Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。実は……?
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。明智吾郎の生存を見届けた後、獅童パレスの機関室に取り残される。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・あるペルソナが使用時期を前倒しして解禁。但し、本当の意味での「フルパワー」ではない。
・初代で覚醒したペルソナ使いが、一部にP5の術技およびP5術技の効果を持つものを使用している。
・R-15
・獅童の外道具合が原作以上。下品、且つ、下種な発言をするため注意。
・描写はないが、男性同士に関する下品なワードが出てくるので注意。但し、あくまでもネタであり、関係する要素を否定する意図はない(重要)。
・描写はないが、男性同士に関する下品なワードが出てくるので注意。但し、あくまでもネタであり、関係する要素を否定する意図はない(重要)。
・描写はないが、男性同士に関する下品なワードが出てくるので注意。但し、あくまでもネタであり、関係する要素を否定する意図はない(重要)。
・真メガテン4FINALより、とある悪魔の名前と姿を参照にした敵が出現。ネタバレ防止のため、本編とあとがきに詳細を記載。


お後は……うん。大変よろしくないようだ

 遂に、獅童正義との直接対決を迎えた。先程は民衆たちに対する認知から作り出した異形を使役して襲い掛かって来た男が、今度は自らの肉体だけで怪盗団を倒そうと襲い掛かって来る。

 鍛え抜かれた筋肉を惜しみなく露わにした上半身は、『国の舵取りを行う者に相応しい研鑽を積み重ねてきた』という自信の表れだろう。実際、奴の経歴は華々しいエリート街道一直線だった。

 

 輝かしい経歴を維持するために、どれ程の努力を積み重ねたかなんて想像に難くない。他者との競争や足の引っ張り合いが多いのだ。一歩間違えれば足立のようにドロップアウトしてもおかしくなかった。だからといって、他者を陥れて嵌めることで踏み台にしてのし上がるというやり方には賛同できるはずもないが。閑話休題。

 

 獅童はヒートライザによる自己強化やデカジャで強化を打ち消しながら、主に肉弾戦や万能属性攻撃を仕掛けてくる。

 奴に殴られると、どうしてか強い恐怖に見舞われてしまうのだ。現実では、金や権力を駆使して物言わせている実績だろう。

 そうやって、獅童は多くの人々をねじ伏せてきたのだ。奴は今まで自分がしてきた隠蔽工作を認知に置き換えることで、高火力を叩きだしている。

 

 

「邪魔者は消す。それが誰であろうともなァ!」

 

「ぐ――!」

 

 

 獅童の拳と俺の突剣がぶつかり合って火花を散らす。だが、圧倒的な力によって、俺は吹き飛ばされて叩き付けられた。

 

 勝てない。こんな奴相手に勝てるはずがない。――俺の思考回路は、一瞬でそれに支配される。

 母さんを侮辱したコイツを謝らせることも、黎の冤罪を注いでやることも、俺には土台無理な話だったのだ。

 

 立ちすくんだ俺を見た獅童が嘲笑う。歪められた金色の双瞼には、情けない顔をした白装束の怪盗が映し出されていた。

 獅童は俺のことを「愚か者」と詰った。今更気づいてももう遅いのだと言わんばかりに、奴は万能属性攻撃――メギドラを打ち放った。

 メギドラオンの破壊力より遥かに劣ると頭では分かっているのに、身体が全く動かない。恐怖の感情に飲み込まれて――

 

 

「ほらクロウ、しっかりしろ!」

 

「痛ってえなスカル! 後で覚えてろよ!」

 

「お前だって、さっき俺の頭思いっきりぶっ叩いたじゃねーか!」

 

 

 スカルにハリセンでぶっ叩かれ、俺はどうにか恐怖から解放された。

 

 つい先程は俺がスカルをハリセンでぶっ叩いて正気に戻したため、今回のやり取りは「お互い様」である。ハリセンによる殴打を使った状態異常回復が間に合わない場合、アイテムや回復術でカバーする戦いが続いていた。

 獅童の破壊力も抜群であるが、防御力もただ者ではない。先程から幾ら攻撃を叩きこんでも、奴の筋肉の鎧を打ち砕くことができないままだ。鍛えるということは攻撃だけでなく、防御面でも発揮されている。

 

 

「死ね、ガキどもぉ!」

 

「誰がそう簡単に死ぬか!」

 

 

 獅童はジョーカーへ殴り掛かった。ジョーカーは即座にペルソナを付け替える。物理反射のペルソナによって、奴の攻撃はそのまま反射された。

 間髪入れず、付け替えたペルソナを顕現して獅童に追い打ちを喰らわせた。その際、獅童の身体が一瞬揺らめく。見えにくいだけで、ダメージは蓄積されていたらしい。

 それに気づいたパンサーとノワールが、前者がコンセントレイトからの属性攻撃、後者がチャージからの物理攻撃を叩きこんだ。スカルもノワールに続く。

 

 俺はロビンフッドを顕現してランダマイザを使って獅童を弱体化させ、カウにチェンジしてチャージを使った。これで物理攻撃の威力が跳ね上がる。俺の中にいるロキ――“明智吾郎”は鬼のような形相で攻撃のタイミングを待っていた。

 

 その怒りは“彼”のモノでもあるし、俺のモノでもある。次々と攻撃を叩きこんでいく仲間たちに続いて、俺もロキを顕現した。

 ロキの放ったレーヴァテインと獅童の拳が派手にぶつかり合う。何度も同じ光景を繰り返してはいるが、形勢は俺の方に傾きつつあった。

 

 

「負けて、堪るかァァァァッ!」

 

「むぅ――!」

 

 

 ついに俺と“彼”のレーヴァティンが獅童の拳に競り勝ち、奴の身体を穿つ。獅童は踏み留まったが、奴の表情には若干の疲労の色が見て取れた。

 

 

「逃さんぞ!」

 

「まずい、回避率が下がった!」

 

「フォックス!」

 

「任せろ! ――カムスサノオ!」

 

 

 獅童のマハスクンダによって回避率が下げられてしまったが、ジョーカーは慌てることなくフォックスに指示を出した。

 フォックスはカムスサノオを顕現し、マハスクカジャをかけることで弱体を相殺する。これでイーブンだ。

 

 

「やるな……。しかし、私が賊に負ける道理はない!」

 

 

 獅童はそう叫ぶなり、拳を地面に叩き付けることで衝撃波を発生させた。俺たちはそれを喰らってしまう。満身創痍とはいかずとも、奴の攻撃は手痛いものばかりだ。

 状況を読み取ったジョーカーがモナに指示を出す。2つ返事で頷いたモナが、全体回復術を駆使して傷を癒してくれた。お返しとばかりに、こちらも攻めに転じる。

 

 

「こっちだって、悪党に負ける謂れはないっての! ――おいで、ヘカーテ!」

 

「アンタの犠牲になった人々や、私たちの怒りを思い知れ! ――アナト、フルスロットル!」

 

「これ以上、罪の連鎖が広がらないためにも……! ――アスタルテ、ご覧あそばせ!」

 

 

 パンサーがヘカーテを、クイーンがアナトを、ノワールがアスタルテを顕現して獅童に攻撃を仕掛けた。炎が舞い、核熱が爆ぜ、一撃必殺を誇る物理攻撃が叩きこまれる。女性だからと言って舐めてはいけないのだ。

 勿論これだけじゃ終わらない。スカルがセイテンタイセイを、モナがゾロを顕現し、突撃と突風を喰らわせる。獅童が僅かに怯んだ隙をついて、フォックスが顕現したカムスサノオがブレイブザッパーを打ち放った。

 獅童は踏み止まり、こちらに攻撃を仕掛けてくる。万能属性攻撃、メギドラ。恐怖に飲まれていたときは恐ろしかった攻撃だが、普通に考えれば、俺はメギドラオンの威力を何度も目の当たりにしている。大したことなんかなかった。

