Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・とあるペルソナが解禁時期を前倒しで出現。但し、本来の力は発揮できていない。


同一人物漫才、Inカジノ

 ――少々、時間を巻き戻して。

 

 

 

 『アケチ・レイ』のカードを手に入れた怪盗団の面々が、次々と部屋から出ていく。

 仕事を終えたナビも、「リア充ばくはつしろー」と棒読みで吐き捨てながら、仲間たちへ続こうとしていた。

 

 

「ねえナビ。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

 

 僕に声をかけられたナビは、怪訝そうな顔でこっちを睨んだ。

 

 

「何をするんだ?」

 

「上手く言えないけど、保険をかけておこうかなと思って」

 

「保険? ……もしかして、“明智吾郎”の指針に絡んでるのか?」

 

 

 ナビの問いに頷いた僕は、彼女にひっそりと耳打ちした。

 

 

「もう1枚、メンバーズカードを作ってもらえないかな? ――『アリスガワ・ゴロウ』名義で」

 

―― いや、名義までは指定してねーよ!? ――

 

(でも嬉しいんでしょう?)

 

―― 通販番組の合いの手みたいなノリで言うな!! ――

 

 

 顔を真っ赤にした“明智吾郎”が噛みつくようなツッコミを炸裂させる。

 僕の言葉を聞いた途端、一瞬にしてナビの目が死んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「しかし、パレスに来てギャンブルをする羽目になるとは思わなかったな」

 

「おまけに、さっきのシャドウディーラー、ワガハイたちが来ることを予期してたみたいだ。……現状、敵の方が一枚上手ってトコか?」

 

 

 フォックスが顎に手を当てて呟く。モナは警戒心をあらわにしながら、先程シャドウのディーラーから手渡されたコイン1000枚と地図を覗き込んでいる。

 初挑戦者である僕たちに対して「挑戦スタート記念としてコインを贈呈」してきたことは、冴さんは余程“自分は決して負けない”自信があるらしい。

 

 

「それに関しては想定内だ。ここから巻き返すんだろ?」

 

「うん! えーと、確か、初心者向けは『ダイスゲーム』だよね? そこで堅実に稼いでいけば……」

 

 

 僕の意気込みを聞いたノワールが頷き、ディーラーから聞いた話と地図を重ね合わせていた。ダイスゲームに関するフロアは、丁度僕たちの真正面にある扉の先にあるようだ。だが、ディーラーの説明はまだ終わっていなかったらしい。

 ディーラーは「他にも、ここではコインと景品の交換を行っています」と付け加えた。景品の中にはハイレート用のメンバーズカードが含まれており、必要コインは5万枚である。今の僕らの手持ちの50倍だ。

 冴さんの言った「勝ち続けろ」というのは、“カジノでコインを貯めて、各フロア用のメンバーズカードを手に入れてこい”という意味だったのだ。あまりにも膨大な量に、仲間たちが顔を引きつらせる。

 

 そんな僕らを見て哀れ――いや、おそらくは“いいカモ”――だと思ったのだろう。

 ディーラーは「所持コインと同額までならコインのキャッシュを行っている」としたり顔で申し出てきた。

 

 勿論、親切心からではない。コインのキャッシュは現実世界で言う借金と同義だ。スカルが顔真っ青にして首を振った。

 

 

「しねーよ!? 他人の頭ン中で、得体の知れねーカジノにド借金とか怖すぎるわ!」

 

「金城の人間ATMとか、珠閒瑠でCD女って呼ばれてた人がいたって話を思い出すなあ」

 

「ジョーカー、そういう話はやめて頂戴。特に前者」

 

 

 相変わらずのライオンハートで微動だにしないジョーカーは、のんびりとした様子で頷いた。金城のパレスから攻略に参加したクイーンが頭を抱える。

 金城の元へ飛び込んで奴に脅されたことは、クイーンにとって痛い部分だからだ。最も、このパレスのコンセプトは金城のものと全然違うのだが。

 

 

「今のお姉ちゃんの言動から考えると、このカジノ、確実にイカサマが行われていると思うわ。『証拠をでっちあげることを厭わない』ってことは、『勝つためには手段を択ばない』という点にも通じている」

 

「だろうね。あの意気だと、ダイスゲーム以外の遊戯にも仕込みがされているだろう。馬鹿正直に稼ごうとすれば確実に負ける。……イカサマを上手く活かさなきゃな」

 

 

 凹んでいたところから立ち直ったクイーンが、現実世界の冴さんとパレスの内情を照らし合わせて分析する。僕もそれに補足を付け加えながら頷いた。

 

 日本における裁判の有罪率は99.9%。警察組織が優秀な証拠の1つとして挙げられるが、捜査官だって人間だ。時には自分の手柄を手にするため、時には大物からの圧力が絡んで、白を黒にするため――あるいは黒を白にするためのでっちあげを行うこともあり得る。

 冤罪事件が取り沙汰されるのは『とても珍しいこと』なのだ。一度罪が確定してしまうと、真犯人の証言と『無罪である』という精度の高い証拠が出てこない限り、罪状を覆すことは難しい。……まあ、権力が絡めばその限りではないのだろうが。

 勿論、このまま無実の罪で捕まるわけにはいかない。特にジョーカーは、無実の罪によって理不尽な目にあわされることの辛さや苦しみを知っている。これ以上、彼女をそんな目に晒すつもりはない。僕はひっそりと決意を固めた。

 

 ついでに、裏工作がてら『アリスガワ・ゴロウ』名義のカードに下準備を施しておく。

 仲間たちに名前を呼ばれた僕は、慌てて彼らの後に続いた。

 

 ダイスゲームを行うためのフロアへ足を踏み入れる。フロアの内装を見たフォックスは「風情がないな」とぼやいた。カジノに風情を求めてどうするつもりなのだろう。彼の感性についていけないパンサーが首を傾げた。

 早速フロアを探索してみると、どこかへ繋がる通気口を発見した。潜って先へ進んでみると、そこはダイスゲームフロアのバックヤードである。カジノ自体がイカサマの温床なら、その証拠を入手してしまえばいいのだ。

 

 

「上手くいけば、私たちに有利になるように仕掛けを調整できるかもしれないね」

 

「よっしゃ! 早速証拠を探そうぜ!」

 

 

 ジョーカーの意見に従い、僕たちはバックヤードを探索することにした。シャドウを倒しながら奥に向かうと、物々しい部屋を発見する。

 そこにはシャドウの作業員が常駐しており、モニターにはダイスゲームフロアの遊技場が映し出されていた。

 

 

「ココがイカサマの制御室か……」

 

「凄い設備だな! そこまでしてでも勝ちたいか……!」

 

 

 シャドウの様子を確認しながら、モナとナビが渋い顔をする。あのシャドウがイカサマを制御する役を担っているのだろう。

 奴が制御を行い続ける限り、僕たちは永遠に勝つことはできないだろう。奴を倒せば、良くて五分五分に持ち込める。

 最も、五分五分になっただけでは5万枚など稼げない。イカサマを利用することは最初から決まっていた。

 

 

「よし、仕掛けよう!」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕たちはシャドウに襲い掛かった。不意打ちを浴びせると、シャドウは呻きながらも戦闘態勢を整える。奴は舌打ちし、僕らに攻撃を仕掛けてきた。

 

 

(――ッ!?)

 

 

 頭の奥底を揺さぶられるような感覚に眩暈がする。霧がかかってしまったように、意識がおぼつかない。それでも、戦わなければならないという意志はまだ折れなかった。

 敵はどこだ。まともに回らない頭を叱咤しながら、僕は突剣を構える。こんな所で倒れている暇はないのだ。戦わなければ、倒さなければ、先へは進めない――!

