Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・城戸玲司の妻に関してのねつ造設定あり。


神話覚醒
俺の大切な人が厄日過ぎる件について


 今日も今日とてルーチンワーク。授業に出て出席日数を稼ぎ、探偵としての情報収集や調査を行い、時には冴さんの司法修習生(予備)として一定の成果を挙げる1日が始まる。

 当たり前のことだし相変わらずなのだが、俺の手は獅童正義に届かない。霞を掴むような話を追いかけているというのは自覚しているけれど、状況が状況のせいでじれったいのだ。

 この日もまた、この苛立ちを飲み下す日々が続くのであろう。そんな確証を抱きながら、俺はスマホを見つめた。午前中に入ったメッセージを、もう一度確認する。

 

 

“今、秀尽学園に向かう電車の中にいる。東京の電車は凄いんだね”

 

“ラッシュ時の満員電車は、御影町や珠閒瑠じゃお目にかかれない人口密度だ”

 

“頑張ってくる。大丈夫だよ、吾郎。私、絶対負けないから”

 

 

 ……もし普段と違うことがあるとするなら、黎の秀尽初登校日ということだろうか。

 

 冤罪というレッテルを張られ、ルブランの屋根裏部屋で保護観察を受けることになった黎。大人たちによる精一杯の善意は、家主であり保護司の佐倉さんに多大な精神的打撃を与えていた。先日顔を合わせた時点で目が死んでいたのだから当然と言えよう。

 至さんたちを始めとした愉快な大人たち一同による彼へのアプローチは、俺がどうにか説き伏せたことで一先ずの終息を見た。状況によっては再開することもやぶさかではないという条件付きでだ。これで黎が不利益を被ったら本末転倒なのだが、大丈夫だろうか。

 

 南条コンツェルン関係者、桐条グループ関係者、マスコミ関係者、芸能人、警察関係者、裏社会を網羅する探偵、多方面に活躍せんとする現役大学生一同……。

 大なり小なり彼らとコネクションを持ち、且つ、黎のために奮闘する愉快な大人たちの様子に佐倉さんがどう反応するか。吉と出るか凶と出るか、まだ分からなかった。

 ……多分、現時点では凶寄りだろう。黎の冤罪を止められなかった分、みんな必死になったから。必死になりすぎてしまったから。……かくいう俺もその1人だけど。

 

 

「明智くん、どうしたの? 今日はやけに携帯を気にしているようだけど」

 

 

 僕に声をかけてきたのは、僕の上司である新島冴さんだった。彼女は僕がスマホを気にしていることに気づいていたらしい。

 

 ある意味では無関係者であり、且つ、司法関係者である冴さんに、黎のことをどう説明すべきだろうか。余計なことを言って黎に負担がかかるような真似はしたくない。

 それに――冤罪とはいえ――前科者扱いされている人間と繋がっていると知られた場合、冴さんがどんな強硬手段を講じてくるかは未知数である。その矛先が黎に向いたら最悪だ。

 

 

(……俺も、クズに落ちぶれたってことか)

 

 

 黎を守るためと言いながら、俺は何をしているんだろう。黎に冤罪という名のレッテルを張りつけた獅童や、彼女を悪意を込めた目で見つめる連中と同じ思考回路じゃないか。

 獅童正義の不正と戦う最前線にいるという点では、冴さんは味方と見ても良いかもしれない。だが、冴さんと関わる人間が獅童の味方ではないと言い切ることは不可能だ。

 アイツは確実に司法関係者と結びついている。でなければ、1ヶ月という超スピードで黎を有罪にすることなどできやしない。裁判は最速ですら数か月かかるというのに。

 

 そんなことを考えているなどおくびにも出さず、僕は平静を張り付けて答えた。

 

 

「え? あ、その……懇意にしてる親戚の女の子がいるんです。僕より1つ年下なんですけど、事情があって、数日前に東京に越して来たばかりで……それで、今日が初登校日だったから、大丈夫かなーと……」

 

 

 ……嘘は言ってない。同時に真実も言ってない。ただ、我ながら、スマートな答えではなかった。僕はしどろもどろに答えながら、黎のことを考える。

 

 前科者というレッテルを張られた黎の周囲は冷たく厳しい。悪意や奇異の目で見てくる輩だっていよう。それ以上に、謂れのない理不尽が降り注ぐことだってあり得る。

 その原因が俺の実父――獅童正義にあることを、黎は知らない。……いいや、俺が教えていないのだ。“彼女の傍にいたい”という身勝手な理由から。

 俺にとって、黎はいちばん大切な人だ。同年代との友人関係が壊滅していようが、彼女がいてくれれば大丈夫だと思えるくらいに。

 

 今頃、黎はどうしているだろう。秀尽学園高校に馴染めるだろうか。彼女の事件を知った連中から後ろ指を指されたり、事件をネタにして理不尽なことを強いられたリしていないだろうか。直接傍にいられないのが悔やまれる。でも、その選択をしたのは俺自身だ。頭が痛い。……とりあえず落ち着かなくては。別なことを考えよう。

 不意に、この前メールに添付されていた画像が脳裏をよぎった。秀尽高校の制服を身に纏った黎のものだ。七姉妹高校に通っていたときとは違い、黎は黒眼鏡をかけていたか。恐らく、身の安全を考慮した結果、顔を隠せるものとして野暮ったい黒眼鏡が選ばれたのであろう。どちらも魅力的だけれど――いけない、思考回路が脱線してきたぞ。

 

 

「……そう、成程。そういうことね……」

 

 

 冴さんは僕の様子を見て何を思ったのだろうか。

 

 鉄の女とも呼ばれる冷徹な顔が、ほんのわずかに緩んだ気がした。

 まるで微笑ましいものを見るかのような眼差しに、僕は思わず目を丸くする。

 

 

「明智くん。私、正直心配だったのよ」

 

「何がですか?」

 

「大人と渡り合える力があっても、貴方が学生――子どもであることには変わりないわ。でも、ここで仕事してる貴方やメディアに出ている貴方からは、年相応の“らしさ”が感じられなかった。すました顔をして、けれど、とても鬼気迫るくらい張りつめた様子で事件を追いかけていたもの。使っている私が言うのもなんだけど、根詰め過ぎてないかと気にしていたの」

 

 

 そう語る冴さんは、文字通り「お姉さん」と呼べるような女性であった。子どもを見守る立派な大人とも言えるだろう。

 悪戯っぽく細められた瞳は凛々しいままなのに、どこか茶目っ気がある。進展しない捜査に苛立ち、ヒステリックにしている姿からは想像できない。

 

 

「今の貴方は、本当に“年相応”っていう感じがしたわ。青春を謳歌する若者そのものだった。……明智くんは、その子のことが大切なのね」

 

「……はい」

 

 

 反論する理由が一切ないので、僕は素直に頷いた。口に出したからこそ余計に照れ臭くなってくる。そんな僕を見た冴さんは、相変わらず優しい眼差しで僕を見守っていた。時々からかいのネタにしようかと思案している節もあるけれど、基本は見守るスタンスらしい。

