったら出られない』なんて場所は、現実世界で言うどこを指すのだろう。今までのパレスを思い返しながら、僕は考える。

 鴨志田のパレスが城、班目のパレスが美術館、金城のパレスが銀行、双葉のパレスが王墓、奥村社長のパレスが宇宙基地、冴さんのパレスがカジノ、獅童のパレスが箱舟だった。

 進んだら二度と戻れない扉から、奥にあるフロアを覗き込む。ここからではよく見えないが、ナビ曰く「かなり広いフロアが広がっている」とのことだ。

 

 

「一度入ったら出てこれない場所か……」

 

「……その言葉だけで連想するなら、まるで刑務所の『牢獄』みたいだ」

 

 

 僕が考え込んでいた横で、ジョーカーが噛みしめるように呟いた。……言い得て妙である。

 確かに、刑務所の牢獄は“囚人が終身刑や死刑になれば『一度入ったら出られない』”場所だからだ。

 

 

「どこかには“牢獄は毎日3食食べれて、休日もある施設なので居心地が良い”なんて話題が転がっているらしいけど……」

 

―― 自分から入りたいなんて思うヤツなんざ、まずあり得ねェな。『まともな感性を持っているなら』って前提が必要だが ――

 

「マジかよ!? ……ってことは、あのシャドウたちってマゾなの?」

 

 

 僕のこぼれ話を聞いた“明智吾郎”は顎に手を当てて唸る。“明智吾郎”の声が聞こえないスカルはシャドウたちの群れへ視線を向けて、顔を歪ませていた。

 スカルはクイーンから「居心地が良すぎると再犯率が上がる」という話題を聞かされ、更に困惑した。待遇がよければ、軽犯罪を延々と繰り返す可能性だってある。

 しかも、囚人たちを生活させるための予算は国民の税金だ。3食全部出て冷暖房と休日まで完備している環境だから、貧困者にとっては最低限度の生活が保障されていた。

 

 一度犯罪を犯した人間が再犯してしまうのは、張られたレッテルによってまともな生活を送れなくなってしまうことが原因である。どこへ行っても犯罪者の汚名がついて回り、就学や就職、結婚にだって暗い影を落とすのだ。

 

 犯罪者故に周囲から冷遇された結果、賃金を稼げなくなる。収入がなければ生活が成り立たない。金がなければ何も買えないのだ。

 物を買う手段がないのだから、追い詰められて犯罪に走ってしまう。そうしてまた、刑務所の牢獄へ逆戻り――堂々巡りである。

 

 

「罪を償うために入るのか、不本意に入れられてしまうのか、努力してもどうしようもなくて戻って来るのか、出たくないから戻って来るのか……。デミウルゴスは、大衆意識の何を歪ませたんだろう?」

 

「シャドウたちの真意を確かめるにも、デミウルゴスや奴の上司たる『神』が何を考えているのか掴むためにも、この先へ進むことが必要だね」

 

 

 僕はジョーカーと顔を見合わせ頷き合った。

 仲間たちも満場一致で先に進むつもりらしい。

 

 

「しかし、何なんだここは……。感じだ事のない不気味さだな」

 

 

 無表情で奥へ向かうシャドウたちを眺めながら、フォックスは眉を顰める。確かに彼の言うとおり、地下鉄が並ぶ立体駅や無心に足を進めるシャドウたちの姿は異様な光景だ。

 

 民衆たちが自ら進んで向かいたくなるようなパレスとは、どんな場所なのだろう。想像しようにも想像が及ばず、眉間の皺が深くなるだけだった。

 足を止めて首をひねった怪盗団を先導するようにして、モナが一歩踏み出す。彼の瞳には、強い決意が滲みだしていた。

 

 

「行ってみれば分かるだろ。先に行こうぜ」

 

 

 そんなモナに続くようにしてジョーカーが歩き出す。モナは彼女の後ろに控えるようにして並んだ。僕はモナとは反対方向で、ジョーカーの隣に並ぶ。

 仲間たちは当たり前のように僕とジョーカーを取り囲むようにして並んでいた。いつもと変わらない並び順であり、布陣そのものだ。

 殿として僕の視界の端にちらつくのが“明智吾郎”と“ジョーカー”である。2人はいつも、僕とジョーカーの少し離れたところに居た。

 

 

―― ……あのクソ猫、様子おかしくないか? ――

 

 

 不意に、“明智吾郎”が僕に声をかけてきた。

 彼の視線は、撥ねるような足取りで先へ進むモナに向けられている。

 

 

(モナのことか? 確かに、やけに張り切ってるなとは思うけど……)

 

―― 『最終決戦で気が立っている』にしては、あの張り切り様は只事じゃない ――

 

(……分かった。デミウルゴス共々気に留めておく)

 

 

 僕の返事を聞いた“明智吾郎”は頷き、再び僕の視界の端へと戻っていった。“彼”は警戒態勢を解くことなく、メメントスのフロアを見回している。僕はそれを確認しつつ、仲間たちと共に扉の先へと踏み込んだ。

 新たなフロアのど真ん中には、巨大な吹き抜けが広がっていた。大きな穴が開いた先には、数多の管が張り巡らされている。管は時折脈打つように赤く光りながら、吹き抜けの下まで続いていた。ここからでは線の先――真下を見通すことは不可能である。

 

 あまりの不気味さに、スカルとパンサーが引きつった表情を浮かべた。フォックスも眉間の皺を更に深くし、クイーンも口元を震わせる。

 最奥に即たどり着くためのショートカットは『この吹き抜けから飛び降りる』ことだろうが、ナビは「やめたほうがいい」と進言してきた。

 曰く、「構造上、足場にできそうな区画が殆どないので、飛び降りれば地面に叩き付けられることは明白」とのことだ。背中がヒヤリとした。

 

 

「少々遠回りになるけど、内部を通りながら下って行った方が確実だよ」

 

「『千里の道も一歩から』だね」

 

「そうだね。いつも通り、慎重かつ大胆に行こう」

 

 

 ナビの進言を聞いたノワールは神妙な面持ちで頷いた。ジョーカーは不敵な笑みを崩すことなく同意し、颯爽と次のフロアに足を進める。

 

 扉を開いた先には、四角いブロックを敷き詰めて作られたような通路が出来上がっていた。壁はなく、見晴らしはいい。それ故に、シャドウの群れが屯っている姿が嫌でも視認できてしまった。ヒソヒソ聞こえる会話から、彼等は望んでここに来たことは明らかである。

 シャドウたちは何かを期待しているらしい。彼らが並んでいる先には扉があるようだが、アイドルに群がるファンどもよろしくびっしり並んだ様子からして、ここから中に入るのは至難の業だろう。その扉から先へ進むことを諦め、僕たちは別ルートを探すことにした。

 ブロック状に積まれた足場をよじ登っては降りてを繰り返した果てに、赤黒い光が差し込む入り口を発見する。鉄格子の一部を無理に引きちぎったような形だった。ジョーカーが言っていた「刑務所の『牢獄』」が脳裏をよぎるような作りである。

 

 その入り口を分析していたナビが笑みを浮かべて親指を立てた。この入り口からも、扉に並んでいたシャドウたちが向かおうとしていた場所へ行けるようだ。

 僕らは早速侵入する。飛び降りた先のフロアは、今度は丸型のブロックが並べられたような内装になっていた。僅かな白い灯りと赤黒い光がフロアを満たしている。

 