 

 どこからか声が聞こえてくる。切羽詰った声。うまく聞き取れないが、怪盗団はあのシャドウによって不利な状況に陥ったらしい。

 

 四方八方から怒号が響く。何とかしなくては。何とかして、この危機を切り抜けなければ――その一心に突き動かされるようにして、僕は突剣を振るった。刃物とぶつかり、耳障りな金属音が響く。派手な剣載。

 敵の動きは、まるで僕の攻撃をいなすようにして振るわれている。こちらの手の内をよく知っているのか、相手が僕の攻撃に対応したのか……どちらにしても厄介だ。隙を見つけて仕掛けるしかあるまい。

 僕が舌打ちした次の瞬間、敵の動きが止まった。その隙を逃さず僕は駆け出す。ほぼ無防備となった敵に対し、僕は突剣を振るった。確かな手ごたえを感じ取り――

 

 

「――■■■■■」

 

 

 豪、と、凄まじい風が吹き荒れた。

 

 刹那、僕の背後から断末魔の悲鳴が響き渡る。今のはシャドウのものだ。何故、僕の背後からシャドウの悲鳴が聞こえてくるのだろう?

 いいやそれより、今のがシャドウの断末魔だと言うならば。――()()()()()()()()()()()()()()()()?

 

 茫然とする僕を見下ろしていたのは『6枚羽の魔王』。鴨志田のパレスでジョーカーが顕現したペルソナだった。

 『6枚羽の魔王』の姿は溶けるように消えて、現れたのはシルクハットを被った怪盗のペルソナ――アルセーヌ。

 一歩遅れて、僕の頭に情報が叩きこまれていく。僕が振るった突剣が傷つけたのはシャドウでも何でもない。

 

 

「……ジョー、カー……?」

 

「よかった、クロウ。元に戻ったんだね」

 

 

 他のペルソナを顕現して治療術を使いながら、ジョーカーは安心したように微笑んだ。その際、彼女の頬を一筋の涙が伝う。

 

 

()()()()()()()

 

―― またいなくなってしまうのかと思って、怖かった ――

 

 

 ……“ジョーカー”は、“明智吾郎”と戦ったことがある。その戦いで“ジョーカー”は“明智吾郎”を降した。その後に発生した出来事で、満身創痍となっていた“明智吾郎”は自身を足手まといと判断し、“ジョーカー”や怪盗団を先に進ませるために死を選んだのだ。

 敵に操られた僕の至らなさを責めるのではなく、戦いの末に僕を失わずにすんだことを喜び安堵している――そんなジョーカー()()の姿が痛々しくて、彼女をそんな風にしてしまった自分が不甲斐なくて、僕はくしゃりと顔を歪ませた。

 

 僕の中にいる“明智吾郎”も同じ気持ちだったようで、“ジョーカー”を抱きすくめたまま動かない。誰にも顔を見られぬようにしている。酷い顔をしている気配は確かだ。

 守りたかった。大切だった。そんな相手を、僕が傷つけた。どこかの世界ではあり得たこと、あり得た結末――“謂れなき罪”と“理不尽な罰”が、()()に影を落とす。

 「大丈夫だよ、クロウ。先へ進もう?」――ジョーカーに促された僕は頷き、立ち上がる。仲間たちも敵に操られて同士討ちをしていたらしく、誰も彼もがボロボロだ。

 

 

「ホント、酷い目にあったな~」

 

「あの状態異常には注意しなきゃね」

 

「洗脳だな。ああいう手合いには二度と会いたくないぞ……」

 

 

 スカルが頭を掻き、クイーンが深々とため息をつく。ナビも渋い顔をして頷いた。

 

 傷を癒し終えた僕たちを見計らって、ナビは制御装置をハッキングした。1か所だけにイカサマを仕掛け、他のフロアはイカサマを解除するに留めておく。地図に付けられた印を頼りに、僕たちは再びダイスゲームのフロアへ戻って来た。

 イカサマを仕掛けたフロアにやって来た僕らは、早速ダイスゲームに挑戦した。僕らが宣言した数字通りに、ダイス目の数値は変動する。大当たりの連発で、あっという間にコインが増えてきた。ある程度稼いだ僕たちは、フロアを後にした。

 

 

「さっきのすっごく爽快だった! 気分いい!」

 

「勝利の味は甘美だからね。それに味を占めてしまった結果、勝つためにイカサマを仕掛けたり、ギャンブル依存症になったりする人もいるんだろう」

 

「今回はイカサマによる予定調和だ。だけど、どんな形でも勝利を積み重ねた結果、イカサマをしているっていう後ろ暗さが薄くなるんだろうな。……獅童が『廃人化』事件を推し進めたのも、そんなくだらない理由だったのかも」

 

「そう考えると、ちょっと怖いわよね。『正義を貫いて勝った結果、確かな成果を得る。すると、更なる勝利を得ようとし始める。結果、勝って成果を得ることが目的になってしまう』……」

 

「目的と手段が入れ替わってしまう、か。一歩間違ったら、私たちもそうやって目的を見失っていたのかもしれないね……」

 

 

 真剣な面持ちで会話している女性陣の会話が遠い。

 むしろ、カジノの喧騒自体が遠い国の出来事みたいだ。

 

 

「…………」

 

 

 足取りが重い。白い手袋が真っ赤に染まったような幻が、頭から離れてくれない。時折ぶれるようにして重なる幻影――黒い霧を纏ったような異形の手も真っ赤だ。

 “謂れなき罪”と“理不尽な罰”。どこかの世界には、復讐を成就させた“明智吾郎”もいたのかもしれない。動かなくなった骸を冷ややかに見つめる、“僕/俺”。

 絶対に考えたくないことだが、『珠閒瑠以外の街と国および人々が滅んだ世界』という前例もある。僕の与り知らぬどこかでは、存在していてもおかしくないだろう。

 

 “ジョーカー”を手にかけた“明智吾郎”は、どんな気持ちだったのだろう。僕は“明智吾郎”に視線を向ける。“彼”は険しい顔をしたまま、口を真一文字に結んでいた。あの様子からして、「知っているけれど教えたくない」もしくは「知っているけれど口に出すことが辛いし悍ましいことである」らしい。

 

 『怪盗団の仲間として、有栖川黎/ジョーカーの相棒(パートナー)として傍に在りたかった』――()()()はその想いがあったから、願いがすべて叶った人生を手にしたのだ。だから、間違っても、もう二度と彼女を傷つけるようなことはないと思っていた。正しい形で守れると思ったのに。

 敵の術中に嵌ってジョーカーに攻撃を仕掛けるなんて、最悪だ。彼女を傷つけるような存在に成り下がるくらいなら、獅童正義の元へ突っ込んで奴と心中する方がまだ有意義である。ましてや、彼女をこの手にかけようとするだなんて言語道断。ああもう嫌だ。こんな僕なんて、今すぐ消えてしまえばいい――!!

 

 

「なあクロウ。ちょーっと来てくれねーか?」

 

「……え?」

 

「お前に用があるんだ。悪い話ではない」

 

 

 僕に声をかけてきたのはスカルとフォックスだった。僕が何かを言う前に、2人に拘束され引っ立てられる。女性陣は僕らの不審な行動に気づいたようだが、スカルとフォックスは「クロウは野暮用があるらしく、自分たちは同行を頼まれた」と言い張った。何が何だかよく分からない――話半分上の空状態という酷い有様――のまま、僕は2人の言葉を肯定する。

 

 

 結果、僕ら男性陣は何故かダイスゲームフロアへと戻ってきた。 

 スカルとフォックスの手には1000枚分のコインが抱えられていた。

 

 

「……それで、何をするの?」

 

「何、って、コインを増やすに決まってんだろ?」

 

 

 スカルは当たり前のように言い切った。コインを増やすために、僕たちは次のゲームであるスロットをプレイしに行くはずではなかったのか。

 僕から無言の問いかけを向けられたスカルとフォックスは大仰にため息をつくと、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

 

 

「お前、洗脳されたときのことをずっと引きずってるみたいだから、心配になってな。このまま先に進むのはダメだって思ったんだ」

 

「失敗しても挽回はできるぞ? それがどんな形であってもだ。俺の場合は金銭絡みの失敗が多いが……」

 

 

