Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・P3Pの天田が初恋(ハム子=命への想い)を拗らせすぎて大変なことになっている。


彼女の絆を辿ってみようか

「協力者全員に私の正体露見しちゃった」

 

「オイ」

 

「でもみんな黙ってくれるって。頑張れって言ってくれたよ」

 

 

 眉間に皺を寄せた僕の心配など気にもせず、黎はニコニコしながらコーヒーを淹れる。佐倉さんがいないため、今回はアレンジコーヒーを振る舞ってくれた。爽やかな香りが鼻をくすぐる。カフェ・ド・シトロンといい、ホットコーヒーにグレナデンシロップを入れて輪切りにしたレモンを浮かべた――僕にとっては――変わり種だ。

 レモンを浮かべる飲み物と聞いて、僕が真っ先に連想したのは紅茶だ。コーヒーとレモンが結びついたのは、件のアレンジコーヒーを見るまであり得なかった。レモンの香りとざくろの甘みを噛みしめながら、僕はコーヒーを啜る。佐倉さんのコーヒーも好きだが、やっぱり黎が淹れてくれる方を贔屓にしてしまうのは性だろうか。

 

 予告状を出すまで残り1週間とプラスアルファ。その間に、黎は沢山の協力者たちと絆を結んだようだ。

 

 怪盗団応援団長にして怪チャン管理人である三島は、怪盗団の活躍から勇気を貰ったことから、自分の問題に区切りを付けることができたらしい。怪チャンと怪盗団を駆使して僕らのサポートをする傍ら、怪盗団のルポ本を書くために草稿を纏めている真っ最中だ。怪盗団も最終決戦であると察しているためだろう。自分の一大事業だと張り切っていた。

 黎の銃の師匠である母子家庭育ちの小学生は母親の暴走やクラス抗争に悩んでいたが、母親の『改心』をきっかけに、彼自身も良い方向へと変わり始めているようだ。この前は彼を負かした大人を倒し、その後の対応で器の大きさを見せつけていたらしい。『たとえ怪盗団が世間から非難されても、ずっと応援する』と笑っていたという。

 ミリタリーショップの店主は、もう二度とヤクザに脅されて危険な橋を渡らせられることはなくなった。彼は自分の過去について、息子と腹を割って話し合ったという。その後、高校受験を控えた息子から『『第1志望は秀尽学園高校にする。初恋は敗れたけど、憧れの人の背中を追いかけたい』と宣言された』そうだ。

 

 仲間たちの方も、黎や僕と絡むうちに、様々な悩みを乗り越えたようだ。それに伴い、ペルソナたちは覚醒して新たな力を手に入れていた。

 祐介のゴエモンがカムスサノオに、真のヨハンナがアナトに、双葉のネクロノミコンがプロメテウスに、春のミラディがアスタルテに、それぞれ目覚めたのである。

 力のお披露目は依頼を片付けるために潜り込んだメメントスであったが、シャドウたちを次々と屠っていく活躍からして、冴さんのパレス攻略にも充分活躍してくれることだろう。

 

 

「あとはワガハイのペルソナだな。覚醒したら、どのような姿になるんだろう……。巌戸台のモチヅキ・リョージとやらや八十稲羽のクマのように、ニンゲンになることだって可能かもしれない!」

 

「……モルガナ。その2人の例はあまり参考にしちゃいけないと思う」

 

 

 僕はマグロの刺身に舌鼓を打ちながら力説するモルガナへツッコミを入れた。そもそも、異形が人間の形をとれるようになる条件はシビアなのだ。そのケースは極めて少ない。

 

 巌戸台の望月綾時――ニュクスおよびデスが命さんに封じられたことが原因で生まれ落ちた『死の概念そのものが人間性を得て顕現した』存在だ。命さんの中に宿ってから10年の時代を経て顕現した彼は、ほんの数か月間だけ人間として振る舞うことができた。しかしその奇跡は2009年の12月末で途切れることとなる。

 八十稲羽のクマは、霧で覆われていたテレビの世界に存在していた異形の住人だ。彼はテレビの世界で穏やかな生活を送っていたが、ある時期から活発化したシャドウに悩まされることとなる。そこで出会った真実さんを慕うようになった彼は特別調査隊の一員として戦ううちにペルソナ能力を得て、その副産物で人間の姿を手にしたのだ。

 双方共に『元々はシャドウ由来の存在だったが、様々な要因が絡み合うことで人間としての姿を獲得した』と言えるだろう。善神の関係者であるモルガナが、件の両名と同じ方法を使っても難しいのではなかろうか。だが、他の例を探そうとすると、残るは悪神ニャルラトホテプの化身ども一同のみとなる。

 

 

「ゲェッ!? そしたらニャルラトホテプ関係者しか残らないじゃねーか! ヤツの関係者は斃さないと!」

 

―― ……この猫、こんなに物騒だったっけ? ――

 

(善神の関係者はみんなニャルラトホテプが大嫌いだからな。仕方ないさ)

 

 

 それを察知したモルガナは顔を嫌そうに歪めて首を振った。ついでに殺意までみなぎらせていた。

 “明智吾郎”が僕に問いかけてきたが、僕の知ってるモルガナはこんな感じなので頷く以外にない。閑話休題。

 

 

「怪盗団も決戦前の前哨戦だけど、学生としても考えなきゃいけないことはあるんだよね」

 

「そうだな。……最も、怪盗団の面々は、確固たる指針ができたみたいだけど」

 

 

 俺は珈琲を啜りながら、つい最近、ペルソナを超覚醒させた面々のことを思い返す。

 

 祐介は展覧会に出展した絵が賞を取った。僕と黎はその展覧会に招待された。そこで以前祐介にちょっかいをかけてきた画家と出会ったが、彼は祐介の作品を見て「素晴らしい。成長した」と評価を下した。何でも、彼がわざと祐介にきつく当たったのは、祐介の才能を信じて発破をかけたためらしい。

 どうやらその画家は班目とは旧知の仲であり、班目の人間臭い話を聞かせてくれた。幼い祐介が熱を出した際、班目は大慌てで『祐介が熱を出した。何をどうすればいい!?』と画家に相談の電話をしていたという。パレスでの黄金殿様だった班目からは皆目想像のつかないエピソードだった。班目も最初から悪人だった訳ではなかったのだろう。

 画家は祐介の才能を認めたうえで資金援助を申し込んできたが、祐介はきっぱりと断ってしまった。『援助に頼ると甘えになってしまうから』と言って微笑む彼の横顔は、清々しい程にいい表情をしていた。『黎が自分を見捨てず、最後まで見守ってくれたおかげでここまで辿り着くことができた』と。

 

 真は勉強以外に関することに興味を示すようになり、『自分の見識を広げたい』と黎に相談を持ち掛けていた。僕もそれに巻き込まれ、素行が気になる生徒の尾行を手伝ったり、ブチまるくんグッズ収集に手を貸してみたり、ゲームセンターで遊んでみたりする真につき合うこともあった。

 様々な経験を得た真は、最早5月に僕らを詰問してきた“大人の意のままに操られる冷徹な機械(マシーン)”――所謂“いい子ちゃん”ではなくなっていた。一皮むけた真は改めて自分の――警察官僚になるという――夢を抱き、今後も座学だけでなく、様々な遊びにも挑戦してみるつもりらしい。

 