 ……成程。これが本来の“冴さん”なのだろう。彼女の気質は“検事であるが故に”味わってきた辛酸や理不尽により、どこか歪んでしまった部分があるようだ。仕事上の冷徹な態度やヒステリック気味な一面は、彼女が持つ本来の“らしさ”を奪われたことが原因であろう。

 だから、嵯峨薫氏は冴さんのことを心配していたのだ。「冴さんこそ、僕のことをとやかく言えないでしょう? 今の冴さんの方が“貴女らしくて”素敵ですよ」――もしこの場に嵯峨薫氏が居合わせたら言いたかったであろう言葉を、僕が代わりに紡ぐ。冴さんは一瞬ムッとしたように眉をひそめたが、どこか懐かしそうに窓の外を眺めた。

 

 

「嵯峨検事……浅井事務官……」

 

 

 彼女の眼差しが何を見ているのか、僕には何となく予想がついた。

 

 嵯峨薫氏とその部下、そうして司法修習生だった冴さんが揃って和気藹々としていた日々。彼と彼女が、純粋に“正義”を信じていられた頃の記憶。

 これは僕の想像でしかなかったし、それを本人たちに尋ねるなんて真似はできない。けど、とても輝かしく、かけがえのない日々だったであろうことは察しがつく。

 

 

「不思議ね。こんなときに、昔のことを思い出すなんて……」

 

 

 冴さんはどこか寂しそうに呟く。こんなときだからこそ思い出したのではないかと言おうとした僕だが、それはなんだか無粋な気がしたのだ。

 同時に、冴さん自身がこの空気に居心地悪さを感じているらしい。今の彼女にとって、正義を信じて燃えていた嘗ての日々は、毒のように思ってしまうのだろう。

 僕の想像する嵯峨薫氏に助力を頼めば“空気を読むな、壊せ”と言われたような気がした。なので、僕は敢えて話題を変え、自ら道化になることにした。

 

 話題ならある。先程のやり取りのことだ。

 

 今の僕は、青春を謳歌する学生だ。

 己にそう言い聞かせて、僕は口を開いた。

 

 

「そうだ、冴さん。ちょっと相談に乗ってほしいんですけど」

 

「何かしら?」

 

「彼女の周辺がひと段落したら、デートに誘おうかなって思ってるんです。遊びになら何度か行ったことあるんですけど、本格的にデートを意識するのは初めてで……どうすればいいですかね? 誘い文句とか――」

 

 

 ――次の瞬間、冴さんの笑顔が凍り付いた。

 

 表面上は確かに笑顔なのだが、目と気配は全然笑っていない。明らかに苛立っている。何に対して? ――僕に対して。

 僕の想像する嵯峨薫氏が「あーあ」とぼやいて肩をすくめたのが見えたのは何故だ。諦めたように視線を逸らしたのは何故だ。

 疑問に対する答えを指示してくれたのは、他ならぬ新島冴検事その人であった。

 

 

「――それを、私に訊く?」

 

「え」

 

()()()()()()()の私に訊くの?」

 

 

 何か、こう、黒いものを背負って、冴さんが顔を近づけてきた。ああ、これには身に覚えがある。航さんに好意を寄せていた英理子さんと麻希さんが、至さんを自分の味方へ率いれようと画策し、迫ったときの笑い方だ。永世中立と答えた至さんの末路を俺は今でも忘れられずにいる。説明? できるはずない。何も語れない。ないったらない。閑話休題。

 デート未経験ということは、冴さんは独り身ということになる。同時に、冴さんは「自分が独り身であることに対して強いコンプレックスを抱いている」らしい。まさかのうららさんタイプ。……成程、僕はとんだ失策をしてしまったみたいだ。どう弁明しよう。何にも出てこない。

 

 だって、いい相手に巡り合えるだなんて言えば「無責任」と詰められることは明らかだし、何も言わなきゃ言わないで雷が落ちてくる。うららさんとの会話で学んだ。

 

 こうなった場合、僕が取るべき行動は1つ。誠心誠意謝罪した後、該当者の気が済むまでサンドバック(比喩)になってやること。実際、至さんが乾いた笑みを浮かべながら粛々とサンドバック(比喩)になっていた姿を何度も見ている。

 嵐に対抗することがすべてではない。時には嵐が去るまで耐えることも必要だ。一番の最善は“嵐が来るのを予期して回避すること”なのだが、自分に迫りくるアクシデントのすべてを予期できる人間なんて存在するはずもない。

 ましてや、対人関係における失言は地図なしで地雷処理をするみたいなものである。しかも、その地雷の威力は触れて見ない限り分からないのだ。触れて喰らって五体満足なら御の字である。致命傷でも即死でなければまだ何とかなりそうか。

 

 

「あの、その、申し訳ありません……」

 

「……いいわよ。貴方にはいつも世話になってるからね」

 

 

 冴さんはこめかみを抑えてため息をついた。口元に浮かぶのは、困ったような笑み。「未経験者の理想で良いなら」と、少し拗ねたような口調で承諾の返事を出す。

 

 但し、目はあまり笑ってない。怒りはまだ収まらないようだ。今ここにいる冴さんの姿が飲んだくれるうららさんの姿と重なってしまったあたり、本格的にサンドバック(比喩)にならなければいけないらしい。

 交換条件だから致し方なし、と、僕は自分に言い聞かせて頷き返した。冴さんは満足げに笑い、彼女の理想とするデート像を語り始めた。それでも仕事の手を止めないあたり、流石と言えるだろう。僕はひっそりそんなことを考えた。

 

 

***

 

 

 案の定、その日の仕事量は普段より倍増した。僕は耐えた、耐えきったのだ。

 

 よろよろとした足取りで検察庁を後にした僕は、スマホを取り出してメッセージを確認した。仕事中は自分のスマホをろくに確認できなかったためである。

 黎は大丈夫だっただろうか。何かメッセージは入っていないだろうか。秀尽学園での生活で何か不都合なことはなかっただろうか。理不尽な目に合っていないだろうか。

 僕がスマホに触れなかった間に、黎はいくつかのメッセージを送って来たらしい。半ば祈るような心地で、僕はメッセージを開いた。

 

 

“変な場所に迷い込んだ。城みたいな場所だった”

 

“私のスマホに変なアプリが入ってたんだ。“イセカイナビ”というやつ”

 

 

(――え?)