 そう言いながら、スカルとフォックスが僕の肩を叩いた。僕は目を丸くする。「『コインを増やす』という方法で、先の失敗を挽回して来い」という2人の気遣いらしい。

 ()()2()()()()()()()()()()()()()()()()――“明智吾郎”は呆気にとられた様子だった。“彼”の世界で起きた出来事と、目の前の光景を比較している。

 “明智吾郎”は怪盗団からの信頼を得るために、自分がどれ程有能かを示そうとしていた。そのために、様々な策――その多くが自作自演――を練っていたのだ。

 

 コインを荒稼ぎしたり、自作自演でありながらも鋭い分析を披露したり、戦闘でも活躍の機会を伺ったり、怪盗団の面々――特に“ジョーカー”には好意的に接したり。

 

 獅童正義への復讐のため、怪盗団を使い潰すため――その布石として、“明智吾郎”はダイスゲームフロアへとんぼ返りした。

 肉体労働役としてスカルを伴い、3000枚のコインを2倍の6000枚に増やして見せたのである。先のやり取りとは全然違う理由だった。

 

 

―― ……馬鹿だなぁ、コイツら ――

 

 

 ……だから、だろう。スカルとフォックスが僕の心配をしてくれて、失敗を挽回するためのお膳立てをしてくれたことに対し、“明智吾郎”は悪態をついた。

 言葉に反して“彼”は嬉しそうだった。泣き笑いの表情を浮かべている。泣き顔は不細工らしい。僕の考えていることが伝わったのか、“彼”は眉間の皺を深くした。

 

 

「……ごめん」

 

「謝るなって! 仲間だろ?」

 

「謝罪を求めたわけじゃないぞ」

 

「分かった。ありがとう」

 

「「どういたしまして!」」

 

 

 顔を見合わせて笑う2人に、僕も笑い返す。そうして再びダイスゲームに挑んだ僕は、コインを3000枚にして女性陣たちの元に合流した。

 

 僕がそわそわと視線を彷徨わせ、スカルとフォックスがやたらと「クロウが頑張った」と力説したことから何かを察したのだろう。女性陣は苦笑しつつ、ちらりとジョーカーに視線を向けた。ジョーカーは静かに微笑んで、僕を褒めてくれた。……ちょっとだけ、ホッとした。

 これで、怪盗団が所持するコインは6000枚。次はスロットルームへ向かう。そこにはシャドウが待ち構えており、「殺してしまっても構わないと命じられた」と宣言して襲い掛かって来た。……激怒状態になったクイーンにぶん殴られて消滅してしまったあたり、何をしに来たのか分からないが。

 

 

「こんだけ派手に戦ってるのに、周りのお客さんは一切反応ナシ?」

 

「ニージマの認知が“そう”なんだろうよ。周りで何が起きたって関心がない――要するに、自分の勝利(コト)以外にゃ興味を示さねぇ、ってな」

 

「確かに、前のフロアと反応が違うわね。……裁判所の中でも、そういった傾向が強いのかしら?」

 

 

 ダイスルームと同じように、ここにもイカサマが仕掛けられているのだろう。僕らはフロアを散策し、イカサマの制御システムを探し回った。ついでに、高レートのスロットも探してみる。どうせイカサマするなら稼げるところに仕掛けた方が効率がいいためである。

 奥のフロアに足を進めると、前のフロア以上にスロットマシンが配置されていた。人の賑わいっぷりからして、ここがスロットのメインフロアなのだろう。僕たちは周囲を散策していると、フロアの一番高台に、大きなスロットマシンが鎮座していた。

 

 1プレイにつき5000枚。チェリーが揃えば5000枚、BARなら1万枚、777ならば5万枚とのことだ。リスクが大きい分、当てた際のリターンも大きいようだ。

 このスロットにイカサマを仕掛ければ、5万枚なんて一発で稼げるだろう。ナビの情報から、僕たちはスロットマシンの周辺を散策してみる。

 程なくして、スロットの端末を見つけた。ナビは舌なめずりしながら端末を操作する。ニコニコ顔だった彼女だが、端末を操作すると表情を曇らせた。

 

 

「……これはひどい。このままじゃ尻の毛までむしられてたぞ」

 

「イカサマは解除できそう?」

 

「ここからじゃ無理だな」

 

 

 クイーンの問いに、ナビは首を振った。ナビ曰く、「このフロアのあちこちには、色で区別された制御盤がある」らしい。その中で、赤と緑の制御盤であれば操作が可能とのことだ。ナビの予想分析によると、スロットゲームフロアの入り口付近と従業員通路のどこかだという。

 言われたとおりに探索してみた。フロアの入り口付近で赤い制御盤を発見し、ナビに操作してもらう。次は従業員フロアだ。シャドウから身を潜めながら探し回ると、ロッカーをよじ登り、飛び降りた先の小部屋にひっそりと設置されていた。

 

 早速仕掛けを解除し、逆にイカサマを仕掛ける。勝率は100%とまではいかないが、それでも勝率は8割までいじれたらしい。10回中2回は外れる計算だ。

 保険になるか否かは保証できないが、僕はロキを顕現させて力を使った。認知を逸らす力がどれ程役に立つかは分からないけど、できることはやっておきたい。

 

 

「リスクは付き物だけど、できるだけ下げておきたいしね」

 

「クロウ……」

 

 

 僕の言葉を聞いたジョーカーは、嬉しそうに口元を綻ばせた。少しは役に立てるだろうか。力になれただろうか。僕は祈るように目を細めた。

 仕込みを終えた怪盗団一同は、あの大きなスロットの前に戻って来た。……勝率100%じゃないことは不安だが、やるしかない。

 全てはジョーカーの運に掛かっている。仲間たちが心配そうに見守る中、ジョーカーは不敵に微笑みながらコインを投入した。スロットが回り始める。

 

 仲間たちが固唾を飲んで見守る中、スロットの絵柄が止まる。結果は――777。一発必中5万枚確定。

 

 

「ぎゃあああああああああああああ!? 当たった、当たってるよ777!」

 

「やったぜ! さっすがジョーカー!」

 

「「――って、わあああああああああああ!!?」」

 

 

 大喜びするパンサーとスカルだったが、立っていた場所が悪かった。2人の姿はあっという間に、スロット口から噴き出すコインによって飲み込まれる。悲鳴を上げた2人は僕たちで救出した。

 前代未聞のジャックポッドに、周りにいた認知存在の人間たちが騒ぎ始める。僕らのことなど気にしていなかった彼らが一斉に反応するあたり、“他人の大金星にはみんな反応するものだ”とパレスの主は考えているようだ。

 

 ざわついてきた周囲から逃げるように、僕らはフロアの一角へ身を潜める。先程湧いてきたコインはダミーで、演出用のモノだろう。実際はきちんとチャージされているので、怪盗団の所持するコインは5万枚オーバー。メンバーズカードも入手できる。

 正直、できるだけ多く稼いでおきたかったのだが、目的は達成したので良しとしよう。意気揚々と景品交換所へ戻って来た僕らは、早速カードを交換した。早速エレベーターへ向かおうとした僕らの前に、シャドウのバーテンが立ちはだかる。

 見る限り、歓迎しているという空気はない。冴さんの差し金だろう。最も、戦う覚悟なんてとうにできていた僕たちは、気にすることなくずんずんと足を進める。次の瞬間、どこからか放送が響き渡った。声の主は――パレスの主である冴さんだ。

 

 

『小賢しい真似してくれたわね!』

 

「心外だな。僕たちはルールに則っただけなんですが」

 

『私はここの支配人よ。私が勝つことが、ここのルール!』

 

「……うわあ、滅茶苦茶だぁ……!」

 

 

 堂々と宣言した冴さんに、僕は思わず目を逸らした。現実、認知世界、双方の冴さんはなりふり構っていられない状態にあるらしい。

 『お客様にお帰り頂いて』と宣言した冴さんは、僕らにシャドウを嗾ける。現実世界に帰すのではなく、ここで息の根を止めるつもりのようだ。

 

 

「お帰り頂くのはテメェの方だ、黒いの!」

 