 

 お返しに、カウのコンセントレイトで威力上昇をかけていた万能属性攻撃を喰らわせてやる。

 獅童のメギドラよりも威力の高い――否、最強威力の万能属性攻撃だ。

 

 

「――射殺せ、ロビンフッド!」

 

「――奪え!」

 

 

 俺がロビンフッドを、ジョーカーがアルセーヌ――否、アルセーヌの形を纏った『6枚羽の魔王』――を顕現し、メギドラオンを打ち放つ。自分の使う技の上位互換を俺たちが平然と使いこなしていることに驚いたのか、獅童が目を見開いた。

 奴が何かを言う前に、炸裂したメギドラオンが獅童を飲み込む方が早い。爆音に紛れ、獅童が苦悶の声を上げた。俺たちの攻撃が、ようやく獅童の強靭な肉体を揺らがせたのである。このまま攻めれば勝機がある。俺たちがそう確信したときだった。

 

 獅童がよろめきながら体を起こす。奴は忌々しそうに「底辺のガキ」と怪盗団を馬鹿にした。

 

 勿論、怯んだ隙を逃す程、怪盗団は甘くない。

 ナビの合図に従って『オタカラ』を奪おうとし――

 

 

「あーはっはっはっはっ……!」

 

 

 獅童は意味深に高笑いする。あの様子からして、何か奥の手を隠し持っていることは明らかだ。

 猪突猛進のスカルが踏み止まり、ジョーカーが険しい顔をしたあたり、それは正解だったらしい。

 「これで私に勝ったつもりじゃないだろうな?」と、獅童は俺たちを嘲笑った。

 

 

「大人社会を支配するエリート中のエリートの力……クソガキどもに振るうのは癪ではあるが、とことん教え込んでやる……!」

 

「まだ来んの!? 力の使い方、絶対間違ってるって!」

 

 

 追い詰められても平然と立ち上がり、戦闘態勢を取る獅童。余裕すら見せる不敵な笑みに気圧されたのか、ナビが引きつった声を上げた。

 

 しかし、ジョーカーは不敵な笑みを浮かべて獅童と対峙する。心を奪い取る――彼女の意志は変わらない。リーダーの意志に続くようにして、仲間たちも獅童に向き直った。俺も突剣を握り締めて獅童を睨む。

 次の瞬間、獅童が高らかに咆哮した。奴の上半身を覆っていたプロテクターが吹き飛び、肌が赤黒く変色する。鍛え上げられた筋肉は既にはち切れそうなくらい盛り上がっており、かえって歪になってしまったように思える。顔に至っては、より一層醜悪になっていた。

 

 

「ウソ……また強くなってる! 見た目もアレだし、本当にコイツヤバい……」

 

「これが、獅童の歪み……!」

 

「……ふん。死ね」

 

 

 獅童はそう言うなり、この場全体を覆いつくさん勢いの炎を打ち放った。弱点を突かれたフォックスがダウンしてしまい、その隙をつくようにして、獅童は衝撃波を打ち放つ。

 姿が変化したのは演出だけでなく、戦術の変化も意味していたようだ。先程とは違い、奴は物理攻撃の他に様々な属性攻撃を打ち放ってくる。

 先程戦った獅子と同じように、使う属性の順番には法則性があるらしい。弱点属性が来たら防御、もしくはマカラカーンで反射することで態勢を整えた。

 

 獅童は淀んだ吐息をジョーカーに放つ。この技は状態異常の付着率を上げるものだ。ジョーカーは小さく舌打ちしたが、獅童は状態異常攻撃を繰り出す様子はなかった。

 それを機と見たジョーカーや俺もペルソナを付け替えながら攻める。しかし、ペルソナを付け替えられるということは、一歩間違えると弱点を突かれてしまう危険性があった。

 

 

「抵抗は無意味だ」

 

「ぐぁっ!」

 

「クロウ!」

 

 

 巻き上がった冷気に飲み込まれ、俺はそのままダウンしてしまう。カウの弱点は冷気属性だからだ。

 

 獅童が追い打ちとばかりに拳を振り上げる。ジョーカーが俺を庇うようにして躍り出て、短剣で受け止めた。威力を相殺しきれずに競り負け、地面に叩き付けられる。

 俺がどうにか体を起こすと、ジョーカーは茫然と獅童を見上げていた。彼女の身体は小刻みに震えている。淀んだ吐息によって状態異常の付着率が上昇していたことを思い出した。

 

 恐怖で竦んでしまったジョーカーを見て、獅童は不気味な笑みを浮かべて舌なめずりする。その動きは、認知の黎と杏に好き放題していた鴨志田の姿を連想させた。

 加えて、獅童は一度、黎を手籠めにしようとして拒絶されている。その腹いせで冤罪事件をでっちあげるのだから、それなりに気に入っていたのかもしれない。

 有栖川黎という少女の貌と名前や彼女に冤罪を着せたことを忘れていた辺り、黎のことは酒のつまみ程度の気持ちで手籠めにしようとしたのだろう。俺の母親と同じように。

 

 

『何を呆けている? 抱いたんだろう? 私を拒絶し、お高く留まったこのガキを。こいつを組み敷いて、すべてを暴き立てて、貪るように犯したんだろう?』

 

『どのように啼いた? どのようによがり狂った? お前はどのような手段を用いて、どんな風にして、このガキを(オンナ)()としたんだ?』

 

 

 悪意を孕んだ金色の目が歪む。俺の頭に響いたのは、醜悪に笑った獅童が俺へと向けた言葉たちだ。奴の手はジョーカーの服を引きちぎらんと伸ばされる。

 有栖川黎に冤罪を着せるに至ったあの夜を、少女を力づくで組み敷こうとしたあの夜を、本来はそうなっているべきだという奴の認知を、獅童正義は再現しようとしている――!!

 

 

「ジョーカーに触るなぁッ!」

 

―― “ジョーカー”に触るなぁッ! ――

 

 

 ()()()は同時に叫んで、獅童に突っ込んだ。奴は俺の攻撃を察したのか、即座に体を反転させて拳を突き出す。

 俺が身に着けていたはずのカウはいつの間にかロキへ変わっており、“彼”の怒りによるブーストで、獅童との鍔迫り合いに打ち勝った。

 振り返れば、モナがハリセンでジョーカーの頭をぺしんと叩いていたところだった。恐怖から解放されたジョーカーは即座に跳ね起きる。

 

 

「――マガツイザナギ!」

 

 

 八十稲羽の足立が使っていたペルソナが顕現し、獅童を文字通りの血祭りにあげた。獅童に冤罪を着せられた夜の怒りをぶつけるが如く、マガツイザナギの剣が振るわれる。

 

 獅童が醜悪に顔を歪める。そこへ、他の面々がペルソナを顕現して高威力の攻撃を次々と叩き込んだ。

 煙が晴れた先にいた獅童は、先程以上に顔を醜悪に歪めていた。忌々しそうに僕たちを睨みつける。

 

 

「後悔するがいい。再び私を怒らせたことをな」

 

 

 獅童が眼光をぎらつかせた。刹那、奴はすさまじいスピードで動き出す。自己強化を施し、俺たちの回避率を下げた獅童は、禍々しいエネルギーを炸裂させた。防御が間に合わずその攻撃を喰らってしまう。

 

 

「なんだあの威力は……!」

 

「みんな、回復優先だよ!」

 

 

 満身創痍一歩手前のフォックスが歯噛みする。ナビが慌てて叫べば、体を起こしたジョーカーがペルソナを顕現した。温かな光が俺たちの傷を癒す。仲間たちはどうにか体を起こした。奴の強化を打ち消しながら、こちらも反撃体制を整える。

