・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
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@
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。外見と名前の元ネタは真メガテン4FINALを参照。詳しくは本編で。
おかえり、ただいま、――行ってきます
――幾何か、時間を巻き戻して。
普段は少々頼りない蛍光灯の光に照らし出されているはずのルブラン屋根裏部屋は、青白い光によって満ちていた。
僕の前には、おぼろげながら姿を漂わせる光が1つ。黎も、双葉も、モルガナも、僕の前で頼りなく瞬く存在に釘付けである。
「ゴローがイタルさまから譲り受けたペルソナにも、フィレモンさま全盛期時代のペルソナ使いだけが有していた特権が備わるとは……」
「モルガナの言う通り、『“現実世界でも顕現できる”という特性を残したまま』だってのはラッキーだったと思うよ」
ゆらゆらと瞬く存在を見上げ、モルガナが感嘆の息を吐く。僕も彼の言葉に同意した。
ペルソナ使いが他者に能力を譲渡すると、譲渡先の特性に合わせてペルソナ能力も変質する。例として挙げられるケースは2件あった。滅びを迎えた世界でペルソナ使いとして覚醒したと言われる黒須淳さん、チドリさんのペルソナと己のペルソナを融合させた伊織順平さんだ。
滅びの世界からやって来た達哉さんから又聞きした事象では、黛さんから淳さんに譲渡されたペルソナ能力は、ジョーカー使いであった淳さんを正規のペルソナ使いに覚醒させた。黛さんのアルカナは
順平さんとチドリさんのケースでは、チドリさんのメーディアを取り込む形で、順平さんのヘルメスはトリスメギストスとして覚醒した。それだけではなく、メーディアが有していた自己回復系のスキルを受け継いだのだ。ヘルメスのときは物理攻撃系スキルが中心で、補助魔法はラクカジャ系しか使えなかったのに、だ。
変質の仕方は2種類。黛さんと淳さんのケースが“譲渡された側の適性に最適化される”タイプで、後者が“相手側の特徴を、自身のペルソナの特徴として取り込む”タイプ。
僕が至さんから受け継いだペルソナ――ヤタガラスは、前者と後者のハイブリット型らしい。おまけに、巌戸台以降の世代は持っていない特徴――現実世界でも顕現可能――を持っている。
「
「さっきメメントスで手に入れたデータ結果から言うと、吾郎の見解にプラスワンだ。“覚醒すればかなりの戦力になる”ってトコだな!」
「この状態でも戦力にならないこともないが、覚醒しているに越したことはない」と双葉は頷く。できれば強制捜査当日までには自分のモノとして覚醒させておきたい。
だが、このペルソナの力を本当の意味で覚醒させるのは難しそうだ。ペルソナ能力が完全に目覚めていなかったために、覚醒当初は戦力にカウントできなかった春の例もある。
あのとき、春のペルソナがどのような能力かを把握することすらままならなかった。半覚醒状態で「ペルソナ能力および特性の把握」ができるなら、なんとかなりそうな気もする。
「アルカナは
「それと、食いしばりによる戦闘続行能力。本来の使い方とはかけ離れるけど、現実世界でなら“死んだふり”とかできそうじゃない?」
「成程。食いしばりは“死に体のまま踏み止まる”わけだから、身体へのダメージは残るな! ……そうなると、“本人の演技力次第”ってことになるぞ」
僕のペルソナを分析していた双葉と、双葉の感想を聞いた黎が僕に視線を向けた。僕らが考えている作戦を考慮すると、このペルソナも作戦に組み込めそうである。
“認知世界へ暗殺者を引きずりこみ、認知の自分を替え玉にする”という案の裏で、“ペルソナ使いの危険性をアピールすることで、地下取調室にペルソナ使いの刑事(周防兄弟)を見張りとして配置させる”という案があった。地下取調室に智明がやって来た場合、足止めをしてもらうためである。
巌戸台世代以後は、“特別な条件が揃わないとペルソナを行使することができない”というデメリットがあった。僕らの場合、それが“認知世界という限られたフィールドでしかペルソナを使えない”というデメリットである。それ故、現実世界での僕らは一介の高校生でしかない。
現実世界側から攻撃を仕掛けられてしまえば、僕らにはなす術がなかった。たとえ地下取調室に周防刑事たちがいても、何らかの事情で現場を離れてしまう可能性がある。
彼らがいなくなったときに攻撃されてしまったら一巻の終わり。でも、僕が至さんからペルソナを譲り受け、それを変質させた結果、対抗する術に目途がついたのだ。
「吾郎が受け継いだペルソナって、ヤタガラスだよな?」
「ゴローのコードネームも『
「だったら、至さんと同じヤタガラスのままでいいのに」
「でも、同じ名前のペルソナでも使用者によっては全然違う姿になるよね。命さんや真実さんのロキなんか、紫の肌に褌マントっていう奇特な格好した美男子だったんでしょう?」
双葉とモルガナが僕のペルソナの予想図を語る。僕は自分の希望を語り、それを聞いた黎が補足を付け加える。
彼女の言葉に、僕は頷く。巌戸台と八十稲羽の『ワイルド』が顕現したロキの姿を思い出した。僕のロキとは姿も形も能力も違うペルソナの姿を。
“明智吾郎”の本性は、“やたらと
自身が覚醒させたペルソナの影響を受けた怪盗服を身に纏っていたのは、キャプテンキッドを覚醒させたスカル――坂本竜司だろう。彼の服装はドクロマスクに骨モチーフの海賊風衣装だった。ペルソナがセイテンタイセイに覚醒しても格好は変わっていない。