「全部こうの方が、面倒がなくていいぜ!」

 

 

 スカルとモナが悪い笑みを浮かべてシャドウと対峙する。僕らも武器を取ってシャドウに襲い掛かった。

 

 荒事は一番の得意分野である。シャドウをあっけなく撃破した僕らは、放送が聞こえてきた場所へ向き直った。冴さんは忌々しそうに舌打ちすると、開き直った。

 刑事事件の有罪率は9割強、検事である冴さんは、それを『絶対に勝てるギャンブルだ』と豪語していた。『賭博を用意するのは検察だ』とも。

 『負けは許されない。たとえ冤罪であってもね!』――あまりの発言に、クイーンは「冗談よね!?」と悲鳴を上げる。妹の叫びも、冴さんには届かないようだ。

 

 冴さんはクイーンの悲鳴を黙殺し、捨て台詞を残して話を一方的に終わらせてしまった。いくら冴さんが精神暴走の被害者であっても、あの言動は許されることではない。

 ……いや、僕が一番冴さんの傍にいたのに、何もできないままここまで来てしまったのだ。僕にだって落ち度がある。

 

 

「クイーン、ごめん。こんなに歪まされてしまうまで、何もできなくて……」

 

「クロウのせいじゃないわ。むしろ、クロウはよくやってたわよ。獅童の情報を手にするだけでも大変なのに……」

 

「――冴さんを助けよう。これ以上、獅童の『駒』に、人の心と人生を滅茶苦茶にさせるわけにはいかない」

 

 

 僕らの不毛なやり取りを止めるようにして、ジョーカーが頷いた。

 冴さんは『支配人フロアまで来い』と宣言している。そこまで駆け抜けて、彼女を『改心』させねばなるまい。

 

 僕たちはエレベーターのあるフロアまで戻ると、早速手に入れたハイレートフロア用のカードを使った。因みに、カードの名義は相変らず『アケチ・レイ』である。閑話休題。

 ナビの分析によると、「ハイレートフロアが最後で、最奥が支配人フロア」とのことだ。意気揚々とハイレートフロアに乗り込んだ僕たちだが、シャドウに止められる。

 スカルの凄みすらさらりと流したシャドウは、「アポはございますか?」と繰り返した。……成程。新たなフロアに入るためには、何らかの条件を満たさねばならないようだ。

 

 冴さんのパレスで閉ざされた場所を開くためには、現実世界にいる冴さんに働きかける必要がある。ロキを顕現して色々試してみたが、“明智吾郎”からは()()()()()()()()()()便()()()()()()()とお怒りの言葉をいただいた。

 

 ……つまり、変質前のロキならば、アレを無視して忍び込めるわけか。

 変質前のロキの力が羨ましいと思ったのは生まれて初めてである。勿論“明智吾郎”からはしこたま怒られたが。

 

 

「検事の認知に深く関わっている……何かあるか?」

 

 

 フォックスの問いに、仲間たちは顎に手を当てて思い思いに意見を述べ始める。

 

 

「わかんねー。けど、現実世界の俺らって“一介の高校生”だよな。もっと言えば、一般人ってことだろ?」

 

「成程。“一般人が入れない”って認知が影響して、ハイレートフロアは閉ざされてるんだな」

 

「検事が入って良くて、一般人が入っちゃいけない場所……」

 

「そっか! ここは裁判所! 裁判所内で“一般人が入れず、且つ、検事が入っていい場所”は――」

 

「――法廷、だね」

 

 

 スカルが首を傾げ、彼の漏らした意見からモナが納得したように頷く。ノワールも唸った。そこで、クイーンがポンと手を叩いた。彼女の言葉を引き継ぐようにして、僕が纏める。

 “一介の高校生たちでは法廷に入れない”――その認知がハイレートフロアの扉を閉ざしているから、先に進むことができないのだろう。悲しいことだが、今日はここで戻るしかない。

 

 

「法廷に入る許可を得るためにはどうしたらいいの? まさか、被告人……!?」

 

「流石に被疑者になるわけにはいかないよ。だからといって、証言者になるのも難しい。……そうなると、妥当なのは傍聴人かな? あれは特別な手続きはいらなかったはずだし」

 

 

 戦々恐々と提案したパンサーの言葉を否定し、ジョーカーが提案する。

 確かに、傍聴人であれば、法廷に入ることはできるだろう。

 ジョーカーの言葉を聞いたパンサーは、ほっとしたように息をついた後、僕に向き直った。

 

 

「ねえクロウ。新島さんが担当してる裁判で、傍聴できそうなのってある?」

 

「ここでは分からないかな。現実世界に戻ったら確認してみるよ」

 

「任せるよ、クロウ」

 

 

 パンサーの問いに頷き返した僕を見て、ジョーカーが静かに目を細めた。

 そのままパレスから脱出し、今日は解散することと相成った。

 

 ――帰る前に、『アリスガワ・ゴロウ』名義のカードを限度額目一杯までキャッシュし、ハイレート用カードに交換しておくことも忘れなかった。

 

 

***

 

 

「吾郎」

 

 

 パレスから現実世界に帰還し、裁判所の前で仲間たちと別れる。

 

 早速調べに行こうとした僕は、黎に引き留められた。

 僕が首をかしげると、黎は真剣な面持ちになった。

 

 

「無理、しないで」

 

「……うん、わかってる。ありがとう」

 

 

 ――ごめん。これから暫くは、ちょっと無理するかもしれない。キミを傷つけるような真似をした分を、何としてでも取り戻したいから。

 

 ひっそり苦笑しながら、僕は嘘をついた。心配そうにこちらを見つめる黎に後ろ髪を引かれる気持ちになりながらも、僕は裁判所へ足を運ぶ。

 情報をひっくり返してみると、冴さんが担当している案件で裁判が行われる案件を発見した。日付は明日だ。お誂え向きと言えるだろう。

 傍聴人になるための特別な手続きは必要ないのだ。僕は即座に手続し、SNSに連絡を入れた。全員が都合をつけ、傍聴に来るらしい。

 

 周囲からの探るような眼差しに晒されたり、冴さん絡みの悪い噂や愚痴を聞かされたり、何故かその場に居合わせていたらしい獅童の配下――特捜部長と鉢合わせしたりしたのをやり過ごした甲斐があったというものだ。

 

 パレスに侵入して体力を消耗していたためか、裁判所でエンカウントした人間たちをやり過ごすことすら重労働に感じる。

 正直、歩くのも億劫だ。適当なホテルに泊まり、始発で自宅に帰った方がいいのかもしれない。

 

 

「――あれ? 吾郎?」

 

「至さん!? なんでここに!?」

 

「仕事の帰り。……もしかしてお前、パレスの帰り?」

 

 

 保護者の至さんは見事に僕のことを見抜いた。目を丸くした僕の様子を見て、至さんはすい、と目を細める。

 

 

「……なんか、怖いことでもあったか?」

 

「……やっぱり、分かる?」

 

「見ればな」

 

 

 「何年保護者やってると思ってるんだ」と至さんは笑った。アラサーのくせに、その笑い方は完璧に子どもみたいだ。にかっとした明るい笑みに、抱えきれずに弄んでいた薄暗い感覚がほんの少しだけ楽になったような心地になる。

 裁判所の前で話し込むのは色々と不味いため、疲れた体を引きずるようにして自宅へ帰還した。相変らず美味しい料理を平らげて、リビングで少し休憩した後、僕は保護者と向かい合う。今日あった出来事を素直に話すと、至さんは「あー……」と苦笑した。

 嘗て、彼も状態異常にかかって仲間と同士討ちをした経験があるが故に――以後も似たような理由でメンタルを凹ませた若者たちを必死に励ましていた経験があるが故に、至さんはどうしようか考えあぐねているみたいだった。僕も、以前は励ます側の人間だった。

 

 でも、自分がそうやって大切な人を傷つけてしまったからこそ分かる。

 取り返しはつかないし、そんな自分を赦すことができない。

 

 