 

「進めば進む程不気味さが増してくるね。入ってすぐがこんな感じなら、最奥は一体どうなってるんだろう……」

 

「表のシャドウたちは、どうしてこの奥に進みたがるんだろう? 私だったらこんな場所に行きたいとは思わない」

 

 

 ノワールとパンサーが不安そうに周囲を見回す。敵シャドウが現れる様子はなく、扉の前に群れていた人々の姿もない。敵襲がないというのは少々不気味ではあるが、怪盗団にとって有利な状況ではある。僕らは足早に先へと進んだ。

 通路の先には大きな空間があった。大きくくり抜かれたような形をしたこのフロアを見回す。辺り一面が広い牢屋となっており、そこには地下鉄を降りてきたシャドウや扉の前に並んでいたシャドウたちが閉じ込められているではないか。

 

 

―― げぇっ!? なんだコレ!? ――

 

「げぇっ!? なんだコレ!?」

 

「牢獄だと!?」

 

 

 “明智吾郎”とスカルの声が綺麗に重なる。2人に続き、フォックスは目を丸くした。先程僕とジョーカーたちが話していた内容がピンポイントだったことに驚いたらしい。

 しかも、牢獄に閉じ込められているシャドウたちの足には、鎖のついた鉄球がつけられていた。彼等はみな一様に静かな顔をしながら、その場に立ち尽くしている。

 牢獄に囚われているというのに、シャドウたちの様子には不満や怒りの感情は一切存在していない。――それが余計に、囚人たちの不気味さを際立たせていた。

 

 

「お前もそんなところにいないで入れよ。ここは安心だぜ?」

 

 

 牢獄を眺めていた僕たちに気づいたシャドウが、鉄格子の向こうから声をかけてきた。それを皮切りに、シャドウたちも僕たちに気づいたらしい。囚人たちにとっては牢獄の外にいる人間が珍しく、同時に異質な存在と見ているようだ。

 

 牢屋の外にいる僕たちを心底憐れむ者、牢屋に入れと勧誘する者、牢屋の居心地の良さを説く者、頑として牢屋から出たがらない者……。

 特に牢屋から出たがらなかったシャドウは、「ここにいると安心だ。とても居心地が良いから」と力強く頷いていた。

 

 

「さっき話していたことを思い出すわ。……このシャドウたちの様子、刑務所から出たがらない囚人みたいね」

 

「カモシダの城を思い出すな。ヤツの認知では、牢屋に入れられていた面々は『奴隷』の扱いだったが……今回は、何やら毛色が違うみたいだ」

 

「クイーンの言う通り、彼等は『囚人』と言えるだろう。しかも、自ら閉じ込められるのを望んでいる厄介なタイプ」

 

「――お前さんたちもこちらにおいで。とても居心地がいいんだ」

 

 

 クイーン、モナ、僕がひそひそと話していることに気づいたシャドウが声をかけてきた。僕らが「何故」と問い返せば、シャドウは嬉々とした笑みを浮かべて説明してくれた。曰く、「この奥には願いを叶えてくれるシステムがある」らしい。

 囚人たちの歪みであると言えばそれまでだが、彼等にそこまで言わせる存在が待っていることは確かだ。特に僕たちは、それに該当しそうな存在に心当たりがある。デミウルゴス、および奴を従える『神』の所業だ。……但し、囚人たちに奴らがどう見えているかは分からないが。

 「牢の外にいるから苦労したり辛い思いをするんだ」と、囚人たちは僕らを本格的に憐れんでいる。僕らからしてみれば、“牢屋に閉じ込められているこの状況を甘んじて受けた囚人たち”の方が哀れだ。僕たちはその苦労を味わいながらも、先へ進むことを選んだのだから。

 

 知らなくても生きていけることはある。知らない方が幸せだったことだって、確かにある。けど、だからといって無知のままでいるわけにはいかないのだ。

 八十稲羽の霧に埋もれた真実を探し続けた特別捜査隊の背中が浮かんでは消えていく。彼等から学んだことは、今だって僕の心の中にある。

 

 他にも、大罪人が囚われているという『開かずの独房』の話を耳にしたところで、まともな情報が入って来なくなった。丁度、警備員のシャドウが僕たちを発見したためである。

 

 

「拘束具の未着用は認められていない! 異分子め、排除する!」

 

「みんな、来るよ!」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕たちは戦闘態勢に移行した。何かを振り払うようにして飛び出したモナが、我先にとペルソナを顕現する。

 

 

「威を示せ、メルクリウス!」

 

 

 青い光が爆ぜて現れたのは、今まで彼が顕現していたゾロではない。新たなペルソナ――メルクリウスへと変わっていた。

 豪、という音と共に突風が巻き起こる。力を覚醒させたモナのペルソナ・メルクリウスは、顕現したシャドウたちを一網打尽にしてみせた。

 

 

「モナ、凄い!」

 

「褒めても何も出ないぞ? パンサー」

 

「でも、人間にはなれなかったんだね……」

 

「喧しいわクロウ! かなり気にしてるんだぞ!!」

 

 

 好きな子(パンサー)に褒められたことが嬉しいのか、モナは自慢げに胸を張った。

 しかし、僕が彼の見果てぬ夢を指摘すると、即座にぷんすこと怒りをあらわにする。

 ……だが、モナの表情はすぐに曇ってしまった。何か懸念があるらしい。

 

 

「迂闊だったわね。刑務所には看守がいるのだから、ここにだって看守がいてもおかしくはない」

 

 

 苦々しい面持ちを浮かべたクイーンの隣で、スカルが眉間に皺を寄せた。

 

 

「……でも待てよ? メメントスは大衆のパレスで、大衆は不特定多数を意味しているから具体的な名前がないんだよな?」

 

「そうだけど……」

 

「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 スカルの疑問は最もである。大衆はあくまで不特定多数の人数を指す言葉だ。パレスには主の名が冠されているけれど、メメントスは『みんなのパレス』だ。

 『みんな』という名刺に具体名は存在しない。むしろ、存在した瞬間、それは『みんな』ではなくなってしまう。

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、獅童のパレスで顕現したデミウルゴスの姿だ。認知を好き放題に歪ませる力を有した『神』の化身。

 

 民衆や大衆という概念に縁がありそうな存在は『神』くらいなものである。大衆の概念を崩さずに、大衆の上に立てる存在もだ。

 ニャルラトホテプも、ニュクスも、イザナミノミコトも、大衆と絡む形で力を発揮していた。今までの経験則が、1つの仮説を導き出す。

 

 

「……まさか、『神』そのものがパレスの主なのか?」

 

「――思い出した。この場所、見たことがある」

 

 

 僕が仮説を出したのと、モナが衝撃発言を落としたのはほぼ同時。僕たちは後者の方に目を見開いた。

 

 モナはメメントスの奥地――もとい、大衆が望んで囚われている牢屋を見たことがあるらしい。ここは今日まで一度も開いたことのない場所で、僕たち怪盗団がここに足を踏み入れたのは初めてである。だが、モナの目は「見間違いではなく、本気でそう確信している」ような真っ直ぐな目だった。

 彼の言葉が間違いでないのなら。僕の保護者たる至さんが語っていた彼の正体――『善神フィレモンの関係者・イゴールと縁がある善神側の存在』を鑑みるに、“イゴールはここで悪神絡みの厄介事に巻き込まれ、その現場をモナが見ていた”という可能性が浮上した。僕がそれを問うと、モナは難しそうな顔をして首をひねる。