 双葉は“1人で秋葉原で買い物できるようになる”という最終目標のために外へ行く特訓をしていた。僕もそれに協力したこともある。そんなときに遠くから見かけた双葉の友達は、以前より親から虐待を受けていたらしい。今でもそれを彷彿とさせるような様子だったのでメメントスに潜ったところ、双葉の友人――カナの親は歪み切っていた。

 カナの親を『改心』させた結果、虐待は止み、カナとの友人関係も復活した。『今日はカナちゃんとこんな話をした』と語る双葉の笑顔を見ていると、とても微笑ましい気持ちになった。彼女の話に耳を傾け、微笑を浮かべる黎の横顔も愛おしかった。佐倉さんが黎と双葉を優しい眼差しで見守っていた理由が分かったような気がした。

 最終的に、双葉は秋葉原に行っても人酔いすることなく買い物ができるようになったらしい。『その日は笑顔で帰宅し、俺に土産を買ってくれた』とは佐倉さんからの情報である。娘を想う父親の理想像は、きっと佐倉さんみたいな人なのだろう。そんな人を養父に持った双葉が羨ましいと思った。僕にとっては僕の保護者が一番だけど。

 

 春はオクムラフーズの今後は経営者たちに委ねることにしたらしく、婚約者である千秋と一緒に、関係者各位に自分の本音を伝えてきたようだ。そんな彼女の将来の夢は、個人経営レベルの喫茶店を開くことらしい。コーヒー豆も野菜も拘り抜いた自家栽培のものを使いたいとのことだ。野菜は既に千秋というアテがあるらしい。

 他にも、喫茶店では小物も扱う予定だそうで、その商品開発にも乗り出しているという。時々完二さんに連絡を取り、小物の作り方を教わっていたようだ。店を始めるのはゆくゆくのことであり、卒業してすぐ始めるつもりはないらしい。しっかり勉強して、本気で取り組みたいと語っていたそうだ。

 

 

「じゃあ、黎はどうするの?」

 

「吾郎と結婚して家庭を築く」

 

「うんそうだね。でもそうじゃないんだ。将来の夢のことだよ」

 

「吾郎と結婚して家庭を築く」

 

「うんそうだね。それも将来の夢だけど、そういう話題じゃないんだ」

 

「子どもは何人くらい作ろうか?」

 

「キミとの子どもなら何人だって構わないよ。……だから、そうじゃない。どんな職業に就きたいか、だよ」

 

 

 何だかかなり遠回りしてしまったが、僕の問いを聞いた黎は静かに笑った。

 

 

「司法関係の道に進みたい。第一志望は弁護士、かな」

 

 

 理不尽に苦しむ無辜の人々を助けたい、自分の信じる“正義”を貫きたい、罪を償い人生をやり直そうとする人を助けたい――彼女をその道へ踏み出させたのは、彼女自身が冤罪被害者になったことと、怪盗団として活動する際に宣言した方針があったためだ。この東京で様々な人たちを出会い、絆を結んだからだ。

 「すべてが片付いたら、司法試験を受けようと考えてる。大学も法学部を目指すんだ」と黎は笑った。その瞳はキラキラ輝いていて眩しい。僕は思わず目を細めた。“明智吾郎”は意外そうな顔をして“ジョーカー”を見つめる。“ジョーカー”は照れ臭そうにはにかんだ。灰銀の瞳は真摯な気持ちで満ちている。

 

 

「“謂れなき罪”を擦り付けられ、“理不尽な罰”を科されるようなことは、絶対あってはならない」

 

「黎……」

 

「だから、そういうものから、吾郎を守れるような人になりたかった」

 

 

 「人知を超えた異形と怪異を、人の視点という“正義”を用いて推し測れるような人間になりたい」――黎はきっぱりと言い切った。

 “謂れなき罪”、“理不尽な罰”――それは、いずれ僕に降りかかって来るであろう、あるいは、もう何度か降りかかってきている事柄だった。

 『神』という存在の干渉がなければ、黎や僕が『神』のゲームに巻き込まれなければ、彼女はこの道を選ばなかっただろう。

 

 ペルソナ能力を手にした者、あるいはその事例に関わった者は、人知を超えた異形が齎す怪異と戦い続ける定めとなる。

 それを熟知しているからこそ、黎は法律家――弁護士の道を選んだのだ。人を――ひいては()()()を、“謂れなき罪”や“理不尽な罰”から守るために。

 

 

「普通逆だよね? 僕が黎を守るものでしょ?」

 

「私が吾郎を守りたいと思うことはおかしいの?」

 

 

 真顔で問い返された。()()は圧倒されてしまう。

 同時に、その強さと器の大きさに感嘆した。

 

 

(……敵わないなぁ)

 

―― 全くだ。一生勝てないだろうな ――

 

 

 ()()はひっそり苦笑する。特に、“明智吾郎”は最後の勝利者の座を巡って“ジョーカー”と騙し合いを繰り広げたのだ。()()()()の強さは嫌という程思い知ったことだろう。

 

 

「じゃあ、吾郎の将来の夢は?」

 

「調査員。……至さんみたいな、異形と怪異の最前線に立つような」

 

「表向きとしては探偵ってこと?」

 

「うん。……でも、黎が弁護士になるって言うなら、パラリーガルや弁護士秘書もいいかもしれない。予備の司法試験は突破してるし、本試験に合格して資格を取って修習生としての課程を終えれば資格を活かすことができる」

 

 

 予備とは言えど、司法試験を突破しておいた経験は無駄にならずに済みそうである。パオフゥさんから冴さんを紹介してもらうための最低ラインとして手を付けたことが、こんな形で活かせるとは思わなかった。

 弁護士秘書は文字通り弁護士のサポート――主にスケジュール管理や来客対応、書類作成や判例の検索等のアシスタント業務――をする仕事だし、パラリーガルは実質弁護士秘書の上位互換版と言える。多忙な弁護士を支える仕事だ。

 なんてったって、僕は黎の伴侶(パートナー)である。公私共に相棒(パートナー)でありたい。これもまた、“明智吾郎”による“ジョーカー”への執着や想いが昇華された形の1つだ。「我は汝、汝は我」である。

 

 ……正直な話、黎に対する僕の執着度合いが恐ろしいことになっているという自覚はあった。

 

 一度目を留めた相手は――感情のベクトルがどうあれ――徹底的に対応してしまうというのは、完全に獅童正義の血筋である。獅童が叩き潰したり使い潰したりするならば、僕はべったりと張り付いて手放さないという点だろう。以前『改心』した中野原以上に凶悪な歪みだと自負していた。

 歪みが歪みとして顕現しないままでいられるのは、黎の包容力と器が大きいからに他ならない。彼女だって甘やかされたいときはあるだろうに、いつも僕を含んだ他者を甘やかし、支えてばかりである。……僕だって、黎が安心して弱音を吐けるような場所になりたい。僕にとっての彼女がそうであるように、だ。

 

 

(……そういえばさ、“明智吾郎(おまえ)”は将来、どんな大人になりたかったんだ?)

