・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
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・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・新島冴および芹沢うららが、パオフゥ絡みで大変なことになっている。
「さあ、正々堂々行きましょう!」
冴さんはそう宣言した。次の瞬間、僕らの立つ戦場を囲っていた堀――ルーレットのポケット部分が勢いよく回転を始める。パレスの主曰く、「ルーレットで互いの命運を決めよう」とのことらしい。ルーレット中の暴力行為は禁止で、禁を破ればペナルティを喰らうという。
この場がルーレットを模しており、パレスの主の十八番はイカサマであることを知っていたナビは眉間に皺を寄せる。どうするかの最終判断はジョーカーに一任するらしい。
「パンサー、クイーン、モナ! 回復術の準備をお願い。攻撃が終わり次第、即座に使って」――そう言って、ジョーカーは駆け出した。名指しされた3人は頷き、機を待つ。
他の面々が攻撃に走った。僕もそれに続いてロビンフッドを召喚し、ランダマイザで援護する。一気に弱体化した冴さんに、数多の攻撃が降り注いだ!
「うわぁ!」
「くっ!」
「きゃあ!」
次の瞬間、悲鳴を上げたのは、冴さんに攻撃を仕掛けた面々だった。ジョーカーが床に叩き付けられたのを皮切りに、彼らが次々と倒れ伏す。
『一瞬にして崖っぷちに追いやられる』という異常事態に息を飲んだが、ジョーカーから名指しされていた面々が回復術を使ったことで事なきを得た。
「これがペナルティ!? 一撃で戦闘不能寸前まで持ってかれるなんて……!」
「言ったでしょう? 『貴女たちはルールに逆らうことはできない』って!」
得意満面に語る冴さんを目の当たりにしたナビは舌打ちした。もし、冴さんの忠告を無視して全員で攻撃していたら、全員が瀕死状態になっていただろう。回復術を使える面々を攻撃に参加させなかったのは、ジョーカーがかけておいた保険だった。
“ルーレットが始まってしまうと、終わるまでに冴さんに危害を加えれば瀕死に陥る”とは、随分と厄介なペナルティだ。こんなときまで冴さんのルール――もとい、冴さんのイカサマに振り回される羽目になるとは。スカルが憤慨する気持ちはよく分かる。
不敵に笑う冴さんは、ジョーカーへルーレット勝負を申し込んできた。ルールは「ボールがどのポケットに落ちるか」を予想するだけのシンプルなもので、手堅く賭けるか一発逆転を狙うかを選べるようだ。……最も、今回はイカサマであることは明らかだが。
「イカサマを指摘しても、向うは絶対に認めないだろう。分かり切ったことだろうがな」――モナは面倒くさそうにため息をつく。
イカサマの証拠を提示し、それを打ち砕かない限りは勝負にならない。ジョーカーは頷き、冴さんの賭けに乗った。賭ける対象は体力、賭け方は手堅い方を選ぶ。
予想していたことだったが、1回目のルーレットは冴さんの勝ちだ。ジョーカーが予想したポケットから弾かれた弾は、隣のポケットに収まる。刹那、ファンファーレの音と一緒に、凄まじい衝撃波が僕たちに襲い掛かった。
「痛ってェ……! って、ああっ!?」
「冴さんの傷が回復してる……!」
スカルと僕は目を剥いた。先のルーレットタイムにジョーカーたちが与えた傷が塞がっている。どうやら、勝者は敗者から賭けの対象物を奪うことができるらしい。
冴さんは「残念だったわね」なんて笑っているが、金色の瞳は僕らを哀れむ様子はない。この現象が当然なのだと嘲っている。それが、彼女の自信に繋がっていた。
――だが、冴さんの表情は驚きで凍り付くこととなる。
高笑いする冴さんの斜め左側から、何かが勢いよく飛んできた。それは冴さんの肌を傷つけただけでは済まず、当たったところに痛々しい痣を作り出す。
「乱入者はルール違反」だと叫んだ冴さんは、パレスの主としての権限を行使しようとしたのだろう。だが、この場に響き渡った声が、その動きを縫い止めた。
「――よう、新島。暫く見ない間に、随分と様変わりしたじゃねぇか」
つい最近聞いた男性の声だ。彼の言葉が響いたのと、僕の足元に何かが転がって来たのはほぼ同時だった。落ちていたのは、パレスの中で使用可能なカジノコインである。
冴さんに傷をつけた得物に、仲間たちは目を丸くした。コインでシャドウにダメージを与えるような人間には心当たりがある。攻撃手段は指弾。指弾と言えばあの人だ。
珠閒瑠市を拠点にして活動する、人探しが得意な探偵。盗聴バスターも兼任するペルソナ使いで、元珠閒瑠地検の検事。冴さんは、その人物の下で司法修習生をしていた。
「パオフゥさん! どうしてここに!?」
「お前さんの保護者が、“イセカイナビ レヴィアタン限定版”ってのを送ってよこしたのさ。但し、特捜の連中は別ルートから“イセカイナビ”を手に入れたらしい」
僕の問いに答えた裏社会を熟知する探偵・パオフゥさん――珠閒瑠地検の元・検事だった本名:嵯峨薫氏は、スマホを指示しながら、嘗ての司法修習生である冴さんと対峙する。冴さんは表情を引きつらせた。
「それにしても、お前さんがこんな趣味を持ってたとは思わなかったぜ。正義の文字が泣いてるぞ?」
「黙ってよ! 正義を証明できなかった挙句、非合法的手段を用いて復讐に走った貴方に何が分かるって言うの!?」
冴さんが指摘したのは、珠閒瑠地検の検事であった嵯峨薫氏が、裏社会を熟知する探偵パオフゥへ至るまでの経歴だ。
珠閒瑠地検の検事だった嵯峨薫氏は、部下である浅井美樹事務官と共に“とある事件”を追いかけていた。その事件の黒幕は、当時から現職大臣として強権を有した須藤竜蔵である。勿論、強い権力を持つ人間が相手なのだ。邪魔者を消すために暴力的な手段を講じてくることもある。
嵯峨検事と部下の浅井事務官は、須藤竜蔵の息がかかった殺し屋連中に襲われた。ペルソナ能力に覚醒した嵯峨検事はどうにか生き残ったものの、襲撃に巻き込まれた浅井事務官は命を落としてしまう。それがきっかけで、嵯峨検事は否応なしに裏社会へと引きずりこまれた。