 

 

 変な場所――そこは“メメントス”と名付けらた迷宮であり、僕が自作自演の名探偵を遂行するための情報収集に使っている場所だ。

 スマホのアプリ“イセカイナビ”――それは、僕のスマホに入っているアプリであり、僕が自作自演の名探偵を遂行するために使っているものだ。

 

 頭が爆発しそうになる中で、僕はメッセージをスクロールしていく。

 

 

“城で出会った変態に襲われそうになったけど、力が覚醒したおかげでどうにか逃げ延びることができた”

 

“力の名前はペルソナだった。ちょっと毛色は違うけど、至さんたちと同じ能力だと思う”

 

“変態は鴨志田卓という秀尽学園高校の体育教師。おかげで午前の授業を受けられず、午後から授業を受けた”

 

“遅刻した理由はぼかして、『変態に襲われて逃げ惑っていた』と言っておいた。事実だから”

 

“あと、偶然一緒に居合わせたクラスメートがいたんだけど、彼には私の言い訳の証人になってもらったんだ”

 

“ついでに、彼の遅刻理由を『変態に襲われて逃げ惑っていた私を助けてくれたから』ということにしてもらった”

 

 

“それから、私の前歴(冤罪)が、既に学校中に知れ渡っている”

 

“前歴(冤罪)については教師くらいしか知らないので、漏れたとするなら教師からだと推測できる”

 

“まともに接してくれる相手は、私と一緒に変な場所へ迷い込んだクラスメートしかいない”

 

 

 数時間ぶりに確認したメッセージを見て、俺は血の気が引いた。

 

 俺が仕事をしている間に、黎は超絶怒涛な1日を過ごしていたようだ。俺と同じアプリがスマホにインストールされ、メメントスに迷い込み、出会ったシャドウに襲われかけ、俺と同じペルソナ能力を覚醒させた。呪われてるんじゃないかと思うくらいの厄日だ。そうしてダメ押しとばかりに、黎の冤罪が学校中に広まっている。

 居てもたってもいられなくなった俺は、家に帰るのを止めて四軒茶屋へ向かった。彼女の下宿先であるルブランまでの道のりが遠く感じる。ようやっとルブランの灯りが見えてきたとき、迷うことなく扉を開けて店内へと飛び込んだ。店主の佐倉さんが手を止めて振り返る。俺の顔を見た佐倉さんは、ぎょっとしたように目を見開いて後退りした。

 

 

「お、お前さんは確か……!」

 

「黎は!?」

 

「アイツなら今、部屋に――」

 

 

 それだけ聞けば充分である。俺はそのまま階段を駆け上がり、彼女の住居である屋根裏部屋へと乗り込んだ。

 俺の想像した光景よりも随分綺麗な部屋には、簡素なデザインの家具が置かれている。黎はベッドに腰かけて読書をしているところだった。

 客人――特に俺の来訪は思ってもみなかったのだろう。彼女は目を丸く見開いて瞬きをした後、花が咲くような笑みを浮かべた。

 

 微笑む彼女を見た途端、俺の身体から一気に力が抜けた。言いたいことは山ほどあったはずなのに、何一つ言葉になりはしない。

 俺はフラフラと黎の元へと歩み寄り、そのまま彼女を強く抱きしめた。いきなりの行動に、黎が困惑する気配が伺える。

 

 だが、彼女は何となく察したのだろう。俺の背中に手を回し、そのまま胸元に擦り寄って来る。……まるで猫みたいだ。

 

 

「心配してくれてありがとう、吾郎。不謹慎だけど、凄く嬉しい」

 

 

 ふふ、と、黎は笑った。「色々あったけど、大丈夫」と付け加えてだ。根拠も何もないはずなのに、黎がそう言うと本当に大丈夫な気がしてしまうのは何故だろう。

 本当は俺よりも黎の方が大変なはずで、獅童正義と因縁がある俺が頑張らなきゃいけないはずだ。何とかしなくてはいけないはずだ。……なのに俺はずっと、彼女に守られている。

 

 

「……ああもう、畜生。不甲斐ないや……」

 

「不甲斐なくない。キミが来てくれたおかげで、私は明日からも頑張れそうだよ」

 

「けど」

 

「吾郎は頑張ってる。よくやってるよ。調べることが沢山あるのに、私の冤罪も証明しようとしてくれて……迷惑かけて不甲斐ないのは私の方だ」

 

 

 黎は慈母神もかくやと言わんばかりの笑みを浮かべていた。……正直な話、ずるいと思う。そうやって、彼女は俺のすべてを許してしまうのだ。それが温かくて――少し、怖い。いずれこの温もりを感じられなくなる日が来るのだと、そんな可能性があるのだと俺は知っているから。

 あと何回、こうやって彼女と触れ合うことができるのだろう。あとどれくらいで、俺はすべての黒幕である獅童正義に手が届くのだろう。なるべく早く決着をつけたいと思っているけど、もう少しだけこのままでいられたら――なんて考えてしまうのは、俺が弱いからに決まっている。

 

 自分が汚い。汚すぎて辛い。それから目を背けるようにして、俺は暫く彼女を抱きしめたままで――彼女に抱きしめられたままでいた。

 

 それからどれくらいの時間が経過したのだろう。外はもう真っ暗で、街灯が頼りない光を放っている。遠くには煌びやかな街並みが広がっていた。

 甘い空気を手放すことに名残惜しさを感じつつ、俺は黎に「今日の出来事を詳しく話してほしい」と乞うた。黎は2つ返事で頷き、詳細を教えてくれた。

 

 それらを、俺の持っている情報を照らし合わせていく。

 

 

「一個人の歪んだ欲望が迷宮になったのがパレスだとすると、俺がよく使うメメントスは大衆の欲望ってことか? あそこ、老若男女のシャドウがうようよ徘徊してるからな」

 

「吾郎の話を聞く限り、パレスとメメントスは一戸建てと共栄住宅の違いだと思う。一定レベルを超えた欲望を持っていると、メメントスでは狭すぎるとか。でなければ、秀尽高校をベースにした城なんて持っているはずがない」

 

「しかし、学校を城に見立てるなんて、自分が学校の王様になったとでも言いたげな奴だな。とんだ自意識過剰じゃないか」

 

「ピンクのマントにパンツ一丁の変態が王様を名乗るなんて世も末だよ。しかも、私を見た途端、鼻息荒くして無理矢理組み敷こうとしたくらいだし。竜司が割り込んでくれなければ大変なことになってたかもしれない」

 

「……黎、その鴨志田って教師の前では絶対単独行動禁止だよ。巻き込んだ生徒――竜司、だっけ? なるべくソイツから離れちゃダメだ。いつぞやの親戚連中と同じ……いや、さらにヤバイ邪悪を感じるからね」

 

「勿論」

 

「それから、もしまた何かあってパレスに行くのなら連絡寄越して。間違っても、1人で乗り込もうなんて考えないでくれ」

 

「分かってる。待ち合わせ場所含めて、すぐに連絡するよ」

 

「鴨志田や秀尽学園の教師陣については調べ直す。黎の冤罪を広めた張本人が、何かのヒントになりそうだからな」

 

「了解。ありがとう、吾郎。帰り気をつけて」

 

「気にしないでくれ。それじゃあおやすみ、黎」

 

 

 大事な作戦会議はこれで終了だ。最後に額と額とくっつけ合って、ささやかな触れ合いを楽しむ。

 今後の方針は決まった。決意を新たに、俺は黎の住居スペースを後にした。

 

 階段を下れば、何かを察したような顔をした佐倉さんと目が合った。……どうしたのだろう。僕がそう問いかけるより先に、佐倉さんが大きく息を吐く方が早かった。「アイツのために、ここまで一生懸命になる人間がいるんだよな」と呟いた彼の眼差しは、屋根裏部屋へ続く階段へと向けられる。その眼差しは、心なしか柔らかい。