……そう考えると、もしも僕が“褌マントを身に纏ったロキ”を覚醒させた場合、怪盗服がとんでもないことになっていたのではなかろうか。想像した瞬間、顔を真っ青にした“明智吾郎”がぶんぶん首を横に振っていた。僕だって、褌マントは御免被る。あんなもんただの変質者だ。閑話休題。
覚醒にやたら時間がかかっているのは――たとえ、覚醒したのが同じ名前のペルソナだったとしても――譲渡先のペルソナ使いの適性へ最適化されることによって、その姿が変わる為なのかもしれない。譲渡されたときのケースがどう転ぶかはよく分からないことだらけだから仕方がないだろう。
「しかし、袋小路に追いつめられたときに頼る命綱が、未覚醒のペルソナか……。うーむ、安定しないなー」
「ここまでヤバい博打に賭けなきゃ、ワガハイたちは大悪党の汚名を着せられたまま殺されちまう。危険極まりないが、やむを得まい」
「責任重大なのは解ってるよ。なるべく早く覚醒できたらいいんだろうけど――」
「ちげーよ! ワガハイたちが心配してるのは、そういうことじゃねーんだよ!」
モルガナが苛立ちを叫ぶ。双葉も「そうだそうだ」と同調し、咎めるようにして僕を睨んだ。
どうして僕は2人に責められているのだろう。懸念事項は『僕のペルソナ』ではないのか。
助けを求めるように黎へ視線を向けると、彼女は憂いに満ちた眼差しで僕を見つめていた。
「黎?」
「……これ以上、吾郎に負担かけたくない」
黎は苦しそうに呟いて俯く。両手を組んだ彼女の身体は、小刻みに震えていた。唇を真一文字に結んで、何かを堪えようとしている。僕の気のせいでなければ、彼女の双瞼がジワリと滲んだように見えた。
「危険な目に合ってほしくない。合わせたくなんかない。……それなのに、どうして上手くいかないんだろう」
普段の黎――度胸MAXライオンハート――からは想像できないくらい、頼りない声だった。こんなにも儚くて、今にも消えてしまいそうなくらい脆い黎の姿なんて見たことがない。
僕は彼女へ手を伸ばそうとして、双葉とモルガナに阻まれる。双方、僕に対して強い怒りを覚えている様子だった。「吾郎の大馬鹿野郎!」と、双葉とモルガナは僕を詰る。
「レイはな、オマエのことが心配なんだよ! ワガハイ、オマエに言ったよな!? 『オマエに何かあったらレイが悲しむ』って! オマエはもっと自分のことを大事にしろ!」
「わたしにとって、黎は大事な家族だ! わたしに命をくれた恩人であり、大好きなおねえちゃんだ! わたしのおねえちゃんを泣かせるような真似をするなんて許さないぞっ!」
「2人とも……」
反省しろと言いたげに、双葉とモルガナは僕を睨みつける。たじろいだ僕の視線の先には、“ジョーカー”に抱きすくめられておろおろする“明智吾郎”の姿があった。縋りつくような抱擁に、どう答えればいいのか分からない様子だ。マトモに人付き合いをしていなかった弊害が出ている。
あの様子の“明智吾郎”に助けを求めても無意味だろう。僕は“彼”に助力を求めることを早々に諦め、黎に向き直る。双葉とモルガナは僕を阻むのをやめて道を開けた。俯いて肩を震わせる黎の頼りない姿が露わになった。今にも消えてしまいそうに感じたのは気のせいではないらしい。
占い師の御船が言っていた――破滅の運命を変えてきた――ような不敵さも強さもなかった。いくら度胸MAXライオンハートであろうと、黎だって人間だ。大胆不敵な怪盗――頼りがいのあるリーダー――の仮面の下に、恐怖や怯えを隠していてもおかしくない。
“ジョーカー”の目の前で、“明智吾郎”の旅路は途切れる。シャッターを隔てた向こう側で、“僕”は獅童の認知で生み出された自分自身と相打ちになるのだ。
それが11月末なのか、12月の半ばなのかは分からない。けれど必ず、“明智吾郎”はあの場所――シャッターで隔てられた機関室――から先に進むことはなかった。
無言のままボロボロ涙を零す“ジョーカー”の様子からして、すべてが終わった後の“明智吾郎”がどうなったのか、朧げながらに予想がつく。僕が一番考えたくなかった可能性だが、「“明智吾郎”が歩んだ旅路には相応しい末路」と言われてもおかしくはなかった。
それが前倒しになるかもしれない――自身の手の届かない場所で僕が死ぬかもしれない――となれば、“ジョーカー”が危惧するのも頷ける。
11月20日は『“ジョーカー”が“明智吾郎”と命を賭けた化かし合いをする』日だ。認知世界を用いた生還トリックを寸でのところで発動させ、怪盗は生き残った。
しかし、今回は認知を自由に弄り回す『神』の関係者が相手だ。認知世界を用いたトリックは簡単に見破れる。現実世界に干渉されたら最期、敗北は確定だ。
(怪盗団のリーダーを失ってしまえば、怪盗団は詰んでしまう。それだけは避けなきゃいけない)
だから僕は、黎の代わりに囮役を買って出た。「僕なら“現実世界でも顕現できるペルソナを有している”から、智明に襲われても生存のチャンスがある」と、黎を説き伏せて。
(“これ以上、黎に負担かけたくない。危険な目に合ってほしくない。合わせたくなんかない”――……考えていることは一緒なのに、な)
だから、『至さんからヤタガラスを託され、そのペルソナが“現実世界でも顕現が可能”という特徴を持っていた』ことを知ったとき、この力で黎を守れると思った。“明智吾郎”とは比べ物にならない狡猾な悪神の『駒』の元に、黎や“ジョーカー”を向かわせずに済むと思った。
「……ごめん」
僕は謝罪しながら、黎の頬に手を添える。彼女は小さく身じろぎした後、ゆっくり僕を見上げた。
首を動かした拍子に、灰銀の瞳からぽろりと涙が零れる。それでも、彼女は口元を真一文字に結んだままだ。
号泣一歩手前の黎をあやすようにして、彼女の髪や頬を撫でてやる。黎はぐりぐりと頭を擦りつけてきた。
「……分かってる。私の方こそ、ごめん」
服の袖を掴む少女の手に、力が込められた。