パオフゥと名を変えた彼は、表向きは“盗聴バスター”の看板を掲げながら、復讐のために裏社会を駆け回った。法律を使っても須藤竜蔵には太刀打ちできないと察し、意図せず裏社会に漬かってしまい、嵯峨薫と名乗り続ければ命を狙われる危険性があったから、彼は嵯峨薫の名を捨てたのだ。
後に、パオフゥさんも『JOKER呪い』の事件に巻き込まれたことがきっかけで舞耶さんたちと共闘し、結果的に“浅井事務官殺害の実行犯と、須藤竜蔵への復讐”を果たした。勿論、その復讐内容は完璧に非合法である。その様を思い出し、僕は何とも言えない気持ちになった。
どのルートからかは齎されたのかは分からないが、冴さんは嵯峨氏の辿った数奇な旅路を知るに至ったらしい。復讐に用いた手段が正攻法でなかったことも、須藤竜蔵の一件に超常現象が絡んでいることも気づいたからこそ、パオフゥさんの復讐が違法であると断定したのだろう。
「貴方だって、須藤竜蔵
「否定はしない。……だがな、これだけは言える。――いい加減目を覚ませ、新島。今のお前、酷い顔をしてるぞ」
「煩いっ!」
「――煩いのはアンタでしょうがぁ!」
パオフゥさんへ飛びかかろうとした冴さんだが、右斜めからストレートジャブを叩きこまれて吹っ飛ばされた。
美しき女支配人を殴り倒したのは、パオフゥさんの現・相棒を務める芹沢うららさんだ。
彼女は今でも男性紹介を求めており、自分を騙した結婚詐欺師をぶちのめすために始めたボクシングジム通いを続けているらしい。その一発はキレッキレであった。
「ああもう、黙って聞いてりゃ腹立つわね! 今アンタが現役検事だってのがそんなに偉いの!? 勝ち続けることがそんなに偉いの!? アンタはコイツの下で一体何を学んで来たのよっ!?」
「貴女に何が分かるっていうのよ! 赤の他人のくせに! 赤の他人のくせに!!」
「アタシはアイツの現・相棒よ! 現・相棒としてアンタのことは気になってたけど、本当にバカよね! アンタのやってることは、コイツを陥れた張本人――須藤竜蔵と何ら変わりないわ!」
「“勝てば官軍”という言葉をご存知かしら!? 結婚詐欺師に騙されたのに夢を捨てない貴女の方が余程間抜けじゃない! しかも貴女、今でも男漁りを続けているそうね!? 隣に嵯峨検事がいるってのに……どうなの!?」
「何ですって!?」
「何よ!?」
呆気にとられる怪盗団とパオフゥさんを無視し、冴さんとうららさんは派手にキャットファイトを始める。
うららさんの暴言によって、冴さんの頭からルーレットやイカサマの類が吹き飛んでしまったらしい。
これこそ正々堂々とした殴り合いだ。双方共にアラウンド三十路と考えると、色々と悲しくなってくる光景だった。
「……そういえばお姉ちゃん、司法修習生だった頃、嵯峨検事の話ばっかりしてたような……」
「え? なにこれ修羅場?」
「うーむ……。彼女たちのやり取りを見ていると、何か思い浮かびそうな気がするんだが」
「第2の『ゲルニカ』でも作るつもりか? やめとけ。ロクなもんにならんぞ」
キャットファイトの原因に思い至る所があるのか、クイーンが顎に手を当てて思案しながら遠い目をした。ナビが目を点にして2人を見比べる。フォックスは興味津々に指で枠を作ったが、パオフゥさんに窘められていた。
嵯峨薫――もとい、パオフゥさんは結構タチが悪い。うららさんに対する態度は未だに曖昧なままだ。嘗てのパートナーだった浅井事務官のことを忘れられないのは分かるが、うららさんとの関係にもきちんと決着をつけるべきだと思う。
蛇足だが、パオフゥさんが出した例――パブロ・ピカソ作の『ゲルニカ』は、「愛人2名を喧嘩させることで着想を得た作品である」という裏話が存在している。
そんな話題をここで持ち出してくるあたり、発言した張本人は“女性陣2名からの矢印がどのようなベクトルなのか”を察しているように感じた。
嵯峨薫氏が現役検事だった頃、冴さんは青春真っ盛りな司法修習生だったのだろう。その頃の思い出がなければ、うららさんとキャットファイトなんてしないだろう。閑話休題。
暫し取っ組み合いを繰り広げていたうららさんと冴さんだが、冴さんがうららさんを突き飛ばす形で拮抗は崩れたようだ。冴さんは再び「ルーレットを始める」と宣言する。
「有栖川の嬢ちゃん。イカサマに見当はついたか?」
「ばっちり。ボールがこちらの指定したポケットに入ろうとすると、ガラスで蓋がされる仕組みだね。ガラス蓋を狙撃で破壊できればチャンスができるはず」
パオフゥさんの問いに、ジョーカーは迷うことなく答えた。
それを聞いたパオフゥさんは口笛を吹き、「120点満点だな」と微笑む。
彼の視線は、右斜めの方角――戦場の斜め上に向けられている。
一瞬、何かが光った。
どうやら、既に誰かがスタンバイしているらしい。
「さあ、次は所持金を賭けるわよ! どうするの?」
「ハイリスク・ハイリターン。勝負に出るよ」
冴さんの問いにジョーカーが答える。それを聞いた冴さんは不敵に微笑んだ。ボールは暫く高速回転しながらレールの上を転がっていたが、緩やかにスピードが落ちていく。
「――今だ!」
パオフゥさんの合図と共に、発砲音が響き渡る。ジョーカーが指定したポケットのガラスが割れ、ボールはその中へと納まる。冴さんの服がはだけ、大量の紙幣がばら撒かれた。
敗者のペナルティ――イカサマを他者に見抜かれたという精神的打撃も含んで――は重かったようで、冴さんは悲鳴を上げながら崩れ落ちた。いつの間にか傷だらけになっている。
「なにが正々堂々だ! 思いっきりイカサマじゃないか!!」
「人を騙して嵌めようとする輩は、最後はぶん殴られるって相場が決まってるモンよ。舐めるんじゃないっての!」
「……悲しいもんだな。お前もここまで堕ちてくるたァ」
へたり込んだ冴さんを取り囲む。ナビとうららさんが怒りをあらわにする中、パオフゥさんが寂しそうに呟いて俯く。嵯峨薫の名を捨てた今でも、パオフゥさんは、司法修習生だった冴さんのことはずっと心配していた。
多分、口に出さなかっただけで、パオフゥさんは冴さんのことを大切な人として見ていたのだと思う。師弟相の部類だろうが、闇へ進まなくてはならなかった自分とは違い、光あふれる道を進んでほしいと願っていたのだろう。
ナビやうららさんの叱責より、パオフゥさん――嵯峨薫氏の悲痛な呟きの方が冴さんに届いたのだろう。彼女は親に叱責された子ども――あるいは初恋の相手から拒絶されたかのように顔を歪めた。言いたいことを飲み込むようにして歯ぎしりする。