 佐倉さんは黎を厄介だと思っている訳ではないらしい。保護司として中立を保ちながらも、根は世話好きのお人よしのようだ。「黎の話、聞きましたか? 午前中の授業に遅れた理由……」と俺が問えば、佐倉さんは顔をしかめて頷いた。言葉にはしていないけど、黎を襲った変態に対して怒りをあらわにしている。

 “酔っ払いに言い寄られた女性を庇ったら自分が標的となってしまい、拒絶したら運悪く相手を傷つけてしまったため訴えられた”――それが、保護司である佐倉さんに伝わっているであろう黎の前歴だ。そんな彼女を狙い、力で組み敷こうとした変態がいる。そんな相手のせいで即退学・即少年院送りにされるのは理不尽だろう。

 

 佐倉さんも分かっている。しかし、やはり黎には問題を起こしてほしくない様子だ。彼は彼なりに、黎のことを更生させてやりたいと――保護観察を穏便に済ませてやりたいと考えているのだろう。遠回しな優しさだ。

 

 僕はカウンター席に腰かけて、コーヒーを1杯注文する。閉店間際のオーダーに対し、佐倉さんは眉間に皺を寄せた。

 だが、僕の様子から「話を聞いてもらう対価としてコーヒーを頼む」と察したようで、不愛想な返事をしてコーヒーを淹れてくれた。

 

 コーヒーを舐めるようにして飲みながら、僕は話を切り出す。僕と、僕の保護者達が有栖川本家から請け負った密命を。

 

 

「故郷の方でも、黎の冤罪をネタにして、彼女を力づくで組み敷こうとした連中がいたんです。奴らはみんなケダモノのような目をして『黎を更生させる』等と嘯いてました」

 

「……成程な。だからアイツは、お前さんのいる東京へ送り出されたワケか。さしずめ、お前さんはアイツの“騎士様”ってとこか?」

 

「それもあります。ですが、“件の親戚どもとコネクションを一切持たない保護司”がいて、“件の親戚どもが近づいて来てもシャットアウトできる人間が近くにいる”環境でないと安心できなかったというのも理由ですね。……親戚同士の繋がりだけでなく、奴らの上位互換が東京に跋扈していることも想定しておくべきでした」

 

「なんてこった……。こりゃあ責任重大じゃねえか」

 

 

 佐倉さんの顔は真っ青だ。身近な人と黎の環境を照らし合わせ置き換えることで、色々と想像してしまったのだろう。(冤罪とはいえ)前歴を理由にして体を要求されるなんてことが起きれば、最早更生どころの話ではない。仮に、体を売ることで保護期間を――表面上は――平穏無事に終えたとしても、その後の人生に昏い影を残し続けるに決まっている。

 少年少女を更生させる保護司としては、更生を妨げるであろう要素は絶対に見過ごせないはずだ。黎の保護司として、不審者対策に力を入れてくれることだろう。……唯一悲しむべきことは、そんな彼の心遣いはあまり役に立たないことだろうか。何せその犯人は、見えない世界に住まう“一個人の歪んだ色欲”なのだから。

 

 意志を燃やす佐倉さんに内心謝罪した僕は、コーヒーを一気に飲み干して支払いを済ませた。

 至さんと航さんに件の情報を報告し、暴れないよう釘を刺したうえで、僕は自宅へと帰還した。

 保護者2名は約束を守ってくれたようで、険しい顔のまま僕を迎えてくれた。本当に良かった。

 

 

 因みに。

 

 自宅に帰った僕は、鴨志田卓の経歴について調べた。どうやら奴はオリンピックの金メダリストのようで、それをウリにして体育教師になったらしい。黎の通う秀尽学園高校も、“オリンピックの金メダリストが勤める学校”というのをウリにしている様子だ。関係性はWin-Win。結びつきは強そうである。

 教師陣の名前を洗っていたら、秀尽学園高校の校長が獅童正義の関係者と繋がりがあることに気づいた。……もしかして、保護観察中の黎を受け入れたのは、獅童の命令だったのだろうか? そう考えた途端、僕の背中が悪寒に震えた。――ああ、だとしたら、俺が倒すべき男は本当に恐ろしい相手だ。

 

 

◇◆◆◆

 

 

 坂本竜司にはとても仲の良い弟分がいる。……いや、今となっては、仲良くしていた弟分が『いた』と表記する方が正しいだろうか。

 

 彼は一昨年の5月頃、竜司の近所に引っ越してきたらしい。らしい、というのは、彼と初めて出会ったのが夏休み前の次期だったためである。当時陸上部エースだった竜司は走ることが大好きだった。大会では何度も入賞し、仲間やコーチからは期待され、母は自分の活躍を喜んでくれていた。何もかもが順風満帆だったのだ。

 弟分と出会ったのも、“陸上部のエース”としての坂本竜司が輝かしい未来を信じていた頃だった。練習だけでは飽き足らず、趣味までもがランニングだった竜司が近所の公園を通りかかったとき、ふと目を惹いた光景があった。公園の片隅に、小学生ぐらいの子どもたちが集っている。

 徒党を組んだ子どもの集団と相対峙するのは、たった1人の男の子だった。どう考えても不利だと言うのに、男の子は怯むことなく立ち向かう。彼は何かを取り戻そうと、必死に背伸びしている。多勢に無勢の状況を放っておけず、竜司は子どもたちの群れに割り込んだ。

 

 

『お前ら、何やってるんだ!?』

 

 

 子どもの群れは竜司を目にした途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。手に持っていたものを投げ捨てて、わき目もふらずにだ。

 男の子は捨てられたもの――メダルのようなデザインのキーホルダーを手に取った後、安堵したように微笑む。そうして、竜司の方に向き直った。

 

 

『助けてくれてありがとう、お兄ちゃん』

 

 

 ――それが、弟分との出会いだった。

 

 この事件をきっかけにして、竜司は弟分と話すようになった。弟分が多勢に無勢の状況に陥っていたのは、彼が新参者であることと、運動音痴であることが原因だったという。

 彼が東京に越してきてすぐ、小学校の運動会があったらしい。弟分はそこで運動音痴っぷりを露呈させ、同じ組の面々から顰蹙を買ったという。

 “彼がリレーで転んだせいで、チームが最下位になった”――彼が没収されかけていたあのキーホルダーは、その罰としての徴収品だったそうだ。

 

 キーホルダーは父親からの贈り物で、弟分にとっての宝物らしい。普段は仕事で忙しいけれど、いつも弟分のことを気にかけており、休みの日は一緒に遊んでくれる自慢の父親なのだという。彼が東京に越してきたのも、父親が東京へ転勤になったためだ。

 

 

『……運動は前から苦手だったけど、今じゃあもう嫌いだ。走ることはもっと嫌いだ』

 

 

 彼の悲痛な叫びを聞いた竜司は憤慨した。弟分に対する理不尽ないじめに激怒した。

 同時に、弟分にも運動の楽しさを――走ることの楽しさを知ってほしいと、心から思った。

 

 

『それじゃあ、にいちゃんが教えてやるよ! 今よりも、ずっとずーっと速く走れるようになる方法をさ!』

 