 次の瞬間、獅童が属性攻撃を打ち放って来た。極寒の冷気が炸裂する。全体攻撃から単体攻撃へと変わったが、威力は先程の属性攻撃より遥かに上昇していた。パンサーは寸でのところで回避したが、真正面から餌食になっていたら大変なことになっていただろう。

 

 今まで以上に攻撃的になった獅童と、一進一退の攻防を繰り広げる。奴の猛攻を捌き、時には耐え忍んで迎え撃った。

 

 モナは完全に回復と援護役になっていたし、俺はペルソナを付け替えては弱体や攻撃で忙しい。

 攻撃の際は“明智吾郎”が手を貸してくれることもあり、獅童の体力を削り取っていく。

 

 

「敵体力低下! もう少し、もう少しだ!」

 

「小癪なガキどもめ! 一気に決めさせてもらうぞ!」

 

 

 獅童が再び眼光をぎらつかせる。先程と同じ連続行動を繰り返し、禍々しいエネルギーを撃ち放った。

 

 確かに威力は凄まじいが、こちらだって負けるつもりは微塵もない。ボロボロなのはお互い一緒だ。

 仲間たちが駆け出す。迷うことなく獅童を見据えて、この巨悪を打ち砕くために。

 

 

「テメェの悪事もこれまでだァ! ――ブッ放て、セイテンタイセイ!」

 

「貴様の罪を絶つ! ――行くぞ、カムスサノオ!」

 

「大人しく『オタカラ』を差し出せ! ――威を示せ、ゾロ!」

 

 

 スカルがド派手に突撃し、フォックスが切り刻み、ゾロが突風を巻き起こす。勿論、これだけでは終わらない。

 女性陣も追撃し、獅童に容赦なく攻撃を浴びせた。締めとして、クイーンのアナトによるフラッシュボムが炸裂する。

 

 

「ジョーカー!」

 

「うん! 行くよクロウ!」

 

 

 俺とジョーカーが駆け出す。俺たちの考えを呼んだのか、仲間たちは迷うことなく道を開けた。後は任せたと言わんばかりにみんなが不適な笑みを浮かべている。

 フラッシュボムによる煙が晴れた。獅童は崩れ落ちる寸前で踏み止まっている。一歩遅れて、奴は俺たちの存在に気づいた。黄金の瞳をぎょろりと見開く。

 

 

「来い、ロキ!」

 

「行こう、マガツイザナギ!」

 

「「――これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 

 

 俺がロキを、ジョーカーがマガツイザナギを顕現する。前者はレーヴァテインを、後者はマガツマンダラを獅童に叩き込んだ。

 

 獅童は俺たちの攻撃を受け止めようと手を伸ばしたが、防ぐことは叶わなかった。最大威力の攻撃を真正面から喰らう。膨大な呪詛に飲み込まれた獅童は身動きが取れない。そこへ向かって、神話の剣が容赦なく奴の身体を貫いた。

 顕現した闇と剣が消え去るのと、奴の身体が傾いたのはほぼ同時。獅童は踏み止まろうとしたが、最後は力尽きてそのまま倒れこんだ。鍛え上げられた屈強な身体は解けるように消えて、スーツ姿の獅童正義が現れる。

 傷だらけになった獅童はよろよろと体を起こした。自分以外のものを見下し、政敵も邪魔者も容赦なく潰してきた現職大臣。奴は今、怪盗団に取り囲まれ、見下ろされ、剣呑な眼差しを向けられていた。

 

 背後から断末魔の悲鳴が響く。振り返れば、至さんたちも智明が生み出したバケモノを撃破したところだった。

 操っていた張本人である智明も戦意喪失したらしい。床に膝をつき、俯いたまま沈黙していた。

 

 俺たちはそのまま獅童親子を包囲する。自分の負けを信じられないのか、獅童はどこか茫然としていた。クイーンは冷ややかに言い放つ。

 

 

「多くの人を『廃人化』させた罪、生きて償ってもらわないとね」

 

「オチる前に、ウチのバカップルたちになんか言うことあんだろ?」

 

(…………あれ? 今、何かおかしくなかったか?)

 

 

 バカップルという単語に一瞬僕は目を見張るが、大人含んだ周りの人々は誰もそれに異を唱えない。

 俯いている智明は無言を貫き、僕とジョーカーを一瞥した獅童に至っては「そうだな。確かにバカップルだ」と頷く始末だ。

 

 

「認めよう。……お前に罪を着せたよ」

 

 

 ジョーカーに視線を動かした獅童は、訥々と語り始める。黎に冤罪を着せた夜、女性に迫ったときのことを。

 

 政治家にスキャンダルは致命傷である。いくら相手の弱みを握って黙らせたとしても、どこから嗅ぎつけられるか分からない。

 そう考えた獅童は、保身の方法を探した。結果、自分に逆らった有栖川黎にすべてを被ってもらおうと思い至ったようだ。

 身勝手にも程がある。憤る僕とジョーカーに、獅童は再び視線を向けた。傍若無人だった金色の瞳は、今や力なく揺れている。

 

 

「お前たち、済まなかったな……」

 

「え……?」

 

「……私の身勝手な保身が、お前たちを苦しめてしまった」

 

 

 獅童の謝罪の意味を、一歩遅れて理解する。これは有栖川黎だけに向けられた謝罪ではない。明智吾郎にも向けられているものだ。

 まさか獅童が、しおらしく謝罪の言葉を述べるだなんて思わなかった。僕だけではなく、“明智吾郎”も呆気に取られている。

 

 “明智吾郎”は、あの機関室から先に起きた出来事を知らない。怪盗団に獅童の『改心』を託したことは事実だが、獅童がどのような言動をしたかについては一切知らないのだ。

 “明智吾郎”にとって理解しがたい光景はまだ終わらなかった。「誰かに『済まない』という感情を抱いたのは久々かもしれん」と語った獅童の目線が、“彼”を捕える。

 偶然だったのかもしれない。でも、獅童の眼差しは、僕の背後に漂う“明智吾郎”にも向けられていた。僕が目を見張ったとき、ひらひらと金色の蝶が視界の端に舞うのを見た。

 

 僕や“明智吾郎”がいるこの世界が『誰かの未練や望み、祈りによって造り上げられた』ならば、その誰かの中にも“獅童正義”がいたのだろうか。『“明智吾郎”に対して『済まない』という気持ちを抱いた“獅童正義”』がいたのだろうか。――もっとも、それを察する方法は存在しないが。

 

 

「大人しく罪を償いなさい」

 

「フ……それもいいかもしれんな」

 

 

 ジョーカーの言葉を聞いた獅童は、まんざらでもなさそうに笑った。

 隠蔽工作、スケープゴートを十八番にしていた男からは想像もつかない。

 

 

「嘘……。あれ程自己中だったヤツが、素直に罪を認めるなんて……」

 

「コイツが『改心』……。とんでもねえな、こりゃあ」

 

 

 見るからに変貌した獅童の言動に、命さんが目を丸くする。荒垣さんも難しい顔をして獅童の様変わりを見つめていた。荒垣夫婦の言葉を聞いた航さんが補足を入れる。

 

 

「いいや、これはまだ第1段階だ。シャドウが『改心』しても、現実に影響するまでは少々時間がかかる。今回は選挙戦の結果が出る18日頃だろう」

 

「選挙前に『改心』してくれれば良かったのだろうが、贅沢は言っていられないか……」

 

「だろうな。いずれ、選挙はやり直しになるだろう。年末年始は『日本の国家元首が不在』という、前代未聞の事態になりそうだ」

 

 

 航さんの分析を耳にした美鶴さんと南条さんは顔を見合わせた。声は不満そうだが、双方共に笑みを浮かべている。満足げだった。

 南条・桐条の財閥トップは、黎の冤罪話を耳にして憤っていたのだ。長い時間はかかるだろうが、汚名を雪ぐ手立てを得たことに満足しているらしい。

 冤罪をでっちあげた張本人である獅童の証言と、奴が隠し持っている証拠があれば、黎に付けられた汚名――暴行罪の前科者というレッテルは払拭できる。

 