惜しみない愛情、悲痛な叫び、一途な祈りが伝わってくる。
僕は黎の頭を撫でた後、左手の手袋を外す。黎が僕に贈ってくれたコアウッドの指輪が、薬指で存在を主張していた。
「約束」
「――うん」
黎は服の下に隠していたチェーンを出す。僕が黎に贈ったブルーオパールの指輪が、存在をひっそりと主張していた。
共に生きる未来を手に入れるのだという決意の証だ。それをお互いに確認し合う。――生きるために戦おうと思った。
「なーモナー。今日はわたしの家に泊まろうなー」
「そうする。ワガハイ、馬に蹴られるのはゴメンだ……」
不意に、双葉とモルガナの声がした。振り返ると、1人と1匹はさっさと屋根裏部屋から去っていくところだった。
僕と黎だけが取り残された屋根裏部屋は、怖いくらいにシンと静まり返っている。僕は黎に向き直り、黎も僕に向き直った。
大切な人の手を取り、絡める。同じ気持ちなのだと訴える。この想いが伝わってほしいと、切に願った。
◇◇◇
………………。
…………。
……。
息を潜める。気配を殺す。果たして俺の予想した通り、俺のペルソナが持つスキル――食いしばりは正しい形で発現したらしい。
後は俺自身の演技でどこまで誤魔化せるかにかかっている。奴が部屋を出ていくまで、身じろぎ1つすることなく耐えていた。
「……現実世界でもペルソナが発現できるようになっていた、ということか? 未覚醒であると言えど、かなりの痛手を被ってしまったよ」
「まあ、結局死んだからどうでもいいが」――と、智明はじっと俺を見つめていた。
奴の中では明智吾郎の死は確定事象のようで、俺の生死をロクに確認しないまま、意気揚々と取調室から出て行った。足音と共に、奴の気配はどんどん遠ざかっていく。地下取調室から反応が消えたのを察知し、俺はどうにか体を起こした。
取調室は文字通りの惨状と化している。机も椅子も原型を残さぬ程派手に変形し、壁にはヒビや亀裂が入っていた。但し、俺の死体は遺るようきちんと調節しているあたりが嫌らしい。俺の死はどのような形に利用されるのか、考えるだけで反吐が出そうだ。
俺が大きく息を吐いたのと、青白い光が舞ったのはほぼ同時。ぼんやりしていたペルソナの姿は、今、俺の目の前ではっきりとした形をとっていた。白い羽毛に赤い目をした3本足の烏。背中には小さな籠を背負っており、中には太陽を思わせるような灼熱の火球が入っていた。
黒い羽毛で首に勾玉を付けた3本足の烏――ヤタガラスとは全然違う姿だ。
俺を真正面から見つめるペルソナは、静かに契約の口上を述べた。
―― 我は汝、汝は我。旅人から意志を受け継ぎし者よ。彼の者から得た答えを、キミは正しく昇華し、キミだけのモノにしてみせた。故に私はキミの力となり、敵対するすべてを灰燼に帰す力となろう ――
「……
俺に名を呼ばれた白い烏のペルソナ――カウは慈しむように目を細めると、俺の肩に停まってすり寄った。どうやら俺に笑いかけてくれたようだ。その眼差しは、俺にヤタガラスを託してくれた保護者――至さんと瓜二つである。
太古の中国には10個の太陽があり、1個ずつ順に天空を旅していたとされる。そんなあるとき、10個の太陽が一度に空に現れ、地上は灼熱の焦土となった。
ゲイという男は太陽を9個まで射落としたが、射落とした9個はすべて
だが、9羽の
「これが俺の新しい力……あの人から受け継いだ想いの権化、か」
「――いやあ、面白いものを見せてもらったよ。世代を超えて受け継がれる想いが、新旧の力を併せ持ったペルソナとして顕現するとは!」
背後から響いた声に振り返れば、そこには1人の高校生が立っていた。七姉妹学園高校の制服に身を包んだ茶髪の青年。見覚えのある面影と違うのは、不気味に輝く金色の瞳と、どこか人間離れした醜悪な笑みを湛える口元である。
「達哉さんの姿で出てくるとはいい度胸だよな。目覚めたばかりのコイツで焼き払おうか? デビュー戦には丁度いい」
「面白い、かかってくるがいい! ……と言いたいが、
高校生――否、達哉さんの姿に擬態した悪神・ニャルラトホテプは、苦労を滲ませたような声色でため息をついた。
だが、奴の醜悪な笑みは消えていない。半分本気で困り果てているようだが、半分はこの状況が楽しくて仕方がない様子だ。
「神取鷹久にも様々な工作をさせていたが、まさか、最後のトリガーをお前が引いてくれるだなんて思わなかったぞ? 感謝している、人の子よ」
「引きたくて引いたわけじゃない。それ以前に、貴様と取引するのは真っ平御免だ。さっさとモナドマンダラへお帰り頂こうか?」
「ハハハハハ! その口調、お前の保護者――空本至を思い起こさせるよ。奴は息災かね?」
「答える義理はない」
俺の感情に呼応するように、カウがニャルラトホテプを威嚇する。身構えたのは“明智吾郎”も同じだった。ニャルラトホテプはいい笑顔で首を振る。
「貴様と戦う気はない。私を偽神から解放してくれた礼だよ」
「お前と取引する気はないと言っているだろう」
「取引ではない。礼だと言っているだろう? まったくもう」
ニャルラトホテプは不機嫌そうに唇を尖らせた。身構える
曰く、「フィレモンが生み出した化身にちょっかいをかけて悪神へ転化させることに成功したが、悪神が自身を『唯一絶対の神』だと信じ込むようになり、その理論を振りかざしてニャルラトホテプを取り込んだ。自分は奴が生み出した化身のエネルギー源として使われていた」のだと言う。
何てことはない、自業自得だ。コイツはフィレモンの化身にちょっかいをかけることで悪神を作り出した結果、自分が作り出した存在によって取り込まれてしまった。ニャルラトホテプは身動きが取れなくなり、悪神から力を搾取され続けていたのである。奴は口八丁を用いて神取を呼びだし、自身の脱出のために暗躍させていたようだ。