『本当!?』

 

『ああ! 任せろ!』

 

 

 この日から、竜司は彼に速く走る方法をレクチャーするようになった。自分を伸ばしてくれたコーチの教えを思い出しながら、弟分にもそれを教える日々が続いた。

 竜司の教え方が良かったのか、それとも弟分の才能が開花したのかは分からない。けれど、竜司が弟分に走り方を教えて以来、彼のタイムは劇的に変貌を遂げた。

 『自分を虐めていた面々にかけっこで勝負を挑み圧勝した』という知らせを齎されたときは、お祝いがてら牛丼店で牛丼を奢った。彼は牛丼が大好きらしく、とても喜んでくれた。

 

 竜司は一人っ子だったので、まるで弟ができたように思った。時間を見つけては公園に足を運び、弟分と走りながら喋ることもざらであった。『機会があったら、2人で一緒に都内のマラソン大会に出てタイムを競おう』という約束だって交わしていた。

 

 そんな楽しい日々は、鴨志田卓という暴力教師のせいで壊されてしまった。

 奴のせいで竜司は足を潰され、二度と陸上で走れなくされてしまったのだ。

 

 鴨志田に暴力で反撃したのが運のツキで、竜司は不良のレッテルを張られた挙句、“鴨志田に暴力を振るった竜司のせい”で陸上部も潰されてしまった。母は自分が至らないせいだと泣き崩れ、仲間は竜司を恨んで誰も声をかけてくれなかった。竜司が事件を起こした不良であるという話は近所にも広がり、近所の人々も竜司を遠巻きにするようになる。

 ……だが、弟分だけは、竜司を案じてくれた。まだ小学生だと言うのに竜司を気遣い、竜司を陥れた鴨志田に対して怒ってくれた。竜司は悪くないと言ってくれたのだ。竜司にとって、彼の言葉は救いだった。――だから、弟分が竜司と一緒にいるせいで、彼まで悪く言われることに我慢できなかったのだ。

 竜司と行動を共にしていた弟分が周囲から孤立していることには、薄々気づいていた。だから、竜司は彼との接触を断った。公園にも行かなくなったし、街中で彼と出会っても睨みつけて無視するようにした。その度に、弟分が悲しそうな顔をして俯くのを見た。……胸が痛くて、苦しくて、堪らなかった。

 

 そうして、竜司と彼の絆は途切れ、自然消滅した。

 

 ――そのはずだったのに。

 

 

「――お前が、竜司にいちゃんを走れなくした悪者なんだなっ!?」

 

 

 今、竜司の目の前に躍り出た小さな影こそ、件の弟分だった。

 

 黎が拘束され、モルガナが倒れ、この異世界で戦える者たちは誰もいない。鴨志田のシャドウは高笑いしながら竜司を馬鹿にした。竜司もまた、奴の言葉に打ちひしがれていた。

 そんなときに飛び出してきたのが弟分である。彼はどこから調達してきたのか、大量の小石を抱えていた。それを思い切り、鴨志田のシャドウに投げつける。

 

 石は奴の目に当たった。曲がることも逸れることもなく、真っ直ぐに。それを確認する間もなく、寧ろ皮切りにして、弟分は意思を投げつけ続ける。それらはすべて鴨志田のシャドウにぶつかった。まるで吸い込まれるかのようだった。

 見張りの兵士たちが言っていた“もう1人の侵入者”とは、竜司が黎のイセカイナビを起動した際に巻き込まれた弟分のことを指していたらしい。彼の接近に気づかず竜司はアプリを起動したため、そのまま鴨志田のパレスに迷い込んでしまったのだろう。

 自他ともに認める“猪突猛進で頭が回らない”竜司がようやくそこに至ったのと、弟分が吼えたのはほぼ同時。

 

 

「お前のせいだ! お前のせいで、お前のせいで竜司にいちゃんが……ッ! 僕の大好きな竜司にいちゃんが!」

 

「このガキ……!」

 

「返せよ! 竜司にいちゃんの足を返せよぉ! 竜司にいちゃんに謝れ! 謝れよぉぉ!!」

 

 

 石を投げつけながら泣き叫んでいた弟分だが、所詮は子ども。あっという間に鴨志田の配下によって拘束されてしまった。

 万事休すだと言うのに、彼は怒りをぎらつかせて鴨志田を睨む。それを見た鴨志田の顔が醜悪に歪んだ。

 

 

「オマエのその面……昔、オレ様に大恥をかかせてくれた野郎とよく似てるな。ムカつくぜ……!」

 

 

 奴は顎をしゃくって兵士に合図する。兵士は即座にどこかへ引っ込むと、すぐに戻って来た。持ってきたのは大剣である。恭しく傅いた兵士からソレを受け取った鴨志田は、ゆっくりと弟分へと歩み寄る。奴の目は、弟分の脚に向けられていた。

 竜司の脳裏に浮かんだのは、膝を壊して二度と走れなくなったときの記憶だ。鴨志田は竜司の脚と陸上部のエースとしての将来だけでなく、それ以上のものを――竜司の大事な弟分の脚までもを奪おうとしている!!

 大事なものはもう帰ってこないけど。あの日に戻ることは二度とできないけれど。だからといって、これ以上、黙って奪われてたまるものか。これ以上、このクズの横暴を許してはおけない――!

 

 「鴨志田を許せないんでしょう?」と黎に問われ、同時に、弟分を守りたい一心で竜司は立った。湧き上がる怒りをそのままに、鴨志田と対峙する。

 次の瞬間、竜司は凄まじい頭痛に見舞われた。自分の中から響く“もう1人の自分”の言葉に従い、竜司は仮面を剥がす。――顕現したのは、竜司のペルソナだ。

 

 体の奥底から力が湧き上がってくる。――そうだ、この力があれば借りが返せる。

 

 

「ブッ放せよ、キャプテンキッドォォ!」

 

 

 竜司の咆哮に呼応するが如く、キャプテンキッドはシャドウに攻撃を仕掛けた。衛兵は即座に雑魚を召喚して身を固めたが、降り注ぐ雷が雑魚どもを一掃する。

 部下を失った兵士は狼狽し――その隙を突く形で、黎のペルソナとモルガナのペルソナが顕現する。前者がアルセーヌ、後者はゾロといったか。

 アルセーヌが放った赤黒い呪詛の闇とゾロによって発生させられた風によって、シャドウは断末魔の悲鳴を残して消滅した。呆気ない幕切れである。

 

 

「おい、坂本。このガキがどうなってもいいのか!?」

 

「テメェ卑怯だぞ! 鷹司を放せ!!」

 

 

 だが、鴨志田は尚も抵抗した。新たな衛兵を召喚した上で、弟分――鷹司の脚に剣を突きつける。

 弟分は腰が抜けてしまったのか、身動きできないでいた。形勢逆転とばかりに鴨志田が嗤う。

 

 ――だが、次の瞬間、奴のにやけ面は凍り付いた。奴の視線が一点に集中する。

 

 

「――久しぶりだな、鴨志田。まさか、妻だけでなく息子の鷹司も世話になるとは思わなかったぜ」

 