 僕らが顔を見合わせ笑みを浮かべたのと、黙っていた智明が顔を上げたのは同時だった。

 「あーあ」と零した其れは、明らかな落胆と軽蔑で彩られている。

 

 僕らの困惑の眼差しなどなんのその。智明は何てことなかったように立ち上がると、自分についた砂ぼこりを払った。

 

 

「がっかりだ。お前には失望したよ、獅童正義。折角ゲームの『駒』として使()()()()()()のに、こんな有様だとは」

 

「……と、智明? お前、何を……」

 

「――まあ、使い潰す前提で見出したのだから、こうなるのは仕方がなかったのかもしれん」

 

 

 息子の様子が変わったことに気づき、獅童は智明に声をかける。酷く戸惑ったような父の声を聞いた智明は、まるで道端のゴミを見るような冷淡な視線を向けてきた。

 

 その眼差しには覚えがある。ニャルラトホテプが人間を嘲るときのような目だ。神が人を見下すときの眼差しだ。

 獅童親子との会食で見かけたような和やかな空気など存在しない。父を思う息子の優しい眼差しはどこにもない。

 

 

「何を言っているんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――は?」

 

「もっと言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、()()()()、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”だって()()()()()

 

 

 呆気にとられる獅童を放置し、智明は淡々と語り始める。

 

 

「本来なら明智吾郎(そっち)の方を道化として使い潰すはずだったが、急遽代用品(かわり)が必要になってな。明智吾郎の代わりに収まるべき存在を生み出す必要に駆られた。その誉れある役として“我が主”から命を受けたのがこの()だった」

 

「やっぱり、貴方は『神』の化身だったのね……!」

 

「しかも、『本当はクロウを使い潰すつもりでいた』と悪びれる様子もなく言ってのける辺り、人間を玩具程度にしか思っていないことがよく分かる発言だわ」

 

 

 智明の1人称が変わった。ノワールとクイーンの言葉など歯牙にもかけない。人間らしさを削ぎ落としたような無表情で、智明は更に言葉を続ける。

 

 

「“我が主”からニャルラトホテプの力を賜った私は、まず、議員としての成り上がりを目論むお前に取引を持ち掛けた。『お前の出世を盤石なものにする代わりに、私の言った通りに世界を認識しろ』と。結果、お前はパレスの主となる程の認知の力、および、精神暴走や『廃人化』を行う力を持つ人間を手に入れた。そうして、その人間が違和感なく人間の世界で生きていけるような設定を、お前の認知を下地にして造り上げた結果が“獅童智明”だった」

 

 

 「だから、獅童智明なんて少年はどこにも存在しない」――智明ははっきりと言い切った。

 愛してきた息子から突き付けられた言葉に、獅童は茫然と智明を見上げる。

 

 

「そんな……そんなバカなことが……!」

 

「いるはずのない子どもを溺愛するお前の姿は実に滑稽だった。明智吾郎がいるはずのない異母兄に嫉妬するのも含めてな。随分と楽しませてもらったよ」

 

 

 次の瞬間、奴の背後にペルソナが顕現する。赤黒い羽と青黒い羽を持つ大天使が発生させた衝撃波によって、僕たちは吹き飛ばされた。

 僕はどうにか受け身を取って着地する。僕の隣にいたジョーカーも着地した。至さんも上手い具合に着地できたようだ。他の面々は地面に叩き付けられたようで呻いている。

 唯一吹き飛ばなかったのは獅童だけだ。獅童は哀願にも似た情けない顔をしながら、自分を処分しようとする息子――息子だと認識していたハズの“誰か”へ手を伸ばす。

 

 幾多の戦場――『神』が課した理不尽な試練――を知っている僕にとって、予測可能な事態だった。

 

 先程僕が獅童に対して言い放った通りの光景が、寸分狂わず広がっている。

 しかし、獅童は僕の注意なんて聞いていない。今この瞬間でも、その可能性に目を向けようとしない。

 

 

「――くそっ!」

 

 

 僕は舌打ちし、駆け出す。

 

 母と僕を捨てただけでは飽き足らず、俺の一番大切な女性(ひと)である有栖川黎に冤罪を着せた憎い男。

 “明智吾郎”の存在を知っていた上で利用し、最後は使い潰そうと画策した奴だというのは本当のこと。

 

 ――だけど、奴を見捨てられない理由が、僕にはある。

 

 

「智明……!」

 

「もう、お前はいらないや」

 

「――させるかァァ!」

 

 

 獅童正義を死なせるわけにはいかない。奴にはまだ生きてもらわなくては困るのだ。黎の冤罪を晴らすためにも、死なれては困るのだ。

 

 俺は獅童と智明の間に割り込む。次の瞬間、奴は光を打ち放って来た。

 聖なる光は獅童を裁くことなく、俺に容赦なく降り注ぐ。

 その一撃をどうにか耐えきった俺は、獅童を背に庇いながら智明を睨みつけた。

 

 

「……どうした? 何故こいつを庇う? 殺しても飽き足らぬ程に憎い相手ではないのか?」

 

「そう易々とあの世に逝かせて堪るかよ! 母さんに詫びさせるよりも前に、コイツにやらせなきゃいけないことは沢山あるんだ!!」

 

 

 智明は興味深そうに俺を見つめる。俺は噛みつくような調子で言い返した。

 

 

「それに何より、俺は怪盗団のクロウ。『改心』専門のペルソナ使いだ! 怪盗団は、人殺しなんてしない……!」

 

 

 鴨志田のパレスを攻略する際、モルガナ相手に言った言葉が脳裏をよぎる。『たとえ相手がどんなに腹立たしい相手でも、決して人殺しはしない』――それが怪盗団の掟だ。『改心』専門のペルソナ使いとしての矜持だ。俺が俺としてここで生きるために必要なことだった。

 智明は呆れたように俺を一瞥する。奴の姿がペルソナの姿と重なって二重にぶれた。攻撃を仕掛けようとする智明に対し、俺は獅童を庇いながら防御を固める。回避するという選択肢は存在しない。攻撃を避ければ、獅童が智明の攻撃に晒されるためだ。そうなれば、獅童が『廃人化』することに繋がる。

 

 黎/ジョーカーの冤罪を晴らすためにも、彼女に冤罪を着せた獅童正義本人の証言が必用なのだ。

 今更俺に父親だとは名乗らなくていいし認知もいらない。養育費という名目の手切れ金もいらない。

 俺が獅童に望むことはただ1つだけだ。――有栖川黎につけた前科者のレッテルを剥がしてほしい。

 

 獅童は茫然と俺を見上げている。奴の声は、今まで聞いたことのないくらい情けないものだった。

 

 

「明智、お前……私を、庇って……? 私はお前を――」

 

「――うるせえ」

 

 

 俺は獅童を睨みつける。俺が憎んだ獅童正義――歪んだ傲慢に塗れた腐った大人――はもう、この世のどこを探しても存在しないのだろう。

 今俺の目の前にいる獅童正義は、殺す価値もないくらいに無様な姿を曝している。“明智吾郎”が復讐したかった獅童正義も、もういない。

 

 

「別に俺は、“アンタが自分の父親だから”庇ったわけじゃない。ジョーカーの……“有栖川黎の冤罪を晴らすのに、真犯人であるアンタの証言と証拠が必要だから”庇っただけだ」

 

「明智……」

 

「俺は明智吾郎。()()()()()()()()()()()()()けど、母さんがいてくれた。母さんが亡くなった後は、至さんや航さんがいてくれた。俺は黎を好きになって、黎も俺に応えてくれた。俺を支えてくれた人たちがいて、尊敬できる大人たちがいた。かけがえのない仲間だってできた」