 

 

「詳しいことはまだ何も思い出せそうにないんだ。……だが、ワガハイの予想通りだった。やっぱりこの奥には、ワガハイの記憶を取り戻す秘密があるのかもしれない」

 

「……イゴール、か」

 

「どうしたの? ……そっか。そういえば、ジョーカーはイゴールから力を貸して貰ってるんだっけ?」

 

「うん。最近、何かきな臭くなってきたんだけどね」

 

 

 モナの話を聞いたジョーカーが考え込む。彼女がイゴールと接触していることは、鴨志田のパレスを攻略していた際に小耳に挟んだことだ。至さんがモナを尋問した際、ジョーカーが話してくれたことである。

 有栖川黎に『イセカイナビ』とペルソナに関する力を与え、更生という名の試練が発生することを告げ、試練を乗り越える度に“賛辞の言葉と次なる試練に関するヒント”を提示してきた老人。至さんが信頼する善神の関係者。

 けれど、ジョーカー曰く、「獅童を改心させた後――大衆の様子がおかしいことに気づいた――、イゴールは嘲るように笑いながら『人間は滅びるべき存在かもしれない』と口走った」という。

 

 善神の関係者が人間を見捨てる発言をするのは違和感があった。

 

 僕の知っている化身たちは――至さんを含んで――、人間が大好きである。人間という命に、煌びやかに輝く無限の可能性を見出している。

 だから善神の関係者(善神含む)は人間に力を貸しているのだ。悪い面を知りながらも、それらを容易に概算度外視できる程、良い面の素晴らしさに賭けていた。

 

 

「人間を嘲り笑うのは十中八九悪神だった。特にニャルラトホテプが顕著だったよ」

 

「でも、イゴールって人は善神の化身で、人間の味方のはずでしょ? そんな化身が突然『人間は滅びるべき』なんて……」

 

「今回の一件で『人類に愛想を尽かした』のかもしれないわ。もしくは『善神の化身・イゴールの皮を被った偽物が、最初からずっとジョーカーを見張っていた』か」

 

 

 「もし後者なら、マッチポンプもいいところだわ」――僕やパンサーの言葉を聞いたクイーンが分析した。仮面の下にある眉間には、きっと深い皺が刻み込まれていることだろう。

 仮説が正しければ、悪神は『敵を手中に収め、自分の勝利のために“敢えて塩を送っていた”』ことになる。人間にとって割に合わない方法でも、『神』ならば充分()()()()()()

 

 

「なあクロウ。この手の話題、お前の専門だよな?」

 

「どう見る?」

 

 

 スカルとフォックスに問われた僕は、大衆という概念と縁が深い『神』の所業を仲間たちへ説明する。

 

 ニャルラトホテプは、1巡前に滅びを迎えた世界で橿原教授に成り代わった。あちらでは母方の姓を名乗っていた黒須淳さんに力を与えて仮面党を組織させたり、ジョーカー様という呪いや噂を現実にする力を行使し、自分の計略を1度成功させたのである。だが、こちらの世界では紙一重で敗北。滅びを望まなかった大衆によって、奴の計画は破綻した。

 ニュクスは、死という概念そのものが顕現した存在だった。身勝手な大人(バカ)どものせいで顕現するに至った彼は命さんの中に封印され、望月綾時としての人間性を習得。後にニュクスは命さんのユニヴァースによって封印されるも、その封印はエレボス――死に触れたいという大衆の願いが顕現した存在――によって、今でも時折危機にさらされていた。

 伊邪那美命は、八十稲羽の土地神であった。彼女は「人間の望みを叶える」存在になろうと努力をしていた。「『人間(種族単位換算)』は己の望むモノしか見ない」という答えに辿り着き、己の使命と人間たちへの善意に従った結果、八十稲羽は『万人が望む嘘』の霧で覆われたのだ。万人を大衆へ置き換えれば、丁度現在の状況と同じケースだった。

 

 

「特に、伊邪那美命は“人間の総意”を媒介にした幾千の呪言を振るってきたからね。『人間の総意に、個の意志が敵う筈がない』って語ってた。……最終的に、彼女は『人間の総意すら凌駕した』個の意志によって倒されたけど」

 

「真実さんと、彼のペルソナ・伊邪那岐命の幾万の真言だっけ? “ありとあらゆる嘘を取り払い、真実を明らかにする”絶対的な力で、真実さんが旅路の果てに見出した答えそのもの……」

 

「もしかしたら、デミウルゴスと奴の言う“我が主”は、認知を歪ませた人間の総意――大衆の力を自分の糧にするために、更生の総大将役(ラスボス)を大衆にしたのかも」

 

 

 「大衆の力をどのようにして使うかは想像つかないけどね」と締めくくる。

 仲間たちはスケールの大きさを想像し始めたのだろう。みんな渋い顔をしていた。

 

 伊邪那美命が行使した幾千の呪言は、対象者を死の呪いで決して目覚めぬ眠りへと誘うものだ。喰らえば最後、何処かに引きずり込まれてしまう。それに匹敵する力を行使するために、デミウルゴスや奴の言う“我が主”は大衆を利用したのだろう。

 奴らが利用した大衆たちの総意が『どのような効果をもたらす』のかは未知数である。伊邪那美命のように“対象者を絶対的な眠りに引きずり込む”のか、ニュクスのようにアルカナシフトを駆使した実質13連戦という超耐久戦を仕掛けてくるのか、ニャルラトホテプのように自己強化一辺倒なのか。

 

 

「人間の総意を媒介にしているってことは、メメントスの主も『神』である可能性が高いんだよね……? 分かった。文字通り、最終決戦なのね」

 

「……ホント、スケールでかいよな。金城やったときから覚悟はしてたけど、予想外過ぎて逆にやる気出てきたぜ……! 最後の仕事に相応しいな!」

 

「今はとっとと先へ進もう。感慨深くなる気持ちは分かるけど、ここに留まってると余計に危ないし! また看守がやって来たら厄介だからな」

 

 

 ノワールとスカルが感慨深そうに語ったのを見たナビが注意を促した。

 

 彼女の指摘通り、僕たちは既に看守に発見されている身だ。先程の騒ぎで警備が強化された可能性だってある。

 牢獄に居座ったっきりのシャドウたちはメメントスが崩れ去れば『改心』されるはずなので、放置して先へ進むことになった。

 

 

***

 

 

「よし。セキュリティが解除されたから、先に進めるね」

 

 

 『一筆書きですべての床を踏むことで道が開く』というタイプのセキュリティシステムを突破したジョーカーが微笑んだ。先陣を切る彼女に続き、僕たちも先へ進む。通路をうろつくシャドウに強襲を仕掛けたり、奴から仮面を奪い取ったりしながら駆け抜けて、どれ程の時間が経過したのだろう。異世界の時間経過は曖昧なため、分からない。

 風景がよく似ているためあまり実感できないが、僕たちは奥へ奥へと進んでいるようだ。程なくして、周囲の景色に変化が生じた。全体的に薄暗くなったフロアは赤く光っており、光の中には果てしなく続く回廊や通路が伺えた。上層部と同じように、ここからでは最下層を確認することは不可能なままである。まだまだ先は長いらしい。