冴さんはそのまま俯いた。「黙ってないで何とか言え!」――ナビとうららさんが冴さんを責める。他の面々も同調する中、パオフゥさんは黙って冴さんを見つめていた。
「――煩い黙れぇぇッ!!」
怪盗団たちの否定を一身に受けていた冴さんが、悲鳴に近い声を上げる。次の瞬間、彼女の周囲に黒い霧が集まり始めた。心の枷が外れる音が聞こえたような気がしたとき、冴さんの姿は完全な異形へと変わっていた。
不気味なホッケーマスクを被り、纏められていた髪はバラバラに振り乱れていた。左腕には武骨で不気味な機関銃が装着され、右手には巨大なバスターソードが握られている。
「精神暴走……! やっぱり、獅童の『駒』が仕組んでいたのね……!」
「まさか、ここの何処かに潜んでるの!?」
クイーンとノワールが周囲を見渡す。ナビも分析してみたようだが、奥村社長のパレスで出会った暗殺者――獅童智明の反応はないらしい。しかも、冴さんが本格的に暴れはじめたせいで、智明を探す暇すらなくなってしまった。
ルールとイカサマを放棄した女支配人は、高らかな声で宣言する。「お望み通り、正々堂々と叩き潰してやる!」と叫んだ冴さんは、デスパレードによる自己強化を行った。宣言通り、本気で僕たちを叩き潰すつもりらしい。
「パオフゥ!」
「……ちっ!」
うららさんとパオフゥさん目がけてバスターソードが振り下ろされる。だが、前者がアステリアを、後者がプロメテウスを顕現させて攻撃を受け止め弾き返す。
体勢がふらついた冴さんへ、アステリアが
防御を蔑ろにしていた冴さんには痛い一撃だったろう。だが――デスパレードの分で差し引かれたとて――精神暴走によってブーストされた耐久力は並大抵ではない。
怪盗団の面々も補助系の術を使って、自身の強化と冴さんへの弱体化をかけておく。僕もロビンフッドを顕現し、ランダマイザを仕掛けておいた。
自分たちの強化を終えた面々は即座に攻撃を叩きこむ。それでも、冴さんに疲労の色は見えなかった。耳をつんざくような咆哮が響き渡る。
概算度外視で暴れ回る冴さんの攻撃を凌ぐ。彼女は「何をしてでも勝てばよいのだ」と叫び散らした。女支配人の咆哮に従い、この場に数多のシャドウが顕現する。
「貴女たちだってそうでしょう!? 自分自身の為に、人の心を操作してるじゃない!」
「――それは違いますよ、新島検事」
男性の高音――あるいは女性の低音か、判別しにくい中性的な声が響き渡る。次の瞬間、ガラスが割れる音と共に、ペルソナが顕現した。
ヤマトスメラミコトは容赦なくメギドラオンを打ち放つ。予めコンセントレイトで強化されていたのか、シャドウたちは呆気なく消し飛んだ。
「彼女たちは、常に誰かを助けるために戦ってきた。自分の身を挺して、理不尽に苦しむ人々を助けようとしてきたんです。――それが、彼女たちが信じた正義だから」
「嘗て、霧に覆い隠された真実を明かそうと戦った僕たちと同じように」――この場に現れた直斗さんが、静かに微笑んでみせた。冴さんのイカサマ――ポケットのガラス蓋を狙撃で破壊したのは直斗さんだったらしい。
「ウソ!? 白鐘直斗!? 元祖探偵王子は特捜側に引き入れられたんじゃなかったの!?」
「こんなところにいて大丈夫なのか!?」
「問題ありませんよ。僕は『先行してパレス侵入ルートの露払いをしている』んですから」
パンサーとフォックスの問いに、直斗さんは悪戯っぽく笑って見せた。「この場にあれ程のシャドウが跋扈してたら、怪盗団を捕まえに行くことすらままならないでしょう?」と直斗さんは嘯く。屁理屈ではあるが、戦術的には何も間違っていない。
冴さんは呻き声を上げながらも再び立ち上がった。次の瞬間、またルーレットが回り始める。懲りずにイカサマを仕掛けるつもりかと踏んだモナだが、冴さんは「イカサマに頼らなくても勝てると証明する」と宣言した。ジョーカーもその勝負に乗る。
結果は冴さんの敗北だ。彼女の気力がそのまま僕たちに分配される。冴さんは呻きながらシャドウを召喚し、攻撃を仕掛けてきた。彼女の攻撃を凌ぎながら、回復術を駆使して立て直す。雑魚シャドウはパオフゥさんたちが引き受けてくれた。
相変らず冴さんは勝利に執着していた。自分の身体が限界を訴えていても、彼女は勝ちに拘っている。
唸り声を上げた彼女は、ガトリング砲とバスターソードを振り回して攻撃を仕掛けてきた。
即座に防御態勢を取る。痛みに呻きながらも、僕らは反撃へ転じた。単体最強属性攻撃を何発も叩き込み、ようやく冴さんが崩れ落ちる。黒い霧が弾けたとき、そこにいたのはカジノを支配する女主人だった。武骨で刺々しい鎧は消えてなくなっている。
「お姉ちゃん!」
「新島」
膝をつく冴さんの元へ、クイーンとパオフゥさんが駆け寄った。僕たちは黙って2人の様子を見守る。
冴さんはクイーン――真とパオフゥさん――嵯峨薫氏に気づいて顔を上げた。双方共に、冴さんを真っ直ぐ見つめる。
「“法で裁けない悪を明るみにして断罪すること”――それは、間違ってないと思う。怪盗団だって、そういう意図で動いてる。でも、手柄のために強引な捜査をしたり、真実を捻じ曲げようとしたりするのは、間違ってるよ」
「思い出せ、新島。お前はどうして検事になったんだ? 俺の下で司法修習生として駆けずり回っていたときのお前は、俺に何と答えたんだ? それが、お前の正義だったはずだろう」
「……正義……」
遠い昔のことを思い描くようにして、冴さんは呟いた。金色の双瞼は、もう戻れない遠い日のことを思い出しているのであろう。検事になろうと決意した日のことか、司法修習生として来るべき将来を夢見ながら正義を追いかけていた日々のことか――それは、冴さん本人にしか分からない。
「俺はもう、戻りたくても戻れないところまで来ちまったからな。それでも、お前や美樹と過ごした日々は、今でも忘れていない。忘れられるはずがないだろう」
「嵯峨検事……」
「背負って歩くと決めたんだ。随分と遠回りになったがな。……新島、今ならまだ間に合う。俺の二の舞にならねぇうちに、元の場所へ帰んな。お前はまだ、検事だろうが」
冴さんはじっとこちらを見上げていたが、ややあって、小さく頷き返した。
女支配人の姿がゆらゆらと薄くなり始める。慌てて僕は彼女を引き留めた。