 

 

 脳裏に浮かんだのは、獅童が母を捨てて去っていく想像上の光景だ。俺が宿る胎を庇うようにして撫でながら、1人泣き崩れる母。そんな母を見捨てて去っていく獅童の背中は、夜の帳へと消えていく。

 

 獅童のことだ。『子どもが私の子であるという証拠はない』だの『政治家のスキャンダルに繋がるから降ろせ』だのと言ったんだろう。

 もしかしたら、母に金を握らせて堕胎を迫ったのかもしれない。日記に『堕胎を迫られた』と書き記されてはいないが、あり得ない訳ではなさそうだ。

 俺ごと母を捨てた男は今、俺をじっと見上げている。縋りつくような眼差しを向けている。――でも俺は、敢えてそれを突き放した。

 

 

「――だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「父親に愛されたい」と泣いていた子どもは涙を拭い、立ち上がった。歩き出す前に踏み止まり、ちらりと男を一瞥する。そうして、振り返ることなく駆け出した。――自分を迎え入れてくれる、温かな場所に向かって。

 子どもの傍らには、黒と紫のライダースーツを身に纏った甲冑仮面も一緒だった。“彼”も、もう二度と振り返ることはないのだろう。愛されなかった痛みを抱えながらも、そんな自分を愛してくれる人々に応えるために歩き出したのだ。

 

 黎/ジョーカーの冤罪を晴らすためにも、彼女に冤罪を着せた獅童正義本人の証言が必用なのだ。

 今更俺に父親だとは名乗らなくていいし認知もいらない。養育費という名目の手切れ金もいらない。

 俺が獅童に望むことはただ1つだけだ。――有栖川黎につけた前科者のレッテルを剥がしてほしい。

 

 背後で唖然とする男に対し、素直にそう言い切った。俺は智明と向かい合う。相変らず、智明は無機質な瞳をこちらに向けていた。奴が顕現したペルソナが力を収束させる。俺は来るべき衝撃に備えて身を固くして――

 

 

「――チッ」

 

 

 次の瞬間、智明は舌打ちして飛び去った。

 

 奴の頬を銃弾がかすめる。目標から外れた場所に着弾した刹那、ステージの一部を抉り取るようにして攻撃が炸裂した。もしこの攻撃が直撃していたら、智明の頭が吹き飛んでいただろう。俺が振り返った先には、ライフルを構えて戦闘態勢を整える至さんの姿があった。

 至さんは追撃と言わんばかりに2発目を放つ。それは智明ではなく、智明のペルソナの肩に着弾した。次の瞬間、智明の肩から赤い花が咲く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりにだ。

 

 

「まさか、ペルソナとして顕現している方がコイツの真の姿――本体なのか……!?」

 

「その通りだ」

 

 

 ペルソナ研究を行ってきた航さんが目を見開く。智明は無表情のまま肯定した。智明とペルソナの姿が2重にブレたと思った刹那、智明の姿がTVのノイズのように消え去る。

 認知世界――獅童のパレスと言えども――に降臨したのは、赤黒い羽と青黒い羽を有する大天使だった。奴は圧倒的なプレッシャーを放ちながら、俺たち人間を見下す。

 

 

「我が名はデミウルゴス。“我が主”、統制神により生み出された配下。人間の魂を物質界に閉じ込めておくことを望む、世界の監視者だ」

 

「デミウルゴス……? その名前、どこかで……!」

 

 

 獅童智明だったモノ――否、デミウルゴスは名乗りを挙げた。その名を耳にしたモナが眉間の皺を深くした。アイスブルーの瞳は激しい敵意を剥き出しにしている。

 その様は、ニャルラトホテプの名を聞いたときと非常によく似ていた。モナは愉悦を司る悪神に関連する話題が出ると見境なく殲滅を訴える、フィレモン関係者の過激派だ。

 モナは『デミウルゴス』という単語に聞き覚えがあるようだ。どうやら『デミウルゴス』という悪神の化身は、モナの失われた記憶と関係がある可能性が出てきたらしい。

 

 ……そういえば俺も、デミウルゴスという単語をどこかで耳にしたような気がする。

 

 グノーシス主義に伝わる話でも、デミウルゴスという名前の神は存在していた。けど、それは昔にちらりと見た程度だ。では別件だろうか。……確か、桐島英理子さんが海外ロケで向かった先に、グノーシス主義に登場する神々の名前と共通項のある神話が語り継がれる地があった。

 その神話にも、デミウルゴスという名前で『神』の化身が出てきていた。“『神』の化身という名目でデミウルゴスという単語が出てきた”話題はこれしかない。ヤツが『神』の化身であるなら、奴の親玉の名前も出てきていたはずだ。俺がその記憶を引っ張り出そうとして――

 

 

「何だぁ? 上から何かが……」

 

「船の舵、か?」

 

 

 荒垣さんと美鶴さんが素っ頓狂な声を上げる。2人の声に弾かれるようにして見上げれば、パレスの『オタカラ』がゆっくりと降りてきたところだった。

 

 

「――成程な。この箱舟の舵を取るためのものか。ならばこれは、“総理大臣となって国を動かす野心の権化”という訳だな……」

 

 

 美鶴さんは眉間の皺を深くして呟く。箱舟の船長として君臨していた獅童には相応しい形をしている。現実へ持ち帰れば全く違うものになるのかもしれないが、この世界では船の舵として顕現しているようだ。これを奪い取れば、獅童の『改心』は成功するだろう。

 だが、問題はデミウルゴスがどう動くかだ。奴は獅童を切り捨てるために攻撃を仕掛けてきた。故に、どんな行動に出るか全く未知数なのである。相変らず獅童は茫然としたまま身動きしない。余程、『神』から切り捨てられたことがショックだったのだろうか。

 

 

「……この国の舵は、私が取る……!」

 

「獅童?」

 

「私がやらねば、誰がやる……!?」

 

 

 獅童がよろよろと体を起こす。奴は虚ろな表情で、ブツブツと呟きながら『オタカラ』へ手を伸ばした。奴の傲慢さにフォックスが眉をひそめる。

 次の瞬間、獅童は呻き声を上げて倒れこんだ。テレビを消すが如く、獅童のシャドウがこの場から掻き消える。――箱舟全体が、揺れた。

 何事かと怪盗団の面々が顔を見合わせる。パレスの崩壊という現象は察知できたが、問題は“『オタカラ』を奪っていないのに崩壊が始まった”ことだ。

 

 

「――死なば諸共、か」

 

「何だと……!? 貴様、この現象の意味を知っているのか!?」

 

 

 淡々とした様子で感想を漏らしたデミウルゴスに、南条さんが問いかける。

 

 

認知世界(パレス)が崩壊するのは、認知世界(パレス)の元である歪んだ認知(『オタカラ』)正した(うばった)ときだけではない。人間ありきの認知として、認知世界(パレス)の主である本性(シャドウ)や現実にいる本人が()()()()()()認知世界(パレス)存続(いじ)は不可能になる」

 

「まさか……現実側の獅童正義が、自殺を企てた?」

 

「成程な。人間が行える中で、『改心』を阻止する手っ取り早い方法だ。歪んだ認知(『オタカラ』)さえ正されな(うばわれな)ければ、認知世界(パレス)は後で何度でも再建できる。……最も、息を吹き返したとて、認知世界(パレス)を再建できるだけの歪んだ認知(『オタカラ』)を持ち続ける人間は数少ないのだが」

 

「た、確かにその理論ならば、『理論上で可能』だと言えるけど……でも、そんなの無茶苦茶だ! そこまでして、現実の獅童は『改心』されたくなかったってのか!?」

 

 