 このまま歩き続けるのは厳しい――僕がそんなことを考えたとき、モナが“車に変身しても問題ない道”を発見した。歩きより車に乗った方が短時間で辿りつくし、疲労も少なくて済む。これ幸いとモ(ルガ)ナカーに飛び乗った僕たちは、一気に坂道を下って次のフロアへと足を踏み入れた。

 

 新たな階層は、前よりも薄闇が増し、赤い光が怪しく道を照らし出している。長い道のりになるだろうが、ここからは徒歩でないとまともに進めない。

 

 僕たちはモ(ルガ)ナカーから降りて、再び探索を開始した。

 程なくして、新しい牢獄へと辿り着く。そこにいたシャドウたちに、俺たちは目を見開いた。

 

 

「鴨志田!?」

 

「嘘!? なんでアンタがここに!?」

 

「せん――ッ、……班目……!」

 

「嘘!? 金城がどうして……」

 

「お父様!?」

 

 

 囚人たちの中に紛れて、怪盗団が『改心』させた連中――鴨志田、班目、金城、奥村社長の姿があった。そして――

 

 

「ああ、明智か」

 

「……獅童……!」

 

―― っ……!? ――

 

 

 『改心』させる前までは威風堂々としていた獅童正義が、僕たちに対して力なく笑いかけてくる。情けないを通り過ぎて、最早不気味な存在にしか見えない。

 いいや、そもそも、奴らのシャドウは『改心』した後、心の海へと帰還したのではなかったのか。ここに居るということは、デミウルゴスに殺されてしまうのではないか。

 たじろぎながらも必死に頭を回す僕と身を固くする“明智吾郎”を目の当たりにした獅童は、やはり、他のシャドウたちと同じように「ここは本当に居心地がいい」と呟いた。

 

 鴨志田はパンサーに言い寄るそぶりを見せたが、すぐに「もう懲りた。俺は馬鹿だった、調子に乗っていた」と言って力なくため息をつく。欲望のままに、気に喰わない生徒に暴力を振るい、女子生徒にセクハラを働いていた男とは思えない憔悴っぷりだった。

 班目はがっくりと肩を落としながら己の悪行を悔いている。「私には才能なんかなかったんだ。その事実から目を背け、勘違いを加速させた挙句、身の丈に合わぬ欲を抱いた。結果、盗作に手を出してしまった。なんて愚かだったのだろう」と、一種の自傷行為に走る始末。

 金城なんて、僕らを恫喝してきたような覇気の一切合切をなくしている。「空気読まない奴は叩かれて当然。自分以上なんて目指さなくてよい。死ぬわけでもないのだから、もうそれでいいじゃないか」と言った彼は、汚い手を正当化し己を自賛していたインテリ経済ヤクザ風情の面影はない。

 奥村社長も同じようにして肩を落としている。「先代社長である父を反面教師にしても、結局血筋に刻まれた敗北者としての定めを打ち砕くことはできなかった。できるはずがなかった。夢は夢のままだと諦めてしまえば、もっと早く楽になれたのに……」と弱々しく笑っていた。

 

 

「以前とは別人だけど……」

 

「『改心』したからという訳じゃないね」

 

「どちらかっていうと、目標を失って自堕落になってるようにも見えるぞ」

 

 

 夢破れて途方に暮れたような――あるいは生きる気力すら失ってしまったと言わんばかりの様子に、僕やジョーカー、ナビは困惑する。

 

 

「まさか、歪んだ欲望を取り去ったことで、自ら囚われた人生を生きる選択をしたってのか……!?」

 

「『欲望は願いである』――こんなときに、足立の言ってたことを実感することになるなんて思わなかったな」

 

 

 モナの顔色が青ざめた。僕も、憎めない男の背中を思い浮かべながら舌打ちする。

 

 欲望があるから、人は「上を目指そう」と努力するのだ。学歴も、職歴も、人付き合いも、欲望/願いを叶えるために必要な糧にするためこなしていく。――たとえその欲望が「どんな形であろうとも」だ。

 東京で出会った鴨志田を始めとした大人たちも、御影町・珠閒瑠・巌戸台・八十稲羽で出会ったクソみたいな大人たちも、歪みに歪み切った欲望を抱いていた。それを叶えるために、様々な手を打っていた。

 

 己の欲望を満たすことが、彼らの生きる意味だった。だから今まで努力――もとい、隠蔽工作を行ってきたのだろう。

 けれどそれは、数多の困難や反逆者たちの妨害によって頓挫させられた。心が折れてしまったとも言える。

 夢破れた者たちは、大人しく現実を見た生き方をするしかない。結果、囚われた人生を歩むことも「仕方がない」と言わざるを得なかった。

 

 

「明智。お前たち母子、そうしてお前の婚約者には、本当に酷いことをした。父親として申し訳ない。……済まなかったな」

 

―― ……父さん…… ――

 

「……ご丁寧にどうも。それから、本当に済まないと思ってるなら、もう2度と、父親だって名乗るのも息子と呼ぶのもやめてくれ」

 

 

 獅童は僕を見つめながら、しみじみと言葉を紡いだ。“明智吾郎”は複雑な顔をしたまま、獅童と自分の関係を示す言葉を囁くようにして呟く。

 折角なので、僕は奴に「ここは一体どんなところなのか教えろ」と問いかけた。奴は頷き、すらすらと語り始める。

 

 ここは退行の牢獄といい、囚人たちにとっては“何不自由のない、最高の自由を得られる場所”という認識があった。自分で悩み、考えて行動することの苦痛からの解放――所謂、『選ばなくてもいい自由』を意味しているという。奴は「私が作ろうと思っていた国家よりもはるかに素晴らしいところだ」と納得したように頷いた。

 似たような雰囲気、およにニュアンスを持つ言葉では『知らないでいる権利』や『真実を葬り、都合の良いものを見続けるという望み』が挙げられる。だがそれは、裏を返せば『思考停止』以外の何物でもなかった。八十稲羽で伊邪那美命と対峙したときは、奴が語っていた人間の総意の現物と対峙する羽目になるとは思ってもみなかったのに。

 勿論、こんな場所で大人しくしていられない連中もいた。嘗てのパレスの主たち――ここで言うなら脱獄囚――は、安住の地である牢獄から隔離され、自分専用のパレスへと閉じ込められる。「共有住宅から飛び出した」のではなく、「共有住宅から叩き出された」というのが正確な表現だったようだ。

 

 「お前たちに『改心』されてよかった」と、シャドウたちは口々に感謝の言葉を述べた。どいつもこいつも、みんな爽やかな笑みを浮かべている。本来であれば喜ばしい光景なのかもしれないが、こんな異常な光景を見せつけられてしまうと素直に頷くことができない。

 

 

「心の海へ還ったんじゃなかったの?」

 

「ああ、還ったさ。その結果、私たちは再びこうしてメメントスに顕現することとなった。この世界の住人として、幸福を享受する囚人としての側面でな」

 

 

 獅童はうっとりとした口調でジョーカーの問いに答える。

 

 『神』が大衆の力をエネルギーに変換していると考えれば、ここにいるシャドウたちが『廃人化』させられてしまうことはなさそうだ。その事実に、僕はひっそりと安堵した。

 同時に思うのは、自分たちが今まで成し遂げてきたことに対する疑問だ。僕たちが『改心』させてきた結果がこれだとしたら、これすらも『神』の計算内だったとしたら――

 

 