奴は智明から逃げ出す際、自分が逃げたことを察せられぬように細工をしてきたという。そのため、力の大半を置いてきたらしい。
ついでに、智明が俺の生死をロクに確認せず去っていったのも、ニャルラトホテプが施した細工の恩恵だという。
「暫くはフィレモンと同レベルになってしまう」とぼやいたニャルラトホテプは、心底楽しそうにしていた。
「しかし、偶には
「は?」
「――見ていろヤルダバオト。
それだけ言い残し、奴は一方的に姿を消してしまった。取調室に残されたのは、傷だらけでボロ雑巾状態となった明智吾郎ただ1人である。俺が部屋の床に尻もちをついたのと、周防兄弟の反応が近づいてきたのはほぼ同時だった。
慌てるような足音が聞こえてくる。程なくして、足音が消えるのと入れ替わりに扉が開かれる。そこにいたのは周防兄弟だけではない。冴さんもいた。冴さんは呆気にとられた様子で取調室を見回し、戦慄する。周防兄弟はペルソナを顕現し、俺の傷を癒してくれた。
ニャルラトホテプというイレギュラーはあったものの、初期の計画通り、俺は冴さん主導の下外へ連れ出された。程なくして、『怪盗団のリーダーを名乗る少年が死亡。仲間割れの疑いアリ』というタイトルでニュース速報が流れる。明智吾郎の名前は一切出てこなかった。
パーカーを深く被り、四角い淵の分厚い伊達眼鏡をかけ、ジーンズを穿いたラフな格好で移動している間、俺を明智吾郎と見破った人間は1人も存在しなかった。
周囲に気を配りつつ、僕と冴さんはルブランへ帰還する。強制捜査は冴さんが権限を使って怪盗団側に便宜を図り、捜査でやって来た連中は佐倉さんが追い返していたらしい。
「吾郎!」
扉を開けて店内へ足を踏み入れた瞬間、僕の身体に何かがぶつかって来た。その衝撃を受け止める。
正体は有栖川黎その人だった。僕の存在を確かめるようにして、彼女はぎゅうぎゅうと抱き付いてくる。
それを皮切りにして、怪盗団の面々が僕を取り囲んだ。誰も彼もが、作成が成功したことを噛みしめて笑っていた。
「よかった……! 本当によかったー!」
「勝率五分五分って聞いてたときは大丈夫かって思ってたけど、思ってたけど……ッ!」
「チクショーこの野郎! ヒヤヒヤさせやがって!」
僕に投げかけられる言葉のすべてが優しくて、温かくて、じわじわと込み上げてくるものを感じた。
泣き顔はブサイクなんだなと考えたら、“明智吾郎”は僕を咎めるように睨みつけてきた。だが、“奴”はボロ泣きしながらぎゅうぎゅう抱き付いてくる“ジョーカー”をあやすので手一杯になったようだ。不器用ながらも、“彼”は“ジョーカー”の頭を撫でる。
「――
――
黎と“ジョーカー”はふわりと微笑み、
思えば、ルブランでは僕が黎の帰りを待っていて迎える方だった。ルブランは黎の帰る場所だから、彼女を「おかえり」と迎えるのが当たり前だった。でも、僕の方がルブランで「おかえり」と迎え入れられたことはなかったように思う。
そう考えたとき、「おかえり」という言葉に強い歓喜を抱いた理由に思い至った。僕はちらりと視線を向ける。案の定、“明智吾郎”のブサイクな泣き顔があった。先程よりも酷い有様になったのは、母以外の誰かに「おかえり」と迎えられた経験がなかったためだろう。
しかも、“自分”に「おかえり」と声をかけたのは、他ならぬ“ジョーカー”だったのだ。喜びを通り越して感極まり、情けなさを露呈させるのは当然と言えよう。何も言わず“ジョーカー”を抱きしめている“明智吾郎”から視線を外し、僕は黎に向き直った。
黎に触発されたのか、他の面々も口々に「おかえり」と
怪盗団の仲間たちから迎え入れてもらえる奇跡を噛みしめて、
―― ……
「――
――
***
冴さんの情報曰く「僕のことは、“犯人が獄中自殺した”ということで決着がつきそうになっている」とのことだ。上層部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているという。そんな中でも、獅童の子飼いである特捜部長は無理矢理幕引きを図ろうとしているらしい。
だが、そのために強硬手段を行使する様子が、かえって周囲の不信感を倍増している様子だった。中には、特捜部長に疑惑の目を向けている者もいるらしい。以前から奴にはきな臭い噂が漂っていたという。これ以上状況が悪化した場合、特捜部長も獅童によって切り捨てられる可能性がある。
「これが獅童の関係者のリストです。その中でも高い地位を持っている奴らを優先的に『改心』させておけば、奴の悪事を明るみにしやすくなるはず」
「検察の特捜部長、現職大臣、ヤクザ、マスコミ関係者……文字通り、権力のデパートじゃない」
「こんな繋がりがあったら、文字通り“日本を牛耳る”ことができるわね……」
僕の情報を確認した真と冴さんは遠い目をした。冴さん自身もまた、獅童にとって都合のいい『駒』にされかかった1人である。あまりいい気はしないだろう。
怪盗団の面々も、僕がどんな相手を『改心』させようとしていたのか――その強大さを改めて感じ取ったらしい。特に黎は、獅童によって冤罪をでっちあげられた被害者なのである。問答無用のスピード有罪を思い出し、剣呑な面持ちとなっていた。
丁度そのとき、ルブランの外から演説が聞こえてきた。「次世代を担う若者」云々と語る獅童の話が通り過ぎていく。次世代を担う若者に何をしたのか、奴は分かっているのだろうか? 外の聴衆は拍手喝采だろうが、僕らは奴の本質を知っているから苛立ちしか湧いてこない。
獅童正義は自分の邪魔になりそうなものは情け容赦なく潰してきた。だが、奴が黎に冤罪を着せたとき、奴の政治基盤は盤石なものだったはずだ。小娘1人に相手にされないだけで政治基盤が揺らぐはずもない。それとも、強姦未遂で自分が捕まることを恐れたのか?