 デミウルゴスの話から認知訶学に関するワードを拾った航さんとナビが目を剥いた。デミウルゴスは感嘆の息を吐いて、航さんの推論を肯定する。

 ……最も、この面々の会話は全然成立していない。主にデミウルゴスの方が対話する気がない――1人ごとの体を取っている――ためだ。

 奴が楽しく1人ごとに興じている間にも、箱舟全体の揺れが酷くなってきている。パレスの崩壊はどんどん進んでいるようだった。

 

 不意に、デミウルゴスがジョーカーに視線を向ける。つい、と、異形の目が細められた。

 

 

「おめでとう、『黒衣の切り札』」

 

「っ!?」

 

「“我が主”もお喜びになっている。貴様の旅路ももうすぐ終焉(おわり)。心して励むことだ。それと――」

 

 

 心底嬉しそうに、愉快そうな感情を乗せた声は、俺を視界にとらえた途端に消え去った。

 絶対零度を思わせるような冷たさと、日本刀のような鋭利な切れ味を含ませた声へ変貌する。

 

 

「――『白い烏』、貴様は別だ」

 

「!?」

 

「更生は不要。償いも不要。ただ粛々と、『罪』を犯した『罰』を受けよ。それこそが、『白い烏』たる貴様に相応しい『破滅』だ。――逃すものか。決して、逃すものか……!!」

 

 

 明智吾郎への呪詛を残して、奴の姿が掻き消える。次の瞬間、またどこからか爆発音が響いた。

 

 このままここで喋っていても仕方がない。「とっとと『オタカラ』を盗って逃げるぞ!」と叫んだモナに従い、舵を持って船内を走る。だが、パレスの崩落によって、幾つかの通路が瓦礫で寸断されてしまっていた。

 ナビが分析しようにも、リアルタイムで道が潰えていく。このままでは獅童の策通り、俺たちはパレスの崩落に巻き込まれて死ぬことになる。『オタカラ』が残り続ければ、獅童が再び『廃人化』ビジネスを駆使して自己のための千年王国を築こうとするだろう。

 

 文字通りの万事休す。足を止めている間もないのに、脱出経路が次々と潰されていくという極限状態だ。

 必死になって頭を回していたとき、不意に俺はペルソナが急接近する気配を感じ取る。

 気づいたのは俺だけではない。至さん、航さん、南条さんも驚いたように目を見開く。

 

 刹那、俺たちの背後でド派手な破壊音が響き渡った。何事かと振り返れば、そこには1体のペルソナが顕現していた。

 海底洞窟や機関室で対峙したようなスマートなフォルムではない。御影町で初めて対峙したあのパワーワードの権化――仏像の顔がそこにあった。

 

 

「げぇぇ!?」

 

「な、なんじゃこりゃあああ!?」

 

 

 パンサーとモナが悲鳴を上げる。ジョーカーと俺を除いた怪盗団の面々やシャドウワーカーの面々は目を剥いてその異形を凝視した。

 

 

「――神取?」

 

 

 思わず、と言った調子で、俺たち――俺、ジョーカー、至さん、航さん、南条さん――5人の声が重なる。体躯のほとんどが黒ずんでいるが、俺たちの前に現れたのは12年前御影町で相対峙したペルソナ――ゴッド神取そのものだった。あの頃とは違い、ゴッド神取は一言も言葉を発しない。

 だが、奴が何を言わんとしているのかは伝わった。それを確認したのか、奴はくるりと踵を返し、壁や天井を破壊しながら上昇していく。しかも、ご丁寧に俺たちが飛び移れるように道まで整えていた。あまりにもシュール極まりない光景に戦慄しながらも、怪盗団やシャドウワーカーの面々がゴッド神取既知者――俺たち5人の後に続く。

 だが、ゴッド神取の姿はボロボロと崩れつつあった。おそらく、神取鷹久の本体はあの機関室で既に消滅していたのだろう。今ここで俺たちを導いているのは、神取鷹久のペルソナ――否、神取鷹久という魂そのものの残りカスなのだ。彼が残した、正義の味方――或いは真の意味での導き手になりたかった男の“最期の意地”。

 

 箱舟から国会議事堂入り口に出る頃には、ゴッド神取の姿は御影町で見たものから海底洞窟で見たものへと変わっていた。だが、その姿は崩れ、殆ど原形を留めていない。

 これ以上ゴッド神取の力を借りることはできないだろう。俺がそう判断したのと、クイーンが左右反対方向にある救命艇2つを発見したのはほぼ同時だった。

 

 

「あれを使えば脱出することができるかもしれない!」

 

「だが、この調子では到底間に合わないぞ」

 

 

 フォックスが苦い表情を浮かべて救命艇へ視線を向ける。そこは船の丁度先端部であり、斜め45度に傾いている。距離も相当だ。この距離を走り切らねば、いつ爆発に巻き込まれるかわかったもんじゃない。でも、どうすれば救命艇に手が届くだろう。

 

 

「――俺が行く」

 

 

 名乗りを挙げたのはスカルだった。彼の目は真剣そのもので、この役目は絶対に譲らないと訴えている。

 「今走らなきゃ、いつ走るんだよ」――スカルは自分自身に言い聞かせるようにして宣言する。

 

 足を壊され陸上から引退させられた元スプリンターの眼差しは、救命艇をしっかりと見据えていた。

 

 

「片方だけじゃ足りないぞ。反対側にぶら下がってる救命艇も回収しないと」

 

「じゃあ、私が行く!」

 

「はぁ!? ちょっと待てこのはねっ返り!!」

 

 

 美鶴さんの言葉を聞いた命さんが元気よく手を上げた。荒垣さんが鬼気迫る顔で食いつく。惚れた女は全力で守る主義――彼の仇名が“荒垣紳士郎”と呼ばれる所以――である荒垣さんにとって、命さんの言動は――ラウンジの攻防を皮切りとして、その大半が――寝耳に水状態だ。

 荒垣さんは全力で引き留めようとしたようだが、最終的には命さんの「私の方が先輩より足速いんで、私が行った方がいいと思います」という理詰めによって黙らせられていた。破壊力に特化するペルソナ使いは足が遅い傾向がある。荒垣さんも漏れなくその1人だった。

 荒垣さんを援護しようとした至さんも、「女には引いちゃいけないときがあるんですよ」という謎理論に気圧されて沈黙していた。彼の怯え様は、麻希さんや英理子さんに『航さんを口説くために味方になれ。ところでどちらの味方になるのか?(意訳)』と睨みつけられたときの反応とよく似ている。

 

 その一部始終を見たスカルは神妙な面持ちで命さんを見つめていたが、すぐに前へを向き直る。命さんもまた、救命艇を見据えていた。

 2人はほぼ同時に駆け出す。スカルがクラウチングスタート、命さんがスタンディングスタートだ。どちらも俊足を生かして駆け抜ける。

 

 果たして、スカルも命さんも目的を果たすことができた。海面を飛び越え、ほぼ直角となった甲板を走り抜け、救命艇を海上へ落とすためのスイッチに掴り、操作することに成功したのである。怪盗団と大人たちに分かれて救命艇に乗り込んだ俺たちは、即座に2人の回収へ向かった。

 

 

「よいしょーっ!」

 

「うわああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 救命艇が近づいてくるのに気づいた命さんは何を思ったのか、ロープを掴んでいた片手を離し、召喚機を引っ張り出して引き金を引いた。ガラスが割れる音と共に、白いペルソナ――メサイアが顕現する。命さんはメサイアの腕に収まるようにして、そのまま救命艇目がけて降下した。

 荒垣さんが絶叫しながら救命艇の最前列に飛び出してきたのを確認した途端、彼女はパアアと表情を輝かせてメサイアの顕現を解く。荒垣さんは反射的に腕を広げ、命さんを受け止めた。揺らぐことなく伴侶を抱き留めたその姿はとても格好良かった。閑話休題。

 

 

「何やってるんだ馬鹿! 一歩間違ったら死んだかもしれないんだぞ!?」

 