冴さんは目を丸くする。僕たちが事情を説明すると、彼女は深々とため息をついた。
「ここ、私のパレスなんだけど……」
「貴女のパレスだからですよ。貴女を蚊帳の外にして嘲笑っていた連中を見返せますし、獅童正義の不正を暴くこともできます。冴さんにとって悪い取引ではないでしょう?」
「……仕方ないわね。自力で『改心』してみせましょう。貴女たちのやり方より時間がかかるかもしれないけど、そこは責任とれないわよ?」
「充分ですよ。僕らの『改心』も、それなりに時間がかかったので。タイミングに関しては予期できてますから」
『特捜から指示が出ました! 作戦開始まであと15分です。所定の場所についてください!』
取引は成立だ。仲間たちもそれを聞いてホッと息を吐く。丁度そのタイミングで、風花さんからの通信が入って来た。
「いよいよですね」と直斗さんが真剣な面持ちで僕たちを見返す。僕らも頷き返した。
「『オタカラ』のダミー、きちんと用意してきたぜ」
「後は、大立ち回りを演じながら脱出の手はずを整える……だったな」
「奴らがこのまま逃がしてくれるとは思わないけどね。相手にとっては、私たちを潰すために投入された先輩たちも目の上のたん瘤だもの。どさくさに紛れて攻撃することも視野に入れているはずよ」
スカルがスーツケースを差し示す。フォックスも作戦を復唱しながら、ダミーの『オタカラ』を確認した。クイーンも、特捜に先輩一同――頼れる大人が引っ張り込まれた際に浮かんだ懸念と危険性を分析した。用意周到な獅童のことだから、それは充分にあり得るだろう。勿論、大人たちもその危険性は分かっている。
風花さんとナビは短時間の中で、最終調整を終わらせたらしい。2人が逃走経路や大立ち回りを演じる場所の確認を終えたのと、パレス内部の異常を感知したのは入れ替わりだった。『パレス内にシャドウが異常発生!』「あんにゃろう! 特捜に引っ張られた先輩たちも、怪盗団諸共処分するつもりだったんだ!」――2人が声を上げた。
人のパレスを好き放題操る存在が敵に回っているのだから、パレスの主が戦意を失っていても雑魚シャドウに狙われる危険は予測できている。奥村社長のパレスで経験したことは無駄ではなかったようだ。シャドウたちは支配人ルームに向かっている真っ最中らしい。特捜からも、作戦開始を告げる合図が出たそうだ。
それを聞いた冴さんのシャドウが苦々しい表情を浮かべる。
「私は利用されていたのね……。私だけが、蚊帳の外だった……!」
予告状を出された直後、冴さんは特捜部長へ連絡を入れたらしい。捜査の陣頭指揮を執っている冴さんが予告状の件を報告すると、奴は自宅待機を命じてきたという。
『陣頭指揮を執る検事が自宅で大人しくしている訳にはいかない』と冴さんは主張したが、特捜部長から出世絡みの圧力をかけられて渋々従ったそうだ。
今の彼女ならそんな圧力に屈することなく、己の信じる正義を全うしようとしただろう。あのときの冴さんは精神暴走状態にあり、獅童一派の思い通りに動く人形だった。
正気に戻ったからこそ、冴さんは悔しくてたまらないのだ。思考を操られていたのだから。それを見たパオフゥさんが冴さんの名前を呼ぶ。冴さんは微笑み、頷き返した。
「いい
「全員の逃走経路と、特捜が仕掛けた映像記録媒体の場所をマーカーしといた! 記録媒体にはあらかじめ細工しといたから、音声は機能しないし、怪盗団の面々もまともに映らないようになってる。でも、万が一のことも考えて、立ち位置には細心の注意を払えよ!!」
『こちらの作戦開始まで、残り3分を切りました!』
仲間たちは地図を睨めっこしていた。僕も、僕用の逃走経路を頭に叩き込む。そのとき、服の袖を引かれたような気がして振り返ると、ジョーカーがじっと僕を見上げていた。
彼女は左手の手袋を外す。煌びやかなカジノの光に照らされたのは、僕が贈ったブルーオパールの指輪だ。
それが何を意味しているか気づいたから、僕も自分の左手の手袋を外す。黎が贈ってくれたコアウッドの指輪。
それは祈りだ。互いが無事であるようにと。
それは決意だ。共に生きる未来を手に入れるのだと。
それは証だ。この戦いに負けるつもりなど毛頭ないのだと。
有栖川黎と明智吾郎は、同じ願いを抱いているのだと。
「信じてるよ、クロウ。だから、絶対無事に帰って来てね」
「……ありがとう、ジョーカー。必ず帰って来るよ」
指を絡めて、かすめるように触れるだけの口づけを1つ。顔を見合わせて頷いた僕らは、すぐに手を離して手袋をし直した。
何か言いたげに僕らを見ていた怪盗団の面々だったが、すぐに苦笑した後、不敵に笑い返してくれた。
風花さんのアナウンスにより、特捜側の作戦開始が告げられる。僕らの作戦も始まり、仲間たちは次々と別方向へ走り出した。
パオフゥさんとうららさんも、僕らとは別ルート――記録用媒体がない、あるいは立ち位置の関係上映らない――経由でここから脱出する手筈となっていた。
「――顕現せよ、ロキ!」
僕の命令に従うようにして、ロキが力を行使する。ロキは認知を逸らすだけでなく、ある一点に認知を集中させることもできた。本人や周囲が意識しない状態を保ちながら誘導するため、自分たちは自発的に動いていると思わせる。
シャドウたちは
怪盗団の持つ超常的な力が凄まじいものだと指し示すために、派手な立ち回りを要求される。
“明智吾郎”の世界では、囮役を務めるのは“ジョーカー”だったという。“ジョーカー”は華麗で大胆な振る舞いをし、シャドウや“僕”の目を惹きつけたらしい。その後は“明智吾郎”と怪盗団、双方の計画通りに警察に逮捕され、検察庁の地下取調室で尋問を受けたそうだ。
僕らの場合は、警察官も投入されてはいる。但し、彼らに任せられたのはペルソナ使いたちの補助だ。奥村社長の謝罪会見で、警察関係者は怪盗団と同じ超常的な力――ペルソナの恐ろしさは嫌が応にも見せつけられていた。逮捕に参加はしても、僕らと戦いたいとは思わないだろう。
「警官たちが予定通りに動き始めたぞ! クロウ、準備はいいな!?」
「――ああ、勿論だ」
僕は
ロキの力は滞りなく発動しているようで、黒服や客たちが僕を指さして騒ぎ始める。僕はあくまでも“不敵に笑う怪盗”の体を保ったまま、次々とシャンデリアを飛び移った。