 

 

 ふと思いついた僕は、隣にいるはずの“明智吾郎”に問いかけてみた。

 “ジョーカー”と何かを話し込んでいた“彼”は、僕の問いかけに目を丸くする。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔は、18歳には見えない程子どもっぽい。

 

 “明智吾郎”は暫し目を瞬かせた後、難しそうな顔をして呟いた。

 

 

―― 正義の味方になりたかった ――

 

 

 後ろめたさを滲ませたような声色だった。それを口に出す資格は自分にないと言わんばかりに、“彼”は言葉を閉ざす。

 “ジョーカー”は、そんな“明智吾郎”を静かな面持ちで見守っていた。

 

 『正義の味方は期間限定』だなんて話をどこかで耳にしたことがある。『天井をぶち破って高い場所へ向かうのが子どもの特権、天井までの間にある限りあるものを駆使して最良の結果を掴もうと足掻くのが大人の宿命』という話は至さんから聞いた。彼の人生は最初から後者だったように思う。

 ペルソナ使いに覚醒した中で活躍しているのは、10代後半から20代前半付近――特に10代後半の活躍が目覚ましい――若者だ。丁度僕たちの年齢のペルソナ使いが、『正義の味方』として世界の滅びを救うために戦うことになる。ラスボスはいつも『神』と名のつくクソみたいな存在だった。

 

 “明智吾郎”の人生は、早くて11月末――遅くても12月上旬までの間に終わる。つまり、冴さんのパレスを攻略した後に発生する戦いで命を落としているのだ。

 獅童正義のパレスで“ジョーカー”と対峙して敗北後、獅童の人形として認知されていた“自分自身”が現れ、同じ力を駆使して怪盗団を追いつめに掛かった。

 『復讐は完遂できないが、目前に迫った最終目標――獅童の破滅を成せないままというのは絶対に嫌だ』――そう判断した“彼”は、怪盗団を生かす選択をした。

 

 

(テレビや漫画、小説なんかであるよな。『改心』した悪役が主人公たちと一緒に手を取り合おうとするけど、悪党に邪魔されて双方共に窮地に陥るシーン)

 

―― それがどうした ――

 

(そこで悪役が、今まで殺し合っていた相手である主人公を自分の命に代えて助けるシーンがある)

 

―― だからどうした ――

 

(破滅を選んだことで、ようやく主人公と分かり合えるってシーンを見る度に、いつも『悪党をぶん殴ってやりたい』って思ってた)

 

―― ……お前は何が言いたいんだ? ――

 

(今回は、そこに悪党が邪魔してくることはない。ついでに、主人公と一緒に悪党を殴りに行くというボーナスステージもある)

 

 

 目を丸くした“明智吾郎”に、僕は笑って見せた。

 

 

(お前の夢、叶うよ)

 

 

 僕の言葉を聞いた“明智吾郎”は口元を戦慄かせた。何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返し、呆れたように額を抑えてため息をつく。

 “明智吾郎”が憧れ羨望した正義の味方――“ジョーカー”と共に戦えることは、即ち、名実ともに正義の味方ご一行様の一員であるということを意味している。

 

 

(往こうぜ正義の味方(ヒーロー)、世界を救いに!)

 

―― ……望むところだ、ばーか! ――

 

 

 悪戯を企てる子どものように、弾んだ気持ちで笑い合う。自分相手にこんな漫才を繰り広げることになるとは思わなかった。

 視線を感じて振り向けば、“ジョーカー”()()が慈しむような眼差しで()()を見つめているところだった。

 なんだか気恥ずかしくなって、僕は小さく咳払いした。黎はふわりと微笑み、今までの日々を思い返すように天を仰ぐ。

 

 

「4月にここに来たときはどうなることかと思ったけど、沢山の出会いがあったな。この旅路は、私にとって大事な宝物だよ」

 

 

 黎は噛みしめるようにして呟いた。結んだ絆を慈しむ彼女を見ていると、なんだか酷く切ない気持ちになる。

 

 

「俺がいなくても、大丈夫そう?」

 

「それはないよ。吾郎がいてくれたからこそ、だ」

 

 

 黎は静かに微笑みながら、自分用のコーヒーを啜った。俺と同じカフェ・ド・シトロン。

 同じフレーバーのコーヒーを飲み、同じ時間を同じ場所で過ごす――その奇跡を、噛みしめる。

 

 

「探偵業を続けるとしたら、メディア出演も続けるの?」

 

「すっぱり足を洗うよ。元々、獅童の喉元に迫った結果押し付けられたような仕事だし」

 

 

 僕は苦笑しながらカフェ・ド・シトロンを煽った。実際、冴さんのパレス攻略開始直前――獅童と手を切ることにして――以来、僕はメディア絡みの仕事を徹底的にキャンセルしていた。出演依頼が舞い込んでも断っている。

 全てに片が付いたなら、“探偵王子の弟子にして正義の名探偵・明智吾郎”はこのままフェードアウトするつもりだ。時が経てばいずれ僕の話題も出なくなり、人々から忘れ去られる日が来るのだろう。後に残るのは、有栖川黎を愛してやまない1人の男だ。

 「そっかー。吾郎の王子様キャラも見納めかぁ」――黎は至極寂しそうに苦笑した。意外と気に入っていたのだと語る黎に、ちょっと悪戯がてら「悪い子の俺は嫌い?」なんて愚問を訊ねてみる。黎はにっこりと微笑みながら、

 

 

「どんな吾郎も好き」

 

 

 酷く艶やかな微笑を浮かべるものだから、堪らない。

 

 清濁併せ持った都会の空気に触れても尚、黎は背筋を曲げることなく、道を踏み外すことなく、自分の正義を貫いて、堂々と道を歩んでいた。けれど、だからと言って変わらないままだったかと問われれば、そうではない。以前よりも鮮やかな色彩を纏い、目を輝かせ、艶やかな装いとなったように感じるのだ。

 黎の指が僕の手をなぞる。手袋越しから伝わってくる感触に、僕は思わず息を吐いた。些細な動作にも熱を感じてしまうのは、彼女と過ごすひととき――互いの温もりを掻き抱いて眠る夜――を幾度となく越えてきたからだろう。溺れてしまう程の幸福――その甘美な味を、知ってしまったから。

 

 密やかに微笑み合う僕たちの姿を目の当たりにしたモルガナが、「ワガハイ、今日も野宿か」と解脱した菩薩のような顔をした。

 先日は佐倉家の双葉の部屋に泊まり、彼は部屋主によって盛大にもみくちゃにされたそうだ。『スオウとかいう刑事よかマシだ』とぼやいていたか。

 その前は高巻家に預かってもらえないかと打診して断られたことに血涙を流しながら、奥村家に泊まることになっていた。閑話休題。

 

 

「ねえ吾郎」

 

「何?」

 

「週末2日間、空いてる? 買い出しついでに、吾郎と一緒に過ごしたいんだ。……いいかな?」

 

 

 黎は少し躊躇いがちに、小さく、僕の服の袖を引っ張る。伺うような問いかけだ。

 凛とした声の奥底に、微かに滲んだのは微かな不安。――普段は大胆不敵な怪盗が見せた、ささやかな弱音だった。

 

 勿論、断るなんて選択肢はない。僕は躊躇うことなく2つ返事で頷き返した。

 

 

◇◇◇

 

 

 事実上のデートなので、割と浮かれていた自覚はある。ベージュの鹿打ち帽とライダースコート、ダークブルーとスカイブルー基調でアーガイルチェックのベスト、黒のチノパン。あとは黒淵の伊達眼鏡を身に着けていた。半分変装、半分本気で選んだ服装だった。

 因みに、黎は黒のワンピース風のトレンチコートを身に纏い、アウターとして白のハイネックを着てフリルのついたプリーツスカートを穿いていた。ストッキングの色は黒に近いネイビーブルー、ローファーの色は濡れ烏色だ。シンプルなモノトーンコーデだが、どこか艶っぽく見えるのは気のせいではなかった。