獅童なら普通に握り潰し、事件自体をなかったことにすることだって容易なはずだ。
なのに奴は、自分の言いなりにならなかった黎の人生を破滅させようとした。
「獅童の『改心』と並行して、こいつらの『改心』もできればいいんだけど」
「どちらもスピード勝負になるってことか。期限は?」
「確か、総選挙が12月18日だっけ?」
「うん。その日の夜には開票・集計されて結果が出るはずだよ」
真が顎に手を当ててため息をつく。祐介の問いに答えたのは竜司であるものの、彼は自分の記憶力に自身がない様子だった。春の補足を受けて、竜司は安心したように頷く。
現時点では獅童正義を代表にした新党がぶっちぎりの人気らしい。もしこのまま獅童の率いる新党が議席数を獲得し、奴が当選すれば、文字通り強権政治となるだろう。
獅童が日本の総理大臣になってしまえば、奴は本格的に怪盗団の残党処理に取り掛かるだろう。全員不慮の事故で消されるはずだ。奴には獅童智明というペルソナ使いがいる。
いや、消されるのが怪盗団だけならまだマシな部類だろう。下手をすれば、怪盗団や精神暴走事件絡みの案件を追いかけていた冴さんだって危うい。社会的制裁だけで済めば御の字だろうが、それで満足できずに手を下そうとする危険性がある。
獅童と以前から因縁のある佐倉さんもまた、獅童の性格を知る人間の1人だ。自分の権力を盤石にし、自分に異を唱えようとする人間を処分しようと考えたとき、そのリストの中に佐倉さんが含まれてしまう可能性だって捨てきれなかった。
それでも、冴さんと佐倉さんは、僕たちに協力することを約束してくれた。前者は僕の死亡宣告を始めとした様々な方面で便宜を図ってくれ、後者はルブランそのものをアジトとして使う許可を出してくれたのだ。そのためなら、店を丸一日休みにするそうだ。
「そうじろう、大丈夫なのか? その、赤字で倒産とか……」
「心配すんな。その程度の損害で潰れるくらいなら、喫茶店経営なんてやってねえからよ」
伺うような双葉の問いかけに、佐倉さんは不敵な笑みを浮かべて親指を立てて見せた。保護者として頼もしいと思う。
「そういえば、お前さん。保護者から伝言だ。『“南条財閥から依頼が入り、明智吾郎はその協力のため、保護者共々御影町に向かった”ことになってる。学校には話は通してあるし、出席日数も大丈夫だから心配しなくていい』ってな」
「そうですか。ありがとうございます。……そうなると、暫く身を隠さなきゃな……」
「その話なんだが……お前さん、往く当てがないならルブランへ来ないか? その方が黎も安心するだろうし、もう荷物もここに届いてるんだ」
佐倉さんの申し出に、僕は目を丸くした。
思わず黎に視線を向ける。彼女は静かに笑って頷いた。
ルブランの屋根裏部屋で寝泊まりするのは初めてではない。佐倉さんには内緒――彼が来るよりも先に店を出て始発帰りする形――で、何度も朝帰りをやらかしている。それを把握しているのはモルガナだけだろう。
僕はモルガナに視線を向けた。黒猫の目は死んだ魚みたいに濁っている。彼は「覚悟はしてたさ……。この数日間、寒々しいコンクリートジャングルで夜を明かす覚悟はな……」と呟きながら、煤けた笑みを浮かべていた。
その言い方だと、僕が“屋根裏部屋に泊まると、毎回黎を抱き潰している”ように思われるのでやめてほしい。僕がツッコミを入れるより先に、双葉と春が「何かあったら泊まりにおいでよ」とモルガナへ助け舟を出した。
感極まって泣き出すモルガナを横目にしつつ、僕は佐倉さんと黎に頭を下げた。佐倉さんは苦笑しつつ、やっぱりいつものように「節度は守れよ」と付け加えた。何かを察した冴さんがげんなりとした表情を浮かべ、頭を抱える。わずか数秒の間に疲れ切ってしまったようだ。
とりあえず、今日は夕食をルブランで食べてお開きとなった。仲間たちが店から出ていくのを見送り、佐倉さんからいつも通り「節度は守れよ」とお達しを貰い、モルガナが店から脱兎のごとく飛び出していくのを見送り、僕と黎は屋根裏部屋へと足を運んだ。
見慣れた部屋のベッドの近くには、敷布団用のマットが敷かれている。おそらく僕らには必要ない産物だが、一応用意しておいてくれたのだろう。とりあえず、マットはそのままにしておくことにして、僕と黎はベッドに腰かけた。
離れていた時間は丸1日程度だというのに、長い間触れ合えなかったような感覚。死ぬか生きるかの瀬戸際にいたが故に、こんな気持ちになっているのだろうか。僕は黎の手を取り、指を絡ませる。黎はふわりと微笑み、手を握り返してくれた。
「生きてる」
「うん、お互いに。……山場の1つは越えたね」
黎はほっとしたように息を吐く。僕も頷き返した。
本来、11月20日に生死の境目に立たされるのは“ジョーカー”の方だった。だが、僅かとはいえ獅童智明に対抗できる要素――現実世界でのペルソナ行使が可能になった僕が代わりにその勝負に挑み、どうにか勝ちを拾って帰って来た。
次に待っている勝負は11月末~12月半ばにおける“明智吾郎”の
あのときの“明智吾郎”と今の僕では、状況は完全に違う。僕は誰も殺していないし、徹頭徹尾怪盗団の人間として認知世界を駆け抜けてきた。
“明智吾郎”がいた機関室で、“明智吾郎”不在を埋めるために立ちはだかりそうな難敵は2人。1人は獅童智明、もう1人が神取鷹久だ。
前者は僕が生きていたことを知ったら確実に動くし、後者は冴さんの一件で休んだ分、双方から働かされそうである。
それに、智明からニャルラトホテプが解放された神取の場合、もう獅童についていく理由がないのだ。ニャルラトホテプが須藤竜蔵を切り捨てるために動いた際、その下準備として、奴は海底洞窟で至さんや舞耶さんたちの前に立ちはだかったことが脳裏をよぎる。
神取自身が『ニャルラトホテプから解放されたかった』こともあったのだと思う。でも、だからこそ、奴は手を抜かず、元ゴッドの力を存分に振るった。至さんや舞耶さんたちを苦しめたのだ。『前座である
「……厳しい戦いになるだろうね」
「でも、負ける気はない。そうだろ?」
僕と黎は不敵に微笑み合う。全てが始まったのは2年前のことで、黎が獅童に冤罪を着せられて上京してから1年が経過しようとしている。
黒幕である獅童正義の喉元に手が届くまで、随分と長い時間が経過した。同時に、奴の背後には認知を操る『神』も控えているのだ。
繋いだ手だけでは足りなくなって、僕は体の向きを反転させる。そのまま黎を抱きしめた。黎も否定することなく僕の背中に手を回し、甘えるようにすり寄って来る。それが酷く嬉しい。