ステンドグラスを叩き割りながら宙返りして着地し、天井のパイプやシャンデリア等を飛び移り、シャドウや警官たちを出し抜きながら、派手な立ち回りを演じてみせた。
***
『モナはずるいクマー! うっかり女の子のあんなところやこんなところに接触しても、可愛く鳴けば誤魔化せるなんて! クマも猫になりたいクマー!』
『言うに事欠いて何を抜かすかキサマァァァァ! ワガハイは紳士だ、そんな真似しねーよ! こちとら好きで猫やってんじゃねーやい!』
『クゥーン……』
『大体オマエ、好きな子と同じ人間形態になれるくせに贅沢だぞ!』
『なにおー!? 女の子と合法的にキャッキャウフフし放題のモナこそ贅沢クマよー!』
『くぁぁああ……』
モナはクマと派手に鍔競り合いを繰り広げていた。だが、会話の内容は酷い。それを目の当たりにしたコロマルが呆れ果てている。ついに死角で大あくびをし始めた。
『どうしたスカル。お前の力はこんなものか?』
『ッ……やっぱ、玲司さんも完二さんも強ェ……! でも、だからこそ越えてぇって思うんだ。俺は絶対、アンタらみたいな漢になってやるんだ! ――行くぜ、セイテンタイセイ!!』
『眼前に強大な壁が立ちはだかっていたとしても、決して怖気づくことなくぶつかっていく、か……。――行くぜ、ルシファー』
『そんな漢には、真正面から答えないと漢が廃るってモンだ。そうだろ? ――迎え撃つぞ、タケジザイテン!!』
スカルは城戸さんと完二さんと戦いを繰り広げている。憧れの人と、同じ人間に憧れているという尊敬できる先輩――彼らとの真っ向勝負に、心を躍らせているようだった。
『ほらほら、早くしなよぉ! ――イルダーナ、ド派手にやっちゃってぇ!』
『勿論! ――おいでヘカーテ、最高の輪舞を披露するよ!』
『あははははっ、こんなに派手に暴れるの久しぶり! 私だってまだまだ現役なんですからねーっ!』
『す、すっごいムチ裁き……! こ、こっちだって、ムチの扱いは怪盗団一なんだから!』
ムチ使いという共通点からか、パンサーと綾瀬さんは盛り上がっていた。双方共にアクション女優やスタントマンでも舌を巻くレベルの身体能力を披露している。
『これが、新たな力を手にした“もう1人の俺”だ! ――来たれ、カムスサノオ!』
『スサノオ!? お前もスサノオって奴がペルソナなのか!?』
『そういえば、貴方のペルソナもタケハヤスサノオ……同じ“スサノオ”だったな』
『それじゃあ、スサノオ同士派手にやろうぜ? ――行けッ、タケハヤスサノオ!』
フォックスと陽介さんはスサノオ繋がりで対決を始める。風と冷気が派手にぶつかり合い、周囲の壁や床をがりがりと削り取っていく。
『……そうか。覚醒したら、バイク形態じゃなくなったのか……』
『達哉さん。そんな、明らかに悲しそうな顔をしないでください。一応バイク形態取れますから、ね?』
『だが、これで真っ向勝負ができそうだなクイーン。キミは合気道、俺はボクシング……異種格闘技戦というのも悪くない!』
『お手柔らかにお願いしますよ? 真田さん!』
クイーンが覚醒させたアナトを見て、達哉さんは表情を暗くした。クイーンがバイク型のペルソナ使いであることを知ったとき、一番喜んだのは彼だった。
達哉さんが落ち込む代わりにワクワクし始めたのは真田さんである。一方的に轢き殺される心配がなくなり、真っ向勝負できるフォルムだからだろう。
『アテナ、迎撃するであります!』
『ならばこちらも! ご覧あそばせ、アスタルテ!』
『うわっとと! ま、周りが凄い勢いで倒壊していく……。ヤマトスメラミコト!』
冴さんのパレス内部を穴ぼこだらけにせんとする勢いで、アイギスとノワールが破壊力に物言わせた戦いを披露していた。床が凹めばまだマシで、壁や扉に平然と穴が開く。
破壊に巻き込まれかけながらも、直斗さんはペルソナを顕現させて対応していた。敵味方に物理攻撃の鬼がいると考えると、直斗さんが一番大変そうな気もする。
『特別捜査隊のリーダーと、怪盗団のリーダーか。真実を求めて偽りの霧を晴らす者と、悪しき心を奪って正す者……それでも、己の正義を貫き通すために戦うことには変わりない』
『先輩である真実さんに言ってもらえると、なんだか誇らしいよ。――その胸、借りさせてもらう』
『幾ら“事実上のエキシビジョン”と言えど遠慮は無しだ。――手加減なしで行くぞ、カグヤ!』
『勿論! ――派手に行こう、オーディン!』
真実さんはマリーさんとの絆の証であるカグヤを、ジョーカーは僕のペルソナ――ロキと繋がりのあるオーディンを顕現し、派手にぶつかり合った。
お互いの伴侶にとって関係の深いペルソナ同士で戦おうというコンセプトだろう。少々気恥ずかしいが、とても嬉しい。僕は思わず口を緩めた。
「この先に行けば、目的のポイントに出る」
「案内ありがとう、ナビ。キミも早く脱出――」
「クロウ、死ぬな。必ず怪盗団の――ジョーカーの元へ帰ってこい!」
ナビの案内はここまでだ。彼女からの激励の言葉を受け取り、僕は階段を駆け上った。その先の踊り場は広く、規模の小さい
そこには、3人の人影が立っていた。ブラウンの芸名で芸能界を駆け抜ける上杉さん、珠閒瑠市の周防刑事、シャドウワーカー最年少の天田さんだ。
上杉さんがパラスアテナを、周防刑事がヒューペリオンを、天田さんがカーラ・ネミを顕現する。僕もロビンフッドを顕現した。正義のアルカナが全員集合である。
そんな僕たちがやろうとしていることは、世間一般の定義する正義とはかけ離れた八百長だ。だが、アルカナの正義には公平さやバランスという意味もある。バランスが崩れれば最後、この作戦は――怪盗団の未来はお先真っ暗になってしまうだろう。
スレスレラインで踏ん張るような心地に、こめかみからヒヤリとした汗が伝う。あのとき、“ジョーカー”はどんな気持ちであの作戦を決行したのだろうか。
決して動揺する素振りもなく、焦りも見せることなく、堂々と駆け抜けた怪盗の背中を思い浮かべる。――ああ、到底僕では届かない。
―― それでも、今の
そうであってほしいと願うように、“明智吾郎”が笑った。少しだけ歪んだ眉間と口元からして、本当は怖くて堪らないのであろう。相変らず素直じゃない男だ。
―― 今なら、分かるんだ。なんで“アイツ”があんな風に振る舞えたのか。あんな嘘を突き通せたのか ――
(その心は?)
