Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・紹介状の数が1つ増えた。


勝ち組の箱舟? 外道を積んだ泥船だろ?

「流石は獅童さまだ。彼についていけば将来は安泰!」

 

「獅童さまについていけば勝ち組確定だものね。乗船券を入手するの、本当に苦労したんだから」

 

 

 絢爛豪華な装飾が施された国会議事堂の客船は、沈みゆく日本を進む唯一の船だ。欲望を肥大化させた連中が我先にと乗り込み、甘い汁を啜っている。

 どいつもこいつも仮面をつけており、自分の利益しか考えていない。パレスの主である獅童は『獅童さま』と呼ばれているようだ。肝心の獅童の姿は見当たらない。

 

 今まで遭遇したパレスの主のラインナップを思い出す。多方面で生徒を食い物にしてきたピンクのマントにパンツ一丁の変態王、自分のために弟子を使い潰す金ピカバカ殿様、金と権力にたかるハエ系銀行支配人、反逆の憤怒を宿すピラミッドの女王、楽園への脱出を夢見た宇宙基地の社長、イカサマが十八番なカジノの女支配人。

 では、獅童正義の本性はどのような姿をしているのだろう。“明智吾郎”に問いかけてみたが、“奴”は不機嫌そうに表情を歪めて沈黙した。知らないから黙っているというより、知っているが腹立たしいから言わないようだ。そんな“明智吾郎”の様子を見た“ジョーカー”が口を開く。

 

 

―― 今思えば、シャドウ獅童の格好、“クロウ”のヅカ系王子様ルックと似てたよね。独裁者が着るような式典衣装っぽかった ――

 

―― やめろ言うな ――

 

―― 因みに、途中で何回か格好が変わる。上半身裸になったのを見たときは、正直ドン引きした ――

 

 

 ()()()()()()()()()、と、“ジョーカー”は神妙な顔で呟く。反射的に想像してしまい、僕はゾッとした。獅童の上半身ヌードなんぞ、誰に需要があるというのか。少なくとも「怪盗団には一切ない」ことは確かだ。

 

 絢爛豪華な内装と、外に広がる沈没した東京の街並み。「子どもが誇れる国を作る」と語った獅童の頭の中が世紀末なのは、外の光景で充分思い知った。

 獅童にとって、この国の未来なんぞ大した関心を抱いていない。奴が執着していることは「総理大臣になって権力を使い、好き放題したい」という傲慢の表れだ。

 文字通り“自分さえよければどうでもいい”、“日本が滅ぼうが、自分だけは生き残る”という認知が、国会議事堂という名の箱舟を造り上げたのであろう。

 

 船内の壁には所狭しと獅童のポスターが張り巡らされている。

 スピーカーからは、獅童の街頭演説がひっきりなしに響き渡っていた。

 

 

「…………」

 

「ジョーカー……?」

 

「……ごめん。なんか、この声、苦手だなって」

 

 

 ジョーカーは居心地悪そうに呟いた。自分の肩を抱くようにして、小さく体を震わせる。

 

 

「おかしいね。今までは何とも思わなかったし、平気だったんだけど……」

 

 

 僕に心配をかけまいとして微笑む彼女が、痛々しい。

 

 未遂とは言えど、彼女は獅童に手籠めにされかかったのだ。表面上は平静を装っていても、心の何処かには当時の恐怖が根付いていてもおかしくはない。悍ましい欲望のはけ口にされかかったのだから、トラウマになって当然だろう。

 獅童への怒りが募る。けどそれ以上に、今はジョーカーが心配だった。僕は彼女の手を取る。ジョーカーの手は微かに震えていたけど、抵抗したり振り払ったりすることはない。彼女は安心したように微笑み、自分の方から指を絡めて応えてくれた。

 

 

「ありがとう、クロウ。落ち着いた」

 

「……それは俺の台詞だよ。こっちこそ、ありがとう」

 

 

 忌まわしい男――獅童正義と同じ血が流れている僕の手なんて、振り払われたっておかしくないのだ。

 有栖川黎/ジョーカーは、明智吾郎/クロウという1人の人間を――僕のすべてを望んでくれる。

 それが僕にとって、どれ程幸せなことか。奇跡みたいな光景を噛みしめて、僕も頷き返した。

 

 

「……あれ、どうする?」

 

「素敵な光景ね」

 

「あのバカップルに、どう声をかければいいんだろう……」

 

「ヤベーよ。リア充がリア充過ぎて手出しできない」

 

「何故スケッチブックを持ってこなかったのか……! せめてクロッキーでも持ち込んでいれば……」

 

「アタシ、馬に蹴られたくないんだけど」

 

 

 どこからかひそひそ声が聞こえてきたので振り返る。仲間たちが互いの顔を指さしては首を振り合っていた。まるで生贄投票みたいな光景である。

 だが、僕らのやり取りがひと段落したことに気づいたようで、仲間たちは安堵の表情を浮かべた。「先に行こうぜ」というモナに従い、船内の調査を開始する。

 

 エントランスの階段を上ると、侵入者である僕たちの気配を察知してシャドウが現れた。扉を守るようにして、奴は本来の姿を取り戻す。冥府の番犬となったシャドウは高らかに吼えると、そのまま僕たちに襲い掛かって来た。

 

 僕らが戦いを始めたのと、獅童に招待された乗客たちが声を上げたのは同時である。先日攻略した冴さんのパレス――カジノにいた認知存在たちは、僕らがフロアで戦いを繰り広げても無関心だった。彼らが関心を示したのは、僕らがジャックポッドを決めたときや、コロッセオで賭けをしたときくらいだ。

 乗客たちの反応は“異常性や危険を察知してパニックになっている”のではない。“面白そうな見世物が始まったので、興味本位で観戦している”ような騒ぎ方だった。獅童にとって、シャドウである冥府の番犬や僕たち怪盗団は「観客を楽しませるための余興に使う」存在でしかないらしい。

 怪盗団や“明智吾郎”を掌の上で転がしていたことを考えると、獅童の狡猾さや外道っぷりがひしひしと伝わって来た。僕は小さく舌打ちし、カウを顕現する。チャージで力を貯めた後、ペルソナをロキに付け替えレーヴァテインを叩きこんだ。断末魔の悲鳴を残し、シャドウが爆ぜて消えた。

 

 船内で戦いが発生しても、人々は恐怖心や警戒心を抱くことはなかった。みな口を揃えて「船に乗っていれば永遠に勝ち組」だと笑っている。

 

 

「何故、乗客たちはあんな調子でいるんだ? 俺たちの戦いを、本気で“余興”だと信じ切っているようだが……」

 

 

 拍手喝采し、僕らに「楽しかったよ。獅童さまにも伝えておいて」と声をかけてきた乗客をやり過ごしたフォックスが首を傾げた。

 

 

「獅童の船に乗れたことで、『最早、自分たちに危害を加える者はいない』と思っているんでしょう」

 

「そうして、獅童本人も“逆境を利用してのし上がる”ことに長けている。周りもそう見てるから、僕らのことも“余興”として構えてられるんだろう」

 

「ケッ、危機感のないヤローどもめ。そいつがとんだ泥船だって分からせてやるぜ!」

 

「――ああキミたち! さっきの見世物は凄かったよ!」

 

 

 クイーンと僕の分析を聞いたスカルが息巻く。そのとき、また別の乗客が声をかけてきた。怪盗服の関係上、僕たちのことは大道芸人扱いらしい。

 これ以上変な注目を浴びるのはよくない。僕たちは愛想よく乗客を撒きながら、長い階段を駆け上った。

 