「いやー、何かこう、『飛び降りた方が安全』な気がしたんで。それに、何かあってもシンジさんが受け止めてくれるって信じてましたから!」

 

「そういう問題じゃねぇだろ! 何でお前はいつもそんな……俺の心臓に悪ィことばっかしやがる……!」

 

「……あー、そうかー。そういうことかー」

 

 

 スカルは呆気にとられた様子で命さんと荒垣さんの様子を見ていたが、すぐに解脱した菩薩みたいな顔をした。彼はスイッチに掴ったまま救命艇が到着するのを待つことにしたらしい。荒垣さんに説教される命さんを横目に見たが故か、割と堅実な手を選んでいる。

 勢い任せの彼が慎重な行動を取るとは珍しかった。だが、次の瞬間、スカルは何者かの体当たりを喰らい、救命艇が近づく寸前に弾き飛ばされた。間抜けな悲鳴を上げて、彼はそのまま救命艇にダイブする。俺とフォックスが慌てて飛び出し、奴を受け止めることで事なきを得た。

 転覆したら洒落にならない。犯人に対して文句を言おうと顔を上げた刹那、甲板が轟音と共に爆発し、炎に飲まれる。スカルを突き飛ばした犯人――最早上半身と顔以外何も残していなかったゴッド神取も例外ではなかった。俺たちは唖然とその姿を見つめることしかできない。

 

 ゴッド神取が爆炎に飲まれる直前、その姿に重なるようにして神取が見えた。奴は静かに微笑んで、サングラスを外す。俺の見間違いでなければの話なのだが、奴の両目は空洞ではなかった。いつか見たぎらつく瞳が、優しさと期待で満ちている。

 ニャルラトホテプの『駒』になって以来、奴に魅入られた証として瞳は失われていた。神取の目に瞳が戻ったということは、彼は悪神の『駒』から解放されたのだろうか? その答えを確かめる間もなく、神取鷹久の姿は爆風に飲み込まれて消え去った。――おそらくは、永遠に。

 

 これが最後だった。此度の神取鷹久が歩んだ旅路を彩る、彼が下した“命のこたえ”。正義の味方に倒されるだけの悪役が、己の命を賭して成し得た、取るに足らない偉業だ。この価値を知っているのは、恐らくここにいる俺たちだけなのだろう。

 

 

「――――……ッ!」

 

 

 俺は彼の名前を呼ぼうと口を開いた。そのはずだったのに、俺の声はまともな音になりはしなかった。

 

 言いたい言葉は幾らでもあって、伝えるべき言葉も山程あって、言わなければならない言葉も沢山あった。なのに、喉に閊えたように言葉が出てこない。ひゅう、と、なり損なった笛のような吐息が零れただけだ。

 もしあのままスカルがスイッチに掴ったままでいたら、彼は爆風に飲み込まれていただろう。爆発に巻き込まれたらひとたまりもない。下手したら、“スカルを生贄にして生き残った”という笑えない可能性だってあった。

 

 

「あー、やっぱり。だから『飛び降りた方が安全』だって思ったのかぁ」

 

 

 荒垣さんとの夫婦喧嘩を終えた命さんは、納得したように頷いた。彼女は旅路で得た“命のこたえ”の影響か、死の気配に敏感だった。自慢することではないのだが、伊達に死の権化を長い間内包していたわけではない。

 妻の暴挙にこんな理由があったなんて知らなかった夫は、酷く驚いたように目を剥いた。難しい顔をした荒垣さんの隣で、美鶴さんが苦笑しながら肩をすくめる。放課後特別課外活動部のリーダーは、あの頃から何も変わらない様子だ。

 

 対して、至さん、航さん、南条さんは神取がいた場所を見つめていた。甲板は燃え盛る炎によって飲み込まれており、人間がいたら生きているとは思えない場所と化していた。認知存在の多くも、崩壊に巻き込まれていた。

 聖エルミン学園高校OBである3人だって、神取に言いたいことは沢山あったろう。それでも何も言わなかったのは、至さんと南条さんは御影町と珠閒瑠市で、航さんは御影町で、奴の生き様に触れたからかもしれない。

 特に前者2人はニャルラトホテプの『駒』として甦った神取と対峙している。奴が共に往くことを拒否し、海底洞窟で最期を迎える選択をした理由を察していた。……だから、この結末に言葉が出ない。何を言っても無粋になってしまうから。

 

 

「……あの人は、救われたのかしら?」

 

「……今となっては、もう分からないよ」

 

 

 爆発に飲み込まれて沈んでいく箱舟を見つめながら、ノワールが問う。僕は何とも言えない気持ちでそう答えた。

 

 

「悪い人ではなかったんだよね。“悪人になるために生まれて、悪人として死んでいく”っていう宿命に、全力で抗っていただけなんだよね……」

 

「犠牲の概算度外視は許されるべきことじゃないわ。でも、そこまでしないと正義を貫けないって言い切るところや、それを成し遂げる強靭な意思を持っていたことは事実なのよ。……彼は(しん)の意味で、立派な確信犯だった。今まで『改心』させてきた、欲望に塗れた大人たちとは違ってね」

 

 

 パンサーとクイーンも、沈みゆく箱舟を見つめる。哀悼の意を示すかのように。

 

 

「あいつ、ゆっくり眠れるかな……。もう、無理矢理叩き起こされることなく、静かに眠ることができるのかな……」

 

「……そう信じよう」

 

 

 ナビが囁くようにして問いかける。彼女の答えを知るのは、神取を『駒』として弄ぶニャルラトホテプだけだ。

 奴の気まぐれが起きれば、神取が再び生き帰される可能性は充分あり得る。でも、もう眠ってほしいと思うのも事実だった。

 ジョーカーは至極真面目な面持ちで頷いた。そうあって欲しいという願いを込めた眼差しが、箱舟へと向けられていた。

 

 次の瞬間、背後から2発の銃声が響いた。振り返れば、至さんが天高くに銃口を向けて発砲していた。

 銃口からは硝煙が燻っている。彼の横顔は真摯な面持ちで、この発砲が無意味ではないことを示していた。

 

 

「……弔砲、って言うんだ」

 

 

 至さんは、ぽつりと呟いた。

 それに反応し、航さんが補足する。

 

 

「公的な葬儀の際、弔意を表すために大砲を用いて発射される空砲のことだ。主に殉職した軍人や警察官のために行う。発射数にも意味があり、奇数だと礼砲、偶数だと弔砲になるから注意が必要だな」

 

「……なんかさ、何か言おうにも陳腐になりそうな気がしたんだ。でも、何も言わないままでいるなんて薄情なことはしたくなくて」

 

 

 至さんは苦笑する。言葉にするのが無理ならば、せめて態度に表そうと思った結果だろう。南条さんと航さんは顔を見合わせたが、納得したように頷いた。

 

 程なくして、救命艇は陸地に辿り着く。パレスの侵入先だった国会議事堂入り口は既に塞がれており、入ったときとは違う場所から認知世界を後にした。現実世界へ帰還する。出口は国会議事堂の真横だった。正面とは違い、ここには報道陣や野次馬の1人もいない。

 丁度そのタイミングで、大人たち全員のスマホが鳴り響いた。彼らは苦笑し、すぐに電話に出る。特捜部や公安の黒服連中が血眼になって、ペルソナ使いを束ねる組織の長や組織関係者を追いかけていたのだ。それに関する呼び出しなのだろう。

 

 これから6人は、特捜部や公安の連中と派手な戦いを行うのかもしれない――僕の予想は、見事に外れることと相成った。

 黒服連中は慌てた様子で撤退していったという。獅童正義が自殺未遂を起こしたことが影響したのかもしれない。

 奴のことだから本気で死のうとしたのではなく、怪盗団を認知世界で殺すための措置だったのだろう。するとしたら仮死状態だろうか?