今、僕は生きている。黎も、ここで生きている。それを感じたくて、黎にも感じて欲しくて堪らない。黎との一線を越えて以来、我慢が効かなくなってしまったように思う。僕はひっそり苦笑した。
モルガナの悲痛な覚悟にツッコミを入れようとしていた心境はどこへやら。結局、彼の覚悟と気遣いは間違っていなかったようだ。僕以上に僕のことを知られているとは奇妙なものだ。
「ねえ、黎」
「何?」
「触れていい?」
「……私も、触れていい?」
お互い同じことを考えていたらしい。相手も、相手の双瞼に映し出された己自身も、笑みを深くする。そのまま互いの距離が近づいて――次の瞬間、黎のスマホがSNSのメッセージを告げた。
黎は繋いだ手を名残惜しそうに話すと、スマホへ手を伸ばす。メッセージを送ってきた相手は、以前顔を会わせた“黎の協力者たち”だった。彼らは口々に『怪盗団のリーダーの“少年”が死んだってニュースが入った。黎の身代わりになりそうな相手はこの前会った婚約者ではないのか? 婚約者は無事か?』とメッセージを書き込んでいく。
それに対して律儀、且つ、馬鹿正直に『婚約者は無事です。一緒にいます』とメッセージを送り返す黎も黎だが、みな一斉に『婚約者が無事でよかった。自分たちは怪盗団の無実を信じている。婚約者共々負けるな』と返信してくる協力者一同も一同だ。中には『結婚式には是非とも呼んでください(意訳)』というものもあった。主に三島。
「黎は愛されてるなあ」
「違うよ。吾郎が愛されてるんだよ」
「ごめん。正直な話、ちょっと妬いた」
「私も現在進行形で妬いてる」
「「あはははは」」
なんだか笑いが込み上げてきて、そのまま笑い転げる。先程のような甘ったるい空気はなくなってしまったけれど、それは悲しいことではないのだと分かっていた。
悪戯っぽく笑い合って、手を取り合って、互いの温もりに浸る。先の欲望には届かない程にささやかな触れ合いだというのに、今は酷く満たされるような心地だった。
大丈夫。きっと大丈夫。だって僕の隣には黎がいて、黎の隣には僕がいる。僕らの周りには怪盗団の仲間たちがいて、支えてくれる人たちがいるのだ。きっと負けない。
たとえ相手が獅童正義だろうと、『神』だろうと、絶対に負けない。負けるつもりがない。
温かくて小さな世界を――僕たちの大切な人が生きるこの場所を、守りたいと願った。
◇◆◆◆
「父さん、吾郎のことなんだけど……」
「……やはり、あれはハズレだったな。私に歯向かうだけでなく、智明にまで傷を負わせるとは」
「俺は別に平気だよ。すぐ治せるし。……でも、俺、吾郎に『兄さん』って呼ばれてみたかったな。弟と一緒に、色々なことをしてみたかったよ」
「智明……」
「そんな顔しないで、父さん。父さんを破滅させようとしたあいつが悪いって、ちゃんと分かってるから。俺はいつだって、父さんの味方だからね」
「……ああ。やはりお前は、私の自慢の息子だよ。智明」
「誇らしいな。父さんにそうやって褒めてもらえるだなんて」
「だからこそ、言わせてくれ。……もうこれ以上、無茶をするな。お前は愛歌の忘れ形見で、私のたった1人の息子だ。だから――」
「――……うん、ありがとう。もう、あんな無茶はしないよ。父さんを1人ぼっちにしないから。父さんを悲しませるようなことはしないから。だから、悲しそうな顔しないでよ」
「そうだな。……いかんな、お前の母のことを思い出すと、つい弱気になってしまう。――考えてしまうんだ。“今ここに愛歌がいたら、私やお前にどんな言葉をかけてくれたのだろうか”と」
「きっと、喜んでくれるよ。親戚の人たちが言ってたんだ。『母さん、亡くなる間際までずっと父さんの名前を呼んでた』って」
「……そうか」
「だから、勝とう。勝って、母さんに報告しよう。『これでもう、誰も父さんに文句を言う人はいなくなった。父さんは立派な人になったんだ』って。俺も頑張るから」
「――ああ、そうだな。全てが終わったら、愛歌に報告しに行こう。それから、親子水入らずの時間を過ごそう。智明、お前はどこへ行きたい?」
「デスティニーランドがいい。写真だけど母さんも連れて、3人で行こう」
「遊園地、か。他にはどこへ行きたい? どこへでも連れて行くさ」
「本当? 嬉しいな。父さん、男同士の約束だよ!」
「ああ。男同士の約束だ」
◆◇◇◇
下宿先のルブランは、今日は閑古鳥が鳴いている。表向き死んだことになっている僕は、誰もいない屋根裏部屋に閉じこもって時間を過ごしていた。婚約者の部屋で丸1日過ごすというのも、ある意味“忍耐が必要”だということが分かった。詳しくは語らないし語れそうにないが。閑話休題。
僕を除いた怪盗団の面々は学生として大人しく生活していた。黎はモルガナと一緒に登校していったため不在である。時間潰しになりそうなこと――学校から出された特別措置用の課題(出席日数が足りないときは、この課題を提出すればいいという教師側の配慮だ)を片付けたり、黎からゲームや本を借りたり、怪盗団の面々からDVDを借りたり――は粗方試してみたが、あまり時間経過していないように感じる。
こういうときに限って、時計が気になって仕方がないのだ。何度も確認しているが、短針や長針はおろか、秒針ですらなかなか動いてくれない。TV番組は全部『怪盗団のリーダーを名乗る少年、獄中自殺』という文字が躍ってばかりだ。何も知らないコメンテーターは『犯罪者に相応しい末路だ』と辛口批評を繰り返している。全然面白くない。ネットも同じような話題で盛り上がるのみだ。はっきりいって、つまらない。
僕がそんなことを考えていたとき、客の来訪を告げるカウベルの音が鳴り響いた。
「いらっしゃい。……アンタ、また来たのか」
「マスター、いつものを頼む」
「チーズケーキとコーヒーだな? はいよ、少々待ってくれ」
聞き覚えがある声に、僕は思わず階段を下りて店内を覗き込んでいた。そこにいたのは、サングラスをかけて高級スーツに身を包んだ神取鷹久その人だった。
佐倉さんの物言いからして、神取はルブランに何度も足を運んでいたらしい。「いつもの」という言葉でチーズケーキとコーヒーが出てくる程通い慣れていたようだ。
チーズケーキをしかめっ面で食べ進めながら、凄まじい速さでコーヒーを飲み干していく。コーヒーの追加注文が入る度、佐倉さんの機嫌が鰻登りになっていった。僕が覚えている範囲で、神取がコーヒーをお代わりした回数は8杯が最高である。最低でも6杯はお代わりする程であった。閑話休題。
「おや、明智吾郎くんじゃないか。こんな時間帯にルブランで顔を会わせるとは奇遇だな」