「みんな言うんだ。どんな形でも挽回できるって。竜司と祐介がそのためのお膳立てをしてくれたし、黎も些細なことで褒めてくれたし、冴さんの担当する公判探しも『任せる』って言ってくれた。……でも、そんなのじゃ全然足りないんだ。そんなので、許されたとは思えないんだ。償えたとは思えないんだ」

 

 

 どうすればいいのだろう。どうすれば、自分の身を焼き焦がすような恐怖から――脅迫概念から逃れることができるのだろう。何とかしなくちゃという焦りだけが降り積もって、息ができなくなる。この気持ちだけが先走って、空回りして、僕自身の首を締めあげるのだ。

 

 多分これは、“明智吾郎”の感覚に引っ張られているという側面もあるんだと思う。“明智吾郎”は自分の復讐のために、数多の罪を犯してきた。

 人を殺した。心を許せると思った相手――“ジョーカー”すらも、復讐のために使い潰そうとした。“自身”の歩いてきた道は――犯してきた罪は無駄ではないのだと叫びたくて。

 自分が間違っていたことを認めてしまえば、何もかもが瓦解してしまう。壊れた先には何も残らない。辛い思いをして歩いてきたのに成果がないなんて、そんなの嫌だった。

 

 冴さんのパレスと同じだ。自分の人生を左右する賭け事にのめり込んだ“明智吾郎”は、他者の命をベットした。積み重ねた罪と引き換えに、世間の賞賛や名誉、獅童に重用される――愛されているというまやかしを手に入れていた。

 勝てば勝つほど崩れやすい砂の城。分かっていたからこそ、“明智吾郎”も勝ち続けようとした。自ら進んで獅童の人形に成り下がり、自身の存在を認めさせようと足掻いていた。そのために、更に、ベットする対象――他者の命を進んで使い潰した。

 

 

―― 果てに待つ結末が無意味な破滅であっても、構わなかった。……“ジョーカー”に惹かれ、心を開くまでは ――

 

 

 “明智吾郎”はポツリと呟く。

 

 

―― アイツのおかげで、俺は人形であることを辞めることができた。最期の最期で、胸の奥で燻り続けていた正義を、俺の望むままに……正しく振るうことができた ――

 

 

 悪事に身をやつしながらも、本当は誰よりも正義の味方に憧れていた子ども。正義の味方になって人を助けたいと――それ以上に、正義の味方に助けてほしいと願っていた子ども。

 “彼”は|正義の味方()()()()()()()に救われた。そのおかげで、『自分の正義は死んじゃいない』と気づかされたのだ。だから、そんな正義の味方を助けたいと願った。

 僕から言わせれば勝ち逃げ上等な卑怯者にしか思えないけど、当時の“彼”を取り巻く状況的に、罪を償う時間もなければ度胸もなかった。何もなかったし、誰もいなかったから。

 

 そんな“自分”にできた、唯一無二の存在のためにできたこと――それが、あの破滅。

 

 でも、そのせいで“ジョーカー”は辛い思いをした。その結果がこの世界。数多の祈りと願いによって、()()()の理想が具現化された世界だった。

 この可能性が顕現するに至るまでの痛みを、“ジョーカー”は抱えている。――おそらく、“ジョーカー”の祈りと願いによって生まれ落ちた有栖川黎も。

 

 

「……許さなくていいんじゃないかな」

 

 

 黙って僕の話を聞いていた至さんは、静かに微笑みながらココアを煽った。彼は甘党で、コーヒーや紅茶は砂糖をたくさん入れないと飲むことができないタイプだ。そして、この時間帯にコーヒーを飲むと睡眠に悪影響を与えることを察している。だから彼はココアを飲んでいた。閑話休題。

 「俺なんて存在自体が許されないぞ?」――茶化すように笑った保護者のそれは、明らかな自傷だ。僕はハッとして、慌てて至さんに謝った。数多の業を背負ってでも生きたいと願った善神フィレモンの化身に、こんな話をするべきではなかったのだ。おろおろする僕を制するように、至さんは明るく笑い返す。

 

 

「誰かに許されようと許されまいと、生きていくのはお前自身だ。勿論、生きてりゃ数多の理不尽に苦しめられるけど、生きてなきゃその理不尽を打ち砕くことも、その理不尽から大切な人を守ってやることもできない。むしろ、生きてなきゃできないことが多いんだよ」

 

「至さん……」

 

「俺、蝶じゃなくて烏でいたかったんだ。後輩たちを先導して、理不尽を強いてくる『神』を倒すための助力がしたかった。自分が理不尽をばら撒く存在であるからこそ、それを止めたいって思った。そんな理不尽から守りたいって思った。……現実は厳しいけどな。昔も今も、災厄をばら撒くだけの存在でしかないし――」

 

「――それは違う!」

 

 

 僕は叫ぶようにして首を振った。至さんは目を丸くする。これ以上、保護者の自嘲を見たくなかった。

 

 

「あんたは俺にとって、一番最初に出会った憧れの大人だ。理不尽に打ちのめされても絶対に諦めないで、自分にできることを精一杯やってる。完全無欠じゃなくても、無様でも、自分がどうすれば正義の味方を助けることができるのかを熟知して、そのための手助けに全力を尽くしてる」

 

「吾郎……」

 

「俺は、あんたみたいな大人になりたい。自分の出生の秘密を突きつけられても、人知を超えた存在からゴミ扱いされても、大事な人を守るために、他の誰でもない自分自身の決断で『生きる』ことを選んだ、あんたみたいになりたいんだ。そうやって、後輩を守り、導くような大人になりたいんだ。――あんたみたいな、格好いい烏に」

 

 

 烏は、神話では斥候・走駆・密偵・偵察の役目を持つ位置付けである。一番有名なのは日本神話における八咫烏だろう。

 八咫烏は神の使いで、天皇を先導し、彼らに仇名す敵たちを軒並み弱体化させて戦に貢献したという伝説を持つ。

 黒い体躯に首から赤い勾玉を下げていた至さんのペルソナが脳裏に浮かんだ。彼が最初に顕現したペルソナ、ヤタガラス。

 

 巌戸台での戦い以降、ヤタガラスの姿を見ていない。神の使いという点からか、ナイトゴーンドと入れ替わるような形となっていた。

 ……それでも僕は、あの人の本質はヤタガラスであると思っている。今だって、困難にぶち当たってもがく俺を先導しようとしてくれているのだから。

 

 

「……俺を参考にしても、いいことないぞ?」

 

「いいことがあるとかないとかの話じゃない。俺がそうしたいからそうするだけだよ」

 

 

 俺の言葉を聞いた至さんは、困ったように苦笑する。あ、と思ったとき、彼の目から涙がボロボロと溢れだした。

 

 

「本当は、何が何でもお前を説き伏せるべきなんだよ。俺みたいになるなって、言い聞かせるべきなんだ」

 

「至さん」

 

「……でもさぁ、すっげー嬉しい。吾郎がそう言ってくれたこと、すっげー嬉しいんだぁ……!」

 

 

 至さんは泣き笑いの表情を浮かべた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“明智吾郎”が苦笑する。俺は内心それを窘め、彼に意識を向き直した。

 俺や若いペルソナ使いたちの前では殆ど弱音なんて吐かなかった至さんが、こんな情けない姿を曝している。それ程、彼は俺に心を許してくれたということだろうか?