 船内にあるオブジェクト――主に達磨――や宝箱を回収しつつ、僕たちは奥の部屋に足を踏み入れる。そこは客船の中央通路で、ロビー以上の賑わいを見せていた。幸か不幸か、僕たちが起こした騒ぎはここまで広まっていないようだ。

 

 

「ムムッ! 『オタカラ』の気配……! こっちだオマエら、ついてこい!」

 

 

 『オタカラ』の気配を察知したモナが一気に飛び出す。シャドウがいないと確信しているとはいえ、少々不用心ではなかろうか。

 前から“『オタカラ』が絡むと紳士を投げ捨て、すべてを概算度外視する”モナには大変な目にあわされてきたが、結局直らないままらしい。

 終いには、「パレスが倒壊する前に騒ぐ程度なら()()()()()」なんて、僕らの方が暢気に構えるレベルになってしまった。ひっそり苦笑する。

 

 モナが立ち止まったのは大扉の前だ。物々しい雰囲気を漂わせる扉には、カードキーを差し込むような穴が6つもある。金城のパレスで見た金庫なんて比ではない厳重さだ。

 そのとき、外に設置されていたスピーカーから、決議が下ったことを知らせる声が聞こえてきた。議長は獅童で、反対派なしの可決。僕は思わず顔をしかめていた。

 

 

「可決とか議会とか、一体何してるんだろう?」

 

「ここが見た目通りの国会議事堂なら、最深部にあるのは本会議場でしょうね」

 

「「ホンカイギジョウ?」」

 

 

 首を傾げたパンサーとスカルに対し、クイーンがつらつらと解説する。「ニュースの中継でよく映るような、大きなホール」と聞いて、スカルたちは何となく予想がついたようだ。

 

 議会の体を取っているだろうが、ここは獅童の認知世界だ。おそらくは“奴が何を言っても反対派0で可決される”という悍ましい光景が広がっていることだろう。僕の予想が間違いではないらしく、“明智吾郎”も不愉快そうに扉を睨みつけていた。あの様子からして、“彼”も狂気的な現場を目撃していたのだろう。

 「味方ばかり引き入れて、好き勝手しているのね」――クイーンの話を聞いたノワールが表情を曇らせる。心の歪みが原因で、ワンマン経営者と化していった父親の姿と重ねているのだろうか。……最も、それとこれとは別問題である。ノワール本人もそのことをよく分かっているみたいで、次の瞬間には凛々しい眼差しとなっていた。

 

 

「この先に入るには、カードキーを入手する必要があるのよね? どうやって手に入れればいいのかしら?」

 

「シドーの取り巻きになるとか、忠誠を誓うとか、そういう資格が必要なのかもな」

 

 

 モナの分析を聞いて、僕は思わず“明智吾郎”に視線を向けた。“彼”の瞳に映る僕は、“明智吾郎”に対する非難の色を浮かべている。

 だってそうだろう。形だけとはいえ獅童に忠誠を誓っていた“明智吾郎”は、奴のパレスに出入りすることも容易だったはずだ。

 パレスに入るための『キーワード』だって把握していてもおかしくない。なのに“明智吾郎”はそれらの情報を一切僕に流してくれなかった。

 

 もっと早くパレスの『キーワード』を教えてもらえたなら、冴さんの一件だって早い段階で対策を打てた。獅童のパレスだって、僕が奴の忠実な『駒』と認知されていた状態ならば、こんなところで厳重な足止めを喰らうこともなかったかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()? ――ムッとした顔で、“明智吾郎”は反論してきた。噛みつくような声色である。

 そこで僕は言葉を詰まらせた。冴さんのパレスも、獅童のパレスも、跋扈するシャドウの強さはかなりのものだ。僕1人では対応できなかっただろう。……だが。

 

 

(じゃあ訊くけど)

 

―― ? ――

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 僕の問いを聞いた“明智吾郎”は、ぎくりと肩を竦めた。

 

 “彼”は僕同様、自分自身が大嫌いである。僕は自分自身が憎い男――獅童の血を引いているという意味で、“彼”は正義の味方に憧れていたくせに真逆の殺人者に成り下がったという意味で、だ。もしも僕が、冴さんのパレスで知った真実に耐え切れず、“明智吾郎”の思考回路に完全同調してしまったらどんな行動を取るか。

 予想はついている。獅童正義と一緒に心中コースまっしぐらだ。勿論、ただ死ぬのでは意味がない。奴が不正を侵した証拠や黎の冤罪を証明する証拠をきちんと保管した上で、自分の持つ力を概算度外視で振るっていたことだろう。追いつめられた“明智吾郎”共々、無謀極まりない暴走をしていたかもしれない。

 

 

―― 今も、“あの子”の傍にいてはいけないと……明智吾郎は、獅童正義共々逝くべきだと思ってるのか? ――

 

(逝かない。生きる。生きて黎と添い遂げる)

 

―― ならいい。……二度と言うなよ。そんなくだらない「たられば」なんざ、な ――

 

 

 “明智吾郎”は小さく鼻で笑う。僕も同意して、ジョーカーたちの方に向き直った。ジョーカーは切り替えが早いようで、“獅童の味方のフリをする”作戦に同意していた。

 「クロウが頑張ってたんだから、今度は私たちが頑張る番だ」と言い切った彼女の漢気に(不本意ながらも)感動しつつ、作戦を練る。味方であるという証明を手に入れなくては。

 案を出したのはノワールだ。彼女は屯っている乗客たちを見ながら「彼らに話を聞いてみたらいいのではないか」と提案する。ジョーカーも感心したように目を丸くし、頷く。

 

 ここにいる人間たちは、獅童正義にとっての『認知上の存在』だ。獅童が握らせた秘密について知っているだろう。

 但し、ここは獅童正義のパレスだ。奴の非道によって、どこのどいつがいつ化けて暴れ出すかは分からない。心構えは必用だが、どの道情報収集は必須である。

 

 

「この船は多分、生き残る価値をシドーが認めた奴らだけを乗せた箱舟。……だから豪華な客船なんだ。それなら、話もできんバカは乗ってないだろう」

 

「情報収集だけなら問題ないでしょう。幸いみんな仮面をつけているし、さっきの騒ぎのときみたいに『芸人です』で通せば、ぎりぎり誤魔化せそうよ」

 

 

 モナの分析を聞いたクイーンも頷く。特に後者は、先程の光景を思い出しているのだろう。少々腑に落ちないのを堪えている様子だった。

 

 このパレスの認知存在が仮面を常備しているのは、獅童が「人は誰しも、他人に素顔を見せるはずがない」と信じているためだろう。その認知は、暗に『“明智吾郎”の企みを看破していた』ことを示していたのかもしれない。僕の思考回路を読み取ったのか、“明智吾郎”は居心地悪そうに視線を逸らした。

 “明智吾郎”もまた、この箱舟に乗ることが許された人間だったと同時に、最後は箱舟から突き落とされることが決まっていた人間だ。獅童の人形と化した認知の明智吾郎が銃口を向ける姿がフラッシュバックする。()()()()()()()()()()()()()()と、“明智吾郎”は苦笑していた。閑話休題。

 

 早速僕たちは船内を回り、乗客から情報収集することにした。『廃人化』をビジネスととらえる連中が平気でその言葉を飛ばし、各方面のVIPについての噂話をしている。

 一通り情報を集めた僕たちは、近場のセーフルームで情報を纏めた。どうやら「6人いるVIPから紹介状を入手すれば、本会議場の扉を開くことができる」らしい。

 紹介状がカードキーの役割を果たすようだ。VIPの特徴については、5人分はハッキリしている。政治家の大江、旧華族の名士、TV局の社長、IT会社の社長、トラブル処理役だ。