 

 かつん、かつんと床を打つ音。現れたのは、蒼を帯びた黒髪のサラリーマンだった。その顔立ちは鷹司とよく似ている。

 

 

「お父さん!」

 

「やっぱりコイツはテメェのガキか! 聖エルミン学園の伝説――裸グローブ番長、城戸玲司!」

 

「マジかよ!? あの人が、鷹司の親父さんだって!?」

 

「玲司さん……」

 

 

 鷹司がぱっと表情を輝かせ、鴨志田が醜悪に顔を歪める。竜司は驚きで声を上げ、モルガナが目を丸くした。対して、黎は以前から鷹司の父親――城戸玲司を知っていたようで、彼の名を紡ぎながら口元を緩ませる。

 竜司は状況に追いつけなかった。鴨志田のパレスに迷い込んでいたのは鷹司だけでなく、玲司もいた。もしかして、衛兵たちが大騒ぎしていた原因は、鷹司でなくて玲司だったから? だとしたら、玲司は鷹司と同じ場所にいたということになる。

 ……いや、それ以前に、パレスと呼ばれる異世界にペルソナ能力がない人間が迷い込んだらヤバいことになるのではなかろうか。城の中にはシャドウがうじゃうじゃいて、並大抵の人間では歯が立たない。つい数分前までひ弱な存在でしかなかった竜司は、身を以て体験していたから知っている。

 

 鷹司を巻き込んだだけでなく、鷹司の父親である玲司にも何かあったら――今度こそ、竜司は鷹司に顔向けできなくなってしまう。

 竜司は慌てて玲司を止めようと手を伸ばした。だが、それは彼の肩を掴むには至らない。竜司の目の前には、大きくて頼りがいのある背中があったからだ。

 

 背中で語る漢とは、この姿のことを言うのだ――竜司は漠然と、そう理解した。つばを飲み込んだ音がやけに大きく響く。

 

 

「お前があのとき邪魔しなければ、織江はオレ様のモノだったのに……! またキサマに邪魔されるっていうのか!?」

 

「お前の学習能力の無さには呆れるぜ、鴨志田。何度も同じようなことを繰り返しやがって……。大人の女じゃ思い通りに動かせないから、今度は学校の女子生徒を毒牙にかけようってか? ……悪いことは言わん、やめとけ。特に、そこにいる有栖川のお嬢様はな」

 

 

 玲司は呆れたように肩をすくめた後、ちらりと黎を見やった。その眼差しはとても優しい。まるで、妹分を見守る兄貴分みたいだ。彼の纏う気迫とのギャップに、竜司は目を丸くする。

 次の瞬間、玲司の纏う気迫が更に鋭くなった。きぃん、と、不可思議な音が聞こえてきたように感じるのは何故だろう。自分の中にいる“もう1人の自分”――キャプテンキッドが反射的に後ずさったのは。

 

 

(あの人は、強い。相当な場数を踏んでる――!!)

 

「あのときとは違うぞ、聖エルミンの裸グローブ番長。ここはオレ様の城だ。オレ様のホームグラウンドだ。貴様なんぞに負けん!」

 

 

 鴨志田はそう叫ぶなり、鷹司を取り囲んでいた衛兵すべてを玲司へと差し向けた。衛兵はシャドウとしての姿を取り、玲司の元へと襲い掛かる。

 先程とは違い、竜司は玲司に手を伸ばさなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 果たして竜司の予想通りの光景が広がった。凄まじい光と共に、玲司の背後に“それ”が顕現する。彼が宿しているペルソナが、凄まじいオーラと共にそこにいた。

 

 鴨志田が後ずさる。衛兵は凍り付いたまま、微動だにしない。玲司は涼しい顔を崩さぬまま、右手を天高くに掲げた。

 

 

「――Go、ルシファー」

 

 

 ――轟音。

 

 凄まじい光によって衛兵たちが灰塵と化す中で、ピンクのマントを翻した鴨志田が走り出すのがちらりと見えた。文字通り、脱兎みたいだった。

 追いかけようにも、玲司のペルソナが打ち放った光がそれを許してはくれない。無理に突っ込めば、今度は竜司が衛兵と同じ末路を辿るであろう。

 

 それを咎めようとは微塵も思わなかった。だって、あんな圧倒的な力を見せつけられて、あんな力を振るっていても涼しい顔をしている玲司を見て、竜司如きが何を言えるのか。

 光が止んだ後、絢爛豪華だった城内の大部屋は荒れ果てていた。絨毯も装飾品も塵芥となり、ボロボロになった床、柱、階段が残るのみだ。

 モルガナが吐息のような悲鳴を上げる。黎はパチパチと拍手していた。鷹司は「流石お父さん!」と言って、満面の笑みを浮かべて玲司に抱き付いている。

 

 

「竜司にいちゃん!」

 

 

 半ば放心状態で蹂躙劇を見上げていた竜司の足元に衝撃が走る。見れば、満面の笑みを浮かべた鷹司が竜司に抱き付いているところだった。彼の双瞼は、あの頃と変わらず竜司を慕っている。彼の脚は無事だ。鴨志田に踏みにじられそうになった鷹司の未来は、失われなくて済んだのだ。

 

 竜司は鷹司の名を呼び、彼と同じ目線に屈んで抱きしめた。――守れたのだ。守り抜けたのだ。大切な弟分を、竜司は。

 不意に、足音が聞こえてきた。見上げれば、優しい目をした玲司が竜司と鷹司を見つめているところだった。

 

 

「た、鷹司の親父さん。俺、俺は……」

 

「――ありがとな。鷹司を守ってくれて」

 

 

 何かを言わなくてはと思って口を開いた竜司を宥めるように、玲司は笑った。そうして、竜司の頭を撫でる。――その手使いもまた、優しい。

 竜司の父親は浮気し、母と竜司を捨ていった。奴がまだクソ野郎になる前までは、確かに竜司には父親がいて、自分の頭を撫でてくれた。

 あの頃の感覚が急に甦ったような心地になり――次の瞬間にはもう、竜司は泣いていた。言葉にならぬ声を漏らしながら、ただただ泣いていた。

 

 

◆◇◇◇

 

 

「――と、いう、ワケです。……すんません」

 

 

 坂本竜司はそう言って、俺から凄まじい勢いで目を逸らした。こめからみから冷や汗を流している様子からして、自分がどんなことをしたのかを理解したのだろう。

 

 イセカイナビを所持していると判明しているのは、俺と黎だけである。他にも使える人間がいることは分かっているが、そいつとはあの殺人現場以外鉢合わせていない。そして、竜司は以前、黎と共に偶然異世界に迷い込んだ。

 今回、黎やが異世界に突入する羽目になったのは坂本竜司のせいだった。奴は鴨志田のパレスにもう一度向かおうとして、黎のスマホをいじったらしい。そのせいで、黎は俺へ「迷宮へ行く」という連絡ができなかった。

 それだけではない。偶然その場に居合わせた城戸親子――まずは鷹司くんが竜司に気づいて(以前からこの2名は交流があったらしい)奴の元へ駆け寄り、それを追いかけた城戸さんが――も鴨志田のパレスに迷い込んでしまったという。