「戦力としての『駒』だけじゃなかったんだ……! “エネルギー源として大衆を使う”ために必要な布石としての『駒』……!」

 

「ってことは、私たちが『改心』に成功しようがしまいが、私たちを倒したい『神』にとっては都合がよかったってこと!?」

 

「怪盗団が途中で負けようが、ここまで勝ち続けようが関係無かった。前者なら自ら手を下す手間が省けるし、後者でも自身の勝利に向けた準備ができる……!」

 

 

 モナの言葉を皮切りに、パンサーが目を剥く。

 クイーンも、『神』の恐ろしい計略を見抜いたようだ。

 

 

「なんてことだ……! 俺たちは『今の今まで勝ち続ける』ことによって、自らの首を絞めていたのか……!」

 

「クソッ! 『神』のヤロウ……! 文字通り民衆を支配したくて、俺たちを動かしてたってことかよ!!」

 

 

 フォックス、スカルが悔しそうに歯噛みした。自分たちが成し遂げてきた『世直し』は、すべて『神』が君臨するための布石でしかなかったのだから当然だろう。

 しかも、自分たちの頑張りは、明日の自分たち――『神』と戦うために駆け抜けた自分たちに牙を剥くとは思いもしなかった。僕はギリリと歯を食いしばる。

 もっと早くこのことに気づいてれば。……いや、無理だ。気づいたとしても、僕たちは立ち止まれなかったはずだ。立ち止まれば、待っているのは身の破滅だったから。

 

 僕たちが『神』の話――メメントスの支配者の話をしていることに気づいた獅童が首を傾げる。不思議そうな顔をして、だ。

 

 

「何を言っているんだ? ここの支配者は大衆みなのはずだ。だから、我々の上に誰かがいるなんてことはあり得ない」

 

「大衆の動きが1つに集束するよう、空気を調節しているヤツがいるんだよ。人間じゃ収まりきらない上位存在がな。昔のお前がそうだったみたいに、奴は人知れず君臨してるんだ」

 

「……本当に、お前たちは何を言っているんだ……!?」

 

 

 噛みつくように言い返したナビの言葉を、獅童は最早理解できない様子だった。皮肉な話であるが、『改心』される前の獅童であれば容易に理解できただろう。そうなるために権謀を張り巡らせてきたのだから。

 囚人たちは「互いが互いを見張っている」と語るが、『神』によって認知を歪まされているだけである。メメントスさえ崩壊させれば、認知は正されるはずなのだ。今まで以上に厳しい戦いになるだろうが、やるしかない。

 

 決意を固めて踏み出そうとした僕たちだが、モナが周囲を見回して表情を曇らせる。「やはりここには見覚えがある」と語ったモナは、己の記憶を思い出すようにして目を閉じた。

 

 モナはここで人間を見つけ、自分が彼等と違う姿をしていることに気づいたらしい。だから彼は「ニンゲンに戻りたい」と願い、行動を開始したのだという。

 途中から「ニンゲンになりたい」という思考回路にシフトしたが、人間への憧れは健在のままだ。ここを見ていたからこそ、モナはメメントスの奥地へ行こうとした。

 漠然とした理由ではあったが、案内役としてやってこれた理由はこれだったようだ。良くも悪くもこの景色を忘れられなかったから、モナは必死になっていたのだろう。

 

 彼の記憶は所々抜けたままのようだ。手当たり次第にパレスを漁り始めた結果、気づいたらカモシダのパレスにいたらしい。そこで黎と出会ったことから、彼――『改心』専門のペルソナ使いで怪盗団の一員であるモルガナは動き始めた。

 

 

「何をしている!」

 

「しまった! 油断してたぜ……!」

 

「逃げよう!」

 

 

 そんなことを考えていたとき、振り返った先には看守の群れが徒党を組んでいるところだった。

 三十六計逃げるに如かずということで、僕らはさっさと駆け出した。

 

 シャドウの看守をやり過ごし、一筆書き床のセキュリティを突破し、さらに奥へと足を進める。どうやらまだ下があるらしい。

 

 下に続く道は、丁度モ(ルガ)ナカーが走れるだけの余裕がある。ならばそれを利用しない手はない。モ(ルガ)ナカーに飛び乗り、この先へと進む。

 新しいフロアに辿り着くと、案の定、先の道はモ(ルガ)ナカーが走れそうな道幅はなくなっていた。仕方がないので徒歩で進む。

 次に広がっていたのは独房がびっしりと並ぶフロアだった。奥の方には厳重に閉ざされた独房の扉が鎮座している。鍵がかけられた上に扉の前にも鉄格子があった。

 

 

「もしかして、あれが他のシャドウたちが言ってた開かずの独房? 最も罪深い危険囚人が閉じ込められてるって言われてて、誰も近づこうとしなかった……」

 

「“誰にとっての危険因子か”って考えると、十中八九“『神』にとって”と出てきそうな気がするな。どんな罪をでっちあげられたのやら……」

 

 

 ノワールと僕は鉄格子の向こう側にある扉を観察する。物々しい空気が漂う扉の向こうには、一体どんな光景が広がっているのだろう。それを確認することは不可能だった。固く閉ざされた扉はびくともしない。

 そんなとき、モナがひくひくと鼻を動かした。その挙動はどう見ても猫でしかない。人間とは程遠いなと考えていたとき、モナは「懐かしい匂いがする」と呟いた。心なしか、先程よりより一層表情を明るくなったように思う。

 

 暫し懐かしさを噛みしめた後、モナは眦を釣り上げて頷いた。彼が生まれ落ちた場所はこの扉の向こう側だった、と。

 

 

「じゃあ、モナが危険囚人!?」

 

「“『神』にとって都合が悪い”という意味ではそうでしょうね。どうなの? モナ」

 

「クイーンの分析も間違っちゃいないが、違うぞ。囚人は別にいるんだ」

 

 

 パンサーとクイーンの問いかけに対し、モナはきっぱりと断言した。そうして、感慨深そうに呟く。

 

 

「ワガハイはここで“あのお方”に産み落とされた。オマエたちをここまで導くために」

 

「そういえば、クロウの保護者の方が仰っていたそうね。『モナちゃんは自分と同じ、善神から生み出された存在なんだ』って」

 

 

 僕から至さんの話を又聞きしていたノワールが手を叩いた。

 善神は基本、人間の味方というスタンスを取ってくれている。

 ――ならば、と、僕はモナに問いかけてみた。

 

 

「“あのお方”は、至さんの見解やお前の態度からして十中八九善神の関係者だよな。その中の誰だったか思い出せるか? 特徴だけでもいいから」

 

「名前は思い出せないが……お年を召した方、だった気がする。スーツを着ていたかもしれん。あと、鼻が長かった、ような……?」

 

 

 よく思い出せないことを謝罪しようとしたモナの申し訳なさそうな顔は、しかし、確証を得たりと手を打ったジョーカーの表情によって驚きの色に染め上げられた。

 ジョーカー曰く、「自分に更生を持ち掛けてきたイゴールは老人で鼻が長く、スーツを身に纏っていた」とのことだ。ジョーカーは確認するようにしてモナに問う。

 

 

「その人、人間や人類に対して愛想尽かしてた?」

 

「それはない! “あのお方”は――我が主は、ヒトが持つ可能性を信じている! ニンゲンを見捨てることなんて、ましてや嘲るなんてあり得ない!!」

 