 

 

「政治家の大江がよくレストランにいて、旧華族の名士がプールサイドにいて、TV局の社長がスロットゲームに興じ、IT会社社長が宛がわれた客室に引きこもり、トラブル処理役は用心深いため後回しにする……これで合ってる?」

 

「すげー! ジョーカー、完璧じゃねーか!」

 

「流石は今年不動の学年首位ね。今回のテストも学年首位確実だって言われてるだけあるわ」

 

 

 VIPの特徴をつらつらと挙げるジョーカーに、スカルがキラキラと目を輝かせる。クイーンも満足げに頷いていた。

 おそらくクイーンの分析通り、ジョーカーは秀尽学園高校の学年首位を掻っ攫っていくことだろう。僕もひっそり目を細めて同意した。

 

 

「じゃあ、6人目は? 6人目だけ情報が入って来なかったんだが……」

 

「6人目に据えられている人間の候補なら、2人程心当たりがある。1人が神取鷹久、もう1人が『廃人化』の実行犯である獅童智明だ」

 

 

 ナビが首をかしげたのに対し、僕は答える。件の2名もパレスを出入りしていてもおかしくないのだが、このパレスではまだ相対峙していない。両者とも強敵だ。神取は先程僕たちに「次会ったら本気で戦う」と宣戦布告してきたし、後者は獅童の手駒で悪神の手下故、確実に僕たちを葬り去ろうとするだろう。

 この2名――特に後者――が紹介状を譲ってくれるとは思えない。神取はノリノリで“滅ぼされるべき悪役”を演じて立ちはだかって来るだろうし、智明は先程説明した通り言わずもがなである。もしかしたら、この両者を同時に相手取らねばならない可能性だってある。獅童パレスにおいての最難関だ。

 双葉のパレスで相対峙したことを思い出し、スカル、モナ、パンサー、フォックス、クイーンが表情を引き締める。ピラミッドで対峙した神取の力――あれは、奴にとっては戯れでしかない。けれど僕たちだって、あれから様々なパレスに足を踏み入れ、経験を積んできた。今ならきっと、互角の戦いを繰り広げることができるだろう。

 

 

「でもクロウ、大丈夫?」

 

「何が?」

 

「獅童智明は、クロウの異母兄(おにいさん)なんでしょ?」

 

 

 パンサーが心配そうに問いかけてきた。……どうやら、僕が考え込むような動作をしていた理由を勘違いしたらしい。

 

 

「そっちは別に平気。散々踏み躙られてきたし、何より取調室で殺されかけた。……正直な話、俺は人間ができてないから。加害者に優しくできるような精神構造をしてないんだ」

 

 

 僕の言葉を聞いた仲間たちは、納得したように頷いた。流れるようにしてジョーカーへ視線を向ける。

 みんな、一糸乱れぬ団体行動を披露してくれた。彼/彼女らの反応からして、僕の発言に見覚えがあるのだろう。

 

 

「そういえば、獅童を『改心』させたら、いつ頃に『改心』が発生するんだ?」

 

「できれば選挙前に発生して欲しいけど、選挙日以外で獅童にとっての区切りの日なんてないものね……」

 

「投票が終わって、当選が確定した瞬間になりそうだな」

 

「ネットで調べてみたけど、12月18日は獅童にとってもう1つの意味があるらしい。五口家に挨拶しに行って、奴らに追い払われた日だって話だ」

 

「雑誌のインタビューでも見かけたぜ。『夜の街をとぼとぼ歩いた』とかなんとか」

 

「じゃあやっぱり、『改心』の発生は18日か。遅くとも16日までには『オタカラ』のルート確保をして、17日には予告状を出さなきゃいけないね」

 

 

 仲間たちは勝手に話を纏めていく。いや、実際みんなの言葉通りだから、特に僕が何かを言う必要はないだろう。

 面々は伺うようにして、僕とジョーカーに視線を向ける。勿論、負けるつもりは毛頭ない。僕たちは顔を見合わせて頷き合った。

 

 

◇◇◇

 

 

 急いではいるが、強いてはことを仕損じるという。パレスの攻略を行う前に、僕たちはまずメメントスに潜ることになった。怪チャンの依頼を消化するためでもあるが、獅童のパレスでVIP待遇されていた認知存在や、特捜部長を含む地位持ち連中を『改心』させておくためである。

 獅童が気まぐれや不信感によって協力者を『廃人化』させる危険性は“明智吾郎”の一件からありありと予測できた。獅童を『改心』させても、獅童のシンパが奴を庇う可能性も存在している。前者は本人が本人自身のため、後者が獅童に巻き込まれて破滅するのから逃れるためだ。

 結果、獅童のパレスにいた認知上のVIP以外の地位持ちたちを軒並み『改心』させることに成功した。依頼も滞りなく果たしたし、現時点で行ける範囲のメメントスの奥地まで辿り着いた。下準備に結構な時間を割いてしまったし不安も尽きないが、できることは全てやった。

 

 その間にも、選挙戦は着々と進んでいる。獅童率いる新党が大量に議席を獲得しており、選挙が始まれば、奴の勝利と当選は確実だと言われていた。

 獅童が『改心』するであろう日付は12月18日だ。もし獅童が選挙に勝っても、『改心』成功で罪を告白すれば、辞退する可能性が高い。

 

 

(そうなれば、選挙はもう1回やり直し。そして、日本は総理大臣がいないまま年を越すことになるだろう)

 

 

 須藤竜蔵の汚職事件も大騒ぎになったが、獅童の一件はそれ以上に大きな騒ぎとなるだろう。

 

 見出しは『須藤竜蔵の再来!? オカルト系科学に傾倒した現職大臣、『廃人化』および精神暴走事件に関与!?』が妥当か。

 大宅さんも大喜びで食いついてくるだろう。相棒の敵討ち及び弔い合戦ということで、ペンで派手に戦うに違いない。閑話休題。

 

 現在、僕たちは獅童のパレスにいる。

 紹介状の持ち主を探して船内を駆け回っている真っ最中だ。

 

 まず最初に目を付けたのは、レストランに出入りしているという大物政治家・大江からである。前回侵入した際に手に入れた地図を参照すると、僕たちがいる場所から一番近いためだ。

 

 レストランに向かうため、階段を駆け上る。その先に広がっていたのは、いかにも高級そうなレストランバーであった。

 レストランと銘打たれているものの、ここは酒を楽しむ場所という色合いが強いのだろう。客はみんな飲み物を飲みながら談笑している。

 

 

「うわ、スッゲェ!」

 

「高そうな店だね……」

 

「認知世界の飲食物ってどんなもんだろ? 十中八九腹は膨れないだろうけど、データ取って航さんに送ろうかな」

 

 

 スカルが内装を見て感嘆の声を上げ、パンサーがきょろきょろと周辺を見回す。ナビは航さんから何かを言われていたようで、そこから好奇心を起き上がらせていた。

 

 近くにいる客の話を聞く限り、目的地であるレストランはこのフロアにあるらしい。『リストランテ・エリテー』という看板のかかった扉を開ければ、目的地はすぐそこにあった。但し、目的地がそこであったとしても、入れるか否かは別問題だ。

 レストランに入るためには会員証が必要らしい。成程、文字通り“真の意味で獅童正義によって選び出された人間”だけが自由行動を許されているのか。会員証なしで店に入ろうとする僕らを不審がったようで、受付が怪訝そうに僕らを見返す。

 

 

「乗船するときに説明したはずですが……。ところでお客様、乗船券はお持ちでしょうか? 確認させていただきたいのですが」

 