 

 

「キミ、本ッッッ当に、考え無しなんだね! このバカ猿!」

 

「さ、猿って! あんた――」

 

「黙れパツキンモンキー。お前の無鉄砲のおかげで、黎や城戸さんたちがエライ目に合ったんだぞ……!? この責任をどう取るつもりだ? えぇ!?」

 

「あああああああっあああ! すんませんすんませんすんませんんん!」

 

 

 奴の顔面を思いっきり鷲掴みにして、俺は顔を近づけた。竜司の瞳に映る俺の笑みは完全に歪んでいる。正直、探偵王子の弟子としての優男面なんて保てるわけがない。

 黎を鴨志田という変態教師の元へ送り込む時点で不安しかないのに、更に既知の戦友とその息子が巻き込まれて平然としていられるほど、俺は人でなしではないのだ。

 

 

「もういいだろう、吾郎。コイツのおかげで鷹司も黎も無事だったんだ。そのことに対する礼を言ってやれ」

 

 

 城戸さんは涼しい顔のままラーメンを啜った。鷹司くんは既に夢の中で、気持ちよさそうな寝顔を曝しながら父親の隣に寄りかかっている。

 

 

「竜司は恩人だよ。彼がいてくれなければ、私は最初の時点でシャドウの鴨志田に犯されていたかもしれないんだ」

 

「黎……」

 

「それに今回だって、竜司がペルソナ能力に目覚めてくれなかったらどうなってたか……」

 

「……了解」

 

 

 慈母神の如き黎の優しさを無碍にするわけにはいかない。非常に、非ッッッッ常に不愉快だが、彼女の優しさに免じて俺は手を離した。鷲掴みから解放された竜司はほっとしたように息を吐く。間髪入れず、俺は竜司に耳打ちした。

 「次、黎を危険な目に合わせたらどうなるか……分かるな?」――普段よりワントーン低く言えば、竜司は顔を真っ青にして震えあがった。壊れた人形宜しく、奴はがくがくと首を縦に振る。満足した俺は、メディアでも見せる爽やかな笑みを浮かべた。

 これで竜司も暴走を控えてくれれば助かるのだが。そんなことを考えながら、僕は黎の隣に腰かけた。現実世界に帰還した彼女の身体には傷が一切残っていないけれど、迷宮内では散々戦ってきたのだろう。その横顔には、僅かだが疲労の色が滲んでいる。

 

 俺の視線に気づいたのだろう。黎は柔らかに微笑んで、俺の手を握り返してくれた。大丈夫だと告げるかのように。

 俺もまた、黎の手を握り返す。この温もりが失われなかったことを喜び、感謝するように。

 

 

「……あ、そうか。そういうことか」

 

「ああ、そういうことだ。分かるな?」

 

「ハイ。よく分かったッス。頑張りマス」

 

 

 竜司と城戸さんが通じ合ったようにして頷き合う。玲司さんは涼しい顔のままだが、竜司は生気の大半を持っていかれたかのように虚ろな顔をした。まるで、巌戸台を徘徊していた無気力症患者や、滅びを迎えた珠閒瑠市で跋扈していたという影人間みたいだ。

 

 

「……昔から、よく言われてたんスよ。“お前は気が短すぎる”とか、“感情的になりやすい”って」

 

 

 ラーメンも空になった頃、ぼそりと竜司が呟いた。自分の短所について、彼はきちんと理解していたようだ。「でも」と彼は言い募る。

 「それでも、踏みにじられてゆくものを黙って見ていられなかった」――成程。彼もまた、黎と同じような気質を持っているらしい。

 

 

「竜司。確かにそれは、お前さんにとっての弱点だ。……でも、そういう理不尽を素直に“おかしい”と言えることは、とても大事なことだからな。その気持ちを忘れるんじゃねェぞ」

 

「う、ウス! あざっす!」

 

 

 城戸さんはそう言って、ウーロン茶を煽った。竜司はパアアと表情を輝かせ、ぺこぺこと頭を下げた。

 

 嘗て御影町を救った英雄も、今では働く社会人である。社会の理不尽に辛酸を舐めたこともあるだろう。それでも彼が折れてしまわなかったのは、セベク・スキャンダルで得たものを失わずにいたためだ。かけがえのない人々がいたからだ。

 城戸さんを見ていると、何となくだが、神取鷹久の面影を感じ取る。神取と城戸さんは異母兄弟であるから雰囲気が似通っていて当然なのだが、3年後の珠閒瑠市で彼と顔を合わせたときは、神取と見間違えてもおかしくないくらいの顔立ちと髪型になっていた。

 

 悪神ニャルラトホテプに魅入られ、『駒』にされてしまった神取。航さんたちよりも先に力に目覚め、自身が何に魅入られているのか知ったが故に、セベク・スキャンダルの黒幕となった男。――悪というには、あまりにも真っ直ぐだった男。

 彼は最期まで、自分の役割を全うした。悪神の『駒』として、けれど次世代のペルソナ使いたちのために道化を演じてみせた。『自分を斃せなければ、世界は救えない』――奴の言葉が、佇まいが、敗者という名の勝利者として消えていった姿が、今でも鮮烈に残っている。

 神取とよく似た面持ちになった城戸さんだけれど、彼を見入って力を授けたのは――役に立ったためしはないが、一応――善神であるフィレモンだ。神取とは対照的に、光の側面から次世代のペルソナ使いを導いていくのだろう。……俺はそんなことを考えながら、城戸さんに視線を向けた。

 

 

「どうした? 吾郎」

 

「……城戸さん、神取と似てきましたね」

 

「――そうか」

 

 

 意地悪な質問だと分かっていた。けど、城戸さんは柔らかに笑う。その面持ちは、どことなく誇らしげだった。

 彼の憎しみもまた、答えを得て“この形”へと辿り着いたのだろう。俺は鷹司くんの顔を見つめた。

 

 神取鷹久の鷹に、城戸玲司の司。――玲司さんが赤ん坊にこの名をつけるのだと語ったとき、とても幸せそうに笑ってことを覚えている。

 

 竜司は意味が理解できずに首をかしげていたが、ふと思い至ったように手を叩いた。

 彼は何か、引っかかることがあったらしい。

 

 

「そういや、玲司さんは鴨志田のヤロウと因縁があるみたいですけど、何があったんスか? パレスの中で派手に言いあってたっスけど……」

 

「ああ、奴は織江――家内との馴れ初めに関わってるんだ。鴨志田の野郎に言い寄られていた家内を、俺が助けた」

 

「鴨志田が!?」

 

「そうだ。家内曰く、鴨志田には以前から言い寄られていたそうだ。あのときは襲われる一歩手前だったらしい。あの野郎、メンチ切っただけですぐ逃げ出したよ」

 

 

 当時の光景を思い出したのだろう。城戸さんは苛立たし気に舌打ちした。聖エルミンの裸グローブ番長と呼ばれていた頃の気迫を感じ、僕は思わず身を固くする。竜司は反射的に目を逸らしていた。そんな脇で鷹司くんはぐっすり眠っているし、黎は普段通りの態度でいる。