 

 モナは強く力説する。

 

 僕の知っている化身たちは――至さんを含んで――、人間が大好きである。人間という命に、煌びやかに輝く無限の可能性を見出している。

 だから善神の関係者(善神含む)は人間に力を貸しているのだ。悪い面を知りながらも、それらを容易に概算度外視できる程、良い面の素晴らしさに賭けていた。

 

 確信をもって語るモナの眼差しからして、彼を贈り出した善神の関係者――高確率でイゴールだろう――が人間を嘲笑うなんてことはあり得ないらしい。そうなると、クイーンが言っていた『善神の化身・イゴールの皮を被った偽物が、最初からずっとジョーカーを見張っていた』説が濃厚になってくる。

 おまけにデミウルゴスの“我が主”たる『神』は、モナが僕たちを導く使命を背負っていることすら利用したらしい。モナは朧げながらも自身の使命を思い出したことで、悪神の狡猾な企みに気づいたようだ。「もっと早く記憶が戻っていれば」と悔しそうに歯噛みする。最も、記憶をなくしても僕らをここに連れてきたあたり、仕事は果たしたようだが。

 しょんぼりと耳を垂らしたモナに向き合ったジョーカーは、彼の目線まで屈むと、わしゃわしゃと頭を撫でていた。猫のモルガナを撫で回す手つきと全く変わらない。「ワガハイ猫じゃねーぞー!」と間の抜けた非難など気にも留めず、ただただ一心不乱に撫で続ける。相棒の行動に困惑していたモナだが、それだけでは終わらない。

 

 例えるならそれは、幼子を抱擁する母親のようだった。

 例えるならそれは、ボロボロになった友の叫びを受け止めようとしているかのようだった。

 

 

「ジョーカー……?」

 

「……モナがいなかったら、きっと私、ここまで来れなかった。4月の時点で……鴨志田の一件で、ロクな目に合わなかったと思う」

 

 

 ジョーカーは今までのことを思い返すようにして目を閉じる。彼女の言葉通り、怪盗団の面々は腐った大人の餌食にされている――されかかっていた者たちばかりだった。

 もしモルガナが現れなければ、有栖川黎の保護観察期間はロクなことにならなかっただろう。4月の時点で、彼女は鴨志田から無理矢理関係を迫られていたに違いない。

 

 坂本竜司は鴨志田に張られた暴力生徒というレッテルのせいで燻ったままだろうし、高巻杏や彼女の親友および女子生徒たちはいずれ鴨志田の毒牙にかかっていただろう。

 喜多川祐介の才能は班目に食い物にされ続けていただろうし、新島真は金城を筆頭としたヤクザの脅しと借金によって姉妹共々人生を滅茶苦茶にされていたかもしれない。

 佐倉双葉は自分が母親を死に追いやった存在だと思い込んだまま引きこもり続けただろうし、奥村春も宝条千秋と引き裂かれて望まない結婚生活を送っていた可能性がある。

 

 モルガナがいなければ、怪盗団の面々は腐った大人たちの悪意に晒され続けたままだった。どうにかやり過ごそうと足掻いたとしても、結局、人生は破綻させられてしまっていただろう。今よりも悪い光景など想像できないし、したいとも思わなかった。

 

 

「私はキミのおかげで助けられた。本当にありがとう」

 

 

 ジョーカーはにっこりと笑う。モナが感極まったように目を潤ませた、丁度そのときだった。

 

 

「発見した! 脱獄囚は、最重要隔壁扉の前にいる!」

 

「危険、危険! 速やかに捕獲せよ!」

 

 

 僕らの存在を嗅ぎつけた看守たちに取り囲まれた。奴らはシャドウとして顕現し、僕らに襲い掛かる。状況は不利だがやるしかない。それぞれ得物を構えて駆け出した。

 

 囲まれて不利な状況だったものの、どうにか看守どもを撃退する。その気配を感じ取ったのか、周囲がピリピリとした殺気で満ち溢れてきたように思う。

 厳重に閉じられた独房も気になるが、ここに留まり続けるのはリスクが高い。むしろ、厳重に封じられている扉があるということは、最奥が近いということでもある。

 最深部に辿り着けば『オタカラ』もあるだろうし、『神』やデミウルゴスと戦うことにもなるだろう。もしかしたら、モナの記憶に関する手がかりもあるかもしれない。

 

 正真正銘の世直しにして、『神』との最終決戦だ。僕たちは顔を見合わせ頷き合う。

 言葉はいらない。やるべきことは分かっている。――あとは、全力で駆け抜けるだけだ。

 

 

***

 

 

 シャドウの看守を屠り、セキュリティを突破し、ようやく僕たちはメメントスの最深部に辿り着いた。赤い光を放つ巨大な建造物――神殿には、得体の知れぬ瘴気が漂っているように感じる。雰囲気はモナドマンダラに近いような気がした。

 外が真っ赤な光を放っているならば、内側も同じようなものだった。真っ赤な光を放つ光源は、神殿中に敷き詰められるように配置された牢獄である。牢獄のブロックが積み重なるようにして、今までの道を作り上げていたのだ。中々に狂気的な絵面である。

 

 そのど真ん中に安置されているのは、機械仕掛けの巨大なモニュメントだ。鈍い歯車の音を響かせながら、モニュメントは稼働し続けている。左右には手を模したオブジェが鎮座していた。

 

 

「これが、メメントスの『オタカラ』……? 何にしても、偉そうで悪趣味……」

 

「ここより先に道はない。どうやらここが終着地点、メメントスの最奥ということのようだ」

 

 

 オブジェのデザインに眉間の皺を深くするパンサーに対し、フォックスは冷静に分析する。ここがモナの目的地であり、大衆の『オタカラ』が存在する場所だ。

 おそらく、僕らが狙う『オタカラ』は機械仕掛けのモニュメントだ。僕の予想を肯定するようにして、モナが頷き返す。あれを奪えば、この戦いに決着がつくはずだと。

 一瞬、モナが辛そうな顔をしたのは気のせいではない。冴さんのパレス攻略が始まる前に、“明智吾郎”が見せたような面持ちだ。――十中八九、彼は何か隠している。

 

 しかし、それを問いかけたところで答えてはくれないだろう。彼の眼差しは、12月24日の日付を見ていたことを問いかけた際の至さんと反応が似ている。

 ああいう目をした相手は「何を言っても答えてくれない」ことは経験則で分かり切っていた。相手を信じて待ち続ける以外、最良の方法が存在しないことも含めて。

 

 僕はモナから視線を逸らし、機械仕掛けの巨大モニュメント――メメントスの『オタカラ』を見る。

 

 

「けど、どうする? 大きさからして、持ちだすことは不可能みたいだけど」

 

「消えりゃあいいんだろ? 持ち出せねーなら、ブッ潰すまでだぜ!」

 

「ああ、それでいい。破壊しよう」

 

 

 僕の問いに対し、スカルとモナが即座に返答した。他の面々も同じ気持ちらしい。

 

 アレを破壊すれば異世界丸ごと消滅し、僕たちはもう二度と怪盗団として『改心』を行うことができなくなる。これが最後の大仕事だ。僕たちが決意を新たにしたのと、パイプオルガンの不協和音のような警報が鳴り響いたのはほぼ同時。