 

 11月の街は冬の足音が近づいているようで、少々肌寒かった。あと1ヶ月過ぎれば、この街もイルミネーションに彩られるのだろう。買い出しがてら、僕たちは東京の街をぶらついていた。

 

 

『あら、彼が貴女の彼氏くん? モルモットさんから惚気話は聞かされてるわよ』

 

 

 クイーンの肩パッドを連想させるような刺々しいチョーカーを身に着けた武見医院の女医――武見さんは、付き添いである僕を見て愉快そうに笑っていた。

 怪盗団の活動を行う際、彼女から薬を融通してもらっていることは知っていた。どんな人なのかと思っていたが、成程、パンクな印象を受ける個性的な方らしい。

 メメントスで稼いだ金をつぎ込み、大量の薬を購入する。どの薬も即効性が高く、表には殆ど出回っていない“いわくつき”。しかし、怪盗家業には欠かせないものばかりだ。

 

 武見さんは黎のことを気に入っており、彼女のことを『モルモットさん』と呼んで親しんでいた。

 黎も武見さんのことを深く信頼しているようで、『ここの薬は凄いんだよ』と語っていた。

 

 

『交際期間12年目で婚約者になったんですって? ――うふふ、お幸せに』

 

 

 武見さんと談笑した後、医院を出た僕たちは東京の街へと繰り出す。休日とあってか、人の群れでごった返していた。

 

 

『吾郎先輩、丁度良かった! 婚約祝いの引き出物が決まらないので、もういっそ本人に聞こうかと思ってたところなんです!』

 

『黎さんからお噂は伺ってました。お2人とも、お似合いですよ。……ちょっとだけ、悔しいけど』

 

『アンタが黎さんの彼氏? ふーん。――黎さんを泣かせるようなことをしたら、絶対に許さないからね』

 

 

 街中で出会ったのは怪盗団のファンたちである。彼らが繋がりを持っていたことに黎はちょっと驚いたようだ。

 だが、奴らの顔を見た僕は、何故この3人が繋がってしまったのかを理解した。

 黎は気づいていないようだが、僕には彼らの共通点を一瞬で看破してしまった。

 

 ――だってそれは、僕自身にだって言えることだったから。

 

 僕と彼らの明暗を分けたのは、劇的に切り替わった運命のおかげだといえるだろう。

 どこかの可能性の中には、彼らと黎が結ばれる可能性もあったのかもしれない。

 

 三島は怪盗団公認の応援団長だ。鴨志田の一件で黎に救われた三島は、いの1番に怪盗団のサポート役を買って出た。おそらく、その中には『黎とお近づきになれるかもしれない』という下心もあったのだろう。それは竜司から齎された情報によって木端微塵に打ち砕かれた。以来、三島は黎と僕のファンみたいな立ち位置になっている。

 岩井薫はミリタリーショップ店主の息子だという。赤ん坊のときに売られた彼を連れてヤクザを辞めた店長の手によって育てられた。それを嗅ぎつけた店長/父親の元・兄貴分から彼が脅されていた一件を黎に助けられて以来、薫は黎のことを慕っているのだという。自体の発覚前は家庭教師役として勉強を見てもらっていたそうだ。

 織田信也はチートゲーマーの『改心』を行った際、取引を通じて銃の師匠を買って出ていた。他にも色々な悩み相談にも乗ってもらっていたという。母親の『改心』の件で怪盗団の正体に気づいた彼もまた、黎に対して淡い恋慕に近い感情を抱いたようだ。……最も、あの様子だと、三島や薫の二番煎じになったのであろうが。

 

 

『最近ガンナバウトに出入りし始めた人がいたんだけど、その人ちょっと怖いんだ。リャクダツアイ? みたいな話を勧めてきたし、結婚した初恋の人を今でもコシタンタンと狙ってるとか言ってた。黎さんと黎さんの彼氏の話をしたら『ごめんね。その2人の経緯は知ってるから、どちらの肩も持てないや』って悲しそうな顔してた』

 

『織田くんが言ってた特徴を持ってる人物と、つい最近顔を会わせたんだ。アルビノの雑種犬を連れてた大学生。接触してみたら名乗ってくれたよ! 確か、天田乾だった』

 

『11月初旬から店に出入りしている人がいるんです。黎さんや、テレビで取り上げられてる探偵・明智さんに関しての話題で話し合ってるらしいんですが、父さんは詳しく教えてくれなくて……。その人確か、父さんからパオフゥって呼ばれてました』

 

 

 ……内容はどうあれ、大人たちも続々と動き出しているらしい。

 

 天田さんはコロマルを連れて東京を歩き回っている。『正々堂々横恋慕続行宣言』に関しては、荒垣さんに伝えておけば負けじと頑張ってくれることだろう。

 パオフゥさんは単独で動き回っている様子だ。うららさんは比較的安全な別件調査に向かわされているに違いない。後でうららさんにチクっておこう。

 

 黎のシンパである3人にビックバンバーガーで軽食を奢って別れた後、街頭をうろうろしていたらスーツ姿の政治家を発見した。

 

 

『キミが黎さんの婚約者、吾郎くんだね?』

 

 

 僕を見て静かに微笑んだのは、20年前に汚職事件を起こして干された吉田議員である。彼は黎に演説術を教えた師匠でもあった。アンチ派からは『ダメ寅』と呼ばれてこき下ろされているが、それにも負けず、今回の選挙にも出馬するようだ。

 演説をするのはいつも夜なのだが、この時間帯でも既に、彼の支持者や演説に惚れこんだ人々から『次の街頭演説はいつ?』だの『選挙頑張れ』だのと声をかけられていた。吉田議員の結果がどうなるかは分からないが、できれば受かってほしいと思う。

 

 彼を見ていると、八十稲羽の市議会議員として再出発した生田目氏のことを思い出すのだ。

 生田目氏は東京での八十稲羽物産展成功を足掛かりに、八十稲羽のアピールを行うと語っていたか。

 彼もまた、一度大きな過ちを犯してから立ち直ろうと苦難の道を進んでいた人だった。

 

 生田目氏と吉田議員が顔を会わせたら、きっと仲良くなれそうな気がする。僕はそう直感した。

 

 

『……ふむ、若いのにいい目をしている。確固たる意志と意見を持ち、自分の為すべきことを見据えた瞳だ。キミのような若者こそ、これからの日本に必要な人材だよ』

 

 

 激励の言葉をかけられた僕は吉田議員に頭を下げた。ついでに生田目議員を紹介しておいた。

 暫し談笑した僕らは彼と別れ、昼食をどこで食べるかを検討する。

 

 

『ああ、元・情報屋さんじゃない! 久しぶりー!』

 

 

 昼間から高いテンションで絡んできたのは、雑誌記者の大宅さんだ。彼女は上機嫌である。

 

 どうやら彼女のスクープ記事が雑誌の売り上げに貢献したようで、社内の賞を受賞し金一封が出たらしい。はしゃぐ大宅さんに、僕たちは急遽『大宅さんおめでとう』パーティを開く――大宅さんに何かを奢ることにしたのだ。行先は銀座の寿司店である。

 “一介の高校生どもがいい年した社会人のために大金をはたく”図に、大宅さんが戦慄していた。しかし僕らからのお祝いの気持ちは受け取ることにしたようで、寿司に舌鼓を打つ。けど、そんな中でも、彼女は怪盗団の協力者として僕らの行く末を心配してくれていた。

 