「し、失礼しました!」

 

 

 これはヤバい。僕らはさっさと退散し、レストランの会員証を探すことにした。地道な情報収集を行うと、客の1人が「レストランの会員証をなくした」と挙動不審になっている。

 あの客が落としたレストランの会員証を入手すれば、レストランに入れる。本人は「バーカウンターで落としたかもしれない」と口走っていたので、先回りすることにした。

 案の定、会員証はバーテンダーに届けられていたようだ。ジョーカーは躊躇うことなくそれを受け取り、感謝の言葉を述べた後、颯爽と立ち去っていく。僕らもそれに続いた。

 

 落とし主である認知存在に悟られぬよう、僕らは手早くレストランに侵入する。会員証を示せば、受付は何の疑問も持たずに先へ進ませてくれた。

 しかも、『青い花の席は特定の利用客が座る席』と、ご丁寧に教えてくれたのである。……案外ザルらしい。僕は内心噴き出しかけたが、表面上は普通だった。

 

 早速侵入したレストランは絢爛豪華な店であった。認知上の人々が食べている料理も、一般庶民レベルの財布では決して手が届く代物ではない。スカルが目を輝かせ、フォックスが手で枠を作って料理を眺める。勿論、クイーンに叱られていた。

 

 目印である青い花が置かれた席はすぐに見つかった。政治家の大江はまだ姿を現さない。

 このまま張り込んでいればいずれ現れるだろうが、怪盗団全員でぞろぞろ向かえば怪しまれる可能性があった。

 

 

「私が行くわ。ゾロゾロ行くと警戒されるだろうし」

 

「女の子1人というのも変じゃない?」

 

 

 ノワールの疑問は最もだ。クイーンも納得したように頷く。すると、ジョーカーは僕の方を向いて一言。

 

 

「じゃあ、クロウお願い」

 

「「えっ」」

 

 

 まさか僕が名指しされるとは思わなくて、素っ頓狂な声が出た。それはクイーンも同じ気持ちだったらしい。

 明智吾郎は有栖川黎の婚約者である。幾ら作戦だとはいえ、婚約者を他の女にレンタルするとはこれ如何に。

 

 

「そっか。クロウはずっと潜入捜査してたから、お偉いさんたちと話すのに慣れてるよな!」

 

「多分、スカルやフォックスが傍にいるより、交渉がスムーズに進みそうだよね!」

 

「確かに。怪しまれずに片を付けるためには、汚れた政治家との付き合い方を熟知しているクロウの方が適任か……」

 

 

 半ば混乱する僕らに対し、スカル、パンサー、フォックスが手を叩いて納得した。説明を聞いたモナ、ナビ、ノワールも納得したように頷く。

 クイーンも納得したようだが、心配そうに僕とジョーカーを見つめていた。ジョーカーはにっこり微笑んで頷く。

 意味は分かるが、ショックが大きすぎる僕ではついていけない。僕が政治家どもとの付き合いになれていたのは必用に駆られたからにすぎない。

 

 いいや、それ以前に。

 

 僕の婚約者は、僕が女の子と一緒にいても何も思わないのだろうか。嫉妬すらしてくれないのだろうか。してほしいと願う僕も大概だけど、そういった独占欲の片鱗くらい見てみたいと言うか、見せてほしいと言うか。

 くだらないことを考えているとは自覚している。……けど、なんだか不公平だ。黎が他の男と並んで歩いていたら――我慢はするけど――僕だってかなりキツいのに。僕だけがこんな思いをしているのだろうか。――なんか、悲しい。

 

 

「……ジョーカー」

 

「探偵王子の弟子も、怪盗団のクロウも好きだけど、私が愛しているのは、それらすべてをひっくるめた明智吾郎だから」

 

「ジョーカー……!!」

 

 

 力強い笑顔を浮かべて親指を立てたジョーカーに、僕は感極まってしまった。僕の婚約者は度胸MAXライオンハートである。

 

 刹那、ノワール以外全員の目が死んだ。クイーンが「はやくしましょう」と棒読みで僕を促す。ジョーカーはキラキラした笑顔で「いってらっしゃい」と僕を送り出してくれた。

 僕も有頂天で「行ってきます」と挨拶を返した。まるで夫婦みたいだなと思った。直後、“もうしばらくしたら夫婦になるんだった”と思い出して、また有頂天になった。

 

 最も、有頂天だったのは最初の数分だけだ。大江らしき人物が現れたので、早速接触を試みる。勿論、ボイスレコーダーは完備で。こちらが下手に出てへりくだれば、大江は気をよくしてペラペラと喋り始めた。僕らが高校生くらいの年代だと見抜いた大江は、以前獅童の協力者だった秀尽学園高校の校長を名指しして話を始めた。

 大江にとって、獅童の箱舟から逃げ出そうとした秀尽学園高校の校長は理解できない存在らしい。僕らからしてみれば、校長はぎりぎり良心が残っていた小心者だ。『改心』し、『教育者として最後の責任を果たしに行く』と微笑んだ校長のシャドウを思い出し、僕は内心歯噛みする。大江や獅童より、ずっと人間らしい人だったのに。

 大江もまた、『廃人化』ビジネスで甘い汁を啜っていた。奴の対象者は地下鉄の運転手。大江にとって目障りな国交大臣と、現政権を擁護する社長の首を取るために行った工作である。仇敵本人の命ではなく、赤の他人を『廃人化』および精神暴走させることで事件を起こし、その責任を擦り付けたのである。

 

 

(この腐れ外道が……!)

 

―― ………… ――

 

 

 息巻く僕の隣にいた“明智吾郎”が自嘲する。自分も嘗てはそんな汚い奴だったのだと、そんな道を転がり落ちていたのだと噛みしめるかのように。

 けれど、“彼”はすぐに顔を上げた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、己を奮い立たせていた。

 

 

「ところで大江先生。私の姉は特捜部で検事をしているんですけど、今のお話をいかようにお伝えしましょうか?」

 

「大江先生。僕の知り合いには警察キャリアと元エリート検事、報道関係者や芸能人、怪盗団検挙の際に活躍した専門家らも揃っているのですが、彼らにも聞いてもらった方がいいですよね?」

 

 

 余計なことを言われたくなければ紹介状を寄越せ――僕らの脅迫を受けた大江はたじろいだが、すぐにシャドウとしての姿――8つ首を持つ竜――を取り、高らかに吼えて襲い掛かって来た。即座にジョーカーたちが加わる。文字通りの実力行使だ。

 

 どうやら念動系の技に弱いらしく、これ幸いとジョーカーやノワールが属性攻撃を叩きこんだ。ダウンした大江を何度かタコ殴りにすると、大江は呆気なく崩れ落ちてしまった。

 ぐったりした大江から紹介状を巻き上げると、大江は縋りつくようにして声を上げた。「地下鉄の事故を内密にしてほしい」と、うわ言のように繰り返す。

 延々とそればかりを繰り返されると辛いものがあったので、僕らは一応頷き返しておいた。大江は安心したのだろう。大きく息を吐き、それっきり黙ってしまった。

 

 完全沈黙してしまった大江や拍手喝采の乗客たちを残し、僕たちはレストランを後にする。

 近隣のセーフルームに戻って一息ついたとき、クイーンが大きくため息をついた。

 

 

「校長が獅童と通じていた話は知ってたけど、あんな裏話まで聞かされると辛いわね……」

 

「でも、あっさり殺そうとしたんでしょう? アタシたちが『改心』してなきゃ、校長は殺されてたんだよね。……命があるだけマシだったのかも」

 