 膨大なエネルギーがモニュメントに集束する。あの『オタカラ』は、ただ壊されるつもりはないらしい。牢獄にいた囚人たちが騒めき始めた。辺りから響く声は意味をなさぬ呟きばかり。けど、牢獄から出たがらない様子だけは、今までと変わらなかった。

 

 

「――やはり来たか、怪盗団。“我が主”に反逆する大罪人どもめ」

 

「デミウルゴス……!」

 

 

 僕らの目の前に現れたのは、赤黒い羽と青黒い羽を持つ大天使――デミウルゴス。奴の計画を潤滑に動かすために動いていた悪神の化身だ。

 圧倒的なオーラは、獅童のパレスで対峙していたときと変わらない。……ただ、気のせいか、以前見たときより覇気が薄くなった気がした。

 デミウルゴスはモニュメントを守るようにして僕たちと対峙する。奴の対応からして、やはりあのモニュメントが『オタカラ』であることは間違いない。

 

 

「よくも人間を弄んでくれたわね! この貸し、高くつくわよ?」

 

「これ以上、貴方たちの好き勝手にはさせない!」

 

 

 クイーンとノワールが武器を構えてデミウルゴスに啖呵を切る。それを皮切りにして、みな自分の持つ得物を構えて大天使と対峙した。

 対して、デミウルゴスは僕たちを見下す。「裁きを下す」と言わんばかりに、奴の周囲にエネルギーが発生し始めた。

 

 仲間たちは武器を振るい、ペルソナを顕現してデミウルゴスに攻撃を仕掛ける。次の瞬間、僕らが思った以上に、デミウルゴスはあっさりと吹き飛ばされた。余りにも呆気なく、情けないやられぶりに、かえって唖然としてしまう。

 

 正直な話、奴が獅童のパレス――機関室で獅童智明として襲い掛かって来たときの方が強かった。片手で僕を持ち上げ首を絞めた程の異形っぷりは見当たらない。

 奴を一蹴できる程僕たちが強くなったのか、はたまた奴が弱くなったのか。まあなんにせよ邪魔者を退けたので、後はメメントスの『オタカラ』を壊すだけ――

 

 

「忌まわしいセエレめ。“至らぬ者”でありながら、私にここまでの傷を負わせるとは……。愚かな罪人どもに一撃で叩きのめされてしまう程の深手だったとは思わなかったよ」

 

 

 デミウルゴスはブツブツと呟きながら体を起こす。奴の目には強い殺意が滲んでいた。

 

 セエレがどこの何者かは知らないが、デミウルゴスは既にその人物と一戦交えていたらしい。しかも、相手は奴に深手を負わせただけでなく、奴の前から逃げおおせることもできる実力者だった。

 セエレなる人物のおかげで、デミウルゴスは一撃叩き込まれれば倒れてしまうくらいに弱っていたようだ。だから、以前見たときよりも奴の覇気が少なく感じたらしい。最も、その程度でデミウルゴスは易い相手ではない。

 実際、デミウルゴスは僕たちを倒そうと立ち上がっている。自分が弱っていることなど概算度外視しているようだ。このまま最大攻撃を叩きこめば、奴を倒すことは可能だろう。僕がそう判断したときだった。

 

 突如、どこからか嗤い声が響いてきた。モニュメントが軋んだ音を立てて稼働し始める。

 次の瞬間、デミウルゴスに温かな光が降り注いだ。光はあっという間にデミウルゴスの傷を癒す。ナビが目を剥いた。

 

 

「あのモニュメント、動くぞ!? 自分の意志で動く『オタカラ』だなんて前代未聞だ!」

 

「――って、うわああ!? 危ねえ!」

 

 

 モニュメントはデミウルゴスの傷を癒すだけではない。僕たち怪盗団に対し、明確な敵意を示した。

 降り注ぐ光の矢がモナに襲い掛かり、彼は悲鳴を上げながらもどうにか回避する。迎撃機能まで有しているらしい。

 

 

「回復手段を持ってるモニュメントを放置するのは危険だ。最優先で潰そう!」

 

「了解!」

 

 

 ジョーカーの方針に従い、仲間たちはモニュメントを優先的に狙った。敵の回復手段は早めに潰しておくに限る。先程のようにデミウルゴスを回復させられてしまうのは堪らない。

 モニュメントに傷を癒してもらったデミウルゴスは、本来の力を発揮して攻撃を仕掛けてきた。祝福の光と呪怨の闇が至る所で爆ぜながら、じりじりと僕たちを追い詰める。

 それでも僕たちはデミウルゴスに構うことなく、モニュメントに攻撃を仕掛けた。機械仕掛けのモニュメントも無敵ではないようで、歯車の間から不協和音が漏れ始めた。

 

 デミウルゴスの表情に焦りが滲む。この調子で攻撃を仕掛け続ければ、モニュメントを破壊することは可能だ。

 このまま一気に仕掛けよう――僕らが顔を見合わせて頷き合った瞬間だった。

 

 

『やめろ! それを壊さないでくれ!』

 

『お願い、聖杯に触らないで!』

 

『天使さま、聖杯を守ってください!』

 

『俺たちから自由を奪わないでくれ!』

 

―― おい、何かヤバいぞ!? ――

 

 

 “明智吾郎”が目を剥いて警告する。次の瞬間、モニュメント――囚人たちから聖杯と呼ばれたソレに光が降り注いだ。光の出所は囚人たちの囚われている牢獄からである。

 

 大衆は聖杯の存続を望んでいた。その感情を媒介にして、聖杯は自己修復とデミウルゴスの傷を完治させることで応える。

 大衆からエネルギーを収集することで力を行使する様は、八十稲羽を覆いつくした霧の原理とよく似ていた。

 

 都合の良い嘘を求めた人々の想いが、八十稲羽の土地神が使った人間の総意――幾千の呪言。嘘に囚われ眠りについた特別捜査隊の面々の様子を思い出すに、あれは一種の状態異常系スキルだった。

 聖杯とデミウルゴスは人間の総意/大衆の力を回復特化にして行使しているのだ。大衆たちが聖杯を――牢獄に囚われていることを望む限り、聖杯はデミウルゴスごと己の傷を癒し、存在し続けるだろう。

 でたらめだ。ニュクスのアルカナ13連戦なんて霞む程の永久機関。幾ら殴っても全回復されてしまうなんて、耐久戦にすらなりはしない。人々の総意が『神』を望み続ける限り、奴らは消えないだろう。

 

 

「だからと言って、私たちは諦めるつもりはない」

 

「人間でありながら人間の望みを絶たんとする大罪人どもよ、悔い改めよ。退行の牢獄の有様は、人間の望みそのものである」

 

 

 尚も抵抗しようとする僕たち――その代表者たるジョーカーに対し、デミウルゴスは粛々と語り続ける。思考すら放棄した民衆は、英雄の世直しなど興味を示さない――大衆を好き放題に歪ませた張本人の台詞とは思い難い。マッチポンプどもが偉そうに語り続けていた。

 怠惰と言う牢獄の中に繋がれることを望んだ民衆――その力をいいように行使した張本人どもは、己の力を顕示するようにして光を放つ。途端に、囚人たちは聖杯とデミウルゴスを崇拝し始めた。誰1人として、僕たちを応援する声はない。

 

 

「ふっざけんなこの卑怯者! 周りから有難がられてんのも今のうちだけだ!」

 

「そんなパフォーマンスに乗せられる程、俺たちはまだ絶望してなどいない!」

 