―― ……帰りたい場所があって、一緒にいたいヤツがいるから ――
(――正解)
“明智吾郎”が躊躇いがちに出した答えに、僕は満面の笑みを浮かべて同意する。
僕の心の海へ帰還した“彼”は、“ジョーカー”への執着と想いを『異性への恋愛感情』へ昇華させていた。
昇華のさせ方が『友愛』だったとしても、
『『“ジョーカー”を守る』という選択肢を選べる』ことがどれ程の奇跡なのか、
「――キミが、怪盗団ザ・ファントムの
「ああ、そうだ」
周防刑事の問いに、俺は不敵に笑いながら答える。“明智吾郎”が俺の心の海に還ってきて以来、悪役じみた演技もうまく行えるようになった気がするのだ。
今回の目的はただ1つ。
「できればなんだけど、大人しく投降してくんないかな。俺の本業の関係上、顔面崩壊の事態は避けたいんで」
「それは無理な相談だな。そちらが穏便に済ますつもりなどないことは把握している」
「……あー、やっぱり? やっぱりかー」
俺の言葉を聞いた上杉さんはがっくりと肩を落とした。落ち込んだのは一瞬だけで、上杉さんはすぐ飄々とした笑みを浮かべて得物を構える。彼は槍使いだ。
上杉さんの隣に並んだのは天田さんだ。彼もまた、物理攻撃を行う際の得物として槍を用いていた。
天田さんは穏やかな笑みを崩すことなく――けれど殺気を絶やすことなく、俺に得物の穂先を向ける。
「最初から話し合いが通じる相手ではなかったんですよ。支持者を精神暴走させ、様々な事件を引き起こしてきた連中を率いたリーダーなんだ」
「それは違う。怪盗団は殺人を計画したことなど1度もない。貴様らが真実を捻じ曲げたんだろう?」
「言うに事欠いて、ってヤツだね。本当に救いようがないや」
天田さんの笑みから穏やかさが消えた。彼は今、荒垣さんと対峙し火花を散らすとき以上に凶悪な笑みを向けてきた。あまり馴染みのない“明智吾郎”がたじろぐ。演技と分かっていても、怖いものは怖いのだ。
交渉が決裂するまでの演技は上手くいった。次は、ペルソナ使いがどれ程恐ろしいのかを――“ペルソナ使いを制することができるのはペルソナ使いだけである”と、一般人にアピールしなければならない。
須藤竜蔵は非能力者でもペルソナ使いを倒せるようにと、Xシリーズと呼ばれる兵器を開発していた。だが、奴の失脚によってXシリーズ関連データは破棄されるに至った。ニャルラトホテプの手助けを借りれない現在、Xシリーズが再開発・投入されることはないだろう。
カルトに傾倒した当時の現職大臣が開発した謎の兵器――宗教に関してこだわりのない日本人であっても、須藤竜蔵が起こしたカルト的テロ事件に対しては、多くの人々が強い嫌悪と怯えを見せる。マイナーな事件ではあるが、鳴海区の壊滅という被害は今でも語り継がれているためだ。
更に、智明が怪盗団の所業を語る際に奴の名前を持ちだしてきたため、珠閒瑠で発生したカルト的テロ事件は再び注目――主に嫌悪――の的になっている。奴が残した遺産に関する話題は、これからもタブーとして封じられていくことだろう。Xシリーズもその煽りを受け、封印されていく。
ペルソナ使いの能力を封じる力は、ニャルラトホテプの持つ能力の1つだった。Xシリーズはニャルラトホテプの力を人工的に再現しただけにすぎず、しかもそれは本家本物をかなり劣化させて改悪したものである。本物には到底及ばななかった。閑話休題。
「周防刑事。これ以上の議論は無駄だと思いますよ」
「そうだな。言い訳は署で聞こう。じっくりと、な」
天田さんに促された周防刑事が頷く。――それが合図だ。
俺は顕現していたロビンフッドで攻撃を仕掛ける。天田さんも周防刑事も上杉さんも、顕現していたペルソナたちで迎え撃った。勿論、ペルソナだけでなく、銃や突剣を駆使して攻撃を裁いていく。向うも槍や拳銃で応戦してきた。
演技だとは分かっている。でも、いつの間にか、俺は3人との戦いを本気で楽しんでいた。勿論、俺を迎え撃つ3人も口元に不敵な笑みを湛えている。「もっとその力を見せてみろ。旅路で得たものを示してみせろ」言わんばかりにだ。
俺たちの戦場に乱入者はいない。できるはずがない。どれくらい戦いを繰り広げたのだろう。双方共に息が上がってきた。
周囲にいる警官どもは及び腰になっており、ただ俺たちの戦いを見守ることしかできないでいる。おろおろしている者が大半だ。
後はダメ押しとばかりに爆発オチをつけよう――俺は上杉さん、周防刑事、天田さんに目で合図した。3人も頷き返す。
「――顕現せよ、ロキ!」
「――ヨロシクゥ、パラスアテナァ!」
「――これで終わりだ、ヒューペリオン!」
「――行けっ、カーラ・ネミ!」
自身のペルソナが誇る最大威力の攻撃を叩きこむ。それは、周防刑事たちも同じだった。砂煙が周囲を覆いつくし、俺の身体は勢いよく壁に叩き付けられた。
息が詰まり、ずるずると音を立てて崩れ落ちる。俺は咳き込みながら体を起こし――首元にひたりと槍の穂先が当てられた。額の真ん中には銃口が光る。
真正面には、文字通りボロ雑巾でも普通に立っている周防刑事、天田さん、上杉さん。……流石に、歴戦のペルソナ使い相手ではこれくらいが関の山だろうか。呆気ない幕切れに悔しさを感じつつ、俺はひっそり苦笑する。3人は俺に対して「強くなった」と称賛するように目を細めた後、乱暴に俺を拘束した。
超常的な力を有する怪盗団のリーダー(自称)がようやく捕まった姿を見て、ようやく一般の警察が我先にと群がって来る。だが、俺の睨みに委縮するあたり、ペルソナ使いがいかに危険かをアピールすることができたようだ。同時に、自分の役割を果たせたのだと安堵する。