「だろうな。日本全土が沈没しているという認知の持ち主だ。『教育者1人くらい』とでも思っているんだろうさ」

 

 

 クイーンの話を聞いたパンサーとフォックスが表情を曇らせる。獅童正義の外道さが浮き彫りになり、ますます奴に対する怒りがこみ上げてきた。

 勿論、それに任せて暴走するなど愚の骨頂。獅童本人をぶん殴るそのときまで、しっかり研ぎ澄ましておかなくてはなるまい。

 

 

「それにしても、先程の政治家は『認知上の人間』なんでしょう? それが怪物に化けて出るなんて、本人のシャドウを相手取っているみたいだったわ」

 

「確かにそうだな。金城あたりのときまでは、『認知上の人間』ってのは“くたびれた被害者”ばかりだったぜ?」

 

「――いいや、さっきのオオエは認知じゃない」

 

 

 ノワールとスカルの言葉を否定したのはモナだ。驚く僕らに対し、ナビが補足を入れる。曰く、「手下である面々のシャドウに、認知の人間を融合させている。皮を被せるかのように」とのこと。歪みの力が人一倍強い獅童正義だと言えど、こんなことが行える獅童は文字通りの“規格外”だ。

 たとえそれが一色さんの研究を奪ったにしても、ここまでのことを平然と行える精神性や頭脳も計り知れない。そして極め付けに、獅童には智明という悪神の関係者が控えている。『神』を利用しているのかされているのかは知らないが、ロクでもないことと、強敵であることには間違いなかった。

 獅童がこんな手段を用いたのは、自分の関係者が次々と『改心』されないようにという配慮、および危機感を抱いていたためだろう。配下たちのシャドウをメメントス内部から自分のパレスに移動させ、匿うついでに監視していたのだ。裏切りのそぶりを見せた瞬間、即座且つ確実に手を下せるように。

 

 最も、校長や特捜部長は運がよかったのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味では。

 

 でなければ、僕らの『改心』は間に合わず、獅童正義の罪を暴くことが難しくなっていただろう。

 黎の冤罪を証明するための証拠類も、完全に葬り去られてしまったかもしれない。

 

 

「獅童が自分のパレスに干渉する手段は2つ。子飼いにしているペルソナ使い、神取と智明だ」

 

「やっぱりこの組み合わせには注意しなくちゃいけないってことだね。今まで以上に気を引き締めないと」

 

 

 厄介な存在はやはり厄介であるということを痛感しながら、ジョーカーと僕は顔を見合わせて頷いた。

 他の面々もそれを熟知しているから、真顔で頷き返す。――パレスの攻略は、始まったばかりだ。

 

 

***

 

 

 紹介状を持っている人間を探し求めて行く中で、僕らは様々な目に合った。

 

 

『な、なんじゃこりゃあ!? ネズミ!?』

 

『なんチューこった! なんてな』

 

『おイナリ死すべし。くだらないこと言ってないで戻ってこい』

 

 

 とあるフロアに足を踏み入れた直後、僕たちの姿は一瞬でネズミに変わった。スカルが素っ頓狂な声を上げ、フォックスが寒々しいギャグを披露する。

 おそらく本人は真顔なのだろう。対してナビは、フォックスに冷ややかな眼差しを向けていた。今なら、ナビのプロメテウスはブフダインを打てるかもしれない。

 彼らを横目にしつつ、僕はネズミになったジョーカーを見つめた。ジョーカーも、ネズミになった僕の姿をじっと見つめる。

 

 うん、可愛い。

 凄く可愛い。

 

 完二さんにぬいぐるみの作成を依頼したくなるレベルだ。

 

 

『クロウ可愛い』

 

『いや、ジョーカーの方が可愛い』

 

『そこのバカップル、惚気てないで戻ってきて! 現実へ帰って来て!!』

 

 

 お互いの姿に心をときめかせていたところにパンサーからの叱責が入った。僕たちは嫌応なしに現実へと連れもどされる。他の面々は、もう既に元の姿に戻っていた。

 

 獅童の像が立っているフロアでは、侵入者――怪盗団はネズミの姿になってしまう仕掛けが施されているらしい。自分に楯突く人間に対する認知としては歪み切っている。

 しかも、ネズミ状態になってしまうとフロアの扉を開けることができない上に、シャドウに襲われればひとたまりもないらしい。猶更、慎重に進まなければならなかった。

 

 

『受け身にしかなれないってこと? 厄介だわ。どこかに抜け道でもあればいいのだけれど……』

 

『――それだ。ネズミの姿なら、そういう抜け道を見つけて、通り抜けることができるかもしれない!』

 

『そっか! 舞耶さんの言ってた『レッツ・ポジティブシンキング』だね!』

 

 

 クイーンの愚痴を聞いたジョーカーがポンと手を叩いた。途端にノワールが表情を輝かせる。結果、ネズミ化するフロアでは抜け道探しに興じることと相成った。

 鍵のかかった扉を迂回したり、抜け道を駆使しないと回り込めなかったり、鍵を開けて繋がった通路を見ては遠回りさせられたことを思い知ったりして大変だった。

 回り道を繰り返すうちに、僕たちはようやく2番目の目的地――プールサイドへ辿り着く。次の相手は、女好きの旧華族だ。僕たち男性陣は戦力外である。

 

 プールサイドということで、お誂え向きに水着の貸衣装コーナーと脱衣所があった。古典的な上にあまりやりたくはなかったのだが、紹介状の為だと割り切ったジョーカーに押されるような形で、女性陣が水着に着替えて旧華族の元へ向かった。

 

 夏の海で見た水着とは一線を駕す高級品。ジョーカーが身に纏った水着は、黒のビキニタイプだ。上はホルターネック式となっており、フリルとレースがふんだんにあしらわれている。ビキニのサイド部分には可愛らしいリボンが存在を主張していた。こちらにも、フリルとレースがあしらわれている。

 ちょっとこう、ムラッときてしまうのは男として仕方がないのかもしれない。こんな格好をしたジョーカーを旧華族の前に出したくなかったのだが、紹介状の為だと無理矢理納得させられた。ハニートラップは成功したものの、調子に乗った旧華族がジョーカーを連れてシケこもうとしたので、結局は強硬手段を講じることとなったが。

 

 勿論、旧華族も大江と同じように襲い掛かって来たのでぶん殴った。

 間違っても私怨ではない。紹介状をぶん盗るついでである。

 

 

『よし、紹介状ゲット。あと4つだね』

 

『さて、キリキリ吐いてもらうぞ。お前も『廃人化』ビジネスに加担していたんだな?』

 

『うへあ。クロウ、超怖い……』

 

 

 ジョーカーが満足げに頷く傍ら、僕は早速旧華族に尋問を仕掛けていた。ナビがドン引きしていたが、僕にとっては些細なことである。

 

 華族が家柄だけで金を稼げた時代は今や昔。それでも昔の生活を失いたくないと考えた旧華族の名士は、獅童の船に乗り込みたいと頼み込んだ。奴が旧華族同士のコネを獅童に紹介する見返りとして、『廃人化』を頼んでいたという。

 『廃人化』ビジネスは紹介制度。獅童は客を選ぶ際、それはそれは非常に警戒しているらしい。決して自分を裏切らず、利益をもたらす存在を選別しているのだ。それ故、パレスの認知存在である乗客たちは仮面を身に着けているのだ。

 獅童は上っ面に騙されることなく、人間性を見据えている。その上で、相手に自分の悍ましさを見破られぬように取り繕っているのだ。怯えによる保身ではなく、絶対的な自信と傲慢が、彼の佇まいを清廉潔白に見せている。