 

 

「大事な誰かに、何かを託せるって幸せなんだな」

 

「至さん?」

 

「――なあ吾郎。俺みたいな大人になるってことは、色々と面倒なことに巻き込まれるよ。沢山の理不尽を味わうことにもなる。……それでも、諦めないって約束してくれるか?」

 

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにした至さんは、至極真剣な眼差しで俺を見返す。

 俺は迷うことなく「当たり前だろ」と答えた。保護者の背中を何年見てきたと思ってる。

 至さんは驚いたように目を丸くした後、安心したように息を吐いた。

 

 ひとしきり泣き終えた後、至さんは服の袖で涙を拭った。拭い方が乱暴だったせいか、泣いていた影響かは分からない。けど、彼の目元は真っ赤に腫れあがっていた。至さんは満足げに頷くと、右手と右手の指を使って拳銃のポーズをとる。刹那、青白い光が舞い上がった。

 至さんが心の海から呼び出したのは、巌戸台での影時間が消滅して以来見ていなかったペルソナ――ヤタガラスだ。ヤタガラスは高らかに鳴くと、至さんの指から俺の元へと飛んできた。神の使いである烏はそのまま俺の心の海に収まる。

 

 

「これって……ペルソナ能力の譲渡!?」

 

「ああ。他でもないお前に、持ってて欲しいんだ。コイツの力を使って、お前の大事な奴らを守ってやってくれな」

 

 

 とんでもないことをやらかして至さんは、俺の問いに答えて笑う。ペルソナ能力の譲渡はとても珍しいケースであり、具体例は数少ない。

 珠閒瑠以外のすべてが滅んだ世界にははっきりとした具体例――黛さんが淳さんへの譲渡――があったらしいが、この世界には記録されていなかった。

 

 記録としてはっきり記載されているのは、巌戸台のペルソナ使い・伊織順平さんのケースだ。

 

 順平さんは敵のペルソナ使い・チドリさんと恋愛関係にあった。でも、チドリさんは嘗て自分を救ったストレガ――タカヤとジンを裏切ることができず、放課後課外活動部の前に立ちはだかる。けど、順平さんへの想いを断ち切ることができなかったチドリさんは、命さんたちに敗北して戦意を失った。

 タカヤは順平さんを容赦なく狙撃し致命傷を負わせたが、奴の目論見はチドリさんによって打ち砕かれた。彼女は自身の限界を超えるレベルの奇跡を発現させ、順平さんを救ったのだ。彼女が代償として支払ったのは、ペルソナ能力――己の命。彼女は愛する人を生かす命になれたこと、愛する人の命が途切れず続くことに安堵して力尽きた。

 チドリさんを失った――後で彼女は息を吹き返し、意識を取り戻すのだが――順平さんは怒り狂ってヘルメスを顕現。次の瞬間、チドリさんの命、および愛として顕現したメーディアと一体化、およびメーディアを変質させる形で取り込み、ヘルメスはトリスメギストスへと覚醒したのである。閑話休題。

 

 

「……うーん……」

 

―― なんか、変な感じするな ――

 

 

 自分の中に異物が入り込んできたような違和感に、()()()は揃って眉間に皺を寄せた。

 

 元々、ヤタガラスは俺の適性アルカナに合致していない。至さんが用いたヤタガラスの適性はSUN(太陽)で、俺の適性アルカナはLA・JUSTICE(正義)LA・FOOL(愚者)。特に怪盗団世代のアルカナは少々特殊らしく、通常アルカナとは一線を画す存在とのことだ。

 ならばこの違和感は頷ける。異質なものを受け入れ、()()()自身にとって最適化――新たな力として発現――させるには、もうしばらく時間がかかりそうだ。特に“明智吾郎”にとっては、自分に仮面を手渡す存在がいるという出来事自体が最大のイレギュラーである。困惑して当然だろう。

 

 

―― けど、悪くない ――

 

(だろ?)

 

 

 前言撤回。困惑どころか満足げだ。至さんから託されたヤタガラスを()()()に馴染ませようと、率先して干渉を始めた。

 この力がどんな形で顕現するかは分からないが、きっと、いずれ訪れる危機を乗り越えるための突破口になることだろう。

 俺は至さんに向き直り、「ありがとう」と礼を述べた。至さんは嬉しそうに目を細めた後、「そろそろ寝なさい」と時計を指示した。

 

 もうすぐ今日が終わる時間帯だ。僕は保護者の言葉に従い、眠ることにする。

 寝る前の挨拶を交わして、俺は自分の部屋の扉を開けた。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 扉の閉まる音に紛れて何か聞こえたような気がしたが、疲れ切った俺は言葉の意味を考える間もなく、そのままベッドにもぐりこんで眠ってしまった。

 

 

◇◇◇

 

 

 冴さんは怪盗団関連の事件を追いかけるので忙しい。そのため、本来ならば、今まで彼女が引き受けていたはずの案件は他の検事に引き継がれるはずなのだ。だが、冴さんはその案件を他者に引継がせなかった。

 彼女の性格は真に負けず劣らずの完璧主義。自分が請け負った仕事は最後まで行うという責任感の強さも相まって、フル回転する日々が続いているのだろう。きっと、まともな休みを取る暇すらなかったはずだ。

 僕の予想は案の定で、冴さんは真からのメッセージ――“冴さんの裁判を傍聴する”という連絡――にも目を通していない有様らしい。仲間たちは不安そうにしていたが、冴さんは傍聴人にどんな人々が来るかを観察するタイプだ。いずれ気づくだろう。

 

 案の定、冴さんは僕たちの存在に気づいた。彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐに仕事へと向き直った。

 これで僕たちは、冴さんのパレスで通せんぼされたハイレートフロアに足を踏み入れることができるようになる。

 

 今回の裁判は、とある議員秘書――獅童派議員の末端で、おそらく近々切り捨てられるであろう小物――の横領に関する裁判だ。週刊誌に“愛人と温泉旅行”という名目ですっぱ抜かれた“ちょっとした有名人”である。有罪と破滅待ったなしの裁判を傍聴した僕たちは、早速冴さんのパレスに侵入した。

 

 

「よし、通せんぼしてきた奴はいなくなったね。ここから一気に駆け抜けよう」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕たちは早速ハイレートフロアの景品受付へと向かった。シャドウのディーラーが仰々しく頭を下げた後、ウェルカムギフトと称してコインをチャージしてくれた。5万枚を荒稼ぎした僕らからしてみれば1000枚などはした金に過ぎないが、貰えるものは貰っておいて損はない。

 ハイレートフロアの地図を手渡された僕たちは、早速景品の内容を覗いてみる。幾らかのアクセサリと、如何にも凄そうな拳銃だ。僕の中にいた“明智吾郎”が小さく声を上げる。景品として置かれている銃に、何か身に覚えがあるようだ。次の瞬間、ジョーカーが迷うことなく景品を指さす。

 

 

「この銃ください」

 

「畏まりました」

 

「ちょ、ジョーカー!?」

 

 

 仲間たちが慌てて制止するのを気にすることなく、ジョーカーは持っていたコインを使って景品の銃を交換した。呆気にとられる僕らを尻目に、ジョーカーはじっと銃を観察する。――そして、ジョーカーは僕に銃を投げてよこした。僕は慌ててそれをキャッチする。

 

 ()()()――“明智吾郎”は弱々しく呟いた。“彼”の言葉をトリガーにするようにして、僕の頭の中に光景がフラッシュバックする。

 いつかどこかの世界で、カジノを駆け抜けた“明智吾郎”が見た光景だ。“ジョーカー”は当たり前のように、“明智吾郎”の銃をコインと交換した。

 

 無駄な出費を避けたかった――おそらく、この時点から既に“明智吾郎”を敵だとみなして警戒していた――怪盗団の面々は驚いた顔をして“ジョーカー”を咎める。“明智吾郎”もまた、冴さん『改心』後は怪盗団の解散を約束している取引であることと、無駄な出費を避けるという面から“ジョーカー”を咎めた。

 『自分は何も間違ったことはしていない』――“ジョーカー”は悪びれることなく答えた。『仲間の身を守るための装備に糸目をつけていられるか』、『いつもみんなにもやってることじゃないか。当たり前のことだろう』、『最後の仕事だからこそ、最高の仕込みが必要なんだ』とも。

 怪盗団を裏切る際、“明智吾郎”は装備一式を“ジョーカー”らの元に置いていった。怪盗団を捨てるという意味もあったけれど、それ以上に、“自分”が“怪盗団の仲間・クロウ”であった証を、汚い殺人者でしかない本当の“明智吾郎”が手元に置いておく資格はないと思ったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