まずは第1関門突破だ。これからが厳しくなる。脳裏に浮かぶのは、“明智吾郎”が取調室で相対峙した“ジョーカー”の姿だ。公安の連中から暴力を振るわれ、大量の自白剤を投与され、文字通りの拷問を受けていた。それなのに、灰銀の瞳には一切の揺らぎはない。
俺が憧れた正義の味方、その権化。俺が羨んだ正義の怪盗、その姿。今度は
――さあ、大一番を始めよう。俺の物語の始まりだ。
◇◇◇
………………。
…………。
……。
取り調べが始まってから、どれ程の時間が過ぎたのだろう。検察庁の地下取調室は、時間を確認できるようなものは何1つとして置いてない。分かることは、俺が“怪盗団の話”を語り終える程度の時間が経過したということだけだ。
冴さんは真正面から俺を見つめている。怪盗団の犯人が自分の身近にいた人物――検察庁に出入りしていた有名探偵だとは思っていなかったみたいで、取調室で拷問紛いのことを行われていた俺の姿を見て『明智くん!?』と悲鳴を上げていたか。
あと、俺の素の口調を聞いた冴さんがドン引いてた。彼女の前では爽やかな好青年の皮を被っていたからだろう。俺の変化を目の当たりにした冴さんは余程ショックだったらしく、“俺が明智吾郎本人かを確かめるため”だけに黎の話を振ってきた。
冴さんにしては珍しく黎の話を聞きたがったので語ってみたら、『もういい。もう分かった。貴方は正真正銘の明智吾郎くんね』とげんなりした顔でため息をついた。彼女のボヤキを参照すると、この時点で10分近くが経過していたらしい。正直まだ語り足りなかった。
『自白剤の影響込みであんなことになるなんて……公安の奴らは本当に余計なことばっかりするんだから……』――そんなしまりのないスタートだったな、なんて、半ば夢心地の中で考える。俺の足元には、死に体同然の“明智吾郎”が倒れ伏していた。
どうやら、“明智吾郎”には俺の精神的疲労が肉体的ダメージとしてフィードバックされているようだ。消えてしまいそうな光を宿した双瞼が、じっと俺を見返す。
―― ……まさか、この程度で根を上げたわけじゃねぇよな……? ――
(……ハッ。当たり前、だろ……? 未来の夫、舐めんじゃねえよ……!)
奴らは『怪盗団のリーダーを殺せ』と俺に命じてきた。今回俺がこんな風に捕まった――俺の出した答えを察知した――ら、奴らは俺を殺すだろう。
「その話や周防刑事が持って来た証拠品を照らし合わせると、貴方の身に危機が迫っていることになるわね。にわかには信じがたいし、もっと話を聞きたいんだけど、私にはもう時間がない……」
「……俺だけならまだいい方だと思うけど? 時間がないという言葉は、尋問に限った話じゃないし」
「どういうこと?」
「
「
俺の言葉を聞いた冴さんが、驚いたように目を丸くした。『廃人化』や精神暴走事件を起こしてきた連中に狙われていたことに気づいていなかったのだから、当然と言えよう。
「精神暴走を仕組んだ黒幕にとって、警察も検察も使い捨ての『駒』にすぎない。俺が死んだ暁には『怪盗団のリーダーが自殺する原因を作った非道な連中』として仕立て上げられ、社会的地位共々事件と一緒に葬り去られるだろう」
「なんですって!? ……でも待って。犯人はどうやって検察庁に出入りするの? いくら権力を有していても、地下の尋問室に出入りできるのは警察関係者や検察関係者だけよ?」
「……方法は、幾らでもある。非合法的な手段を用いるのは相手の専売特権だ。検察庁で何らかの騒ぎを起こしてその隙に……なんてこともできる。あるいは、ペルソナを用いて俺を嬲り殺し、適当な言い訳を並べて、検察庁有責の『怪事件』をでっちあげるか」
「バカな! そんなことすらまかり通るだなんて……」
「実際、須藤竜蔵の一件でも、警察関係者が奴とつるんでいたために煮え湯を飲まされた張本人がいる。貴女と握手を交わした刑事は、親子二代に揃って須藤竜蔵と因縁があった」
すべての話を聞かされた――俺の回りくどい表現からすべてを察した冴さんが、何とも言えない顔をして考え込む。“怪盗団のリーダーを名乗る少年を、事件の担当検事ごと、真実を闇に葬ろうとする巨悪がいる”――天秤にかけられたものを精査する時間なんて残されてない。
“明智吾郎”が体を引きずって立ち上がる。
「明智くん、1つ聞かせて。貴方が探偵として表舞台に立っていたとき、貴方はよく獅童智明と一緒にいたわよね?」
「……ああ、はい。いました。……
「
「……
「……成程。獅童智明は
質疑応答を終えた冴さんは立ち上がった。
――次の瞬間、冴さんにカジノの女主人がダブって見えた。女主人は静かに微笑み、その姿を消す。心の海へと還ったのだ。
途端に、冴さんの瞳から、殺気にも似た真剣さが和らぐ。
約束通り、冴さんのシャドウは自力で『改心』してみせたのだ。
「――それで、私は何をすればいいのかしら?」
***
冴さんが去っていった取調室には、俺と“明智吾郎”だけが取り残されている。けど、
俺が身構えたのと、
「――悪い子だな、吾郎。父さんと俺を裏切るだなんて」
扉が開かれるのと入れ替わりに発生した、凄まじい力の奔流に吹き飛ばされた。飛ばされたのは取調室に置いてあった椅子と机も同じで、壁に叩き付けられて倒れる。
地べたに這いつくばりながら、俺は乱入者を睨みつける。
俺を見下す乱入者――獅童智明は呆れたように笑った。
「……どうして、ここが……!」
「“俺を認知世界に連れ込んで、認知のキミを殺させる”だっけ? いい案だと思うけど、俺にはそういうの通じないから」
「残念だったね」と智明は嘲笑う。あの様子だと、奴はここに来る途中で冴さんと会ったようだ。スマホの仕掛けも作動していたのだろう。
それを見抜いたうえで、コイツは、本物の明智吾郎がいる場所を突き止めたのだ。――勿論、想定していなかったわけではないけれど。