 

 “明智吾郎”の思考回路を獅童が見抜いていたのは、このパレスにおける認知が証明していた。こんな奴相手に1人で立ち向かうなんて愚の骨頂である。

 しかも、“明智吾郎”は『獅童は成果を出し続ければ認めてくれる。愛してくれる』という歪んだ執着が原因で、獅童の本質から意図的に目を逸らしていた節があった。

 

 

『腐った大人ばっかりの世界、か……』

 

 

 僕は誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。“明智吾郎”は先程からずっとそっぽを向いており、こちらが声をかけても無反応を貫いている。こんな場所にずっと身を置いていたからこそ、“明智吾郎”は余計に追い詰められていったのかもしれない。

 ここは獅童だけのパレスではなかった。“明智吾郎”が歩んできた人生の中で、“彼”を傷つけてきた大人たちが跋扈する世界の縮図だった。これが世界のすべてなのだと、本質なのだと信じてしまった。信じてしまう程の経験をした。だから、笑顔の仮面を被って心を閉じた。

 “明智吾郎”が気づかなかった――自分からぶった切ってしまっただけで、良縁と呼べるべき出会いはあったのだろう。冴さんや佐倉さんだって、“明智吾郎”のことは気にかけてくれていたのに、だ。そんな“彼”が、“ジョーカー”を切り捨てなかったことは奇跡に等しかった。

 

 “ジョーカー”と出会えた――たとえその出会いが遅すぎたものであったとしても、“ジョーカー”と絆を結んだ奇跡を無意味にしたくなかった――から、土壇場で、“明智吾郎”はあの結末を選んだのかもしれない。

 

 

『次の紹介状も手早く手に入れよう』

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕たちは船内散策を再開した。やはり道中には獅童正義の像が仕掛けられており、ネズミの姿を駆使して隠し通路を抜けて進むことになった。

 道中出会った柄の悪い男からシャドウを嗾けられたものの、それを軽く降す。奴は僕らの行動に目を光らせていたらしく、トラブル云々と零していた。

 

 

『つまり、今会った人が『トラブル処理役』ってこと?』

 

『だろうな。あの柄からして、裏社会に精通しているヤクザだろう。処理は処理でも、物理的な処理の専門家。東京湾にコンクリ詰めの類を十八番にしてるような奴だ』

 

『マジもんのヤクザ抱え込んでるとか、どんだけだよ……。クリーンな政治が聞いて呆れるぜ』

 

『オマケに、アイツはこっちの騒ぎを聞きつけると現れるらしい。だが、騒ぎを起こすと他の紹介状を手に入れるのに支障が出る危険性もある。ヤツは後回しにした方が得策だ』

 

 

 ノワールの言葉に僕は頷く。それを聞いたスカルが顔をしかめた。一介の不良高校生でしかない坂本竜司が、まさか本物のヤクザを相手にする羽目になるとは想像していなかったらしい。トラブル処理役の様子から、モナは奴を保留にすることを提案した。

 現在地とVIPの情報を照らし合わせると、次の獲物はTV社長だ。奴はスロットに興じる金遣いの荒い男で、娯楽室にはスロットマシンが置かれているという。そうと決まれば立ち止まっている暇はないので、早速探索を再開した。

 娯楽ホールでは多くの人々がスロットマシンに興じている。しかも、内装も結構広めで、船内の各所に小規模のカジノが点在しているという。娯楽ホールも階層に分かれていて、一番大きな場所はもっと先らしい。

 

 「勝率は五分五分」「ギャンブルは金持ちの道楽」――認知存在たちの言葉を、冴さんのパレスで見聞きしたことと照らし合わせてしまうのは致し方がないことだろう。僕は自分自身に言い聞かせつつ、心の中で冴さんに謝罪しながら探索を続けた。

 

 娯楽ホールの最奥には、スロットマシンがびっしりと並ぶ光景が広がっていた。冴さんのパレスに比べると規模は遥かに劣るが、箱舟の中では一番広く規模が大きいカジノである。ここならTV社長がいるかもしれない。

 案の定、探し人は簡単に見つかった。TV社長の元に向かったのはノワールである。ノワールが奥村社長の娘だと聞いた途端、TV社長はペラペラと話し始めた。獅童が奥村社長を切り捨てた理由を、だ。

 

 奥村社長のブラック経営が民衆から非難されなかったのは、TV社長が肯定的な情報を流して隠蔽工作をしていたためだ。しかし、その隠蔽工作も、8月末より以前の時点で旗色が悪くなっていたという。結果、奥村社長は獅童にとって邪魔者となり、船を降りてもらおうとしたのだ。

 勿論、ただ降ろすのではなく、怪盗団を嵌めるために使うことにしたらしい。最も、ペルソナ使いたちの活躍で奥村社長は助かってしまい、予定通りにいかなかったようだ。TV社長はその後もネチネチと嫌味を言っていたが、最終的には奥村社長のことを愚弄し始めた。

 いくら温厚なノワールと言えど、父や会社のことを馬鹿にされ、黙っていられるはずがない。穏便に紹介状を手に入れるという目的は果たしていたが、そんなことを忘れてしまう程、TV社長の発言は悍ましいものばかりだった。

 

 

『絶対許さない! お父さまに謝れ!!』

 

『よく言ったノワール! この外道、許しておけない!』

 

 

 怒りを爆発させたノワールに続いてジョーカーが飛び出す。僕らも彼女たちに続き、TV社長のシャドウと対峙した。奴は絢爛豪華な鎧を身に纏った猿として本性を露わにすると、2体の取り巻きシャドウを引き連れて襲い掛かる。勿論、僕たちの敵ではない。奴を軽くひねり倒した。

 

 紹介状をぶん盗るついでに、TV社長を尋問する。TV社長は金城と班目が獅童と繋がっていたことを把握していたようだ。獅童が民衆から支持されるように仕組んでいたのもコイツのおかげである。僕が売り出されるのにも一枚絡んでいたようだが、自分のことが明らかにならないよう隠蔽していた。

 TV会社社長が直接僕の売り出しに関わらなかったのは、初めから『明智吾郎は獅童智明のスケープゴートにする』と決められていたためらしい。『命までは取らない』という約束通り、顔面を鷲掴みにしてスロットに叩き付けておいた。ジョーカーからは叱られたが、『気持ちは分かるし腹立たしいのは一緒だから』と言って貰えたので充分である。

 

 

『後は誰だ?』

 

『後回しにしたトラブル処理役と、華々しい“悪役”を演じるであろう神取もしくはキラーマシンである智明を除けば、後はIT社長だけだ』

 

 

 フォックスの問いに答えたのはナビである。だが、IT社長はずっと船内の自室に引きこもっているため、殆ど情報が入って来ないのだ。

 再び船内の探索に戻った僕たちは、時々ネズミになりながら先へ進んだ。遠回りというのは本当に厄介である。

 しかし、扉を開けた先は、レストランバーのホールであった。どうやら船内を1周して戻ってきてしまったらしい。

 

 

『元・引きこもりとしての分析だが、常に部屋に閉じこもってるワケじゃない。わたしの場合、トイレやお風呂のときは流石に部屋から出てきたぞ。IT社長にだって、やむを得ず部屋から出なきゃいけないという隙は存在してるハズだ』

 

『豪華客船ということは、トイレもお風呂も個室に備わってるのが常識だわ。他に部屋から出なければいけないとなると、食事かしら?』

 

『どうやらルームサービスも完備してるっぽいぞ! 電話一本あれば部屋にデリバリーしてくれるそうだ』

 

 