「は? 何言ってるんだ。コイツは明智吾郎じゃないぞ。第一、こんな寂れた店にヤツのような有名人が来るはずがない」
神取は僕に気づいたようで、口元に柔らかな笑みを浮かべて声をかけてきた。それを聞いた佐倉さんは表情を剣呑なものにし、「人違いだ」と首を振って僕を庇おうとする。
佐倉さんは神取が何者であるかを知らない。いや、現在の肩書を知ったら、速攻追い返そうとするだろう。嘗ての肩書を名乗られたらそれはそれで困惑するだろうが。
睨みつける佐倉さんの眼差しなんてなんのその。神取は「明智くんとは旧知の仲なのでね。見間違えるわけがない」と自信満々に言い切る。案の定、佐倉さんの警戒度が上がった。
「……アンタ、一体何者だ?」
「安心し給え、マスター。私もまた、世の中では“死者”にカテゴライズされる存在だ。亡霊の言葉など、生者には聞こえまいよ」
「…………」
「不安に思うのは当然だな。――では、神取鷹久という名前に聞き覚えは?」
「か、神取鷹久だって!?」
12年前は官僚として勤めていた佐倉さんは、神取鷹久が御影町で起こした事件――セベク・スキャンダルについて知っていたらしい。同時に、事件の首謀者が最後はどうなったかも、あの様子からして知っていたのだろう。これで、佐倉さんは神取の言葉を理解したようだ。
“自分の目の前でチーズケーキとコーヒーを頼み、チーズケーキをしかめっ面して食べ進めながらコーヒーを6~8杯お代わりする上客の正体は、12年前に死んだはずの男だった”――一般人からすれば超弩級のホラーである。佐倉さんは反射的に後ずさった。
「珍しいな。あんたが自分の正体を一般人の前で明かすなんて」
「獅童正義の私設秘書・神条久鷹じゃあ門前払いを喰らうだろう? なら、死者である神取鷹久が化けて出たという名目で入店するしかないじゃないか」
「そんな発想に走るとは思わなかったよ。天下のセベクCEOにしては茶目っ気たっぷりじゃないか」
「それとも、須藤竜蔵の私設秘書の方がよかったかね?」
「それもそれでダメだと思うぞ」
「…………お前ら、意外と仲いいんだな」
軽口を叩き合う僕と神取の様子を目の当たりにして、佐倉さんは口元を引きつらせていた。
怪訝そうな顔をする佐倉さんに、僕と神取の因縁について軽く説明する。セベク・スキャンダル発生時にセベクで対峙したこと、珠閒瑠市で対峙したことを話せば、「もう何でもありかよ」と言って頭を抱えてしまった。僕は(不本意ながら)経験者の為慣れてしまったが、死人が生き返るというのも頭が爆発する系の理不尽であった。閑話休題。
では、12年前に死んだはずの亡霊が、明智吾郎に何の用なのか。僕が問えば、神取はコーヒーを飲みながら愚痴をこぼし始めた。「自分が憑りついている相手は、獅童正義の私設秘書でな」との皮切りであったが、明らかに獅童正義の私設秘書・神条久鷹として語っている。狂言回しにしてはあまりにも明け透けなため、かえって佐倉さんが困惑してしまった。
「獅童正義は『日本は沈没寸前だから、自分が船頭になって舵取りをしなければならない』と言って憚らない。あの様子だと、奴は“日本という国の船長”をしているつもりなのだろうな」
「船頭に舵取り、船長……」
神取は愚痴の体で発現しているが、その内容は回りくどいヒントだった。イセカイナビで獅童のパレスに入るためには、“獅童がパレスを何と認識しているか”の『キーワード』が必要である。神取はそれを僕に伝えてくれたのだ。
佐倉さんもイセカイナビに関する話は聞いていたから、ハッとした顔で僕に視線を向ける。僕は小さく頷き返した。僕らの様子を見た神取が満足げに頷き、コーヒーのお代わりを要求する。佐倉さんは即座に返事をし、コーヒーを淹れた。
しかめっ面でチーズケーキ――石神千鶴と所縁のある品物――を食べ終えた神取は、暫くコーヒーをお代わりして啜っていた。運がいいのか悪いのか、今日は神取以外の客が店に入ってくる様子はない。今回はお代わりの最高記録を更新し、現在12杯目だ。
600~700円近いコーヒーを12杯も飲み進めるお客の存在に、佐倉さんはニヤつきが止まらないようだ。亡霊だろうとお金を落としてくれる相手のことは嫌いになれないらしい。
黎たちが帰って来たら、ルブランは店じまいをするのだ。利益が望めないときに、神取のようなタイプの上客がやって来たら――うん。誰だって嬉しいはずである。
「……
そろそろ黎たちが帰って来る時間帯だろうか――僕がそう思ったとき、神取がぽつりと呟いた。
「ここのコーヒーは絶品だったからな。正直名残惜しいのだが、
「神取……」
「悲しむことはないよ。
「キミならば、私の気持ちが分かるはずだ」――神取は静かに笑って
今の
僕が「同意はしないぞ」と言い返せば、神取は「それでいい」と嬉しそうに笑う。眼球は存在しないはずなのに、サングラスの奥にある空洞が優しく細められたような気がしたのは、僕の見間違いではないのだろう。
神取は13杯目のコーヒーを飲み干すと、お勘定を支払ってそのまま立ち去ってしまった。僕は彼の背中を見送る。
次に神取と対峙するときは、奴と戦うときだ。『神』の『駒』として死後も玩具にされた男の、数奇な旅路を思う。
それと入れ替わるような形で、黎たちがルブランに帰って来た。冴さんも一緒らしい。佐倉さんが早速店の看板をクローズにする。黎たちは方針通り、獅童の『改心』を行うための下準備を行おうとしていた。
勿論、パレス侵入の際に障害となるのはキーワードである。黎や怪盗団の様子からして、獅童正義の認知がどんな風に歪んでいるのか見当がついていないようだ。
おそらく僕も、神取の愚痴がなければキーワードを見つけるのに時間がかかっただろう。パレス攻略に関して、“明智吾郎”はあまり口出ししないからだ。
“彼”が最優先事項としているのは『11月末~12月中旬にかけてに発生する破滅の回避』。黎/“ジョーカー”と共に『生きる』ことを選んだのだから、当然だろう。
「獅童は、演説でよく『この国は沈没寸前』とか『舵取り』とか言ってたよね」
帰ってくる直前に、獅童の街頭演説を聞いていたのだろう。黎がピンポイントでキーワードのヒントを見出した。僕も頷く。
「キーワードに関する話題なんだけど、ついさっき、神取鷹久が店に来たよ」
「神取鷹久……? ちょっと待って明智くん。どうして12年前に死んだはずの男の名前が出てくるの!?」
「はぁ!? ちょ、大丈夫なのか!?」
冴さんは佐倉さんの二番煎じと化し、竜司が面々を代表して驚きの声を上げる。