「キミたちの世代は、現実世界でペルソナを顕現することはできないだろ?」
「――!」
「現実世界では、単なる一介の高校生でしかない。パレスの中で派手に暴れてペルソナ使いの恐ろしさをアピールしたみたいだけど、何も知らないバカどもしか騙せてないからね?」
智明は心底面倒くさそうにため息をついた。ここに来るまでの間に、子飼いにしている警察・検察関係者から「危険だからやめろ」と何度も制止されたらしい。
多くの者から反対された彼が、どうして検察庁の地下取調室に入れたのかは明白だ。獅童正義の圧力がかかったためだろう。特捜部長まで抱き込んでいるのだからあり得る。
獅童智明が『廃人化』を引き起こしている
では、どうして。
智明は今、現実世界で力を行使できているのか。
「俺は“特別なペルソナ使い”だからだよ。――おいで、ニャルラトホテプ」
青白い光と共に顕現したのは、珠閒瑠市での戦いで目の当たりにした悪神ニャルラトホテプの
しかし、何故、智明がニャルラトホテプの
俺が生唾を飲み干したのと、ニャルラトホテプの
ニャルラトホテプが現状に凄まじい不満――および不本意を抱えていることは確かである。奴の『駒』である神取鷹久が獅童智明の
俺がそんなことを分析していることに気づいたのか否か、智明はちらりとニャルラトホテプを見る。智明の表情は相変らず
鋭く細められた紅蓮の瞳。髪の色は違うが、その顔立ちは俺――“明智吾郎”によく似ている。俺と今の顔をした智明が並んでいれば、他の人間たちは兄弟と認識してもおかしくはない。しかし、それはすぐに
(俺がコイツの顔を
ニャルラトホテプの特性上、奴の顔はまともに
智明が本物のニャルラトホテプを宿し力を行使していたなら、その特異性を持っていてもおかしくない。
「……アンタ、どうして……」
「“悪神の本体をペルソナに落とし込むことができたか”、って? ……“我が主”こそが唯一絶対の『神』だからに決まっているだろう?」
『黙れ。愚かな偽神の『人形』風情が……!』
智明の言葉を聞いたニャルラトホテプの機嫌が急降下した。奴は智明と、智明の言う『神』をかなり嫌っているように思う。
幸運にも、智明にはニャルラトホテプの悪態が聞こえなかったようだ。残酷に笑いながら、暴力的なまでの力を一点に集中させる。それはまるで、玩具で遊ぶ子どもみたいだ。
そのときである。ニャルラトホテプは驚いたように目を丸くした。直後、何かを思いついたように表情を輝かせた。
奴は俺に視線を向けてきた。ニィ、と、それはそれは不気味な笑みを浮かべる。面白いものを見たと言わんばかりに、だ。見ているこちらがたじろいでしまう程の、悍ましい笑み。俺の反応を勘違いしたのか、智明が嗤った。
「キミが暴れないように見張っていたペルソナ使いの警察官たちは出払ってるよ。丁度、
「…………」
「
楽しそうに笑う智明に、俺は無言のまま奴を見上げた。
「ああ、それにしても、だ。父さんに従っていれば、こんなことにならずに済んだのにな」
「『怪盗団のリーダーを名乗る少年、取り調べの最中に死亡』……詳細はどうしようかな」なんて、智明は楽しそうに筋書きを口ずさむ。詩歌でも朗読するかのように。
つらつらとでっち上げの内容を語っていた智明は、最終的に“怪盗団が明智吾郎を見捨て、警察官を精神暴走させて殺害させた”という筋書きにすることにしたらしい。
正直な話、コイツの話より、先程から悪戯っぽく笑うニャルラトホテプの方が危険度が高い。俺の経験則が悲鳴を上げる程に、智明は(比較的)どうでもよかった。
『悪神と言えど、私の役割も
ニャルラトホテプは楽しそうに高笑いする。自分をこんな目に合わせた相手に対して、強い憎悪と悪意を抱いている様子だ。
奴が出し抜きたい相手はただ1柱。智明が“我が主”と呼んだ『神』そのもの。目的を果たすための手段として、奴は智明に殺される寸前である俺へ目を付けた。
コイツに利用されて無事だった人間は存在しない。滅びの世界からやって来た達哉さんや、彼の話していた人々がその一例だ。俺は逃れようとして、反射的に身じろぎした。
だってこんな展開、予想してない。悪神が俺に手を貸そうとするだなんて、誰が予想できるか!!
俺の経験則が叫んでいる。ニャルラトホテプが、何の対価なしに手を貸すはずがないのだ。
身構える俺を見て、ニャルラトホテプは俺に耳打ちした。言葉の意味を奴に問う暇は存在しない。
「――それじゃあ、さようなら」
――次の瞬間、智明が力を行使する。
ニャルラトホテプの力が容赦なく俺に襲い掛かった。
慌てて“仕込み”を行った俺の視界は、黒い闇に染め上げられる。
世界が闇に飲まれる刹那、黄金の蝶が羽ばたいたのを見たような気がした。
◇◆◆◆
『次のニュースです。怪盗団のリーダーを名乗る少年が、先程、検察庁の取調室で死亡したことが明らかになりました。その数時間前には、怪盗団を名乗る団体から予告状が届いており……』
青年は無言のまま、スマホをポケットにしまった。彼の肩に、黄金の蝶が停まって羽を休める。その蝶を眺めながら、青年は呟いた。
「――さて、ここからが勝負どころだ」
魔改造明智の新島パレス編、完結です。パレスの主との戦闘~取調室での窮地までとなります。その後に何が発生したかは次回、獅童パレス編の冒頭で纏める予定。ニャルラトホテプが魔改造明智に何を耳打ちしたかも明かされます。
ニャルラトホテプをこんな感じにしたのは、奴もまた『クトゥルフ神話におけるトリックスター』だからです。ムカつく奴をどうにかするためなら、悪神らしからぬことに手を出しても面白そうだなと思いました。但し、コイツの動きは魔改造明智の予想外だった模様。
ここから更に書き手の認知が歪んできます。それでもよろしければ、生温かく見守って頂ければ幸いです。