―― 何もかもが嘘だった。でも、“ジョーカー”を気に入っていたのは、……怪盗団として振る舞っていたときが人生で1番楽しかったのは、本当のことだ。……時間もなかったし、クソ猫(モルガナ)にバラされたから余計に言えなかったけど ――

 

(……知ってるよ)

 

 

 緩む口元を隠しきれない“明智吾郎”には、あまり突っ込まないでおくことにした。

 こんなところで同位体同士が喧嘩したって、なんの意味もないから。

 

 僕は内心苦笑しつつ、ジョーカーに問いかける。

 

 

「ねえ、ジョーカー」

 

「何?」

 

「そんなにほいほいとコインを使っていいの? 何があるか分かったものじゃないのに」

 

 

 分かっている。分かっていて、()()()は、ジョーカーの答えを待っている。()()()()()()()は、自信満々に笑みを浮かべた。

 

 

「私は何も間違ったことはしてないよ。仲間の身を守るための装備に糸目をつけていられない。『改心』を成功させるには、現時点でできる限り最高の仕込みが必要なんだから」

 

 

 ――やっぱり、そうだ。

 

 ジョーカーは清々しい笑みを浮かべてハッキリと言い切った。実際、ジョーカーは、装備品絡みのことになると妥協しない。できる限り、最高性能のものを買い揃えてくれる。基本はミリタリーショップだが、他の手段で手に入るならそれを駆使するタイプだった。

 度胸MAXライオンハートは怯まない。むしろ、悪意を向けてきた他者すら飲み込む勢いだ。形だけとは言えど、反論しようとした僕からそれを根こそぎ奪い取ってしまうのだからタチが悪かった。僕は大仰に肩をすくめてみせる。他の面々が反論するかと思ったが、意外にも全員がジョーカーに同意していた。

 僕は苦笑しながら銃を握り締めた。彼女からの信頼の証だと思えば思う程、胸の奥底からじわじわと熱が溢れだす。僕は古い銃と新しい銃を交換して装備し直す。それを見届けた仲間たちに促され、支配人フロアへと足を踏み入れた。

 

 

***

 

 

 支配人フロアに入ることだけなら可能。だが、支配人フロアの向こう側に渡るためには、コインが10万枚必要とのことだ。結局は賭け狂えということだろう。

 

 ハイレートフロアへとんぼ返りした僕たちは、作戦を立てるためにフロアを見て回ることにした。

 ここはスタンダードよりもレートが高いので、更なるハイリスク・ハイリターンが望めるはずである。

 

 

「ようこそ、暗闇の迷宮『ハウス・オブ・ダークネス』へ」

 

 

 とあるフロアに足を踏み入れたとき、僕らを待ち構えていたシャドウのボーイが恭しく頭を下げた。奴は戦闘員として配備されたのではなく、僕たちを参加者として奥へ通すために置かれたルールの説明役だった。

 ボーイ曰く、「ハイレート・フロアは本来、“VIPが自らの『代理人』を立てて戦わせ、勝敗を競わせる場所”」だという。だが、僕たち怪盗団には『代理人』など存在しない。故に、本人が身1つで戦わねばならないのだ。

 この先にあるのは真っ暗闇の迷路。周囲の様子が見えにくい中で、出口を目指して進まなければならない。パレスという異世界要素を加味すると、ただ暗いだけで済むはずもなさそうだ。シャドウが湧いていることは確実である。

 

 エントリーフィーとしてコイン1000枚を支払い、早速迷宮に足を踏み入れる。

 僕の『アリスガワ・ゴロウ』名義のカードからは5万枚を投入しておいた。

 

 少しばかり暗いという表現には、明らかな語弊があった。

 

 

「暗っ!」

 

「一寸先すらまともに見えんぞ……!?」

 

「最初から騙されたって訳ね」

 

 

 スカルが素っ頓狂な声を上げ、フォックスが唸るような声を出して周囲を見渡す。クイーンが歯噛みしながら分析した。ノワールも途方に暮れたように俯いた。

 

 

「このフロアが10倍だった理由が分かった気がする……。こんなに真っ暗じゃ、出口まで辿り着けるか分からないもの」

 

「シャドウの気配もある。『ごくシンプル』が聞いて呆れるぜ」

 

「悲しいけど、これも想定の範囲内なんだよなぁ……」

 

 

 僕の予想した通り、迷宮内にはシャドウが跋扈している様子だ。想定内の事態とは言えど、実際真っ暗で見えないのだから仕方がない。先に進むのは難儀しそうだ。

 モナのような猫の目があれば攻略は容易だろうか。僕がそれを提案するより先に、ジョーカーが目の色を変えた。鋭く研ぎ澄まされた灰銀の瞳が、闇の中で煌めく。

 

 

「――みんな、ついて来て」

 

 

 ジョーカーに先導されるような形で、僕らは迷宮を駆け抜けた。襲い来るシャドウを蹴散らしながら、真っ直ぐ一本道を突き進む。その先で見つけた出口の扉を開けようとしたが、外側から施錠されていて開かない。

 成程。冴さんは最初から、参加者にゲームをクリアさせる気などなかったのだ。出口に辿り着いて迷宮から出られなければコインは手に入らない。閉じられた扉に驚愕する参加者は出口を探そうとして、シャドウの餌食になる――最早イカサマどころの話ではなかった。

 悩む仲間たちを尻目に、相変わらずジョーカーは鋭く目を光らせている。そして、彼女は施錠された扉のすぐ左端の壁に歩み寄った。「ここ、風の流れがある」――彼女の指摘通り、壁からかすかに涼しい風が吹き込んでくるではないか。

 

 

「向うが出口から私たちを出すつもりがないなら、無理やりにでも出口を見つけて外に出ればいい」

 

「成程、一理あるわ。無理にでも進んでやりましょ」

 

「そうだね! 先にイカサマを仕掛けてきたのは向こうなんだし!」

 

「最終手段として“出口を作る”って手もあるからね。それも視野に入れて進みましょう」

 

「わかった! そのときのサポートは任せろー!」

 

 

 不敵に笑ったジョーカーの意見を聞いたクイーンが納得し、パンサーがポンと手を叩き、ノワールが物騒なことを口走りながら微笑む。ナビもノリノリで分析に乗り出した。

 

 ……僕たちの周りにいる女性陣は、なかなかに勇ましい女傑が多いようだ。

 そんなことを考えたのは僕だけではないようで、スカルとフォックスがやや引き気味になっていた。

 因みに、モナは「パンサー、素敵だ……!」と魅了されているので除外である。

 

 

「一応、念のために。――ロキ、頼む」

 

「ありがとう、クロウ」

 

 

 保険になるかどうかは分からなかったが、僕はロキを召喚して認知を逸らしておく。暗闇の中にいるシャドウを掻い潜る役に立てばいいのだが――そんなことを考えていたとき、ジョーカーがふわりと笑ったのが見えた。なんだか少し、照れくさい。

 暗闇の中を駆け抜け、シャドウを倒し、通路を潜り抜け、扉を開けて、ようやく電灯に照らされたフロアに出た。出口に辿り着いたのかと思っていた矢先、出入り口にいたシャドウのボーイが現れて舌打ちする。奴にとって、僕らがここに来ることは想定外だったようだ。

 

 だが、嫌がらせはまだまだ続いた。シャドウがスイッチを操作した瞬間、通路が塞がれてしまったためである。

 悪態をつくスカルを宥めながら、僕たちは再び抜け道を探してフロアを駆け回った。

 通気口を発見した僕たちは、そこを通り抜ける。目の前に広がったのは、従業員用のバックヤードだ。

 

 シャドウの群れを掻い潜り、時には不意打ちで殴り倒し、バックヤードを突き進む。程なくして扉が見えてきた。半ば蹴破るようにして扉を開くと、そこはカードで仕切られた壁の向こう側である。

 

 

「随分と遠回りしたんだね……」

 

「あの野郎、余計な手間をかけさせやがって……! とっちめてや――」

 

「――ねえ、ちょっと待って」

 

 