 確かに城戸さんの言葉通りだった。探偵組と連携して調べた鴨志田卓の経歴を思い出す。どこをどう見ても華々しい成功者であり人格者として通っているが――ただ単に“問題になっていない”だけで――、奴は裏の方で色々やらかしていたらしい。

 しかも、かなり早い段階――要するに、幼い頃――から「自分よりも弱い人間を狙う」ことを心掛けていたようだ。メメントスを徘徊していた鴨志田の被害者――その殆どが泣き寝入りしていた――を探し当て、やっとこさ引き出した情報である。

 

 だが、まさか、城戸さんの奥さんが鴨志田に喰われかけていたとは思わなかった。いよいよ鴨志田のヤバさが浮き彫りになって来る。自然と眉間に皺が寄った。

 

 

「こうなると、心配すべきことは暴力行為だけじゃない。性犯罪もだ」

 

「鴨志田と親しくしているか、鴨志田に弱みを握られている女子生徒が本格的に危なくなってくるね。奴の餌食になる前に、未然に防ぐことができたらいいんだけど……」

 

「……ってことは、まさか……!」

 

 

 黎と俺の話を見解を聞いた瞬間、竜司の顔が青くなった。この様子だと、奴は“鴨志田と親しくしている、あるいは鴨志田に弱みを握られている”女子生徒に心当たりがあるらしい。黎に名前を呼ばれた竜司は、感情が赴くままに情報を提供してくれた。

 鴨志田のお気に入りになっている女子生徒の名前は高巻杏。アメリカ系のハーフで、外国人と同じレベルの金髪碧眼美女。親が世界的なデザイナーという縁で現役女子高生モデルをやっている帰国子女だそうだ。友人はあまりおらず、クラスメートの鈴井志帆を唯一無二の親友としているらしい。

 

 高巻杏はいつの頃からか、鴨志田に媚びを売るようになったそうだ。何か心当たりはないかと尋ねると、竜司は唸りながら必死に記憶を手繰り寄せてくれた。

 「丁度その頃、あいつの親友がバレー部のレギュラーになったような……?」――と、奴はたどたどしく呟く。それが、坂本竜司の精一杯であり限界だった。

 テストで燃え尽きた上杉さんや稲葉さんよろしく真っ白になった竜司だが、こちらにとっては充分ファインプレーだと言えるだろう。後日、何か驕ってやるとしようか。

 

 

「……鴨志田の野郎、本当にあの頃と何も変わってないみたいだ」

 

「玲司さん。お気持ちは分かりますが、今の貴方は城戸家を守る大黒柱であり、鷹司くんのお父さんです。その役目を疎かにしないでください」

 

「分かってるさ。だが、何かあったら呼べ。出来る限り、必ず力になる。……至や航らにも声をかけておけよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そこまで話して、城戸さんは腕時計を見た。いくら奥さんに「鷹司くんの友達に食事を奢って遅くなる」と連絡していたとて、そろそろ帰らないと大変なことになるだろう。城戸さんは申し訳なさそうに頭を下げ、鷹司くんを背負って店を出た。5人分の会計を済ませることも忘れない。

 

 僕たちも長居するつもりはないので、お冷を1杯飲み干してから店を出た。地上の星の光が激しすぎて、空に瞬いているはずの星がよく見えない。

 それぞれの帰路に就こうかというところで、「あの」と、竜司が声を上げた。慣れぬ敬語を使おうとするあまり、会話にさえ支障をきたしかけている。

 

 

「あー、その……」

 

「……もういっそ、タメでいいよ」

 

 

 ……なんだか見ていられなくなったので、僕は提案した。竜司は目を丸くする。「いいんスか?」と何度も問いかけるのは、ファーストコンタクトの際ついうっかりお披露目してしまった禍々しい笑みが原因なのかもしれない。

 僕が頷くと、竜司はお伺いを立てるように黎を見た。黎は一瞬目を点にしたが、「本人が許可を出したから大丈夫だよ」と答えた。竜司は若干警戒するように身を縮ませた後、恐る恐る僕の名前を呼んだ。

 

 

「吾郎」

 

 

 ――あれ、と思った。

 

 得体の知れぬ違和感に、俺は内心首を傾げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()。――当然だ。彼が俺を下の名前で呼んだのは、今回が初めてなのだから。

 違和感が去った後、次に訪れたのは強烈な歓喜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この充足感を何と例えればよいのだろう。

 

 

「何? 竜司」

 

「……悪かった。黎を危険な目に合わせちまって」

 

「ああ、もう怒ってないけど――」

 

「――それと、ありがとな。吾郎のおかげで、鴨志田を止める手立てが掴めるかもしれねーから! この借りは、絶対返すからな!!」

 

 

 「それじゃ、ごゆっくり!」とだけ言い残し、竜司は一気に走り去ってしまった。また何かやらかしそうな予感がひしひしとするが、ああなってしまった以上、僕が彼を引き留めることは難しそうだ。

 先程のラーメン屋で聞いたことだが、彼は元々陸上部のエースをしていたらしい。だが、鴨志田の体罰によって膝を壊してしまったという。現役で活躍できなくなったとはいえ、竜司の俊足は充分生きているように思った。

 軽やかな足取りを見ていると、鷹司くんと楽しそうに話していた竜司の姿が浮かんでは消える。屈託のない笑顔。頭が弱くて猪突猛進気味の上に、不良のレッテルを張られているだけで、彼は「いい奴」なのかもしれない。

 

 俺や黎、鴨志田に対して「借りがある」と言うあたり、根っこの部分は荒垣さんのように義理堅い性分なのだろう。

 以前、巌戸台にいた頃、出張であの地を訪れた城戸さんは荒垣さんと天田さんのことを気にしていた。それも、竜司を気にかけた理由に繋がっているのかもしれない。

 

 

「良い友達ができたよ」

 

 

 黎は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「そっか。よかった」

 

 

 俺も、嬉しくて微笑んだ。

 

 




カモシダパレス、竜司覚醒編。保護者である空本兄弟はログアウト。鴨志田および竜司に城戸玲司を結んでみました。竜司にはいずれ、荒垣真次郎も結んでみたいと考える今日この頃。背中で語る漢を見て、父性の理想像みたいなものを思い描いてほしいなあ(願望)。
鴨志田は初代ペルソナ=聖エルミン学園メンバー勢(アラサー)より3~4歳ほど年上ぐらいに年齢を合わせています。この世界ではセベク・スキャンダルがP5の12年前に発生し、他の事件も初代⇒3年後:(罪)=罰⇒3年後/2009年:P3P⇒2年後/2011年:P4G⇒その他+α⇒初代より12年後:P5の順番で発生しました。
いずれ、神取鷹久や須藤竜蔵についてP5キャラの誰かが語るシーンも書きたいですね。パレスやメメントス攻略時に歴代キャラをゲストに迎えて進ませていきたいです。やや贔屓気味な駆け足ダイジェストになりそうだけど。

追記:年代計算したら矛盾が発生したので、本編の内容とあとがきを修正しました。

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