 

 

「はいもしもし、空本です。……ああ、管理人さん? どうかしたんですか? ――……え? 警察!?」

 

 

 その中でたった1人だけ、異常事態を伝える電話を受け取った。

 至さんは剣呑な面持ちで、電話の向こう側にいる相手に問う。

 

 

「なんで、どうして警察がウチに!?」

 

 

 電話の向こうにいる管理人から、自分の部屋で何が起こったのかを聞かされたのだろう。相槌を打っていた至さんの顔が怪訝なものになった。

 

 

「……“黒服の男たちが、家主に無許可で侵入して乱交パーティやってた”?」

 

 

 えっ?

 なにそれどういうこと?

 

 意味不明な状況に呆気にとられる僕、滅茶苦茶顔を歪めた至さん。

 それに対して、何か身に覚えのあるらしい航さんが目を瞬かせた。

 

 

「“家中がヤバイことになってる”? “家具の大半がヤバイ”? “一番被害規模が大きいのが台所”? “オリーブオイル、ボディソープ、軟膏の類すべてが空になってる”……」

 

 

 被害を聞いた至さんの目が死んだ。又聞きしていた南条さんの顔も真っ青になっている。

 美鶴さんと荒垣さんなんて発狂一歩手前だ。対して、命さんは「奇妙な不審者だね」の一言で済ませていた。

 航さんは身に覚えのある理由を思い出したようで、ポンと手を叩いた。

 

 

「そういえば、家を出る前に黒服連中が家に押しかけて来てな。面倒だったんで、ペルソナ顕現して状態異常にしてきた。一般人なら状態異常に対する耐性は低いし、時間稼ぎに使えると思ったんでな」

 

「……ちなみに、何使ったの?」

 

「寝起きだったからあまりよく覚えていないんだが……確か、3つ。マカジャマオンにテンタラフーと、それからあと1つは――」

 

 

 僕の問いかけに対し、航さんは答える。

 昨晩の夕飯を思い出すようなノリで、だ。

 

 

「――マリンカリン」

 

 

 ――()()()()()()()()()

 

 論理的思考をすっ飛ばし、僕の頭は高速回転して答えを弾き出す。忘却、混乱、魅了――『前後不覚となった後、魅了によるR-18展開増強ブーストかかってますねありがとうございます』としか言いようがない。しかも、家に来た黒服どもは全員男だった。そりゃあ、こんな騒ぎになるのも頷ける。

 「巌戸台に出てきた巨大シャドウ・ラヴァーズも似たような手を使ってきたね」と、命さんは能天気に呟いた。あの魅了系洗脳事件も、一歩間違えればR-18展開に片足を突っ込んでいただろう。当時現場におらず、又聞きで状況を知らされていた荒垣さんが天を仰いだ。色々思うところがあるのかもしれない。

 

 おそらく、黒服たちも自分に何が起こったのか全く理解していないだろう。下手をすれば、航さんに尋問しようとした直前から記憶が混濁している可能性もあり得る。

 これはもう、獅童の命令に従って空本兄弟を拘束するどころの問題ではない。マスコミにすっぱ抜かれれば、もれなく全員スキャンダルで破滅するだろう。

 最早手遅れかもしれない。ご近所では大きな噂になっていることは間違いからだ。噂大好きな方々のことだから、マスコミに喋ったりネットに書き込んだりしそうである。

 

 黒服が無断で空本家に入り込み、家主に無許可でR-18展開を繰り広げていたことは事実。発見者や目撃者だって沢山いるし、通報を聞いて駆けつけてきた警察官だってそれを目の当たりにしてしまった。黒服どもが何を言おうと、記憶が混濁していようと、自分たちがR-18的な行為に浸っていたことはまごうことなき事実なのだ。自分の身体までもがそれを証明しているとなると、言い逃れるには些か厳しい。

 

 

「…………」

 

―― ………… ――

 

 

 こんなときどうしたらいいんだろう。“明智吾郎”に助けを求めれば、“彼”は死んだ目をしながら首を振った。どうやら“彼”のキャパシティ的にも限界だったらしい。

 呆然とする僕の肩を誰かが叩いた。振り返れば、何とも言い難そうな顔をした竜司と祐介が生温かい目をして僕を見つめている。女性陣も僕を気遣ってくれた。

 特に黎は、「大丈夫? 一緒にいるからね」と声をかけてくれる。僕の未来のお嫁さんは本当によくできた人だ。僕は目頭を押さえながら、首を縦に振り続けた。

 

 あまりにも憔悴しきった僕と至さんを不憫に思ったのだろう。南条さんが空本兄弟のためにホテルを、桐条さんが僕らを労うためにレストランを手配してくれた。丁度そのタイミングで、仲間たちの腹の虫が鳴り響く。時刻は既に夕食時を過ぎていた。

 佐倉さんには「遅くなる」と伝えていたのだ。多少、疲れた体を休ませて腹ごしらえをして帰るくらい許してもらえそうである。心はぐったりしていたから、美味しいものを食べて元気になりたかった。

 

 

(……これで、ようやく一区切りなんだよな)

 

 

 状況が状況なだけに、勝利に湧く気持ちにならぬまま、僕たちは歩き始める。僕は思わず振り返って、国会議事堂を見上げた。

 

 街灯に照らされた日本の中心は、いつも通り厳かに佇んでいる。獅童正義が有していた歪んだ箱舟は沈み、3度目の生を与えられた男諸共、まるで夢のように消えてしまった。

 僕はスマホで神取の名前を検索してみた。以前は『404 NotFound』の文字が躍った検索エンジンが、正しく情報を示してくれる。

 神取鷹久は聖エルミン学園高校のOB。オックスフォード大学へ進学し卒業。セベクのCEOで、セベク・スキャンダルの黒幕。12年前にすでに死んでいる――僕は息を吐いた。

 

 奴はきちんと還ってこれたし、ようやっと眠ることができたようだ。

 僕はスマホをしまい、怪盗団の面々に追いつくために歩き出した。

 

 




魔改造明智による獅童パレス攻略終了。智明の正体がついに発覚したり、獅童が『神』からも魔改造明智からも「要らない」と言われたり、神取鷹久が本当の意味で退場したり、お後が大変よろしくない事態に陥ったりと超絶怒涛な展開になりました。
獅童が『神』や魔改造明智から「要らない」と言われるのは、魔改造明智を題材にして作品を書こうと思い至ったときに決めていました。原作明智を切り捨てたシーンを見て、「是非とも獅童に意趣返しをしてみたい」という下種な考えが浮かんだんです。
倒されるべき巨悪として君臨した男に、最後は「本当の意味で何も残らない終わり」を贈りたかった。獅童智明――もとい、デミウルゴスは、そのために拙作で加えられたオリジナルキャラクターでした。外見は真メガテン4FINALの邪神:デミウルゴスを参考にしています。
獅童が脱落した後、デミウルゴスは魔改造明智たちとの敵対者として本格的に戦うことになるでしょう。その後ろには統制神も控えています。原典ではデミウルゴス=統制神として見られることもあるようですが、拙作では『統制神の部下にデミウルゴスがいる』という扱いです。
八十稲羽のマリーと伊邪那美命は「対になる存在」でしたが、原典における統制神とデミウルゴスの性格が文字通りイコール状態だったので上司と部下の関係になりました。……まあ、存在が同一視されてるから、性格がコピペみたいなのは当たり前なんですよね。

オチの展開は、原作でルブランが滅茶苦茶になっていたシーンから斜め上方向に着想を得た結果です。こっちの保護者も(ある種の自爆とは言え)可哀そうなことに。
それ以上に黒服が大変なことになりました。どうせみんないなくなる。上手くいけば次回で獅童パレス編が終了する予定。うまくいかなければ2話程かかると思われます。

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