 

『何かあったら言いなさいよ? アタシ、これでも修羅場を潜り抜けてきたジャーナリストだからね。アンタたちの為ならたとえ火の中水の中、悪魔の群れにだって突っ込むわよ!』

 

 

 悪魔絡みの事件で舞耶さんと黛さんの巻き添えを喰らい、『なんでアタシ悪魔にインタビューしてるんだろ? 泣けてくるわぁ』と嘆いていた大宅さんも変わったようだ。

 獅童によって汚名を着せられ“処分”させられてしまった相棒の弔い合戦。怪盗団の起こした『改心』によって、大宅さんは長い戦いに終止符を打った。

 『そのときの恩と借りは必ず返す』と、『これから獅童の腹心に関する記事を書く』と言って、力強く微笑んでくれた。そのためにも、英気を養っておいてほしい。

 

 昼食を食べ終えた僕たちは、大宅さんと別れて東京の街を散策する。のんびりと談笑していた僕たちは、黎の担任教師である川上先生と鉢合わせた。

 女性教師の休日に何をするのかと思ったが、川上先生は釣りのスペシャリストらしい。これから釣り堀に行って時間を過ごすのだという。

 

 

『……最近、ニュースが気になってね。獅童智明っていう天才高校生がいるでしょ? アイツ、連日連夜『怪盗団が秀尽学園高校(ウチ)に潜んでる』って熱弁してるから、キミのことが心配になって……』

 

 

 川上先生が黎や怪盗団を気にかけるのは、単に『前科持ちの生徒が面倒事を起こさぬよう監視するため』ではない。川上先生もまた、怪盗団の行った『改心』によって窮地を救われた1人である。

 

 とある男子生徒の死と遺族からの謝罪料催促によって、川上先生は押し潰されかかっていた。彼女が本来の気質を取り戻すきっかけを得たのは、怪盗団の『改心』だけでなく、黎との交流があったからだろう。

 川上先生は黎を案じている。担任教師として、怪盗団の協力者として、怪盗団に救われた人間の1人として。今回の事件――怪盗団に着せられた冤罪――の行く末を心配しているのだ。

 僕たちの様子から戦いが佳境になっていることを悟ったのだろう。川上先生は仕方なさそうに笑うと、『サボタージュしやすくなるよう便宜を図っておくから』と親指を立てた。双瞼は悪戯っぽく輝いている。

 

 

『……それと、婚約おめでとう。これから幸せになるんだから、絶対冤罪を晴らしなよ!』

 

 

 川上先生からの激励を受けた僕たちは、再び東京散策を再開した。

 4月の景色とはずいぶん様変わりした秋の風景も、いずれ雪化粧に染まるのだろう。

 

 

『あら、黎さん。このような場所で会うなんて珍しいですね』

 

 

 そんなことを考えながら近場の喫茶店に足を踏み入れたとき、黎に声をかけてきた少女がいた。

 

 彼女の顔には見覚えがある。確か、一時期メディアで『美しすぎる女流棋士』として取り上げられていなかったか。僕が首をかしげると、向うの少女が自己紹介してきた。一二三さんは黎の将棋友達らしい。そういえば、八百長将棋で問題になってプロからアマチュアに降格にされたという話題があった。

 母親が『改心』して以後の一二三さんは八百長将棋を脱し、再びアマチュアから再スタートした。彼女の実力は本物で、再出発後は負けなし・破竹の勢いで勝ち進んでいる。プロへ返り咲くのも夢ではないと噂されていた。一二三さんは時折メディアの取材を受けるようで、『黎がいてくれたおかげ』と話している。

 一二三さんも、怪盗団に着せられた冤罪事件のことを心配していた。暫く談笑していた一二三さんは表情を曇らせた後、今回の一件について訊ねてきた。彼女も怪盗団の無実を信じている人間の1人として、今回の顛末が気になるようだ。……最も、近々試合もあるため、色々な意味でやきもきしているらしいが。

 

 黎は僕のことについても彼女に話していたらしい。

 僕を見るなり『素敵な方ですね』と目を細め、我がことのように喜んでいた。

 

 

『貴女たちを見る限り、恋も勝負も大一番といったところでしょう。どちらも前に進まなければならないときです。……ご武運を』

 

 

 一二三さんと別れた僕と黎は、東京の街を歩く。そろそろ日も傾いてきた。

 あと数時間もすれば空は闇に覆われ、今日も終わるのだろう。

 

 

『そちらの方が、黎さんの言っていた彼氏さんですね! 彼女、貴方に纏わりついていた死の暗示を次々と覆したんです! 本当に凄かったんですよー!』

 

 

 ぽつぽつとネオンが灯り始める中で、僕と黎を呼び止める声が聞こえてきた。振り返れば、金髪碧眼の女性がこちらに手招きしていた。

 女性は占い師の御船さんであり、黎の協力者の1人だ。僕と黎のことに関して御船さんは何度も占ってくれており、僕らを応援してくれていた。

 運命を超えてきたのは黎だというのに、破滅を次々と覆す彼女を見てきた御船さんは我がことのように喜んでいた。そんな黎の姿に励まされてきた、と。

 

 以前、御船さんは僕と黎に関する占いをしていた。『11月と12月が、死と破滅が一番近くに迫って来る』という運命を予知しており、その顛末を固唾を飲んで見守っている状況だという。今回怪盗団にかけられた冤罪のことも予期しており、事態が占い通り――破滅に向かって動いていることを心配していた。

 御船さんは無料で占いをしてくれた。タロットカードを切って机の上に並べる。並んだカードは悪い意味を指すものばかりだ。でも、御船さんは一端手を止めてこちらを見上げる。彼女の双瞼は、真摯に僕たちを見つめていた。

 

 

『確かに、このまま行けば破滅一直線です。でも私、運命を覆してきた黎さんの強さを信じています。貴女なら――貴女たちなら、どんな運命だって乗り越えられる。……だから、絶対負けないでくださいね』

 

 

 御船さんはそう言うなり、4枚かのカードを差し出した。刑死者、星、審判、太陽の正位置――御船さん曰く、『此度の滅びを乗り越えた先にあるもの』とこのことだ。試練は大きいが、希望は確かに存在している。

 

 占い師からのアドバイスを心に刻みながら、僕たちは礼を言って立ち去った。ついに日が暮れて、夜の東京はネオンや建造物の灯りによって彩られる。僕たちは武器を調達するため、ミリタリーショップに足を踏み入れた。

 店長である岩井さんは僕の顔を暫し凝視すると、鋭く目を細めた。こちらを探るような眼差しから、僕が“テレビに出て怪盗団を批判していた探偵・明智吾郎”であることを察したようだ。元ヤクザの危機察知能力は伊達ではないらしい。

 黎が武器を買い揃えている脇で、僕と岩井さんは無言のまま火花を散らし合っていた。そのとき、うららさんとパオフゥさんがミリタリーショップにやって来る。うららさんが黎に構い、そんな現相棒をパオフゥさんは困った様子で見守っていた。

 

 

『――アイツにほんの少しでも害を加えてみろ。ただじゃおかねェ』

 

 

 黎の注意が完全に逸れた瞬間、岩井さんが地の底を這いずるような声を上げて僕を威嚇してきた。元がついてもヤクザはヤクザ、眼力と迫力は衰えていない。その凄みを真正面から受け止めながらも、僕だって負けるつもりはないのだ。