 元・引きこもりであるナビの的確な分析から、クイーンが更にアナライズを深める。彼女の予測を肯定するように、ナビは補足した。

 そこの隙を突けば、いかに引きこもりであろうと接触することができるだろう。早速レストランに戻って来た僕たちは、情報収集を始めた。

 

 『獅童からIT社長への伝言を頼まれた。火急の案件のため、大至急取り次いでもらえないか』とウェイターに頼めば、ウェイターは二つ返事で頷いた。場所は教えてもらえたが、サイドデッキの上部にあるフロアにいるらしい。正面から行っても入れてもらえない可能性は高いが、内情を把握しなければIT社長に接触できなかった。

 とりあえずサイドデッキに向かった僕たちは、周囲を散策してみる。すると、ジョーカーが先陣切って駆け出すと、外壁の方にジャンプする。――成程。普通に客室フロアへ入ることができないなら、外壁を伝って入ればいい。何せ、僕たちは怪盗なのだ。潜入アクションは得意中の得意である。

 客船付近にある排気口ダクトから、煙が上っているのが見えた。どうやらこの排気口は機関室に繋がっているらしい。それを横目に見ながら、外壁を次々と登っていった。程なくして、目的の区画に辿り着く。あとは窓さえ開いていれば、フロアに侵入できるだろう。都合よく開いていれば――なんて思ったら、本当に開いてた。

 

 あまりのザル警備に呆れながらも、部屋の中を覗いてみる。IT社長は取り巻きどもと優雅に話をしていた。

 

 IT社長との接触に名乗りを挙げたのはナビであった。確かに、ITはPC関連の知識を有していなければ話にならない。その専門性を活かすのだと息巻くナビを、ジョーカーは笑顔で見送った。本人の自己申告通り、文字通りの“はじめてのおつかい”である。ナビを心配するパンサーは母親みたいだった。

 第1印象は失敗したものの、ナビ自作のPCのスペックとクラッキングという単語につられたIT社長は、7月末から8月にかけての“メジエド”についての話題を出してきた。どうやら奴らは自作自演で倒されるために“メジエド”の偽物をでっちあげたようだ。本当に倒されて驚いたとIT社長は語る。

 

 “メジエド”が選ばれたのは、“匿名の相手は『改心』できない”と知っていたからだ。ネットは悪用してナンボと語るIT社長に、ついにナビが切れた。情報を扱う人間としての矜持が彼女を突き動かす。紹介状を渡せと凄んだナビだったが、本性を剥き出しにしたIT社長に襲われそうになった瞬間、パンサーの言いつけを守って僕らを呼んだ。

 IT社長が紹介状を持っていることは分かっている。後は取り囲んでボコボコにするだけだった。さくっと紹介状を奪い取った僕たちは、IT社長を尋問する。結果、奴は『一色さんの認知訶学研究に関する資料を隠蔽する作業に加担し、研究を暗号化して隠している』と吐き出した。無論、これ以上悪用させるつもりは一切ない。

 

 

『後は『トラブル処理係』だけだな。適当に暴れりゃ出てくるかもしんねーが、それはあまりいい手じゃねぇ』

 

『けど、パレス内部は大体見て回ったぜ? 行ってないところってどこだ?』

 

 

 モナがパレスの警戒度を上げぬ方法を考える横で、スカルは首をひねる。彼の視界は、下部から立ち上る煙をハッキリととらえたらしい。

 

 

『そうか! 客室の真下付近には、機関室があるって話だったな!』

 

『機関室はまだ見ていなかったはずだ。それに、途中で排気口を見つけただろう? そこからなら侵入できるかもしれん』

 

 

 スカルが閃き、フォックスが頷く。ジョーカーも頷き返し、早速外壁を伝って下りた。排気口を蹴飛ばし、実力で侵入する。物々しい機関室に足を踏み入れた僕たちは、探していたトラブル処理係を発見した。

 だが、奴は敵を差し向けて去っていく。僕たちは敵シャドウを片付け、逃げたトラブル処理係を追いかけた。だが、奴は管制室に閉じこもり出てこない。おまけに鍵までかけられた。仕方がないので、何とかして侵入する方法を探す。

 すると、少々離れた部屋に通気口を発見した。地図を確認すると、どうやら管制室に繋がっているらしい。先陣を切って進むジョーカーの背中に続けば、案の定、丁度真下にヤクザどもが雁首並んでいる姿が広がっていた。

 

 通気口の網を蹴破って管制室に降り立てば、ヤクザどもは僕たちを威嚇する。トラブル処理係は、自分が命を取られるものだと思っているらしい。紹介状さえ貰えればそれでいいのだが、ヤクザからお墨付きをもらうにはどうしたらいいのだろう。頭の回転がうまくいかないのは、この面子で有効打を見出せずにいるためかもしれない。

 僕がうんうん唸る横で名乗りを挙げたのはフォックスだった。何を思ったのか、奴は入れ墨のデザインをすると言い出したのである。美術科コースで日本画を学ぶ彼に対し、ヤクザの親分は『鳳凰の入れ墨をデザインしろ』と難題を出してきた。フォックスにとって鳳凰は好みではないらしい。だが、ヤクザに馬鹿にされて火がついたようだ。

 

 紙と筆を譲り受けると、爆発気味な鳳凰の絵を描きだす。……後は、ヤクザの親分が気に入るか否か。

 

 僕らの不安は杞憂だったようで、ヤクザの親分は大喜び。うまくいったかと安堵したが、そうは問屋が降ろさなかった。トラブル処理役がフォックスの才能を見込み、自分たち側に引き入れようとしたためである。勿論フォックスはその誘いを切って捨てた。結果、トラブル処理役はシャドウと化して襲い掛かって来たのだ。

 奴を倒した結果、僕たちはトラブル処理役にいたく気に入られてしまったらしい。奴は満足げに笑って紹介状を手渡し、僕らを見逃してくれた。処理役自身も『仕事はいいが、怪盗団に侵入されるような船じゃ先は長くない。心中するのは御免だ(意訳)』と言い残し、すたすたと立ち去ってしまう。呆気にとられた僕たちだけが残された。

 

 

『認知上の人物なのに、意外だな。一本筋が通っていると言えばいいのか、慧眼を持っていると言えばいいのか、ドライな関係と称すればいいのか……』

 

『政治家は日陰の人脈とは親しくならない。きっと現実でも、金銭だけの繋がりなのよ。だから、あんなにあっさりと引いて行ったんだわ』

 

『金の切れ目だけじゃなく、栄華の切れ目が縁の切れ目ってことだ。一応あいつも特別なシャドウだから、ここで倒されれば『改心』成功扱いで“『廃人化』によって殺されずに済む”はずなんだけど』

 

 

 筆舌に尽くしがたいと言わんばかりに考え込んだフォックスへ、ノワールが答えた。僕も補足を入れつつ、ヤクザが立ち去った方角に視線を向ける。船を降りれば、あのヤクザももれなく殺されてしまうためだ。奇妙な親しみを感じた相手故かは不明だが。

 

 

「――よし。これで、5つ分の紹介状は集まったね」

 

 

 今まで手に入れた照会状を並べて、ジョーカーは頷く。残り1通の持ち主は、神取鷹久か獅童智明のどちらか――あるいは両方だ。

 紹介状集めのために全てのフロアを見て回ったが、奴らの姿はない。仲間たちは助けを求めるようにして僕に視線を向けてきた。

 

 

「神取ならば出てきそうな場所に心当たりがある。管制室を出た先にある通路、もしくは本会議場の扉の前。“悪役”が登場するに相応しい場所は、その2か所くらいだ」

 