冴さんには佐倉さんが僕と神取の因縁をかいつまんで説明し――説明を聞き終えた冴さんは天を仰いでため息をついた――、竜司たち怪盗団には神取から齎された情報を開示する。
神取は『船』に関連するワードを口走っていた。獅童の演説内容に使われる言葉とも合致している。国会議事堂を船扱いする男の認知がどれ程のモノかを想像することは難しい。
実際に行ってみなければ、認知の歪みがどうなっているかを確認することなど不可能だ。「今回はパレスの下見に行く」と纏まったらしい。国会議事堂へ向かうことが決まった。
「獅童のパレスには、奴の『駒』や神取が控えていると思う。双方共に本気で襲い掛かって来るだろうから、下準備はしっかり行った方がいい」
「確か、わたしのパレスを攻略していたとき、黎たちは初めて神取と戦ったんだよな? どんな感じだった?」
「かなりギリギリの戦いを強いられたな。しかも、あのレベルで戯れであることは容易に予想がついた」
僕の注意を聞いた双葉が仲間たちを見回し、神取の強さについて訊ねる。祐介が沈痛な面持ちで、当時のことを思い出しながら答えた。僕も、御影町や珠閒瑠で対峙したときのことと比較しながら、ピラミッドでの神取のことを思い返した。
神取鷹久という男は、御影町では航さんたちを、珠閒瑠市では舞耶さんたちを追いつめた凄腕のペルソナ使いである。ニャルラトホテプに見いだされる程の実力を有していたことは確かだった。奴の在り方は、幼かった頃の僕でも忘れられない程、鮮烈に焼き付いている。
「神取鷹久は“悪役の美学を貫く男”だ。対峙する人間に対し、『私を斃せなければ世界は救えない。世界を救う覚悟はあるか?』と問いかけてくる。……御影町では、そうやって至さんや航さんたちの前に立ちはだかったんだ」
「……それって、期待されてるってことなの?」
「随分と回りくどい性格をしているのね。……ピラミッドの時点で分かり切ったことだけど」
黎の話を聞いた杏が首を傾げ、真が面倒くさそうにため息をついた。この2名は、ピラミッドで神取と初めて戦ったとき、神取の言動にツッコミを入れた張本人だったか。
神取鷹久の辿った運命や境遇からして、狂言回しのような態度は仕方のないことなのだろう。自身に与えられた役割に殉じる傍ら、自分の正義を貫き通した稀有な男だ。
たとえ悪神の『駒』から逃れることができずとも、自分を悪役に仕立て上げることで“悪神を討つペルソナ使いたち”を見出し、彼らの成長の糧となる形で滅ぼされるのだ。
彼の人生を幸福とは言い難いだろう。でも、彼の人生は不幸という単語で片付けていいものとは思えない。
神取は確かに、若きペルソナ使いを――自身の希望となり、世界を救うであろう存在を見出した。彼らに未来を託したのだ。
満足げに笑って力尽きた男――あるいは、同士共々海底洞窟に沈んでいった男の姿を思い出す。そこには一点の曇りも後悔もなかった。
「まあ実際、カンドリの野郎を斃せなきゃ、シドーや『神』に勝てるとは思えないけどな」
ニャルラトホテプ関連には例外なく厳しいモルガナは、殺意にも等しい敵意を見せていた。フィレモンの関係者という部分が悪い方面に現れているように感じたのは気のせいだろうか? ……最も、彼の意見は何一つ間違っちゃいないが。
「実際にお会いしたことはないのだけれど、話を聞く限り、神取という人は真っ直ぐな性格なのね。自分がどんな状況に置かれようとも、自分の為すべきことを見失わないんだもの」
「自分のことを“立ちはだかる障害である”と認識しているが故の行動なのかもしれない。賛同はできないけど、彼の在り方も確かな正義だと言えるだろうね」
春の分析を聞いた黎も、セベクで対峙した神取の姿を思い出していたのかもしれない。灰銀の眼差しは、どこか遠くを見つめていた。“明智吾郎”の経験則上、「たられば」の話が無意味であることはよく知っている。
それでも夢見てしまうのは、神取が体現した“悪役の美学”に自分たちとの共通点――揺らがない正義を見出したためだ。たとえ同調することができずとも、賞賛することができずとも、その生き方は「間違いではなかった」と認めることができたためだ。
獅童正義と神取鷹久だったら、僕は間違いなく後者を選ぶ。神取は、悪神に見いだされても奢ることなく、自暴自棄になりながらも自らが成したかったことを成し、間接的に世界を救う手助けをやってのけたのだから。犠牲の概算度外視という点は、双方共にどっこいどっこいだが。閑話休題。
人間側の黒幕――獅童正義との決戦が近づいている。これが片付けば、最後は『神』が動き出すだろう。どのような形で動くかは未知数だ。油断はできない。
今から8か月前の4月。怪盗団が結成される事件となった鴨志田の事件が発生した出来事は、遠い昔のことのように思える。僕たちはいつの間にか、とんでもない場所に辿り着いてしまったらしい。
感慨深い気持ちになった僕を現実へ引き戻すかのように、仲間たちは雑談を切り上げた。目的地は国会議事堂――および、獅童正義のパレスである。早速戦場へ赴こうとする僕たちを、佐倉さんと冴さんが呼び止めた。何ごとかと振り返ると、2人は静かに目を細めて一言。
「――行ってこい。無事に帰って来いよ」
「――行ってらっしゃい。頑張って」
「――行ってきます」
僕たちは不敵に微笑み返し、ルブランを後にした。
戦いに勝って、ここへ帰ってくるために。
魔改造明智の生還~獅童パレス攻略開始まで。保護者から譲り受けたペルソナが魔改造明智仕様に最適化され覚醒しました。元ネタは真メガテン4FINALに登場する悪魔、凶鳥:カウ。漢字表記では
「神話準拠」と「保護者の特性を色濃く継いだペルソナにしよう」と思い至って拙作用の改造を施した結果、双葉が分析したようなタイプのペルソナとなりました。得意な魔法属性攻撃は元ネタに忠実、射撃攻撃および物理突属性系列に特化したのは保護者の影響となっています。初期構想では保護者と同じヤタガラスでした。
思うところがあったので29話の一部を加筆修正し、フラグの整理をしました。今後はもう少しきちんとした形でフラグ回収できるようになりたいですね。今回のニャルラトホテプは『神話のトリックスター』としての振る舞いをしています。結果、魔改造明智の命が救われました。但し、動機は「悪神がムカツク」のと「そっちの方が面白かったから」。
神取からはパレス絡みの情報と、「次会ったら本気で戦うから(意訳)」宣言が来ました。どのタイミングで彼と戦うことになるかについては、もう暫くお待ちください。神取や智明も本格的に戦うことになりますので、魔改造明智と彼らの戦いに関しても、生温かく見守って頂ければ幸いです。