 『その言葉、そっくりそのまま返す。アンタこそ黎を危険に晒すと言うなら、容赦しない』――こちらも普段よりワントーン低い声で返事した。再び睨み合いを始めた僕らだったが、それを中断させたのはパオフゥさんだった。

 

 パオフゥさんは僕と岩井さんの肩をポンと叩いた。『やめとけヤモリさんよ。コイツは地元じゃ『白い烏』って呼ばれる黎の守り手だ。伊達に12年間、その名を背負ってたわけじゃねぇ』――岩井さんに囁くようにして、パオフゥさんが告げる。

 

 それを聞いた岩井さんは目を見張ると、ちらりとこちらを見返した。黎はうららさんと楽しそうに談笑している。

 黎にはやっぱり笑顔が似合うなと思いながら、僕はひっそり目を細めた。再び僕と岩井さんは顔を見合わせる。

 

 

『成程な。俺の余計なお世話ってとこか。……これからも、アイツを守ってやってくれ』

 

 

 岩井さんは僕に耳打ちしながら、黎が買った武器防具を手渡してきた。僕はそれを受け取る。

 パオフゥさんとうららさんは店に残り、何か話をするらしい。詳細は分からないが、悪だくみをするわけではなさそうだ。

 店から出ると、酔っぱらった大人や派手な身なりをした大人の姿がちらほら伺える。僕たちは四軒茶屋へと足を進めた。

 

 佐倉さんは当たり前のように僕らを迎えた後、ちらりとこちらを見返した。彼は静かに微笑むと、何も言わずにコーヒーを淹れてくれた。

 僕らの戦いが佳境を迎えていることを察しているためか、最近はひっそりと便宜を図ってくれる。それがとてもありがたかった。

 

 

『前にも言ったが、俺に出来ることはお前たちを匿ってやることぐらいだ。これでも立派な大人で保護者だからな』

 

 

『お前さんの保護者なんかは俺よりもずっと若いのに、俺の何倍も駆けずり回ってるんだぜ? こっちだって、まだまだ負けちゃいられねぇよ』

 

 

 佐倉さんはニヒルに笑ってみせる。あの様子からして、至さんや航さんから何かを言われたのだろうか。

 それを問う間もなく、佐倉さんは店じまいをして『節度は守れよ』と言い残し、ルブランから去っていった。

 

 テレビでは連日連夜、怪盗団絡みの特集が放送されている。周りが何を騒ぎ立てようがどうでもいいが、それ以外に何か別な番組はないのだろうか。そんなことを考えている間にニュースは終わり、ようやく、怪盗団とは関係のない特番が放送された。

 上杉さんと黒須純子さんがMCを務める海外ロケ番組だ。りせさんや英理子さんもゲストとして出演しており、MC・ゲスト共々ロケに参加していたらしい。ロケの収録は先月末、番組の収録は先週末に終えているとは上杉さん本人が語っていたか。

 収録済み番組を除けば、上杉さんは『長期休業宣言』によって表舞台から引きこもっている。ペルソナ使いとして特捜のサポートに駆り出されることが正式に決まってしまったためだ。“自分の顔面が無事なままこの件が済むことを祈っている。配慮して”とメッセージが来たか。

 

 画面が切り替わり、白基調のワンピースを身に纏った英理子さんのVTRが流れ始めた。白い砂浜、青い海の場面から映像が始まる。程なくして、海沿いの田舎町を歩いていた英理子さんは白亜の小屋の前に立っていた。

 内部は意外と広い作りになっている。そこに飾られていたのは大きなステンドグラス。描かれていたのは、黎の“おしるし”と同じ『6枚羽の魔王』だった。興味深そうにする英理子さんに、現地のガイドが説明を始めた。

 

 

『元々この地域には、独自の神話が根付いていたんだよ。一度廃れてしまったが、最近は地元のマイナー映画になった影響か、再び注目されるようになってね……』

 

 

 ガイド曰く、このステンドグラスは件の神話をモチーフにして作られた芸術作品なのだという。

 

 原初の世界は至高神によって創造された完璧な世界だったらしい。だが、至高神の神性・アイオーンの1柱が「至高神と、ひいては至高神から生み出された自分の素晴らしさを知らしめたい」と思い至り、自分よりも劣る神を生み出したのだという。

 劣った神は完璧な世界を模倣しつつも、力不足のために不完全な世界を創り上げた。その世界を管理していくうちに、劣った神は人間たちの欲望を目の当たりにして、自らの責務を忘れて驕り高ぶるようになったそうだ。そのうちに劣った神は悪神へと転化してしまった。

 終いには、『自分以外に神は存在しない』と認識し、悪神は思うがままに力を振るって、不完全な世界――即ち、人間たちが生きている“この世”を支配しているのだという。奴は人間たちを破滅させることに悦を見出しており、隙あらば人間に理不尽を味合わせようとしているそうだ。

 

 

『悪神ヤルダバオトとその配下であるデミウルゴスによって人間たちの魂は不完全な現世に囚われ、様々な艱難辛苦を味あわされることとなり……』

 

「……ヤルダバオト……」

 

 

 ガイドの説明を聞いた黎がぴくりと反応する。反応したのは彼女だけではなく、“ジョーカー”もだった。灰銀の双瞼に宿るのは、鮮烈な憤怒と惜しみない敵意。仇敵の存在を察知したと言わんばかりの形相に、僕と“明智吾郎”は呆気にとられる。……だって、その目は、獅童正義に向けた憤怒と桁違いだったから。

 ()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()――“明智吾郎”は小さく身震いした。裏切り者である“自分”すら許した怪盗が、堪忍袋の緒を切ることすら難しそうなくらい温和でお人好しだった正義の味方が、“ヤルダバオト”という単語に対して激情をあらわにするとは思わなかった。

 

 黎の眼差しはテレビに釘付けだ。そうしている間にも、ガイドの説明は続いていく。

 

 

『そんな中、この事態を重く見たアイオーンたちがいたんだ。サタナエルとその配下アガリアレプト。彼らはヤルダバオトから人間たちを救おうとしていた。彼らの先導役を行ったセイレは元々、ヤルダバオトを生み出したアイオーンが奴より先に生み出した化身だったんだが、創造主からは『失敗作』とされ棄てられてね。自分の創造主の所業にあきれ果てた彼は、創造主の罪を贖うため、サタナエルとアガリアレプトに力を貸したそうだ。最期は悪神どもを討つために身を投げうって――』

 

 

 ガイドの説明に熱が入る。『因みにステンドグラスに描かれているのはサタナエルの方でね。別の小屋にはアガリアレプトを描いたステンドグラスもあるよ。丁度、この島の反対側……つまり、対角線上の反対側にあるんだ』――ガイドの説明はそう締め括られた。

 興味半分にテレビを聞き流していた僕は、不意に引っ掛かりを感じた。アガリアレプトには一切の聞き覚えがないが、サタナエルという単語をどこかで――数えるほどでしかないが――聞いたことがあるような気がしたのだ。

 フラッシュバックするのは6枚羽の魔王。鴨志田のパレスでは鴨志田の認知によって生み出された黎を消し飛ばし、冴さんのパレスでは洗脳された僕を救うために顕現したあのペルソナの名前は、何と言っただろうか?