「すぐ近くにカンドリがいる可能性があるってのか? ……その根拠は?」

 

「セベクの一件では本社の社長室で僕らが来るまで酒を飲んで待機してたし、珠閒瑠の一件では海底洞窟にある封印を解いた後はずっと僕らを待ち構えてた。特に後者はさっさとトンズラして、もう少し安全な場所で戦うって選択肢だってあったはずなのに」

 

 

 僕のプロファイリングは、後者の影響が強かった。須藤竜蔵は神取に『海底洞窟の封印を解いて、追って来たペルソナ使いたちを殺せ』と命じたけれど、『海底洞窟でペルソナ使いを殺せ』とは命じていない。戦えば洞窟が崩れ落ちることだって承知していたはずだ。それでも神取は、敢えてそうした。

 『生き恥を晒すことが苦痛である』以上に、『もう眠りたい』という願いの方が強かったのだろう。満足げに笑う男の姿は、今でも目に焼き付いたまま消えなかった。『次に顔を合わせたら本気で戦う』と宣言した以上、奴は相応しい舞台で待機しているに違いない。道化、および役者根性故の拘りか。

 

 

「男の浪漫ってやつ?」

 

「どっちかっつーと、人気悪役が掲げる美学?」

 

「どっちにしろ面倒くさいわよ。……気持ちは分からなくはないけど」

 

 

 パンサーとナビが首をかしげる。クイーンは深々とため息をついた。ピラミッドで目の当たりにした神取の立ち振る舞いは、クイーンの心にも何かを残したらしい。

 仲間たちはみんな複雑そうな顔をしている。特にスカルは、城戸さんの異母兄である神取に対して、どう向き合うべきか考えあぐねている様子だ。

 憐れみを抱くのは間違いだが、悪だと切って捨てることもできない。……奴の生き様に一変でも触れてしまったら、割り切れるはずがなかった。

 

 ――けど。

 

 立ち止まるのは、神取鷹久という“命”に対して失礼だ。

 希望を見るために命を燃やした男に対して、失礼だ。

 

 

「あいつの望みは分かってる。叶えてやれるのは、俺――いや、()()()だけだ」

 

「クロウ……」

 

「本来なら、多分、俺が何とかしなきゃいけないんだと思う。……でも正直な話、俺1人であいつの期待に応えるのは難しい。迷惑かもしれないけど、手を貸してくれるか?」

 

 

 半ば祈るような気持ちで仲間たちに問いかければ、面々は即座に頷き返してくれた。みんな、神取が俺を見ていたことに気づいていたという。

 

 “明智吾郎”が俺の心の海へ還ってきた今だからこそ、分かる。“明智吾郎”が辿って来た軌跡を受け入れて乗り越えたからこそ、神取が俺を見つめ続けた理由が理解できてしまう。“明智吾郎”にとっての俺がそうだったように、奴にとっての俺も希望なのだ。

 本来ならば悪神によって利用され、滅びるよう定められていた哀れな人形。その運命を劇的に切り替えたのは、どこかの“明智吾郎”や“ジョーカー”が抱いた数多の後悔、未練、願い、祈りだった。そのイレギュラーを、神取は本能的に感じ取っていたのかもしれない。

 

 他者の力を借りたとはいえ――その選択肢を選び取れないはずの存在でしかなかったはずなのに、それを行えるようになった――、僕は新たな可能性を切り開いたのだ。

 あいつは見たがっている。見出した僕という命が、絶望と終焉を乗り越えて未来を掴むに値するのだと。そのために、自分の命を差し出そうとしている。

 今となっては、神取は死人だ。悲しいことに、死に対する恐怖とは縁遠くなってしまっている。だからこそ、珠閒瑠市での一件では、道化としての役割を全うできた。

 

 

―― ああいう大人がいてくれたら、たとえ破滅しかない道だったとしても、もうちょっと真っ直ぐ立っていられたのかもしれない ――

 

(お前……)

 

―― 馬鹿みたいに喚いて、騒いで、挙句の果てには完全敗北だぜ? そりゃあ、悪くない最期(おわり)だったとは思ってるけど……見苦しい、だろ ――

 

 

 ()()()()()()()()()と、“明智吾郎”は苦笑する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――有終の美を飾るという意味で、神取鷹久程に痛烈だった道化はいない。巌戸台や八十稲羽で出会った道化たちも中々に強烈だったけれど、俺の中で不動の1位は神取鷹久だった。

 因みに、見苦しいけれど敵わないと感嘆した相手は、現在拘置所で囚人生活を送っている。長い刑期が下されたものの、『取り調べや作業態度が真面目なため、仮出所が見込めるかもしれない』とあったか。『世の中クソだな』という迷台詞が頭によぎったが、獅童が総理大臣になれば彼の言葉は現実となるだろう。閑話休題。

 

 

―― 準備は、いいな? ――

 

 

 “明智吾郎”が問いかけてきた。本日、12月の初旬。丁度、“明智吾郎”が機関室で終わるのと同じ期間である。

 

 神取が出てくるにしても、智明が出てくるにしても、()()()にとってはあの機関室が最大の難所だ。立ち位置が変わったと言えども、油断はできない。

 生き残るつもりで戦うけれど、もし、万が一、俺自身を切り捨てなければジョーカーを守れないなら――……そこまで考えた後、心の中でかぶりを振った。

 

 仲間たちは頷き合い、管制室を後にした。俺の隣にはジョーカーがいて、ジョーカーの隣には俺がいて、周りには怪盗団の仲間たちがいる。

 “明智吾郎”の罪と罰も、頼れる保護者である至さんから託された想いも背負っているのだ。そして、この先で待っているであろう神取の想いも背負う。

 迫りくる滅びの運命を超えて見せよう。みんなと一緒に、未来を掴み取るのだ。僕とジョーカーは顔を見合わせ、微笑み合う。そうして、前へと向き直った。

 

 




魔改造明智の獅童パレス攻略開始~運命の瞬間直前まで。気づけば神取に夢を見過ぎてしまった感じがします。外道――獅童正義をぶん殴るだけでなく、魔改造明智と“明智吾郎”の関係や、神取と魔改造明智の“ある種の師弟関係”の行方も見守って頂ければ幸いですね。
今回はちょこちょこと『魔改造明智が永久離脱ルートになるフラグ』にも言及しています。新島パレス攻略までにコミュ6にしていないとアウトでした。因みに前話では取り調べ開始前までに8になっていないと無貌が興味を持ってくれないのでアウトでした。
次回は「運命を変える大勝負」。魔改造明智は、原作明智が越えられなかったあの機関室――および、原作明智の終焉を乗り越えて、運命を掴むことができるのか。獅童や『神』をぶん殴ることができるのか。3度目の人生を歩まされた神取鷹久の旅路共々、見守って頂ければ幸いです。

おまけのお遊びとして、魔改造明智コミュの効果、および顕現したカウのスキル構成を掲載します。

魔改造明智コープ
<ランク8(新島パレス攻略中、予告状前)>
*バタフライエフェクト・受け継ぐもの:エンディング分岐に関係する。11月20日イベント終了後、魔改造明智の使用ペルソナにカウ追加。

<カウの詳細>
カウ
アルカナ:太陽
無効:炎 耐性:呪怨(暗黒) 弱点:氷結
<所持スキル一覧(未覚醒)>
喰いしばり、火炎ブースタ、火炎ハイブースタ、アギダイン
<所持スキル一覧(最終的な構成)>
インフェルノ、大炎上、火炎ハイブースタ、コンセントレイト、急所撃ち、ワンショットキル、チャージ、不屈の闘志

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