 今までの道筋とカードを跨いだ向こう側を見比べながら、ノワールが深いため息をついた。スカルなんて怒り狂っている。

 勝手に先に進もうとするスカルを制し、ジョーカーが壁の端末を操作した。あっという間に壁が消え去る。退路の確保は完璧だ。

 

 

「また何かあったとき、あのバックヤードを通るのは不便だからね」

 

「後ろが万全だからこそ、先に進むことができるってワケだな」

 

 

 ジョーカーの言葉にモナも頷く。後は、あのボーイをとっちめるだけだ。

 

 僕らは最奥まで辿り着く。シャドウのボーイは悪態をつきながら、僕らに襲い掛かって来た。雷属性を駆使するシャドウは耐久力もあったが、威力の高い攻撃をひたすら叩き込んで力押しした。奴は断末魔を上げる間もなく弾けて消える。

 冴さんは最初からまともな勝負なんてするつもりはなく、僕らを罠に嵌めて殺すつもりだった。あの迷宮もそのために用意されていたのだ。姉の歪みを分析するクイーンだが、その横顔がどこか悲しそうに見えたのは僕の目の錯覚じゃないのだろう。

 このフロアでできることはした。その証拠として、カジノコインに1万枚がチャージされている。ここは出口ではないのだが、一応出口扱いとなったらしい。もうここに用はないので、僕らはさっさと『ハウス・オブ・ダークネス』を後にした。

 

 ハイレートフロアに戻って来た僕たちは、反対側にあるフロアに足を踏み入れた。

 僕らの来訪を予期していたシャドウのボーイが恭しく頭を下げる。

 

 

「ようこそ、命の炎燃ゆる灼熱の闘技場、『バトルアリーナ』へ」

 

 

 シャドウ曰く、「ここも『代理人』を立てて争わせる」形式らしい。ルールは1対1の決闘3連戦で、勝敗予想によってコインの獲得数が変わるという。

 ……どうせ嘘で塗り固められたルールなのだ。向うが馬鹿正直に1対1を守ってくれるとは思えない。だが、受付はあくまでも「代表者1人」の体を譲らなかった。

 

 仲間たちが作戦会議をする横で、僕は『アリスガワ・ゴロウ』名義のカードにキャッシュをして全額怪盗団に賭けた。

 オッズは現在20倍。1万枚をベッドすれば、10万枚に化ける。『アリスガワ・ゴロウ』名義のものは、キャッシュ分含んで100万枚だ。

 

 

「どうする? 私たちのペルソナだと、弱点を突かれたら一方的に嬲られる危険性があるよ?」

 

「そうなると、様々なペルソナを使い分けることができるジョーカーが一番適任よね。でも……」

 

 

 ノワールとクイーンが顔を見合わせた後、心配そうにジョーカーを見つめる。

 

 みんな分かっているのだ。ハイレートフロアは、スタンダードフロア以上に嘘と悪意で塗り固められている。そんな危険な場所に、彼女1人を往かせるわけにはいかない。

 いくら複数のペルソナを使い分ける『ワイルド』の使い手だろうと、無敵であるというわけではないのだ。このまま黙って奴らの思い通りにさせるつもりはない。

 僕は無言のまま、クイーンにアイコンタクトを送る。その次にジョーカーへ視線を向けた。双方共に、僕が何を考えているのか理解したのだろう。こちらを見返し頷く。

 

 ジョーカーは済ました顔で受付に記入する。その隙に、僕はシャドウの死角に回り込んだ。即座にロキを顕現し、シャドウたちの認知を逸らす。

 そのおかげで、シャドウたちはジョーカーが入場していく隣に僕が並んでいることに気づいていなかった。おそらく、観客席にいる連中も、僕には一切気づいていないだろう。

 

 

「さ~あ、始まりました、注目の一戦! 大人に楯突くバカ怪盗団のリーダーが参戦だぁ!」

 

 

 ……リングアナウンサーにレーヴァテインをブチ込みたくなるのを抑えながら、僕は力を行使し続ける。

 程なくして、1回戦が始まった。1対1と銘打ちながら、出てきたシャドウは複数体。案の定、看板には偽りしかなかった。

 

 

「行くよ、クロウ(相棒)!」

 

「了解、ジョーカー(相棒)!」

 

 

 いじり回していた認識をそのままに、僕はジョーカーと連携を繰り広げて敵を倒していく。

 勢いよく複数体のシャドウを蹴散らしていく様を見て、リングアナウンサーが怒りのヤジを飛ばしてきた。

 それでも奴らは僕の存在に気づいていない。ロキの干渉がうまくいっている証拠だろう。

 

 続く2回戦も軽く敵を撃破した。リングアナウンサーが再び怒りのヤジを飛ばしてくる。空気を読めと叫び散らすのが本当に煩いし、貴様の賭けなどどうでもいい。叫ぶなら自分がここに降りてきて戦えばいいのに、本当に腹立たしい限りだ。

 そうして3回戦が始まる。他のシャドウよりも1回り強い個体だったが、ジョーカーが物理反射のペルソナに付け替えることで全攻撃を反射。元から破壊力で押すタイプだったシャドウは、自分の攻撃によって自爆した。

 

 爆発するように響き渡る歓声。ジョーカーに賭けた人々――怪盗団含む――が大喜びでガッツポーズする。僕はロキの力を行使したまま、ジョーカーと共に帰還した。

 

 唖然とした顔をしたシャドウから10万枚のコインを貰い、僕らはさっさとフロアを後にする。

 支配人フロアへ戻り、天秤橋付近の認証機にカードをかざせば、聞き覚えのある声が響き渡った。

 

 

『ここまでやるとは思わなかったわ。健闘を讃えましょう。――でも、貴女たちがこの橋を渡ることは不可能よ!!』

 

 

 パレスの主権限を駆使し、冴さんは天秤橋への通行料を100万枚へと跳ね上げた。

 勝たせる気もなければ通す気もない。冴さんの高笑いが延々と響き渡る中、僕は深々とため息をついた。

 

 

―― 『アケチ・レイ』ショックで危うく忘れるところだった ――

 

(お前も大概アレだよな)

 

―― うっせえ人のこと言うな ――

 

(はいはい)

 

 

 “明智吾郎”に突っ込みを入れつつ、僕はもう1枚のカードを差し出した。

 

 ナビが死んだ魚のような濁った眼をしながら作ってくれた、『アリスガワ・ゴロウ』名義のカード。スタンダードフロアからハイレートフロアに至るまで、返済度外視・限度額いっぱいのキャッシュを駆使しつつ怪盗団絡みのオッズに全額つぎ込んでいる。

 結果、コインの枚数は91万枚を突破。ジョーカーの所持する『アケチ・レイ』名義のカードとコインの総計を足せば、100万枚なんて余裕である。狼狽えている冴さんの隙を突くような形で100万枚のコインを投入すれば、天秤橋の仕掛けが動いた。

 借金に関して不安そうな面々を促し、最奥へと到達する。案の定、そこには『オタカラ』がもやもやと漂っていた。ヒステリックに叫ぶ冴さんは、大胆不敵に勝利宣言をして気配を消してしまった。後は予告状を送りつけ、『オタカラ』を顕現させればいい。

 

 

「さて、帰ろうか」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕らは現実世界へと帰還した。大舞台への準備は着々と進みつつある。

 予告状を出す日は11月18日、決行日は19日だ。それまでまだ時間はある。――為すべきことをするのみだ。

 

 




魔改造明智による新島パレス攻略。“明智吾郎”と一緒に楽しく漫才を繰り広げながら、新島パレスの『オタカラ』ルートを確保した模様。メタメタしいネタが組み込まれたり、魔改造明智強化フラグが立ったり、保護者の様子がおかしかったりと盛りだくさんです。はてさて、これから先の展開はどうなることやら。
次回は予告状前夜までのお話。決戦前の前哨戦までの日々をダイジェストでお送りいたします。少々長くなったとしても、予告状を送るところまでは組み込みたいですね。強制捜査関連は原作とはかなり違った展開になりますので、生温かく見守って頂ければ幸いです。

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