 

 テレビの発言に思うところがあったのか、黎はじっとVTR――アップになったステンドグラスを見つめている。あの様子からして、黎もサタナエルという単語に覚えがありそうだ。

 程なくして特番も終わった。時計を見る。あと3時間少々で今日も終わるのだ。18日は冴さんに予告状を出す日である。20日は強制捜査が入る日だ。

 

 獅童や奴の背後で蠢く『神』を倒すための布石を打つ。奴らの手駒にされかかった冴さんを助けるためにも、怪盗団の無罪を示すためにも、負けられない。

 

 

「予告状、18日だね」

 

 

 黎はぽつりと呟いた。その表情は剣呑で、普段見せる不敵さも余裕もない。

 酷く思いつめたように見えた気がして、僕は思わず手を伸ばした。そっと、彼女の手を取って頷く。

 

 

「ああ」

 

「決行は、19日」

 

「……不安?」

 

「……うん。少し」

 

 

 黎が見せる弱さに触れる。あるいは、“ジョーカー”が抱える不安に寄り添う。その原因を担っているのが僕――“明智吾郎”なのだから、取り除くのは当然だろう。原因を担っているという点は恋人としてどうかと思うのだが、何とかできるのも恋人である僕だけなのだ。誰にも譲りたくない。

 御船さんが占った『11月と12月に待ち受ける破滅』は、黎と僕にまつわることだ。“明智吾郎”曰く『“ジョーカー”は11月20日に命を落とす』危険性があるし、“明智吾郎”は『早ければ11月下旬、遅くても12月中旬には命を落とす』らしい。おまけに今僕らが生きる世界は、“明智吾郎”が把握していない要素が多すぎる。

 特に危険なのは、“明智吾郎”の代わりに『廃人化』事件を引き起こしている獅童智明だ。奴は『神』の関係者で、『神』は認知世界の仕組みを理解したうえで弄り回している。……認知世界を駆使したやり方は、一発で看破されるだろう。逆に嵌め殺されてしまう可能性が高い。

 

 だから、嘗て“ジョーカー”が使い“明智吾郎”が騙された手法だけではリスクが高すぎる。更なる策を重ねる必要があった。

 

 若干力押しになってしまったところはあるが、人間としての精一杯のあがきだ。『神』にどこまで通じるかは分からないし、全員揃ってこの窮地を乗り越えられるか否かも難しい。

 ()()()()()()()()()()()()()、怪盗団の面々に足を止めることは許されない。誰かを失うなんて考えたくはないが、それに関しても出来得る限り策は練ったつもりだ。

 

 

「大丈夫だよ、黎。()()()()()()

 

 

 僕はそう言いながら、彼女の左手を両手で握った。途端に黎の表情が曇る。僕の発言が、彼女の心配する論点からずれているためだろう。

 黎/ジョーカーを――怪盗団のみんなを守るための作戦を、僕は頭の中でシミュレートする。何度も、何度も、何度もだ。

 失敗すれば怪盗団から脱落者が出る。それでも、反撃のタイミングを間違わなければ充分逆転は可能。怪盗団のみんなは、きっとやり遂げられる。

 

 

「そうじゃない。そうじゃないんだよ、吾郎」

 

 

 黎は訴えるようにして、僕の手に自分の右手を重ねてきた。

 

 

「絶対、いなくならないで。……私たちと一緒に『神』を倒して、これからもずっと一緒にいよう」

 

「……ああ、そうだね。ずっと一緒にいよう」

 

 

 弱気になってはいられない。だって僕は、生きることを選んだのだ。黎と一緒に生きると決意したのだ。黎も『一緒に生きる未来』を望んでくれた。

 僕の左手薬指に光るコアウッドの指輪、黎の服の下でひっそりと存在を主張するブルーオパールの指輪――決意の証たる輝きを思い返し、僕は頷き返した。

 

 不安に揺れていた黎の表情が和らぐ。照れたように口元を緩ませた黎は小さく頷くと、手を離した。リモコンを掴み、テレビを消す。ルブランは静寂に包まれた。

 

 片付けのための生活音――水音、食器が立てる音、布がガラスや陶器を擦る音――だけが響く。僕はその音に耳を傾けながら、黎の姿を見つめていた。

 程なくして片付けが終わったらしく、黎は小さくため息をついて僕に向き直る。黎は少し躊躇うような動作を見せた後、僕の服の袖口をひっそりと引っ張った。

 

 

「……今日、泊っていかない?」

 

 

 僕は目を見張った。お泊り会はこれが初めてではないし、泊まる度に色々やっているから、その言葉がどんな意味か分かっているはずだ。

 それに、お泊りを打診するのはいつも僕からだ。黎は静かに笑って頷くのが常だった。彼女はいつも、僕が求めたら拒絶せずに応えてくれる。

 お誘いをかけるのはいつも僕だったから、驚いた。お誘いをかけられたこともだけど、誘うとき、顔を真っ赤にしてこちらを窺うなんて。

 

 魅力MAX魔性の女、度胸MAXライオンハート。下手すればデリカシーを捨ててしまうこともある女の子が、こうやって女性らしい仕草をするだなんて――僕を求めてくれるなんて思わなかった。ぞく、と、背中に変な震えが走る。

 

 

「……うん」

 

 

 僕は頷き、立ち上がる。

 黎の手を引いて、屋根裏部屋へと足を進めた。

 

 

 

 ……その後に関しては、ノーコメントにしておこう。僕を欲しがる黎の可愛い姿なんて、僕だけが知っていればいいのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――そうして19日。

 

 昨日は冴さんに予告状を渡す役目を真に任せ、普段通りの生活を送った。18日の夜、グループチャットに“お姉ちゃんが予告状に気づいた”とメッセージが入った。――これですべての準備は整った。

 作戦は何度も確認した。特捜に引っ張り込まれた大人たちとの打ち合わせも済んでいる。あとはド派手に大立ち回りを演じながら、この大一番を駆け抜けるだけだ。泣いても笑っても一発勝負である。

 

 僕たちは冴さんのパレスに乗り込んだ。天秤橋を渡って支配人フロアに入る。エレベーターから降りた僕たちの前に広がったのは、巨大なフロアだ。

 冴さんの姿はない。この機に及んで、どこかに潜んでいるのだろうか。周囲を見回していたとき、目の前のモニターに冴さんが映し出される。

 彼女の佇まいは変わらなかった。文字通りの威風堂々。キツめのメイクも相まって、不敵さに磨きがかかっている。自分が負けるとは微塵も考えていない様子だ。

 

 

「今度はどんな勝負です? 何してきても負けるつもりないですけど」

 

「貴女の歪んだ心を頂戴する。観念しなさい」

 

『観念? うふふ、面白いことを言うわね』

 

 

 冴さんは、僕とジョーカーの態度を見ても怯む様子はない。『私を追いつめたと思っているなら、それは大きな間違いよ』と挑戦的に笑って見せた。

 曰く『最初から“支配人フロアで僕らを迎え撃つため”に、怪盗団が支配人フロアを目指すようお膳立てしていた』という。

 

 だが、冴さんは不敵な笑みを消した。どこか悲しそうな――寂しそうな表情。

 

 

『お父さんが殉職したとき、犯人を心底憎んだわ。『正義の殉職』って言えば美談だけど、遺された方には堪らないわよ……!』

 

 

 冴さんがずっと抱え込んできた弱音。誰にもぶつけられず、己を厳しく律して殺し続けた悲鳴そのものだ。冴さんの中にありながら、冴さん自身に否定され続けた“もう1人の自分”。それが、イカサマカジノの支配者という形で顕現した。