「お前がやって見せた行為は威嚇にすらなりゃしねえよ。ただ単に、お前の『()()()()()()()()()』っていう欲望を示しただけだ。見苦しいんだよバーカ!」

 

 

 スカル、フォックス、僕が奴らに対して野次を飛ばす。

 その中でも、聖杯とデミウルゴスは、僕の野次に対して過剰に反応した。

 大天使と聖杯から明らかな殺意が滲み始める。地雷を踏まれたことに対する怒り。

 

 

「――ならば、自ら望んだその牢獄で朽ち果てるのが相応しき結末」

 

 

 声がした。デミウルゴスとは全く違う声だった。その出所は、凄まじい光を放ち始めた聖杯そのものだ。

 奴は迎撃機能どころか意志がある『オタカラ』だった。驚きながらも、僕たちは奴の攻撃に備えるために身構える。

 

 次の瞬間、錆に塗れていた聖杯が黄金の輝きを放ち始めた。それに伴い、囚人たちが崇拝の声を上げる。姿が変わったことに驚いたナビは、すぐに悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「なにこれ!? プロメテウスすら計測が追い付かないなんて……コイツ一体どうなってんだよ!?」

 

「望まれぬ正義に酔いしれる愚か者どもよ。この輝きは、望まれたる存在の証。人間が求める限り、我は不滅……。――今こそ、『融合』が成されるときだ」

 

 

 聖杯が眩い輝きを放つ。僕らの視界は一瞬で塗り潰され――意識が戻ったとき、そこはメメントスではなく渋谷の街並みが広がっていた。

 怪盗団の中で、誰1人として負傷した者はいない。おまけに、いつの間にか僕たちの格好は怪盗服ではなく普通のモノへと変わっていた。

 

 

「どうやらワガハイたちは、聖杯から追い出されちまったらしい」

 

「ってことは、私たち、負けたの……?」

 

「――まだだ。絶対、反撃の手は存在してる」

 

 

 モルガナの言葉に、真が愕然とした様子で呟く。だが、漂い始めた嫌な空気をすっぱりと叩き切ったのは黎だった。灰銀の瞳に宿る闘志は、まだ折れちゃいない。

 あんな『神』に支配された世界なんて認められない。たとえ大衆がそれを望んだとしても、賛同者がいなかったとしても、自分たちを否定されたとしても。

 何が正しいのかが分からなくても、()()()()()()()()()()()()ことは分かっている。()()()()()()()()()()()()()()()ことも分かっている。

 

 

「うん、そうだね。俺たちの生存こそが、その証だ」

 

 

 僕は黎の言葉に頷いた。仲間たちも頷き返す。

 

 新たな一手を模索するためにも、まずは現状確認が先決である。何が起きたのかを確認しようと周囲を見回したときだった。

 

 ぽつぽつと雨が降って来た。ただの雨ではない。血を連想させるような赤い雨だ。アスファルトに出来上がった赤い水たまりから、武骨な骨が次々と生えてくる。まるでタケノコのようだ――なんて考えたとき、向うの空の方には大きなアーチ状の背骨が出現していた。空を覆いつくしていた雨雲すらも赤く色づいている。

 この光景には見覚えがあった。メメントスの風景そのものである。認知上の世界でしかなかった異世界の光景が、現実世界の渋谷を塗り替えているのだ。聖杯の言っていた『融合』とは、こういうことを示していたらしい。おまけに、周りにいる人間たちは誰1人としてこの異常事態に気づいていなかった。

 

 聖杯の御業に唖然としている僕たちに、ダメ押しとばかりに異変が起きる。双葉の体調不良を皮切りに、仲間たちが次々と倒れ伏していくのだ。

 かくいう僕もその1人で、頭痛と眩暈によって地面に膝をつく。隣には苦しそうに唸る黎がいた。彼女に手を伸ばそうとしたとき、仲間たちの悲鳴が木霊する。

 

 

「うわあああああ!? お、俺の手が……!」

 

「嘘!? アタシの脚……!」

 

「そ、そんな……! これも聖杯の仕業だって言うの……!?」

 

 

 竜司の手が、杏の脚が、真の手が、世界に溶けるようにして消えていく。

 

 

「俺たちに、一体何が……!?」

 

「やだ……やだ……!」

 

「体が、消えちゃう……!」

 

 

 祐介の利き手が、春の両手足が、双葉の下半身が、溶けるようにして消えていく。

 

 

『怪盗団の認知が、世界から消え去ろうとしているのだ』

 

 

 聞き覚えのある声が響き渡る。これは、メメントスで耳にした聖杯の声。身体が溶けていく恐怖を脇へ置いて、僕たちは天を睨みつける。テレビジョンは砂嵐、空は真っ赤に染まっていた。

 聖杯の声は現実世界とメメントスの融合が成功したことを告げ、『認知から消えた者は世界に存在できない』と締めくくる。それを皮切りにしたのか、周りの人々からこれ見よがしに声が聞こえてきた。

 「怪盗団なんて奴らがいたよね」「あんなんガセだろ。一時でも信じた俺がバカだったわ」「怪盗なんて存在しないよ」――彼や彼女たちの言葉が響く度に、僕らの身体がどんどん消えていく。

 

 

「くそ……ッ!」

 

 

 聖杯が僕たちを無事に返したのは、奴らが油断したからじゃない。僕たちに逆転のチャンスが巡って来たからじゃない。

 メメントスと現実を融合させ、大衆の認知を操作し、世界から怪盗団を消すことで完全勝利するためだった。

 

 怪盗団の支持率は、奥村社長の一件で地に落ちている。獅童を『改心』させても支持率が伸び悩んでいたのは、『神』の手が加わったためだ。その工作は、この瞬間の為だけに行われていたのである。

 

 迂闊だった。もっと早く、支持率のカラクリに気づいていれば。大衆の力の使い方に気づいていれば。

 異形専門である僕が気づくべきカラクリだったのに――僕の後悔を嘲笑うかのように、断末魔が響いた。

 仲間たちが消えて行く。竜司、杏、祐介、春、双葉、真、モルガナ――そうして、黎。

 

 

「っ、吾郎……!」

 

 

 伸ばした手は空を掴み、黎の姿が僕の前から消えてしまう。

 ――残されたのは、僕1人。けれどすぐに、僕も同じように消えるのだろう。

 

 果たしてそれは予想通り。僕の意識も、存在も――何もかもが、世界から消え去った。

 

 




魔改造明智によるメメントス最深部後略~負けイベントまで。大体の流れは同じですが、バタフライエフェクトのおかげで全く違う会話が繰り広げられております。この時点で「イゴールが偽物である」と見当をつけているのは、イゴールのことをよく知る魔改造明智の保護者のおかげでした。
全シリーズ行脚の経験を活かして斜め穿った分析をする魔改造明智ですが、分析できたからといって対抗策を練れるかと言われれば「いいえ」です。今回はその権化として、原作における負けイベントを引っ張ってきました。今回、聖杯にはデミウルゴスが付属しております。割と地味な感じでしたけどね。
次回はベルベットルーム――偽イゴール絡みの場面からスタートです。折角なので、ここでも原作とは違ったネタを持ってこようかなと画策中。ラストバトル編は10話以内で纏められたらいいなと画策していますが、果たしてどうなることやら。魔改造明智と怪盗団の旅路を、生温かく見守って頂ければ幸いです。

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