 似たようなケースに関する話を耳にしたことがある。僕は留守番していたのでよく知らないが、滅びを迎える珠閒瑠からやって来た達哉さんがお世話になった宮代詩織という女性警官の話を思い出した。

 新生塾の実験によって悪魔化してしまった宮代巡査を助けるためにカダスマンダラへと赴いた至さんと舞耶さん一行は、そこでトラペゾヘドロン――宮代巡査の意識であり、もう1人の彼女を表す存在――を回収していたという。

 

 数多の意識を集め最下層に辿り着いたとき、最後に現れた意識が“コンプレックス・トラウマを押し殺した存在”だったらしい。ニャルラトホテプ曰く『存在することすら許されなかった一面』だという。

 宮代巡査の場合、それは被害者遺族としての怒りと殺意、弟に戻ってきてほしいという願いだった。彼女の弟は須藤竜也によって殺されている。ひょんなことから達哉さんの面倒を見るようになった宮代巡査は、達哉さんを弟に重ねて見ていたのだ。

 

 ニャルラトホテプからの嫌がらせも相まって、宮代巡査はロンギヌヌの槍を振り回しながら舞耶さんに襲い掛かって来たらしい。宮代巡査の『存在することすら許されなかった一面』は、“達哉さんを自分の弟に仕立て上げずっと一緒に暮らす”という願いの名のもとに、邪魔者――達哉さんが想いを寄せる相手である舞耶さんの抹殺を企んだ。

 

 

(至さんが言ってたのって、こういうことだったのかな)

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 僕がそんなことを考えていたのと、クイーンが悲しそうに冴さんの名前を呼んだのは同時だった。

 姉が抱えてきた悲しみを初めて目の当たりにしたのだ。生々しさを伴った冴さんの姿に、心が痛んで当然である。

 

 けれど次の瞬間、それは冴さんのどす黒い一面の吐露へとシフトチェンジした。

 

 

『私がどれだけ苦労したと思ってるの!? 上司はクソだし同僚の男どもは私を見下してくるし、こちらの足を引っ張ってばかり! ハッキリ言ってウザいのよ! 下手に出ればつけ上がるんだから!!』

 

「……クイーンの姉さんって、ある意味“爆発できなかったクイーンの末路”っぽいよな。あくまでも予想図だけど」

 

「まさに暴走特急……」

 

 

 金城パレスでの一件を思い出したのか、スカルがちらりとクイーンに視線を向ける。ナビも神妙な顔で頷いた。金城パレスでの一件を例に持ちだす気持ちは、僕にもよく分かる。

 『口を開けば金金金金! はっきり言ってウゼーんだよ! 下手に出ればつけ上がりやがって!!』――ヨハンナを覚醒させたとき、金城へ切った啖呵は今でも忘れられない。

 ああいう一面を飼い慣らしながら生きていくためには、社会に認められる仮面をあらかじめ用意して被っておかなければならないのだ。これは経験談である。閑話休題。

 

 

「でもこれ、獅童の部下によって歪まされてるだけなのよね。『改心』させれば、元の冴さんに戻るはず。マ――……クイーン、一緒に冴さんを改心させよう!」

 

「……そうね。ありがとうノワール」

 

 

 ノワールからの激励を受けたクイーンは、不安を拭って力強く微笑み返す。

 あの様子なら問題あるまい。何故なら、クイーンは目的を見失っていないからだ。

 

 

『正義は悪に屈してはならない! 正義を貫くために、私は勝ち続けなければならないの! 正義は必ず勝つものであり、勝った方が正義なんだから!』

 

 

 妹であるクイーンとは対照的に、冴さんは完全に目的を見失っている。彼女の発言は文字通り“勝てば官軍、負ければ賊軍”を意味しているからだ。『正義を証明するために裁判に勝つ』のではなく、『裁判に勝つことが正義の証明である』と考えているのだろう。手段と目的がすっかり入れ替わったのだ。

 

 勿論、そんな主張を掲げる冴さんは、不敵に笑って怪盗団に勝負を仕掛けてきた。正義である自分が勝つと譲らない。冴さんの宣言に呼応するように地鳴りが響く。

 退路は断たれ、周囲の仕掛けが動き出す。僕らの立っている緑色の床を取り囲むようにして、赤と黒の溝が出現した。溝の脇には番号が振られている。

 

 

「これは……ルーレットか!?」

 

「そういえば、認知のお客の中には『ルーレットに勝てない』って言ってた人もいたけど……まさか、これ?」

 

「……成程。ここでも正々堂々(策謀回して)運試し(イカサマ)合戦ってことか!」

 

 

 フォックスとパンサーは、自分たちの戦場がどのような場所かを分析したようだ。今までの経験を引っ張り出したモナも表情を引き締める。

 但し、モナの呟きは冴さんに届かなかったようだ。戦場に降り立った冴さんが「正々堂々戦いましょう?」と不敵な笑みを浮かべたからであった。

 僕らは得物を構えて冴さんのシャドウに向き直る。刹那、冴さんの前に“何か”がダブって見えた。瞬きしたが、冴さんの姿は変わらない。

 

 黒一色で統一された女支配人は大きな鍔とトランプ飾りが特徴的な帽子、妹のクイーンとの繋がりを連想させるような棘だらけのチョーカー、胸元やスリット大胆な切れ込みと網目タイツが使われたセクシーなドレスを身に纏っている。

 先程冴さんと重なっていたのは、棘だらけの服を身に纏った異形。大きなバスターソードを得物にしていたように感じたが、女支配人は得物らしき得物を所持していない。……冴さんが精神暴走状態であることと何か関係があるのだろうか?

 

 

「ここからはもう、コインもルールも関係ねェ! 盛大に暴れてやるぜ!」

 

「無駄よ。貴女たちは決してルールに逆らえない!」

 

 

 スカルの啖呵を真正面から喰らっても、冴さんは不敵に笑う。そこまで自信満々だから、このルーレットには確実にイカサマが仕組まれているようだ。

 

 

「まずはイカサマを見破る所から始めるよ。初手は受け身になる分、しっかり準備して!」

 

「おう!」

「ああ!」

「うん!」

「ええ!」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、仲間たちは戦闘態勢を整える。

 怪盗団に仕掛けられた罠を掻い潜り、すべてを仕組んだ犯人を『改心』させる――その前哨戦の幕開けだ。

 文字通りの大一番、字面通りの一発勝負。言葉通り、天下分け目の大決戦。

 

 ――賽は、投げられた。

 

 




魔改造明智の新島パレス、予告状前のデート~天下分け目の大決戦開始まで。魔改造明智、黎のコープ相手(大人、および怪盗団の面々以外)と初接触しました。コープ相手の方も、あちこちに繋がりができている模様。P3Pの天田が大変なことになっていますが、6割発破で4割本気なので表面上は大人しくしてくれることでしょう。
P5プレイヤーには見覚えのあるワードがぽつぽつ登場しました。原作P5には出てこなかったキーワードや、どこかで覚えのある設定を背負った特徴もちらほらしています。そして、魔改造明智の言う『失敗すると犠牲者は出るが、怪盗団の逆転は可能』という作戦内容等々。ここから何かを察して頂けたら幸いですね。
ここから更に認知が歪み、原作との乖離が大きくなります。現時点での違いは『冴の暴走理由を知っているため、クイーンや怪盗団側に余裕がある』ところでしょうか。ダイジェストでばっさり説明する頻度も増えると思われます。魔改造明智と怪盗団、頼れる大人たちの戦いの行方を見守って頂けたら幸いですね。

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